多くの沢に雪渓が残るこの時期、行く沢の選択肢は限られてくる。標高が低く、雪渓の影響がない沢として「関東周辺の沢」から選別したのが、コンヤ沢ホーキ沢だった。
登攀的な沢なので、先日衝動買いしたアクアSシューズを試すのにもいい機会である。
安倍川本流を渡渉してコンヤ沢本流に入ろうとするが、水量が多くて渡れない。しかもヌルヌルの苔が付着した岩は非常に滑りやすく、アクアSに一抹の不安を覚える。出直して、橋を渡ってから入渓。
3つの堰堤を左岸から巻いていくと、明るかった谷は暗いゴルジュへと吸い込まれていく。本谷は廊下状を成すが、大した滝も現れぬままホーキ沢出合へと到着。
入口には15m滝。ホーキ沢に入るためにはこの滝を直登するしかない。しかし、赤茶けた苔に覆われた岩肌は、まるでツルツルの氷に乗ったかのようによく滑る。とてもゴム靴で登るような滝ではない。
この時点で早くもアクアSの信用度はゼロ。やはり日本の沢にはフェルト底のほうが相性がいいようだ。
危険なほど滑るため、ホーキ沢は明日出直すことにして、登攀の少なそうな本谷のゴルジュに変更。
半日位で登って同ルートを下降できるだろうと安易に入るが、後々これがとんでもないゴルジュだと思い知らされることになる。
谷筋は激しく屈曲を繰り返し、そのつど釜や小滝が現われる。しかしどれも1~2mほどの滝で、それほど難しくはない。ところが、C740の左曲部を越えた辺りから、谷の様子が変わり始めた。
ゴルジュは深まりを見せ、3m滝を右岸から小さく巻き上がると、前方には絶望的な7mCS滝。しかし、よく見れば左のハングを登れそうに見えなくもない。
2本の残置ハーケンが、7m滝下への懸垂下降を誘っているが、果たして降りてしまっても大丈夫なのだろうか…。とにかく滝に近付かなければ分からないため、とりあえず下降してみることにする。
残置ハーケンは朽ち果てて使い物にならず、その近くに新たに2本打ち込むが、いまいち手ごたえが悪い。かと言って他に打てるリスもなく、その支点に頼るしかないのだが、どうしても踏ん切りが付かない。
困り果てて周囲を見回すと、なんと側壁3m上部にしっかりとした木があるではないか。どうやらハーケン支点に気を取られ過ぎていたようだ。
打ったハーケンを回収すると、どちらも驚くほどあっさり抜けた。もしこの支点で下降していたら、大変なことになっていたかもしれない。やはり嫌な予感には従うべきだ。
下に降りると、CS滝の左は予想通り登れそうに見える。ただ思い切ったハング越えとなるため、わずか3mほどの距離だがロープを出すことにする。
中間支点はカムと岩の隙間に掛けたスリング。ハイステップでハングを越え、オフィズス状のスラブをずり上がる。
思いもよらぬ登攀を強いられ、緩んでいた気持ちが一気に引き締まる。この谷にはもはや何が出てきてもおかしくなく、それなりの覚悟をして進む必要があるようだ。
それに応じるかのように、再び予想を超える悪場の出現。谷の屈曲と同時に突如視界が真っ白に覆われる。一瞬何がどうなっているのか分からなくなるが、よく見ればそれは谷幅一杯に広がる12m滝。
両岸はハングした壺状のゴルジュとなり、一見して通過不能。折しも雷鳴が轟き、駄目押しの大雨。まさかこのタイミングで…。
側壁から逃げられる場所を探しながら、急いで来た道を引き返すが、見える範囲にそのポイントはない。近場にエスケープラインを求め、右往左往する内に雨は止んで青空が広がってきた。どうやら急激な増水は避けられたようだ。
12m滝を巻くとしても相当な大高巻きになることが分かったため、もう一度滝に戻って登攀の可能性を探ることにする。
よく見れば左壁を登れそうに見えるが、厄介なのはヌメリである。最近登られた形跡はなく、ヌルヌルとした苔が表面を覆っている。
当然アクアステルスは不可。念のため持ってきたクライミングシューズに履き替える。同じラバーソールだが、柔らかくて足裏感覚がある分だいぶましだ。スリップの危険性が高いので、ロープも出すことにする。
ヌメリをしごき取りながらの面倒な登攀。下部で打った2本のハーケンは、どちらも1cm程度しか刺さっておらず、絶対に落ちられない緊張感がある。
上部はトラバース気味に右上。8mほどランナウトしたところで、カム(黄色のマスターカム)がきまって一安心。一気に落ち口まで抜ける。
狭まったゴルジュには5m滝、15m滝と続き、まだ重圧からは解放されない。遠目に見る限り、15m滝は登れない可能性が高いため、手前の5m滝と共に巻くことにする。
右岸側壁の弱点にルートを取り、急なザレと露岩のミックス帯を、泥クラックにカムを突っ込みながらの登攀。上部の潅木帯を抜けると、ようやく安定した尾根に出られた(滝の登攀から合わせて計3ピッチ)。
所々いやらしいザレをトラバースし、尾根を下って12mの懸垂下降で谷に戻る。
思いのほか時間がかかり、このまま遡行を続けては今日中に下山することができない。
エスケープが頭をよぎるが、残りのゴルジュを見ずして帰りたくはない。非常食も何もないが、ビバークする覚悟で先に進むことにする。
すでにトラウマになりつつある屈曲部だが、それ以降問題になるような滝は現れず、夕闇迫る陰惨なゴルジュから、視界のあるうちに脱出できた。
おそらくあと一つでも難滝が現われていたら、夜間行動になっていたことだろう。
河原で、着の身着のままでのビバーク。空腹で寒い夜を過ごすことになったが、心は言い知れぬ充実感に満たされていた。
こんな大きさでも登れない。
左岸から小さく巻く。
右の隙間を抜ける。
狭いゴルジュ。
黒い岩が独特の雰囲気を醸し出す。
この先はどうなっているのか…。
好奇心を駆り立てられる景観だ。
さて、これをどう越えるか。
この辺りから谷は厳しさを増してくる。
大岩の左のハングを越える。
漆黒の空間を貫く滝。
完全に谷を塞ぐ白い障壁。
一見登れるようには見えないが…。
左壁の弱点を付いていく。恐ろしいほど
ヌメる上に、プアピンでランナウト。
12m滝を直登しなければ、辿り着けない
場所。この谷の最深部であろう。
遠目に見る限り、直登不能の可能性が
高く、下の5m滝と共に巻くことにした。
右壁を直登。
なかなか終わりの見えてこない廊下。
岩の隙間を水が疾走する。
ゴルジュから解放されても
なお現われる滝。
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単なる落ち込みでも容易には
通過させてくれない。