▽筆者:奥山俊宏
▽注:2012年1月30日にこの記事の本文中のいくつかの表現について修正しました。
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米政府の原子力規制委員会本部=2008年5月15日、米メリーランド州ロックビルで
B5bを含むNRCの命令は「暫定的な防護・保安代替措置(interim safeguards and security compensatory measures)」と題され、2002年2月25日、既存原発を運営する事業者にあてて、その設置・運営の許可条件を修正する形で出された(http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/enforcement/security/2002/security-order-2-25-02.pdf)。
当委員会(NRC)は、あなたがた(原子力事業者)が2001年9月11日の出来事を受けて、自主的に、かつ、責任をもって、追加の保安措置を実施しているものと認識していますが、ハイレベルの脅威が引き続いている現状に照らして、この保安措置は、すでにある規制の枠組みと整合するように命令に取り込まれるべきだと判断しました。
3月4日付の米連邦政府官報(Federal Register 9792 / Vol.67, No.42)にその命令は収録されたが、防護措置の具体的な内容が記載されているはずの命令の添付文書2 (attachment 2)は公表対象から除外された。その添付文書2のB5条b項(Section B.5.b)にちなんで「B5b」と通称されるようになったが、その条文そのものは今も未公表で、日本政府の原子力安全・保安院にそれを見た人はいないという。
その後、B5bは米国連邦規制基準(Code of Federal Regulations)の第10章(エネルギー)の50.54条(許可条件、http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/cfr/part050/part050-0054.html)の(hh)(2)項に組み込まれ、そこには次のように定められている。
各許可事業者は、爆発や火災によってプラントの大きな領域が失われた状況(the circumstances associated with loss of large areas of the plant due to explosions or fire)の下で、炉心冷却、閉じ込め、使用済燃料プール冷却を維持または復旧するための手順と戦略を開発・実装しなければならない。
その具体的内容の多くは福島第一原発事故の前は「保安関連情報(Security Related Information)」として非公表(Official Use Only)とされていたが、日本政府の原子力安全・保安院には秘密裏に提供されていた。福島第一原発事故の後に公開されたNRCの文書(http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/commission/slides/2011/20110428/staff-slides-20110428.pdf、http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1112/ML111250360.pdf)によれば、B5bの対策は、3つの段階(Phase)に分けられ、段階的に整備・充実を図っていく手法が採られている。第1段階(Phase 1)は、事前に準備しておく資機材や人員についてで、2005年2月25日にNRCのスタッフが指導文書を出した。第2段階は使用済燃料プールについて、第3段階は炉心冷却と閉じ込めについて、それぞれ取り上げており、2006年12月、原子力業界(Nuclear Energy Institute)が指導文書(B.5.b Phase 2 & 3 Submittal Guideline、http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1116/ML111680125.html)をまとめ、NRCは同月22日にこれを承認した。
これらB5bが想定する事態の一つが全電源喪失だった。B5bの指導文書ではこれを「LIPD(a loss of internal power distribution)」という略称で呼び、それへの対策は、発電所内外の直流電源も交流電源も使えない状態(without any off-site or on-site AC or DC power)で実施可能なものでなければならないとされている。
こうした備えが実際になされているかどうか、NRCは各原発での実地検査でチェックしている(Interim Staff Guidance、http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1017/ML101760164.pdf)。その検査結果報告書には、たとえば、次のように書かれる(http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1118/ML111890519.html、http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1112/ML11129A277.pdf)。
検査官は、被害緩和戦略の実施のために準備されている可搬の装備が十分かを評価した。評価対象の装備には、屋外の消火栓、ホース置き場、屋内の水供給パイプ、ホース置き場、可搬のディーゼルポンプと吸引・発射ホースなどが含まれている。検査官はまた、B5b関連装備が非常時に使えるかどうかという観点から、その保管場所を評価した(たとえば、100ヤード以上、プラントから離れているかなど)。
発電所のスタッフとの議論や、文書の閲覧、プラントの踏査によって、検査官は、原子炉隔離時冷却系(RCIC)が交流電源や直流電源がない状態で手動で制御できるかを評価した。検査官は、『直流電源なしのRCIC手動制御』という発電所の手順書にその方法が示されていることを確認した。
発電所のスタッフとの議論や、文書の閲覧、プラントの踏査によって、検査官は、可搬の125ボルト直流電源でソレノイドを励磁することで逃し安全弁を開ける戦略を評価した。検査官は、原子炉圧力容器の減圧と可搬ポンプによる注水を可能にする方法が『外部直流電源によるSR弁操作』などの発電所の手順書に示されていることを確認した。
発電所のスタッフとの議論や、文書の閲覧、プラントの踏査によって、検査官は、交流電源や直流電源、プラント供給の圧縮空気のない状態でベント弁を手動で開ける事業者の戦略を評価した。検査官は、ベント弁を開ける方法が『交流電源なしのベント』という発電所の手順書に示されていることを確認した。また、発電所のスタッフがそのための訓練を受けていることも確認した。
一方、福島第一原発にはこうした備えはなかった。2011年10月25日夜、東京電力本店での記者会見で、東電側は次のように返答している。
記者: 例えば、電源がない状態でベントの操作をするのがすごく大変だったとか、あるいはRCICにしてもICについてもそれを制御するバルブを開けたり閉めたりするのに、直流電源が必要だとか交流電源が必要だとかっていうのが(福島第一原発の事故当時に)あったかと思うんですけれども、シビアアクシデントの手順書は、何らかの電源が生きていることが前提になっていたというわけではないんでしょうか。
東電: はい、その通りです。シビアアクシデントの手順書も、ご覧になるとわかる通り、操作場所は中央制御室であり、ランプの点灯を確認する、操作スイッチをひねってその開閉状態を確認するというような手順になっておりますので、操作する弁にしろ、代替注水にしろ、操作場所は中央制御室で、遠隔操作ができるという前提でございますので、弁の駆動源、電源ですとか、コンプレッサー、圧縮空気、それから必要な直流電源等が生きている、あるいは復旧した後、使うことが前提になっています。
全交流電源が喪失した場合(ステーションブラックアウト)の操作手順書は備えられていたが、それに加えて直流電源も失われた場合の手順書や準備はなかった。そして、それこそが福島第一原発の事故の拡大の原因だった。
東日本大震災発生の10日後にあたる2011年3月21日、NRCは、日本で発生した原発事故へのNRCの対応を話し合うため、公開会議を開いた。その議事録(http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/commission/tr/2011/20110321.pdf)によれば、NRCのビル・ボーチャード運営部長(Bill Borchardt, Executive Director for Operations)は次のように述べ、B5bなど米国の対策が福島第一原発事故への対応に適用可能だったとの認識を示した。(議事録15ページ)
2001年9月11日の出来事の結果、私たちは、すべての機器や手順が機能しなかったらどうするか(what if)という観点から評価し、重要な備えを特定しました。大きな火災や爆発があったとしても、我々は、それへの対応に資する装備、手順、手法を事前に準備していたでしょう。これらすべては直接、日本で起きた非常に重大な事態に適用できます(All of these things are directly applicable to the kinds of very significant events that are taking place in Japan.)。過去15年あるいは20年、日本(で起きた事故)に直接関係する新ルールの制定が(米国内では)たくさんありました。
この会議の途中、委員の一人(Commissioner George Apostolakis)は「日本ではB5bのような対策がとられていなかったのか」と事務当局に質問し、ボーチャード部長は「分からない」と答弁した(議事録26ページ)。
委員: 我々は、設計基準を超える事故に対する余分の備えをしている(we have extra equipment for beyond-design basis accidents)、9月11日の攻撃の後にいわゆるB5bが実施された(so-called B.5.b that were installed after the September 11 attacks)と、あなたは言及しました。日本人たちはそれらの備えをしていましたか?(Did the Japanese have any of those?)
部長: 情報を得ようと試みてはいるのですが、よく分かりません。私個人としては日本の状況を承知していません(I am not personally aware of the situation in Japan)。
日本の原発にはB5bのような備えはなかった。日本政府の原子力安全・保安院は東日本大震災発生の数年前、NRCからB5bの内容について説明を受けていたにもかかわらず、それを規制に生かすのを怠っていた。
NRCは東日本大震災発生の2カ月後にあたる2011年5月11日、米国内の原子力事業者あてに出した文書(http://pbadupws.nrc.gov/docs/ML1112/ML111250360.pdf)の中で、「福島でのできごとは、設計基準を超える事故(beyond design basis events)に対応するにあたってのB5bの被害緩和戦略の潜在的重要性を浮き彫りにしている」と指摘し・・・・・続きを読む
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