Fate/Project Zero (西行寺幽子)
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展開はだいたい原作と同じです


いつか、原作とは違う展開になることを願って、戦え我が精鋭たちよ!!
by藤村大河



繰り広げられる死闘

 刃を交えるたびに火花が散り、競り合うたびに大地が(えぐ)れ、一歩踏み出すだけで迸る魔力が大気を揺るがしている。手近な街灯は、既に魔力にあてられて破裂している。二つのヒトガタが踏み抜いた大地の惨状は、まるで超大型ハリケーンが(もたら)した暴力の傷痕のようでさえある。


 それほどまでの凄まじさ。


 見た目がただの少女であるからこそ、その剣戟の異常性が際立って見える。腕力も脚力も、あの小さな体のどこから振り絞られているのか。大気を揺るがす魔力は、あの華奢な身体のどこから放たれているのか。

 超高速で繰り広げられる剣戟は、もう常人の目では補足しきれない。ただ、その後に残る火花と大地の残骸を目にするだけしか叶わない。

 倉庫の外装から引き剥がされたトタン材が、まるで銀紙のようにグシャグシャに歪まされて空を切り、今また、それがアイリスフィールの隣を通過した。

 なぜあの強固な外装が飛翔したのか理解できない。きっと程近い虚空を、ランサーの槍かセイバーの刀が擦過した。――ただ、それだけなのだろう。

 いまなお(しのぎ)を削る二人の打ち合いは苛烈を極めるばかりだ。互いに一歩も引かず、互いに一歩も譲らない。たった二人の少女が斬りあっただけで、街が破壊されていくのだ。


 これが、聖杯戦争――


 その脅威と驚愕を、いま、アイリスフィールは目の当たりにしていた。異世界の、平行世界の幻想の都に存在する住人を、この現世に具現させ、激突させるという意味を。


 それはまさに、神話で見るような大戦の再演だった。


 雷が天を裂き、荒れ狂う波濤(はとう)が大地を砕く、文字通り幻想でしか成立し得ない奇跡の具現。


 ――これが……サーヴァントの闘い……


 かつて想像し得なかった領域の世界を、アイリスフィールは驚愕に息を呑み、瞬きすることすら忘れ、深く見入っていた。



 そして驚愕の念は、セイバーも同じだった。


 隔離された死の世界に身を置く彼女とて、姫君の護衛役として、ありとあらゆる武器の対処法は、最低限度なりとも理解しているつもりであった。


 そんな彼女の知る限り『槍』というものは、両手で扱うのが常道の武器。その原則に例外はない。


 いまランサーの少女が扱っている得物は間違いなく『槍』であると、確信を持ってそう言える。しかし、その形状は『槍』というものを逸脱していた。長い柄の先にある刃は三角形に近い形状――俗に言う(やじり)型というやつだ。刃の尾部に特徴的なかえし(・・・)のようなものがついている。


 そしてその存在は、セイバーの動きを大きく制限するものだった。槍を刀で受ける際にかえしを引っ掛けられたら、一瞬にして決着をつけられてしまう。

 少女が槍の妖怪として呼ばれた以上、その真紅の長槍は宝具であるはずだ。槍ならば突く・斬る・払うという動作でしか戦えない。そのかえしにさえ注意すれば宝具を解放されたとしても対処は可能だろう。


 ところが――


「私の槍が怖い?」

「……っ!」


 三度目の踏み込みにして、ランサーは刀の一撃を受け流しつつ呟いた。武器を執る手の動きは依然として激しく動いたままである。ただ、打ち合うセイバーの様子がおかしいことに気づいたのだろう。それは慢心とは言わず、強者の余裕からくるものであった。

 指摘されたセイバーは動揺を感じさせまいと、更なる踏み込みを試みる。――が、ランサーの巧みな槍捌きによって片足をとられ、セイバーは大きく跳び退るという選択をするしかなくなった。


 額の汗を拭いながら、彼女はランサーの武具を凝視する。


 鏃型の刃というものは、日本刀にとって脅威的だ。


 セイバーの楼観剣――日本刀の弱点は『(ひら)』と『棟』である。


 『平』とは、刀の鎬《しのぎ》面のことを指す。日本刀は、鎬造りと言われる様式をもつ刀剣である。鎬とは、刀の刃と棟の間を走る稜線のことを言う。

 棟は、『峰』とも言い、刃の裏側を指す。『峰打ち』と言えば、時代劇を知らぬ者とて聞いたことはあるだろう。これを正確には『棟打ち』と言う。つまり、刀の真横面で打つ平打ち、或いは棟で打つ棟打ちと、刀は折れ易いということなのだ。


 ランサーの槍がもつ鏃型の刃――刃先から後ろに向けて放射状に広がる尾部に刃があり、その役割はあらかた想像のつくことだろう。それは突き刺すことに特化した形状である。ひとたび突き刺されば、尾部が肉を絡みとり、引っ掛かって抜けなくなる。無理に引き抜けば絡み取られた肉ごとごっそりと引き裂かれ、更なるダメージへと繋がる。尾部のかえしを利用して相手の武器に引っ掛ければ、その武器を奪ったり、尾部の刃によって破壊を試みることすら可能だ。

 その尾部の刃を楼観剣の平や棟に叩きつけられれば、それは即ち敗退を意味する。妖怪が鍛えた楼観剣に斬れないものはあんまりない。だが、それは攻撃にまわったときに限る話である。防御に関しては攻撃力とは別物だ。攻撃力=防御力というわけにはいかない。斬れるからこそ折れ易い――それが日本刀を扱う者として重々承知している原則だった。


 それにランサーの槍捌きも相まって、その脅威の程が、刃に対する注意だけでは済ませられないのだ。


 ――この人……強い……!!


 昼間のアサシンの襲撃に加え、夕刻のランサーとの激突。最初に剣を交えるのが予想外の難敵であることを悟り、セイバーの総身に更なる武者震いが駆け抜けた。



 だが驚愕は、ランサーも同じだった。


 武器との相性で言えば、傍目にはランサーが優位に立って防戦一方のセイバーを追い詰めているように見えるだろう。が――実際は違う。

 ランサーは初手から今まで、セイバーを不用意に近づけまいと振り払うのに精一杯だった。挑発して動揺させてはみても、攻めに転じられないのは彼女とて同じだった。


 日本刀に対して有効な鏃型の刃をもつ槍を武器とし、一瞬にして敵の武具を破壊できる力量を併せ持つ彼女である。しかも槍としてのリーチもあり、セイバーを近づけることなく武器ごと串刺しにすることなど造作もないだろう――ただ、それはセイバーが格下の敵であったなら、の話だが――武具の優位性で言えば、長さと刃の形状を持つ彼女が、セイバーに遅れをとる道理などない。


 にも拘らず――


 ――あの腰の刀……面倒ね


 ランサーは内心独りごちた。超高速の剣戟の最中にずっと目が離せなかった部分があった。


 それは、セイバーの腰に差された刀。いま彼女が握る長大な日本刀に比べ、それはまさに普通のサイズの日本刀だ。一切の飾りがない、漆黒の日本刀。その存在を危惧して、ランサーは一撃に臨めずにいた。

 セイバーが二刀流だとすれば、それは自身の危機であると悟ったときにこそ抜刀するだろう。本来の戦い方に戻ったときにこそ、あの剣の妖怪は不利を一転させて、今度は逆にランサーを圧倒することだろう。

 ただ、あの刀がただの脇差であった場合。単なる(フェイク)でしかなく、二刀流かと匂わせるだけの意味のない刀。武士(・・)であるならば、そのはずだ。


 ランサーは知る由もない。


 セイバーが武士でなく、庭師兼護衛役であることを。

 その研鑽(けんさん)された剣技は、主人である姫君を護るためだけに身に付けられたものだということを。なればこそ、意味のない武具など装備するわけもない。ランサーの焦燥も当然だった。セイバーの握る長刀を捌きつつ、しかし腰の刀の|範囲(レンジ)に入らない間合いを維持し続けるしかないのだ。


 おのれの槍の腕を信じていないわけではない。むしろ、自身の槍の腕は最強であると信じきっているからこそ、予想外の展開に対して細心の注意を払っているのだ。


 刃の形状とリーチによる優位と、流麗な槍捌きが圧倒的に見えるのは、上辺(うわべ)だけの話である。余裕な素振りと挑発でセイバーを動揺させてはいるものの、ランサーもまた二刀流への危惧で、決め手となる一撃を繰り出すチャンスを一向につかめないでいた。


 ――……やるじゃない……!


 最初の敵を前にして、早くも死力を尽くした激闘を予感して、強敵との邂逅(かいこう)を喜び、うっすらと笑みを浮かべた。



 岸壁間際の集積場に積み上げられたコンテナの山の隙間から、切嗣はワルサー狙撃銃を覗かせて、電子機器を通した目で夜の闇を見渡した。

 まずは熱感知スコープ。――いる。夜気に冷え切った黒と青の空膜を背景に、くっきりと浮かび上がる赤とオレンジの反応色。ひときわ白く光る熱源は、おそらくサーヴァント二人ぶんの反応だ。激しく交錯する両者の放熱は、周囲を煙のように覆ってフレアを咲かせている。

 それよりも遥かに小さいが、まぎれもなく人体の放熱パターンとして映っている反応が二つ。一人は道路の真ん中に立って、サーヴァントの対決を見守っている。そしてもう一人は――やや離れた倉庫の上に悠然と佇立している。


 どちらがターゲットなのか、もはや確認するまでもない。


 念のために切嗣は熱感知スコープから目を離し、隣の光量増幅スコープを覗き込む。薄緑色の燐光に彩られた視界は、先ほどとはうって変わってはっきり鮮明に闇夜を映し出す。

 やはりサーヴァントの後方に控えているほうがアイリスフィールだった。戦場の華となるべく、彼女たちには隠れ潜むことなく堂々と戦うよう、しっかりと言い含めてある。役目を果たしてくれているようで何よりだ。

 ……ならば、倉庫の上にあった熱源こそ敵のマスター――セイバーと渡り合う紅槍の使い手、ランサーの主だろう。


 ――……見つけた


 さすが、と言うべきか。ランサーのマスターは魔術的な迷彩で自分の姿と位置を隠匿していたのだろうが、それで事足りるものだと思い、機械仕掛けに対する措置を(おこた)った。これまでに切嗣の餌食になった奴らと同じ――生粋の魔術師だ。いつも通りの展開に、切嗣は冷酷にほくそ笑んだ。


 さっそく切嗣はインカムマイク、戦場の反対側にいる舞弥に呼びかける。


「舞弥、セイバーたちの北東方向、倉庫の上にランサーのマスターがいる。見えるか?」

『……いいえ。私の位置からでは死角のようです』

「解った。それなら僕が仕留める」


 出来ることなら、切嗣と舞弥の十字砲火で万全を期したかったのだが、あいにく狙撃可能なポイントにいるのは切嗣だけらしい。だが問題はない。対象との距離は300メートル弱。切嗣の腕であれば、一撃の下、葬り去ることが出来る。狙撃手の存在に気づいていない以上、ワルサー狙撃銃の銃弾を防御する術(すべ)はない。

 銃身に取り付けられた二脚架を拡げ、狙撃体制に入ろうとしたところで――切嗣は妙な寒気を覚え、ワルサー狙撃銃を巡らせて、デリッククレーンの上を確認した。

 切嗣は動揺を隠せず、インカムに囁いた。


「……アサシンだ」

『いまこちらからも確認しました。読みどおりでしたね』


 切嗣のワルサー狙撃銃が捉えた敵影は、舞弥のAGU突撃銃にも捕捉されていたらしい。


 彼らに続き、セイバーとランサーの死闘を覗き見る第三の監視者がいま、デリッククレーンの上に現れたのだ。


 予測出来た展開ではあった。聖杯戦争では、戦闘に参加する気はなくとも、戦闘の推移を確認するマスターはいくらでもいる。むしろそれこそが聖杯戦争であり、だからこそ切嗣はデリッククレーンという最良の監視ポイントを捨ててまで誘き寄せたのだが――


『……私がアサシンに射撃します。そのうちにランサーのマスターを』

「駄目だ。あそこに陣取ったのがアサシンだということが問題だ。僕たちには今、対サーヴァント戦を予期した武装がない」


 舞弥を声で制しながら、切嗣は暗視スコープ越しのアサシンを注視する。

 黒いワンピースに、少しはねたクセ毛。それに背後から伸びる左右非対称の翼の様なもの――その姿は言わずもがな、昨日の遠坂邸での戦闘で消え果たはずのアサシンに他ならなかった。

 舞弥の使い魔が撮影した画像の釈然としないものを感じていた切嗣は、アサシンの再登場にも、もはや驚くようなことはなかった。


「引き続き、舞弥はアサシンを監視してくれ。僕はランサーのマスターを」

『了解』


 ランサーのマスターを一撃で葬り去れるこの状況を捨ててまで、アサシンに注意しなくてはならなくなった。それもそのはず、ここでランサーのマスターを狙撃すれば、その音から、必ずアサシンの切嗣の居場所が露見する。


 いくらアサシンが戦闘能力に秀でたサーヴァントではないとはいえ、人間ひとりを殺すくらい造作もない。そうなれば聖杯戦争どころではなくなってしまう。残る防衛の策としては――令呪。


 ランサーのマスターを狙撃し、そして令呪による命令でセイバーを切嗣のもとへ瞬間移動させれば、アサシンへの防衛へ当たらせることも出来る。ただし、そうしてしまうとアイリスフィールを無防備なまま、ランサーの前に取り残してしまうことになる。

 諸々の事情を思案し終え、切嗣は暗視スコープの照準をランサーのマスターへ向けた。いったんそうと決めれば、それ以上は何の未練も残さないのが切嗣だった。


 しかし、策を張り巡らせる必要がなくなった以上、セイバーの戦いは徒労でしかなくなった。宝具を使うようなことはせず、アイリスフィールともども逃げてくれれば良いのだが……そのような指示を飛ばせないのは、セイバーにインコムを渡さなかった切嗣の自業自得といえよう。


 そしていま、戦場は新たなる展開を迎えようとしていた。



「――未遠川河口の倉庫街で、動きがありました。いよいよ最初の戦闘が始まったようですね」


 死闘の続く倉庫街より南東に十五キロ。

 夜の沈黙に抱かれた冬木教会の地下室で、言峰綺礼は呟いた。目を閉ざし、まどろむことなく闇に神経を尖らせている。

 瞑想するかのようなその横顔が、いま、倉庫街の光景を網膜の裏に焼付け、|耳朶(じだ)に海風の唸りを聞いているなど誰が想像し得ようか?


 彼の視覚と聴覚が認識しているのは、海浜公園よこの倉庫街で、人知れず行われているサーヴァント同士の闘い――今この瞬間に彼のサーヴァントであるアサシンが見ている景色と寸分違わぬ映像だった。


 彼が行使しているのは、三年間の魔術修行の末に身につけた成果だった。遠坂時臣により伝授された、感覚共有の魔術である。


 魔術師がおのれの使い魔の視界を奪うように、サーヴァントのマスターはおのれのサーヴァントと感覚を共有することが出来る。特に斥候能力に優れたアサシンを従えていれば、まさに鬼に金棒というべき魔術だ。

 唯一の難点といえば、共有の対象であるサーヴァントが承諾しなければ行使できないところにある。現に綺礼にこの魔術を伝授した時臣本人は、アーチャー感覚への割り込みを許されていない。

 気位の高い幻想の都の創生主ともなれば、いくらマスターであろうとも覗かれるのは慮外千万らしい――というのが時臣の予想なのだが、その考えが間違いであることを綺礼は知っている。おのれのサーヴァントから全く信じられず、あまつさえ捨て置かれる始末であるとは……


『最初、という言い方はあるまい。公式には「第二戦」だよ。綺礼』


 その声は、目の前にある蓄音機から聞こえた。かすかに掠れた音質ではあるが、その余裕ある酒脱な声は、遠坂時臣のものだ。

 蓄音機に見せかけた通信装置。|真鍮
(しんちゅう)
製の朝顔形の集音装置と、大粒の宝石を朝顔の終端に吊るしてある。


『第二戦の状況をどう見る?』


 綺礼は使い魔を操っている――そう時臣に伝え、この状況を作り出している。アサシンの存在は、時臣のサーヴァントと父・璃正と共に隠匿している。時臣には何も伝えられず、いまなお彼はアサシンが敗退したものと信じきっている――いや、彼の現実ではそうなっているのだ。綺礼の聖杯戦争を終わらせた侘びとして、双方の使い魔が得た情報を元に戦況を考察しているというわけだ。それに何の意味があるのか。綺礼自身も気配を遮断させたアサシンから情報を得ているので、情報交換による考察など必要のないことなのだ。だが、時臣を騙し通すためには致し方あるまい。


「戦っているのは――セイバーとランサーでしょう。どちらもそれなりの妖怪と見えますが、アーチャーの敵ではないでしょう」


 静かに報告する綺礼ではあるが、内心は戦慄していた。時臣も見てはいるのだろうが、セイバーのパラメータが大方Aランク相当といえる。対するランサーもそれなりのステータスではある。

 それでも、時臣にその戦慄は有り得ないものだった。彼のサーヴァント・アーチャーのパラメータと比較してみれば一目瞭然だろうが、セイバーもランサーも全く及んでいない。剣の妖怪が大方Aランク相当ならば、弓の妖怪はほとんどがAランク。さらに、最低ランクでもBという最強ぶり。これほどの戦力であれば、アーチャーがやる気を起こせば三日で聖杯戦争を終結できるだろう。

 しかし当のアーチャー本人が、おのれの自由を費やしてまで戦いに興じるようなことはしないのだが。


『成る程な……幻想の都を創りだした彼女であれば容易だろう。セイバーとランサーのマスターは見えるか?』


 そう言うということは、時臣の使い魔の位置からではマスターは視認出来ないのだろう。セイバーまで訊ねてくるということは……おそらく彼の使い魔は色を捉えられない目を持つ生物なのだろう。


「堂々と姿を現しているひとり……銀髪に紅い目の女です」

「ふむ。ならばランサーのマスターには姿を隠すだけの知恵がある、と。素人ではないな。聖杯戦争の鉄則を弁えている――待て。銀髪の女だと?」

「はい――白人の若い女です。銀髪に赤い瞳。どうにも人間離れしている……おそらく、アインツベルンのホムンクルスと思われます」


 真鍮の朝顔の向こう側から、黙考の沈黙が伝わってくる。


『またしても人型のマスターを鋳造(ちゅうぞう)したか……』

「おそらくあの女がアインツベルンのマスターかと思われます」

『ああ……ユーブスタクハイトが用意した駒は衛宮切嗣だとばかり思っていたのだが……まさか見込みが外れるとは』


 時臣の声には、おのれの手で異端の魔術師に制裁を与えられなかった落胆と、恐ろしき異端の魔術師の存在が杞憂であったこと安堵が混じっていた。


『ともかく、その女は聖杯戦争の|趨勢(すうせい)を握る重要な鍵だ。これからの戦争の推移――綺礼も楽しみにしていてくれ』

「はい――我が師に聖杯の加護があらんことを」


 |嘯(うそぶ)いてから綺礼は引き続き、彼方で繰り広げられている二人の妖怪の激闘を注視しつつ、心中で感嘆の声を漏らした。


 喜ぶがいい、衛宮切嗣。
 貴様の思惑はこれ以上にないくらい上手く機能している。あの遠坂時臣さえも騙され、おそらく他の魔術師すべても、あの女がマスターであると信じきっていることだろう。

 だが、決して忘れるな――
 ――この言峰綺礼に、そのような子供だましは通用しないということを



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