Fate/Project Zero (西行寺幽子)
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このたびは、にじファンさまより移転させていただきました
これからはハーメルンさんで物語をかいていこうと思います
どうぞよろしくおねがいします
セイバーとランサーの対決は、依然、拮抗したまま続いていた。
むしろ互いが互いの力量を測りあぐねて小手調べに終始するようになってからは、いよいよ
無論、たかが小手調べと言っても、サーヴァント規模での話である。そのためにぶつけ合った剣戟の回数など、既に数回や数十回といったレベルではない。その余波を食らった街路には、
そんな惨状の直中に、セイバーとランサーは、どちらもいまだ掠り傷ひとつ負わないままに対峙し、互いに次の一手を見計らって睨みあっている。両者共に軽く息が上がっているが、それも、戦いに支障をきたすほどのものではない。
「……それにしても、アレね。なんかいきなり呼ばれて戦えとか言われて、たまったものじゃないわよ」
長槍に殺意を
「――それでも、あなたと対峙できたことには感謝するわ。博麗の巫女なんかとは弾幕バトルしかしたことないから、真面目な実力勝負というものが楽しくてね」
「それについては私も同意見です」
長刀を掲げたまま、セイバーも嬉しそうな笑みを漏らす。
「幻想郷で制定されている弾幕ルールでもある程度の実力は示せるものの、やはり本当の力を競うならば個々のぶつかり合いですから」
共に素性を知らぬ者でありながら、住む世界は同じもの。その気になれば出会い、力を比べあうことも可能だ。しかし幻想郷――彼女たちが暮らす異世界では、武器を執った実力勝負は禁止されている。その代わりとして定められているのが弾幕ルールであり、少女たちの弾幕遊びとしても活用されているものだ。こうして外の世界で相見え、共に競う機会を得られたことは幻想郷の少女たちにとって
だが――
『戯れ合いはそこまでだ。ランサー』
どこからともなく響き渡った冷淡な声に、セイバーとアイリスフィールが目を見張る。
「ランサーの……マスター!?」
瞠目して周囲を見渡すアイリスフィールは見渡すが、それらしい人影はない。声は不自然な反響を伴い、かろうじてそれが男性のものであることが知れるくらいで、そもそも何処から響いたのか判明しなかった。おそらくは魔術による幻惑――敵はあくまでアイリスフィールたちの前に姿を現すつもりはないらしい。
『これ以上、勝負を長引かせるな。そこのセイバーは難敵だ。すみやかに排除しろ――宝具の開帳を許す』
見えざる魔術師の声に、セイバーは表情を引き締める。
宝具――いよいよサーヴァントとしての本領を発揮しろと、そうランサーは促されているのだ。
「はぁ?」
そんな声をあげたのは、なんとまあ、ランサーであった。
彼女は北東方向の倉庫の屋根を睨みながら、苛立ちを隠すことなく言い捨てる。
「誰がお前に従うなんて言ったのかしら? それに宝具の使用のタイミングなんて、自分で決められるわよ。いちいち指図されるようなことじゃないわ」
『……ッ』
ギリ、という音が聞こえた。まるで怒りに震え、奥歯を砕けんばかりに噛み締めているような音だ。それもそうだろう。そもそもサーヴァントは使い魔の延長線上の存在であり、魔術師としてのプライドが高い者からすれば、飼い犬に手を噛まれるというのが、どれだけ屈辱に値するか想像に難くない。
魔術師としてのプライドの程は、生まれた家系が続く代によっておおかた予想がつく。アイリスフィールが夫にしてセイバーのマスターである衛宮切嗣に見せてもらった調査報告書によれば、今回の聖杯戦争に参加する魔術師のうち、由緒ある家系の魔術師は御三家を除き、あとはひとつだけ。これでランサーのマスターが、どの人物なのか、だいたいの予想は付けられるはずだ。アイリスフィールはランサーの言葉に唖然としつつ、彼方で見守る切嗣にマスターの情報を託した。
「――まあ、さっさと終わらせろというのには同意してあげる。了解したわマスター。出来るだけ宝具は使わずに倒す」
ランサーの行動に、セイバーは驚愕した。本来なら有り得ぬ行いだった。宝具を使わずに倒すのは理解できる。なぜなら、宝具はその人物の正体を暴かれる手がかりとなるためだ。だから使用せず戦うのは解る。現に先ほどまでだってそうしてきた。
だが、これは――
「……ごめんね。本当はもう少し遊んでいたかったけれど――ここからは
彼女の手から、真紅の槍の輝きは消えていた。
マスターの命令でさえ無視し、ついに武器まで捨てた、徒手空拳の敵サーヴァント。まるで素手でも倒せると言いたげなその佇まいに、セイバーはいささかの恐怖を覚えた。
「槍を捨ててよかったのですか? それでは間合いが取れず、我が刀に斬られて終わりますよ」
「いいのよ。まず、ランサーだからって槍でしか戦えないなんて考えは――捨てることね!」
セイバーの挑発も意に介さないまま、ランサーは仕掛ける。
先ほどまでの美しい槍術とはうって変わって、その踏み込みは野生本能に身を任せた猛獣のようでさえあった。楼観剣との間合いも、まだ姿を
それ故に、セイバーは二度目の驚愕を味わわされることとなった。
彼我の距離はおよそ五歩程度。敵が三歩ほど詰め寄った時点で楼観剣の攻撃範囲に侵入する。まずは万全の安全圏だと考えていた間合いを、徒手空拳のランサーは一歩で詰め寄ったのである。なんの足捌きも見せないまま、ただ、背中から伸びる黒い翼をひとはばたきさせるだけで、およそ五メートルの距離を詰めたのである。
慄然となって半歩
一瞬遅れて刀を振るうも、しかし、薙ぎ払われたランサーの双腕がわずかに速かった。踏み込んだ路面が捲れ上がり、鋭い輝きを讃えた爪が、セイバーの肩口から胸にかけてを切り裂いた。偶然にも半歩退がっていたことで致命傷を避けることは出来たが――
追撃。追撃。追撃。
セイバーの反射速度をギリギリ上回る速度で繰り出される追撃の連続を、彼女は浅い傷を受けながらも何とか、大地を転がるようにして距離をとった彼女は、即座に立ち上がって次の踏み込みを危惧して楼観剣を構える。だが、その表情には苦悶の色が浮かんだままである。
「セイバー!」
何が起こったのか、理解はさておきアイリスフィールは魔力を編んで、セイバーの総身に治癒の魔術をかけた。
「……すいません。ありがとうございます」
申し訳なさそうにセイバーは頷いて、肩の関節を回し、腰を回して調子を確かめた。
傷は完全にふさがっている。いまだ痛みの
それならば、もっと速く反応すればいい。セイバーの神経伝達速度を上回る攻撃を繰り出すのならば、それを上回る正確さで以ってその先を読めばいい。セイバーこと魂魄妖夢は、直感スキルというものを持ち合わせてはいないが、剣の修練によって研ぎ澄まされた先読みの能力――スキルとして確立されてはいないものの、それはセイバーの立派な武器だ。
「回復は済んだ? それなら続きをはじめましょうか」
ゆったりとした、しかし力強さを感じさせる動作で身体を縮め、全身をバネのようにして足を踏み出した。またもや一瞬にしてセイバーの
それでも、セイバーはかろうじて先読みに成功している。ならば――防御に徹する必要も無い。攻めるタイミングを計れるのなら――
「……ぁぁぁっ!!」
おのれを鼓舞するように叫びながらセイバーは、ランサーの連撃を完全に見切り、楼観剣の一閃で迎撃する。
しかし勢いを増す追撃の嵐は、しだいにセイバーが読みきれない世界に近づいていく。そこまで達してしまえば、あとはランサーの脚か腕が彼女を捉えて終幕だ。極限にまで研ぎ澄ました感覚が活きる世界で、セイバーとランサーは一進一退の攻防を繰り広げている。
互いに一歩も譲ることのない連撃の中、わずかに、ほんのわずかにランサーの動きが鈍った。
アスファルト捲れあがって砂利も同然の足場に、わずかな支障があったのだろう。ランサーの下肢に力がこもり、ガクン、とその動きが停滞した。
それを見逃すセイバーではない。
流れるような動作でセイバーは腰の刀を抜き去り、全身に魔力を滾らせてバランスを崩したランサーへ二刀を浴びせた。
十文字斬り。
そう呼ばれる剣技は、しかしランサーが咄嗟に呼び出した真紅の槍によって阻まれ、彼女に一太刀さえ浴びせるには至らなかった。
「ついに抜いたわね……腰の刀を」
「……ッ」
笑っていた。
したり顔のランサーの言葉から察するに、つまり、今のはただのフェイントで、本当の目的はセイバーに腰の刀を抜かせることであったらしい。秘蔵の白楼剣を抜いてしまったセイバーは歯を食いしばり、力任せに槍に止められていた刃を振りぬいた。
ランサーは大きく飛び退り、彼方へ向けて話し始める。
「マスター聞いてるー? 今から宝具使ってあげるから、楽しみに見ていなさい」
返事はない。やって見せろ、ということだろう。
「覚悟なさい――セイバー!」
今度こそセイバーは緊張に身体を強張らせる。
宝具。
先ほど使用を渋ったのも、すべては白楼剣を見極めるための布石でしかなかったというのか――次こそ、ランサーの本気が叩き込まれることになる。まだ見ぬ槍の妖怪の最終武装へ、セイバーはある意味の恐怖を抱いていた。
ランサーの手の中の槍が、更なる真紅の輝きを纏わせる。煌々と輝く紅い光は、ランサーが宝具発動のためにその槍へ蓄積された魔力を解放した輝き。
膨大な魔力が生み出す灼熱の一撃は、すべてを喰らい消滅させる――
「
それは槍投げの構え。
それを見咎めた瞬間、セイバーは疾駆スキルをフル活用して倉庫の山の中を縦横無尽に駆け巡る。投擲ならば、目で追えない速度で動き回れば、万が一にも当てられることはない。アーチャークラスであれば高速で動く的を射抜くことなど容易いことだろうが、相手はランサーだ。槍の投擲であろうとも、それがセイバーを捕らえることはない。
が、いくら速く動こうとも、この槍から逃れる術はない。心の臓を穿つために放たれる一撃は、槍としての実体を喪ったとしても、それを喰らい尽くすまで追い続ける――
「――
「……やばい」
冬木大橋のアーチの上から、倉庫街での戦いを遠望していたライダーは、そう小さく呟いてから立ち上がった。
「な、何がだよ?」
少女のサーヴァントが初めて見せる焦りの表情に不安を煽られたウェイバーは、鉄骨にしがみついたままで質す。
「宝具発動前特有の魔力の爆発を感じた。あいつ……勝負を決めるみたいだ」
「いや、それって好都合だろ……」
「なに言ってんだ。そんなわけないだろ」
ウェイバーの発言は、本当は正論だった。これ以上ないほどの正論を、ライダーは呆れた声をあげながら、そう否定した。
「もうちょい眺めてたかったんだけどなぁ……あれを喰らったらセイバーが脱落しかねないぜ。そうなったら遅いからな」
「お、遅いって――奴らが潰しあうまで待ってから襲う計画だったじゃないか!」
「……ああ、そっか。私の説明不足だったのかな。うん」
ライダーは眉をひそめて、まるで申し訳なさそうな表情で足元のマスターを見下ろした。
「たしかに私はランサーの挑発に誰かのらないかなーって思って眺めてたけどさ。そりゃそうだろ? だって何人かまとめて倒したほうが楽だし派手だからな」
「……は?」
理解が出来なかったので、ウェイバーは改めて問い返した。出来ることならば、なにかの聞き間違いであることを願って――
「まとめて相手する。私の宝具なら、並みの奴なら一撃で倒せるし。その方が魔法を派手に使えて気持ちいいだろ? ほら、ゲームでもあるじゃん。狭い通路に大量の敵を密集させて、そこを爆弾とかで一斉掃討――めっちゃスッキリするだろ!」
嬉々とした表情で語るライダーに、ウェイバーは奥歯をカチカチ音を鳴らせながら叫んだ。
「し……知るかぁ! なんでそうなるんだよ、お前の役目は敵を倒すことだろ!?」
「だから倒すって言ってるだろ? 何人かまとめてさ」
このサーヴァントは、自分で決めたことを曲げるつもりはないらしい。あくまでまとめて倒す気でいるようだ。ウェイバーからすれば、そんな危険を冒すよりも、あそこで戦っている二人のサーヴァントの内、生き残ったほうを襲って倒す計画でいってほしい。なによりもマスターの安全のために。
「心配すんなよ。お前は私が護ってやるからさ」
屈託のない笑顔でライダーはしゃがみながら言って、ウェイバーの頭を軽く撫でた。
「……」
言葉を失ったウェイバーは置いておいて、立ち上がったライダーは腰の巾着から取り出したミニ八卦炉を天に掲げる。
すぐさま渦巻く魔力の本流と共に、煌々と輝きながら現れた魔法の箒with台車。まるで落雷の如き震動を鉄骨越しに受け、ウェイバーは絶叫しながら全力で鉄骨にしがみついた。
「よし行こうぜ。セイバーを助けにな!」
言うが早いかライダーは、美しい金髪を翻らせて跳躍し、箒にまたがった。
「馬鹿馬鹿馬鹿! 言ってることとやってることデタラメだ!」
「……嫌ならそこで待っててくれ」
「行きます! 連れて行け馬鹿!」
「あははは、それでこそ私のマスターだぜ――レッツゴー!!」
元気に笑ってライダーはウェイバーの手をとり、落ちることの無いように台車に乗せてから、箒を発進させた。
幻想郷の魔法使いが駆る箒は、星を撒き散らしながら夜空を駆けることで呼応する。
移転初日は、ここで終わりです。
つぎは書き溜められたら持ってきますね!
楽しみにしていてください~
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