2009-02-26
『使えない個性は、要らない個性。』
21世紀が始まった頃、個性がやたらと礼賛された時期があった。
『ゆとり教育』。
『ナンバーワンよりオンリーワン』。
『自分らしさ』。
『世界にひとつだけの花』。
【個性的であること=かけがえのないこと】という夢いっぱいの観念を、老若男女を問わず、誰もが礼賛するような空気が、日本じゅうに蔓延していた時期を、あなたも覚えている筈だ。
個性を礼賛した結果がこれだよ!
その結果、何が起こったのか?
個性を礼賛し、個性を追求し、“自分らしさ”へと突き進んだ青少年の大半は、個性を賞賛されることもないまま、自分は個性的だという不良債権と化した自意識を胸に、平凡な日常をのたうち回っている。自分の個性が生かせない仕事はしたくない・働いたら負けだと思っている・自分の個性を大事にしてくれない社会が悪い・自分の才能を見抜けない上司が悪いetc…。そういう怨嗟をオーラのようにまといながら、心のどこかで“本当の自分”が開花する日を密かに待ち望んでいる男女が、今、いったいどれだけ存在するだろうか。
しかし現実をみるに、彼ら彼女らの個性がスポットライトを浴びる日が来るとは思えない。実際に与えられる仕事の殆どは、およそ没個性的なものだし、かつて夢見ていた“自分らしさ”とは縁の無いものばかりだ。個性礼賛の後に待っていたのは、博士過程に進んだ人でさえ派遣労働を余儀なくされるような、そういう状況だったわけだ。実社会に出るまではシャワーのように個性礼賛の言葉を浴びてきたというのに、実社会に出てからも個性を祝福され続けた人はほんの一握りで、残りの大半は、夢見ていた個性礼賛とは程遠い境地へと流れ着いてしまった。
『使えない個性は、要らない個性』。
どうやら、実社会の世界では『使えない個性は、要らない個性』だったらしい。
社会や他人から求められることのない・期待されることのない個性など、いくら個性的であっても省みられることはないし、スポットライトを浴びることも無い。そればかりか、当人の自意識ばかり肥大化させる、不良債権のようなものに成り果ててしまった。
もちろん、実社会に出てからも個性的でなければならない職業が、世の中に無いわけではない。起業家・アーティスト・研究者などには、それなりに個性が求められるだろう。けれども、それらの職種に実際に就くことが出来るのは、競争という名の椅子取りゲームを勝ち上がってきた、界隈のナンバーワンに相当する人達だ。どれほど科学者向きの個性を持っていたとしても、業績をあげるのに好都合でなければ選ばれることは無い。どれほどアーティスト的な個性を持っていたとしても、ダイヤモンドの原石のような才能を伴わなければ選ばれることはない*1。そしてナンバーワンではない個性は、淘汰の対象でしかない。
まして、既存のどのような職種にも該当しないような個性をいくら持っていたところで、そのような個性を発揮する場が社会にない限りは、“要らない個性”ということになるし、その個性を買ってくれる人などどこにもいない。
話はビジネスの世界だけに留まらない。プライベートな人間関係のなかでさえも、コミュニケーションのやりとりに乗ってくることのない・乗ってくることの出来ない個性は“選ばれない個性”として敬遠される。需要と供給のバランスシートの上に成り立っている人間市場のなかでは、“買い手のつかないような個性”“おいしくない個性”に手を伸ばしたがる人間なんて誰もいない。*2
だって、考えてみて欲しい。あなたが友達にしたい・恋人にしたいと思うのは、出来るだけ個性的な人間だろうか?そうではあるまい。自分にとって望ましい、好ましい個性を持った人間のほうではないだろうか。少なくとも私はそうだ。どれだけ極端に個性的な人間であったとしても、それが自分のニーズに合致しない限りは、“どうでもいい個性”だし、自分のニーズを阻むような個性であれば“邪魔な個性”ということになるだろう。一見、ひたすらに個性的な人間を選んでいるようにみえる人でさえも、よくよく観察してみると、この手の選好の形跡がみてとれるものである。
結局、ビジネスの世界でも、プライベートの世界でも、個性が無条件に礼賛されているわけではない。現実に礼賛され、選ばれているのは、“使える個性”“欲しい個性”であって、“使えない個性”“欲しくない個性”ではないというのが、世間の動向ではないだろうか。
ナンバーワンにならない限りは、特別なオンリーワンではない
そういう意味では、少し前に大ヒットしたSMAPの『世界にひとつだけの花』の歌詞って、かなり残酷だ。
この歌のなかでは“ナンバーワンにならなくても特別なオンリーワン”が手放しで礼賛されている。この歌が大ヒットしたのは2003年、個性礼賛の気分がまだまだ世の中に蔓延していた時期だ。だけど、この歌に勇気づけられながら社会に出て行った人達が遭遇したのは、歌詞とは真逆の現実だったわけだ。
「ナンバーワンまで上りつめたエリート個性だけが、特別なオンリーワンとして認められる社会。」
「使える個性」「買い手のつきそうな個性」だけに買値がつくような人間市場。
没個性なテンプレートに自分自身を適合させなければならない職場や職種。
“普通の花屋で売られる花”になる為には、過度に個性的でありすぎてはいけない。むしろ、ある程度没個性で、大きすぎず、小さすぎず、色も形もテンプレートをはみ出しすぎない花でなければならない。分かりやすく、愛しやすく、選ばれやすい花だけが、良い花として選別され買われていく。売り物にならないような、逸脱した個性を持った花は市場に並ぶことさえ許されない。
そんな、普通の花屋で売られる花では満足できず、どうしてもオンリーワンになりたいというのなら、何百もの競争相手を蹴落として、ナンバーワンの座を射止めるしかない。もちろん、自分自身が蹴落とされる側に回るリスクを冒して、である。例えばフィギュアスケートの浅田真央さんや将棋の羽生名人の足下には、物凄い数の敗者が横たわっていることだろう。一般に、特別なオンリーワンに到達した人間の手足は、葬り去ってきた競争者達の返り血で真っ赤っ赤なのであり、私達がテレビで何気なく眺めているオンリーワン達の足下には、何十倍何百倍の敗者の自意識が横たわっている。ジャニーズを目指しながらも挫折した人にとって、『世界にひとつだけの花』は、どれぐらい残酷に、皮肉に響くのだろうか。
個性をむしろ殺して“花屋に並ぶ花”となるのか?
それともナンバーワンを目指して修羅の道を目指すのか?
『世界にひとつだけの花』とは対照的な、容赦ない娑婆世界が、眼前には広がっている。そして、“花屋に並ぶ花”にもなれず、ナンバーワンになることも出来なかった者達の怨嗟の声が、今日もインターネットに響きわたる。
『使えない個性は、要らない個性。』
この、目を覆いたくなるような娑婆の現実から敢えて目を逸らして、飽くなき個性の肯定を叫んだ人達の功罪や、いかに。
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