弁護士 福井健策
 
先日、一般のユーザーにも関連の深い改正著作権法が、激論のなか国会で成立しました。
特に激論の的になったのは、「ダウンロード刑罰化」という新ルール。それに不満な海外のハッカーグループが、日本の政府サイトなどにサイバー攻撃まで仕掛けたことから、お茶の間でも大きな話題になりましたね。
このダウンロード刑罰化。一体どんなルールでしょうか。

今、ネット上には様々なコンテンツ、つまり作品が溢れています。音楽や映像・マンガなどのコンテンツはいずれも著作物ですから、著作権で守られています。たとえば、権利者の許可なしでマンガをスキャンして、それをオンラインの海賊版サイトにアップロードすれば、違法です。また、音楽CDをリッピング、つまりコピーして、p2pといわれるソフトを使ってネットで配布しても、同じです。

では、提供する側ではなく、それを入手するユーザーはどうでしょうか。
著作権法には「私的複製」という例外規定があります。個人的に楽しむためならば無許可で作品を複製しても良いことになっています。この規定があるから、私たちはTVドラマを録画して見たり、あるいは音楽CDをリッピングして携帯プレーヤーで聞く、といった楽しみ方が出来る訳ですね。
そして実はこの私的複製、コピー元が海賊版でも許されるんです。ちょっと意外に思われるかもしれませんが、海賊版マンガを見つけてコピーしても、個人的に楽しむためであれば著作権侵害になりません。
しかし、ネット化やデジタル化が爆発的に進行する中、海賊版はかつてないほど大量に流通し、多くのコンテンツ企業は危機感を強めるようになりました。そこで、3年前、ダウンロード違法化という法改正がされたんです。
これは何かというと、違法にアップされている音楽や映像を、違法だと知ってダウンロードする行為については、私的複製を認めないことにしたのですね。私的複製が認められませんから、原則に戻って著作権侵害ということになります。
この際には反対論も強くて難航したのですが、刑事罰がなかったこともあって違法化が導入されました。刑事罰なし。つまり通常の著作権侵害には罰則があって、犯罪なのですが、私的なダウンロードは違法だというだけで、処罰は無いことにしたのです。映画館などで広報CMが流れていますから、ご存じの方も多いかもしれません。
ところが権利者の団体は、その後も海賊版の被害は減っていないと訴えています。日本レコード協会などの調査によると、昨年1年間でネットで違法ダウンロードされた音楽ファイルの総数は43億以上。これは昨年購入された正規の音楽配信の約10倍の規模です。この調査データには様々な異論もありますが、確かに音楽だけで10億単位の海賊版流通があるのは、事実なようです。
そのため、権利者団体は国会議員に働きかけ、ついに先日、私的ダウンロードにも刑事罰が導入されました。刑事罰は最高で懲役2年又は200万円以下の罰金。対象は映像と音楽にほぼ限定され、マンガなどの静止画のダウンロードは対象になりません。また、そもそも違法にアップされたコンテンツを、そうと知って入手する行為だけが対象です(図:ダウンロード刑罰化)。

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この改正、議員立法によって、オープンな議論も国会審議もほぼ無い形で可決成立されました。その前後、ネットを中心に爆発的な反対が広がります。反対論は、「そもそも誰かがコピーを違法に提供しなければ、ダウンロードもできない。違法アップにはもともと刑事罰があるのだから、元凶である提供側をもっと取り締まるべき」「ネット上の動画や音楽が違法アップのものかなんて、一般人には判断がつかないケースも多い。それがワンクリックで処罰されるなど、危険。むしろ教育などで対処すべき問題」「立法の手続が論外」といったものです。
遂には、ネットの自由を標ぼうするアノニマスというハッカー集団が、日本政府のサイトなどにサイバー攻撃をしかける事態に陥ったのです。

さて、反対論の指摘はいずれももっともです。ただ、他方で海賊版に関するコンテンツ産業側の危機意識もまた、理解できます。日本のほとんどの文化産業は長年続く売上減少に悩まされています。特にCDの売上は10年間で3分の1にも縮小しました(図:縮小する文化産業)。

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これは、日本の戦後最大の斜陽産業で、「失業」の代名詞だった石炭産業が昭和40年代に経験した下落のペースを上回ります。更にその差を埋めるはずのネットの音楽配信の売上も、全く伸び悩んでいます。音楽だけで年間10億ファイル単位の海賊版流通が、正規版の売上減少と本当に無関係なのでしょうか?
今回の刑事罰化が危険だと思えば思うほど、この文化産業側の背を焼くような焦燥感を理解し、実効性のある海賊版対策に知恵を出し合うことも大切ではないでしょうか。まして、ひとつの政策が気に入らないからといって他国の政府にサイバー攻撃をかけるような行為では、問題は何一つ解決せず、権利者側も態度を硬化させるだけでしょう。それは、更なる強硬な立法を招きかねません。
実は、こうした海賊版対策と「ネットの自由」との衝突は、日本に限った現象ではありません。アメリカではこの1月、成立確実といわれたオンラインの海賊版防止法案が、わずか5日間で採決の無期延期に持ち込まれました。原動力は7000ものネット企業の抗議行動と、議会への300万通の反対メールです。更にEUでは、日米が発案し、やはり発効確実といわれたACTA、偽造品取引防止協定が、ヨーロッパ200以上の都市での大規模な抗議デモを受けました。先日7月4日、欧州議会で最終否決されています。反対が賛成を10倍以上も上回る、大差でした。

いま世界では、クリエイティブ産業を蝕む海賊版への危機感と、ネットの自由な情報流通への介入を警戒する意見が激しく対立し、もはや修復の道は見えないと思えるほどです。欧米での対立の苛烈さは、恐らく日本以上でしょう。著作権制度は、間違いなく重大な岐路に立っています。

さて、ダウンロード刑罰化、そして同様の目的で導入されて、やはり激論を招いたDVDリッピング規制と呼ばれる新ルール。この二つの陰に隠れた形になりましたが、今回の改正の中には、ほかにも重要な新ルールがあります。たとえば現在、国会図書館の所蔵する1000万冊もの過去の書籍のデジタル化が進んでいます。そのうち市場で入手困難な膨大な図書を、国会図書館から全国の図書館に配信して、ユーザーが閲覧したりプリントアウトできるようにする改正などです。この制度に血肉を付けるための協議が、現在図書館と出版関係者の間で進行中です。本格的に立ち上がれば全国の図書館で人々がアクセスできる書籍の数は一気に数十倍にも増え、図書館には新たな知のオアシスとしての可能性が開けます。

権利者・ユーザー、そして政府がそれぞれ未来の社会に対して責任をもって、作品の流通を促進しつつクリエイターの収益が守られるような、より良い著作権のルールを正面から論じあう。私たちがもう一度、このスタート地点から歩みを始めることができるのか。今が正念場かもしれません。