Fate/Project Zero (西行寺幽子)
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暗躍する男


 セイバーと思しき少女が飛び立つのを確認した言峰綺礼は、いまだ騒ぎが止まぬ喧騒の中に紛れ込んでいた。


 昨夜の晩にアサシンを喪ったと見せかけて実は喪っていなかった綺礼は、彼女を殺そうとしたことと先日の警備のお礼として、エクレアを買いに隣町まで出向いていた。しかし、移動手段に電車を選択したことが功を奏するとは思ってもみなかった。

 まさか帰宅途中に、セイバーとそのマスターを発見するとは……これで、冬木の地にすべてのマスターが揃ったことになる。アサシンとの感覚共有を通じ、会話の断片から得た情報によれば、彼女らはアインツベルンで間違いない。


 アインツベルンのマスターが衛宮切嗣ではなかったことには驚愕及び絶望したが、ならばアサシン消滅の件を知らないというアドバンテージを使わせてもらおうではないか。


 電車がゆっくりと速度を落とし、次第に停車した。


 早く出なくては、駅員どもが来て面倒なことになる。この惨状(さんじょう)の後始末は父に連絡し終えているから任せるとして――


「さて、私は|傀儡
(かいらい)
の頑張りでも見届けるとしよう」


 憮然とそう呟き、綺礼は人知れず孔から構内へ躍り出た。流れるような動作で、まるで何事も無かったかのような顔で改札を通り、アサシンが飛び去った方角に一番近い出口から地上へ辿り着いた。


 ――アサシンは……


 己がサーヴァントの気配を探りつつ、その気配がする方向を見やる。

 マスターとサーヴァントは、魔力供給というパスで繋がっている。それが繋がっている限り、自らのサーヴァントを発見するなど造作もない。


 ……東北東に三〇〇メートル程度か。これ程度の距離であれば、探索範囲の狭いセイバーのサーヴァントとて追跡に成功していることだろう。しかし距離は離れ続けていることから、まだアサシンは逃げ(おお)せているのだ。


 アインツベルンのマスターの誘拐を命じた際に感覚共有は解除したから場所の特定は出来ないが、方角は冬木大橋へ向かっていると見て間違いない。その傍(そば)には大きな海浜公園があるし、そこらで決着をつけるつもりなのだろう。ただ、アサシンにアインツベルンのマスターを誘拐させることに成功すれば、それだけで構わない。


 そんなことをする理由など、たった一つしかない。


 言峰綺礼は、いまだアインツベルンのマスターが衛宮切嗣ではないということを信じてはいなかったのだ。魔術師殺しの異名を冠する衛宮切嗣なら、聖杯戦争に参加する|魔術師
(・・・)
を始末するためには、魔術師たちの思考に及ばないような奇策を用いてくるはずだ。


 たとえば……聖杯戦争という争いに参加する魔術師たちを(あざむ)くために、見せ掛けのマスター(・・・・・・・・・)を作り出す、というのはどうだろう?


 マスターとなった魔術師は、サーヴァントを見れば、そのサーヴァントのステータスが見て取れるようになる。それにより、小柄な銀髪の、トレンチコートを羽織った少女がセイバーであることを理解した。ならば、それが連れて逃げた銀髪に紅い目の女こそがマスターだということになる。 女が本当にマスターであるならば(・・・・・・・・・・)、その身体のどこかに令呪が宿っているはず。


 ――私は諦めてなどいない。衛宮切嗣……貴様の考えなど、同じく魔術師を相手にしていた代行者の私には手に取るように解る


 涙目で向かったアサシンには悪いが、遠坂時臣という足枷から離れられた言峰綺礼には、独自の情報収集が必要だった。これまでの綺礼は、時臣のために敵マスターたちの情報を集めてきた。それが思いのほかうまくいき、キャスター陣営とセイバー陣営以外の情報はほとんど収集できたと言ってもいい。だからこそ、時臣はアサシンを捨てることを決意したのだが……


 しかし、そこには油断と隙しか存在しなかったのは言うまでもない。遠坂家の血族に代々受け継がれている呪いとも言うべき『遠坂うっかりエフェクト』というものがある。


 肝心なときに足元を疎かにし、ゆえに足元を(すく)われて窮地に陥る。


 師弟関係を決裂したいま、この特性を利用させてもらうより他はないと綺礼は考えている。時臣から解放され、彼の知らぬところで(いま)だアサシンを従えているのだ。


 その他のマスターたちさえも欺ききった綺礼には油断も隙もない。


「……」


 右手に持っていた有名洋菓子店の包装箱から、綺礼はあるものを取り出した。艶(つや)がかったチョコレートが美しく、甘い香りが何とも言えぬほどに|芳(かぐわ)しいエクレアだ。

 行儀が悪いのは理解しているので、出口の目の前にある噴水の|縁(ふち)に腰掛け、それを一口かじった。

 外はサクサクで、中はふわふわの生地。食べた途端に口の中に広がる甘いカスタードと、甘さを控えたチョコレートのハーモニー。


 道行く人が、彼の|傍
(かたわ)
らに置いてある包装箱のロゴを確認して、口々にその店のことを話しているのが聞こえる。食べて初めて解ったことだが、なるほど、これは確かに人々の間で噂になるほどの代物(しろもの)だ。

 そのすべてを食べ終え、箱の中のもう二つが無事に保冷剤で冷え続けているのを確認し、その場を後にする。


 そろそろセイバーに『マスターらしき女』を奪還された頃だと予想する。聖杯戦争の参加者の目に触れる前に、迅速にアサシンを回収して教会へ戻らなくてはならない。


 彼女からの報告も受けなくてはならないしな……ともかく、事がうまく運んだ暁には、父・璃正神父の紅茶の茶請けとしてエクレアを食わせてやろう。


 最後の締めくくりとして、綺礼は簡潔に、エクレアの感想を述べることにした。


 ――これを、美味い、と言うのだろうな……

 アサシンが喜びの半泣きでエクレアを頬張るまで――01:53:12

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