プロローグ
「……四葉は、将来の夢、ある?」
人気は見れなく、人の雑踏すらも耳に届かない静寂を宿した趣のある閑静な錆びれた公園。
鴉の高い鳴き声が静かに遠くの空から響いてくる夕暮れの刻、俺は目を丸めて驚いた。
何に驚いたかというと、いつもは言葉数少ない彼女が自から進んで会話の話題を提供する事についてもだが、気付けば全身を荒縄で縛られて地面に這いつくばっているという、とんでもないプレイに陥っている状況に何よりも驚いた。
え、何でこんな状況になったんだ?
「えっと……別にその質問に対して答えるのは吝かじゃないけれども、何で俺、縛られてるの?」
「……四葉、気付いたらいつも学校から消えてる」
「いや、だってバイトがある日は即行で帰らなきゃ間に合わないし――というか、今日は無いから解けよ、コレ。あとバイトがある時にされたら本当に困るから」
「……辞めれば良いのに」
「簡単に言うけど、小学生でバイト雇ってくれる所なんてほんと見つからないからな? 今の新聞配達のバイトだってようやく見つけたんだし」
「……私が養う」
「俺にこの年でヒモになれと?」
不平不満を訴える俺に対し、彼女は頬を膨らませながらだが、渋々と俺の身に纏いつく荒縄を素早い手つきで解きだす。
どこでこんな技術を学んだんだろうか。
この子の将来が聊か心配な俺。
体にキツく縛られていた荒縄が緩んだ事を確認すれば、俺は全身に力を入れ、するすると自分の力を上手く荒縄に反映させ、綺麗に脱出する。
完全に動ける状態になれば頬に痛く当たっていた砂から離れるように立ち上がり、手首を軽く動かして、彼女へと視線を見遣る。
小学六年生にしては高い身長のせいか、二歳も下の彼女をどうしても見下ろす図になってしまう。
彼女もどうしても俺を見上げる大勢になるため、首が痛そうだ。
俺は彼女と視線を合わせるため、近くにあった赤色のブランコへと歩み寄り、腰を落とす。
彼女も転びそうな心配な足取りで俺の隣にあるブランコに腰を落とし、まだ若干俺の方が高いが、視線を問題なく合わせられるくらいには差は縮まった。
彼女の視線は、先程の質問を急かす様な、そんな俺の答えを心待ちにしているような瞳で俺を見据える。
「将来の夢、ねぇ。また唐突だけど、どうしたんだ? 先生に将来の夢でも聞かれたか?」
「……個人的な興味。ダメ?」
「別に構わないけど……うーん、無いって事は無いんだけど……」
「……? なに?」
「んー……何と言うか、ちょっとこう――こっぱずかしいな、うん。改めて言うような事でもないしな。今回の所は、言うのは控えさせて貰う」
「……お嫁さん?」
「何で俺はそんな乙女チックな夢を抱かなければならんのだ」
「……うん、分かってる。お婿さん、だよね……」
「あ、俺結婚するの決定なの?」
しかも頬を染めながら言うな。
コイツは早熟と言うか人生計画をすぐに妄想と混濁しながた立ててしまう節があるな。
「違うよ。まあ何だ……その……ゲームを作る事、だよ」
「……げぇむ?」
「そう、ゲームだ。しかも只のゲームじゃない、世界一のゲームだ」
首をこてんと傾げて、目をぱちくりとさせる彼女。
「ほら、俺ってこの身長のせいか妙に友達が少ないだろ?」
「……私だけだもんね、友達」
「いきなり悲しい現実を叩きつけないでくれ、涙が止まらないから」
人が説明を始めようとするときにそんな空気を読まない発言は控えてくれよ。
視界が溢れかえる涙でぼやけてるが、何故か嬉しそうな顔をしている彼女が見えた。
むむ、俺の不幸がそんなに嬉しいか!
「馬鹿みたいに伸びてさ。中学になったら更に伸びると思う。そのせいで周りからは単にデカいからって変に意識されたり、敬遠されたり……さらに悪ければ拒絶されたり、怖がられたり、酷い時は不良と間違われて喧嘩になる事だってある」
「…………」
「でもさ、こんな俺でも誰かを喜ばせる、楽しませれるような――誰かに必要とされる存在になりたいんだよ」
夕焼けの茜色に染まる雲に視線を移す。
美術館に置かれ厳重な警戒を施されている、世界の著名人から数多くの賞賛を受ける芸術的な絵画よりも、身近にあるこんな一風景が、俺はよっぽど美しく思える。
いや、その絵画とやらを見た事が一度も無いので、比べようがないからこの例えは非常におかしいのだけれども、この風景はその絵画に匹敵すると俺は思う。
「友達なんて作れない、こんな外観だから。なら裏方に徹すれば良い。影から、裏から、縁の下の力持ちのように、人を楽しませる、必要とされる。そんな仕事に俺は就きたい。そして、俺が一番それにつくと考えたのが、ゲームなんだよ」
眺めていた空から、視線を隣に座る彼女へと移す。
同じく茜色に染められた日本人離れした銀色の長い髪はとても幻想的で美しく、翡翠色の目を奪われる優美な瞳はそれを上手に引き立てていた。
俺と段違いに、それも一般平均よりも小さい小柄なその体躯は、ブランコとは良い意味でも悪い意味でもマッチしている。
「携帯ゲームから家庭用ゲーム。シュミレーションからアクション。子供向けからご年配向け。ゲームは奥が深くて、広くて、それにして楽しい。その職に就ければ、きっと俺は今よりも俺らしくなれると思う。世界一楽しくて、世界一嵌れて、世界一多くの人がプレイして、世界一売れてて……そんな誰もが求めてくれるようなゲームを、俺は作りたい。そうすれば、俺には生まれた意味があったと思える気がする。人として、俺個人が生きるための理由が見つかる気がする――なんて、ちょっとポエミーだったかね」
照れ隠しをするように笑いを浮かべれば、俺は頭を掻くように手を後ろに回す。
「折角良い体なのに勿体ない、って上司にも――勤め先の偉い人に言われたけどね。他の大人も、口を揃えてやれ格闘家やらやれスポーツ選手って言う……やっぱり、俺なんかゲーム作りには向いてないかな、とも思うけどな」
俺は無意識に視線を、自分の大柄の身長のせいで異様に伸びている影へと下げる。
もちろん、落ち込んでいる訳では無いし、凹んでいる訳でも無いが――自信を無くす。
目標があるのに、応援も支援も、ましては励ましの言葉もくれやしない。
ただ外側だけを見て、内面なんで気にせずに適当なアドバイスを送ってくる。
それが俺にはどこか心苦しく、煮えた鉛を飲まされるように胸が痛く、熱い。
だが、彼女はそんな俺にそっと肩に手を当て。
情けの言葉でも慰めの言葉でもなく。
「……なれる」
断言の言葉をふってきた。
真っ直ぐとした瞳で、笑ってしまうほど親身になって。
彼女は俺にそう言ってくれた。
二度目の驚きだった。
無口、小声、不明(?)の三拍子が揃ったような彼女が、恐らくは俺と寄り添ってきた中で一番大きな声だった。
傍から見れば、妹に何かを言われている中学生に見えるかもしれない。
だけど、実際はまったく違う。
俺よりも小さいはずの彼女が、俺よりも大きく、強く、頼もしく見えた。
小さな手は誰よりも力強い手に、その声は誰よりも力強く、俺の心を揺さぶった。
「……ん、ありがとな」
ただ俺はそう言い残して、ブランコからひょいっと立ち上がる。
身長とブランコの高さが釣り合っていないせいで、ちょっとよろけそうにもなったが、体勢を瞬時に立て直し、彼女の方に振り返り。
「じゃ、そろそろ帰るか。雑談なら家に帰ってでもできるしな。今日はカレーだ」
「……うん」
周りから敬遠され、畏怖をされ、避けられる俺。
だけど唯一彼女はそんな無骨で大きな俺の手を優しく取ってくれた。
そしてこの日こそが、この日の言葉こそが、後に様々な思惑が交差するゲーム。
兜沼四葉がAin Sophを完成させるに到るまでに携わる統括の一人と成り得る、決定的なものであった。
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