アサート No.415(2012年6月23日)

【投稿】 大飯原発再稼働の決定に抗議する
                           福井 杉本達也 

1 大飯原発再稼働決定に抗議する
 野田首相は6月8日の記者会見で、大飯原発3、4号機について、国民の生活を守るために再稼働すべきだというのが私の判断だと表明、経済活動や国のエネルギー安全保障の視点からも原発なしでは日本社会は立ち行かないと強調、さらに福島を襲ったような地震・津波が起きても事故を防止できる対策と態勢は整っていると述べた。記者会見を地元同意の条件としたのは西川福井県知事であったが、当初、藤村官房長官は記者会見には否定的であった。しかし、再稼働のリミットが迫る中、バナナの叩き売りのような妥協をした(朝日:2012.6.9)。
 しかし、大飯原発の安全性は何ら担保されていない。福島第一事故で唯一不幸中の幸いであったチェルノブイリを上回る事故の拡大を防いだ免震重要棟もできていない(元々、敷地の狭い大飯原発敷地内に免震棟を造ることは不可能であろう。3,4号機建設中は敷地の余裕がなく、工事用車両などのために法面に仮設で鉄板を敷きつめて人工地盤を確保していたほどである)。もちろんベント施設も、津波対策もできてはいない。極め付きは県の防災計画もできていないことである。県は国が防災指針を示さないから作れないと言うが、福島原発事故で実際に30キロ圏内の住民を避難させたにもかかわらず、どう住民を避難させてよいかわからずに「大飯原発は安全」というのは住民の生命を守るべき自治体の最重要責務を放棄した無責任そのものの判断である。おおい町からは敦賀市や越前市方面へ逃げる計画であるが、若狭湾の原発銀座を通過して避難するのは机上の空論も甚だしい。近隣の滋賀県・京都府とまともな話ができないからである。西川知事は安全と防災計画は「レベルが違う」(福井2012,6.14)とのたまうが、過酷事故対策に目をつぶって再稼働を判断するとは言語道断である。さらに変動地形学の名古屋大の鈴木康弘氏・東洋大の渡辺満久氏は2号機と3号機の間を通る「F−6断層」は活断層だと指摘している(朝日:同上)。これでどうして事故を防止できる対策・態勢が整ったのか。「国民の生活を守る」のではなく「国民の生活を破壊する」ために再稼働の決定を下したとしかいいようがない。「国民」を強調しつつ、首相の目は「国民」を向いてはいない。

2 「福島」を無かったことにする棄民政策
 6月11日のNHKニュースは、福島原発から最も多くの放射性物質が放出された去年3月15日の対応について、文部科学省は原発から北西およそ20キロの福島県浪江町に職員を派遣し、午後9時前に最大で1時間当たり330マイクロシーベルトの高い放射線量を測定したとしている。そのうえで、この調査地点は15日夕方のSPEEDIの予測を基に選んだことを明らかにしている。しかし、測定結果は現地の対策本部には報告せず、自治体にも伝えなかった。文科省はSPEEDIによる放射能情報を隠蔽しただけでなく、それを利用して測定した情報も隠蔽していたことが明らかとなった。浪江町長はNHKのインタビューで「当時、われわれは避難を自主的に判断せざるをえず、原発から遠くに離れようとした結果、不要な被曝を招いてしまった。住民の安全を守るべき国が出すべき情報を出さずに、その責任を果たさなかったのは非常に悔しいし残念だ」と述べている。
 このSPEEDIの情報については、3月11日当日から保安院から福島県にメール等で情報が送られてきたにもかかわらず、県はこのメール等を意図的に廃棄していたことも明らかとなっている(県民福井2012.3.21)。また、事故直後のヨウ素131などの生情報が全て消されており、福島県民がどれだけ初期被曝したのか全く不明であった。東電や国は電源の喪失や津波によって原発周辺の放射線観測施設が全て破壊されたとウソを突き通してきたが、この生情報は福島県の原子力センター職員による決死の内部告発により放射線測定の第一人者・岡野眞治博士らの手元に届けられている(NHK:ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』2012.3.11)。この大規模かつ組織的放射線隠しを福島県現地で指揮したのが「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。」と発言する山下俊一長崎大教授(福島県立医大副学長)である(2011.3.21講演「放射線と私たちの健康との関係」)。
 その結果、今福島では「6月のころは相談会もなごやかな雰囲気だった。7月になって戒厳令になったという気がした。福島では放射能が不安だと言うとバッシングを受ける状態になっていた。とりわけ福島市が強くいろいろな規制をしている。外に出ている子どもに対して、『早く教室へ入ったほうがいい』『長袖のシャツを着ていたほうがいい』くらいの注意をした教師に育委員会から指導が入る。」「福島市の医師会は全員『放射能は心配ない』と口裏を合わせることになっている。最近は子どもを連れたお母さんが受診して、放射能と一言いうと横を向き診てくれないという状態になっている。福島の個人病院で健康診断をしようとしたら、福島市からストップがかかり、『山下さんと相談してからやれ』と言われた。山下としては自分たち以外の健康診断はやらせない。勝手にやった健康診断で被害はなし、将来も大丈夫と言ってしまう。他のところでやるとそういう結果は出ないわけだから、自分たちの健康診断のおかしさが暴露されてしまうから止めている。それで、福島の医者は動きがとれない。」福島は完全に沈黙させられている(2012.5.20「原発事故と病気 『福島を切り捨ててはならない 』」八王子中央診療所 山田 真)。
 かつて、第二次世界大戦末期の大日本帝国下においても、米軍による本土空襲の可能性が高まった1944年夏から子供を空襲から守るため全国的に学童疎開が行われた。ところが福島県では5〜20ミリシーベルトという極めて危険な放射線区域内でも子供の避難は行われていない。チェルノブイリ事故で旧ソ連が強制移住させた値である。今の日本政府は大日本帝国の軍国主義者以下である。『大本営発表』の方がまだましである。

3 日米協力イニシアティブ−「民生用原子力協力に関する二国間委員会」
 4月30日、日米首脳は共同声明を発表し、その重要部分を詰めた文書として『日米協力イニシアティブ』を公表した。その中で原発は「日米両国は,2011年3月の日本の原子力事故の後の日米間の緊密な協力を基盤として,民生用原子力協力に関するハイレベルの二国間委員会を設置し,この分野での協力を更に強化する。同委員会は,民生用原子力エネルギーの安全かつ安心な実施並びに廃炉及び除染といった事故への対応に関連する包括的な戦略的対話及び共同の活動を促進する。同委員会は,原子力エネルギー,原子力安全,核セキュリティ,環境管理,核不拡散を含む諸分野において,より強固な研究開発交流を調整する」とうたわれることとなった。福島第一原発事故の収束の見通しも立たず、原子力・保安院に替わる組織(現在「規制委」案が民自公で合意)の見通しも立たない段階で、「ハイレベルの二国間委員会」の設置を宣言するのは異例である。日本の原発稼働がゼロとなることを米国がいかに恐れているかを示している。「全面停止状態にある原発が早期に再稼働できるよう支援したい意向」(2012.5.1)という日経の間の抜けた解説ではなく、無理矢理にでも再稼働させるための米国の恫喝と捉えるべきであろう。その詳細は5月27日の日経の解説記事でより明らかとなる。「『いかなる形でも支援する用意がある』再稼働に絡み、関係閣僚と地元自治体の折衝などを抱え慎重な日本の背中を押した。日本当局筋は複数の米政府高官に責められた。日本の原発が衰退すれば米も共倒れになる相互依存の構図で、イニシアチブは米の焦りの裏返しでもある。」つまり日本の原発が動かなければ米国の核兵器産業も共倒れになるから、絶対に原発を再稼働しろという意味である。その回答期限は6月18日のG20である。大飯原発再稼働決定はこの流れの延長にある。「国民」という野田のうつろな言葉の後に目は「米国」を見ているのである。さらに野田が心変わりしないかを「野田首相が掲げる政策は消費増税を含め環太平洋経済連携協定(TPP)への参加や原子力発電所の再稼働など国際的な課題。どう対処するかは日本が今後、国際社会でどのような地位を占めるかのリトマス試験紙にもなる」(日経:2012.6.3)と米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問・日本部長マイケル・グリーンが監視している。

4 闘争の重点をどこに置くべきか
 福島の問題は福島という一地方の問題ではなく、日本全国の問題だけではない。かつてチェルノブイリに対して国際的に原子力帝国主義国から圧力がかかったように、今、「福島」に対してあらゆる国際的圧力がかかっている。米国・英国・フランス・ロシア・中国といった核大国ばかりでなく、原発からの撤退を決めたドイツでさえ、フランスからの放射性廃棄物を受け入れ、さらにはシベリアに搬送している。こうした中で日本が「核」から全面撤退するのは至難の業である。国も世界も「福島」だけに限定してしまいたいと思っている。福島市の東側に放射線の極めて高い渡利地区がある。市の中心部に近い地域で、阿武隈川を挟む対岸は県庁などの官庁街である。渡利地区を汚染地区にすると、福島市全域を避難地区にせざるを得ない。国が渡利を認定しない理由は「ロケーションの問題」である。人口密度が高く、中心地に近い渡利を危険な地域と認定すると、福島市全域が危険だと宣言したことになってしまう。福島が避難地区と認められないと、それより少し低い郡山などは到底認められない。渡利地区は橋頭堡であり、渡利地区を認めさせることができれば、中通りに避難地区を広げられる(山田真「大震災・子どもの健康と未来の補償のために」『現代思想』2012.3)。
 一方、大飯再稼働問題では関西のふがいなさが目立つ。「計画停電」の脅しにあっさりと降伏してしまった。電力やエネルギーの需給についてほとんど何も考えていなかったことが明らかとなった。まず、関電に対する監視を強化し火力発電所に対する設備更新を急がせることである。地震による壊滅的被害を被った東電や東北電力が被災した火力をわずか3ヶ月で修復を終えたことと比較するとこの1年3ヶ月の関電の設備の更新・修復はあからさまなサボタージュである。ガスタービンコンバイドサイクルの姫路第二の運転開始を少しでも早めさせなければならないし、老朽火力の設備更新を急がせなければならない。 次に、特定規模電気事業者・大阪ガスや神戸製鋼などの電力事業やエネルギー事業を応援することである。原子力帝国主義の圧力から自由度を確保するにはそれしかない。かつて敦賀市に大阪ガスのLNG基地誘致の話が持ち上がったことがある。1989年である。計画では10.5haの土地に18万klのLNGタンク10基、8万klのLPGタンク3基を設置し、敦賀港のLNG受け入れ桟橋とをトンネルで結ぶという大規模な計画であった(参照:岡敏弘『環境政策論』1999.12.15岩波書店)。しかし、この計画は表向きは自然保護、裏は敦賀3,4号機の増設(現在敷地造成のみが完了している)にとって邪魔であるという理由で葬り去られた。表向きの中心人物は日本原電社員・北條正敦賀市議であった。大阪ガスがなぜ敦賀を選んだかといえば、ロシア・サハリン等からのLNG輸入を考えていたからである。しかし、天然ガスのロシアからの輸入は関電にとってもアメリカにとっても都合の悪いものである。関西が若狭湾からの電力に頼るというのはあまりにもリスクが大きすぎる(建設後40年前後の老朽原発が軒並みということもあるが、電力集中も)。都市の中心部・埋め立て地に発電所を設けるとともに、エネルギー源の多様化を図るべきである。 

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