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改稿をしてるだけでこの話に特に意味はありません。次にはありますけど。
IF (1)

 ブリテンの戦いは、終わった。
 騎士達の亡骸が、黄金だった草原を覆っている。
 血潮の匂いを風が運ぶ。
 手を伸ばしても届きそうにない空と、手を伸ばせば掴めそうな雲。


 ―――剣だけが、華と散ったユメの墓標。
     それはもう、彼女が求めた理想郷ではなかった。

 
 もっと長く平和な国を築けられたら、良かった。

「―――、ぁぁ――――」

 前だけを見据え続けた結果がこんな絶望。
 結局、王であろうが少女であろうが、自分には守れるモノなど存在しなかったという事か。

 それを、何度繰り返すのだろう。
 その間に、どれだけの犠牲が出るのだろうか。
 ああ、だけど、それでも―――

「……聖杯は、必ずや私が……」

 果たせなかった王の誓いを、果たしてみせなければ。
 果たせる筈もない誓いは、全てこの身と共になかった事にしよう。
 
 聖杯を得る為に、戦いの後ろで流される涙を。
 不甲斐無いばかりに出た嘆きを。
 摘み取る事で―――人々が幸せに笑えるのだとしたら。
 国を、民を。ランスロットとギネヴィアを。アイリスフィールの命を。
 
 ………この手で救えないのなら、救えるモノに託そう。



「――――私の祈りなんて」



”体は剣で出来ている”

  ――――誰よりも多くのモノを切り捨ててきた。
        常に先陣に立って敵を駆逐した。結果で騎士たちを抑え付けた。


”血潮は鉄で、心は硝子”

  ――――無謬の王で在り続けた。
        その十年間で一体幾つの心を捨て置いたのか。


”幾たびの戦場を越えて不敗”

  ――――それでいいと。どのような戦であれ、それが戦であるなら犠牲が出る。
         ならば前もって犠牲を払い、無駄なく敵を討つのが最善だと。
   

”ただの一度も敗走はなく”

  ――――国を守る為に、自国の国を干上がらせて軍備を整える事を常道として。
        効率よく敵を倒し、戦の犠牲となる民を最小限に抑えた。    


”ただの一度も理解されない”
 
  ――――王は人の心が分からない。     
        当然だ。誰か一人を思えば弱くなる。王でいられなくなる。   


”彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う”
 
  ――――この結末をやり直そう。
        こんな得るモノのない勝利を胸に秘めるのは自分だけで良い。


”故に、生涯に意味はなく”
 
  ――――自分なんかよりずっと心の強い王がいる筈だ。
        硬く、折れず、鋭い名剣のような。そんな王ならば国を救えた。   
  

”その体は、きっと剣で出来ていた”
  
  ――――私は頭を垂れ、膝を屈した。
        それでもこの手には剣がある。だから私は、まだ――――


「……ごめん、なさい……」

 何に謝るのか。
 何がそれで変わるのか。
 全てをなくそうとしているのに。
 
 ――――でも確かな事は一つ。
 詫び続けていればアルトリアは動けない。
 それは罪を忘却するという事に他ならない。
 ――――そんなコトを解りきって、なお謝るのは、謝り続けるのは、きっと。
 




     「――――いらない。そんな事は、望めない」




 失った物、無くした物は戻らないと。
 痛みにのた打ち回りながらも、彼女の主はそう、口にした。

「私、―――私は」

 それでも、彼女はなかった事にしたい。
 自分以外が王となったならばもっと長く平和な国を築けたのではないか。
 人々が幸せに暮らせていたのなら、それはどんなに――――


”――――多くの人が笑っていました。
      それはきっと、間違いではないと思います”


 マーリンが見せた未来には、破滅だけでなく偽りの無い笑顔があった。
 そうだ、選定の剣を前にして少女は言い切った。それを―――王のアルトリアも信じ続けた。

 だから……だから、すべて揃っていた。
 騎士としての誇りも。王の誓いも。少女が夢見た理想郷も。





”―――今までの自分が、歩いてきた道が間違ってなかったって信じている”





 あの結末が悲しみだけだったとしても、その過程に失ってはいけないモノがある。
 多くのモノを奪い、多くの死を重ねてきた。
 私はその代わりに理想を叶えてきた、だからそれは誇り続けなければならないコト。

 ただそれは―――王であるアルトリアの物で。
 間違ったままの私の物ではないはず。
 
 やり残したことがあるのなら、それは過去ではなく未来で果たすべきだろう。
 ……でも聖杯を求めた身で此処に居続けるのは、ソレはひどく虫のいい話ではないだろうか。
 離れられ、恐れられ、裏切られようと、それでも非情の王で、冷酷な王であり続けた。
 だが痛みはあっても、つらくはなかった。
 こうべを垂れる必要はないと、そう教えてくれたシロウに自分を誇っていく為にも―――
 




「……ええ、あの聖杯もこの私も、有り得てはいけない夢だったのです」




「―――はい。貴方ならそうしてくれると信じていました、マスター」




「マスター、命令を。貴方の命がなければ、アレは破壊できない」



 
 
 


 ―――黒い太陽。
 
 空に穿たれた『孔』は、真実、底抜けの闇。
 全ての呪い。押し付けるように、不穏な風が吹く。
 これが願望機たる聖杯。衛宮の名を持つなら、絶対に負けてはいけないもの。

 捧げられる生贄のように、『孔』に繋ぎとめられていたイリヤを下ろす。
 ……意識はいずれ戻るだろう。
 でもこのままじゃ、風邪を引いちまう。
 出来るか出来ないかは無視して、魔力が戻ったら布でも複製してみよう。

「――――――」

 そしてまた空を仰いだ。
 山の上の柳洞寺。頂上に近いここは、人工の光に邪魔される事もなく星が見える場所。
 でも残念だ。穢れた聖杯は極彩色のフィルターを被せ続ける。
 天蓋がどこにあるかさえ分からないほど厚いそれは、長くあるだけで、なにか善くない影響を与えてしまいかねない。
 
 ――――これを残せば、世界は終わる。
 
 それでも脳に浮かび上がらせるのは何もない。
 一度見ているからなのか。一部とはいえ、その中身を浴びたからなのか。
 目の前の太陽が、多くの人と物を燃やした元凶と同じ存在だというのに。
 
 先のことしか、俺は考えられなかった。
 ――――セイバーが消える。
 誰よりも幸せになってほしいと思った人間と共に居られなくなる。

   ”――貴方が私の――”
 声、まだ思い出せる。当たり前だった。
   ”――ほう、これは――”
 仕草、食事が好きだったり、風呂も気に入っていた。
   ”――私以外の誰が――”
 凛々しい佇まい、向けられた信頼に気づくのが俺は遅かった。
   ”――――問おう”
 蒼光の中の出会いを、俺はたとえ地獄に落ちても―――


「――――」
 

 ………そして、聞き覚えのある足音を聞く。

 魔力で編んだ銀の甲冑はない。
 ギルガメッシュ相手に出し惜しみなんてしていられなかったんだろう。
 でも翠の瞳は綺麗なままだ。俺が憧れた強い輝きのままだ。
 
 強がりを通り越して、誰かのために自分を鉄で覆った姿は、彼女の夢で見慣れたもの。
 でも止めることは出来ない。
 アルトリアという存在に誇れる自分は。
  
  ”――子供の頃、僕は正義の味方に――”
 
 誰かに負けるのはいい。
 だが自分には、セイバーには、絶対に負けられない。
 傷つき、自分さえ捨てても、信じる理想を求めて戦い抜いた彼女を、
  
  ”――私が、愚かだった――”
 
 美しいと感じ、守りたいと思った。
 俺が彼女を本当に愛しているのなら。
 その誇りを汚すだけはしてはいけないこと――――


 俺の横を通り過ぎ黒い太陽に向かう。
 約束された勝利の剣(エクスカリバー)の間合いにセイバーは踏み込んで、

「マスター、命令を。貴方の命がなければ、アレは破壊できない」

 結実の時は来た。
 ……彼女の助けになると誓ったんだ。
 
「――――シロウ。貴方の声で聞かせてほしい」

 その代わりに一緒にいてくれと願えば、/それが俺に出来る最後の、

「――――――――」 
 
 セイバーが高く剣を構える。
 ……だから俺は意地でも負けるわけにいかないんじゃないか。

 まなじりを抑え付ける。
 それでも足りず、唇を噛む。
 でも足りない。血が滲むほど拳を握り締める。
 この心を、出来るだけ鮮明に、左手の刻印を思い浮かべ。

「――――セイバー。その責務を果たしてくれ」

 短い言葉だったが、背中を押してやるには充分だったと信じて。
 剣と鞘を象った左手の令呪。
 
 ――――最後の一角を使う。


 人々の”こうであってほしい”という想いの結晶。
 尊い星の輝きが空を駆け上がる。
 そして最強の聖剣によって、泥を吐き出し続ける『孔』は両断された。



 遠くに見える地平線。
 一秒が恐ろしいほど速く、風のような夜明けが近づいてきていた。
 目の前に広がる荒野と金髪の少女。
 ……ただ、ひたすら眩しいそれを、長く忘れないように見つめ続ける。 

「――――っ」

 手の甲にある最後の令呪が消える。
 その痛みで再認識した。
 セイバーとの別れは、もう変えられないと。
  
 空は涙のように澄み切った色。
 ちょうどセイバーがいま着ている服と同じ目も醒めるように青い。 
 ―――そして彼女は、こちらに背を向けたまま。

「これで、終わったのですね」

「……ああ。これで終わりだ。もう、何も残ってない」

 ぶちぶちと音を立てるようにセイバーとの間に通うラインがちぎれていく。
 終わる時になって、初めてその存在を認識する事にそれでも、これでいいと胸を張ったまま。

「そうですか。では私たちの契約もここまでですね。貴方の剣となり、敵を討ち、御身を守った。
 ……この約束を果たせてよかった」

 明確な”さよなら”も、”ありがとう”も言えない。
 本当に。どうしようもないほどに、口に出す言葉がなくなった。



 ―――――そう思った瞬間。



 急に目の前が暗くなった。
 理解は早かった。体が内側から闇に呑み込まれたのだ。
 
 体が溶けていく。存在そのものが磨耗し、縮んでいくような錯覚。
 大半の感覚はとっくに消えて、雲のように意識だけが浮いている。
 
 言峰が『この世すべての悪』と呼んだ泥に呑み込まれた時と似ていた。
 
 違いは意識が残っていること。
 存在を否定し続ける声と、人間の汚い部分を見せられることが無い。
 何処かに流されていく、というのも違った。
 なにか大きなモノに落としこまれて、やがて終点にぶち当たって粉々に砕けるのではないか。

 ……脱出は不可能。魔力が枯渇している。
 
 だいたい、体を何処かに置き忘れているんだ。
 希望なんてない。何をやったって助からない。
 だから、

 ――――赤い世界を思い出した。
 目に涙を溜めて、生きている人間を見つけ出せたと。
 心の底から喜んでいる男の姿を、何も見えない目に焼き付けた。

 あの時、俺は手を伸ばした。
 地獄の中で足を止めずに生き延びた。
 ここと、始まりと。希望がないその事実に違いなどない。


 ――――そう、だから。
 子供の自分に出来て、衛宮を貰った自分に出来ない筈はあり得ないだろう――――!
 
 
「…………っ! あきらめ、られ、る、か」

 何もない。それなのに声が出た。
 それが錯覚でも、拳を懸命にきつく握り締めた。
 だから次はこの手を伸ばすだけ。
 アイツの姿を最後まで――――俺はセイバーとちゃんと別れたいんだから……!

 撃鉄を頭に落とす。
 
 ガツン、ガツンと冗談のように多い引き金を打ち付けた。
 それが限界に達したと思った瞬間には、一斉に引き抜かれる。
 なけなしの生命力を費やして、マナを取り込もうとして、
 
「っ――――!?」

 セイバーとまだ、つながっていると気づいた。
 それどころか近くに気配を感じる。
 もしかして、アイツも一緒に呑まれたっていうのか。

「   、    」  
 
 セイバーを助けたい。
 自分の身さえ手に余るのだから、それが無茶だと理解している。
 
 でも自分なんかより、ずっと助かってほしい。
 何のために戦ったと思っているのか。
 頑張った(セイバー)が報われるようにと、そう願った。
 彼女を助けられないなら、衛宮士郎(オレ)はここで死んでしまえばいい――――!
 

 ……なのに何も出来ない。
 自分に腹が立つ。遅すぎたんだと思う。
 伸ばした筈の指が感じ取れない。近くにいるんだから、せめて手を掴もうと思ったのに。
 もう意識さえ――――…………


「はあ。せっかく、剣と鞘がそろったというのに勿体無い。
 用意した身にもなってほしいものだ。
 何より―――このままでは、僕としてはあまりにも味気なさ過ぎると思うんだが」






「あれ――――なんで」

 目を醒ますと、夜になっていた。
 月が出ているので闇はそう深くない。見渡せば、森の中だった。
 
 綺麗な空気を吸って久しく肺を歓ばせる。
 しかし、そう感じるだけで時間と言うモノがない。
 俺はいままで何をしていたんだろうか?

 ……頭を振って思考をクリアにする。
 同時に、ちらりと視界の端に映ったのは。

「ぁ――――セイバー……!」

 そして、安心する。
 金髪の少女は穏やかに目を閉じていた。どうやら気を失っているだけのようだった。
 俺は一度、爆発しかけた心臓に一段落が付いてから、あんな所にいたのに普通に声が出たことに驚いている。
 
 ……? あんな場所って。ああ、確か。体が無くなったんだ。
 それなのに今は、戦いの前とまったく変わらない。
 変わらないといえば、此処は記憶にある聖杯戦争の前の柳洞寺そのもの……

「――――――ぅ」

「……大丈夫か、セイバー?」

「―――シロウ? ……ええ。それよりシロウこそ、」

 どうかしたんだろうか。
 急に自分の手を見つめて……


 そして顔を頷かせたまま。


「どうやら、受肉しているようです」

 耳を疑うよりもまず、泣きそうなセイバーの表情に気をとられた。


 ――――受肉とは肉体を得るということだ。
 セイバーもその一人であるサーヴァントは、過去に存在した英雄の霊。
 その肉体はエーテルの仮初め。
 与えられた理由、それは彼女達は聖杯戦争のために時を越えて召喚されたのだ。
 だから位置づけとしては使い魔。アーサー王である彼女はセイバーの容器を得て俺と共に戦った。
 
 ここで重要なのは”過去に存在した”という部分。
 本来、現在に存在しない筈の彼らが存在するというのは明らかに自然法則に反する。
 だから存在し続けるには大量の魔力と依り代であるマスターが必要となるのだ。
 
 問題となるのは、大量の魔力。

 聖杯からのバックアップがあって、はじめて足り得る量。
 エーテルで構成された体は、維持するだけで魔力を消費するのだ。

 俺の魔力ではまったく足りない。
 ……だが本当の肉体を得ればそれは必要ない。
 望めば、自分の時代に戻らずこのまま現在に留まり続けることが可能だ。今のセイバーにはそれが出来る。
 
 ―――”セイバーが望む”のなら。


 受け入れたのに、なんで。
 そう、剥き出しの心を叫び出したくなる。
 ……それでも解る。どうすればセイバーを本来の時間に戻してやれるのか。
 だが。 

「――――――」

 明瞭に俺がもっとも恐れる光景を幻視()る。
 白刃が胸に突き刺さり、突き抜けた痛みのあと、霞のように消えていく姿。
 でも変わらない。いつもの彼女の冷静さで、痛いとも、叫びを上げもせずに、潔く去っていく。

 ……魔力を全て使い切れば。それならば、そんな姿を見ずに済むかもしれない。
 サーヴァントはそれで確実に消える。だから受肉していても。
 ―――だが魔力供給が僅かでも起きている限り、可能なのか。

「シロウ、私は、」

 ひどい顔。今にも泣き崩れそうな、そんな今まで一度が見たこともない顔。
 セイバーがじゃない。セイバーの目に映る俺がそうだった。
 ……自己嫌悪で死にたくなる。
 それじゃあ、セイバーと別れる瞬間はどうなってしまうのか。
 
 俺は――――

 1.山を降りる。考えるのはそれからだ。
 2.……何もしたくない、ただ自分のしたいようにする。
 3.………セイバーの、解答を待つ。


 
 選択肢は付けてるだけ。ぶっちゃけ、このままセイバーが丘に帰る道が一番無難だと思ってます。
 
 ……関係の無い話ですけど、ここまででアーチャーに違和感を抱いた人はいてくれるのだろうか? 念の為に言っておきますがUBWルートの人という訳ではないですよ。


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