◇WBC世界フライ級タイトルマッチ
ソニー・ボーイ・ハロを破って新チャンピオンになり、ガッツポーズする五十嵐俊幸(右)=ウイングハット春日部で
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▽16日▽埼玉・ウイングハット春日部▽観衆5800人
五十嵐俊幸(28)=帝拳=が2−1の僅差で勝ち、WBC世界フライ級の新王者に輝いた。帝拳ジムからは故・大場政夫さん以来となるフライ級世界王者。また、同ジムでは西岡利晃、粟生隆寛、山中慎介に続き、国内歴代最多となる4人の同時世界王者誕生となった。WBA世界スーパーフェザー級王者内山高志(32)=ワタナベ=は3回に偶然のバッティングで右目上を切りレフェリーストップ。規定により、負傷引き分けとなって5度目の防衛に成功したが、日本記録である世界戦6戦連続KO勝ちはならなかった。日本のジムに所属する男子の現役世界王者は8人。
勝利者インタビューが男のケジメ会見になった。リングに上げた栄子夫人(39)と長男・比呂クン(2)を横に、五十嵐が涙声で言った。
「2年半前に結婚して、結婚式も何もしてあげられなかった。その間、陰で支えてくれたカミさんに恩返しがしたい。ファイトマネーでいい指輪を買いたいと思います」
傷だらけの勝利だ。8回終了後の公開採点で3人の採点員のうち2人が五十嵐リード。だが、王者ハロは一発逆転を狙って襲いかかってきた。11回、左まゆのあたりから大流血。途中で何度も心が折れそうになったが、踏みとどまった。
いつも土壇場で人生が暗転する“ドタキャン人生”。東農大在学時の2004年にアテネ五輪に出場。1回戦、エチオピアの選手に途中までリードしていながら、最終回に不可解採点で逆転負けした。卒業時には地元・秋田県の体育協会に就職が決まっていながら、卒業2週間前に採用を取り消された。就職口もなく、プロ転向を目指して帝拳ジムの門をたたいた。
世界王者になる人間には子供のころの武勇伝の一つや二つはあるものだ。ところが、五十嵐はケンカの「ケ」の字もしたことがない。それどころか、中学1年まで毎月一度は病院通い。何かしら薬を常用しているようなひ弱な少年だった。運動神経もまるでなく、小学時代は野球、中学時代はバスケットボール部に所属したが、鳴かず飛ばず。高校時代の入学当初は“帰宅部”でブラブラ。ところが、1年の夏にクラスの友人に誘われてボクシング部に入部。いつも中途半端で挫折してきた男が軽い気持ちで始めたボクシングのとりこになって、世界までたどり着いた。
「28歳。ボクサーとして先は長くない。デビュー当初、5人だけの後援会が500人にまでなった。息子のように面倒見てくれたみなさんにありがとうと言いたい。限られた時間の中で恩返ししていきたい」。土壇場で人生を狂わされた男の逆襲が始まる。 (竹下陽二)
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