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アメリカ保守主義思想の成立

保守とリベラルというアメリカの二つの思想潮流の一翼を形成する保守主義思想が体系化されたのは戦後になってからのことだ。進化論裁判での失墜と大恐慌に対する無策によって古い保守派は信頼を失い、ルーズベルト大統領とその政策を支持するニューディール連合によるリベラリズムの時代が第二次大戦以降アメリカに訪れる。

アメリカの政治、経済、社会と広く浸透したリベラリズムに対して危機感を抱いた保守主義者たちは真摯にその思想に向き合い、保守主義思想の体系化が静かに進められて行った。保守主義思想はまさにリベラリズムに対する反動として成立した。

保守主義思想の理論構築はシカゴ大学教授リチャード・M・ウィーバー(1910〜63)と政治学者ラッセル・カーク(1918〜94)の二人によって始まった。

ウィーバーはアメリカ南部の伝統的価値観を重視し、第二次世界大戦の惨状を目の当たりにしたことから進歩主義、リベラリズムへの懐疑へと発展させ、人間の倫理性が失われたのは「原罪の教義が放棄され、人間の善性が原罪に取って代わった」からだと考えるようになる。つまり、社会進化思想的な価値観によって人々が「社会システムは単純なものから複雑なものに進化すると考えるようになった」結果、社会が多様化し、社会が分断され、さらに人間の原罪を否定し、人間が自分たちで改善することが出来ると過信するようになった、と考えた。

(「アメリカ保守革命」P18)
ウィーバーは、人々は、「世界に理解出来ないものが存在する」というアリストテレスの思想を否定し、さらに人間の持つ"原罪"をも否定してしまったという。人間は不完全である。だからこそ「伝統」や伝統に基づく「価値観」や「秩序」がアンカー(鎖)として必要なのである。ウィーバーによれば、アメリカ建国の父たちは人間が不完全であるゆえに国家権力の集中を避けようとしたのである。建国の父たちが想定した「社会秩序」(連邦主義)こそが、アメリカの保守主義の基本ともいえる「国家」と「コミュニティ」「個人」の関係を明確に規定していると主張したのである。

このウィーバーの思想が新しい保守主義の始まりとなった。

続いてラッセル・カークはエドモンド・バークの原点としてアメリカこそバークの言う「伝統と倫理に基づく社会秩序」を実現する場であると考え、「保守主義の六つの規範」を記した。(「アメリカ保守革命」P21-23より)

(1)「神の意思が意識と社会を支配し、偉大なる物と曖昧なる物、生ける者と死せる者を結びつける権利と義務の無限の連鎖を作り出している。政治問題は基本的に宗教問題であり、道徳の問題である」
(2)「豊かな多様性を持つ伝統的な生活を愛することであり、それは最も過激なシステムが目指す狭い画一性と平等と効率性を主張する社会とは異なる」
(3)「文明社会にとって秩序と階級が必要である。唯一の平等は道徳的平等である。他の平等を実現しようとする試みは、法律によって強制するなら、すべて絶望に終わるだろう」
(4)「財産と自由は分かちがたく結びついている。経済的な平等は経済的な進歩を意味するものではない。財産と私的所有を分離すれば自由は消滅する」
(5)「神の意思を信頼し、"詭弁家や計算高い人"を信じてはならない。人は自分の意思と欲望をコントロールしなければならない。なぜなら人は理性よりも感情により多く支配されているからである。伝統と健全な判断が人の無政府的な衝動を規制することになる」
(6)「変化と改革は同じものではない。イノベーションは進歩を示す松明ではなく、破壊的な大火になる可能性がある。社会は変化しなければならないが、人間の体が永続的に更新されるように緩やかな変化は社会の秩序を保つものである」

そして、アメリカの保守主義思想はキリスト教的道徳のことであり、精神的、道徳的な再生を図り、教育を浄化し、家族への敬意、知的財産の尊重などの重要性を訴えた。また、上記の六つの規範とあわせて保守主義の基本思想として以下の7つのことを挙げている。(「アメリカ保守革命」P24-25)

・「永続的な道徳的秩序が存在し、人間の本性は時代が変わっても変わらない」
・「社会政策は長期的な影響によって判断されるべきである」
・「ユートピアを求めることは悲惨な事態を招く」
・「人間は不完全性な存在である。人間の完全性を約束する思想家が一九世紀の偉大な部分を地球上の地獄に変えてしまった」
・「市民の生活に最も重要なのはローカルかつ自発的に行われる決定である」
・「権力や人間の情熱を抑制することが必要である。個人や少人数のグループがチェックされることなく同胞を支配する国家は専制主義国家である」
・保守主義者は道理に基づいた穏やかな進歩を支持する。新しい物が古いものよりも常に優れていると主張する狂信的な集団に反対する」

このように、キリスト教道徳への回帰とリベラリズムへのアンチテーゼとして、アメリカ保守主義の理論的構築がウィーバーとカークの二人によってなされ、次第にその体系が構築されていくことになる。

アメリカ保守主義思想の源泉は主にギリシア哲学や聖書、ユダヤキリスト教文明とヨーロッパの保守主義思想に求められた。

保守主義思想研究家のチャールズ・ダン、デビッド・ウッダードによると保守主義思想の基本的な発想は以下の八つに要約できるという。(「アメリカ保守革命」P27-28)

(1)伝統的、宗教的価値観を重視すること
(2)人間の善意、理性、完全性を信用しないこと
(3)中央政府を信用しないこと
(4)州政府、地方政府の方が中央政府よりも明確な自己意識を持っていると考えること
(5)愛国心を持っていること
(6)個人の権利よりも義務を重視すること
(7)資本主義と自由市場を信頼すること
(8)既存の制度内での緩やかな変化を通して経済的、政治的、宗教的な安定性の維持に務めること

まず、保守主義思想では人間は不完全で原罪を背負っているが故に人間の善意を信用せず、道徳と秩序の源泉である神の存在によって人が人たらしめられていると考えている。

次に、近代の相対主義は神という絶対的な価値観の否定によって生まれ、人間の手によって社会を作り替えることができるというユートピア思想を生み、そのユートピア思想は人間の不完全性ゆえにファシズムやナチズム、共産主義国家のように最終的に全体主義に堕すると彼らは考える。この人間に対する不信が一方で実証主義的な科学を生み、他方で神の絶対性によって科学への懐疑へとつながる。

また、巨大な権力が集中した「大きな政府」は市場に介入し個人の自由を抑圧し、全体主義に繋がるという恐れを持つ。この全体主義に対する過剰とも言える恐怖が反共主義や米ソ対立へと彼らを駆り立てて行く。平等については彼らが重視するのは機会の平等であって結果の平等ではないため、階級社会を肯定的に考える。そして伝統は長く積み上げられた知恵の集積であると考えており、それゆえに変化や急激なイノベーションに対して強い抵抗感を持つ。

この1950年代から60年代にかけて理論構築されていった保守主義思想がアメリカ社会の根底にあるアメリカ例外主義と混ざり合いながら、巨大な思想潮流として現代のアメリカ社会を席巻していくのである。

以上、参考文献


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