2012年07月18日

植繊機と木質ペレットと竹ペレットの可能性 これを読めば明るくなる

植繊機とはその名の通り植物を繊維にすることができる極めてすぐれた加工機械だ。神戸製鋼の子会社の神鋼造機が特許を有しているが、うわさによると「絶対に中国に輸出しない」そうである。理由は簡単、コピーをつくられる可能性が極めて高いからだ。

植繊機
http://www.shinko-zoki.co.jp/syokusen/bamboo/index.html

次にこちらのページをご覧いただきたい。
<引用開始>
木質ペレットは、県内の森林を育成する段階で伐採された間伐材を柱や板材に加工する際に発生する、かんな屑やおが屑などを高圧で押し固めて円筒形に成形した燃料です。大きさや形など規格が均一で、乾燥もしているため、液体燃料のように備蓄、取扱が容易という利点を有する優れた燃料です。家庭などの暖房用ペレットストーブの燃料として、また、農業用ビニールハウスや・温浴施設などの暖房加温用ペレットボイラーの燃料として利用されています。
<中略>
竹ペレットは、竹材に豆腐粕などの食品加工残渣を混ぜ、圧縮によりペレット化した飼料です。この竹ペレットは、一般的に利用されている乾草(アルファルファヘイキューブ)と栄養価がほぼ同等で、乳牛など反芻動物の家畜飼料として利用しても、乳質や健康に問題がないと、県畜産試験場からのデータが出されております。
<引用終了>
http://www.emk.jp/katudou/web-mori/no25/web-mori-bio.html

上記ホームページでは「暖房用」と限定しているが、木質ペレットでの集中冷暖房システムは何年も前に開発されている。

◆間伐材ペレットで集中冷暖房  (日本経済新聞掲載) 2007.10.02
全国初の民間住宅の集中冷暖房として、安成工務店が建設中の戸建て住宅団地「安岡エコタウン」が日本経済新聞に取り上げられました。
http://www.yasunari.co.jp/news/detail/index.php?id=1444

2007年の報道である。時の政府はバイオマスの方向性を国民が共有してしまうことは石油離れ、アメリカ離れにつながり、既得権益集団にたたかれるのを恐れ、この領域の発展に「待った」をかけていたのであろうか。

竹に話を戻す。植繊機により繊維状に加工された竹は動物が消化できる「食料」となる。同じイネ科の植物のサトウキビを植繊機で加工してパウダーにすれば、立派な「食料」となる。沖縄や南の国に住む人々にとっては朗報のはずだ。

さらに、である。筆者はピラミッド・ストーンによる防災強化を提唱しているが、同サイズ1m×1m×1mのプランターを世界標準にすべきと提唱していきたい。東京ディズニーランドのワールドバザール内の樹木は大型プランターに植えられたものだ。1立方メートルサイズとその4倍サイズのプランターをつくり、先進国でトウモロコシやサトウキビの種をまき、あるいは実のなる木を植樹しアフガニスタンなどに届けるのだ。

そのプランターはそのまま「沃土」として以後も活用され、農業の発展につながるはずだ。植繊機により、食生活も豊かになるに違いない。

「植繊機」「木質ペレット」「竹ペレット」の可能性について書いてきたが、特に孟宗竹などの竹(竹の子の皮が落ちないものは笹という)は基本的には欧米には存在しない。無価値のように思われている竹であるが、食料にもなるし、竹エキスのような良性のホルモンとして人間の身体をサビさせない働きも有している。日本の「竹力」が世界を圧巻する日が来ると筆者は信じて疑わない。
posted by M.NAKAMURA at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「スイッチオン」なきこの国の危機管理

2年前に記し、民主党議員に送ったレポートを公開します。東日本大震災で政府があわてざるを得ないことが理解いただけるでしょう。もちろん、このようなふがいない政治体制を築き上げたのは自民党ですが。

平成22年7月16日
民主党衆議院議員様

スイッチオン」なきこの国の危機管理レポートに関する件


表題の件、下記の通り提案致します。



1.はじめに
今年も集中豪雨による犠牲者が多数発生してしまいました。幸い口蹄疫問題は終焉を迎えようとしていますが、宮崎県の東国原知事の為政者としての資質に欠ける言行などを見るにつけ、この国は、危機管理の「イロハ」が全く分かっていないという結論に至りました。

この国の行政は、国民の生命と財産を守るという最低限の仕事ができないのです。このままでは、同じことを未来永劫繰り返します。再び尊い命が「人災」により奪われ続けることになります。
私は、これから本格的な台風シーズンを迎えるに当たり、現場の関係者が現状より効果的な防災態勢を構築できるための私にしかできない助言をしたいと考えます。

2.何をどうするか(目的)
2010年7月豪雨災害の現地調査に基づく調査レポートを取りまとめ、現行法の範囲内で集中豪雨や台風における人的被害防止対策において「できる」、あるいは「すべき」ことを自治体に助言します。そうすることで、自治体と住民の防災意識を高め、土砂災害やゲリラ豪雨による被害者数を限りなくゼロに近づけます。

3.どのようにして、目的を達成するか
ハイレベルな防災活動を行っている地域(三重県尾鷲市など)の防災対策をベンチマークするとともに、梅雨時に被災地域が実施した防災活動を詳細に調査し、その調査結果を、シンプルな報告書にまとめ、「こうすれば、こうなる」という単純化されたマニュアルに落とし込み、インターネットを用いて必要とする自治体に配布することにより、国民の生命と財産を守るという行政組織の目的を達成します。

4.前提となる考え方
@「新しい公共」が原点
ここに詳細を記す必要はないと思われますが、誰にも出番と役割があり、人と人、人と社会が支え合って友愛社会を築き上げるための「新しい公共」というOSの上に、防災対策という命を守る「安全装置」が機能することは言うまでもありません。また、そうしないと、真の防災対策などあり得ないのです。

A「スイッチオン」なき危機管理の恐怖
多くの犠牲者が出たにもかかわらず、いつ、誰が、どのような状況の時に、誰に対して危機管理の「スイッチオン」したのか、あるいはしなかったのが、全く見えてきません。国家の指揮命令系統の常道から言えば、危機管理の「スイッチオン」をするのは気象庁ではありません。それは、アメリカの「カトリーナ」来襲時の事実経過を見れば明らかです。
「スイッチオン」とは、自治体の防災担当者が、予め決められた手順で与えられた仕事を始めるということではありません。パソコンという問題解決システムが立ち上がるように、国や自治体という問題解決システムの連携を立ち上げるために、スイッチをオンするのです。
日本国憲法には、「全ての公務員は一部の奉仕者ではない」と明記されていますが、例えば東村山市であるならば、東村山市に危機管理の必要性が生じた時、東村山市の全ての公務員や特別職の公務員、あるいは、東京都や近隣都市の公務員までもが「スイッチオン」しなくてはならないのです。公務員は、国民から給料をいただいているのです。「防災は私の仕事ではありません」は、日本国憲法違反と心得なくてはならないのです。

B大震災と同様に避難は「長期戦」と考えなくてはならない
集中豪雨や台風は、時間とともに襲来し、時間とともに去っていきます。大震災は反対です。瞬時にやってきて、震災後長い間被害者を苦しめ続けます。その事実は、避難所が明らかにしています。大震災が発生した場合、事後に長く避難所生活が続くことになりますが、学校の体育館で苦しむ被災者の映像は、ある意味国民を思考停止にしてしまいます。なぜならば、「自然に対する人間の無力さ」を映像は強烈に国民にインプットしてしまうからです。
このような映像を目にした国民は、土砂災害等の危機に置いても避難所に向かうことをためらいます。もちろん、命の方が大切なことは理解していてもためらうのです。この住民の心理に、事前避難の徹底の難しさの原因が隠されているのです。
この度の豪雨被害でも、襲来前に避難していれば、多くの人命が救えたのです。大震災後のように数カ月の避難所生活を考えれば、数日から数週間の避難所生活は決して長くはないのです。
後に記しますが、決定権者から避難を指示されたら、「喜んで避難する常識」をこれからつくっていくことが、災害犠牲者を生み出さないために何よりも大切なことなのです。

C自治体は困っている
総論的に言えば、この国は、国全体を統治する知恵とノウハウを有していません。そのために、自治体はどうして良いか分からずに右往左往しているというのが実情なのです。宮崎県の口蹄疫問題で、隣接する県が急きょ対応マニュアルを作成したと報じられていますが、防災に関しても同様であり、経験したことのない災害や、予測できにくい災害に対しては全く無防備なのです。まるで、プロ野球チームがキャンプをしないで本番に突入していくかのようです。自治体も万全な準備をしたいにも、国の無策に対して困り切っているというのが現実であると勘案されます。

D住民も困っている
「自己責任論」をインプットされ続けた日本人は、助けてもらうことにある種の罪悪感を持ってしまっています。情報を一方的に押し付けるテレビにからしか情報を得ることができない多くの住民は、今やそれが当り前であると考えるに至りました。つまり、テレビにより、住民同士のつながりが分断されてしまったのです。さらに、防災に責任を持つべく自治体も、テレビ同様に、防災アナウンスなどの極めて楽な情報伝達手法である「マス・コミュニケーション」に走り続けました。その結果住民は、自らが仕入れた情報に基づく自らの判断で、自らの行動を決定しなくてはならなくなってしまったのです。
繰り返しますが、国にも自治体にも一人ひとりの住民の生命と財産を守るノウハウがないのです。理論と経験に裏打ちされた危機管理マニュアルがないのです。そのために今年も多くの人命が失われたのです。
不幸なのは国民なのです。そのことを大前提にしないと国家による危機管理は到底成し遂げられないのです。

E1時間100ミリ降雨時代に突入
今年は、1時間当たりの降雨量に関するこれまでの気象庁の観測記録が何度も塗り替えられました。地球温暖化の影響かどうかの議論はともかくとして、現実に起こっている現象に対応できる態勢を構築することを前提にしなくてはならない時代に突入したと強く認識しなくてはならないのです。
新しい危機に対応するためには、これまでの防災の専門家がいくら机上で議論を重ねても、一向にらちが明かないことは明白です。日本では、これまで失敗から学ぶ「失敗学」というディズニー・テーマパークと180度異なる再発防止理論がまかり通ってきました。失敗学は、カーナビゲーションシステムで言えば、「フィードバック」に当たります。つまり、間違いを正しい道に戻すという理論です。一方、ディズニー・テーマパークの事故等の防止策は「フィードフォアード」です。「この先に危険が待ち受けています」と警鐘を鳴らすのであり、いかに、先を予測するかを重要視しています。
日本にも、「カトリーナ」級の台風が来る時代になることを前提とし、「フィードフォアード」の考えから災害防止策を講じることが、何よりも大事なのです。

5.現地調査で到達するレポートの結論
@総論
襲来型の災害による人的被害の防止は、大震災よりはるかに容易であると考えなくてはなりません。しかしながら、この国では1995年の阪神淡路大震災後、毎年発生する水害被害者数の累計の方が震災による被害者数の累計を上回っていると考えられます。これは明らかに人災であることを物語っています。
レポートでは、レベルの高い防災システムを持つ自治体と、今回の人的被害の発生から学んだシンプルな防災マニュアルに即し、自治体の責任者たちによる事前の図上訓練と関係者による実地訓練を定期的に行うことを柱とした、標準的防災態勢の構築により、台風や集中豪雨による人的被害をゼロにすることが可能であることを提言いたします。
また、民主党政権が目指す「新しい公共」、つまり地域を生活共同体として、共同でリスク処理にあたることで、互いを支え合い、守りあう仕組みを築き上げることこそが、災害に強いまちをつくる唯一の方策であることが当該レポートの「まとめ」となることをここに明示しておきます。

A具体策
■「スイッチオン」態勢の確立
◆「スイッチオン」は、入梅前
もちろん、防災に関しては年間を通して警戒していなくてはなりませんが、1時間100ミリ降雨時代を迎え、入梅前から豪雨災害に対する備えをしておくことで、被害が想定される事態になってもこれまで以上に冷静沈着な対応ができるようになります。言ってみれば、自治体も良い意味で「楽」ができるということなのです。

◆レベル別防災対策の徹底
入梅直前を警戒レベル1としたり、梅雨前線の北上を警戒レベル2としたりして必要な防災活動を行います。警戒レベルを決定するのは、都道府県の首長です。レベル別防災対策を正しく運用するための絶対条件は「取り返しのつかないこと」を明確化することです。つまり、「行政が住民の生命を守れなかった」ということが「取り返しのつかないこと」であり、家屋の損壊や道路の分断などは、「取り返しがつく」ことと、防災関係者は強く認識しなくてはならないのです。
行政の全ての防災活動は「住民の生命を守る」という一点に的を絞るべきであり、レベル別防災対策一覧表の提示は、この行政の最大の使命を成し遂げる最大の武具になると確信します。

■避難所の「居心地」「安心感」「信頼感」の向上
◆「居心地」の向上
中越沖地震の避難所の映像が目に焼き付いている国民は多いことでしょう。誰もができれば避難所生活を1日でも送りたくないと考えるのではないでしょうか。その理由は明白です。「居心地」が極めて悪いからです。その要因は、第一にプライベートの場がないということです。当たり前ですが、人間は「寝床」という外部から守られた空間を必要とする生物なのです。その空間がなければ、ストレスがたまりその人らしからぬ心理状態に陥るのです。
もう一つは、娯楽性です。テレビを見たりパソコンをしたりする時間は健常者にとって必要不可欠なのです。病院の大部屋にもカーテンで仕切られた個室があります。例え、数日間であっても、避難所の「居心地」は、避難を選択するかしないかの大きな要因であることを行政は肝に銘じなくてはならないのです。

◆「安心感」と「信頼感」の向上
避難所に行けば、誰かとつながり誰かに助けられるという「安心感」と「信頼感」を非難した住民に与えなくてはなりません。台風時や豪雨災害時には「田んぼを見に行って行方不明」、「近くの用水路に流されて行方不明」という被害者が必ず発生します。例え田んぼがどうなっていても、手の打ちようがないにもかかわらず、住民は見に行ってしまうのです。
避難所に、消防や自治体関係者が待機し、説得するとともに、安全上問題なければ、一緒になって見に行くくらいの住民サービスは行うべきです。そうすることで、住民の「安心感」と行政への「信頼感」は格段に高まるのです。

◆モックアップづくりと避難所バリューアップの実地訓練
先の話になりますが、国は、一般的避難所のモックアップ(模型、CGでも可)を、広く国民に示し、避難所生活は、ハイチの避難民のように多大な苦痛と生命に対する脅威を与えるものではないということを、これから避難を余儀なくされる可能性のある国民に伝えるべきであると考えます。その上で、日本の森林から産出された「国家備蓄材」を使った簡易的な個室数十室を、ボランティアがほんの数時間でつくり上げる訓練兼パフォーマンスを全国各地で行うべきであると考えます。
こうすることにより、国民であることの自信と誇り、連帯感が生まれてくるに違いがないのです。

■コミュニケーション・チャンネルの多様化
◆インディビデュアル・コミュニケーション
テレビや防災放送といったマス・コミュニケーションではなく、レベル別防災対策に基づき、人から人へ警戒情報を伝えることが何より大切です。その理由は、人は命令や指示では決して「その気」にならないからです。ディズニー・テーマパークのように「あなたのことが心配ですから」と考え危険行為を止めてもらおうと心から働きかけないと、人は動機付かないのです。私は、この法則を「玄倉川の法則」と呼びたいと思います。
1999年の夏、神奈川県の玄倉川で川の中州に取り残された18人が流され、子どもを含む13人が犠牲になりました。テレビでもその瞬間の映像が放映されました。この悲惨な事故を忘れられない人は多いことでしょう。
この事故では、増水警報も流され、警察官も撤収するよう呼びかけていました。それでも、その声は被害者には届かなかったのです。なぜでしょうか。その答えは、避難するように呼び掛けた警察官には、相手を「家族のようなとても大切な人(VIP)」と思う気持ちがなかったために、被害者たちに「私たちを心配してくれている」とは伝わらなかったからなのです。
任務ではなく、「あなたのことが本当に心配なのです」という心根が人を避難させるのです。
これが、「玄倉川の法則」なのです。

◆あらゆるチャンネルを活用
人を動機づけるのは、同じ共同体に暮らす人々です。無機質な防災放送ではなく、知人や地域の関係者が、「玄倉川の法則」に則り、人を避難所に向かわせたり、不用意に屋外に出たりしないように自制させたりするのです。そのためには、自治体、警察、消防署、地域の消防、商店街、郵便局、青年会議所、老人会、理容店などの住民パワーが一体になることです。
このように、地域を生活共同体として、共同でリスク処理にあたることで、互いを支え合い、守りあう仕組みを築き上げることこそが、災害に強いまちをつくる唯一の方策と言えるのです。

■警察と自衛隊の機動力向上
◆警察
警戒レベル1の段階から、自治体や消防と連携し、最悪の事態を想定したシミュレーションを行うべきです。明石市の花火大会歩道橋事故では、明石市や兵庫県警が事故を事前に予測できたと問われています。住民の生命を守るためには、住民が期待する以上の緊張感を持っていただきたいと考えます。

◆自衛隊
法的な問題は残りますが、自衛隊は被災後の人命救助だけではなく、災害現場からの「邦人保護」を積極的に行うべきであると思います。警戒レベルがレベル4(人的被害が想定される)の段階で、首長は自衛隊の救援要請を行うよう提言したいと考えます。

■法則の発見
◆アナログからデジタルへ
テレビ報道によりますと、がけ崩れの前に水がしみ出た、異音がしたなどの住民の報告がありますが、この段階で避難しても手遅れの可能性が高いことを認識しなくてはなりません。一方で、がけ崩れの1時間前に大雨が降ったという情報もあります。もちろん、場所により異なるとは思いますが、「ここに、これだけ雨が降ったら、こうなる」というデジタル的な法則を発見し、数値を持って避難行動に移る態勢を構築していく必要があると思います。

◆豪雨被害は「雷」から
豪雨は結局のところ積乱雲がもたらします。そして、その積乱雲の発生は予測できます。到達時間も予測できます。豪雨をもたらす「雲」を分解し、「こうなれば、こうなる、そうなればこのような被害が発生する」という簡素化した法則にまとめ、中学生でも気象上の危機管理が理解できるようにすることにより、住民の必要以上の恐怖感はやわらぎ、より理性的な対応がなされるようになるのです。

6.実効性のある調査レポートを作成
@与党が臨時国会を優勢に進めるために
度重なる水害による人的被害にしても、口蹄疫の初動の遅れやその後の迷走にしても、原因は民主党政権にあるのではありません。この国の都市運営ノウハウの欠如にあるのです。もちろん、過去の政権を批判するだけではいけません。科学的根拠を持って、国民がより安全、安心に暮らせるよう地方行政の手助けをするという姿勢で臨まなくてはならないと思います。
しかしながら、これまで野党の妨害で実績を築くことができなかった民主党政権にとって、何かが「動き出す」という姿勢を国民に見せつけて行くことは大事なことであり、国民も大いに期待していることです。
民主党議員は理論的で人間臭さに欠けるという指摘もあります。私の願いは、民主党の国会議員や地方議員が、生活共同体である地域社会に溶け込み、当該レポートを参考に共に額に汗を流しながら、地域の防災に一体となって取り組んでいただきたいということです。そのために誰が読んでも「その通りだ」というレポートに取りまとめたいと考えております。

A調査時期と調査レポートの提出時期
調査は早い方が良いと考えます。その理由は、誰にでも「あの時こうしていたら」「もっと早く非難していれば」など、「たら、れば」の念があるからにほかなりません。早めの聞き取り調査により、関係者の本音や効果的な防災対策案が示されるのは確実であり、この声を聞かないのは実に「もったいない」ものと考えます。
関係官庁からの報告書(白書?)がいつ出されるのか分かりませんが、民主党は独自の調査を急ぐべきであると私は考えます。
<調査期間>7月下旬より8月中旬
<レポート提出時期>8月下旬

B調査方法など
◆名称は「民主党2010年7月豪雨被害特別調査研究チーム」など。
◆被災地域の民主党議員の事務所の協力があれば、特段のスタッフは不要。
◆仮レポート名「行政が住民の生命を守るためにどうしても手に入れたい防災レポート2110」

C調査費用など
テレビ番組で民主党を貶める発言を繰り返していた複数の政治ジャーナリストが、年間に一人1千万円の官房機密費を受け取っていたという報道がなされました。見返りを求めるという意味ではありませんが、この仕事はスペシャリストにしかできません。事情ご賢察の上、特別なご配慮を賜りますようお願い申し上げます。

7.最後に
私は「群れをなす猫」という言葉を好みます。普段は猫のように身勝手に振舞っていても、個人では倒せない大きな相手が攻撃を仕掛けてきた時に、個体が群れをなして相手に立ち向かうことができたら、こんなに「美的」なことはありません。
民主党の「新しい公共」も、昔ながらのフォークダンスの世界ではなく、「群れをなす猫」的に考えると、若者も、いわゆる「一匹狼」的な生き方をしてきた人も、きっと参加してくれるのではないかと考えます。
防災は、まさにネットワークづくりです。コミュニケーションづくりです。防災上のネットワークやコミュニケーションが、防災にとどまらす、地域の治安、教育、子育てなどのネットワークやコミュニケーションに育って行くに違いないと私は信じて疑いません。

■参考、今後の法則づくりに関して
これを怠ると必ずこうなるという失敗の法則や成功の法則を示して行きたいと考えます。

◆明石市の花火大会歩道橋事故の法則
マーク・トウェインの警句「災いを引き起こすのは知らないことではない。知らないのに知っていると思いこんでいることである」を知らないと尊い人命が失われる。

◆シンドラーエレベーターの法則
「設備は安価で納品し、メンテナンスで設ける」ことは、災いにつながる。
メインシステムに悪影響を与えるサブシステムに安全装置を設置しないと尊い人命が失われる。

◆六本木ヒルズ回転扉死亡事故の法則
大事故につながる小規模な事故を放っておくと、必ず大事故につながる。

◆尼崎JR脱線事故の法則
厳罰では人は動機づかない。厳罰主義は、反対に人を自暴自棄の行動に走らせる。

◆秋葉原連続殺傷事件の法則
人には居場所と役割と労働の対価が必要である。人は、居場所と役割と労働の対価が認められなかったときに自暴自棄の行動に走る。
以上



posted by M.NAKAMURA at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国高速鉄道事故から1年 事故原因を探る

今朝の朝日新聞は昨年7月23日に起きた中国新幹線の衝突脱線事故について報じている。しかしながら世界を震撼させたあの重大事故の原因を探求する記事にはなっていない。

当時、中国新幹線は日本の新幹線技術を「盗用」したという報道がなされていた。筆者もそう思うが、視点が違う。

毎日新聞の記事から引用
<引用開始>
責任者によると、落雷の影響で信号システムが故障し、正常運転していた先行列車に搭載された機器に送られるデータが不安定になったため、列車は規定より低速で運行した。さらに、運行管理センターのデータ収集システムのプログラムソフトに設計上の欠陥があり、この列車の後方区間に発信される信号が赤信号になるべきところ、青信号になったことから自動列車制御装置が機能しなかった。このため、低速で走行していた先行列車に後方から通常速度で運転してきた列車が追突したとしている。
<引用終了>

新幹線のハード面は「盗用」できたとしても、日本が誇る最高の列車制御ソフトウエアは「盗用」できなかったのである。

見出しだけ読めばいいこんな記事もある。

『自主開発』の中国高速鉄道脱線事故に戸惑う日本企業 技術供与メーカー「責任どこまで」
http://sierblog.com/archives/1518244.html

JR東の新幹線システム障害、原因は処理限度値のオーバー
JR東の新幹線運行トラブルを起こしたシステム障害の原因は、ポイント不転換が発端となって必要になった列車のデータ修正がシステムの限度値を超えてしまったためだった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1101/18/news095.html

筆者は、ジェットコースターの制御システムに関し熟知している。その理由は熟知していないとスペース・マウンテンやビックサンダー・マウンテンのスーパーバイザー業務に支障が出るからである。ディズニーランドにはもちろん信頼できるメンテナンスキャストがいるが、運営側のスーパーバイザーはハード、ソフト面で高度な技術論を身につけなくてはならない。これがディズニーランドのすごさであったが、残念ながら経費の問題でスーパーバイザー制度は廃止された。

詳しいことを記しても理解できないと思われる。結論だけ記したい。

◆東京ディズニーランドのジェットコースタータイプのアトラクションの制御ロジックを管理してくれていたのは京三製作所という東海道新幹線(JR東海)の制御システムを確立させたメーカーである。
京三製作所
http://www.kyosan.co.jp/

◆列車制御分野にまで進出した日立、東芝、三菱といった財閥系の大会社は台頭し、日立製作所が東北新幹線の制御システムを勝ち取った(おそらく政治力が働いたのであろう)
◆日立の制御システムは、京三製作所の制御システムと比べて制御ロジック(理論)が極めて貧弱であり、少しの過剰情報によりシステムがダウンしてしまうものであった。
◆中国はこの貧弱な制御システムを「盗用」してしまったために、制御が原因の重大事故が発生した。
◆京三製作所の制御システムを導入した台湾新幹線には重大なトラブルは一件も発生していない。

筆者は「日本は大丈夫、中国は絶対に日本に追いつけない」と申し上げたい。日本人の自信につながることを祈って。
posted by M.NAKAMURA at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

芥川龍之介の自殺の原因@

生誕120年を迎える芥川龍之介は7月24日に服毒自殺しました。自殺の理由は色々と書かれていますが、なぜ自殺しなくてはならなかったのかを私なりに切り口を変えて論じてみたいと思います。
1、キリスト教関係論
2、マスメディアバッシング論
3、精神病論

これらの要因の複合による自殺であることは明白ですが、要因の中身を解き明かせる者は数少ないと思います。

このような名言が残されています。
自分と同じようなトラブルを経験したことがない人から助言を受けてはならない。
Never take the advice of someone who has not had your kind of trouble. 
Sidney J. Harris

芥川龍之介同様、作家である私は、この3つの要因を経験しています。まさに、わたしにしか書けないことであると自負していますが、その評価は読者がそれぞれ判断すれば良いことです。

今日は、クリスチャンとしての視点から芥川龍之介の自殺を捉えてみます。資料が多いので結論から書かせていただきます。

芥川龍之介はクリスチャンの内村鑑三の本を読み、聖書を読みあさったが聖書の全体像が捉えられず悩み、さらに聖書の美しき世界と生きている社会のギャップの大きさに対応できず、他の要因が加わり自殺に至ったというものです。

さて「芥川龍之介 読書家」で検索したところ、以下の記事に出会うことができました。感謝して引用させていただきます。

読書で日暮らし
<引用開始>
 いつか丸善へ行った時など、本を捜している間に夕方になり、終業のベルが店内に鳴り響いた。芥川の前には、選んだ本が既に十五六冊も積まれていた。
 客は静々と帰って行く。店員は客のいなくなったところから、本棚へ白い布を掛けて行った。今や全部掛け終って、芥川の前の本棚だけ残されている外は、ブラインドもおろされ、薄暗い廃墟のような静けさが私たちを取りかこんだ。
 私はいたたまれなかった。しかし、芥川はまだ本から目を放さない。不断はあんなに人の気を兼ねる彼に、こんな一面があるのかと彼の性格のシンにさわったような気がした。
  『鴎外荷風万太郎』小島政二郎
<引用終了>
http://d.hatena.ne.jp/Tsubute/20111120#p1

芥川龍之介の「とぎすまされた」人格を知ることができる一文です。

芥川龍之介は聖書を枕元に置き死んでいきました。「侏儒(しゅ‐じゅ【侏儒/朱儒】1 背丈が並み外れて低い人。こびと。2 見識のない人をあざけっていう語。大辞泉)の言葉」という題名で持論を展開しています。

<引用開始>
自由意志と宿命とに関らず、神と悪魔、美と醜、勇敢と怯懦(きょうだ)、理性と信仰、――その他あらゆる天秤(てんびん)の両端にはこう云う態度をとるべきである。古人はこの態度を中庸と呼んだ。中庸とは英吉利語(イギリスご)の good sense である。わたしの信ずるところによれば、グッドセンスを待たない限り、如何なる幸福も得ることは出来ない。もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁(よう)したり、大寒に団扇(うちわ)を揮(ふる)ったりする痩(や)せ我慢の幸福ばかりである。
<中略>
 天国の民
 天国の民は何よりも先に胃袋や生殖器を持っていない筈(はず)である。
<引用終了>
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/158_15132.html
(3万6千字を超えます、一度に読もうとすると行きづまります。まるで聖書のように・・・)

クリスチャンに与えられた「大宣教命令」は、地獄へ向かう者を救いだすことです。それは、神に従属するか、自分自身の欲望に従属するかの選択です。人間は、アダムとイブがヘビに惑わされ「善と邪悪を知る実」を食べてから、神の従属から離れ、悪魔の「惑わし」に従って邪悪な、地獄へと続く道を歩まされているのです。

まるで知識欲旺盛な大学生のように真理の追究に没頭する芥川龍之介は、クリスチャンである内村鑑三や新渡戸稲造の本を読んでいるに違いありません。

特に、同じ時代を生きクリスチャンのクラーク博士が教えた札幌農学校に学び、アメリカに渡りキリスト教を学んだ内村鑑三の影響は大きかったと思います。

その、内村鑑三は、アメリカのクリスチャンの堕落ぶりを見て、通っていた神学校も止めてしまいます。そして、独自の「無教会主義」を提唱するようになります。

内村鑑三とキェルケゴール 栄光出版 大類雅敏著

<引用開始>
内村は「聖書之研究」(76号「断感」。明治39年6月10日)に、次のように、キェルケゴールに書くに至る。

デンマークの思想家ゼーレン・キルトガート曰く「基督教は解するに最も難き宗教なり、余は斯世に於いて未だ曽て真正の基督信者を見たることなし、然れども解するの難きは其誤謬(ごびゅう)なるの証拠に非ず、一人の基督信者なきは余が信者たり得ざるの理由となすに足らず、余は全世界に一人のなきも独り確実なる基督教の信仰に達せんと欲する」と。
然り、実に然り、極東の日本国に生れし余も、未だ曽て余の理想に合う(かなう)信者一人見しことなしと雖も(いえども)不肖の余の如き者もまた彼れキルケガート氏の言に倣ひ、少くとも日本国に於ける。唯一の基督信者たらんことを求ふ。

<中略>

内村は、キェルケゴールの「ラディアカルな面」に接したことになる。つまり、キェルケゴールの無教会主義的な態度に感動したわけであり、「聖書の研究」に、キェルケゴールの「瞬間」の抄訳をしたほどである。
「瞬間」は、1885年5月に特殊な片面刷の大判紙で、キェルケゴールによって発行された。キェルケゴールの攻撃を公表したものである。この年の10月にかけて9号まで発行された。公認のキリスト教会への侮辱と嘲笑が、ますますグロテスクな調子を帯びた。9号では、「牧師が人食い人種であることを最もいやしい仕方で」証明しようとしている。

牧師は田園の邸宅に、魅力的な昇進への期待を抱いて居心地よく住みついている。彼の妻は丸々とふとり、子供たちもそれに劣らない。しかも、これら全ては、栄光ある者たち、すなわち、救世主、使徒、真理の証人の苦難によるものであり、これこそ、牧師が生計のよりどころとしているものであって、彼らは彼を食い物のにし、それでもって、彼は人生の楽しさにひたりつつ、妻子を養っているのである。彼はこれらの栄光ある者たちを塩づけにして、貯蔵しているのである。「われに従え!」という彼の叫びは無駄である。おそらく、しばらくの間、彼はこの叫びからわが身をかばわなければならないだろう。しかし、年が経つにつれて、彼は非常に無感覚になり、もはや、それは聞こえなくなる。おそらく、彼は自分が「キリストの真の弟子」と呼ばれるのを聞いて、初めはある種の気恥ずかしさを感じるであろう。が、年が経つにつれて、彼は慣れてしまい、自分自身がそれが真実だと思いこむようになる。
こうして彼は死んでいく。人間として可能な限り徹底的に堕落して、そして、真理の証人として葬られるのである。
<引用終了>

私は、日本政府の要望に応じて1年だけ札幌農学校長に就任したクラーク博士が1期生には「bee gentleman」とだけ教え、立派なクリスチャンにしましたが、2期生の内村鑑三とは接点がなかったことが、内村鑑三を「真のキリスト教を知るクリスチャン」にできなかった理由であると考えます。

芥川龍之介はキリスト教に関する本を書いていますが、クラーク博士のような正当なキリスト者の友人をもたなかったことが、「キリスト教とは何だ」と思い悩み、自分で自分の脳を傷つけっていったものと考えられます。

私が以前に通っていた教会にY子さんという若い女性がいました。日曜学校で一緒に聖書を勉強しましたが、聖書を読むことが自らの病気、うつを治すと信じていました。聖書は色鉛筆で真っ赤の状態でしたが、いつからか来なくなりました。うつがさらに悪化したと後に聞きました。

聖書とは何か、この世で誰も「聖書とは〜である」と聖書を丸裸にした人間はいません。もちろん私にもできません。なぜならば、エジプト文明と異なり、シュメール人の記した聖書の世界には、証拠となるものが何一つ残されていないからです。

私は一人のクリスチャンとして「聖書とは〜だ」とは書いていきますが、すべて類推論の世界であり、実証はできません。
芥川龍之介とキリスト教の関係も同様です。聖書は意識的に分かりづらく書かれています。なぜならば、書いたシュメール人(イスラエル家)を近寄りがたい存在にさせるためです。聖書を追求すればするほど、悩みます。特に欧米人と右脳と左脳の働きが異なり、さらに文化的にしなやかな日本人には、聖書の言う「善と邪悪」の区別がつきにくく、まるで迷路に迷い込んだような感覚に陥ってしまうのです。

芥川龍之介は、限りなく高尚な「善」を求めました。しかしながら、聖書は何も答えてくれませんでした。

そして、マスメディアのバッシングや持病である精神の病により、耐えきれなくなりこの世を去ったのです。
享年36歳(満35歳)でした。
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脱原発10万人集会 主権者の「声」をカタチにする方法

普天間問題同様にもうこの火は消えません。しかしながら、従来の方法でいくら「声」を集めても、決して将来の原発ゼロにはつながらないと私は確信しています。

日本人はこれまで「オムニムーバー」に乗せられてきました。「オムニムーバー」とは東京ディズニーランドのホーンテッド・マンションで採用されているライドシステムです。数多くのディズニーのライドシステムの中でこの方式がホーンテッド・マンションに取り入れられた理由は、「見せたいところだけを見せて、見せたくないところは絶対に見えないようにする」という利点があるからです。イメージ的にはベルトコンベアー上の回転するイスに座った(馬の遮眼革のような)目隠しをされた人間が、常に誰かの指示で右を向いたり左を向いたりして進んでいくようなものと捉えてください。

テレビを中心としたマスメディアは、常にこの「オムニムーバー」に国民を載せようとしています。そして、官僚はそれを利用します。

ピーター・ドラッカーは「明日を支配するもの」に以下のように書いています。
<引用開始>
官僚という指導層は、一般に考えられているよりもはるかにしぶとい。不祥事や無能が暴露された後も、長く力を持ち続ける。

日本はこれまで問題の先延ばし戦略で成功してきた。この40年間に解決不能とされていた社会的問題を、問題の解決ではなく、問題の解消によって解決した。
<引用終了>

消えた年金問題など、大きな問題が起きた時、官僚たちは国民を「オムニムーバー」に載せ、見せたいところだけのシーン見せ、都合がいいようにメディアを使いコントロールしていきます。そして、官僚はつぶやくのです、「時が解決してくれるさ」と。まさに、ピーター・ドラッカーのいう問題の解決ではなく、問題の解消(消えてなくなる)を狙っているのです。

私も反省していますが、脱原発10万人集会に集まった人も、集まらなかった人も、これまで「オムニムーバー」に乗せられていたことを省察し、通常の方法では官僚や東電、そしていわゆる「原子力村」のシールド、防御壁は打ち破れないことを知るべきです。

それではそのシールドを打ち破るにはどうしたらいいのでしょうか。簡単です。打ち破るには外部からの実力行使(ゲバルト)ではなく、内部に影響をあたえれば良いのです。つまり、「声」を「知恵」というカタチにすることです。
官僚も東電も自分たちの仕事がなくなること、原発で働く地元民の仕事がなくなることを恐れています。自分に当てはめて考えれば当たり前のことです。
私は、先日も一部提示しましたが、東電も官僚も安心して前向きに取り組める原発ゼロを目指すロードマップを書き上げたいと思います。

2012年06月30日
バックキャスティング手法による脱原発ロードマップづくり
http://dream333.seesaa.net/article/278116074.html

菅直人前首相もロードマップ作りに真剣に取り組んでいます。

脱原発ロードマップ第一次提言を発表
http://n-kan.jp/news/?p=94

全国の脱原発論者の「声」をロードマップ(設計図)というカタチ(形式知)に落としこんでいく、そして「声」を上げるだけではなく、自然エネルギー、再生可能エネルギーづくりに参加していくことで、原子力村の内部に入っていくことができるのです。
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2012年07月16日

C・W・ニコル氏の「エンジン焼き」発想が地球市民を変える

C・W・ニコル氏の著書「アウトドアクッキング」を半年ほど前に読みエンジン焼きを知り「これは使える」と直感しました。
カナダでの話ですが日本でも行っているそうです。

<引用開始>
エンジンの熱で料理を試みたのも、このときだった。上等の肉を大きなかたまりで買い ― ときには、鴨とかカリブーの肉とか、またはクマの肉のこともあったが、あと人数分のパンと手ごろな野菜をそろえ、料理をしかけて四、五時間ドライブしたあと、きれいな川のほとりを選んで道端に車を止める。それからやおら、肉を取り出してのんびりと食事を楽しんだものだった。
<運用終了>

これ以上書きませんが、エンジン熱で料理する、つまり車が熱源となり生ものを加工するという発想は、地球市民の生活を変えてしまう可能性もあります。

日本で考えてみましょう。訳を話し、三菱パジェロのエンジンルームを見せてもらいましたが、エンジン焼きが可能な空間はありませんでした。しかしながら、そのときあることに気付きました。「これからは電気自動車の時代、車がオーブンになる」「エンジン内でなくてもいい、排熱も利用できる」と。

私が考えているのは、生ゴミの問題です。年間11兆円もの食べ物が捨てられていますが、生ゴミは乾燥すれば資源になります。15年後位をめどに、すべての車両に「乾燥機」取りつけ、乾燥して地域の工場に運び、動物や鳥、魚や植物の「えさ」になるペレットに加工するシステムが確立できないか、と本気で考えています。

このエンジン熱料理方を高温多湿な発展途上国に当てはめてみます。この地方は「生ものがすぐに腐る」地方であり、ビーフジャーキーなどの乾燥保存食が作りにくい地域ですが、ドライフルーツも含め、車所有者は保存食の生産者としての副収入が得られるようになるでしょう。「チリも積もれば山となる」です。国家をあげて保存食づくりに励めば、飢餓からの恐怖を感じなくなるに違いありません。

とても良いことを教えてくれたC・W・ニコル氏に感謝申し上げます。
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普天間問題を解決するフラタニティ・テーマパーク


私は日本には強制注入すべきソフトウエアがあると2005年の尼崎JR脱線事故以降発言してきましたが、力不足で中央には届きませんでした。

7月6日
国会事故調の最終報告を笑う
http://dream333.seesaa.net/article/279200941.html

ディズニーランドにあって日本社会にほとんど見受けられないソフトウエアの一つに「シーケンス【sequence】《「シークエンス」とも》1 連続。連続して起こる順序。大辞泉」があります。
目には見えませんが、スイッチをいれるとコンピュータが「何か」をクリアしながら立ち上がっていく仕組みと同じことです。

合意と契約を遵守するアメリカ人は、このシーケンス論に基づいてすべてを進めます。1→2→3→4→5と決めたら絶対にそれを守るのが民主主義と信じて疑いません。筆者もそれが正しいと思っています。

普天間問題も同じです。アメリカ軍再編は1→2→3→4→5とシーケンスされていた(アメリカの国内手続きの完了)のですから、仮に3の段階の辺野古移設を「最低でも県外」などと時の日本の総理大臣が発言したのですから、アメリカ側はさぞや驚いたことでしょう。

もう一つ、ディズニーランドにあって日本にないソフトウエアが「レベル別対応法」です。「アメリカのテロ警戒レベルがレベル3に引き上げられた」というニュースを耳にした人は多いと思います。

普天間基地や嘉手納基地などの臨戦体制の最高レベルを5とします。私にはどうしても想像できませんが、敵国が沖縄や本土、あるいはアメリカの同盟国韓国を攻撃してくるという想定です

つまり、レベル4(敵国が攻めてくるという確実な状況)になるまでは、普天間基地は演習用の基地として存在しているのです。
アメリカをシーケンスを崩さず、合法的に説得する方法はレベル4(もちろんこれはアメリカが判断するのですが)になった瞬間に、現在の普天間基地の機能をそのまま活用できるようにすること保障することです。基地機能は温存され今と変わりませんが、普段は空っぽの状態にしておくことも可能です。オスプレイもり離発着しません。

辺野古になるのか分かりませんが、代替施設完成まで、部隊だけが日本国内や海外、アメリカ本土に仮移転することが望ましいと考えます。そして日米の国益を考えた時、普天間基地を早期に「(仮称)日米友好フラタニティ(友愛)・テーマパーク」と改称し、日米友好の象徴的施設に生まれ変えさせることこそが、沖縄の基地問題を解決させる端緒になると確信します。

まとめてみます。
1.どのようなテーマパークにするか
「基地」から、アメリカの国益を向上させる多機能的な「パーク」にチェンジさせる。

2.「パーク」で何が行われるか
@日米友好の市民交流である「アメリカンサイズ」のフレアマーケットの開催
インディアナ州Shipshewanaで開催される巨大フレアマーケット(1000ブースを超える蚤の市)
を参考に、アメリカ人による手づくキルトやクッキーやアメリカンペドラー(行商人)がつくる木工品などを扱う「フリーマーケット」を広大な「パーク」を使い月に何回か開催する。日米友好が日米同盟の要であるという思考から、出展社であるアメリカ人の日本への渡航費等は、日本の防衛費から念出する。同様に日本の手作り品や伝統工芸品も出展させることにより、日米両国に限らず、東アジア各国から沖縄に数万人規模の観光客を集める。

Aアメリカ商務省が「売りたい」アメリカの商材を展示する見本市を開催
アトランタやシカゴの国際展示場で開催される見本市を参考に、アメリカが売り込みたい商材の見本市を適時開催する。こうすることにより、「(仮称)日米友好フラタニティ(友愛)・テーマパーク」は東アジアにおけるアメリカ商材のショーケースと化す。日本の製品と合わせ、沖縄が日米の東アジアビジネス上の「拠点」となる。

Bアメリカのエンターテイメントを提供
広大な敷地を利用し、日米が協力し一流のエンターテイメントを提供する。「Base」が「Park」に変わることにより、将来的にはアメリカのシンボルともいえる「ディズニー」の協力も得られる可能性が高い。
観光振興券の発行などにより、沖縄は「日本一の観光地」「世界の観光地」になると確信する。

3.残された問題
残された問題はない。建造物はすべて2×4材の簡易建造物であるので一日で元の普天間基地に戻すことができる。
湾岸戦争の際にもイラク軍のクウェート侵攻から多国籍軍による「開戦」までには、日数と段階を経ている。普天間基地も同じである。密約ではなく、正々堂々と「アメリカの警戒レベルが○に達した場合、「(仮称)日米友好フラタニティ(友愛)・テーマパーク」は、条約に基づき、アメリカ軍が機能する状態に○日間で戻す、とアメリカ政府に確約することが肝要である。

ぜひ、こちらのホームページを見てください。筆者が何回も通ったインディアナの巨大フレアマーケットです。

shipshewana flea market
http://www.tradingplaceamerica.com/
amishcountry
http://www.amishcountry.org/leisure/shipshewana-flea-market-auction

日本語版アーミッシュブログ
http://www.albatro.jp/birdyard/photo/amish/index.htm

ここシップシワナには、私が愛する本当のアメリカがあります。プレーンフォーク(素朴、質素)なアーミッシュの人々がいます。両国が「分かり合い」共存共苦していけば、30年後には日本のアメリカ軍基地はなくなり、「(仮称)地球市民フラタニティ(友愛)・テーマパーク」になっているに違いありません。
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2012年07月15日

パンダの死とノミのサーカス


ノミのサーカスと聞いてピンとくる人は少ないと思います。
ノミのサーカスで検索してもどれも正しくありません。南米で行われている(た?)ノミのサーカスとはこういうものです。

お皿の上にノミを入れるとピョンピョンと飛び跳ねるが、お皿からは出ない。

これだけのことです。問題は「ノミがなぜお皿から外へ逃げないのか」という点にあります。その答えはこうです。

「皿に透明のふたをしてノミを放すと、最初は天井にぶつかるまで跳ねるが、ノミは学習し(痛さを覚える)ぶつからないようにピョンピョンと飛び跳ねるようになる」

熱帯魚のアロワナで同様な実験をした人がいます。最初、水槽の中を透明なガラスで仕切っており、後にガラスを外してもアロワナは仕切ってあった向こう側には行こうとしません。ガラスにぶつかった痛さが忘れられないのです。

私は、オリエンタルランド時代、部下に対しノミのサーカスの話をし、組織に飼いならされるなと指導してきました。小さな人間になるなと。

さて、パンダの死とノミのサーカスの話の共通点は何でしょうか。

ノミであっても、古代魚であっても「痛さ」を感じるのです。そして本来の自分の姿を見失ってしまうのです。
パンダも同様に常に「痛さ」を感じていると私は主張したいのです。

だから「観覧させるな」「野生に返せ」などとは言いません。「いたわる」とは「労わる」と書きますが、「痛みを割る」つまり、痛みを分かち合う「痛わる」のほうがより理性的な表現であると思い、今後使用していきます。(以前は「世論」と「輿論」はべつなものでしたが、いつのまにか理性的な「輿論」は使われなくなりました。官僚やマスメディアにとって都合のいい言葉ばかりが残っていく、すべてを疑ってみる必要があります。)

精神病も含めすべての病気は痛みを誰かと共有すると痛みが半分になると言われています。もちをん、私もそうです。
パンダも同じです。妊娠したときから痛みが始まっていると考え、「痛わる」必要があるのです。

ノミのサーカスが教えてくれるもの、それは「痛わる」ことの大切さだったのです。
posted by M.NAKAMURA at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「卵子の老化」の真実と防止策を提示します

今日の朝日新聞朝刊の「声」の欄に「卵子の老化」を知らなかったという33歳の女性からの投稿が掲載されています。

「卵子の老化」による不妊が問題になりつつあり、テレビ番組でもたびたび取り上げられていますと記されています。私はテレビを見ませんのでこの問題を知りませんでした。

「卵子の老化」のメカニズムは放射線でガンになる(極めて確率は低いのですが)のと同じことです。
「老化」とは「酸化」のことです。そして「酸化」とは「サビる」ということです。喫煙や飲酒、ストレスなどにより体内の水の分子が反応し細胞をサビさせる能力を持つ「活性酸素」をつくりだします。つまり、鉄がサビるように、「活性酸素」が人間の体を形成する細胞をサビさせてしまうのです。

「卵子の老化」も同じメカニズムと考えられます。子宮内の卵子がサビていくのです。
では、老化防止方法とは。
一言で言えば、「日本古来の生活習慣に戻す」ことです。
私は以前にこのように記しました。

もうお分かりでしょう。今日の日本民族を健康、健全にする方法を。

そうです。日本民族の本来の姿、健康健全であったころの姿に立ち返れば良いだけです。東洋医学を取り戻せば良いだけなのです。

そして、良性ホルモンを正しく消化吸収する方法さえ手に入れれば、ガンであろうが、PTSDであろうが、すべての病気は完治するのです。そのことを信じる、つまり、「それは正しいからその道を進んでいこうと決意する」「心に願う」ことが、病気にならない体にし、病気を治すのです。
<終了>

6月25日
「ウルトラ人体警備隊」 VS 「本当の自分自身ぶちこわし暴力団」
http://dream333.seesaa.net/article/277206660.html

もちろん、コーヒーを飲むな、ハンバーグを食べるななどとは言いません。残念ながら、西洋医療の押し付けにより日本人は些細な身体の異常を感じるとすぐに病院にいきます。そうではなくて、身近な漢方医を訪ねる方がはるかに効果的です。

竹エキスの良性ホルモン効果(身体のサビ止め)も実証されています。資格を持った漢方医と竹エキスのような身体のサビ止め剤の活用で、「卵子の老化」は確実に防止できると私は確信しています。


<参考サイト>
老化の原因は、活性酸素だった!?
http://www.health.ne.jp/library/3000/w3000498.html
http://www.health.ne.jp/bknumber/2000084.html

活性酸素と過酸化脂質
http://hosinoburanko.web.fc2.com/sub126.html
posted by M.NAKAMURA at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いつくしみ深き友なるイエスは

いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いと とり去りたもう
こころの嘆きを 包まず述べて
などかは下さぬ(おろさぬ) 負える重荷を

二、いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りて憐れむ(あわれむ)
悩みかなしみに 沈めるときも
祈りにこたえて 慰めたまわん

三、いつくしみ深き 友なるイエスは
かわらぬ愛もて 導きたもう
世の友われらを 棄て去るときも
祈りにこたえて 労わり(いたわり)たまわん

私たちクリスチャンにとって神は父であり、カウンセラーでもあります。
イエス・キリストは兄弟であり友でもあるのです。

ところで、キリスト教もイスラム教も旧約聖書を共有していますが、皆さまの中でイスラム教徒が毎日アッラーに祈りを捧げている内容をご存知の方はどれくらいいるでしょうか。

実は「あなた方の上に平安が訪れますように」とお祈りしているのです。日本人の多くは「我が家の平安」「自分の成功」を神仏に祈るだけです。マクロ思想で他人のために祈る、これが宗教観というものなのです。
posted by M.NAKAMURA at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月14日

中国軍高官「沖縄は属国だった」発言とノミのキンタマの8分の1

今日は54歳で死んだ父の誕生日である。生きていれば90歳である。

以前にも書いたが父の祖父【中村家】12代の中村為一郎は明治22年に31歳の若さで元狭山村の初代村長の任に就いている。その後入間郡の郡会議員を四期務め、四期目は郡会議長として実質上の入間郡のトップに君臨した(中央政権下の群長は官選であり、中央から派遣された役人がその任に当たった)

入間郡ウィキペディアより
川越市、所沢市、飯能市、狭山市、入間市、富士見市、坂戸市、鶴ヶ島市、日高市、ふじみ野市
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E9%96%93%E9%83%A1

父は亡くなる前に入間市議を目指していた。温和ではあったが政治色が強く、亡くなるまで「民間行政」ともいえるほどの行動力を示していた。まさに、【中村家】の血統そのものである。

その父は、私に「世界を股に掛ける人間になれ」と常に指導した。私を連れ回し、色々な人たちに会わせてくれた記憶がある。

その父は、私が「せこい」「けちくさい」ことをすると、「ノミノキンタマの8分の1のようなことをするな」と激しく叱った。2歳であった父の父が42歳で亡くなっているので、父親からは【中村家】が何であるか聞いていないが、以前に公開した【中村家】に伝わる褒章状やトロフィーなどから【中村家】の人間は大きな人間にならなくてはならないと自覚したのであろう。

さて、こんなニュースが飛び込んできた。

<引用開始>
沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権問題に絡み、中国国防大学戦略研究所所長の金一南少将が「沖縄は中国の属国だった」との“暴論”を展開していたことが13日までに明らかになった。現役軍高官の発言だけに、波紋を呼びそうだ。

<中略>

 金氏は、日本が1879年以降、「琉球」を強制的に占領し、住民に琉球王室や当時使われていた清国の年号や銅銭を忘れさせるために「沖縄」と改名したと主張。日本の占領を認めるに足る国際条約はないなどと持論を展開した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120714-00000094-san-int

まさに、「はぁー?」としか言いようがない。

幕末に活躍したアメリカ帰りのジョン万次郎の公式ホームページを見て欲しい。

1851年嘉永4年24歳
薩摩藩領の琉球に上陸。
那覇→翁長→島津藩鹿児島→長崎奉行所(白州での尋問は18回に及んだ)
http://www.johnmung.info/john_nenpyou.htm

当時クジラの油を取るためにアメリカ船は基地として琉球に立ち寄っていたのである。(ペリー艦隊も浦賀来航前数回琉球に立ち寄っている。アメリカは何としても沖縄を手に入れたかった。第二次世界大戦の本質も、現在の沖縄問題の本質もここにあると筆者は見ている)

ジョン万次郎とアメリカは今でもつながっており、天皇皇后両陛下も皇太子、皇太子妃時代にジョン万次郎がアメリカ人により助けられた地を訪れている。
つまり、アメリカはこの時代の琉球の「属性」を極めて正しく認識しているのである。

筆者はできることなら「tsunami」「sushi」のように「ノミのキンタマの8分の1」を最も長い、日本語による世界共通語にしたい。

そして、中国軍の金一南少将をどなりつけたい。「ノミのキンタマの8分の1のようなことをするな!」と

「ノミノキンタマの8分の1」とは、かなり強烈なコピーである。いじめ防止に役立たないか、読売新聞の門間順平のようなひきょう者を悔い改めさせる記号として使えないか、世の中に問うていきたい。
posted by M.NAKAMURA at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

狭山神社から地名を考える 「狭山の地」の範囲とは


元狭山村周辺.JPG

◆木蓮寺村から根岸村までが「金子地区」です。

へたくそな写真で申し訳ありません。テーマは元狭山村を中心とした「狭山の地」「牟佐志の地」、つまり天領元狭山村が「管理」した地域はどの範囲なのかを知り、現在の「狭山の地」はどの範囲が正しいかの議論に決着をつけるための資料であるので、新旧の地名が入り交じったこの地図の使用が欠かせません。

私がまだ、答えに行きついていない問題は、東村山市の府中街道西側地域は含まれるのかどうかです。志村けんさんの方言は狭山丘陵南側の現在の瑞穂町、武蔵村山市、東大和市と共通性があります。

鎌倉幕府から徳川幕府まで、時の権力者は道と宿を中心に天領の地、民の地を「管理」してきたことは当たり前のことです。
そう考えると、府中街道までとも考えられるのですが、所沢市の山口地区(西部ライオンズ球場より東)には、鷹の羽家紋ではない、別の「中村氏」の集団墓地があり、この地域から西側は「狭山地域」「牟佐志の地」ではなかったと考える方がリーズナブルです。これを答えにすべきであると考えているところです。

鎌倉幕府は八幡神社と八幡神社間を一つの「管理区域」としていたようです。天領地元狭山村の東は八幡神社のある東大和市であり、そこからまっすぐ北へ向かう道路(当然狭山湖、多摩湖はなかった。狭山湖、多摩湖は「溜池」として活用されていたのではないかと考えられる)を経て、所沢市三ヶ島地区から入間市の藤沢地区、そこから加治丘陵南の東金子、金子地区の木蓮寺までが「狭山の地」「牟佐志の地」であり、「牟佐志の国」づくりの中心であった可能性が高いと考えられます。これが使用していた言葉と鎌倉幕府の法則性から導き出した私の出した結論であり、現在の狭山市は「牟佐志の国」の「入間の地」に属していたものと勘案されます。

こう考えると、牟佐志国造御社の碑が元狭山村の隣村の宮寺村にあるのも納得できます。(元狭山村は臨済宗であり、宮寺村や三ヶ島村は曹洞宗であり天領地ではなく民の地であったと考えられる)

西の青梅地域は何も研究していませんが、禅宗用の梅をつくらせた梅郷地区か現在の青梅市中心部なのか分かりませんが、元狭山村同様な天領地があり、幕府から派遣された「五人組」がその支配地を管理していたのでしょう。そして、桑粥にするための桑葉茶を元狭山村の二本木宿に届けた秩父地方同様に青梅の天領の民も生産品の梅を二本木宿に届けたのでしょう。その証拠として元狭山村の方言を秩父地方同様に青梅地域が共有していることがあげられます。

青梅市の方言で検索
http://blog.goo.ne.jp/grenc/e/844955d173947e0dc61cf065bec6a0b7

ひゃっこい(冷たい)、おっぺす(押す)、「だんべー」言葉は元狭山村の方言そのものです。

さて、面白い見方を披露します。地名の件です。鎌倉幕府から派遣された【中村家】を中心とした「五人組」は、元狭山村を中心に時をかけ東へ北へとその支配地を拡大していったことは間違いありません。

もちろん支配地といっても幕府の命令により民を大事にする「管理」でした。

2012年07月01日
日本史を変えるか、元狭山村の「五人組」と坂本龍馬暗殺@

二本木村では、明治2年8月に「御請書連印帳」を韮山県に提出した。これは品川県から韮山県に支配が変わったが、五人組帳の掟を堅く厳守し、親子兄弟夫婦をはじめ諸親類が相親しくし、また下人を憐れみ、農業を怠らず、全ての面で分限を守り、年貢も滞りなく納付することを誓約したもので韮山県の支配に忠誠を誓うものであった。
http://dream333.seesaa.net/article/278309441.html

入間市最西部の金子地区は金子の十郎家忠から来ていると地域の神社には書かれていますが、明らかに間違っています。
「狭山の地」「牟佐志の地」は北条家支配地の小田原からの発想でないと理解できません。中村原の北方には今でも「金子」という地名や「相模金子」という駅名が残っています。相模金子氏の領地だったのでしょう。入間市の金子地区には根岸という地域がありますが、相模の金子地区にも根岸という交差点名が残っています。

小田原から見て東北東に位置するのが藤沢市です。同様に元狭山村から東北東に位置するのが入間市の藤沢地区です。
さらに元狭山村の南端の狭山神社から南を見ると箱根ヶ崎、拝島、昭島、そして八王子へと続きます。

面白い見方をしてみましょう。狭山神社を小田原と考え南に目を向けます。箱根ヶ崎は伊豆半島の箱根下の崎(みさきの意)、その先に大島(拝む島 拝島)、特定はできませんが伊豆七島の島(昭島)、はるか遠くの八丈島と考えられませんか。つまり、「ハチジョウ」が「八王子信仰」と相交わり八王子に変化したという新説です。ちなみに小田原市には八王子神社がありますが、八王子市には八王子神社はありません。

八王子神社 
http://5.pro.tok2.com/~tetsuyosie/jinjya/hachiouji_a.html

鎌倉幕府は、この、天領元狭山村を中心とした「狭山地方」と「牟佐志の地」から広域な「牟佐志の国(武蔵の国)」づくりと、本家小田原を中心とした「相模の国」づくりに丁寧に取り組んでいたのでしょう。

小田原市役所に近い寿昌寺は曹洞宗です。元狭山村二本木の寿昌寺は公家や武家の禅寺である臨済宗です。私には、元狭山村には「源」を受け継いだ北条家の政務官たちが通いつめ、村民となった【中村家】や「五人組」たちと力を合わせて「1192良い国」づくりに励んでいたと思えてなりません。

元狭山村の方言と高尚な文化については、まだまだ書いていきたいと思いますが、そろそろ「鎌倉幕府の政策と元狭山村」「【中村家】と五人組」「狭山茶とは」「狭山の地とは」「残された史跡」などをとりまとめ、世間にリリースしていくつもりです。

歴史が楽しくなって欲しい、日本人の過去を知ることにより、映画などの文化活動に役立てて欲しい、そう願ってやみません。
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違う!政府の事故調が信用できないのだ

<引用開始>
政府事故調>「東電解析、信用できぬ」 炉損傷時刻に異論
 東京電力福島第1原発事故をめぐる政府の事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)が23日公表する予定の最終報告書で、東電が公表している事故の進展の解析結果を「信頼に足るものではない」と結論付けていることが関係者への取材で分かった。政府事故調が事故後の炉の状態を実測データに基づいて再現したところ、深刻化する過程が東電の解析結果と食い違っていたという。
<引用終了>
http://mainichi.jp/select/news/20120713k0000e040228000c.html

今月23日に最終報告が発表される予定になっているが、筆者は最初から畑村洋太郎という人物ほど事実をねじ曲げる学者はいないととらえていた。菅直人前首相を厳しく批判するに違いないと思っていたら案の定「東電撤退は菅氏の誤解」などという報告を出そうとしている。

官僚から送り込まれた「委員長」であるが、そもそも論として畑村氏の「失敗学」ほど間の抜けた理論はない。
欧米では、失敗学など全く相手にされていないのである。

相当前の論文であるがまず読んでいただきたい。

失敗学を批判する 横浜国大名誉教授 清水久二
<引用開始>
1. 失敗学は国際的に見て時代遅れ
失敗学は独のクールマン教授に言わせれば「事故研究(Unfahrforschung)」に相当するでしょう。ドイツでは戦前より事故研究が盛んでした。損害保険各社、及び第3者検査機関は競って研究部門を増やし、雑誌を発行しました。例えばアリアンツはMaschinen Schaden(機械の損害研究), TUVはTU(技術検査)を永年発行してきました。しかし何れの雑誌も近年発行業務を縮小、或いは廃刊
に追い込まれています。その理由は単一の失敗事例は活用範囲が狭いことであり、また他社の失敗例はその会社の特殊な事情を反映したものであり、そんな情報にお金は払えない、ということでしょうか?

<中略>

4. 事故から学べ、は正しいか?
「事故から学べ」、は聞こえの良い言葉ですが、発生していない事故や原因が究明されていない事故には無意味です。原発や航空機でこれをやられたらたまったものではありません。ソ連の原発事故の後遺症ニュースを読めば判りますが、無垢の乳幼児が何万、何十万と災害を受けているのです。またこの言葉は品質管理や検査係の仕事を正当化するには役立ちますが、現場の作業員が何かの事実を発見しようとしても、それを設計変更にうまく活かせるかどうか、三菱自工の例をみれば良く理解できます。組織はそれほど甘いものではありません。
<引用終了>
1 http://www.nrec.sakura.ne.jp/sippai.pdf

清水久二名誉教授は「原発や航空機でこれをやられたらたまったものではありません」と明言しているのだ。

さらに、畑村氏にはこのような闇の世界とのつながりがあるとの指摘がある。

論談より
RE:マイクロバスの件で村中様へ
( 平成20年01月22日 )

投稿者: 巷のリスクアナリスト

 >ドイツの回転扉死亡事故の責任がメーカーにあるのは当然です。 しかしながら六本木ヒルズで起きた回転扉による死亡事故は事情がかなり違うと考えております。
その理由は、死亡事故が起きる前に30件以上の挟まれ事故が起きていたからです。 六本木ヒルズからは遠く離れた琉球新聞のこの報道をご覧ください。<

私も情報には敏感な方だと自負していましたが、同じ回転ドアで30件以上の前例があったとは知りませんでした。唖然としています。 そうなると、あえてこの場で、さらにお知らせしなければなりません。

森ビルは事後に、森社長の肝いりで、失敗学で有名な畑中洋太郎氏を中心に安全チームをつくり、安全のための会合に場所を提供するなどの活動を行っています。

チームのメンバーの顔ぶれを見ると、過去に事故を起こした企業で 「 火消し役 」 で貢献した人物が多く含まれています。

森社長が世間に対して安全推進に積極的な姿勢をアピールしたいのでしょうが、今になって本音がわかりました。 畑中氏の失敗学とは 「 失敗した後で有耶無耶にするための学問 」 なのでしょうか。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0801/080122-17.html

これ以上書く必要性はないと思う。少なくともこのブログを読んでくださっている人はだまされないでいただきたい。

「考えることは疑うことからはじまる」 パスカル 
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2012年07月13日

日本人の戦争責任について

「心の旅」2010 8月号「敵を赦す」とは 日本聖書協会理事 大宮 溥

<引用開始>
日曜日、私は市内のある教会の礼拝で説教を担当しました。その中で私は、かつてシンガポールに滞在したときに中国人教会で経験したことを話しました。

それは戦後10年あまりたったときのことでした。その中国人教会での礼拝が終わった後で昼食会に招かれ、牧師から一人の女性を紹介されました。彼女の夫は戦争中に教会の役員でした。ある時教会に日本人がやって来たので応対したところ、突然ピストルで撃たれて死んでしまったのだそうです。それ以来彼女は日本人に対する激しい怒りを抱き続けました。

しかし、クリスチャンであった彼女は心を鎮めるために聖書をむさぼるように読みました。そして、あらためて深く、イエス・キリストが十字架で死んだのは、神が人間の罪を赦すためであったこと、すなわち和解のための犠牲であることを学んだのです。自分もまた神から赦された存在であることを知った彼女は、今度は日本人を赦すことができるようになったのです。

その後彼女は夫の代わりに教会の役員を引き受け、また神から与えられた和解の恵みに応えるために、シンガポールにやってくる日本人の世話を始めたということです。この話を聞いたとき、私は日本人としての戦争責任を強く感じるとともに、人間はまず自分が赦されて、初めて他を赦すことができるのだと強く感じました。以上が私がクアラルンプールの教会で話したことですが、戦後60年たってもアジアの人々の日本人に対する視線が厳しいことを思うと、今も和解の務めが必要であることをあらためて強く感じるのです。
<引用終了>

私の父は第二次世界大戦を戦いました。出兵先は中国満州でした。父の長兄は近衛兵として「外地」で戦いました。父の次兄は日中戦争を戦い、弱冠20歳で戦死しました。
私は、誰からも「殺した」とは聞いていません。「殺さなかった」とも聞いていません。「殺し合い」が戦争ですから、軍人同士が殺し合うのは仕方ないことです。父は満州の人々(特に女性)はやさしかったことと、戦車を埋めた場所に行ってみたいと私に話しました。

私は、大学を休学してアメリカに「遊学」していたとき(終戦30年ころ)、一軒の町中の小さな食堂に入りました。そのとき店主はすごい剣幕でどなりました。

「ジャプ ゲッタウェイ!」(私にはそう聞こえたと記憶しています)

私は逃げ出しました。家族や友人を戦争で亡くした方だったのかもしれません。私はその時、「これが現実だ」と認識しました。ショックでした。

昨年の8月13日の朝日新聞に「真珠湾攻撃70年を和解の契機に」という元ハワイ州知事夫人ジーン・アリヨシ氏の投稿記事が掲載されています。内容はタイトルの通りです。つまり、日米は深部においては和解できていないといいたいのです。

8月18日の毎日新聞はジャーナリストの松尾文夫氏の「菅首相は真珠湾弔問を」というタイトルの記事を掲載しています。

<引用開始>
オバマ政権支持のアジア系市民の間には、オバマ大統領の広島訪問に「アジア各国に対するあの戦争で日本の加害者としての立場を被害者のそれに変えてしまう」との反対の声が上がっている。
<中略>
65年間、あの真珠湾のアリゾナ記念館を日本の首相が誰一人訪れていない事実を思い起こす人物は、政権内にはいないのだろうか。忘れてはならない。菅首相にとって今必要なのは、ルース大使参列を受けて速やかに真珠湾弔問の意思を明らかにすることだと思われる。
<引用終了>

冒頭の悲しいストーリーの通り、「赦されてから、赦す」のです。私は、アメリカの原爆投下を強く非難する論者です。しかしながら、同時に私たち日本人も赦してもらわなければならないと考えます。

私は現在57歳ですが、私の世代や団塊の世代の人々、この世代は戦争を戦った日本人の子どもたちです。この世代が死に絶えるころの「完全に赦し合えている社会」づくりこそドリーム党のポリシーそのものです。

3年後の都知事選ではこのポリシーを明確にし、公人として真珠湾のアリゾナ記念館を弔問できたらと考えます。
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続 北朝鮮ミッキーマウス登場報道の読み方

9日にこのように記した。

北朝鮮ミッキーマウス登場報道の読み方

報道する(ニュースは商品である)共同からすれば、ミッキーやミニーに似てなくてはニュースにならない。よって、遠方斜めからの写真を掲載している。このロジックの方がすっきりする。

ミニーの背丈が大きい、右はじのティガーもなんか変、と感じたのは私だけであろうか。

こういう政治が絡む問題の場合、オリエンタルランドと違い利口なディズニーは何も反応しないという立場をとって来たが、さてさてどのような展開になるか気になる所ではある。
<終了>
http://dream333.seesaa.net/article/279854140.html

この私の見方は正しかったようである。報道する側からすれば「ディズニーは許可していない」という追跡記事が書けるのであるから、最初から「にせもの」と分かっていてもそうは報道せず、読者を惑わせ二重のビジネス効果を狙うのである。読売新聞もそうだったが、報道側は「疑い=惑わす」という、イブを惑わしたヘビの罪(聖書創世記)などどうでもいいと考えているのである。

続報の写真を見て本物のディズニー・キャラクターによく似ていることに驚いたのと、私にしか書けないディズニーの本当のことに気付いた。
こちらを見て欲しい。

出雲平田祭り
http://www.rurubu.com/event/detail.aspx?ID=13095

2008年の11月、私は平田祭りの主催者である平田青年会議所で講演をした。その際役員の方から素晴らしい話を聞いた。それはこういうものだった。

私たちは、平田祭りにミッキーマウスを登場させたい(ぬいぐるみを製作したい)とディズニー社にお伺いしました。答えはノーでしたが、最後にこう言われました。「子どもたちの夢を壊さぬように作るのなら本物そっくりにして欲しい」と。その言葉に感動するとともにディズニーの桁違いの大きさを再認識しました。

この話を聞いた私もやはりディズニーは偉大であると感動した。

このディズニーの偉大さから類推すると、北朝鮮にミッキーやミニーが登場したインサイドストーリーが見えてくる。

キリスト者を中心とした民間外交家が北朝鮮政府と接触し(あるいはその逆かもしれない)、ディズニーをひそかに訪れ「平和国家づくりに貢献したい。平和の象徴ディズニー・キャラクターを音楽祭に登場させてくれないか」と。

ディズニーはこう答えた。「許可はできない。強行するのなら子どもたちの夢を壊さないように本物そっくりにして欲しい」

著作物の販売ではないから、著作権が侵害されても実害は発生しない。反対に、このディズニー・キャラクターたちの「象徴能力(天皇陛下が出されるオーラのようなもの」により、国民の平和への意欲が高まり、結果的に北朝鮮が先軍政治から民主政治に移行すれば、ディズニーの果たした役割はすこぶる大きいと言えるのであり、ディズニーへの評価はさらに高まる。

平田青年会議所が私に教えてくれた意味は大きい。アメリカはもはや日本を相手にしていないと思われる。アメリカと北朝鮮間の民間外交とキリスト者によるさまざまな支援が加速度的に進んだ場合、日本は取り残され、北朝鮮からも相手にされなくなる恐れがあることを、この国の為政者は知らなくてはならない。
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赤ちゃんパンダの本当の死因


母乳が気管支に詰まり肺炎…パンダ赤ちゃん死因
<引用開始>
東京都は11日、上野動物園(東京都台東区)で同日死んだジャイアントパンダの赤ちゃん(オス)を解剖した結果、気管支に母乳が詰まって呼吸不全となり、肺炎を起こしたのが死因と断定した。
<引用終了
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120711-OYT1T01126.htm



漢方 日本人の誤解を解く 劉大器著には母親の授乳について警鐘をならしています。私はこの悲しいニュースを聞き、すぐにこの本が頭に浮かびました。

こういうことです。

胃腸が崩れたら、「肺」ばかりでなく「心」「腎」「脾」まで影響がおよび、幼児の体質が全面的に崩れてしまう可能性がある。このことは中国でははるか三千年も昔から母親に対し警告されていた。

「幼児の胃腸は未成熟である」→傷つく前に保護しなくければならない。

◆授乳者の食事管理
辛いもの、香辛料を避け極端に満腹にしたり飢えたりすることを禁ずる。

◆授乳者の精神管理
激怒、興奮などした直後に授乳してはいけない。
長期に渡って憂鬱状態に陥る者は授乳に適さない。

これだけのことですが、実に深い内容です。
あかちゃんパンダの死因は母親パンダの健康状態にあった、というのが私の見方です。

以前にこのブログにこのように記しました。

東洋医学では、良性ホルモンを食事という「胃腸から消化吸収させる内科作業」により、「ウルトラ人体警備隊」に「戦闘力」をつけ、「本当の自分自身ぶちこわし暴力団」をやっつける作戦をとります。
http://dream333.seesaa.net/article/277206660.html

お母さんの健康状態、精神状態が赤ちゃんの「胃腸から消化吸収させる内科作業」を正常化させるのです。

翻って、死んでしまった赤ちゃんパンダの場合、お母さんパンダシンシンの健康状態、精神状態はどうだったのでしょうか。私には、精神状態は決してよくなかったと思えて仕方ありません。

常に見られているというストレス、初めての出産、初めての育児。誰も教えてくれるわけではありません。本能だけでこの育児に取り組まなければならないのですから、顔は穏やかでも内心は不安いっぱいではなかったのではないでしょうか。

この死を無駄にしないためにやらなくてはいけないことがあります。

◆交尾後からメスパンダの一般公開を取りやめる
◆メスパンダに出産経験のある(痛みを知っている)女性スタッフをつける
◆赤ちゃんパンダの胃腸の健康を維持するために出産後2ヶ月くらいは良性ホルモン入り人工ミルクで育てる

先に記した母親への警告をもう一度記します。中国漢方5000年の知恵の結集です。どうか、友人、知人に教えてあげてください。

◆授乳者の食事管理
辛いもの、香辛料を避け極端に満腹にしたり飢えたりすることを禁ずる。

◆授乳者の精神管理
激怒、興奮などした直後に授乳してはいけない。
長期に渡って憂鬱状態に陥る者は授乳に適さない。
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2012年07月12日

最後のパレード事件とは何だったのか@

3年目の7月12日を迎えました

3年前の今日、読売新聞の讒言(ざんげん 他人を陥れようとして、事実をまげ、いつわって悪しきさまに告げ口をすること)報道により、病気にされ、人権を失い、名誉を失い、仕事を失い、家族を失い自殺直前の私は、神に導かれたかのように教会に立っていました。その後のことは最後に示した過去記事をご高覧ください。

最後のパレード事件とは何だったのか。全体像を示したいと思います。

結論から書きますと「読売新聞の門間順平記者は、中村を目の敵にしていた2ちゃんねらーに利用された」というものです。利用した2ちゃんねらーは結果「勝利の美酒」に酔うことができたのです。

◆2007年の統一地方選で小倉まさこ氏を市長候補に担いだ似非市民派の佐藤まさたか市議と薄井正美市議(2011年市議選で落選)のとりまき「匿名人間」たちは、「トトロの里にふさわしい市長をつくる会」という会名や、実際にまかれたトトロのイラストを載せた法定ビラが著作権法に違反するという、中村のスタジオジブリへの通報により使えなくなり、結果は最下位に終わったことに「うっぷん」を溜めました。

◆当選した渡辺尚市長は、「市長のブログ」を再開しました。中村は「匿名人間」たちに自身のブログ「東村山四丁目」を荒らされた経験から、市長に対し再三「ブログを閉鎖したほうがいい」と警鐘を鳴らしています。(資料市長のブログ参照)

当時中村になりすました「匿名人間」たちが「東村山4丁目」のブログに「もう死にます」と投稿したり、以下のようにコメントしたりしています。

命を絶つのは、本人の勝手なのでその事に対して何も言うことはありません。
ただ、その言葉を書き込みすることで他の方たちの意見から逃げるのはどうかと思います。逃げたいのであれば、このブログを閉鎖してしまえば良いと思います。
Posted by るぅ at 2007年07月08日 15:42

◆結果的に市長のブログは閉鎖されました。その理由は中村の個人情報が2007年7月16日に現職市長のブログから全世界に公開されるという法律違反が行われたことによるものです。後日、この件について渡部市長は中村に対し「申し訳なかった」と真摯に謝罪されています。

◆中村を攻撃する「匿名人間」たちとは誰でしょうか。
【盗作】最後のパレード 中村克と草の根@東村山【疑惑】という2ちゃんねるのスレッドがあります。「最後のパレード」事件から3年経った現在でも中村を誹謗中傷し続けています。投稿数は5万に近づいていますが、このエネルギーはどこから来てるかをこのスレッド名は端的に表現しています。「草の根」とは東村山市議の会派です。こちらのページを覗いてみてください。

http://www.geocities.jp/higashimurayamasiminsinbun/page295.html

そうです。彼らはセックス産業を批判する草の根会派の議員が憎くてしかたないのです。そして、中村が提出した辞職勧告請願(資料参照)の紹介議員が草の根会派でしたので、中村を草の根とみたてて今日まで追いかけているのです。

◆読売新聞の門間順平記者は愚かにも「匿名人間」たちにはめられました。「最後のパレード」の発売は2009年の2月28日でした。その後、2ちゃんねるに読売新聞が問題にした「あひるさんありがとう」と酷似しているという書き込みがあることは知っていました。中村を攻撃したくてしかたない、成功をやっかむ「匿名人間」たちは、読売新聞に情報を流しました。「中村は地元では評判の悪い人物であり、ベストセラー作家の資格はない」というものです。「市長のブログを荒らし閉鎖に追い込んだ人物」「市役所地下食堂の手打ちうどんと手打ち風うどんの表記でどなりこんだ人物」、「たたけばいくらでもホコリが出てくる人物」と「匿名人間」たちは、門間順平記者にウソの情報を流したのです。門間順平記者はその情報を調べもせずに信じ、中村を貶める商品記事を書くことを決意したのです。

◆門間順平記者が狙った「満塁ホームラン」
「感動のベストセラー本」「ディズニーランド」「盗作」このキャッチフレーズを並べられて興味を抱かない人間はいないでしょう。
そして、4月19日の日曜日の闇の中に門間順平記者が現れました。そして、一言二言の会話で帰っていきました。19時30分頃のことでした。門間順平記者は21時に再びやってきました。同じ質問をしても同じ答えが返ってくることは新聞記者なら心得ているはずです。何を言いたかったのか容易に類推できます。「中村さんは市長のブログを荒らして閉鎖に追い込みましたよね」、つまり「第二の矢」があるぞと脅しに来たのです。

◆なぜ、日曜日の夜の取材か
2ちゃんねらーからの情報により、酷似しているという「あひるさんありがとう」の著作権を持つ人や公益社団法人「小さな親切」運動本部の取材は平日にすませたのでしょう。そして、月曜日の朝刊で報道することにより、世間を「アッと」言わせることに成功するという「褒美」を期待したのでしょう。
通常の会社の営業時間に取材してしまえば、中村もサンクチュアリ出版の編集部も「あひるさんありがとう」のエピソードとは接点がないことを明確にされる、だから一番大事な著者と出版社への取材を確信犯的に「はしょった」のです。

これが、悪質きわまる読売新聞「最後のパレード」報道の経緯です。

市長のブログ記事が残っていますので、読んでみてください。中村は市長からどのように思われていたかが分かります。

忙しさにかまけて、自分のブログのチェックを怠っておりました。誠に申し訳ございません。それにしてもずいぶん凄いことになっており、驚いております。
<中略>
以前も申し上げましたが、多くの方がこのブログにご参加 いただき、ご自身のご意見を自由に書き込んでいただき、議論が盛り上 がることは、管理人としても望むところですが、表現等については出来るだけ冷静かつ品位ある議論になるよう努めていただければと存じます。宜しくお願いします。あまりに不穏当かつ不適切なコメントについては削除させていただく場合もあることをあらかじめお断りしておきたいと思います。
<中略>
さて、東村山4丁目さんのコメントでは、地下食堂の件で直接所管にご指摘いただいたことにより「うどん」の表記が改善されたとのこと、食品の安全性が問題になっている昨今ですから、なおさら見過ごせぬ問題であると感じました。誠にありがとうございました。また、小中学校の耐震工事につきましては、子供たちが落ち着いて勉強に励み、元気に遊べる教育環境にするためにも、また、不幸にして地震などの自然災害が発生した場合には、住民の避難場所として活用されることを考えてみても、耐震補強工事ならびに学校トイレ等の改修、施設の修繕は行政の最重点課題として取り組む必要がある、と認識しております。今年度は八坂小、一中の耐震補強工事を夏休みに行います。完成は来年度になりますが、今後も出来るだけ早く市内の小中学校の校舎が耐震化されるよう、極めて厳しい財政状況ですが頑張ってまいります。
さらに、このブログを閉鎖するようお求めがございました。前にも申し上げたように、ブログは匿名性による問題点もありますが、それゆえにある程度自由に双方向のコミニュケーションが行えるメディアであると認識しております。行政の長と言う大きな責任があり、また時間的な制約もあり、候補者のときのように記事は書けませんが、出来るだけ続けていきたいと思います。
<以下略>
• 2007-07-05
• 投稿者 : わたなべ たかし


読売新聞門間順平記者同様に「匿名人物」の情報に飛びついた「サイゾー」の記事

『最後のパレード』回収騒動 悪評飛び交う作者の行状
2009年05月16日08時00分 / 提供:日刊サイゾー

 実はこの中村克氏、地元の東村山市では一部で「よく知られた」人物であるらしい。その特徴のひとつが、「我こそは正義で真実」を絵に描いたような行動だという。例えば、同市庁舎地下の食堂で、ショーケースには「手打ちうどん」との記載が、自動販売機には「手打ち風うどん」とされていたのを見つけ、市役所に「怒鳴り込んで」改めさせ、それを市長のブログに自慢げに報告。その様子に良識ある市民が苦言を呈すると、「投稿者の政治レベルが低すぎます」などと、自分に批判的な意見を見つけては、他人のブログのコメント欄で執拗に非難。ほかにも自分の意見が通らないと、「『荒らし』を続けます」と宣言して粘着を続ける有様。そうした中村氏の暴走によって、市長のブログは閉鎖に追い込まれた。
(文=橋本玉泉/「サイゾー」6月号より)
http://news.livedoor.com/article/detail/4155774/

提出したにも関わらず審議されなかった中村の請願

東村山市議会議長
丸山 登 様

薄井政美市議への辞職勧告についての請願

表題の件、下記の通り請願する。


1、請願内容
東村山市市議会議員に当選した薄井政美氏に対し、東村山市議会が自発的議員辞職を求めるための辞職勧告を行うよう請願する。

2、請願の背景 
「地方選で争われる政策は生活に直結するものが多く身近で切実だ」「有権者みんなが多かれ少なかれ政策の利害関係者だ」(朝日新聞4月16日社説より引用)
東村山市の将来を決定する政策の形成と政策の決定に携わる市議会議員は、まさに私たち市民の運命を担っていると言ってよい。今般、夕張市の財政破綻や政務調査費の不正使用問題で表顕した地方議員の議員活動や議員としての資質の問題は、住民からの信頼を大きく失墜させる結果となっている。

3、請願理由
@経歴詐称の疑念
薄井政美氏の選挙公報のプロフィールには「毎日新聞社記者などを経て前職は出版社社員」とだけ職歴が記されているが、大手新聞社勤務はわずか1年8ヶ月であり、さらに前職は性風俗レポーターである。選挙公報において「徹底した情報公開」を二大公約の一つに掲げながら、「市議候補」「市議」としての自分に対する疑問や批判に対して、意図的に説明責任を果たそうとしてこなかった薄井政美氏の行動はまさに、「経歴詐称」にも値する大問題であると断じざるを得ない。
また、青少年の健全な育成を責とする薄井市議の「出版社社員」としての前職が、ソープランドなど性風俗業界の女性求人誌を発行している出版会社の社員であることを知った市民は、薄井議員に主権者としての権利を信託するであろうか。答えはノーであり、多くの市民が「信託できない」と声をあげていることは紛れもない事実である。
結論として、薄井政美氏は「人物」「経歴」を「詐称(偽り)」と言えるほど美化して当選したものであり、民間であればまさに「クーリングオフ」の対象であることは明白なる事実である。

A薄井政美氏の「異論の封殺行為姿勢」は市議としての適格性に欠ける
薄井政美氏のブログや住民投票を求めた市民連絡会のブログにおいて、薄井政美氏は一貫して氏の意見と異なる言論を封殺してきた。その行動姿勢は公人となった現在も同じであり、「少数意見の尊重」「表現、言論の自由」をうたった日本国憲法の精神に反する卑劣な行為であり断じて看過することができない。
薄井政美市議のこのような行為こそが、長崎市長が殺害された事件や加藤紘一元自民党幹事長の実家放火事件など、自由闊達な言論活動を封殺する蛮行へつながっていくのであり、氏の倫理感、道徳感の欠如はまさに市議としての適格性に欠けていると断じざるを得ないのである。

B的財産権侵害を奨励する姿勢はコンプライアンス精神を無視する愚行であり市議として甚だ不適任である
薄井政美氏のブログや住民投票を求めた市民連絡会の公式ブログにおいて、薄井氏は当方からの再三の忠告にもかかわらず、違法投稿された「You Tube(ユーチューブ、11月7日に放映された報道番組の海賊版)」を見るよう勧める記事投稿を何回も行ってきた。米国が中国の著作権侵害をWTOに提訴した記事や日本でも著作権をめぐる法改正への検討が始まったという記事を目にするとき、元新聞記者の経歴を有する薄井政美氏のこの確信犯的行為はまさに断罪されるべきものであると言わざるを得ない。
著作権侵害の可能性のある行為や知的財産権侵害を奨励するという、コンプライアンス精神に欠けた行為を繰り返した薄井政美氏には、市議候補として立候補する資格すらないと断じざるを得ないのである。

このような理由により、東村山市議会が薄井政美氏の市議会議員辞職勧告を行うよう請願するものである。 

4、提出日
平成19年7月  日

5、請願者および紹介議員

以上


クリスチャンとして教会で証したこと
http://dream333.seesaa.net/article/275512635.html
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私の「原発事故原因」が正しい


目立たない報道ですが、朝日新聞に「原発事故文化のせいにするな」という記事が掲載されています。国会の事故調査報告書を欧米メディアが批判したものです。
<引用開始>
「本質見誤らせる」
米ブルームバーグ通信は8日、「不満が残る報告書」という社説を配信。内容の詳細さや「人災」と断定したこと評価しつつも、「誰がミスを犯したのかを特定していない」と指摘。「集団主義が原因」「(責任のある立場に)ほかの日本人がついていたとしても、同じ結果だった可能性は十分ある」といった記載については「責任逃れで陳腐な言い訳」と手厳しかった。
<引用終了>

以前にも書きましたが「和をもって尊しとなす」(「波風を立てずに妥協し調和すること」ではなく、「異見を尊重し調和すること」)を理解できないアメリカ人は、日本の組織運営「システム」が理解できないのです。

アメリカの組織の「システム」は、同じピラミッド型でも三角形を直線で区切るのです。ですから、個人の責任領域がはっきりしているのです。だれがミスしたのかもすぐに分かります。反対に欠点は、他人の領域に決して入ってはいかないことです。

翻って日本の運営組織は三角形の中を大小の丸で埋めていく体系です。直線で仕切るのではないのですから、当然丸と丸の間に隙間が生じます。この隙間を社員(以前は課長職中心でした)が協力して埋めていくというのが、日本式の「和をもって尊しとなす」なのです。

この方式で日本は高度成長を成し遂げたし、基本的には現在も変わっていませんが、リストラという名のもとに課長職が減らされ「社内教育」「人材管理」「組織管理」に企業は金を使わなくなり、隙間が埋められなくなり、まるで油が切れた機械のように組織内部は「うねり音」が響いているのが現状です。

原発事故に関して、無責任ですべてアメリカ型が正しいと強要するアメリカ人が物を申すべきではありません。

現在菅直人前首相がブログで事故当時を振り返った記事を連載しています。
菅直人公式ホームページ
http://n-kan.jp/

その内容と合わせ、筆者の事故報告書を外国人記者クラブを通じて全世界に発信していきたいと思います。

私は、東京ディズニーランドでアメリカ人に対して「通用する」報告書を相当数書いてきました。全世界の人々が納得する報告書に必ずなると確信しています。

2012年06月18日
原発事故の真相を教えます。

真因は、1985年の日航123便墜落事故から類推できます。あの事故の調査結果によると、墜落原因は、伊丹空港で尻もち事故を起こし、羽田空港でボーイング社の専門修理チームが、圧力隔壁付近の部品交換を行った際、ビス止めが甘く、数年後にその部分が破壊され墜落に至ったというものです。

したがって、製造責任、メンテナンス責任のあるアメリカ側に決定的な瑕疵があったのですが、アメリカ側は「寝てしまい」「逃げ切り」に成功しました。
翻って、福島第一原子力発電所の事故を「相対」してとらえた場合、はっきりと同様な原因が浮かび上がってきます。

1971年に稼働した福島第一原子力発電所の原子炉は、GEのマーク1型です。1984年に完成したフィリピンのバターン原発は、メルトダウンによる水素爆発を想定し、原子炉格納庫内の水素を化学処理して水にしてしまい、水素爆発を防ぐというアメリカ製の「安全装置」が設置されていますが、福島第一原子力発電所には、そのような安全装置が「バックフィット」されていませんでした。

バックフィットの大切さは、1981年の5月の第094回国会 エネルギー対策特別委員会で専門家から指摘されていますが、細川護煕元総理や共産党の山中郁子元議員などが、「何もしてこなかった」、つまり怠慢政治をしてきた結果が今回の事故につながったのです。共産党は「わが党は危険性を指摘してきた」と宣伝していますが、まったくのナンセンス、原発問題に口を出せる立場ではないことを思い知る必要があります。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/094/1720/09405291720007c.html

(長いです。難解です。しかしながら専門家からの指摘は最もなものばかりであり、この議事録を頭に入れない事故調査はありえません。原発問題の入り口であり、今後への指針もこの中に詰まっています。)

アメリカは、1979年のスリーマイル島原発の事故後の「世論」に屈して、原発の新規建設を凍結してしまいました。つまり、技術革新を放棄したのです。航空機に見るように、技術革新なくしての安全管理などありえません。

日本はこの安全上の鉄則を守り、原発を当面は稼働させていかなくてはなりません。輸出もしていかなくてはなりません。日本は、身勝手で無責任なアメリカと同じ間違いを犯してはいけないのです。
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2012年07月11日

いじめ防止システム「IBS」の導入を新聞社に提案します

<引用開始>
浜松の中2転落死も…校長「塾帰りにいじめ」
読売新聞 7月11日(水)11時53分配信
 浜松市中区の中学2年生の男子生徒(当時13歳)が6月12日に自宅マンション屋上から転落死し、生徒が通う市立中学の校長が保護者会で「生徒はいじめに遭っていた」と発言していたことがわかった。

 同中は「いじめと生徒の死因は直接結びつけられない」としている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120711-00000538-yom-soci
<引用終了>

いじめ防止システム「IBS」の中核をなすものは7月9日のブログのダニエル論法です。

バツ1起こったことはこういうことです。あなたが私にしたことはこういうことです。
バツ1私が感じたのはこういうことです。
バツ1私の生活に与えた影響はこういうことです。
バツ1私はこういう弱い人間です。
バツ1私が感情を「押し殺す」といつかこういうことにつながる恐れがあります。
バツ1そうならないように、私があなた方にして欲しいことはこういうことです。

私に当てはめれば、「自覚なき殺戮者」読売新聞がしたことは・・・・になります。どうなったかはこのブログでお伝えしている通りです。

私はこの論法をダニエル論法と呼び、日本人に欠けている雄弁学の道具にしていきたいと考えています。

そして、すべての子どもたちに、この論法を身につけさせ、いじめたり、「こころ傷つけ言葉」を発したりする者へ、紙に書いて手渡す。返事を待つというシステムをつくれば、いじめはなくなるはずです。

勇気を持って全員で全員を守るシステムをつくること、ドリーム党の使命だと考えます。

自殺する前にしなくてはならないこと
http://dream333.seesaa.net/article/279864847.html

「IBSいじめ 防止 システム」の概要を記します。

月に1度、全校生徒にテンプレート化された「告白文」「要望文」を提出させます。
いじめがあれば、先生がその生徒に提出された「告白文」を手渡し、先生二〜三人対生徒一人の面接を実施し、叱責指導します。
以後、改善が見受けられない場合には、教育委員会と連携し、いじめを行っている生徒を他校へ強制転校させます。

テンプレートの内容はこのダニエル論法に準ずればよく、「我慢すると自殺に追い込まれるほど苦しんでいます」ということを強調することです。

やってみませんか。いじめる者は必ず通報され、改善しないと強制転校になるこのシステムが怖くなり、「あそび」と違う自殺につながる極端な「いじめ」は激減すると思います。

さっそく、読売新聞社以外の新聞社にこの情報を提供したいと思います。
posted by M.NAKAMURA at 13:15| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秩父っ言葉と元狭山村ことばの文化性


秩父神社に向かう道を歩くといくつかの秩父の方言に出会えます。


秩父方言@.JPG


秩父方言A.JPG


「秩父っ言葉 あちゃむ詩だんべ絵」石橋城呉著は、桃太郎(創作)を秩父の方言で表現して見せています。

<引用開始>
いとおしねえたって 赤の せっちょうなんざあしてらんねえや
朝づくりに あにも食わずに ひとっ働きしたもんでひだるくって
まんまのかありに でっけい桃を お婆あと かたけに くったんでがんすよ
腹さんざ こげえたまま くちくなるほど きりゃねえ
<引用終了>

元狭山村の方言
「こどものころ聞いたことば 話していたことば」関谷和著より
<引用開始>
A 「いいあんべーだねー」
B 「でーぶぬくくなってきたー。こんじゃー花もじきに咲くベー」
A 「そーよなー、あと2〜3日ちゅーとこだんべかな。花が咲くのもいいけんど忙しくなんかんな」
B 「あにがよー、忙しいのは年中だーよー。おらがなんか びんぼーひまなしだからよー」
A 「そーは云っても、茶ぐれー飲むひまはあんべ。ちょっくらよってからっしょーよ」
<引用終了>

<引用開始>
あか(あかっこ) (名詞)赤ん坊
あさづくり (名詞)朝食前のひと仕事 「桑くれはあさづくりにやっちまーだ」
<引用終了>

秩父では「がんす」と言うように書かれていますが、元狭山村では使っていなかったようです。その理由は、鎌倉街道沿いの元狭山村の方言はおもに当時の小田原公家ことばに東海道沿いの武家ことばが多用され、東北の方言とも広島の方言とも言われている「がんす」は入ってこなかったものと考えられます。

それ以外はよく似ています。秩父の方に聞いた話によれば、かつては八高線で生糸を八王子経由で横浜に送っていたとのことです。

八高線 ウィキペディアより<引用開始>
当路線はもともと、東海道本線方面と上越線方面の軍事輸送を都心から迂回する目的で建設された。また、生糸生産地の群馬県と海外輸出港である横浜港とを結ぶいわゆる「絹の道」の近代化や、すでに幹線として輸送量があった高崎線のバイパスとしての役割があった
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%AB%98%E7%B7%9A

八高線の開通は昭和6年ですから、それ以前の何百年もの間、秩父から飯能、元狭山村、八王子というルートで、秩父で産出された生糸が各地に届けられたことでしょう。

茶祖栄西は桑を茶同様に桑の葉を上薬と捉えていました。

『喫茶養生記』に見られる道教文化の影響に関する試論
浙江工商大学 江静 呉玲
<引用開始>
道教が説く養生の手段はさまざまあるが、仙薬の服用はその重要なもののひとつである。服せば老いが童に戻り永らえて仙人となる薬が仙薬である。『抱朴子内篇』第十一『仙薬巻』に神奇作用をもたらす薬の数々が紹介されている。栄西はこれを引いて茶を「養生の仙薬」とし、「桑木もまた仙薬なり」、「服す者は仙者にして、種々の薬を服して久しく命を保つ」とした。また、桑木を服す方法を「仙術」とし、茶を服することを「妙術」と呼んでおり、ここにも道教の影響が明らかである。周知の通り道教は「術」を重んじる宗教であり、「寓道於術」「道無術不行」はいずれも道教の説法である。
<引用終了>
http://www.japanology.cn/japanese/paper/ch/02%E6%B1%9F%E9%9D%99%EF%BC%88%E5%96%AB%E8%8C%B6%EF%BC%89.htm

桑の効用について記載されたブログを見つけました。
<引用開始>
 京都 最古の禅寺 建仁寺に行ってきました。
  ”喫茶養生記”を著し 桑茶を広めた 栄西禅師が開山(1202年、建仁2年) 開基は源頼家の
お寺です。 その境内の一角に ”桑の碑”があります。
説明書きに 病の相は 一に飲水病 二に中風 三に不食 四に瘡病 五に脚気 そしてこれらの諸病を治する妙薬は”桑”であり これを服すれば長寿無病を得られる。
 諸病を治するには 仏教に順じた生活をすることが肝要であるが 桑樹は妙薬であり 諸仏菩薩の樹であると 喫茶養生記の一文が書かれてあります。
<引用終了>
http://www.kuwachahonpo.co.jp/nikki_kuwanohi.html

この記事の表題は「秩父っ言葉と元狭山村ことばの文化性」です。

なぜ同様の言葉の文化を共有するのか。答えが見えてきました。

鎌倉時代の文化は、禅の文化です。禅宗の朝食は「粥」に決まっていますが、公家も武家もあるいは天皇家も、健康のために上品(じょうばん 上薬)である桑粥を食し、茶を飲んでいたのでしょう。

秩父でつくられた茶葉を桑茶に加工し、秩父の天領の民が「牟佐志の地」の天領の民に届け、狭山の地で生産された茶とともに鎌倉幕府の使者が受け取り、鎌倉や小田原、関東の禅寺、そして各地に散った武家や公家に届けられたものと容易に類推されます。

狭山の地元狭山村の方言を話せないとコミュニケーションできないわけですから、この推論は外れていることはないと思います。

歴史を知ることは、ジグゾーパズルを完成させるようなものです。マクロの視点で各自が有している情報を「ここに当てはまる」と提供していけば、NHKが生み出すような「野蛮な日本人像」ではなく、宮崎駿監督の歴史観である「最近の歴史学、民俗学、考古学によって一般に流布されているイメージより、この国はずっと豊かで多様な歴史を持っていたことが判っている。」「武士と百姓の区別は定かでなく、女達も職人尽くしの絵にあるように、より大らかに自由であった。」全体像が「見える化」してくるのです。

江戸時代までは、日本人は気品高き民族でした。それをこなごなにぶち壊したのが「和魂洋才」という外国から強制注入された日本人愚民化プログラムだったのです。
posted by M.NAKAMURA at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする