芥川龍之介が自殺した1927年(昭和2年)当時はプロレタリア文学全盛の時代でした。
プロレタリア文学ウィキペディアより
<引用開始>
プロレタリア文学(プロレタリアぶんがく)とは、1920年代から1930年代前半にかけて流行した文学で、個人主義的な文学を否定し、社会主義思想や共産主義思想と結びついた文学である。戦前の日本文学の潮流の一つ。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%96%87%E5%AD%A6
日本共産党の創始者の宮本顕治がプロレタリア文学の観点から芥川龍之介の文学を批評したが、芥川龍之介は資本主義や資本主義上の道徳を否定することばをいくつも残しています。
◇正義とは武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば敵にも味方にも買われるものである。
◇われわれを支配する道徳は、資本主義に毒された封建時代の道徳である。われわれはほとんど損害のほかに、なんの恩恵も浴していない。
◇道徳の与えた損害は完全なる良心の麻痺である
◇強者は道徳を躊躇するであろう。弱者はまた道徳に愛撫されるだろう。道徳の損害を受けるのは、つねに強弱の中間者である。
作家という職業人には他者より「繊細で細い部分」と「推進的で強い部分」の両方が必要不可欠と私は考えます。
特に名作家である芥川龍之介は、誰よりも繊細で、敏感で、それでいて好奇心旺盛だったのでしょう。
私はクラフトマン時代から、自分が生み出したオリジナル作品の評判は気になりました。高く評価してくれた人も、評価してくれなかった人もいましたが、作品への評価が自分自身への大きな対価、つまり「心の食べ物」になるのです。
また、芥川龍之介はこのようなことばも残しています。
◇個人は神の前に懺悔した。今人は社会の前にざんげしている。
◇人生はつねに複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは暴力よりほかにあるはずはない。
◇私は不幸にも知っている。時には嘘によるほかは語られぬ真実もあることを。
◇あらゆる社交はおのずから虚偽を必要とする
◇阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じている
◇懐疑主義者もひとつの信念の上に、疑うことを疑わぬ という信念の上に立つたものである。
懐疑主義ウィキペディアより
懐疑主義(かいぎしゅぎ、米: skepticism、英: scepticism)とは、基本的原理・認識に対して、その普遍性・客観性を吟味し、根拠のないあらゆるドクサ(独断)を排除しようとする主義である。懐疑論(かいぎろん)とも呼ばれる。これに対して、絶対的な明証性をもつとされる基本的原理(ドグマ)を根底におき、そこから世界の構造を明らかにしようとする立場を独断主義(独:Dogmatismus)ないし独断論という。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%90%E7%96%91%E4%B8%BB%E7%BE%A9
「考えることは疑うことから始まる」パスカル
精神がとぎすまされた芥川龍之介は、疑い、考え、作品にして世の中を変えていきたいと独り闘っていたのでしょう。
詳しい記録は残されていませんが、忌憚ない政治的発言を繰り返す芥川龍之介は、マスメディアから相当なバッシングを受けていた可能性が高いと判断します。なぜならば悪魔と契約したファウストのように、報道商品を売るために悪魔の手先になり、善人をやっつけるのがマスメディアの特性であるからです。
私もそうでしたが「心に一点の曇りもない人間」がバッシングされるのです。
それは、この一言から読み取れます。
◇輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たとひピストルを用ふる代わりに新聞の記事を用ひたとしても
キリスト教の教えの問答にこのようなものがあります。
「なぜ、善人が攻撃を受けるのですか」
「答えは、その質問の中にあります。悪魔の敵である善人だから攻撃されるのです」
繊細な芥川龍之介は、作品や論評に対する新聞記事という評価を「私刑(メディアリンチ)」と受け取り、心を傷つけていたのでしょう。
卑怯な読売新聞により突然背後から切りつけられ、数日間張り込まれるというメディアリンチ経験を持つ私には、芥川龍之介の筆舌に尽くし難いその苦しみがよく理解できます。読者の方には理解できないでしょう。病気になり自殺を考える身体になってしまったその苦しみを。
最終回は芥川龍之介の病気の面から自殺の原因を探ってみます。