真っ赤なお鼻のトナカイさんは

いつもみんなの笑いもの

でもその年のクリスマスの日

サンタのおじさんは言いました

暗い夜道は

ピカピカのおまえの鼻が役に立つのさ

いつも泣いていたトナカイさんは

今宵こそはとよろこびました


  

 赤鼻のトナカイの名前はルドルフである。

 1930年代のアメリカはシカゴで彼は誕生した。

 ある少女のために。
 

 世界恐慌の嵐が吹き荒れ、街には浮浪者が職とわずかな食料をもとめてたむろってた。

12月にはいり寒さはいよいよきびしい。街灯のともらない路地をまがりくねり、ボブは重い

足取りで家路についていた。この日もまた銀行からの融資をことわられた。暮らしはますます

疲弊してきている。宣伝広告の仕事も実入りが少ない。明日は我が身か…。だがそれでもボブ

は家の前に立つと笑顔をつくった。

「エヴァリン、バーバラいまもどったよ」

 ボブはつとめて明るくそう言った。

 カギのあく音がする。ドアを開ければ娘のバーバラがそこにいた。ボブはバーバラを抱き上

げるとその頬にキスをした。

「ただいま。いい子にしてたかな」

 バーバラはつたない言葉で「知らないおじさんがきたよ」と言った。ボブは「そうか」とだ

け答えドアを閉めた。

「ママはどうだった?」

 ボブはバーバラをおろすとたずねた。だがバーバラは首をふるだけだった。

 バーバラの頭をなでてボブは奥の部屋のドアをノックした。弱々しい声がかえってきた。

 そこには妻のエヴァリンが横たわっていた。やせ衰えて瞳が生気をうしなっていた。

「エヴァリン、いまもどったよ」

 ボブは愛する妻の手をとると優しくそう言った。

「あなた、今日も銀行へ?」

 エヴァリンは弱々しい声でそうたずねた。

「…ああ。でも心配しなくていい」

「そう」

 エヴァリンはかすかに微笑んだ。

「バーバラはどうかしら。あの子の笑顔がみたいわ」

「心配ない。神様は試練をあたえても必ず私たちをお救いくださる。こんな時代がそう長くつ

づくはずはないさ。あの子もおまえがよくなればまた笑顔をみせてくれる。だから心配せずに

おまえは病気をなおすことだけを考えていなさい」

 ボブは愛する妻に優しくそう話した。

 だがボブは知っていた。妻の病気のことを。

 癌だった。

 悪性の腫瘍もみつかっている。

 そして今の経済状態。

 もう長くはないかもしれない。

 それでもボブはつとめて明るく振舞った。家族に不安をあたえないように、愛する家族を守

るために。窓の外では恐慌の嵐が吹き荒れていた。

 エヴァリンの命がもう長くはないとしてもせめてバーバラを悲しませるようなことはしたく

ない。バーバラがこの先も母を誇りに生きてゆけるように――。
 

 クリスマスが近づいたある日のことだった。

 ボブはタイプライターを前にして眠ってしまっていた。どれほど働いても賃金は微々たるも

のだ。それでも働かなければ生きてゆくことはできない。

 不意に窓ガラスが鳴った。

 ボブは我にかえるようにして眠りから目覚めた。蝋燭の明かりのなかでバーバラが立ってた。

「バーバラ?」

 夜ももうおそい。こんな時間にどうしたんだ?

 ボブは笑顔をつくるとバーバラにたずねた。

「トイレかい?」

 バーバラは首をふった。そしてまっすぐにボブの目をみつめて小さく言った。

「ねえ、どうしてママはみんなとちがうの?」

 それは子供ゆえの疑問だったのかもしれない。だがボブは何かが崩れてゆく音をきいていた。

 ボブはバーバラを抱きしめた。

 脳裏によみがえったのは幼いころの自分だった。体が弱く小柄な自分がどのようにまわりの

子供たちに接してこられたか。それがいまのエヴァリンなのか。

 バーバラを抱きしめたままボブは何も言えなかった。心が動揺していた。だがせめてバーバ

ラにだけは不安をあたえたくない。

 ボブはバーバラの耳元でささやいた。

「神様はいろいろな試練をおあたえになるんだよ。でもそのことに悲しんでいてはいけないん

だ。神様は信じる人を必ずお救いになられるのだからね」

 ゆっくりと自分を諭すようにボブはそう言った。そしてバーバラに微笑みかけた。

「神様を信じないとね」

 

 だが翌日もその翌日もボブの頭からバーバラの言葉ははなれなかった。

 自分が子供のころにかけられたまわりの子供たちからの心に痛い言葉。小さいということで

感じていた自分に対する劣等感。そして癌をわずらっている妻エヴァリン――。なぜ神はこの

ような試練をおあたえになるのか。

 残業に疲れはてて家に戻る生活がつづいていた。

 疑問が頭を支配していた。

 だがそれでもボブは愛する妻と娘のために笑顔を絶やすことはなかった。

 そんなある日のことだった。ボブの夢に幼い自分が出てきたのは。

 自分をかこむ子供たちが悪ふざけをするなかでボブは泣いていた。その言葉に言い返せない

自分が悔しかった。

 ボブは泣くだけだった。そして子供たちの笑い声だけがしていた。だがそんなときだった。

温かい手がボブの頭をなでた。見上げればそこには父がいた。

「ボブ、自分のことを嘆いてはいけないよ」

 父はそう言った。

 そう言って微笑んだ。

 そして夢はさめていった。
 

 目がさめたボブはしばらく呆然としていた。

 昨日のことのように思い出される幼いころの記憶。

 夢だったのか、それとも昔の記憶だったのか…。

それから何日もその夢はボブの心にひっかかっていた。そして何かが変わりはじめたことを

ボブは感じていた。

 運命というもの、それがあるのなら――。
 

 クリスマス・イヴの夜だった。

 エヴァリンが激しい発作をおこした。

 ボブは痛むというエヴァリンの体をさすりながら一晩中看病をした。そして容態がおちつい

たのは明け方のことだった。

 連日の残業で疲れていた。

 少しだが眠ろう。

 そう思った時だった。バーバラが眠い目をこすりながら部屋にやってきたのは。

「ママはどうしたの?」

 バーバラは心配そうな顔をしている。ボブは笑顔になれなかった。

 そんなボブにバーバラがたずねた。

「ママはどうしてみんなのママとちがうの?」

 ボブはその場に立ち尽くした。

 言葉が出なかった。

 だがそんなボブの脳裏にあの夢がよみがえった。

 そうだ、父が言っていたじゃないか。

 ボブは大きく息をすると、バーバラの瞳を見た。

「あるクリスマス・イヴにサンタさんはこまっていたんだ。濃い霧がかかっていね、ソリが出

せなかったんだよ。このままじゃ世界中の子供たちのところをまわることができない」

 ボブはゆっくりとまるで何かを思い出すかのように話をはじめた。

「ソリをひくトナカイたちもどうしたらいいのかわからない。そんななかでサンタさんは一頭

のトナカイに話しかけたんだ。そのトナカイはピカピカ光る赤い鼻をしていてね、いつもはみ

んなにその鼻のことをからかわれていたんだ。名前は…ルドルフ」

 いつの間にかボブの顔に笑顔がもどっていた。

 バーバラもボブの話す物語にひきつけられるように聞き入っていた。

「サンタさんはルドルフに言ったんだ。『君のその赤い鼻で道案内をしてくれないかな』って

ね。ルドルフは大喜びさ。だってサンタさんにそう言われたんだからね」

 いつしかボブは熱く語っていた。そしてバーバラも身を乗り出すようにしてボブの話を聞い

ていた。

「それまでみんなの笑いものだったルドルフはチームの先頭さ。みんながうらやましがる先頭

だよ。そしてルドルフは霧の中をその赤い鼻で迷うことなくサンタさんを案内したんだ。みん

な大喜びさ」

 ボブはバーバラを抱き上げると体全身で喜びを表現した。そして微笑みながら物語をおわら

せた。

「サンタさんは言いました。『ありがとうルドルフ。君はもう何も恥じることはないよ』って

ね」

 話し終えてボブは何かのつかえがとれてゆくのを感じていた。そしてバーバラの顔を見た。

バーバラが笑っていた。かわいらしくバーバラが笑っていた。

「あなた?」

 不意にエヴァリンの声がした。

 ボブは振り返ると笑顔で言った。

「エヴァリン、バーバラが笑っているよ」

 バーバラの笑顔をエヴァリンに見せる。

 エヴァリンはまるで夢でもみているかのような顔をしたが、やがて微笑んだ。

「本当、よかった…」

 バーバラがエヴァリンの手にふれる。そしてつたない言葉を選ぶように笑顔で言った。

「ママ。メリークリスマス」

 

Qちゃんさん、心温まるお話をありがとうございました。
ちょっと悲しい時、つらい時、このお話はいつでも心にプレゼントを送ってくれるようです。
クリスマスではなくても一年中いつでも読みたい。どんな状況の時でも「生きていてよかった」って自分の命あることに感謝できるから。

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