ちょっとやりすぎた。寝てないからだというのもある、けどそれ以上に忙しかった。もう整合性を半ば無視――――とかいう弱気なこと書くと不思議と調子が出てくる。……やっぱり俺ってMだなあ。
18 闇の向こう 後編
迷いはないと。信じる道以外の道などないと。
……その姿を、この身はどう見つめればよいのか。
「――――――――」
知らず、拳を握り締めていた。
空を仰いで、かつて立てた誓いを思い出す。
………あの時も、たしか冬だった。
少しばかり肌寒かった縁側で、父と遠い綺麗な月を見ていた。
『そうだね。本当にしょうがない』
正義の味方。その、誰をも救える人間を誰よりも求めていた父。
それに成りたかったが、成れなかったと。
自分にはその諦めが彼にとって、もう変えようもない事実なのだと悟れていたのか。
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」
何も知らない子供が、あまりにも軽々しく誓いを立てる。
だって自分は――――衛宮の名を貰ったんだから、その夢を継ぐのは当たり前だと。
「まかせろって、爺さんの夢は、―――」
だから本当に仕方がない。そうしたかったのだから、本当に仕方がなかった。
誰も救われなかったわけではない。/胸を張って進む為に。
憧れた人と同じところに立ってみせる。/なによりも救いたいのは、救いたかったのは自分。
目に映るすべての人たちを守る。/犠牲になった誰か。二度と同じ事は繰り返させない。
誰よりも頑張った奴は、誰よりも報われなきゃ嘘だと思う――――。/正義の味方になると誓った責任を果たさなければいけない――――。
……ふと。穏やかな顔が横にあった。
そして、自分にとって誰よりも正義の味方だった男は、
『ああ――――安心した』
贖いきれぬ罪を飲み込んで、……そんな言葉を残して逝った。
その時”衛宮”士郎は”衛宮”切嗣から理想を貰ったのだろう。
だから幾星霜が過ぎようとも。
その言葉は、その光景は―――この胸に克明に残り続けると信じられた。
呪いのような。/重い想念。
けれどその原初が、あまりにも美しかった。/
誰も助けてくれず、誰も助けてやれなかった。その中で、たった一人だけ―――
「 ――――――…」
偽善でもその果てにあるものは、絶対に本物だ。/切り捨て続ける生涯を。/
ならば手を伸ばすだけ。
前に進む。ただ前にしかないと、ひたすらに強く思い続けた。
受け継いだ理想は、きっとヒトの幸せを紡げるモノ。
それ故に。この身に諦める道なんて、絶対にないのだと――――
「”約束された勝利の剣――――!”」
尊きユメを集めた剣が轟く。
「”天地乖離す開闢の星――――!”」
天と地に乖離せし剣が唸る。
光の剣閃と断絶の暴風。
天に届けとばかりに閃く二人の英雄の本懐。
超絶する神秘と魔力が白銀の甲冑と黄金の甲冑とを照らし上げた。
宝具の激突は、遠く離れていた衛宮切嗣にも見えていた。
高台の上。彼は狙撃銃を携えて下のやり取りを観察していた。
必要のなくなった暗視スコープから、覗き込んでいた眼を離す。
傍らのアーチャーには、周囲の警戒をさせていた。
「これは舞弥がいてもかわらなかったな……」
切嗣としては出来れば自分の手で、敵を仕留めかった。
道具としてアーチャーを使うのは出来る限り回数を抑えたかった。
―――しかし、目の前の戦場にいるマスターとサーヴァントを害する手段が切嗣にはない。
……過去を覗き見たところで、人間の全てを見通すことは出来ない。
あの記憶自体、ひどく劣化したものだった。だが横の赤い男が生前に正義を為すために少数を犠牲にしたことは―――間違えようもなかった。本来ならそんな盲目的な信用も信頼も置くはずもないのだが、同じ少数を犠牲にする衛宮切嗣には、よく解ってしまった。
だがそれはひどく脆い。
昨日、このアーチャーは自分に無断で行動をとったのだ。魔力の減りに気づいて問い詰めなければ、この男はその事を口にしなかっただろう。
……苛立つ。なぜこんな爆弾を背負わなければならないのか。
それでも使える内は使う。この身が介入できないのだから。
細かく上げればキリがないが、端的に言うなら遠距離の武装が意味を成さない。舞弥のサポートがあっても……。
現在。ランサーのマスターを務め、アイリスフィールの間接的な警護を行っている久宇舞弥。
彼女には使い魔の扱いも任せている。
それだけならば、重要な役についているワケでもない様に思えるが、その警護対象が聖杯の器、つまり切嗣の陣営のアドバンテージを守護している、となれば話は別だ。
しかしそれは久宇舞弥の本来の役割ではない。
彼女は衛宮切嗣を機械に見立てたならば、その補助部品。
アインツベルンの九年間で弱くなった切嗣。
その心を、”鋼”へと戒める、助手と言うには些か以上に異常な、相棒と言うにはあまりにも見当違いな役割―――この聖杯戦争では、そうなる筈だった。
運命の歯車は歪んだ。
アーサー王ではなく、自身と同じ正義の味方を召喚した。
その事で、その価値を再認識した事で、いまの衛宮切嗣は世界を救うためなら、なにも躊躇わなくなったのは皮肉か。
そう、例えばケイネス・エルメロイを相手にした時のように。人質を取るためなら、同じホテルの中にいる人間すべてを何の仮借なくスイッチ一つで殺す選択を行える。
それで切嗣に良心の呵責がないのかと問われればNOだ。
そして、その質問にはある前提が欠けている。衛宮切嗣は正義の味方としての行いを、正しいとは認識しているが、その方法を憎悪している。
つまり―――アーチャーの過去を見た事で、切嗣はより自己嫌悪を深めた。
”少数を捨てその他大勢を救う方法以外の救い方があってほしい”という切嗣が聖杯に希う願望。奇蹟に縋る動機が、より強固になっただけの話だった。
「――――アレが騎士王なのか、アーチャー」
黄金に輝く剣を握るサーヴァント。それを見ながら問う。
「マスターも魔術師ならば光の剣が宿す、甚大なる神秘を感じ取れているだろう。神造兵器―――これほどのモノだと私でも完全な複製は無理だ。また防ぐ盾も存在しない。……まさしく、あの剣こそが誉れ高いアーサー王が担うに相応しい剣だろうよ」
それが虚偽ではないのなら……
世界を割るほどの極光を放っている、あの少女騎士がアーサー王なのか。
伝承が捻じ曲げられるというのは、さほど珍しくもない。
騎士王の性別が男ではなく女であっただけで、特に何かが変わる訳でもない。
「それでどうするのだ切嗣? 英雄王に任せていれば、このまま倒されるという可能性は高い。だが生き残った場合は?」
聖剣の鞘はアーサー王が現界している今ならば、十分に能力を発揮できる。
つまり―――アイリスフィールがヒトとしての機能を少しでも長く維持させるには、ここで討つよりも、あと三体のサーヴァントが脱落するまで見逃せばいい。
正しくヒトとしてあるのなら、どちらを選べるのだろうか。
それが――――もはや衛宮切嗣には判じえない。
「……………………」
アーチャーの言葉は意図してのものではないだろう。
純粋にバーサーカーと、どちらを優先するかを聞いている。
それでも、切嗣はアーチャーの言葉に胸を抉られる思いだった。
”――――意味はない。”
冷静な声が、切嗣の裡を反響する。
殺人機械―――天秤を量り続けてきた切嗣が己自身に指を向ける。
”聖杯を得てもいないおまえには、感情で人を救う資格はない”
アサシンが複数体いる現状で、いったいどうやってアイリスフィールに会えばいい? いや会えなくても良かった。ただ、夫としての切嗣が心を軋ませ泣いていた。
妻を彼は愛している。九年前、奇蹟を叶える為には切り捨てるしかないと知っていた。でも愛してしまった。娘と共に惜しみない愛情をずっと常冬の城で注いできた。
”……ああ、やはりそうか。
それでも捨て去ろうというのだから、やはり僕は壊れている”
そうだ。最初から、妻を切り捨てるという前提が揺るいでいなかった。
聖杯戦争は短い。永らえても、一日やそこら。だが――そう、決して聖杯戦争の後も彼女と共にあろうという選択に至る事はない。
どれだけの意思を動員しても。どれだけの感情をかき集めても。
……想っても、ただ無駄なだけだった。絶対の意志に昇華するコトは、決してなかった。
愛しているのに。
理想を追うコトを衛宮切嗣は――――
――――だから、この世全ての悪を担う。
非情を尽くす。外道で在り続けて聖杯に手を伸ばそう。
――――このやり方に、不条理を覆す力がある筈だ。
たった一度の奇蹟は誰よりも必要とする者の手に現れる。
心が決まった。
だって――――犠牲に報う為に、奇蹟を望むのだから。
自分の在り方が、理想が許さないから、切嗣は動き続ける。
犠牲を容認した時点で、それ以外の選択肢は消えていているべきなのだから。
アーチャーの世界で恒久平和が叶わなかったのなら。
―――――ならば僕はその先へ往く。
それは、その世界の衛宮切嗣が弱かっただけ。
―――――――目指す光の彼方へ。
自分自身を打倒しなければ、何も成せないのだとしたら。
――なにがあろうと、どうあっても往く。
喪うもの、棄て去ったものに、この胸で誇れる世界を。
「――、――――」
……そうして、選び取られた。
「――――――」
だが、いや、だから切嗣は見逃した。
隣にいたアーチャーの表情が、なにかを吟味するようなモノだったコトを。
「……了解した。だが切嗣、焦りすぎるな。
聖杯は必ず手に入れる。恒久平和を実現させる。―――その時、私は存在せずに、貴方だけとなっているかもしれない。また逆に私が残るのかもしれない。ただ確かな事は、奇蹟はただ一組にだけにしか約束されない事のみ。失敗は――――」
最後までその言葉を聞くことなく、切嗣は去った。
破壊の洪水。
頂点に位置する剣の激突。
光と熱が戦いからそれなりに離れている俺達のところまで押し寄せてくる。
砂礫が来て、視界が少しの間だけ塞がる。
だが。
セイバーとギルガメッシュの周りには、余計な物は欠片一つも紛れない。
二つの宝具は、担い手以外の存在の侵入も、存在も許さない。
「こ、これが対城宝具同士の―――っ!?
嘘だ、そんなの嘘だろ、ランクEX―――対界宝具……!」
強い風の音に紛れてウェイバーの声は、よく、聞き取れない。
―――否。すべての生物が等しく抱く、ギルガメッシュの、原初の剣に対する絶対の恐怖で掠れているから。
「……!?」
俺とウェイバーは体を小さくして風の当たる面積を少なくしていた。
それでも煽られて浮き上がりそうになる体。
地面から剥がれた、秒速何十メートルもありそうなアスファルト。そんなものが、宝具の激突に気を取られるしかなかったウェイバーに向かって飛び、
ライダーが、すぐさまキュプリオトの剣を引き抜いて打ち壊し、守った。
「っ、大丈夫か、ウェイバー―――!」
もしもという事もある。喉に入る塵を忘れ、轟音に負けないように声を張り上げる。
……しかし、よかった。どうやら無事のようだ。
「……よし、ちと離れるか」
仁王立ちのままだったライダーが小さく呟いた。
暴風に負けず、深紅のマントを風に靡かせて体を動かす。
「――――――」
有無を言わさず襟首を掴んでライダーは肩にウェイバーを担いだ。
ウェイバーは何も言わずに従った。こと戦闘の危険に関しては英霊に口出しする余地は無いと理解しているからだ。
ライダーの手がこちらにも伸びてくる……その前に。
「すまない。……俺はここに残るよ」
断言して、閃光に焼かれそうになっても激流に目を向ける。
英雄王の余裕そのものか。乖離剣の回転はひどく緩慢だ。だがしかし、全くの同等だ。二つの宝具は拮抗している。
―――悔しいが、ギルガメッシュには余力が十分にあるという事。
……ぶつかり合う黄金の斬撃と赤い暴風はさながら天変地異のよう。
二つが相殺され、威力を減じず、そのまま後ろに抜ければ――――街の一角程度は跡形も無く消えさるだろう。
此処に介入を可能とする英霊など存在しない。
如何なバーサーカーとて、この殲滅の魔力に渦に飛び込むなど正真正銘の自殺行為である。
相克する宝具の撒き散らす神秘の飛沫を避けて担い手達に近付こうと、セイバーとギルガメッシュの周囲に迸る魔力の密度に阻まれて弾き返されるしかない。
「――――ぁあああああ……ッ!」
約束された勝利の剣が押されていく。
咆哮を上げるセイバーは、更に膨大な魔力を上乗せし、エアの猛威を押し戻す。
……だが、いずれ終わる。
形勢は火を見るより明らか。真紅の瞳には死への恐怖は無い。
対して翠緑の瞳は……いまだ諦めていない。そもそもエクスカリバーでエアには敵わないとセイバーは知っている。
「……まぁ。そりゃあ、そうだわな。マスターが離れる訳にはいかん。
すべての人間を救うんだもんな、貴様は」
そして、ライダー達が離れていく。
……心の中で礼を言う。ライダーはセイバーに俺を守ると言った。それなのに俺はそれを蹴った。だが、ライダーは何も言わずに去っていってくれた。
「行くぞ、――――投影、開始」
それを横目に、撃鉄を魔術回路に落とす。同時に鋭く意識を尖らせる。
「――――――」
―――投影魔術は衛宮士郎の唯一の武器だ。
だから隠さなければいけない。敵はギルガメッシュが最後の一人ではないが故に出し惜しむべきだろう。
聖杯戦争で英霊が真名を隠し、宝具の能力を隠すように、敵が多くいる序盤では手の内を明かしては、対策を練られてしまう。
自分の魔術が、そうそう他の魔術師に通用すると過信しているわけではない。
だが、不意を突く事くらいは、なんとか出来る。
……逆に言うと、不意を突けなければ、その時こそ俺は役に立たずとなる。守られるしかなくなる。
そうなれば、セイバーに掛かる負担が増してしまう。
それでも。
役に立てることがあるかもしれないから、備える。
何もしない、なんて――――
聖剣と乖離剣のぶつかりが恒星のように輝く。
白く霞んでいく視界。目を焼く閃光。認識をズラす恐怖。
それでも、無理をして、見る。
「………………」
セイバーは限界が近い。果たして、あと、どれだけそうしていられるのか。
「ク―――――」
ギルガメッシュが笑いを零した。
存外に粘るセイバーへの返礼として、更なる魔力をエアに籠める。拮抗していた魔力の波が、徐々に一方に薙ぎ伏せられていく。断絶の風と光の乱舞がセイバーに近付いていく。
だから。俺には見過ごせなかった。
このままでは、またギルガメッシュの剣の光に呑み込まれる。
このままでは、前のようにセイバーは傷を負う。血まみれの彼女を、俺は―――
設計図……ギルガメッシュに届く武器――――
乖離剣が作り出す暴風に墜とされない宝具。
いままで複製した武器。剣では風の抵抗をモロに受けるだろう。槍なら上手く飛ばせるだろうが、黄金の甲冑を抜ける威力がない。
それを可能とするの宝具なら、再現に時間が掛かりすぎる。一度、設計図を引いていれば裡側から引き摺り出すだけで済むのだが、都合悪くそんな物は無い。
――――検索、該当………、一件のみ。
昨日見た、アーチャーが矢として放ったあの角のような剣。アレにはAランクの純度がある。
だが使われた時にはあまりにも弓に番えられるまでが早すぎて、情報を読み取ることが出来なかった。
しかし、真名を聞いていた。
近似する魔剣――――宝具の原典の中に会ったカラドボルグの形をイメージ上で歪める。
剣であるなら――――不可能ではない。この身体なら為すのに難しくはない。
ギルガメッシュならば、防がれはするかもしれない。
だが所詮、衛宮士郎に出来るのはそれだけ。打てる手は全て打とう。
勝てないのならば、勝てるモノを用意する。
別の要因がなければ乖離剣にセイバーは切り刻まれるのは必定なのだ。
――――そう。別の要因さえ、あればいいのだ。
「―――■■■■■■■■■ッ―――!!!!!」
バーサーカーの存在感が膨れ上がった。その瞬間に消えた、違う、跳んだ。
直後に、パリン、と硝子が割れるような音。空間がひび割れ……ギルガメッシュを間合いに漆黒の騎士は立っていた。
―――それは令呪による空間跳躍。
その、二度目の奇跡の発現によってバーサーカーは不可侵の境界線を侵した。
真実、奈落そのものであるエアを乗り越えて、最強の英雄王の傍らに存在を許された……!
「――――痴れ者め。狂犬如きがこの我の横に立つか!」
ギルガメッシュは僅かに乖離剣を逸らす。赤黒い狂風の猛威がバーサーカーに伸びる。
「っ―――――!?」
驚愕の声は果たして誰のものか。しかし瑣末事すぎる。
受け、流している――――。ただ俺は、その神技に見入られる。
地獄の業火を紙一重でかわし、それでも撫で上げられるだけで身を守る鎧を灼かれつつも、削られつつも其処にバーサーカーは存在し続けている。
それは嵐の中で、帆を広げたままのヨットが、転覆せずに乗り切るのと同じ。
不可能が、目の前で成し遂げられている。
星が鍛えし剣―――『無毀なる湖光』がエアの魔力を逸らしていた。
「な―――に!?」
運が良かったのか。それとも狂化と剣の力か。
そのどちらもで、計り知れない執念が、今、成し遂げている。
哭くように、意地をはるように、―――鎧と同じ、漆黒の剣を振り下ろす。
「ぬぅぅぅ……!! おのれ、雑種の分際でこの我に――――!」
その瞬間、魔力の奔流が空間を満たす。
黄金の騎士が赤い光に包まれるように見えた時にはもう、その姿は掻き消えていた。
―――パキンッ!
狂戦士のフルフェイスの兜が割れて黒髪の素顔が露になる。
そして剣を握っていない方の、左半身側の漆黒の甲冑にひびが入る。
「ハぁ、ふぅ―――、……ランスロット」
しかし。セイバーの身体にも、鎧はなかった。
「――――これで、邪魔は入らない」
……そこで気づいた。いつのまにか、風の結界が張られている。
これで狙撃などを心配する必要は無い。またそれ以外であっても、突破する事も難しそうだ。
「行くぞ、バーサーカー……!」
「A…URRRRRRR――――!」
聖剣と魔剣の衝突跡。その灼熱の終焉すら待たぬままセイバーが駆けた。
雷光を纏うかのような姿。乾坤一擲の魔力放出でバーサーカーに向かう蒼銀の弾丸。
一撃、二撃、三撃、四撃――――
交錯する黄金と闇色の剣。
どちらも消耗している。剣戟に重圧を感じる事はない。
しかし刃が織り成す硬質の衝突音はひたすらに鋭かった。
烈風という表現すら生温い死を成す風。斬り刻むことに特化された領域。
ヒトの領域でしか生存できない衛宮士郎では、決して踏み込めない領域。
だから俺には何もするコトはない……?
それは――――ちがう、と思う。
これはセイバーが望んだ戦いだ。だから二人の戦いを邪魔するつもりはない。
しかし設計図は剣と鞘を用意している。念の為、というやつだ。
そもそもセイバーの勝利を疑っているわけではない。
”―――いいですかシロウ。貴方がサーヴァントと戦うというのでしたら―――”
道場でのやり取りを思い出す。体力は万全、足場は完全、逃走経路は確保済み、という状況以外での戦闘は無意味です……だったか。
逃走経路に関しては、少し怪しいが、
”―――貴方の戦いは、まず自身を万全にし、的確な状況を模索する事から始まるのです”
他は間違いなく条件を満たしている。なら自身の武器を用意するのは当然だろう。
鞘はともかく剣の方はイメージし続けているだけで圧迫感を感じさせている。
尖った物を押し付けられた風船に似た感じだろうか。
破棄は有り得ないが、この剣は宝具として上位に位置する物、ゆえに負荷は大きかった。
俺には分を超えた魔術行使。
肌を焼き、神経を破壊し、そのつど俺を廃人に追い込む投影。
……それでも。この身を急かす焦燥は――――
「――――っ、」
セイバーの表情が変化する。
ソレは戦いの物ではなく、なにかに気を取られた物。
――――同時に。遥か遠方から自分に向けられた殺気に気づいた。
体をそちらに向け、赤い閃きを視認する。
それはセイバーの神がかりめいたモノには遠く及ばない人並みの直感だ。
魔術師だからというのは関係ない。普通の人間のモノと何かが明確に違うと言う訳でもない。
「――――投影、」
ただ、しいて言うのなら。
幾度も死に近付いた経験によって構築された超然的理論。
そして内側から身を焦がすような、どこか見知った嫌悪の熱、いやこれは―――
「――――開始ッ…………!!!!」
弾ける衝撃。喰らいついてきた猛獣。
しかし、まだこの体は生きている。ならば心に衝き動かされるだけ。
―――敗けるわけにはいかない。
躰が吹き飛ぶ。ただ予感に従ったおかげで、咄嗟に衝撃を僅かだが流せた。
「――――シロウっ!」
体勢を崩すことなく、一切の安堵に身を任せることなく、鷹のように鋭い視線とこちらを気遣う瞳を肌で感じながら、
再度、牙を向けてきた魔弾に剣を合わせる――――!
風が流れる。
赤の外套がはためく。
空に向かって積み上げられた鉄骨の上。新都の開発の波に乗って建設を進めていたビルで、数キロ先の戦場に射撃をこれから行う為、アーチャーは黒塗りの弓を構えていた。
「もう少し離したかったが仕方がない……」
赤い外套の男の手に”矢”が具現する。それは射手が狙い続ける限り、標的を襲い続ける魔剣、”赤原猟犬”。たとえそれが剣であっても、弓に番えられた時点でそれは”矢”だった。
キロ単位も離れていながら弓という、ひどく前世紀的な得物を用いる、この無銘の弓兵が状況を把握する。
圧倒的な距離。
覆せぬ自分の有利。
それを無くそうと試みる挑戦者には、”赤原猟犬”を打ち落とさない限り、常に危険に身を置くコトとなる。
アーチャーの彼方を撃ち抜く技能は”矢”に依存している訳ではない。距離を詰められている間にも敵に追い討ちを掛けることが可能だ。
「…………………」
標的は魔術師。サーヴァントではない。
英霊である自分の攻撃を防げずに、気づく間もなくアッサリと一撃で終わる。
超遠距離から飛来する音速の矢に対応できる者など、熟練の戦士くらいのものだ。
ただそれは、互いが相手を知らぬ場合の話。
”……それでも。衛宮士郎は自分の矢を防げるのか?”
―――どうでもいい。
一使い魔を演じよう。あくまで表面だけ、だが。
いまは心にフタをして目的を達成するまでの道程を見据えるのみ。
”おまえはオレの願望を果たしうる存在なのか”
標的に決死の覚悟と理想を期待していた。
それを抱いている衛宮士郎なら、もしかしたら―――
「”――――赤原を往け”」
ぎちん、と弓兵の指先で伏竜がいななき、夜気を弾く赤熱の魔力を迸らせる。
もはや逃げ道はない。所有者によって名を解放された宝具は、その力を容赦なく―――
「”緋の猟犬”――――!」
アーチャーが引き絞った弦を解放する。軌跡は彼のイメージを寸分違わず辿り―――風の結界で威力を落としながら、なお標的に向かって翔ぶ。
そして襲撃。赤光と化した魔剣は、その特性を遺憾なく発揮してエモノに喰らい付く。
―――そして男は確かに命を繋いでみせた。
赤い男には解りきっていた事だが、その様はあまりにも生き汚かった。
そう、解りきっていた結果を眺めて……この男に一切の表情はなかった。
色素が抜けて、白く変色した髪を風に弄ばれながら。
「―――――理想を抱いて溺死しろ」
果たして、その言葉は誰に向けたものか。
空気という空気、その総てを塗りつぶしていた殺気が抜ける。アーチャーは残心を解く。
墨汁のように深い暗闇の中。その鋼のように冷たい瞳が、冬の風と同化しながら、自分自身を捉えていた。
「っ、ぐ――――!」
剣戟の最中、セイバーはオレに気を取られた。
あまりにも拙い。その相手にその隙は―――袈裟斬りを受ける。
咄嗟に後ろに引いて傷を浅くしたかに見えたが、彼女の左肩が上がらない……!
「セイバー……ッ!」
バーサーカー相手にそれは致命的だ。
セイバーには余裕がない。早く、なにか――――
「ガっ、この―――!」
黄金の剣で、一際大きく弾く。
敵が、俺の魔術ではなく、セイバーと契約している恩恵でこれを使えていると思い込んでくれる可能性を期待して、カリバーンを造り出した。そして、これでなら”矢”を少しずつでも削っていける。
――――また、矢が翻る。
二度や三度ではない。その度に渾身の力で弾かなければ、こちらが剣を構えるよりも迅く、頭か心臓のどちらかを穿ってくる。
幸いな事に、軌道は直線的だ。鳥のように旋回して狙ってくるのではない。じつは出来るが俺の不意を突くために隠していた……なんて場合でも、この聖剣ならば防いでくれるだろう。
それでも―――このままでは駄目だった。いつまでも俺が立っていられる訳がない。この剣がいくら優秀でも、使い手がやはり脆すぎた。
強化の魔術を眼球と腕に行使する。
脚にもそうしたいところだが、残念ながらとっくに中身がズタズタだ。
しかし結果としては変わらないかもしれない。
武器の強化に成功した事はあっても、肉体に成功した事は、一度としてなかった。
その武器でさえ、セイバーと契約する前の成功率は―――
「――――だから、それがどうしたってんだ……っっ!!!」
―――いける。いけるとひたすら思い込んでみせる。
失敗して破裂した時のコトは考えない。今はただ、目先にいるこのムカつく剣への対処。
……深く息を沈めるように。
概念の弱い部分へと、魔力を通し、満たす。
強化開始―――そして、ただ一度の減速なく成功する。
「ぅおおおォォおオ――――!」
盾となる剣の設計図を引き出す。ヘラクレスの斧剣でいい、とにかく何度も向かってくる、この魔剣の間に敷いて、そして―――セイバーと離脱するッ……!
「――――投影……っ!」
全速力でサーキットを廻す。
四節を省略し、なるべく頑丈になるよう基本骨子を重点的に再現して、
「――っっ完、がジ―――!」
矢を捌けなかった。おまけに回路が引き付けじみたモノを起こす。
なら魔力で補う。悪循環になるだろうが、それしかない。
くそっ、なんだっていい。腕を一本犠牲にしてしまえば設計図に魔力を通す時間くらい―――
「――――なかなかに気概のある奴よ。
ならばここは、余の出番に相違ない。任せろ、セイバーのマスター!」
不意に巨体に似合わぬ敏捷さで銅剣を煌かせ奔る、
燃えるように赤い巻き毛と深紅のマントの男は手に持つ無骨な剣を振り上げ、
「征服王イスカンダルが、この一斬にて覇権を問う、―――せいあッ!」
高々と声を張り上げていた。謳い上げるのではなく、戦場へ躍り出る資格を宣言するように。
そして轟然と振り下ろされたキュリプリオトが、魔弾を地面に叩きつけた。ねじ伏せられ、ひしゃげ、矢は剣に還り、その無残を晒す。
「なんで――――だ、ライダー」
同時に瞬く閃光。
牡牛が力強く蹄で白雷を散らしながら、神威の戦車が生じた空間の亀裂より現れていた。
前書きは本音。もう何がしたいのやら。
とにかく来週は忙しいし、次はかなり難産っぽいので、二週間先になるかもしれない。
それでは。駄文に付き合ってくださり、ありがとうございました。
っていうか―――え、文字数が一万を越えている?
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