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炉圧下げるたび 放射性物質外に
7月24日 19時7分

炉圧下げるたび 放射性物質外に
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東京電力福島第一原子力発電所の事故で、最も多くの放射性物質を放出したとみられる2号機について、専門家が、当時の事故対応の記録と周辺の放射線量を検証した結果、大量放出が起きたとみられる前日の夜から、原子炉を守るため圧力を下げる作業を行うたびに、外部にまとまった量の放射性物質が放出していた可能性が高いことが分かりました。
専門家は、「原子炉を守る作業の結果、放射性物質が漏れた可能性があることは問題で、状況を詳しく解明すべきだ」と話しています。

福島第一原発の事故では、事故から4日後の去年3月15日に、2号機から今回の事故で最も多くの放射性物質を放出したとみられていますが、詳しい状況は分かっていません。
2号機からの放出について、東京大学の門信一郎准教授や日本原子力研究開発機構の茅野政道部門長らのグループが、当時の事故対応の記録と周辺の放射線量を詳しく検証しました。
2号機では、大量放出が起きたとみられる前日14日の夜から当日の未明にかけて、原子炉に水を入れて冷やすために「SR弁」と呼ばれる弁を開けて原子炉の圧力を下げる作業を繰り返し行っていました。
2号機では、このときすでにメルトダウンが起きていて、SR弁を開くと原子炉の中の放射性物質を含む蒸気は、格納容器の一部に逃げるため、格納容器の中には放射性物質が充満していたとみられています。
一方で、福島第一原発から南に10キロ余り離れた福島第二原発では、14日の午後10時以降から5時間ほどの間に、放射線量が3回、急激に上昇し、いずれもSR弁を開く作業を行ったおよそ1時間後であることが分かりました。
このため、グループは、2号機の原子炉の圧力を下げる作業を行うたびに、まとまった量の放射性物質が格納容器の損傷した部分から漏れ出して放出され、当時の南向きの風で福島第二原発の方向に流れた可能性が高いとみています。
また、その放出量は、シミュレーションの結果、1号機の水素爆発などそれまでに比べて10倍から20倍ほど多く、放射性物質は、15日の午前中に関東地方に流れたとみられるということです。
日本原子力研究開発機構の茅野政道部門長は「原子炉を守る作業の結果、放射性物質が漏れた可能性があることは問題で、状況を詳しく解明すべきだ」と話しています。
専門家の指摘について東京電力の松本純一本部長代理は、「専門家の指摘は把握していないが、当時はSR弁を開けなければ原子炉などが壊れ、大量の放射性物質が漏れる可能性があり、放出を抑えるためにSR弁を開けるたのはぎりぎりの選択だった。今後、放射性物質の漏えいの経緯についてはしっかり検証していきたい」と話しています。

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