<引用開始>
宮崎駿監督が原作、脚本も兼ねた「もののけ姫」は、アニメーション作品として初の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。1997年の発表以来、海外でも高い評価を受けている。室町時代の日本を舞台に、いにしえの自然に生きる神々と文明発展のため森を開拓する人間の戦いを描き、自然との付き合い方を問いかける。
<引用終了>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120721-00000001-eiga-movi
宮崎俊監督が西欧人に何を伝えたいのかを類推してみたいと思います。
宇宙と物理の小部屋『もののけ姫』が教えること』
茨城県立小瀬高等学校、竹本信雄先生のホームページから
<引用開始>
大和政権に亡ぼされ古代に姿を消したエミシの末裔の少年アシタカ。人間の子でありながら山犬モロに育てられた「もののけ姫」サン。女の身でタタラ集団を率いるエボシ御前。聖域を侵す人間達を襲い森を守る荒ぶる神々。人面と獣の身体、樹木の角を持ち、生と死を司るシシ神。
アシタカはエミシの娘達をすくうために、たたり神に弓を引きます。サンは森を守るために人間たちに戦いを挑みます。エボシ御前は病人や女性を助け、タタラ場を守るために森を切り開き、もののけ達と対決します。
それぞれの登場人物が、皆それぞれ大切なものを守るために命を張って生き、行動する姿が描かれています。皆それぞれ優しく善意を持って行動しているのです。それなのに、いえ、それだからこそ、争うのです。
21世紀になっても、世界中に争いが絶えないのは、まさにそのためだと思います。全くの悪人などいないと思います。みんな正義と優しさと善意を持っているのに、いえ、持っているからこそ争うのだと思います。戦争をするのだと思います。
解決方法はないのでしょうか。いえ、私は宮崎監督は解決方法を知っていると思います。アシタカがその解答ではないでしょうか。アシタカはタタラの人々を助け、理解し、タタラの人々はアシタカに信頼をよせます。アシタカはサンを守り助け、理解し、サンはアシタカを助け、心を開きます。人はそれぞれ優しく正義感を持った存在だと信頼し、理解しあうことだけが争いを防ぎ解決する方法だと思います。
マイケル・ムーア監督が言った「日本人の知っている争いを暴力で解決しない方法」を宮崎駿監督は知っていると思うのです。
<引用終了>
http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/D7_43.htm
竹本信雄先生の見識には感服いたします。先生はさらに、もののけ姫の元となったギルガメシュ叙事詩も金岡新氏の『世界史講義録』から引用紹介されています。
<引用開始>
ギルガメシュ叙事詩の前半にこんな話がある。
当時からメソポタミア地方は森林資源は乏しかったらしい。英雄ギルガメシュは町を建設するために木材が欲しい。そこで、(中略)レバノン杉の森に木を採りに出かける。ギルガメシュは親友のエンキムドゥという勇士とともに旅立つんです。祟りがあるから止めとけ、という周囲の制止を振り切って。ギルガメシュとエンキムドゥはレバノン杉の森にやってきて、その美しさに立ちつくす。美しさに圧倒された二人は呆然と森を見続けます。しかし、ギルガメシュは気を取り直してこう思った。
「この森を破壊し、ウルクの町を立派にすることが、人間の幸福になるのだ」
森の中に入っていくとそこには森の神フンババというのがいて、森を守るためにギルガメシュたちと闘うんですが、最後には森の神はエンキムドゥに殺されてしまう。フンババは頭を切り落とされて殺され、エンキムドゥは「頭をつかみ金桶に押し込めた」。その後、エンキムドゥは祟りで別の神に殺されてしまうんですがね。
<引用終了>
http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/D7_42.htm
私は以前から自民党元幹事長の加藤紘一氏のこの見解がすべてであると考えています。
「この国の形」より
<引用開始>
日本人は恵まれた自然の中で生きてきたということ。 紀元前3000年頃にお金のためにレバノン杉が全部伐採され不毛の地になったパレスチナとは違い、人間を育み慈しんでくれた山河に対する感謝と尊敬の念には特別なものがある。自然と共生する気持ちは、我々の生活の随所に生き生きと存在する。中国の文化やパレスチナ3大宗教圏と大きく文明的な差異を示している。この「自然に対する崇敬」が日本文化の根本価値である。
<引用終了>
http://www.katokoichi.org/thoughts/nippon.html
マクロの視点で捉えましょう。日本人の手で、伐採されつくされたレバノン杉の森を復活させたり、メソポタミア文明の地、イラクのチグリス・ユーフラテス川沿いをナイルのグリーンベルトのように広大な農地として復活させたりすることは簡単にできるのです。
私は食料となる植物が植えられたピラミッド・ストーン大(1立方メートル)のプランターを東京でつくり、メガフロートで運ぶことでシュメール人(イスラエル家)によって砂漠化されたイラク南部地域は緑の都市によみがえることができると考えます。
宮崎駿監督が言いたいこと、それは「自然は征服すべきものと考える西欧人は森を破壊した。自然と共存する日本人に学びこれから何十年、何百年かけて森を再生させなくてはならない。そのことだけが神が示される人類の平和への道程である」であると。
しかし、です。情緒性に欠ける西欧人の脳では宮崎駿監督の真意は理解できません。日本人が見本を示していかなくては、到底世界平和も達成されないと私は考えます。