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戦女神編
39話:精霊の力




 カースティア大図書館の屋上から各国の代表達を乗せて飛び立った竜籠は、一路フレグンスの国境の街カンタクルを目指していた。寝室や食堂の広間を代表達とその側近に割り当て、キトのご婦人方には貨物室で休んで貰っている。

「いやぁ流石は帝国一の竜籠、快適な乗り心地ですなぁ」

 空の上なら追っ手も無いと安心したのか、キトの代表ヨールテスは今が緊急事態にある事も忘れたかように、竜籠の乗り心地にはしゃいでいた。ティルファの代表とフレグンスの代表は奥の寝室で休んでおり、窓のある食堂広間にはヨールテスの他にバルティアとアネット、ティルファ代表の従者二人にレイスとフレイという顔触れがあった。
 アネットはキトの代表にジト目の視線を向けてから壁を背に立つバルティアに寄り立ち、声を掛ける。

「陛下、今回の襲撃騒ぎですが……」
「ん? アネットか……なんだ?」

 声を掛けられてからふいに気付いたような反応を返すバルティアに、アネットは溜め息を付いて促す。

「陛下ー、今は現状の事を第一に考えて下さい」
「む、すまぬ」

 朔耶の事を考えていたバルティアは諌められて気を取り直すと、アネットの話に耳を傾けた。アネットは今回の襲撃とサムズのクリューゲル侵攻計画との関連性について、偶然にしては時期と襲撃者の動きの迅速さが気に掛かると言う。

「只の武装集団の決起にしては手際が良過ぎますし、予め和平会談を襲撃する予定だったとしても、アレだけの統率を持って動けるだけの手勢を普段から潜ませておくには、カースティアの街はフレグンス勢の力が強過ぎます」

 会談の場所と日時が決まったのは僅か十日前、即日それを聞きつけて直ぐに動いたとしても、サムズ国のエバンスからでは急いでも六日程掛かる道程(みちのり)にアレだけの人数が一度に移動すれば噂くらいは立つ。カンタクルやバーリッカムなどに潜んでいるサムズ独立派が居たとして、彼等が足並みを揃えて行動するには発掘品のような伝送具でも無ければ難しい。必ず情報の伝達時期にズレが生じるからだ。
 頭数の確認から襲撃場所の下見や仲間との連携の打ち合わせ、短期間で準備を済ませて実行するには無理がある。

「クリューゲル侵攻を計画しているであろう今の時期のサムズに、フレグンスを警戒させる事になる今回のような襲撃騒ぎを起こす利点も無いな」
「はい、ですが……もし、我々が推測した時期よりサムズの動くタイミングが早ければその限りではありません」
「……サムズは既に動いていると?」

 会談の時期を早急に決めたのは傭兵団の戦力を蓄えたサムズに対して『下手に動くとフレグンスだけでなく帝国やティルファ、キトまで敵に回す事になるぞ』という牽制の意味合いもある。会談の実現と成功を持ってサムズの行動抑制に繋げる狙いだったのだが、会談前にサムズが動いていた場合は少々事情が違って来る。何せサムズの戦力として動く傭兵団は帝国の先代皇帝との契約によって働いているのだから、会談を持ち掛けた帝国自身が和平会談の内容を破ったと取られ兼ねないのだ。

「勘ですけどね……会談への出発の際、飛竜の頭数を数えたのですが……」

 アネットが声を潜めて話そうとした時、キトの代表が声を上げた。

「おおっ 二頭立ての竜籠! あれは帝国からの護衛ですかな? あのように武装した兵士を運べる利点は大きいですなぁ」
「っ!」

 それを聞いたアネットは弾かれるように窓から覗き込み、目を瞠る。二頭立ての戦闘用竜籠が二台、武装した傭兵らしき兵を乗せて左右から挟み込むように並行して飛んでいる。籠にはサムズ国の紋章が描かれていた。別の窓からその様子を確認したレイスとフレイ、ティルファの従者二人も顔色を変えている。

「なんてこと……」
「……そうか、足りなくなった飛竜はサムズに流出していたという事か」

 竜籠そのものは帝国でなくとも造る事が出来る。一番重要な飛竜が帝国領以外では早々手に入らない希少品である事が、帝国における竜籠の発展と普及の要になっていた。これをサムズが早い段階で手に入れていた場合、今回のような襲撃に必要な人数を街道も使わずに人知れず迅速に送り込む事が出来る。

「竜を扱えるとなると、それなりの身分にあった者という事になるが」
「やっぱり先代派の側近周りでしょうかねぇ……」

 ガツンッという音が響き、安定性に定評のある超大型竜籠が揺れた。天井の上では竜達がギャースギャースと喚いているのが聞こえる。どうやら此方の竜籠に乗り移って来ようとしているらしい。二台の二頭立て竜籠の内、一台はこのバルティア達の乗る竜籠を威嚇先導するように正面を飛び、もう一台が天井に着けて来た。

「な、なんだ! ぶつかったぞ! お、落ちたりしないだろうね!」
「……やっかいな事になったな」
「嫌な勘が当っちゃいました」

 慌てふためくヨールテスを余所に、バルティアとアネットは天井を見上げて渋い表情を浮かべた。






「あたしはフレグンス王室特別査察官の朔耶です。至急ここに駐在している騎士団の方と連絡を取りたいのですが」
「っ! し、失礼しましたサクヤ様! 直ぐに呼んで参ります!」

 カンタクルの街へ乗り込んだランドクルーザーを見て魔獣が街に入り込んで来たと大騒ぎしていたカンタクルの衛兵達は、中から現れた黒髪に黒い瞳を持つ『王都で噂の異国の魔術士サクヤ』の姿を認めると、慌てて騎士団支部にすっ飛んで行った。

「おーおー、随分貫禄身につけたなぁ」
「えへへ〜 格好いいでしょー」

 小一時間程でこの街に到着した朔耶達はここへ向かっているであろう各国代表を乗せた竜籠を待ちながら、カースティアに向けての援軍要請とサムズのクリューゲル侵攻を知らせるべく、カンタクルに駐在する王国騎士団に取り次いで貰う事にしたのだ。

「お兄ちゃんはまだこっちに居る? それとも直ぐ戻る?」
「う〜んそうだな、この時間ならまだ二〜三時間は大丈夫だ」

 兄の腕時計は午後三時過ぎを指している。遠巻きに見詰める街の人々を見渡しながら『カメラがあればなぁ〜』などと呟いている全く物怖じしない兄を、朔耶は何処と無く楽しげに眺めていた。
 朔耶は今の内にレティレスティアに交換を繋いでおこうとカースティアのある方角に意識の糸を飛ばした。

「……あれ〜? …………う〜〜ん、繋がらないなぁ」
「どした?」

 レティレスティアの存在は感じられるのに交感が繋がらないと、朔耶は首を傾げる。

「寝てるとかじゃないのか?」
「そうなのかなぁ……アルサレナさんにも繋がらないし」
「どの辺りに居るか分かるのか?」
「うん、あの辺」

 そう言って空を指差す朔耶。小さな雲が浮かび、地平線の彼方まで広がる空は辛うじて青空を保っているが、あと数刻もすれば茜色に染まる兆しを見せている。四頭の飛竜が引く竜籠の話を聞いた兄は、『リアルドラゴンが見られる』とウキウキした様子だ。

「あれ?」

 ふいに、朔耶は空を見上げて怪訝に呟く。此方に向かっていたレティレスティア達の気配が、方向を変えて遠ざかって行くのを感じたのだ。方角は南東、ほぼ反転してカースティアに戻るコースだった。訝しんでいる所へカンタクルに駐在する王国騎士団がやってきた。

「御待たせしました、サクヤ様!ぉおぉ良くぞ御無事で。帝国に連れ去られたという話を聞いた時はもう……」
「ごめん、挨拶は後。 クリューゲルのカースティアで反乱があって、他の国の人達や近衛の人達が大図書館に立て篭もって戦ってるの、直ぐに援軍を出せない? それからバーリッカムとカースティアの間の草原にサムズからの大部隊が迫ってるわ」
「反乱ですと!? しかもサムズからの大部隊!? サムズの侵攻ですか?」
「そうみたい、直ぐに部隊を送れる?」

 カンタクルの中隊長は難しそうに唸った。現状カンタクルには予備の兵力が無く、此処(カンタクル)を守る部隊が王都から派遣されれば入れ替わりに出撃する事は出来るが、直ぐにというのは厳しいとの話だ。カンタクルからカースティアまでは馬を飛ばせば約半日で到着出来る。カンタクルから王都までなら、さらにその半分。
 これは魔術や精霊術で馬の負担を減らしながら休憩する事無く走らせた場合で、部隊規模での移動となると丸一日は費やしてしまう。王都に伝令を出して直ぐに部隊を送って貰ったとして、報を受けてから派遣された部隊がカンタクルに到着するまでに一日、カンタクルを出撃した部隊がカースティアに到着するにも一日。
 つまり、カースティアにフレグンスの援軍が到着するには二日は掛かる。その翌日にはサムズからの大部隊がカースティアに到着する。

「とにかく急いで援軍送って貰うしかないか……王都の方にもそう伝えて」
「分かりました、直ぐに伝令を出します。 では、我々は準備がありますのでこれで」

 中隊長の騎士は表情を引き締めると敬礼をして去って行った。兄が興味深そうに騎士や衛兵の装備を見ているのを余所に、朔耶は気になっていたレティレスティア達の方に意識の糸を飛ばして探る。微かに、意識の糸が触れた。

『レティ?』
――……サ……クヤ?……――
『繋がった? どうしたのレティ、寝てた?』
――……え? サクヤ? サクヤなのですか!?――
『うん、あたしだよー』

 途端、弱々しかった意識の糸がしっかりと結ばれる。

――ああ、サクヤ……私、もう会えないのかと――
『ごめんね、心配掛けちゃって……』 
――私達、てっきりサクヤは元の世界に還ったモノだと思い込んでましたわ――
『あはは、実は還ってました』

 糸を通して『ええっ!』というようなレティレスティアの驚きの感情が朔耶の心に伝わって来る。元の世界でレティレスティア達の危機を知り、何とか力になりたくてもう一度この世界に来た事を話すと、レティレスティアからは嬉しさ半分、申し訳なさ半分の複雑な感情が伝わって来た。

『あ、所であたし今カンタクルに居るんだけど、皆こっちに向かってたんじゃないの?』
――あ……それが、少し不味い事になりまして――

 レティレスティア達の竜籠はカンタクルに向かう途中でサムズの竜籠隊に追撃され、乗り移って来たサムズの傭兵に制圧されてしまったという。戦える手勢が少なかった事もあるが、竜の頭を抑えられた事とキトの代表団関係者を人質を取られてしまった事でほぼ無抵抗の降伏だった。 意識の糸が繋がり難かったのは術封じの枷を填められていたからだ。

――このままカースティアに戻れば……私達を逃がすために残って戦っているイーリス達も……――
『……それは、不味いわね』
――もし、私達の身に何かあった場合は、サクヤ……その時は迷わず元の世界に還って下さい――
『レティ……』

 朔耶は予想以上に悪い状況に頭を抱える。戻って来られた事に浮かれている場合では無くなった。 深刻な表情になって黙り込んだ朔耶に、兄が声を掛ける。

「どうした? なんか不味い事でも起きたか?」
「うん……」

 朔耶は兄に現状を話す。カースティアへの援軍がとても間に合いそうに無い事。各国の代表が乗った竜籠がサムズの傭兵に制圧され、カースティアに引き返している事。そしてそのカースティアに迫るサムズの大部隊。
 竜籠がカースティアに戻れば各国の代表を人質にされ、大図書館に立て篭もっている護衛達は武装解除されるだろう。

「どうしよう……お兄ちゃん」
「あ〜 そりゃどうしょうも無いな、詰んでるじゃないか」
「……」
「まあ、普通ならどうにもならんだろうな」

 何やら持って回った言い方に、朔耶はムッとなって兄を見上げる。緊急事態なのだから良い案があるならさっさと言えとばかりに睨み付けた。兄はそんな朔耶の肩に手を乗せると『焦るな』と言ってポンポンと叩く。
 朔耶は胸中を渦巻いていた焦燥感がポトリと落ちた気がした。

「まずは、『如何すれば良いか』じゃなく、『如何なれば良いか』から考えよう」

 現状を打開する策では無く、現状を打開した結果から考えようという兄の言葉に、朔耶は首を傾げる。

「いいか? 前にも言ったが、お前はこの世界では 人々を導く女神にもなれれば、世界を破滅させる悪魔にもなれる」

 精霊と重なる事で世界と繋がっているならば、基本的に精霊に出来る事なら何でも出来る筈なんだと兄は説明した。魔術や精霊術という枠に納まらず、精霊の持つ力そのモノを使いこなす事が出来れば大抵の事は出来る筈だ、と。

「お前の電撃とかが、多分その類の力だと思う。 でだ、まずは現状を打開した状況を考えてみよう」

 カースティアに援軍が到着するには二日、それまで立て篭もっている護衛達が持てば解決。その翌日辺りに到着するであろう大部隊との交戦に備えて援軍の数も予め相当数を送っていれば問題ない。サムズの大部隊に備える為の部隊と、立て篭もっている護衛達への援軍の部隊に分けて送り込めばカースティア陥落という事態は避けられる。

「そんでもって、立て篭もり組が二日間 耐え抜くには制圧された竜籠を取り返せば良い訳だ、ついでに敵さんの竜籠奪って仲間の援軍を運べばダブル役満ドラ四だ」
「ダブル役満はともかく、どうやってその竜籠を取り戻して、しかも相手の竜籠を奪えるわけ?」
「簡単だ、お前が乗り込んで逆制圧、竜も操って言う事聞かせば良い」
「いや、だからっ どうやってよ!?」

 竜も知能のある生き物なら絶対的な力を持つ相手の事は分かる筈だと言って手順を説明する兄。
 『一、無限の魔力を感じさせて畏怖させる。二、ガンを飛ばす。三、従える』

「以上だ」
「なによそれ!」
「自分を信じろ! お前なら出来る」
「……便利な言葉よね、それって」

 しかし、竜を従わせる方法はともかく竜籠の逆制圧は出来ない事も無いと思い直す。朔耶には狙った対象全てに意識の糸を絡めて電撃を浴びせ、一斉に昏倒させるという裏技がある。既に帝国の謁見の間と訓練場で実証済みだ。

「問題は、どうやって竜籠に乗り込むかよね……」
「空飛ぶ術とか無いのか?」
「うん、空を飛ぶ魔術ってのは無いみたい。ちょっとモノを浮かすくらいまでなら出来るらしいけど」
「よし、飛べ! お前なら出来る」

 『またそれか!』と突っ込みつつも、朔耶は飛ぶ方法を考える。レティレスティア達の竜籠がカースティアに着く前に乗り込んで取り返さなくてはならない。ちなみに転移は危ないので却下した。

「そういえば……反発力ユニットの反発力みたいに魔力の壁を作り続けながら風の加護で軽くすれば……」
「お、何か思いついたか?」

 朔耶は道具作りのアイデアを思い浮かべる要領で、魔力を材料にした『効果』のアイデアを考えた。魔法障壁は物理的な力も防ぐ事が出来る。それを身体に張りながら上へ上へと発現させれば、魔法障壁という袋に入れてぶら下げるような感じで宙に浮く事が出来ないだろうか、と。

「ん、ちょっとやってみる」

 意識を集中させ、身体の表面に魔力の壁を作るイメージを送る。電撃を発現させている内に力の使い方の要領は覚えたので、比較的楽に膜を発現させる事が出来た。身体に纏った魔法障壁を上方向へと持ち上げる。

「おお! 浮いた」

 朔耶の身体が吹き上げるような白いオーラに包まれながら空中に浮かぶ。周囲の野次馬達からどよめきが上がった。魔術で空を飛ぶ方法はティルファでも長く研究がされているが、滞空時間の長いジャンプまでなら身体を軽くする術や風の塊で浮かせるという方法でどうにか可能というレベルに留まっている。
 何せ攻撃魔術で自身を吹き飛ばすというような方法なので、安定性に欠ける上に着地に失敗して大怪我をし易い事から、湖などの落下しても大丈夫という安全な環境での実験でしか使われる事はないのだ。それほど『飛ぶ』事は難しいとされている。

「お兄ちゃん……」
「ん? どうした」
「これ、浮くだけで殆ど動けない」
「大丈夫だ、お前なら何とか出来る」

 『根拠? 何ソレ』な兄の励ましに溜め息を付きつつも、朔耶はあと一つ何かの要素を追加すれば自在に飛べるのではという期待感もあった。そんな朔耶に兄のオタ的言動がヒントを与える。

「う〜ん、しかしそれじゃあまるで人魂みたいに見えるよなぁ、武○術っぽい様にも見えるけど、オーラの部分がもっとこう……光の羽みたいにパァ〜〜と広がる感じの方が魔法少女っぽくて……」
「……羽? 羽かぁ……対の羽」

 羽は二枚で対になっているモノ、そのイメージで朔耶は閃いた。身体を浮かせる程の魔法障壁を作り出し続ける『羽』を重なる精霊に、浮いた身体を自在に運ぶ『羽』を使役した地下の精霊に任せてみようと考える。

『お願い、あたしをイメージ通りに運んでみて』

 朔耶は帝国の城で黒い霧の球体に包まれた所を風の魔術で地下に運ばれた時の事を思い出す。今回朔耶を包んでいるのは自身に重なる精霊を通じた力、運ぶのは地下の精霊による風の力だ。

「おおお!」

 兄の感嘆する声が響く。朔耶を包み込む魔法障壁に地下の精霊の力が加わり、上方へ吹き上がっていた白いオーラが左側寄りに噴出すると、反対側からは黒いオーラが噴出した。地下の精霊は長くエイディアスの支配を受けている内にその色が染み付いたのか、力の発現に黒い光を放つようになっていた。

「白い羽と黒い羽か……なんだかお兄ちゃんの言ってた事を現してるみたい……」
「うおおお! ええもん見れたぁああ ああ〜〜〜カメラーッ カメラは無いのかー!」
「…………人が折角 感動してるのに……」

 朔耶はとっとと還してしまおうと決意した。一旦着地する。

「ああ、ちょっと待て」

 その気配を感じ取ったのか、兄は素早く乗車してシートベルトを着けると、運転席から朔耶に頷いた。頷き返した朔耶は自身の中の精霊に語りかける。

『お兄ちゃんと車を向こうに還してあげて』

「皆への説明は俺に任せておけ、お前は怪我しないように気をつけて、目的を果たしたらちゃんと家に還って来ること」
「お兄ちゃん……うん、約束する」
「よし、じゃーな。 俺は一足先にかえ――――」

 兄を乗せたランドクルーザーが霞むように姿を消した。台詞の途中で還ってしまった兄に、『締まらないなぁ』と苦笑する朔耶。 遠巻きに見ていた街の野次馬達は朔耶が精霊術の転移術を使ったのだと認識した。
 『あの方はフレグンスを護る精霊の使者なのではないか』などの言葉が囁かれたが、それが朔耶の耳に届く事は無かった。

『さあ、急がないと!』

 先程の要領で魔法障壁を展開して重なる精霊と地下の精霊に包まれ、噴き出す白と黒のオーラが光の羽となって朔耶の身体を宙に舞い上げた。

『レティ? まだカースティアには着いてないよね?』
――サクヤ……はい、ですがもう……――
『OK分かった、今から直ぐそっちに行くから』
――え? サクヤ……?――

 朔耶は飛行に集中する為、交感を解くと、自分の中から湧き出す精霊の力、魔力の原液とも言える世界の力を意識した。そうして使役する地下の精霊にもその力を分け与える。 精霊が力を発現させる時、精霊自身が世界から抽出する力の源を朔耶が大量に放出している状態。力の弱い精霊に大量の燃料を与えても出来る事は限られるが、力の強い精霊ならば湯水のように与えられる燃料をやはり湯水のように使って相応の効果を発揮出来るのだ。

「超特急でヨロシク!」

 言葉の意味は分からなくとも心でそのイメージは伝わる。地下の精霊は与えられた力を突風に変えて、朔耶の身体を南東の空へと運んだ。白と黒の光の軌跡を残しながら風のように飛び去る朔耶の姿を、カンタクルの大勢の住人が目撃していた。


『何とかしたいと思って、何とか出来る力があるから、何とかする……』

「それでイイじゃない!」


 吹っ切れた朔耶は存分にその力を振るう事を決意していた。







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