逆行のエヴァンゲリオン 〜使徒逆転〜
第五話 幸福と言う名の罠

シンジとアスカが弐号機に乗って使徒を倒した件は、日本のネルフ本部にも伝わった。
高いシンクロ率で使徒を倒してしまった事で、技術部のリツコ博士や副司令の冬月もシンジ達を怪しんでいるようだった。
しかしゲンドウは四号機の起動実験に集中するように指示を下し、リツコ達の進言をはねのけた。

「シンジ君達が派手にやっているみたいだけど、碇司令は気にかけていないようだね」
「ええ、だけど油断は出来ないわ」

自分達が隠し事をしているように、ゲンドウにも何か秘密があるのではないかとレイは感じていた。
四号機の起動実験では、レイはシンクロ率を調整して起動指数に届かないようにして、シンジ達が使徒を倒すのを待っていたのだ。

「でも早くシンジ君達が使徒を倒してくれて助かったじゃないか、引き延ばすのにも限界があったし」
「彼がフォースチルドレンとして招集される前でよかったわ」

このままレイが四号機を起動できなかったら、トウジがパイロットして呼び出されるかもしれないとレイは危惧していた。
トウジがエヴァ関係に巻き込まれるのは、シンジの望む所では無い事をレイは知っている。

「それでどうやって使徒を倒すのかな? また四号機も自爆させるつもりかい?」
「ここで爆発させたら、被害が大きくなるわ」

レイはそう言ってカヲルに考えている内容を話した。

「なるほど、もう一度奇跡を演出しようと言うわけだね」
「またあなたの力を借りる事になってしまうけど」
「構わないさ、僕も君に好意を感じるようになって来た所さ」
「何を言うのよ……」

カヲルの言葉を聞いたレイは顔を反らした。   四号機の起動実験が再開されると、レイは四号機を動かせるギリギリまでシンクロ率を上げる。
すると仮死状態で寄生していた使徒が目覚めた。

「どうやら、覚醒したようだね」

カヲルはエントリープラグとコアを守るようにATフィールドを張り巡らせ、使徒の侵食を防いだ。
この使徒は先に登場したアルミサエルと違い、四号機のみを目的に寄生していたため対処は楽だった。
レイは四号機をすぐに射出用カタパルトへと走らせる。
そしてカタパルトの制御装置を遠隔操作し、四号機を地上へと射出させた。
暴走としか思えないレイの行動に、起動実験を見守っていたリツコ達は目を丸くする。
さらに四号機が空高く飛び上がり成層圏に突入すると、リツコ達は叫び声を飲み込んでしまうほど驚いた。

「このままでは四号機が燃え尽きてしまいます!」

マヤが悲痛な声で報告すると、リツコ達の顔色が真っ青になった。
四号機の機体が燃え尽き、奇跡的に原形を止めたエントリープラグが地上へと落下を始める。
エントリープラグもかなりの高熱を帯びており、いつ融解するかわからない。

「レイ!」

ゲンドウも動揺して司令席から立ち上がった。
エントリープラグにはパラシュートや逆噴射エンジンが付いているはずもなく、このままでは着地の衝撃でエントリープラグごとレイが押し潰されてしまう。
しかしエントリープラグは落下の途中で角度を変え、湖へと着水した。
大きな水しぶきが上がり、発生した波は桟橋に繋げられた船を揺らす。
小さなボートの中には転覆してしまった物もあった。
壊れてしまったのか、エントリープラグのカメラではレイの様子をモニタリングできない。
ゲンドウは直ちに湖に落ちたレイの救助を命じ、自らも高速ヘリで現場に赴いた。
駆け付けたネルフのスタッフにより、海面にエントリープラグが引き上げられる。
そして変形した扉がこじ開けられ、座席に横たわって居たレイは救助され担架で運び出された。

「大丈夫か、レイ?」
「はい……」

レイが薄く眼を開けて答えると、ゲンドウはホッとした表情を浮かべてため息をついた。
その後の検査でレイに身体的な異常は見られなかったものの、大事をとってレイは病室に運ばれた。
誰も居なくなった病室で、付き添っていたカヲルがレイに声を掛ける。

「それにしても君は一歩間違えれば死んでしまう、命懸けの作戦が多いね」
「信じていたから」
「……僕を?」
「ええ」

レイはそう言うと寝返りを打って顔を横に向けた。
会話が途切れ、沈黙が部屋を支配する。

「……あなたは帰ってもいいのよ」
「僕が側に居たら邪魔かい?」
「そんな事は無いけど、独りで居るのに慣れて居たから、不思議な感覚なの」
「ふうん、僕はシンジ君に会うまでずっと独りだったけどね。と言っても寂しさを感じる暇も無いぐらい短い一生だったけど」

カヲルは目が覚めてすぐ、キール議長にフィフスチルドレンとしてネルフ本部に潜入するための教育を受けた。
しかし使徒としてせん滅される事になっているカヲルが、もし生きる事に価値を見出してしまい抵抗をしてしまったら、キール議長の計画は上手く行かなくなる。
だからキール議長はカヲルを軟禁状態に置き監視し、カヲルが他人と深く関わらないようにしたのだった。
それに比べれば自分は恵まれた存在だったのだと、レイは自覚した。

「けれど君が僕に再び命を与えてくれたから、こうして生きる喜びを味わえるのさ」
「でもそれは碇君のためだったから……」
「きっかけはそうかもしれないけど、君には感謝しているよ」

カヲルは穏やかな笑顔でレイにそう告げた。
しばらく見つめ合っていた2人だが、カヲルの腹の虫が盛大に鳴き声を上げた。

「……無理しなくて良いのよ」
「先に帰って、冷凍食品を食べる事にするよ」

お互い少し恥ずかしい雰囲気になり、カヲルは検診に来た医師と看護師と入れ替わりにレイの病室を立ち去るのだった。



  翌日、弐号機を乗せた船は日本へと到着し、アスカはレイとの再会を果たした。
そしてアスカはレイが住んでいる隣の世帯用の部屋に入居したいと告げ、ミサトは了承する。
当然葛城家で同居すると思っていたシンジはアスカの発言に驚いた。

「あたしもアスカはてっきりネルフの用意したホテルに泊まると思ったんだけど、もしかしてアスカってばシンジ君の事を気に入ったのかもしれないわね」
「そ、そうなんですか?」
「レイもシンジ君の事が好きみたいだし、隅には置けないわね」

ミサトはニヤニヤ笑いを浮かべてシンジを腕で突いた。
その日のうちにアスカの引っ越しは行われ、夕食はアスカの入居祝いが葛城家のリビングで行われた。
レイはカヲルを独りにさせてしまう事に気が引けていたが、カヲルはレイを後押しするように快く送り出した。
夕食の場では、シンジとアスカも馴染み過ぎてはミサトに怪しまれてしまうからとお互いに意識した結果、ギクシャクした雰囲気となった。
場を盛り上げようと陽気に振る舞うミサトの姿に、シンジとアスカは胸を痛めるのだった。
夕食会も終わり、葛城家を出た所でレイはアスカを呼び止める。

「碇君と同じ葛城一尉の家で暮らす事もできたはずなのに、どうして?」
「元々あの同居は、ミサトがユニゾン作戦のために強引に始めたんだし」
「でも、あなたが強く希望すれば葛城一尉と同居できたはず」
「それならアンタは何で有無を言わさずにシンジと2人で世界を創造しなかったの? アタシにシンジを渡したくないと思ったらそれが一番良いじゃない」

アスカに指摘されたレイは言葉に詰まった。
この胸がモヤモヤする気持ちをどう答えれば良いのか分からないのだ。

「アタシも強引にシンジと同居してアドバンテージを取るような真似をしないで、アンタとは対等に勝負したいのよ」
「勝負?」
「い、言わせないでよ、アンタもシンジの事が好きなんでしょう?」

アスカは顔を赤くしてレイにそう告げた。

「私は碇君が好き……」
「だからアンタはシンジと新しい世界を創ろうとしたんじゃないの?」
「碇君があなたの事を優しい人だって言っていた理由が分かったわ」
「そ、そんな事ないわ、アタシは借りを作ったままだってのが気に食わなかっただけよ」

そう言ってアスカはプイと顔を反らした。

「でも碇君は私と新しい世界に行くよりも、あなたとこの世界に止まる事を選んだわ。だからもう決着は付いている気がするのだけど」
「だけどアンタがシンジに想いを伝えれば、シンジの気持ちも変わるかもしれないじゃない」
「あなたもおかしな事を言うのね、私に碇君を奪われてもいいのかしら」
「その時はアタシも全力でシンジを引き止めるつもりよ」

レイに人差し指を突き付けて、アスカはそう宣言した。
するとレイは困った顔で首を横に振ってアスカに問い掛ける。

「でも分からない……私の心の中で、碇君以外の人の存在が大きくなっている気がする」
「それって、シンジの他に好きな人が出来たって事?」
「好きな人が何人も居るのは、悪いのかしら……」

そうつぶやいて落ち込んだレイを、アスカが肩に手を掛けて慰める。

「別に好きになってしまう事自体に罪は無いの。同時に複数の人と付き合うのは二股って言って良くない事だけどね」
「そう……良かったわ」
「だけどまさかアンタの好きな相手って、司令じゃないわよね!?」
「違うわ」

レイがきっぱりと断言すると、アスカは安心して胸をなで下ろした。
しかしその直後にレイがカヲルと同居している事を告白すると、アスカは大きな悲鳴を上げて驚くのだった。 



  そして次の日から待ち焦がれた第壱中学校での日常生活が始まるのかとシンジ達は期待したが、そうは問屋が降ろさなかった。
また新たな使徒が襲撃して来たのだ。
やって来たのは空中に浮遊する影の使徒レリエル。
初号機ごと飲み込まれたシンジが倒した相手だった。
しかし当のシンジはどのように使徒を倒したのか覚えていない。

「まったく、情けないわね」
「仕方ないだろう、あの時は死にたくないと思って必死に暴れただけなんだから」

アスカがそう言うと、シンジはむくれた顔で言い返した。

「残念だけど、多分あの使徒を外側から攻撃して倒すのは無理だろうね」
「それじゃ、また使徒に飲み込まれろって言うの?」
「ええ、使徒の体内からATフィールドを」

アスカの質問に、レイはうなずいた。

「もう一度苦しい思いをしなくちゃいけないのか……」
「それならシンジは行かなくて良いわ、アタシだけで十分だから」
「ぼ、僕も行くよ!」
「無理しないでいいわよ」

身体を震わせながら言い放つシンジに、アスカは優しく声を掛けた。



  使徒がネルフに迫ると、ミサトは初号機と弐号機を出撃させて様子をみる指示を下した。

「あんなやつ、アタシがあっと言う間に倒してやるわよ!」
「アスカ、止まりなさい!」

シンジ達との打ち合わせ通り、アスカは発令所のミサトの制止を無視して使徒へと突進した。
パレットライフルを空中に浮かぶ使徒の影に向かって撃つと、使徒の本体は弐号機の足元へ移動し、弐号機を飲み込み始めた。

「ちょっと、これ、どうなってるのよ!」

アスカはパニックに陥りながら、あがくように弐号機の右腕を突き出した。
シンジはすぐにでも駆け付けて弐号機の右腕をつかみたかった。
しかしそれでは自分達の計画が台無しになってしまう。
シンジはグッとこらえ、ミサトが救助を命じたタイミングで弐号機の所へと急いだ。
ミサトの指示によりシンジはアンビリカルケーブルを引き上げたが、その先に弐号機の姿は無かった……。
急いで使徒を倒すための作戦会議が行われ、4000発を超えるN2爆雷を集め、一斉に投下して使徒を倒す「ルーデル作戦」が提唱された。
弐号機ごとアスカが犠牲になってしまうかもしれないこの作戦に、異を唱えたミサトだったが、最終的には従った。
シンジもアスカは大丈夫だと自分に言い聞かせる反面、もしこの作戦が決行されたら、アスカが傷ついてしまう事があるのではないかと不安を感じていた。
そしてすぐに使徒を倒して戻って来るはずのアスカはなかなか帰って来ない。
不安と苛立ちがピークに達したシンジはついに初号機で使徒の本体に向かって飛び込んでしまった。

「シンジ君!?」
「碇君!?」

ミサトとレイの驚いた声が重なってシンジの耳に届いた。
しかしアスカを助けたいと言う気持ちで頭が一杯になったシンジには2人の声は素通りしてしまった。
エントリープラグの中に居たはずなのに、シンジの周りには暗い空間が広がる。

「あれは……?」

そしてシンジの目の前に浮かび上がったのは、至福の表情で大人の女性に抱きしめられるアスカの姿だった……。

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