日本産ミヤマクワガタの型についての知見(野生個体と飼育個体)

日本産のミヤマクワガタには3つの型があります。写真は上から順に同じ筑波産の♀の子を同じ環境で飼って得られた飼育品のサト型・ヤマ型・エゾ型です。野生の♀から採卵したため、残念ながら♂親の姿はわかりません。

サト型(フジ型)は大アゴの第一内歯が第三内歯より長く、先端の二叉がはっきりしません。

ヤマ型(基本型)は第一内歯と第三内歯がほぼ同じ長さで、先端の二叉がややはっきりしています。

エゾ型は第一内歯が第三内歯より短く、先端の二叉はもっとも良く発達しています。

と言っても区別出来るのは♂の大アゴだけで、♀では区別出来ません。ただし外国産オオクワガタやヒラタクワガタの生体輸入リスクを探るため、雑種を作る実験を国立環境研究所で行った範囲では、♂の体型は♀親を通じても半分くらい子に遺伝する事がわかっていますので、♀もこの3つの型を発現させる遺伝子を持っている可能性も否定出来ません。

ミヤマクワガタの♂に見られる3つの型は亜種に至る遺伝子が変化して種が分化しようとしている過程なのか、単に幼虫が育つ時の環境で変わるのか良く分からない発現型です。 

またこの型は、♂の体長に、あまり左右されずに発現し、最小型から最大型まで、ちゃんと3つの型が見られます。ただし傾向としてエゾ型>ヤマ型>サト型の順に、野生では最大サイズが大きい様です。

今までつくばの国立環境研究所の協力の下、3つの型の子を25℃・23℃・20℃・16℃の恒温環境で5年ほど飼って来ました。最初は20℃でも寒いかな?と思っていたら、一番大きく育つのは16℃くらいである事が分かって来ました。ただしこの温度だと成虫になるまで2年かかります。反対に最初に実験した25℃固定では、1匹も羽化まで幼虫を生かしておけませんでした。23℃でも羽化不全と言う奇形が 
多発します。つまりミヤマクワガタは環境温度が23℃以下でないと、奇形による死亡が増える様な、暑がりの虫だったのです。 

これは20℃恒温で飼い、1年1化で羽化したサト型の個体ですが、この♂親はエゾ型でした。

この様に、♂親の型がそのまま遺伝する事は無く、また初令の後期や亜終令幼虫から温度をそろえて飼育しても、発現型はそろわないため、孵化直後の幼虫がさらされる温度が発現型を決定する可能性も残されています。つまり発現型の原因は未だに良く分かりません。つくばの飼育では、最初どの型の♂親の子を飼っても23℃で幼虫を飼育すると全てサト型になりました。16℃では2年近くかかってエゾ型が羽化しました。ところが筑波山産の野生個体の子は、20℃で飼ってもエゾ型になる個体が出ました。 さらに同じ飼育環境からサト型もヤマ型も羽化して来ました。



野生のミヤマクワガタは平地にサト型が棲み、低山地にヤマ型が棲み、標高1000m付近ではエゾ型が多くなります。同時に北海道産はエゾ型が多いです。これだけ見ると、環境温度の差が感じられますが、それが幼虫の環境のせいか、地域に適応した型がその地に棲んでいて、遺伝子も違うのかはっきりしません。

また、寒冷な場所で採集したエゾ型の子を20℃で飼ってもサト型しかでませんでしたが、元々温暖な場所で採集した野生個体の子は、20℃固定でもエゾ型がでることがあります。この事から「親より涼しい場所で飼うと型がエゾ型になり、親より暑い場所で飼うとサト型になる」と言う可能性もあります。 

この様にミヤマクワガタでは、蛹の時から、サト型の♂はそれにふさわしい大アゴを持っています。つまりミヤマクワガタの型は幼虫が孵化してから前蛹までの間に決まってしまうようなのですが、前蛹の保管温度をいじっても、有意の差は出ませんでした。



実は、このミヤマクワガタの発現型の謎を調べる研究は、僕が高校の頃から、断続的に続けているのですが、未だに結論が出ません。近年は温暖化の影響か、北海道でもサト型が増え、反対に本州では上に示した様にサト型とエゾ型が入り乱れている低山地もあります。基本的に同じ林道沿いを山を登りながら採集すると、より標高が高くなるに従い、サト→ヤマ→エゾ型と言うふうに採集出来る個体が変化するのですが、同所的に生きた状態で別の型が一緒に見つかる例もあるのです。

今年は、人工飼育で育てたそれぞれの成虫の子と、野生個体の子を、同じ環境、すなわち20℃と16℃恒温で飼って比較してみようと考えています。でも発現型の理由が分かる頃には、温暖化がすすみ、日本のミヤマクワガタは以前とは違う生態になってしまうのではないかと、不安に思う事しばしです・・・ 

皆さんのお家の近くのミヤマクワガタはどんな形をしていますか?その標高は? 
なにか気づかれたら、なんでも良いので教えて下さい。

ミヤマクワガタの採集へ ミヤマクワガタの飼育へ


ご注意:このWEBサイトの情報は、テキスト・画像・その他すべてのデータの著作権は以下の著作権者にあります。情報の転載、データの流用は必ず著作権者の許可を得て行ってください。またこのサイトは基本的にリンクフリーですが、容量・サイトの中立性の問題などのため、こちらからはリンクを当面おことわりいたします。

著作権情報:copy right by Hiroshi Kojima
最終更新日 : 2005/10/15 .