2012.7.17 05:03

五十嵐、世界初挑戦で新王者/BOX(2/2ページ)

11回、流血しながらもハロ(左)の顔面にパンチを見舞う五十嵐。2-1の判定勝利で新王者に上り詰めた(撮影・吉澤良太)

11回、流血しながらもハロ(左)の顔面にパンチを見舞う五十嵐。2-1の判定勝利で新王者に上り詰めた(撮影・吉澤良太)【拡大】

 赤く染まった形相はまるで悪魔だった。11回、ハロのグローブのひもが顔面を直撃。五十嵐の左目上がパックリ開いた。一発の力ではかなわない。前日計量で500グラムオーバーの失態を犯した王者に返り血を浴びせながら、愚直にアマチュア仕込みの右ジャブ、左ストレートを当て続けた。

 「ずば抜けたパンチ力だった。あんな重いのは初めてだった。12回は必死で覚えていない」

 相手の猛攻をしのぎきり、試合終了のゴングが鳴ると、両手を高々と掲げた。リングアナのコールは「新チャンピオン!」。大歓声の中、全身の力が抜けたようにホッとした表情を浮かべた。

 “永遠の王者”が力を与えてくれた。世界初挑戦まで1カ月を切った6月24日、大場さんが眠る埼玉県南埼玉郡の妙本寺を訪れ、墓前にベルト奪取を誓った。この日の控室には、大場さんが現役時に使用した減量着がお守り代わりに置かれた。

 先人と同じく逆境を力に変えてきた。アテネ五輪は無念の1回戦負け。2006年8月にプロデビューし、2年後の08年8月にようやく日本フライ級暫定王座を手にした。後援会も立ち上がったが、入会者はたったの5人。あれから4年。応援団は100倍の約500人にふくれあがった。五輪イヤーで人生の節目を迎えた男は、念願のベルトを腰に巻き号泣した。

 名門ジムに、その名を刻んだ。Sフェザー級の粟生隆寛(28)、Sバンタム級の西岡利晃(35)、バンタム級の山中慎介(29)に続き、帝拳ジムで4人目の現役WBC世界王者。先駆者3人がリングサイドで見守る中、「自分はぶっちきりのペーペーなんで」と頭をかいた。

 帝拳ジム初の世界王者となった大場さんはV5戦から23日後、首都高速5号線で事故死し、23歳の若さで帰らぬ人となった。世界王者となり、長男・比呂くん(2)をリング上で抱く夢も実現した28歳の五十嵐はいった。「年齢的にも先は長くない。残された時間で、できる限りのことをやりたい」。目標はただひとつ。防衛を重ね、ベルトを保持しながらリングを去り、“永久のチャンプ”になる。 (江坂勇始)

(紙面から)