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  Fate/Zero -Irregular shuffle- 作者:もぐ愛
七:紛擾





 その初戟はただ一度の攻撃の応酬、秒に満たない刹那の数十分の一の間で行われた一触の交叉だった。
 しかし、その一合には互いの貫くべき信念と、幾星霜の研鑽の末に手にした武威――練磨の積み重ねの全てが込められた、正しく極限の激突だった。

 セイバーは剣の道に捧げ、運剣に機能特化した小躯を魔力放出スキルによる噴射加速で膂力・速力の増幅を為し、それを一切損なうことなく神速の踏み込みをもって、加速時間ゼロで最高速度まで到達し、予備動作もなく肩に担ぐように愛剣を振りかぶった。
 銀色の籠手に握られる愛剣は〈風王結界(インヴィジブル・エア)〉という風の魔力で構成された宝具で覆い隠され、不可視状態となっている。その、光を屈折させるほどの超絶レベルに凝縮された空気を剣身より後方へ解放することで、剣の英霊の突撃速度はさらに爆発的に上乗せされた。
 透明化を解除された〈約束された勝利の剣(エクスカリバー)〉から溢れる黄金の光が閃き、燦然と戦場を照らし出す。
 光明は超音速で水平方向へ移動し、立ち塞がるあらゆるものを両断せんと振り下ろされた。

 その一太刀には、王として生きし一人の騎士の歩んだ道が顕れていた。

 速きことは重要であろう。重きことは重要であろう。戦場でまず生死を別つのはただ純粋な“力”であるならば、これら二つは最重要の要素である。しかし、ただそれだけならばその身に宿る力が優れた方が勝つのが絶対不動の真理となる。
 ならば、武の持つ意味とは何だと言うのか。それでは日々の鍛錬によって技芸を開発し、術理を編み出す必要などなかろう。
 だからそれは真理であって真理ではない。真理を覆す真理こそ剣の道、武の道にはあるのである。

 持って生まれた筋力は体格同様に人それぞれ異なる。そして弛まぬ努力で鍛え抜かれた肉体に宿る膂力と速度は、当人の意欲と気力次第で誰でも一定水準を獲得することができる。高みに“至れる”までに続く地道な積み重ねの道程は容易ならざるものであるが、決して踏破できないものではない。
 だが、それは力が“強い”のであって、決して戦闘に“勁い”のではない。身体機能を鍛えただけで勝てるならば、元から膂力と速度に秀でた者が同じく鍛えれば、その者が圧勝してしまうだろう。
 力の“強さ”は基礎であり土台であるが、決してそれが全てではない。蔑ろにするわけではない。ただ、それに比して重きに置くべきものがあった。

 まず挙げられるものが、心胆の剛さ。戦闘において敵手と相対するのでならば、重要度は膂力と速度を発揮する肉体ではなく、それを操る精神力が身体能力より上に来る。
 己を御する胆力すら持ち合わせない輩は、己の力を使いこなすことも出来ずに、容易く敵に己の全てを読み切られ、絶妙の呼吸で弱所を攻められて、相手に己の力を利用されて敗北してしまうだろう。

 また、自身の心技体がいかに相手より優れようと、天の時、地の利、人の和といった戦術・戦略を制する条件を相手により多く、長く抑えられては、やはり敗北は免れない。
 このため機を見、間合いを計り、己が納得する条件を揃えることが、心の在り方以上に重要となり、彼我の情況を把握する能力は戦場に立つ前に備えるべき必須のもの。
 敵味方の正確な情況を把握することが出来なければ、それを為す相手が格下であろうとも悪戦苦闘の末に敗北を喫するだろう。
 まして、己と伍する敵手であるならば、その差は歴然、火を見るより明らかだった。

 そして最も重要且つ至難なのが、己の力、心、そしてそれ以外の躍動する場の流れの全てを見切ること。
 天を見、地を視、人を観、それら以外をも察る識域と眼力。
 人の上に立つ者、人の命を預かる者、人の為に人の命を奪う者にはなくてならない世界の見方だった。

 騎士道を征き、王として君臨し、民を治め続けたアーサー王である彼女は、その眼力を紛れもなく有していた。
 それは生得の魔力放出スキルや、未来予知じみた第六感である直感スキルに比肩する、彼女の生涯を懸けて会得した“勁さ”だった。
 剣の道を弛まぬ歩足でひた趨り、誉れ高い騎士の道をひたすら奔り込み、国と民を守りし王としての道を、ただただ駈け抜けたアルトリア・ペンドラゴンの踏破した一箇の道筋だった。
 その道筋の全てが、一太刀に込められていた。まさに全身全霊の一撃。ブリテンを守護した赤竜の咆吼である。



 対する騎士は双剣二槍という異色の騎士、ランサーことディルムッド・オディナ。
 生前はフィン・マックール率いるフィオナ騎士団最強の武威を持ち、今生こそは無窮の忠誠と騎士道に生きることを望む忠勇烈士であり、武辺の雄でもあった。
 彼には特別な超能の異才など一切ない。セイバーがその身に宿す竜の因子も、そこから来るほぼ無尽蔵の魔力を生み出していた炉心も、その炉心から供給される魔力を活用する能力も、未来予知じみた直感も、彼は何一つ持ち合わせていなかった。
 否、ないとは言わないが、紅顔皓歯の美貌や女性を魅了する泣き黒子など騎士にとって、ましてや武人にとって重要であるはずがない。むしろ生前の非業の原因となったソレはおぞましき呪いですらあった。
 彼が輝く貌以外に持って生まれたのは、武才ただそれのみだった。

 もっとも、その武才は極めて非凡にして類希なものだった。彼は人たるその身一つと、その逸材たる才覚をただひたすらに鍛えた。愚直なまでに鍛え続けた。
 己の見据える先にある理想の騎士像を体現するため、血の滲む修練をくぐり抜け、その果てに自身の肉体をフィオナ騎士団最強と謡われるまでに鍛え上げる。
 それは彼にとって別段苦行ではなかった。彼はひたすら純粋に、ただ童心のままに努力を積み重ねただけであり、実戦でそれをより理想に近づけるべく昇華していっただけである。
 ディルムッド・オディナはいかなる場でも義と徳を掲げる騎士たらんと、地獄のような戦場で己の信じる憧れの騎士を目指して己の“勁さ”を高めていった。

 心身を鍛え、戦況の機微を把握し、戦場の全てを俯瞰する眼力までセイバー同様に会得し、それに加えて彼の保有スキルに列挙されるまでとなった真の心眼スキルは、天然の直感スキルに対抗するまでの戦闘論理として培われている。
 さらに彼の膂力はただの片腕で他の全力と伍する腕力を発揮し、脚力は疾風迅雷、音よりも速い領域で戦場を睥睨し、他者の眼に映らぬ、捉えても惑わされる緩急自在の足捌きで敵陣を駛走した。

 そのランサーが踏み込んだ瞬間、おもむろに左の黄槍〈必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)〉を軽々と宙に放り、両腕より渾身の力をもって右の紅槍〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉を駆使した。
 彼の生前蓄積した膨大な戦闘経験が、セイバーの初太刀と片腕で激突するを愚挙と判じたためである。
 斬撃という動作に応じるのは、ただの一突き。何のスキルもなく鬼神の領域に鍛え抜かれた彼の膂力と踏み込みから生み出す速度によって紅き閃光と化した鋭鋒が、黄金に輝く至高の宝剣の軌跡、その未来線と交わる。そして二戟が一合した。


『――っ』


 互いの両腕を強烈な衝撃が駆け上る。初戟の威力は武具を通って腕を抜け、胴を伝わり踏み込んだ両の脚に浸透する。
 そして衝撃は足下を抜け、アスファルトの大地に四つの蜘蛛の巣状の罅を入れて、刹那の間もなく呆気ないほど簡単に粉砕した。

 眼は口ほどに物を言う、と諺にもある通り、その者の心は瞳の色に表れる。無論、戦場でその色を見抜かれるなど致命の過ち、自殺行為に等しいし、顔色を変えるなど以ての外であろう。戦場を生き抜いた者ならば、瞳孔や瞳色に内心を洩らすはずがない。
 だが、その瞬間において両者は互いに相手の瞳と視線を交錯させ、見えない相手の心中を瞬時に察することに成功した。そして互いに内心で不敵な笑みを浮かべる。
 一流の騎士ならば、先の先を制し、後の先を制し、相手の思考を制し、戦闘の呼吸を制するのが最上手だというのに、彼らは互いの心に触れられようともそれが致命打にならない胆力と実力を兼ね備えていた。むしろ知られようと一向に構わなかった。
 詰まるところ、英霊にまで昇華された武勇を誇る彼らが全力全開で対峙するこの場において、己の意思を知られるという稚児程度の間違いですら、何ら気負う必要のない些末事でしかなかった。
 どころか、相手の戦意の一端を明快に知ることが出来て、己の戦意をさらに鼓舞する結果となる。

 最優と名高い剣のサーヴァントは全力の一撃を受け止められ、その一合からランサーの武の遍歴を垣間見、感動を禁じ得なかった。
 練りに練られ、磨きに磨かれ、研ぎ澄まされた肉体と技術によって天すら衝き穿つと錯覚させる見事な一突きだった。
 聖杯を得るという大願を成就するために戦う争奪戦。その実質は欲に塗れた泥沼の殺し合いに相違ないはずだった。だというのに、その序盤にしてこれほどの猛者と、騎士として堂々と一騎討ちが叶うとは、剣の騎士にとってこの上ない誉れだった。

 一合によって生じると音が大気を震わせる前に両者の極小の短い硬直が同時に解け、余韻に痺れる腕を体ごと引き、間合いを開ける。
 ここでサーヴァントの一合によって粉砕されたアスファルト大地を地響きが伝播し、衝撃波とそれに一拍遅れて生じる颶風と吹き飛ばされる石片、さらに大気の鳴動が合わさり、観客である両者の主の身体を揺るがした。

 だがサーヴァントたちは三者の息を呑む音を意に介す暇も惜しいと、対敵より眼を切ることをしなかった。
 セイバーは後方へ跳躍し、着地した地面を具足で抉り、轍を作りながら下がっていく。
 ランサーは滑るように優雅に後退して距離を開け、宙を回転する黄槍を視界に収めることなく掴み取り、最初の構えに戻る。そして、甘く魅惑的な笑みを浮かべ、その口角を獰猛に吊り上げる。

 言葉は不要。始める前に確かにそう言ったのをセイバーもランサーも忘れたわけではない。ゆえに互いの舌が意味を成す言葉を紡ぐことはない。
 だから、互いに賞賛の意を込めて眼光に煌めかせ、視線を交わすだけである。それだけで両者の意思は明確に相手へと伝わっていた。


 ――セイバーの名に恥じぬ見事な剣戟。眼福だった。


 ――貴殿もランサーの名の通り素晴らしい突きだった。お見それしたぞ。


 得物を操る速度、セイバーならば剣速、ランサーならば槍速と称すべきその速さは両者ほぼ互角であったが、セイバーはサーヴァントとしてのパラメーターで眼前の騎士が自身のそれを凌ぐ値を秘めていると痛感していた。
 筋力に劣る彼我の差は限界以上に放出する魔力と〈風王結界〉で補い、また彼女の霊的直感によって運剣の反応が遅れることはない。
 しかし、地力の差で膂力以上に歴然と上下が生ずるものこそが、機動力(アシ)の差だった。
 ランサーのクラスには最速の英霊が招かれると謂われるが、この第四次聖杯戦争で召喚されたディルムッド・オディナの敏捷値A++という数値は過去最高、歴代槍兵最速の判定値なのである。


 ――主の差に救われたか。もしセイバーが生前通りの剛力を発揮していれば、ともすれば先の一合、槍ごと両断されていたかもしれんな。最優のクラスで招かれたのは、断じて伊達ではない。


 知名度とマスターの実力。この二つの要素がある以上、サーヴァントはまず十全に生前の能力を発揮することができない。それは聖杯戦争の知識のある者ならば自明の理だろう。
 しかし、この四回目の戦争において、聖杯より令呪を授かったケイネス・エルメロイ・アーチボルトは別格だった。時計塔のロードたちの口端に昇る一説に依れば、魔術協会でも彼のバルトメロイの次なる力量を備えるとまで称され、あながち間違いではない実力を秘めるのがロード・エルメロイたる彼である。

 令呪を宿したケイネスはサーヴァントを召喚する前に令呪を持てる知識と技量、機知によって徹底的に解析を図る。魔術協会の最高学府でも最高峰の位置に至った術者であるケイネスは、その術式から聖杯戦争のサーヴァントシステムを熟知することとなり、術式に干渉して様々な改竄を行うことに成功した。
 マスターの権限を二つに分けることで二人分の供給と実力でパラメーター判定を誤魔化し、知名度補正は召喚地を優先して冬木市でも補正が継続するべく調整した。
 さらにマスターの透視力によって不可視であるはずのサーヴァントの霊体状態や、マスターとサーヴァントの距離が至近であれば彼等を結ぶ経路(パス)の視認すら可能とした。
 いかに優れたシステムであろうと、それが人の手によって編まれた代物であるならば、それを編み直すのもまた人の手である。

 こうして、歴代全サーヴァント中最速の英霊としてランサーは現界したのだった。
 それは偏に彼のマスターの功績であろう。無論、その速さは生前のランサーが培った努力の賜物であるが、その生前の身体能力を聖杯戦争のサーヴァントの身に与えたのはケイネスの発想とそれを実現する技術によるものだった。
 ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナは誇張ではなく十全に生前の身体能力を発揮することができる現状を誇らしく思う。敬服する主の偉功の結果、今の彼の速度があるのだから。
 そしてその速度は、対峙する騎士王をして戦慄を禁じ得ない、凄まじいまでの疾さだった。

 ただ速いだけだと言えるのかもしれないが、必殺の領域にまで高められた敏捷性と駿足である。これほど単純にして破るのが困難な武器などそうはあるまい。
 この速さに最も効果的な対抗手段は、より速きをもって対するか、自動追尾型の攻撃を放つか、攻撃の命中を理外の法則で確定させるか、思い浮かんでもセイバーのサーヴァントである彼女には実行不可能な手段ばかりであった。
 狭い屋内ならばまだマシかもしれないが、それは相手も条件は同じであろうし、戦場は今、此処であり、決着はこの場で着けなければならない。無い物ねだりは出来なかった。

 セイバーは刃渡りと形状がすでに露見している〈約束された勝利の剣〉を露わにしたまま〈風王結界〉を加速材として纏わせると青眼に構え、裂帛の気勢を剣身に漲らせた。
 ステータスが相手より下回っていようとも、能力値の多寡が勝敗の全てを左右するわけではない。己の業で、この聖剣で、必ずや勝利を掴み取る。何より、背後に控えるアイリスフィールの覚悟に応えるためにも、この場で無様を晒すわけにはいかなかった。
 これほどの騎士ならば、初戦の勝利を彩るに最上級の勲となろう。斃し、勝利の栄光をアイリスフィールに捧げる。

 そしてランサーもセイバー同様、眼前の騎士王が主に捧げる首級として望むべくもないアタリであることを実感し、より勝利への執念を燃え滾らせる。
 互いに相手の力量を認め、その首級の価値が己と同等であると定めていた。
 時空を超越してこれほどの相手と、主のためという大義を掲げた騎士として決闘することが叶うとは、ランサーが英霊の座で悲願した望み以上の境遇だった。
 そう、彼の望みは半分どころか、願いのほぼ全てがすでに叶っていた。理想の主君たらんと在り続けるケイネスを主と戴くまでで、全てが満たされていた。そして、主の槍として戦場で戦える誉れは至上の歓びとしてランサーの胸の内で咲き誇っていた。
 ならば、己の願いを早々に叶えてくれたケイネスのために槍働きをするのは、至極当然のことである。勝利を捧げ、主の恩義に報いる。
 そのために対峙する剣のサーヴァントは障碍であり、同時に得難い好敵手だった。


 ――俺も剣を抜くか? いや、不覚にもランサーとして現界した以上、ケイネス様の槍として何処まで通じるのか試してもみたいが……。


 聖杯が何をもってディルムッド・オディナをセイバーとしなかったのか。枠を先に取られたなどというのは水掛け論でしかない。仮に運命とやらが彼をケイネスの槍と定めたのであれば、せめてその槍で剣の英霊となった眼前のセイバーに一撃を与えてみるのも一興だろうか。剣を抜くのはその後でも遅くはない。しかし――
 ランサーは主のための決闘でありながら、それを愉しもうとする己を度し難く思う。だが、難敵を相手に自身の術技の全てを披露したいという思いは否定できない彼の本心だった。そう、それこそが武人の本懐。決闘の場に立つ騎士の望みだった。
 そんなランサーの心中をパスを通じて敏感に察知したケイネスの言葉が届く。


【好きなようにしたまえ。この決闘に勝つのは君だ。ならその過程を愉しむぐらいの余裕を見せて、ソラウを安心させてやってほしい】


 ランサーは振り向かず、背に受ける真摯な二対の視線を感じ取り、その片方に自身を案じた淡い意心が込められていることに気付く。こちらは間違いなく彼を慕うソラウの視線だった。
 そして、主であるケイネスの視線に一切の危惧や案じる意のないことに気付く。それは生前に味方の全てが彼の背に向けたものと一致していた。揺るぎない信頼によって勝利を確信した双眸。
 言葉よりもその視線の方がランサーの琴線を掻き鳴らした。ケイネスに認められたと自惚れてしまうのも無理はなかった。槍を構える両の掌に喜びの感情が表れ、握る力が自然増していた。
 そして主のお墨付きで槍兵として拘泥して挑戦する我が侭を許諾され、槍に闘気が漲った。


【ケイネス様、あなたという方は……真に、私には過ぎた主ですっ】


【戦場の武功で返してくれればいいさ。我が無二の騎士よ――私はこれまでの君の忠節ぶりからその赤心をもはや一片たりとも疑ってはいない。だから主として命じる。やるならばとことんやって、勝って来るがいいっ!】


【――御意っ!!】


 ランサーは残像すら霞む速度で疾走し、紅と黄の二条の閃光を携えて、攻勢に討って出た。





 ケイネスの横でソラウは愛する騎士の戦う様を見守っていた。もっとも、常人の視認できる速度を凌駕して余りある瀑布のごとき槍と剣の応酬では、箱入り娘である彼女に戦況が解ろうはずもない。
 それはケイネスをしても同様で、二戟目移行の連撃から一合一合は繚乱に咲き乱れる無数の花弁のごとくセイバーとランサーの間、ややセイバー寄りの空間に舞い散るのを視るに止まっている。
 この期に及んでサーヴァントと視覚共有をするのはランサーへの侮辱でしかないし、仮に視覚を共有したとしても、戦闘の視覚情報量は時計塔屈指の魔術師であるケイネスでも脳が処理し切れない膨大なものである。それを無心で処理することが可能なある種の畸形――それも英霊と同じ視点など害でしかない。
 ケイネスとソラウはただランサーの主として、己たちのサーヴァントの勝利でこの戦いが幕を下ろすのを待ち侘びていた。

 しかし幕は開けたばかり。英雄同士が奏でる戦場音楽は止まるところを知らず、猛烈な槍筋と剣筋は幾十幾百幾千と合戟され、刃鳴りの音が奏でられる度に大気を震わし、地響きを起こす。
 両者の距離は開くことなくセイバーは前へ前へとより近間を得るために間合いを詰め、ランサーは横に躱すを由とせず、攻守ともに縦方向に移動する敵手の勇猛さを賞賛した。
 セイバーは〈風王結界〉を完全に運剣の加速に徹せさせ、透明化による視覚妨害も、風切り音と気流を乱す聴覚・触覚阻害も何一つ行わなかった。

 なるほど。最初に名乗ろうと名乗らなかろうとも結果は変わらない。そう悟る。
 ランサーの紅槍は魔を断つ超能を秘めているため〈風王結界〉による剣の隠蔽など無駄でしかなく、どのみち〈風王結界〉を十全に活用しなければ勝利をもぎ取るのが困難な強敵、正体を秘して打ち勝とうなど甘い考えだったのだ。あの槍の前ではただの一合で真名を看破されていただろう。
 ならばランサーのマスターが銀の霧で戦場を覆い隠さなくとも結果は変わらない。変わらないのならば、騎士として名乗り合っての堂々たる決闘というのは、極めて有り難いものだった。
 どうせ曝かれるならば、事前に宣言する方が好ましいに決まっている。それに互いに主を戴き対等の騎士として迷い無く剣を振るえる方がより戦意が弾み、延いては勝利をもたらす最大の要素としてセイバーの剣の冴えを研ぎ澄ますこととなる。

 セイバーは繰り出される無数にすら見える二条の槍を一本の剣と甲冑の装甲で弾いていく。紅槍は剣で弾き、黄槍は剣が間に合わなければ甲冑で。
 現状、鎧を素通しに彼女の身を穿つ〈破魔の紅薔薇〉も不治の呪いを持つ〈必滅の黄薔薇〉も、厄介極まりない宝具だった。
 その宝具をランサーは最優のクラスであるセイバー以上の膂力で駆使し、巧みに緩急を付けて二槍の連携でセイバーを翻弄する。

 セイバーは油断も躊躇も焦りもなく、片腕を犠牲に槍と動きを封じ、一太刀浴びせるべきか思案し、すぐに却下する。
 ここでランサーを斃すのは彼女の中で決定事項だが、それは相手も同様のはずだった。ランサーの主従の態度から不治の傷を負わせてから敢えて離脱するような姑息な真似などしないと思われる。
 そのため黄槍だろうと紅槍だろうと一撃を敢えて受け入れることで、ランサーへの攻撃の機を作るのは悪い考えではないかもしれない。

 だが、そんな胸算用をするにはランサーの挙動は速すぎるのだ。攻撃を受け入れ、カウンターでこちらの攻撃を繰り出す前に槍を手放されては傷の負い損であるし、何よりディルムッド・オディナは剣の腕こそ本領である。下賜された剣がただの剣でないのはセイバーは勿論のこと、アイリスフィールの眼をもってしても容易に見て取れていた。
 加え、ただの剣をサーヴァントに渡すはずがない。そして、ディルムッド・オディナがランサーとして現界した以上、宝具に双剣が登録されなかったのだという正答に行き着く。
 ならば現在ランサーが装備する双剣とは一体――。可能性は低いが絶対ではない考えがセイバーの主従に思い浮かぶ。
 順当に思考すれば双剣の正体は、納剣状態でも洩れ出るその神秘の格からランサーの生前の愛剣であろうと判じて間違いはないはずだ。
 だが、内一本は死因となった魔猪に砕かれたはずである。複製品か、それに類する模造品であろうか。抜かれれば解るだろうが、彼女たちの考えが当たっていれば、槍と同様に厄介な能力を秘めている可能性が高かった。
 ならば窮地の場では封じられた槍などあっさりと手放して抜剣することは想像に難くない。腕を犠牲にするなどという後ろ向きな戦術は槍を使われている限り愚挙でしかないだろう。
 そうとなれば小賢しい駆け引きなど捨て去り、ただ己の全てを懸けて剣を振るうだけである。

 セイバーは一太刀一太刀に己の生きた時間と存在を込めて振るい、暴威の域で迫る二槍に対する。
 ランサーも一突き一突きに己の生涯と存在を込めて放ち、いっそう苛烈に攻め立てる。
 互いの全存在を懸けた必殺の嵐が、相手の急所に炸裂せんと宙を趨り、互いにそれをさせじと迎撃を繰り返した。攻撃こそ最大の防御と攻め手を弛めずに刃が交わる。刃は音速を呆気ないほど簡単に突破して大気を切り裂き、空気と湿気による減速ですらもどかしく、またものともせずに剣と槍の速度は一合を重ねるごとに増していった。

 手数も膂力も凌駕して、闘気と術技が拮抗する。両者の英雄の伯仲する業前は、自然当人たち以外の周囲に災害のごとき破壊を撒き散らしていた。
 すでに周囲は銀の霧が覆う中を限定して、現代の戦争による効率的火力の災禍に見舞われた直後ような、瓦礫の散乱する廃墟と化していた。
 アスファルトとコンクリートの地面は無数の大蛇がのたくったような複雑怪奇な轍を無数に描き、左右に配されていたコンテナは無惨にも千々に千切れて崩壊している。
 ほとんど変わりがないのは互いの主が立つ場のみ。それ以外は戦塵と破片が舞う危険地帯となっていた。







 ――ふむ。やはり来たか。だが邪魔はさせんよ。丁重に持てなそうじゃないか。無粋な暗殺者たちよ。


 ケイネスは懐に収める魔導器から霧の外の情況を伝達され、短く明快な指示を周囲に配した礼装の全てに命じた。ただ一言、「殺せ」と。







 衛宮切嗣は機械のような虚ろな瞳に幾ばくか焦躁の色を滲ませていた。
 一般的な――つまりは大多数という意味で――魔術師は、神秘を操る魔術に固執する。そのために現代技術への警戒を怠り、切嗣は手に入る限りの最新鋭の兵器を活用することで虚を作り隙を突き、あっさりと魔術師たちを始末していった。
 彼が殺してきた中には、少数だがそうした手段をものともしない常軌を逸した魔術師も存在しており、そうした相手でさえ魔術使いの業と秘術を用いて尽く屠ってきたのだ。
 セイバーのマスターである切嗣は、弟子の位置付けとなる久宇舞弥を伴い、セイバーとアイリスフィールを囮に陰から影へその身を移しながら、聖杯戦争に参加する他のマスターを暗殺する戦略を企てた。
 そのため彼女たちの前に冬木の地に入り、道具を取り揃え、今こうして二人のいる戦場に辿り着いていたのだが、ここで一つの誤算が生じてしまう。

 ランサーに随伴していたマスターの大掛かりな魔術の行使によって、戦場の様子を知ることができなくなってしまったのだ。
 突然地面から湧き出すように発生した水銀の霧は流体操作によって内と外を隔てる壁を構築し、その維持を続けていた。
 霧は暗視装置や熱感知装置の一切を無効化し、外から中の様子を窺うことができない。不規則に連続する地響きから、中ではサーヴァント同士が今もなお戦っているのであろうが、霧の中からは何一つ音が洩れない。発信機の信号すら拾うこともできず、大地を除いて戦場は完全に外界と分断されていた。

 切嗣は霧が魔術の産物であることを鑑み、霧に起源弾を撃つか暫し迷う。迷う理由は、戦闘中にマスターがこのような規模の結界を張るだろうか? という疑問のためである。
 もう一人の随伴者が張っている可能性もなきにしもあらずであるが、戦闘に使用するために魔力を温存しておきたいというのは当然の考えである。
 ならば、この霧は展開中にも関わらず術式と魔力が独立した礼装や魔導器によって維持されている可能性が高い。
 もし起源弾が術者にフィードバックしないのであれば、下手に起源弾を撃つのは手の内を晒す浪費でしかない。
 対抗策が他の陣営に漏れでもすれば、無駄撃ちどころの損失ではなかった。

 しかし、現状は出し惜しみするを許される情況であろうか? 中ではどんな周到な罠が待ち構えているか判ったものではない。セイバーはともかく、中にはアイリスフィールもいるのだ。せめて中の様子を把握するのは焦眉の急であった。
 切嗣はセイバーたちを誘い出し、サーヴァントとともに待機していたランサーのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの人物像を大きく修正する。厄介な獲物から、すこぶる厄介な敵として。
 強い海風に吹かれながら、切嗣はインカムに呼びかける。


「舞弥、アサシンに変化はないか?」


『いまだ何も。こちらの位置も気付かれていません。向こうも侵入に手を焼いていることから、この霧にはサーヴァントの侵入を気取られる仕掛けも施されていると思われます』


「だろうな。でなければさっさと霊体化して侵入しているだろう。ロード・エルメロイか。神童の二つ名は掛け値無しのものだったか」


 ケイネスはサーヴァントの性質から、霧として展開する水銀を錬成する際にエーテルを混ぜ込むことによって、霊体に対するセンサー機能を持たせていた。
 その分コストは跳ね上がったが、アサシンの隠身という危険性を考慮すればコストの度外視は当然の帰結だった。
 さらに粒子状に散布された水銀同士が互いに干渉し合うことで各波長の電磁波の通りを妨害し、魔術師殺しが用いるであろう現代兵器での狙撃にも対応していた。


『――っ!? 切嗣っ、警戒して下さいっ! アサシンが斃されましたっ!』


「――っ!!」


 インカムの向こうで荒々しい物音とともに届いた言葉に五体が反応し、転がるように待機していた場所より離脱する。
 そして、それまで彼がいた場所を水銀の線が通り抜けた。もしその場を脱するのが遅れていれば、切嗣の胴は真っ二つの泣き別れになるところだったであろう。
 融けるように地面に消えてゆく水銀に制圧射撃をしつつ、全速でその場を離れるべく疾駆する。周囲に次々と魔力反応が生じていくのを知覚に拾いながら、切嗣はインカムに向けて怒鳴るように言葉を発する。


「舞弥っ、そっちは無事かっ?」


『……無傷ですが、ライフルを失いました』


「そうか。すぐにその場を離れろ。僕は安全圏を確保すると同時にセイバーの眼を使う」


『――諒解。お気を付けて』


 舞弥との通信を切ると、切嗣は固有時制御で移動速度を倍加させ、アメーバのように蠢く水銀の魔手から逃れるために脱兎のごとく夜の倉庫街を駈け抜けた。







「アサシンが消滅しました。おそらくロード・エルメロイが事前に仕掛けていたトラップが作動したものと思われます」


 冬木教会の地下では、幾筋もの水銀が編み出す単分子カッターによって寸断されたアサシンの最期を味わい、すぐに追加で五体のアサシンを向かわせた綺礼が時臣に報告していた。


『戦場一つを丸ごと覆い隠す上、サーヴァントの侵入を感知する結界に、アサシンとはいえサーヴァントを斃しきるトラップとは、若いながらも凄まじい技量だな。流石はロードの一角』


「如何しますか導師。アサシン一体を潜り込ませますか?」


 謡うように魔導器から賞賛の言葉が届き、巌のごとく佇む綺礼は師の指示を仰いだ。


『キャスターに露見したことを考えると、アサシンの出し惜しみは誤謬かもしれないな。だが、まだ早い。この一戦は見送るとしよう。だが監視は継続してくれ』


 綺礼は師の命に従い監視を継続し、霧の結界が展開する前に視認したセイバーのマスターであろう女性の容姿を思い返す。
 アインツベルンは衛宮切嗣をマスターとして投入すると時臣も綺礼も予想していたが、結果は見た限り、再びホムンクルスがマスターとなったようである。であるのならば、衛宮切嗣は不参加なのか?
 否である。まだ冬木の地で確認するに至っていないが、綺礼は確信していた。あの報告書から感じた衛宮切嗣という人物像が間違いでないのならば、アインツベルンのサーヴァントが初戦を飾っている情況で、魔術師殺しが戦場である冬木の地に入っていないはずがないと。その手口からサーヴァントの戦闘の裏で暗躍し、敵対するマスターを尽く葬る腹積もりだろう。
 マスターかどうかは定かではないが、必ず綺礼の元へ現れる時が来るはずである。その時を渇望して胸を焦がし、綺礼はアサシン五体による監視態勢の下、球形に倉庫街に張られた銀色の霧を注視し続けた。







「ほっほぉ。ベアトリスよ、お主の言う通りセイバーとランサーの戦舞は酒の肴に持ってこいだわ。余の血も滾ろうというものよ」


 マスターであるベアトリスの視覚を共有することで、ライダーとして現界した征服王イスカンダルはセイバーとランサーの一騎討ちを観覧しつつ、すでに十本目となる酒瓶を飲み干した。
 冬木大橋のアーチの頂上で、そんな豪放磊落を絵に描いたように観戦するライダーの隣では、電気毛布とバッテリーで暖を取るベアトリス・クロフォードが、「でしょうでしょうっ!」とその眼で拝むリアル聖杯戦争にはしゃぎつつも、「あぁっるぇ~? なんかケイネスさん原作とかーなーりー違くね? これってバタフライ効果?」と胸の内で疑問を募らせていた。

 サーヴァント六騎が同時召喚されたあの日から、ベアトリスはライダーに現代の娯楽を供給する傍ら、せっせと冬木市内に放った使い魔を通して情報収集に徹し、概ね原作通りであると結論づけた。
 ベアトリスの征服王召喚の尊い犠牲となったウェイバーは諦めの悪いことにキャスターを召喚したらしく、お山の奥に陣地を構えていることまで確認済みである。
 凡才が頑張るなぁ、と観測者特有の上から目線で感想を抱く辺り、ベアトリス――今のベアトリスの主人格は、まだこの世界で生きる実感が薄いのかもしれない。

 ベアトリス・クロフォードが今の人格に目覚めたのは十年近く前になる。代替わりの特殊な儀式の副作用で前の人格が奥へと引っ込み、逆に奥底に抑圧されていた今の彼女の自我が主導権を握ることとなるのだった。
 脳内の記憶ではなく“記録”を閲覧したところ、母親はアーチボルト家に引き取られる前に死亡、と言うか母親が亡くなったためにアーチボルト家に引き取られたとされる。
 また、アーチボルト家には秘していたが、ベアトリスの母の血筋は宝石翁の弟子の家系で、完成間近まで至っていたらしい。
 もっとも、母の死とともに全ては失われてしまっているので「なにその死亡フラグ」と億劫な心持ちとなる。
 ベアトリスとしては「宝石剣欲しかったなぁ」ぐらいにしか感慨はないが、それらの記録を洩らす危険性は熟知していたため、記録から引き出した魔術によって魔術師たちに知られたら危うい情報は全てガード済みである。

 ベアトリスは金だけもって綺麗サッパリ魔術と縁を切り、どこぞの封印指定の人形師のように日本で静かに隠棲しとうかとも思ったのだが、吸血鬼や魔術師が普通に存在する世界で平穏もクソもあるわけがなく、名門の血統に加えて卓抜した回路の本数と構造を宿すことから、ある程度以上の護身の術を得ないと安心なんてとてもできなかった。
 アーチボルト家の一員となっていた時期もあり、原作キャラであるケイネスの義妹というポジションを得ていた記録も閲覧したため、護身の武器の最たるモノとして思い浮かんだのが聖杯戦争で召喚されるサーヴァントである。
 ベアトリスはクロフォード家で魔術の研鑽と聖杯戦争への準備をこなしつつ、さらに自身の生きた時代よりも過去なので株や投資でクロフォード家の資産を百倍になるまで運用し、莫大な富を築き上げていた。中身の人格は残念なことになったが、当主としての力量は衰えることなく健在だった。

 実家での準備を概ね終わらせると、ベアトリスは自身の容姿の雰囲気を誤魔化すべく変装し、偽名を使って時計塔に潜り込む。
 そして、ケイネスやソラウ、ウェイバーなどの原作キャラを遠目に眺めるなど時計塔ライフをエンジョイしながら、何とか良い聖遺物が手に入らないものかと思案に明け暮れる日々を送った。
 『stay nigth』・『hollow ataraxia』ならランサーことクランの猛犬クー・フーリン、『ZERO』ならライダーこと征服王イスカンダル、『EXTRA』ならアサシンこと拳聖李書文と、以上三人が男の趣味的な意味で彼女の理想だった。生涯サーヴァントの戦闘能力で守って貰いたいという打算も込みで、英霊の妻となるべくベアトリスは邁進する。

 だが、早々彼等の縁の品が手に入るはずもなく、表の世界で金に飽かせてオークション会場や博物館を転々としてみたが、目当ての聖遺物を手に入れることはできなかった。
 触媒なしで召喚など自殺行為も甚だしい。青髭の例もあるし、魂の性質が似通ったという曖昧なファクターでは、どんな地雷サーヴァントが出てくるか判ったものではない。そういう意味ではベアトリスは自身の存在を全く信じていなかった。
 安全性を考慮すると、原作で登場し人格を事前に知っているサーヴァントを召喚するに限るのだが、アルゴー船の破片だとか、弓聖のクロスボウだとか、あまりアテにならない聖遺物ばかりしか手に入らない。下手に裏切りの魔女など召喚しようものなら、いろいろな意味で人生が詰んでしまう。

 やはり征服王の聖遺物を奪取するに限る。そうと決めたベアトリスは入念にケイネス宛の荷に眼を光らせて狙っていたのだが、結果はウェイバーの幸運が勝り、先に持ち逃げされてしまう。
 彼女は後を追うように冬木の地に足を踏み入れ、召喚間際にウェイバーをブッ飛ばし、見事聖遺物を奪取してベアトリスは征服王イスカンダルの召喚に成功した。
 そしてその夜の内にサーヴァントとベッドインし、甲斐甲斐しく女として世話を焼いて日々を過ごし、初戦のこの日を迎えるに至った。

 ライダーにはすでに未来情報を持っていることを打ち明けていたのだが、事前に全てを知るのを無粋と断じ、気になった時に任意の情報をライダーが訊ね、ベアトリスがそれに答えるという形に落ち着いていた。
 すでにライダーに渡した情報は、

・ アーチャーの正体
・ アサシンの切り札
・ セイバーの正体
・ ランサーの正体

 の四つ。
 上二つは遠坂邸での茶番劇を一緒に観戦した時に、下二つは現在も彼女の視界の向こうで激突するセイバーとランサーの観戦を始めた時にそれぞれ訊ねられ、さくっと情報を献じていた。

 肉眼では銀の霧に覆われる戦場だが、外の人は性能面でケイネスを圧倒するベアトリスの身である。遠見の魔導器の視界を経由して霧の結界を維持する魔術式に干渉し、中を覗くことにさしたる労力を必要としなかった。
 戦場を斜め上の視点で眺望しながら、やはりベアトリスは原作との違いに意識が傾く。

 ベアトリスは己がイレギュラーであることを知っている。記録にも曖昧な情報しか残っていなかったが、本来この肉体はアーチボルト家に入る前に死んでいたほどの大怪我を負っていたらしい。傷は残ってないが、魔術で精査すればダンプカーに一度潰されたような痕跡が発見できる。よく助かったものである。
 それゆえ、本来の正史ではアーチボルト家に引き取られることもなく、普通に死んでいたのだと予想される。自動的にベアトリスという要素によって、彼女と親しくしていたケイネスの内面が変化している可能性は大だった。
 しかし、時計塔で眺めていた限り、原作通りの傲慢でいけ好かない青びょうたんだったはずなのである。その認識を裏切る眼下のケイネスはなんというか、まるで別人である。「なにあのイケメン?」と我が眼を疑ったほどである。
 これはおかしい。
 身を隠すことをせず、ソラウと一緒に観戦している。
 これもおかしい。
 ソラウがランサーに向ける視線は完全に惚の字なのにも関わらずケイネスが嫉妬していない。
 これだっておかしい。
 戦場を覆う銀の霧。解析結果は気配遮断したアサシンですら侵入を感知する優れものだった。
 これも特におかしい。
 ランサーが最初っから二槍の封を解いてるは、地味系のランサーがセイバーを圧倒するは、原作にはない帯剣までしている。
 もう、絶対におかしいだろう。なんだこれ。

 ベアトリスの知る原作知識はもしかして、あまり役に立たないのではないだろうか? ここに来て聖杯戦争に参加したのはかなり危ない橋だったのではないか、という思いが脳裏を過ぎる。
 しかし、そうした血の迷いは一瞬で終わる。ベアトリスは過ぎたことはしょうがないとさっぱり諦めた。
 すでに自分は征服王の女なのだ。今さら「やっぱりやめました」と逃げ出すのは女の沽券に関わるし、一緒に過ごしてカリスマAスキルに当てられたのか、本気で心酔している部分も自覚していた。
 原作のウェイバーが惚れ込むのも無理はない剛胆ぶりである。イス×ウェイ本は間違っていなかったのだ。


「……いかんなぁ。これはいかん」


 ライダーの思案げな唸り声に、ベアトリスは意識をセイバーとランサー戦に引き戻した。そして絶句する。どうやら考えに気を取られている内に情況がさらに未知のものへと変化していたようだ。あまりの内容に血の気が引くほどに。
 ベアトリスとライダーの遠望する先の向こうでは、双剣を装備したランサーがどうやったのかセイバーに深手を負わせているのだ。そのことから、やはりあの双剣も宝具に相違ない。彼女の知る並行未来世界でヘラクレスとの初戦で受けたような重傷をセイバーは負っていた。
 二人どもども臣下に加えたい征服王なら、せめて一度はスカウトしないと気が済まないのだろう。すでに巨体はマントを翻して立ち上がっており、見上げる形でベアトリスが問い掛ける。


「早々に勝負が着きそうですけど……やっぱり往っちゃうんですよねえ?」


「おぅ、判っておるな。ならば征くぞベアトリス、戦支度だっ!!」


 ベアトリスの反応で説明の手間が省けたのか、ライダーはさっさと腰の剣を抜き放ち、虚空を切り裂く一斬を振り抜いた。
 その斬撃によって何も無い宙に一本の線が生じ、そこからベアトリスをして馬鹿げた魔力を無造作に吐き出しつつライダーの宝具〈神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)〉が現界する。
 ライダーとベアトリスは一秒だって惜しいとばかりに冬木大橋のアーチから戦車の御者台に飛び移り、いまだ銀の霧の晴れない倉庫街へ空中を爆走した。


皆様お久しぶりDEATH; 風邪が治らないは五月病だは、プロットを変更させずにキャス子の粗い設定をいじってたりしてたら、何時の間にかこんなに期間が開いてしまいました。申し訳ございません。
キリが良いのでライダー乱入前に切りましたが、次回は五騎揃い踏みとなります。そこからがまた長いのですが……;

※キャス子の陣地作成スキルをA-に変更、感想板で挙がった指摘を取り入れて「アインツベルンの術」「赤いあくまの術」「聖杯からの知識」の総合的な力量で判定されたと設定を変えました。プロットには変更はないのでこのまま突っ走ってしまいます。
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