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ユニセフが進める開発途上国の子どもへの支援活動や、「子どもの権利条約」の普及活動はよく知られている。150以上の国と地域にある現地事務所以外に、先進36カ国には国内委員会と呼ばれる組織がある。日本ユニセフ協会もその一つ。その活動と、いま日本を含む世界の子どもたちが置かれている現状について、早水専務理事に話を聞いた。 |
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ユニセフは国連の一機関で、国連の経済社会理事会で選出された36カ国の政府代表が執行状況を監視しています。ただし資金面は、国連加盟国に義務づけられた政府分担金には頼らず、任意の拠出金で賄われています。各国政府からの拠出金もありますが、それ以外は、日本ユニセフ協会を含む国内委員会が窓口となって民間より寄せられた募金からなる民間拠出金です。ユニセフの収入(2006年)のうち、各国政府や機関から拠出されたものが約18億米ドル(64%)、民間やNGOからのものが約8億米ドル(29%)という構成になっています。
ユニセフは、世界の子どもたちの生存と成長を支えるための活動を続けていますが、近年はアジアやアフリカの国々にも力を入れています。もともとこの組織は、第二次世界大戦後の戦災国に緊急援助活動を行う目的で設立されたものです。戦後の日本も援助対象の一つで、50代以上の人なら覚えているでしょうが、給食のときに配られた脱脂粉乳の一部もユニセフの援助によるものでした。1949年から64年まで援助の総額は、当時の金額で約65億円にも及びました。
日本社会はその間、急速な戦後復興を遂げます。何かいただいたらお礼をしなければというのは、日本人のメンタリティなのでしょう。粉ミルクや医薬品の援助を受けた子どもたちから、たくさんのお礼状や募金が集まったんです。お礼状があまりにも多かったので、ボランティアをお願いし、その整理をすることになりました。その活動が日本ユニセフ協会の母体になっています。1955年に財団法人日本ユニセフ協会が誕生し、以来、その歴史は半世紀を超えました。
ユニセフ協会の活動は大きく、広報、アドボカシー(政策提言)、募金の3つにわかれます。募金は個人、学校、団体、企業、報道機関などの協力で2006年度は約168億円に達しました。その中で、学校募金は1956年以来ずっと続くものです。ユニセフ協会では、世界の子どもたちがどんな状況に置かれているのかを知るための教材を製作し、全国の公立小中高校全部に配布しています。そこで学んだ子どもたちが自分たちの意思で募金に参加してくれます。子どもが他の国で生活している子どもに関心をもち、同じ仲間として何をすべきかを考える。まさに国連の理念でもある「連帯」という気持ちの表れで、大変貴重なものだと思います。
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「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」が国連総会で全会一致で採択されたのが1989年。2007年は18年目でした。この条約で定義された「子ども」とは、18歳未満の人々のことですから、権利条約もようやく成人を迎えたことになります。
権利条約は、子どもには「生きる」「育つ」「守られる」「参加する」という4つの権利があり、ユニセフはその実現のために活動するということを明示しました。たんなるチャリティ(慈善)の対象ではなく、権利をもつ主体として子どもを位置づけたことが重要です。しかしながら、世界における子どもの権利がいま十全に実現しているとは到底言い難いものがあります。
たとえば、子どもたちの生きる権利という観点から私たちが注目しているのは、5歳未満児の幼児死亡率の改善です。1970年には1,730万人の子どもが5歳まで生存することができませんでした。90年にはその数は1,300万人まで減少し、2007年夏のデータでは970万人にまで減っています。しかしまだ1,000万人弱の子どもが、病気や栄養不良のために、幼くして命を失っているという現状があるのです。とりわけ状況が深刻なのは、サハラ以南のアフリカです。
水道インフラが未整備のため、汚れた泥水で渇きをしのぐ子どもたちがたくさんいます。それが原因で下痢性の病気に罹り亡くなる子どもがいます。マラリア、はしかさえこの地域の子どもにとっては致死性の病気です。死亡原因の53%は、栄養不良が関係していると言われています。彼らが当たり前の生活ができるような食糧調達、医療、衛生など社会インフラを整備することが重要で、緊急援助のための総合的なパッケージをユニセフは常時用意しています。 |
もちろん子どもたちの権利が奪われるのは病気や飢えだけではありません。内戦・内乱が発生する地域では、子ども兵士として徴兵され、前線の弾よけに使われる子どもが出てきます。混乱状況の下でレイプされる少女たち、あるいは民族浄化という恐るべき事態も発生します。その影響は、子どもの命を奪うだけでなく、その人格をも破壊し、その影響は何世代にも続きます。
私自身もダルフールの難民キャンプに行ったことがあります。難民キャンプでの井戸水の確保がいまユニセフの重要な仕事になっていますが、その井戸端でたくさんの難民の子どもたちの証言を聞きました。ロバの背中に乗ってまる4日がかりでキャンプに辿り着いた子どもたち。避難の過程で、家族のうち誰かが殺されたり亡くなったりしない子はいないくらいの悲惨な状況がありました。
ユニセフは、みなさんからの募金で、たとえば難民キャンプでも教育を受けられる環境を提供しています。水やトイレを完備した衛生的な環境です。さまざまなトラウマをもった子どもたちが集まり、それぞれの経験をさらけ出し、他の子どもたちと共有していく。そのことによって、トラウマから脱していく、それがとても大切です。教科を教えるだけの学校ではない。精神的なダメージから回復していくためのプロセスが、子どもたちが生きるためには欠かせないのです。 |
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日本など先進国の子どもの多くは、アフリカの難民キャンプの子どもに比べれば幸せです。蛇口をひねればそのまま飲める水が出てくるし、食事も三度三度確保されている。子どもの権利条約でいう「生きる権利」「育つ権利」は、家族や社会によってほぼ確保されているといってよいでしょう。しかし、その他の「保護される権利」「参加する権利」という意味では果たしてどうでしょうか。
私たちがいま力を入れているのは、「子どもの商業的性的搾取を根絶する」という活動です。日本ではいま教育的立場にある人も含めた大人たちが、子ども買春違反で逮捕されたり、児童ポルノを公開していたりとか、あるいは子ども自身が出会い系のサイトに出入りするとか、そういう問題が毎日のように報道されています。東南アジアをはじめいま世界各地で多くの日本人が18歳未満の子どもを買春しているという事実もあります。
1996年に「第1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」がストックホルムで開かれ、「子どもの商業的性的搾取は子どもの権利に対する根本的な侵害である」という宣言がなされた当時、日本国内のこの問題に対する認識はまだ希薄でした。その後、私たちの政策提言活動もあって「児童買春・児童ポルノ等禁止法」(1999年施行)ができ、少しずつ認識が育ってきました。
ただ、児童ポルノに関する規制は諸外国に比べてもまだ緩いままです。最近は日本製の児童アニメポルノがたくさん海外に輸出されています。アニメですから、実際の被害者がいないという問題があります。つまり、アニメには、性行為を強制されてそれをビデオに撮られる被害者としての実在する子どもはいないわけです。しかし、そうしたアニメが結局は、子どもに対する性行為・買春を助長しているものであることは確かでしょう。こうした種類の作品は、表現の自由に値しないとして、厳しく取り締まる国もあります。
日本の児童ポルノ禁止法でも、それを頒布・販売・貸与・公然陳列したり、それらを目的として所持・輸出入した者を罰していますが、映像・画像を個人的に収集する「単純所持」には罰則が適用されません。このあたりはこれからの課題だと思います。
アジアでの未成年買春ツアー問題に関しても、ユニセフは世界観光機関や国際NGO「ECPAT」などと共同で、世界の旅行業界への働きかけを強めています。旅行代理店や現地オペレーター自身がこの問題を自覚してもらわないと、子ども買春はなくならないからです。すでに「子ども買春防止のための旅行・観光業界行動倫理規範」(コードプロジェクト)というものがあり、2005年3月には日本旅行業協会もこれに参加しました。現在では国内発の旅行業者の90%がこのプロジェクトに参加しています。旅行パンフレットを注意してみると、プロジェクトのロゴマークに気づきますよ。 |
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ユニセフを支える国内委員会は世界36カ国にありますが、拠出金の金額では2001年以降、日本がナンバーワンの位置を占めています。しかも個人からの寄付が80%を占めています。それだけ、日本人はユニセフの活動に関心をもち、その貢献度は大きいということが言えます。
これからは日本の企業にも働きかけ、ユニセフ活動への理解を深めていただくこともやりたいと考えています。
先ほど、ユニセフはアフリカで飲料水を確保するための井戸づくりに関わっていると話しましたが、その活動を支援している企業にミネラルウォーターのボルヴィック(ダノンウォーターズオブジャパン株式会社)があります。ボルヴィックの製品を1リットル購入するごとに、10リットルの安全な水がアフリカの井戸から生まれる計算になります。ダノングループはCSR活動に熱心な企業で、バングラデシュでは、ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行と共同で、貧困層向けの低価格栄養補助食品を開発するプロジェクトを進めています。日本でもイオンなどユニセフへの支援に熱心な企業があります。
私がここで大切だなと思うのは、たんに一時の思いつきやチャリティではなく、企業としての持続可能な事業として、世界の子どもの状況を改善する取り組みが始まっていることです。
個人・企業に関わらず、まずは世界の子どもたちが置かれている現状を知ることが大切です。そのためには私たちの協会もさまざまな広報活動を通してその一翼を担います。それを通して、ぜひ子どもたち自身の主張に耳を傾けていただきたい。
子どもの言葉はときに本質を突くものがあります。余計なしがらみがないから、ほんとうのことをストレートに指摘します。子どもには表現の自由があり、自分に影響が及ぶことが決定されようとしているとき、そのプロセスに対して意見を表明する権利があります。つまり子どもの権利条約にいう「参加する権利」とはこのことです。決定プロセスに参加する子どもたち。その声を真摯に受け止めない限り、真の意味での子どもの平和や幸せはないのではないかと思います。 |
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