社説

オスプレイ上陸/「飛行ありき」は認められぬ

 米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイが岩国基地(山口県岩国市)に陸揚げされた。
 基地沖合では反対派市民が海上抗議活動を行い、岩国市などで市民による大規模な反対集会も開かれた。
 日米両政府は安全性が確認されるまで、日本国内で「いかなる飛行運用も行わない」と強調したが、「10月運用開始」の日程が変わらないのでは、一時しのぎにしか聞こえない。
 本当に安全性は確保されるのか。オスプレイ配備に対する国民の理解を求めようというのなら、両政府は真剣に運用開始時期を再検討すべきだ。
 運用開始後、オスプレイは全国各地の飛行ルートを使って超低空飛行訓練を行うことが予定されている。反発の声は岩国や普天間だけのものではない。
 全国知事会が反対声明を出した。宮城県の村井嘉浩知事も、不安が解消されないまま陸揚げが強行されたことに遺憾の意を表明している。
 藤村修官房長官は、陸揚げ終了後に「オスプレイの飛行経路を両政府が議論するのは可能」との認識を示したが、遅すぎる。6月末に米側が正式に配備を表明した段階でなされるべき議論だ。
 配備表明後も、政府は「装備変更は事前協議の対象に当たらない」との見解を繰り返すだけで、国民の不安を取り除く対策を取らなかった。世論の硬化を招いた大きな要因だろう。
 「安全保障問題は政府に一任されている」と思っていたのだとすれば政府の認識の誤りであり、シビリアンコントロール(文民統制)の自殺行為だ。
 かつて防衛相を務めた自民党の石破茂前政調会長は、万一の事態に対する政府の責任の取り方を「首相が国民にきちんと語る必要がある」と指摘する。
 もっともな指摘だ。「米国が安全と言ったから」や「日本がどうこう言える問題ではない」という言い訳ではなく、オスプレイがなぜ安全保障上不可欠な装備であるのかを、正面から日本政府の言葉で説明する努力が決定的に欠けている。
 軍事技術や軍事情報に関する判断には、高度な専門性が要求される。機密性も高く、軍事や安保に関する議論は「プロの仕事」とされがちだ。
 だからといって、軍事や安全保障の議論から民意を排除していいということにはならない。むしろ、判断が専門的ならば、それを国民に分かりやすい形で説明することが大切だ。
 米軍のアジア戦略、老朽ヘリ代替の必要性、住宅地が近い普天間配備と責任の所在、全国での超低空訓練−。政治が説明すべきことは山積している。
 文民統制の基本原則は政治と軍事の分離であり、さらに軍事に対する政治の優位を確保することと定義される。「日米のプロの判断だから」と、政治が判断停止することは許されない。
 オスプレイはなぜ必要か−。根源的な説明さえなされないまま、危険な輸送機が日本上空を飛行することは認められない。

2012年07月25日水曜日

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