境界線上の……え? (ケフィア)
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ケフィア「二話目! そしてハーメルンの掲載限界二万時にいつか行きそうで怖い!」

夷「と、いうか行くよな? 絶対に行くよな?」

ケフィア「アハハハハ、今、書いてるので一万五千くらいだから……分割もあり得るな」

夷「……オイオイ」



逃げる者、追いかける者

 音が聞こえたのは、各艦の表層部にいる誰も彼もだ。
 銃撃、剣戟、金属音や破砕音、ここ武蔵では珍し――くもない。
 しかしながら、ここ武蔵では基本的に戦闘行為は禁止だ。これは武蔵が、いや“それが極東が平和であるという事実を証明するものである”からだ。
 今の極東に力などない。一時期は有った、だがそれが失われてしまった今、戦闘行為をしてしまったら、喜んで他の国は極東を、“武蔵”に攻め入るだろう。そんなことをされたら、今の極東に対抗できるはずがない……が、物事にはいつでも裏ワザと言うものがある。その名も“授業”だ。
「“後悔通り”を艦首側に行くぞぉおお!」
 誰かがそう叫んだ。それは人々に伝播し、次第に人々はそれを見物していた。

 ここで簡単な武蔵の説明をしておく。
 武蔵とは知っての通り準バハムート級の移動都市艦。全部で八隻の艦船が繋がって船体を構成している。全長は八キロ以上に達し、食糧生産から行政まで、都市生活を維持するための機能を一通り持つ。構成は――
 中央前艦・"武蔵野"
 中央後艦・"奥多摩"
 右舷一番艦・"品川"
 右舷二番艦・"多摩"
 右舷三番艦・"高尾"
 左舷一番艦・"浅草"
 左舷二番艦・"村山"
 左舷三番艦・"青梅"
となっている。つまりオリオトライトたちは現在、奥多摩の右舷から右舷二番艦・多摩へ向かっている。
 さてはて、話を戻してなぜ“授業”が裏ワザなのか。それは至って簡単だ、武蔵では戦闘訓練と言うものがない。つまり、彼ら“生徒”には実戦経験はおろか、集団での訓練経験もない、ずぶの素人。
 しかしながら、彼らも黙って支配されるほどお人よしではない。授業と銘打って、事実上の戦闘訓練をしている。訓練もできない彼らが唯一実力を出せるのが“体育”の授業だ。
 これだけ聞くと、担当している教師のオリオトライトの評価がうなぎ上りだが私怨も若干入ってるので素直に評価できないのが残念なところだ。


 人々は頭上を見上げる。
 高さが不揃いな屋根の上、騒音が突っ走る。一つ二つなら訝しむこともないが、音は数十人分の足音だ。
 何事か? と皆、考える。それは光の群が弾け飛ぶことによって中断された。それと同時に家の鎧戸や防護壁を展開する。考えるまでもなく、ソレは戦闘の合図だった。
 飛び行く光はただ一人を追っていた。追われているのは女性と複数の少年少女だ、被害が出ないように屋根上を走っていく。その後ろ、追い切れなかった光の矢が誰かの家の屋根をぶち抜いたが、そんなことに構っている余裕は、追う側も追われる側にもなかった。
 追う側……両希夷がブチ切れながら追っているからだ。
「てめぇええええええらぁあああああああああっ!!! よくも、俺を置いてったなぁああああっ!!」
「うわぁああ!! やっぱ来たよ、来ちゃったよ……というか何で追えるの!?」
「浅間! あんたの矢であいつを浄化しなさい!」
「む、無理無理無理! 無茶言わないでよ、喜美!」
「あれ? あいつ魔術使ってない? ガッちゃん」
 オリオトライトは逃げながら、冷や汗を垂らして本気ではないが真剣に逃げていた。あれは死ぬ、捕まったら死ぬ、そんな本能的忌避感が彼女を襲っていた。
 それは追う側の梅組の生徒にも言えることだ。彼らの後ろには背中から光の羽を展開している阿修羅……夷から本気で逃げていた。
 最初は彼らは普通にオリオトライトを追っていた。オリオトライトも、生徒たちに合わせながら余裕をもって授業をしていた。生徒たちも真剣に目の前を行く、リアルアマゾネスにどうやって当てようと考え、それを実行した。
 弓矢を放ち、術式を使い、商品を売ったり、カレーを食べたり……まぁ、色々やった。しかし、捉える者はいなかった。
 そこに変化が起きるのは、彼らが多摩に入ってすぐの所だった。
 屋根上に逃げたオリオトライトを追っていこうとしたその時、インキュンバスの伊藤・健児、通称イトケンが突然、後方から発射された魔術に直撃してリタイヤしたのだ。ちなみにスライムのネンジは喜美に踏みつぶされて辺りに飛び散った。
 当然、追っている生徒は魔女であるマルゴットとナルゼを疑ったがすぐに否定する。二人が味方をわざと誤射するとは到底思えなかった。イトケンへの攻撃は完全なる敵意と見抜いた梅組の生徒はまず後方を見て――全員、イトケンの救助やオリオトライトの追撃を忘れて全力でダッシュをした。見事な敗走である、おそらく本当に無様な逃げ方だっただろう。
 オリオトライトも生徒の只ならぬ様子に驚き、生徒たちの後ろを注視し――後悔し、自らもさらにスピードを上げて逃げ出した。そりゃ、怖いもんは怖いのだ。
 そこにいたのは、背中から翼のような物を出しながら阿修羅のような表情で追ってくる夷がいた。その様子は、おそらく並みのホラー映画では出せない恐怖だろう。
「ハッハー! 逃げたら撃つ! 逃げなくても膝蹴りをプレゼントしてやんよ!」
「ちょっとぉおお!? 誰か、あの鬼(夷)を止めるで御座……って、あぶなっ!」
「ガッちゃん、もっと速度出して!」
「コレが限界よ! マルゴット!」
 最早、阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。皆、目的を忘れて夷から逃げようと必死だ。
 意を決したのか、槍を持った女子生徒……アデーレ・バルフェットとカレーの大皿を持ったインド系褐色人ハッサン・フルブシが夷に仕掛けた。全員は思った、あぁ、あいつらは生贄だ、と。
 彼女らも馬鹿ではない。今、夷は白魔術の恩恵で加速術式を使っていると当たりをつけたのだ。いくら夷が規格外でも慣れていない魔術では、懐に入っても対応しきれないと考えた……というか、これで対応されたら絶望しかないのだが。そのことを頭から放り出してアデーレは勇気を出すために言葉を出す。
「一番槍行きます!」
「……」
 アデーレは旧派聖術の加速術式を発動させ、一気に夷の懐に潜り込んだ。
 意外にあっさり行けたのを疑問に思いつつ、そのまま槍を突き出す。夷は無言でそれを見る、防御も回避もしない。
 この速度だ、刃引きはしてるとはいえ、当たれば最悪骨が折れるだろう。しかしアデーレはそんなことに躊躇せず突き出す。そうしなければ、やられるのはこちらとわかっているからだ。
 ――通った! そう、アデーレは確信した。後ろにはカレーを持ったハッサンがいる、もしも私がここでやられても後衛がいる!
 そう考えていていた。普通ならここで槍が当たり、夷は痛みの中落下して商店街の曲引きとして少しの間、痛みに苛まれるだろう……普通なら。
「もうちょい、速く突いてこい」
「――――え?」
 アデーレの頭が真っ白になる。無理もない、目の前には体を捻りながら、槍を避けている夷がいるのだから。
 確かに必中の距離だったはず、そうアデーレは思った。その通りだ、夷との距離は一メートル。そこまで踏み込まれ、なおかつ夷は加速魔術で加速していたはずだ、避けれるわけがない。
 これでもアデーレは従士階級、つまりは一通りの訓練は積んでいる。槍にもそこそこ自信があった、なのに避けれたのは精神的ショックだっただろう。
 そこに夷がゆっくりとした動作でアデーレの頭を掴み、思いっきり前方にぶん投げた。その前方にはカレーを持ったハッサン、後は描写しなくてもわかるだろう。
「カレーいかがで――――デフッ!?」
「カ、カレーが!? イヤァアアアアアアアッ!!」
「アデーレ殿がやられた! 容赦ないで御座――――だからあぶなっ!? なんか拙者に恨みでもあるので御座るかぁあああっ!!」
 夷は無言で貨幣弾を生徒たちに打ち込む。
 貨幣弾とは硬貨を弾丸化する白黒共通の魔術。威力は弾丸化した硬貨の総額に比例する。しかしながら夷が投げているのは、日本円にしてたったの一円程度、威力は最弱である。
 だけれども、夷にとってそれで十分だ。これはただの訓練だと理解しているし、本気で戦うなら今頃、手ごろな死体がそこら中に転がっている。それは決して梅組の生徒が弱いわけではない、むしろ梅組の生徒はほとんどが特務や生徒会に所属している猛者だ。
 特務とは総長連合、つまるところの軍部に当たる部署の幹部のことを示しており、決して弱くない。弱くはないのだ、だがいかせん実力の差が開きすぎている。
「どうしたどうした? まさか、逃げるだけじゃないよな」
 夷はさらにスピードを上げて追撃を行う。目標はオリオトライト、ここで振り切られるような事態が起きれば、夷の財布に氷河期が到来することになる。それだけは何としても阻止したかった。
 しかし、その夷に挑もうとする影があった。帽子に顔をマスクで隠した忍者然とした、点蔵だ。屋根とは住居の高さが安定していないのに関わらず、しっかりとした足取りで夷に向かう。むしろこういう悪路の方が“忍者”である彼には好都合だ。そのことは同じ修業をした夷も理解をしているし、ここで相対するのも点蔵だと当たりをつけていた。
 そんな忍者は腰から短刀を抜き放ち、足元に札のような物を展開し、流体のカベを作りだす、そしてそれを足場に一気に加速してきた。
 ……特攻か、と夷は半ば失望したような感想を抱いた。忍者である彼なら、もう少し搦め手で来ると思っていたので少々拍子抜けだったというものもあるが、真正面から来るという発想が夷には気に入らなかった。
「戦種 近接忍術師、点蔵、参る!」
「忍びらしく、しの――――なにっ!?」
 点蔵は夷と肉薄する直前で、もう一度札で流体のカベを作り出してそこに張り付く。そのまま体を丸めて、夷の背後に降り立った。もちろん、夷は直前で減速するが間に合わず流体のカベに激突する。商店街に破砕音が響く、夷は両手を顔の前に交差させ、少しでもダメージを軽減しようとした。一瞬だけ、夷の動きが止まった。
 その隙を逃すほど、梅組の生徒は夷を軽視していない。
「ウッキー殿!」
「応っ」
「ッ! ……気配遮断か」
 点蔵が叫ぶと、上空から影が急降下してくる。巨大な体躯と翼を持つ半竜、ウルキアガだ。"竜砲"から圧縮した空気を全噴出し、とんでもないスピードで落下してくる彼。
 彼自身の重さや体の大きさから、このままぶつかれば夷でもただではすまないだろうし、このまま避ければウルキアガに怪我をさせてしまう、いくら半竜が丈夫とは言っても多少のダメージは受けてしまう。一応、これは授業だ、怪我などされたら後味が悪い。夷は舌打ちをしながらも点蔵への評価を上げる。
 なぜ夷がウルキアガに気付かなかったのか、それは忍術の特殊性からだ。元々、忍術とは隠密行動や要人警護に特化している。例に出せば、ある一定の人間の気配を“消す”ことも可能である。
「うぉおおおっ!」
「……あれ? これやば――――」
 ウルキアガの渾身の突進は夷の体に突き刺さる。鈍い音をしながら、何かが砕ける音がしているが気にはしない。この程度で“倒せる”なら、苦労などしない。
 最初に違和感に気付いたのは突撃をしたウルキアガだ。軽い、そんな感想だ。
 いくら半竜と言っても、人の肉体に猛スピードで突っ込めば多少のダメージを負うはずだが、ウルキアガにはまったくと言っていいほどダメージは来ていなかった。
――なんだ? ウルキアガは周囲を警戒しながら、自分が感じた違和感に身震いをする。
 いきなり点蔵が走りだし、ウルキアガに向かって叫ぶ。
「上で御座る。ウッキー殿!!」
「なっ……ガッ!」
「――――遅い」
 次の瞬間、ウルキアガは真上からの衝撃によって意識を寸断される。
 点蔵は歯噛みをしながら、自分の不覚を惜しむ。まさかだ、一瞬であんなことをするとは思わなかったのだ。
「質量を残したまま“加速”したので御座るか?」
「いや? 右腕を犠牲にしたよ」
 ほら、と言う言葉が点蔵の後ろから聞こえた。
 点蔵は息が止まるのを感じながら、ゆっくりと後ろを向く。そこには右腕を揺らしながら左手で殴る姿勢を作っていた夷だ。
 彼がしたのは、落下してくるウルキアガを右腕で受け止め、減速の魔術を直接ウルキアガに行使した。ここからは点蔵も見ていないので推測となるが、再度上空に向かって加速、そのまま魔術を切り、落下しながらウルキアガの頭に踵落としをし、そのまま回転しながら後方に移動した。
「……化け物で御座るなぁ」
「結構結構、ノリキがいたのは予想外だったが“ついで”に潰しておいた。……まぁ、アレだ、惜しかったよ。後はウルキアガに無茶させんな、本当なら殺してた」
 そのまま点蔵は腹部に襲う痛みを感じながら地上に落ちる。
 だが、これで夷殿の右腕を頂いたで御座る。点蔵は薄れゆく意識の中、それだけを考えながら少し誇らしく思う。彼が見る限り、右腕はこの戦闘では動かせないはずだ、そのくらいのダメージは受けさせたはずである。
「浅間殿!!」
 最後の力を絞りだし、仲間に後を任せる。そして、点蔵は商店街の地面に激突し意識を失った。


 ウルキアガが突進をする数分前、少女、浅間はなんとか弓矢で夷に当てようとその隙をうかがっていた。
だが、移動しながら夷を狙うなど愚の骨頂だということは嫌と言うほどわかっている。相手はゼロ距離から“ズドン”しても平気で避ける。むしろ自分の最大威力の矢を普通に止められたのは密かなトラウマだ。
「ペルソナ君、足場になって! 彼らの頑張りを無駄にしないで!!」
 後続を走っていたネシンバラが、上半身裸で首から上をフルフェイスの西洋ヘルメットをかぶっている大男に言う。彼の名前はペルソナ君、普通の学生である。
 浅間はペルソナ君の肩に乗ると、すぐに状態を下げて足場を固定する。もう一方の肩に乗っている少女に少し会釈をしながら、口を開く。
「地脈接続――!」
 ウルキアガが夷の踵落としをモロに食らい、地面に衝突するのを見る。しかし同時に夷の右腕が負傷しているのもわかった。浅間は少し驚く、彼女が覚えている限りでは夷がまともに被弾したのは一回だけ、今回入れて二回だが。何がどうあれチャンスには変わりはなかった。
 敵は討ちますよ、と張り切る浅間……だが対人はしちゃいけない巫女が人である夷に向けて撃っていいのか? だが、それでも浅間・智は撃つことを躊躇わない。
「うちの神社経由で神奏術の術式を使用しますよ!」
 そういうと浅間の服の右襟から二頭身の微かに透けた少女と横顔に鳥居型の表示枠が出てきた。
『接続:浅間神社・走狗:サクヤ型01:――確認』
『浅間神社に接続しました。修祓・奏上・神楽、走狗にて完遂』
『浅間・智 様、御利用有り難う御座います。加護の選択をどうぞ』
「浅間の神音借りを代演奉納で用います! ハナミ、射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四術式を通神祈願で!」
 浅間の声にハナミが小さく頷くと、光る吹き出しと文字が出る、そこにはこう書かれていた。
『神音術式 四つ だから 代演 四つ いける?』
 神音借りとは、契約した神様の喜ぶことを奉納して術式効果を得ることができるものだ。得る効果が高ければ高いほど、奉納も厳しくなる。
 そして浅間が選択した奉納は……
「昼食と夕食に五穀を奉納! 二時間の神楽舞、それと二時間ハナミとお散歩+お話の合計四代演! OKだったら加護頂戴」
 頷きながらハナミは一度上を見る。そしてハナミは笑顔を見せながら拍手をした。
『……うん 許可出たよ 拍手 あとで 現世のこと 神様に お話して 今日は 当てるんだよ 少し オマケ』
 ハナミの拍手と共に浅間の構えている弓矢に光が灯る。
 最初は弱く小さな光だったが、ハナミが拍手をすると二倍、三倍、四倍とどんどん膨らんでいく。それが最大限になった瞬間、夷が点蔵に腹部に拳を入れていた。
 浅間の視線の先に赤光の縦長鳥居が二重に現れる。これは言わば照準器のようなものだ。それが緑の義眼と同期する、これで避けられることはほぼなくなった。
「義眼“木葉”、――――会いました!」
 そして弓矢は放たれた。
 本来ならば、オリオトライト用に改良に改良を重ねた術式だ。と言っても、実戦で使うのは今日が初めて、つまりぶっつけ本番の一番勝負。
 夷もさすがに立て続けの魔術使用で疲れているようで、動きが鈍った。その動きを鈍らせたのは今は地面に激突した点蔵だ。それだけでも浅間には十分だった。

 浅間と夷は腐れ縁だ。初めて会ったのは小等部低学年、十年以上前の話だ。あの頃の夷は女の子と間違えられても仕方ない容姿と服装で、幼心で少し嫉妬したことがあった。その容姿と誰とも仲良くなれる才能で、転校生ながら一躍クラスの人気者になった夷。
 あの頃はよくわらっていましたね、と余計なことも思い出す。笑いながら、トーリと共に悪戯ばかりして“あの少女”によく怒られていたのを昨日のように覚えている。笑いながらこちらにも被害にも被害を及ぼしたのは完全なとばっちりだと思っている。
 それから、少し経ってからあの事故のせいで夷から笑顔が消えた。笑っていた顔には無表情が張り付き、誰が何をしても笑うことがなかった。それからだ、夷が自分を壊すような特訓を始めたのは。
 だからズドンしたんでしたっけ、と浅間は人生初のズドン体験を思い出す。とても腹が立ったのだ、なぜ腹が立ったのかは覚えていないがとてつもなくイライラしていたのは覚えていた。父の居間から弓矢を持ち出し、ひたすらに特訓していた夷に向けて弓矢を放った。結果は見事なクリーンヒット、夷は吹っ飛び回転しながら地面に転がった。当然、夷は不機嫌そうに浅間に問い詰めた。
『何で俺に構うんだ』
 そんなことを言いやがるから、無言でもう一撃弓矢を放ち、再度吹っ飛ばす。
 夷は回避も出来ずにただ直撃した。そのせいか、夷は怒ったようで声を荒げて浅間の胸倉をつかんだ。その時、なぜか笑ってしまったのだ。夷は困惑しながら、またなぜと疑問を口にした。たしか、こう答えましたよね、とおぼろげな記憶から思いだす。
『なんだ、やっぱり夷君は夷君ですね』
 そう言うと夷はポロポロと涙をこぼしながら、初めて泣き叫んだ、泣いて泣き続けて――
 その日からだろうか、浅間は夷に恋心のような感情を覚えたのは。今や、彼は自分では太刀打ちできない存在となってしまったが、それでも同じ場所でこうやって戦えるのが、浅間にとっては幸せだった。彼を、両希夷との繋がりを感じられる、この場所に。
 
だから、手加減無用、情け無用でぶちかました。おそらく今までで最高の威力と精度の矢だ。自信を持って言えるほど、今放った物は出来が良かった。
そして夷は驚きながら回避運動に入る。しかしながらその弓矢は追尾機能付きである、当然、回避した先に弓矢は飛んでゆき……見事に夷に直撃した。
「ガッ!?」
 直撃を受けた影響か、夷の背中から羽が消え、そのまま吹っ飛んでいく。様々な条件や有利な場面だったのだろうが、結果は結果だ。
「や、やったぁああああっ!! やりましたよ!」
 浅間・智は両希夷を撃墜したのだった。
 喜びのあまり、ペルソナ君の肩の上で小躍りをする浅間。その様子を驚きつつもなんとか平静を保つ、梅組の生徒たち。
 その様子を見ながらオリオトライトは笑顔を見せる。……が、その直後、その場にいた全員が頭を傾げることになる。
 ――――あれ? いつからオリオトライト打倒から夷打倒に変わったんだろうか、と。


                *


「……命中。――以上」
 中央前艦、艦首付近、展望台となっているデッキの上で“武蔵”と書かれた腕章をつけた人物がふとそんなことを言った。黒髪の自動人形だ。今現在、品川方面で行われている鬼ごっこの方をじっと見つめていたようだ。その周りではデッキブラシやらモップやらが、持ち手がいないのに自在に動いて甲板を掃除していた。
「“武蔵”さんは午前からお掃除かい。御苦労なことだ。艦橋にいなくていいの……って、“息子”の観察かい? おおっ、夷の奴被弾してるじゃないか」
 息子、と言われて武蔵はほんのりと笑う。……あれが息子? 娘の間違いではなく?
「Jud.。重奏領域の多さで難所のサガルマータ回廊も抜けましたし、それに三河周辺は安全域ですから、武蔵総艦長である、私の為すべきは各所の執行確認だけで、ぶっちゃけ暇です。
 そして補足するなら、自動人形という種族の基礎能である重力制御で掃除を行うことは苦労に値しません。後、“アレ”は息子ではなく婿……いえなんでもありません。とりあえずJud.? 酒井学長。――以上」
一瞬、間があったがJud.という声と共に、武蔵の横に中年過ぎの男、武蔵アリアダスト教導院学長の酒井が並んだ。
「三河かあ。……俺は関所に降りて寄港手続きとらないといけないんだけど、今回は三河中央にいる昔の仲間から“十年ぶりに顔出せ”って言われてるんだよね。けれど、今三河は鎖国に近い状態になってるし」
「Jud.、十年前に酒井様がこちらに左遷させられた時期にP.A.ODAとの正式同盟を結んだことで、交流許可が郊外までに限定され、今や中央部はブラックボックスです……しかし夷様は行かれたようですが」
「あの、武蔵さん? それ初耳なんだけど、ダッちゃんがこっちに来たぞって連絡来たけど……オーイ?」
 視線を外している自動人形は咳払いを一回してから話を戻す。その間も酒井が問いかけているがガン無視を決め込み、先ほどの話の続きをする。
「松平元信公は、聖連から反脱退状態のP,A,ODAと正式同盟してから、いささか独自路線を走っていると判断します。松平家は側近以外の人材を全て自動人形に置き換えましたし、更に地脈炉を有した大工房“新名古屋城”を建てたおかげで町中に怪異が溢れているので、不穏な状況になっているようです……夷様の報告からです。――以上」
「武蔵さーん、聞いてないんですが? 俺聞いてないんですが。畜生、後で夷に聞きに行くかねえ」
「……しかし、大きくなりましたね。今年で十八ですよ」
 誰、とは武蔵も酒井も言わない。
 彼らは小さな頃から彼を見て来た。泣いてる姿も、怒ってる姿も、笑ってる姿も……そんなことをしていたら早十八年だ。
「もうそんな経つのか、そりゃ俺も老いるな」
 苦笑しながら、酒井は自身の腕を見る。老いた老人の手だ。
 酒井自身、ここ数年の老いにはとんと困っている……昔は未来が見えていたのに、最近じゃ後ろばっか見ちまうな、と思う。
「……なぁ武蔵さん。どう思う?」
「Jud.昨年度よりも住民的に言えば迷惑度と観戦度が上がっており――」
「個人的に言えば?」
「武蔵本体と同一である“武蔵”は複数体からなる統合物であるため、個人という観点の判断が下せません。強いて言うなら……ウチの子が一番です。――以上」
「親バカだねえ、俺も言えた義理じゃないけど。なら、武蔵全艦としては、どう?」
「Jud.、ここ十年、改修以降の記録で言えば一番かと。戦科が持てず、警護隊以外の戦闘関与組織も持てない極東の学生としては――」
彼女は少し考え、
「十分でしょう、個性が生きればの話ですが。――以上」
「そうかい。で、武蔵さん。なんか、ここら辺にいる自動人形たちが重力制御を夷にしてるんだが……オーイ、武蔵さーん」
 またもや酒井の言葉を無視する武蔵。彼女は辺り一帯にいる自動人形に通常業務に戻るように表示枠で指示してから、また口を開き心なしか悲しそうに呟く。
「……聖譜によれば、そろそろ世界の全てが終わりです。――以上」


              *


「イッテェー……マジで痛い」
 夷は重い体をなんとか動かそうとするが、突っ込んだ際に体の上に乗った瓦礫と右腕の負傷で動くことができなかった。数分間、夷は足掻くがなんにもできずにパタリと動くのを止める。
 正直、術式を使って吹き飛ばせばいいものを慣れない魔術の行使により体のダルさが最高潮になっていた。まぁありていに言えばめんどくさい。
「あー、油断した。まさかウルの奴、さらに早くなりやがって……あー、これ骨どころか筋肉とかその他諸々逝ってるわー、うわっ!? 人の腕ってこうなるのか!?」
 右腕は夷の言った通り色々と逝っている。筋肉は断裂しているし、手首の骨は無理に受け止めたせいで粉砕骨折、上腕骨に至っては外れている。そんな中、夷は冷静に治療術式で手首を治療し始める。
 さすがに粉砕はやばいのでとりあえずくっ付けるくらいのことはする。筋肉は……そのままでとりあえず自然治癒を待つ方がいいだろうと判断。外れた上腕骨は……
「フン! っテェエエエッ!」
 再度はめ込んで、治療完了。
 夷は痛みに顔を歪めがら再度周辺を見てみる。突っ込んでしまったせいか、周りには一人も人はいなかった。避難、もしくは外出か通報か、後者ならば揉み消せばいいやと密かに思う。これでも夷は自警団とは懇意であるため、多少の無茶ならば通る……まぁ、コレが多少と言っていいものか、甚だ疑問だが。
 店のカベはぶち抜くわ、綺麗に整頓してあった席はグチャグチャだわ、埃が商品に被ったりしている……本当に多少で済むか、夷は疑問になっていた。
「にしてもだ。武蔵さん、あんた何やってんの?」
 夷が思い出すのは浅間の矢が直撃する直前、突然の体の重さを感じた。一瞬、慣れない魔術行使による疲労かと思ったが、即座に否定する。こちらを見る自動人形が数体居たのだ、それも顔見知りの各艦の艦長である自動人形たちだ。
 嫌な予感がした、ものすごくした。そして夷はある日の会話を思い出す。確か夕食を作っている最中だったはずだ。

『はぁ、重力制御って聞こえはいいけど、あんまり出力がないから縛りにはならないよなぁ』
『……夷様、それは私たち自動人形への侮辱ですか? 下剋上しますよ』
『へっ? いや違うよ。後、数体くらい入れば俺の動きを阻害できるのに……まぁ、拘束術式をやってる場合に限るけど。というか、最近感情豊かになってるよね!? 鹿角さんみたいになってきてるよ!?』
『……そうですか、今度してみますね。――以上』

「いやいや、あの人がそんな子供っぽい嫌がらせをするはずがない! うん、そうだ!!」
 夷の読みは当たっている。当たっているが、恩人である彼女を疑えないのとまさかあんなことを真に受けてマジで自動人形を嗾けるとは思えないからだ。
 実際は、数体どころか十体くらいの重力制御を受けてようやく止まったのだが、夷がそのことを知るすべはない。というか、知りたくはないだろう、憧れというのは崩れるときの衝撃が半端ではないのだ。
「さて、寝るか。回収に誰か来てくんないよなぁ」
「……夷様、何やってるんですか? 昼寝なら溝でやってくれませんか」
 そこに夷が開けた穴から白い長髪で肌は人と同じ素材の生体パーツを使用しつつ、関節の大部分を黒い軟質パーツで包んだ女性型の自動人形がひょっこりと顔を出す。顔の割に毒舌であった。
「酷いね。あのさ、見てないで助けてください、なんか重くなってきた」
「Jud.、それは重力制御で重くしていますからと判断できます」
「お前のせいかぁ……てか挟まってる、腕が挟まってるでございますお嬢様!!」
「挟んでいるんですよ」
「別のシュチュエーションで聞きたかった! 具体的に言うと胸とか、ベッドとかで!! てか、意外とヤバ――」
 ゴギッと共に負担がかかっていた右腕の骨が音を立てて折れた。元々、罅が入っていたのと治療途中だったため、折れやすかったのだ。夷と白い長髪の自動人形は同時に黙る。
「……」
「……」
「……まぁ、折れるでしょうね。さてとP-01sは清掃に移ります。何寝てるんですか、夷様」
「オィイイッ!? なんてことしやがるんだ、この白髪鬼畜人形!! というか、こいつも外道か! 武蔵には外道しかいないのかぁあああっ!」
 しれっとした顔で店の掃除を始めるP-01sと呼ばれた自動人形。夷は怒りながらも、左手で瓦礫を退かして立ち上がる。そして、夷よ、お前も大概外道だからな?
 埃まみれでせっかくの和服に改造した制服が台無しだった。
埃を払いながら夷は外に出ようと足を踏み出すと目の前に人が立っていた。服装は武蔵アリアダスト教導院のもの。やや長い黒髪の細身だ。
 夷はその人物に見覚えがあった。同じクラスでしょっちゅうバイトやらなんやらでいないが名前と顔だけは覚えている。
「あぁ、オカマ疑惑が絶賛流行中でナルゼに同人誌を書かれてる、生徒会副会長――――」
「だぁれがオカマだぁああああっ!」
「フリィイイイイッドリッヒィイイイイイッ!?」
 突然、倒れかけのソレは跳ね起き、夷に向かってストレートをぶちかまし、再度倒れた。
 店主が戻ってきたのは、それから約十分後。それまでP-01sは夷と生徒会副会長を放置していた。



戦うときは真面目
戦わないときは不真面目
これはいかに?
配点(気分屋)


夷「にしても、原作そのままんまだな。飽きられるぞ?」

ケフィア「いや、どんだけ夷がチートか認識して欲しかった、ってのが俺の考え」

夷「完全に『俺TUEEEE』って感じだがな」

ケフィア「だから、撃墜させたんじゃないか……まぁ、アサマチさんの矢くらってピンピンしてるお前はヤバァイ」

夷「さらにアニメ見てる人に至っては、自動人形の重力制御を受けて動いてることにビビるだろうな」

ケフィア「……まぁ、慣れてないのとおふざけだからな、そこんところは勘弁。それとオリジナル展開になってくるのは、やはり三河のあそこからです」

夷「まぁ、あそこはしょうがないよな……二万で足りるか?」

ケフィア「無理かもなぁ、あそこ大好きなシーンだしな」

夷「Jud.、それでは次回までちぇりお!」

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