【東京】日本の政策当局者は長らく、円高を日本経済にとり「悪」とみなしてきたが、内需主導で景気が緩やかに回復するなか、日本銀行の白川方明総裁を含む一部関係者は円高のプラス面に言及し始めている。
白川総裁は先週、円高は景気に悪影響を与えるとする従来のスタンスから離れ、堅調な内需の背後にある5つの要因の1つとして円高メリットを挙げた。日本経済は1-3月期、内需主導で4.7%の成長率を記録している。
「円高による景気への悪影響を無視しているわけではないが、プラス面もあることを言っているのだろう」と日銀の政策に詳しい関係者は語る。
従来の日本経済の回復は、まず、輸出の持ち直しがけん引役となり、それが生産と消費の回復につながってきた。そのため、政策当局は、日本製品の国際競争力を損なう円高の阻止に注力してきた。
しかし、今回は欧州債務危機により外需が冷え込み、輸出が伸び悩んでいる。その代わり、昨年の東日本大震災後の復興需要に加えて国内消費が成長の原動力となっている。
日銀の政策に詳しい別の関係筋は、国内総生産(GDP)の約6割を占める家計支出が円高により浮揚されていると述べた。円高が国民の購買力を高めているためだ。
欧州発の高級ファッションから近隣スーパーの輸入食品まで、日本の消費者は円高の恩恵を享受している。経済産業省のデータによれば5月の小売売上高は前年同月比3.6%増となり、6カ月連続で増加した。
海外旅行も円高の恩恵を大いに受けており、業界筋は、今年の日本から海外への旅行者数は過去最高となった2000年の1781万人を突破するとみている。
旅行代理店大手HIS広報担当の三浦達樹氏は、「円高は海外旅行にとって引き続き追い風になっている」と述べた。同社が夏休み用に販売しているパッケージツアーの予約は欧州向けが前年比4割以上、米国向けは2割以上の伸びを示している。
円はユーロに対してこの1年間で15%上昇したが、対ドルではそれほど動いておらず、20日午後4時15分現在、1ドル=78.58円となっている。
また、大半の原子力発電所が運転を停止するなか、石油やガスを輸入に頼り、エネルギー価格の高騰に苦慮してきた日本のメーカーにとって、円高は生産コストの低下にもつながる。
バークレイズ・キャピタル証券の森田京平チーフエコノミストは、「貿易収支が黒字だった時と比べると、円高はメリットを発揮している可能性はあるのではないか」とみている。エネルギーの輸入コストが上昇して日本の月次貿易収支はここ1年以上赤字が続いている。
また、日本企業は円高に対する抵抗力を強めてきた。今月初めに日銀が発表した最新の短観によると、大企業は平均為替レートを1ドル=78.95円と予想する一方で、経常利益は前年比10.1%増を予想している。
白川総裁は、企業マインドの改善も経済成長の背景にある5つの要因の1つとして挙げた。
ただし、当局は急激な円の動きに対して警戒を緩めているわけではない。日銀関係者は、総裁の発言は、急激な円高が日本経済全体にとって悪影響であるとの日銀の見方を変えるものではないとした。
為替政策を担当する安住財務相は、「過剰な円高」は経済と金融の安定に悪影響を与えると考えており、「(メリットとデメリットは)それぞれあるとは思う。総合的に勘案し、我が国にとって今の水準がどうかということを、私の立場では常に考えなければならないと思っている」と述べ、最近の水準については「実態を反映していない」との見解を示した。