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7/13の官邸前デモ - 事件とドラマと感動があった鬼門
7/13のデモ、主催者が鬼門と呼んでいる国会記者会館前に私が陣取ったのは、理由があって、いつも19:30頃に終了したときに警察と群衆が揉み合いになる現場を、今度は自分の目でしっかり確かめたいと切望したからだった。官邸前交差点の横断歩道正面の一等席。ここなら、過去(6/29、7/6)二度起きた事件が再現されたとき、真っ先に飛びこんで肉迫し、現場で何が起きているか、警察と市民と主催者の三者の一挙一動を精緻に観察することができる。そして誰よりも正確に報告することができると、そう思ったのだ。今回、警察は鉄柵を歩道と車道の間に張り巡らせ、そこに警官をびっしりと並べ、鉄柵と警官の壁を作り、蟻の這い出る隙もないほどの堅固さで道路空間をブロックし、何が何でもデモ市民を車道に出さないぞという厳重な警備体制を敷いていた。過去になかったことだ。それだけではない。歩道の塀の向こう側、すなわち国会記者会館の前庭には、これまで見たこともない数の公安刑事の軍団が待機して立ち並び、片手に小型カメラを持ち、青いPoliceの腕章を巻き、こちらを撮りながら鋭い目で歩道上を睨んでいた。総勢で30人弱いただろうか。彼らは任務を遂行しているのだが、その尋常でない視線の鋭さは、それを放たれる者にとっては明らかに威嚇である。
彼らは、歩道の持ち場を警備する若い警官とは目つき顔つきが全く違う。敢えて表現するなら、広域組織暴力団の幹部集団のような恐さを感じた。左翼を取り締まりに来ているのだ。デモを首尾よく封殺するのが目的だ。何かあったら公務執行妨害で検挙するのが狙いだ。その場所で、幾つかの事件が起きた。どれも、ネット上で主催者から口汚く非難されて情報が拡延されたところの、主催者にとって苦々しい瑕疵となっている7/16デモの諸事件である。その中で、最も大きかった出来事は、「都教組・地域ネット」とか書いたオレンジの幟を持った男性がそこに来て起きた一幕だった。年齢は60代半ばだろうか。その周囲に3、4人連れの同じ年格好の男女がいて、彼らは午後3時からこの場所に来て、7/16の大江健三郎の「さよなら原発」集会のリーフレットを配りつつ、デモについてネットで論じられている四方山話に興じたり、MisaoRedwolfが目の前を大股で歩き過ぎるのをタレントを眺めるような好奇心の眼差しで追っかけたりしていた。そこへ、白髪まじりの「都教組」の幟の男が来たのである。目ざとく見つけた男女の方が、それ降ろしなさいと言い始め、私にとって7/16デモのハイライトとなる事件が始まった。3人連れは、この官邸前デモのルールで組合旗は禁止だからと説得を続け、男性は、私には思想信条の自由がありますと譲らず、穏やかながらも緊張した空気が両者の間に張り詰める事態となった。
そうするうち、脇の方にいた誰かから「一人くらい認めてあげてもいいじゃないか」と声が上がった。それを契機に、「そうだ、そうだ」と擁護する声が周辺から立ち上がり、男性が排除されずに居場所を落ち着ける状況になった。その始終を国会記者会館前庭から公安刑事の一団が見守っていた。口元に何か意味ありげな不吉な含みを漂わせながら。孤立無援の都教組の男性は、いかにもそれらしい風貌の人だった。ずっと長く現場で教師をしてきた人だ。87年だったか、88年だったか、忘れたが、仕事から家に帰ると、毎晩、久米宏のニュースステーションで都教組の分裂劇にカメラが入り、凄惨な仲間割れと追い出しの抗争劇を中継していたことがあった。主流派と反主流派の二派による泥沼の非難の応酬の中で、大会会場にいた女性教師の一人が、「やめてーッ」と金切り声で泣き叫ぶ声がマイクに拾われた。日本政治史の重要な一瞬、私はその場面を思い出していた。おそらく彼は、そうした修羅場と断末魔の中を潜り抜けてきた一人なのだろう。久米宏のその報道を、山口二郎が、山岸章が、岸井成格が、菅直人が、嬉しそうに口元を綻ばせて眺めていたに違いないのだ。国会記者会館前庭の公安刑事の一団と同じように。同じ仲間同士が啀み合っているのだ。手を取り合わなくてはならない者同士が喧嘩を嗾けられているのだ。彼に「旗を降ろしなさい」と詰め寄った女性は、官邸前で女たちがダイインした6/7の抗議行動にも参加していた。
きっと、旗を降ろせ降ろさないの関係になった二人は、昨年からの脱原発の抗議行動にも、一昨年の普天間をめぐる抗議集会にも、一緒に顔を揃えているはずの者同士なのだ。私も、最近はデモや集会に出かける機会が多くなったが、そうした現場で圧倒的に多く見かけるのは、必ずと言っていいほど、鍔のある帽子をかぶった60代後半から70代前半の前期高齢者の男女である。公務員を退職して老後生活を送っている人とかが多いのだろう。どうして、どうして同じ仲間同士が啀み合わなくてはいけないのだろう。互いを個人として認め、互いの持つレゾンデートルを認め、譲れない思想信条の一線を認め、その者が不遇と苦境の人生の中で、多くの犠牲と共にコミットしてきた遍歴の証を認めてやれないのだろう。オレンジの「都教組」の旗は、何やら粗末な手製のものらしく、かなり古びてくたびれたものだった。そうこうしているうち、誰かが機転をきかせ、例のA4版の「大飯原発再稼働反対」と「No Nukes」のプラカードを「都教組」の幟の先端にクリップ止めする展開になり、主催者からの禁止と排除の強制から防衛してやる顛末となった。いい感じだった。そのクリップ止めの苦肉の策を率先して手伝ってやったのは、件の、最初に「降ろしなさい」と迫った女性である。20時を過ぎて解散になったとき、女性を含む3人連れと「都教組」の男性とは仲良くなり、握手して挨拶し合う関係になっていた。これが、まさに7/13のデモのハイライトだった。私は感動の場面に立ち合うことができた。
このデモにはドラマがある。そして特に、主催者が要注意の警戒場所とする国会記者会館前は、7/13のデモでは政治のドラマが多かった。二つ目は、例の「全学連」の学生のご一行の登場である。全部で10名ほどだろうか。私も政治を専門に研究している者だから、表情と仕草で彼らが何者であるかは一目見て分かる。だが、すでにTwitterで書いたように、主催者の感じ方と私の感じ方は大きく違う。一部主催者のセクト論の弄びや激越な反左翼アジテーションは、せいぜい90年代前半の「政治趣味」のカルチャーの投影であり、およそ時代錯誤も甚だしい病的弊害の噴出と言わざるを得ない。学生一行は、共産党の左側にある二派の一つだが、辺見庸ほどの擁護の視線は不要としても、すでに40年前や30年前の組織が維持されているわけではない。今、彼らの右側にいる共産党は、委員長がデモの来賓格としてスピーチに呼ばれ、機関紙である赤旗新聞でデモを全面的に礼讃し宣伝する蜜月の関係である。政治的位置が少し違うだけなのに、片方は主催者に歓迎され、片方は蛇蝎の如く嫌われ拒絶される。差別される。一方的に排除される。もし戦争でも始まれば、尖閣でコトが起きれば、共産党が彼らと同じ差別と排除のポジションに押しやられるのだ。事実上の非合法の存在になるのだ。私が思ったのは、一部主催者の悪罵や偏見とは全く別のもので、この子たちは就職は大丈夫だろうかということだった。こんな時代に、そんな立場で、大量の公安(政治警察)が待機して小型カメラで網を張る中に身をさらして。
学生たちは、いかにも都内の私立中高一貫から大学生になったという雰囲気の顔をしていた。一人っ子で親に大事に大事に育てられ、文科省がゆとり教育を進める中、ママとパパの期待を背負って小学生から塾通いし、受験戦争を潜り抜けてきた子どもたちだ。前回、小さな子ども連れの家族がデモに参加している問題について、われわれは自分が小さな子どもを育てていた頃を思い出さなくてはいけないと言った。小さな弱い弱い命。少しでも手を離し、目を離せば、一瞬で失われてしまう命。かけがえのない自分の分身。自分だけが守ってやれる命。自分だけを頼りにしてついてくる命。その子の1歳のとき、2歳のとき、3歳のとき、その子の若い親だった自分のことを、思い出さなくてはいけないのだと言った。もし、年齢が50代以上で、自分の子どもが大学生だった頃を覚えているなら、その者は、デモに来ている学生に自分の子どもと重ね合わせて見つめる視線を持たなくてはいけない。どのような政治的立場であれ、その子にも親はいるのだ。愛情を注いで育て、必死で大学に入れ、高い高い授業料を納め、この不況下で就職を心配している親はいるのだ。わが子の幸せを思っている親はいるのだ。就職氷河期の現在、どれほど難関の一流大学でも、コネなしに希望の会社に入ることは容易ではない。私は、彼らを邪悪な党派としてしか扱わず、邪魔者として排撃する主催者の偏狭なTweetに俄に同調できない。公安警察の毒々しい監視網の中に入り、就職と将来のリスクを自ら負っている彼らの親のことに思いを馳せてしまう。
最後の事件であるところの、マスコミと警察に対するデモ市民の抗議については、また別に書くことにしよう。マナー違反とかルール違反を根拠にして、その行為を主催者(と主催者の信者)が禁止しようとする措置に私は納得ができない。個人には言論の自由がある。そして、あのハンドマイクの男がマスコミ(フジテレビ)に向かって吐いていた暴言は、私自身の心の中にあるもので、まさに代弁そのものに他ならないのだ。そして、マスコミに対する怒りの暴言は、あの場所でしかできないことなのだ。逆だろう。禁止してはいけないのだ。自粛してはいけないのだ。口を開いて言わなくてはいけないのだ。あの場のマスコミの人間に対して、なぜ取材に来ているのに放送しないのだと、誰のための報道機関なのだと、なぜ放送法を守らないのだと、市民が強く抗議しなくてはいけないのだ。あの場所だから、一人の抗議が全体の示威になるのだ。
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thessalonike5
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2012-07-15 23:30
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