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バカテスの二次創作が禁止された事により、一度作ってみたかったので投稿しちゃいました…
どうぞよろしくお願いします♪
千夜の章前編 : 自由落下
プロローグ
こちこちとした乾いた音。

彼女の耳に届くのは、そんな時計の針の響きだけだった。

虚ろな瞳が、黒く重い世界の中を泳いでいる。

その少女は闇の中にいる。
とろん、とした意識の中、視界はとても重かった。

「眠い……」


闇の淵へと引きずり込まれるような感覚。
一切の光が届かない少女の部屋の中に、目覚まし時計の蓄光ランプだけがぼぅ、と優しく揺らいでいる。

針はもうすぐ12時を指そうとしていた。

「……終わるよ」


そう、もうすぐ終わる。


「最後なんだから、しっかりやってくれよ。
目覚まし君……」

何度も繰り返す朝を、思えばコイツに起こされていたな、と少女は感慨にふける。
起きる事ではなく、眠りに着くために目覚まし時計を使おうとしているのだ。

「こんな事思いつくなんて、世界広しと言えど私しかいないよね」

ふふ——。
少女は暗闇の中ほくそ笑む。
目覚ましから灯る緑色の光が、少女の瞳を怪しく踊らせていた。


——もちろんヒントはあったのだけど。

「あれ……おかしいな……?」

ベッド横の机に目を向けた少女は、そのヒントが無くなっている事に気がついた。


(まあ……もうどうだっていい、そんなの)


「どうせ私は……もうすぐ死ぬのだから」

睡眠薬では死ねないと気がついたのは、つい一月ほど前のことだった。
診療内科をはしごしてこっそり貯めたソレは、少女に重い頭痛だけをプレゼントした。

一昔前に比べて薬はしっかりと、自殺志願者をあざ笑うかのように安全になっていたのだ。

その後、少女は死ぬことについて少し、真剣に考え始めた。
図書館に通い詰めて分かったことは死ぬには3万錠も必要、という途方も無い結果だった。

——その前に、胃が破裂しちゃうね——。
少女は肩をがっくりと落とし、薬学辞典を睨み付けた事を思い出す。


眠るように、綺麗に消え去りたい。
それが唯一つ少女の望み。

ベッドの横にあるコンセントは少し細工がなされ、そこからニクロム線が目覚まし時計に延びている。
そして目覚まし時計からも二本、黄金色のヒゲが彼女へと延びていた。

糊の効いた制服を、少しまくってみる。
何重にも肌に巻きついたオレンジの線は黄色く輝き、咲き誇った向日葵の丘を想起させた。

「これで……準備……完……了」

遺書は……用意していない。
心のどこかに、この世界の未練があるようだ。

しかし、もう襲い……。
過剰摂取した睡眠薬のせいで、頭は鉛が詰まっているかのように重かった。

大丈夫。
後は時間がくれば、全て終わる……。

眠ったままで、全てが終わるんだ……。

意識はとても薄かった。
壊れた人形のように重い身体を横たえ、


少女はゆっくりと——。





——瞳を閉じた。



————
——





五月の終わりにしては、肌寒い夕暮れだった。

かび臭い階段の踊り場に夕日が差し込み、全てを赤く支配している。

ガチャン——。

屋上へとつながる扉は、ノブを回すだけで勢いよく弾け飛んだ。

ごぅっ——という、外の世界へ押し出されるような風圧。
両足で踏ん張ることもできず、オレは……一面の赤い世界へと連れ出されたのであった。

(あまり踏み入れたことがなかったよな、屋上って…)

そのせいか、屋上という空間は、激しい風でオレを拒んでいる。

(まったく、貯水槽の点検なんか引き受けるんじゃなかった…)

屋上よりも一段高い所にある、大きな水槽に目をやる。
もとよりアレによじのぼって蓋を開ける気などは無く、ただ配水管に吊るしてあるノートにチェックをつけるだけのつもりだった。


薄暗い水槽の水を眺めて、何が楽しいというのか…、真面目に点検しているやつなんかいないよな…

襟元を押さえながら、はたはたとはためくノートに足を進める。

……ノートまではもう一歩だったのだが、


異変はその時に起きた——。

バタバタという音と、ノートの愉快な踊りが突然、止んだのだ。

あれだけ強かった風は、気まぐれの猫のように、くるりと向きを変え……姿を消していた。

しん……と辺りは静まり返り、ただ夜の訪れを待つように冷たさだけが残る。

静けさと、消えかかるような夕焼けだけが——この世界の全てに思えた。

長く伸びる自分の影……それはまるで得体の知れない怪物のようだ。

(何だよ…この不安で落ち着かない気持ちは……)




「台無し......」

夕焼けの屋上に、声が響いた。



「台無しだと言っているのよ」



どうやらその声は——オレに向けられているみたいだ



「そこのあなた、聞こえてるの?」

日はすでに落ちかかり、遠くの山にそってオレンジの線を描いていた。

………よく見ると女子生徒のようだ
しかし……屋上に来た時は誰もいなかったはずだ

「私、今ここから飛び降りるつもりだったの。一人でひっそりと、この世から消えるつもりだった」

……何を言ってるんだコイツは?

「でもね、そこに邪魔が入ってしまったの。あなたに見つかったせいで台無しよ、どう責任とってくれるつもり?」

どうやらオレは今、人生最大級の難癖をつけられているみたいだ。
少女の唇の端は持ち上がっていて、不敵な笑みをたたえている


———本気で怒っているのでは無いみたいだ
けど......変なことを言っていなかったか?
飛び降りる、とか

5月も終わりとはいえ変な頭の人が増える頃だし、自分の聞き間違えなだけかもしれない
だが、この人の真意を確認する必要がある。

オレは黒髪をなびかせる少女のすぐ眼前に陣取り———

「——何よ?」

「てやっ!!」

訝しそうにこっちを見ているその人の頬をおもいっきり引っ張ってみた——

「ちょっと———っ!!何するのっ!!」

当然の如く怒られた
すぐさま腕は掴まれ、すごんだ彼女の顔が間近に迫る


「いやーすまん、恐らく夢だろうから目を覚ましたくて——」

「それなら......自分のを引っ張りなさいよ!!」

至極最もな怒り方だった

「暖かい季節になったら夢と現実の区別がつかなくなって屋上から飛び降りたらしたら大変だろう?」

と、とりあえず反論してみる

「それは——私が、という事?」

「いや——自分が。何度か夢の中でそうなるし」

と答えると、再び少女の表情が変わった

少女はオレを頭のてっぺんからつま先まで眺めていた

「あなたが中国の思想家には——見えないけど......?」


そこで孔子様方々に比べられる理由は分からないが、
否定はできないな。

「——だって、頭がとても悪そうなんですもの——」

いま分かった。おいコラ…!お前はそれを言いたかったんだな?
……と、こんな事で言い返しても仕方が無いか……。



目の前で飛び降りられても困るし、あなたが頭の変な人だともっと困る——。
そういう事を——オブラートに包んで彼女に言うと、相手も少し納得したようだった。

「へえー、あなたは私が——頭の変な人だと思ったわけね」

そうにしか見えなかったけど、あえて口には出さない。

「アナタ——ねぇ......」

口には出していなかったはずだけど、相手からはゲンナリしたような言葉が漏れる。オレの思っていた事に気づいたのか…?

「もっと表情を隠す事を覚えなさい、それじゃあこっちに筒抜けなのよ?私は相手が思っている事くらい、簡単に分かるんだから——」

少女は不気味な笑みを浮かべた。

「そう——例え相手が、死んでいてもね——」

オカシナな事を言う人だった。
死んだ人間の考えている事が......分かるだって?
オレはもう一度少女を観察した——
長い黒髪は腰まで落ち、真紅の瞳が夕焼けに照らされて輝いている

少女の身体を構成する一番大切な部分——顔は、あまり表情が表に出ないからだろうか?神秘的なベールに包まれているようだった


……面白い。
彼女がオレの表情を読み取れるというなら、試してみようじゃねえか。

あえて口は動かさず、表情だけで会話してみる事にした。




「——ふふ、あなたって——面白い人ね」

再び、少女の口元が釣り上がる
神秘的な笑みは氷のように冷たく、ただ——日の沈む世界に同調しているかのようだった

「いいわ、あなたの会話に付き合ってあげる。私の自殺の邪魔したんですもの、日が沈むまで相手をして貰うわよ——」

......会話?
オレは唇を全く動かしていない

一方的な語りかけが、果たして会話として成立するのだろうか?
そして——日はすでにその体躯の半分以上を、永遠と続く稜線の向こうへ沈めていた

暗闇が周囲を支配するまで、十分と時間はかからないだろう
なんでこの人は、日没にこだわるのだろう?

「ねえ——君——。
人と話をしている時は、視線を相手から逸らしちゃダメよ。」

この人は一体......?

「夕日、綺麗でしょ?
だから、それが消えるまで——だって——。あまりにも綺麗で、死にたくなるもの」

ああ、そういう事か
だからこの人は、夕日に......背を向けているのか…

けど不思議だ

人の心が読めるという驚きより、もっと内側から沸いてくる感情がある
自分でもこの感情が何だか分からなかったが......


「——ふふ、あなたは本当に、面白い人——」

——まただ、彼女が微笑む顔を見た時に湧き上がる感情

何故だかオレは、この人の事をもっと知りたいと思うのだ

そして——この人が頭のオカシイ人でも、自殺志願者でもない事も分かる
根拠なんて全くないけど、この人の表情を見ていると——不思議とそう感じるんだ


「もうすぐ——日が沈むわ。......本当はね、ココには探しものをしに来ていたの。
でも——やっぱり無かったみたい......」

探しもの?
何だ、そういう事なら安心したぜ。
こういう性格の人が屋上に上がるのは、下校途中の生徒に唾でも吐きかけるのかとてっきり——



「そんなにスーパーの食肉売り場に並べられたいのかしら?」

どうやら本当に思った事が伝わるようだ。

ずいぶんと残酷な返答をいただく。

けどまぁ……

このように表情を作って遊んでいれば、この人も日没までは退屈しないだろう


「私の事はいいのよ。あなたも、何か用があってここに来たんでしょう?
用事、私の分はもう済んだから。後はあなたの仕事を片付けるといいわ」

(……オレは何も仕事とは一言も言っていない…どうして分かったんだ……?)


——それじゃあね、と優雅に彼女は去っていく

日没までには少し、早かった。

「......なんだったんだ、あいつ?」

一人になると急に冷静になり、色々と考え込んでしまう

そもそも、あの人何しに来たんだろう——?
そう考えながら、オレは底冷えのする屋上を後にした。
氷のような笑顔のあの人に、また会えるかを考えながら——。


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