15 時空の彼方で
槍と鎧の交差。火花と共に銀の光が零れる。
至近距離で剣と槍の英霊の眼光がぶつかる。
「――――――」
一秒に満たない必殺の好機。
必滅の黄薔薇の一撃は浅かった。
高密度の魔力で編まれたセイバーの鎧に弾かれ、ついに深い踏み込みを許す。
剣を阻む物は存在しない。否、あったところで、それさえ切り落とさんと――――
「うッッッ!!」
低く硬い、くぐもった声。
それを境目として、剣士と槍兵は互いに間合いを離した。
「はっ、――――は」
首を刈り取られる寸前、ランサーは腕を盾にした。
セイバーの剣は不可視であった。軌道は見えていなからこそ防戦を強いられた筈。
それなのにランサーは命を繋げた。
その一つの奇跡は、腕の動きと足捌きからその軌道を予測し、さらに自身の勘を信じた賜物だ。
―――だが、その代償は高かった。
深々と切り裂かれたランサーの右腕。削ぎ落とされた肉。傷を負った腕から骨が覗いていた。
風王結界は高密度の空気の層で刀身を隠している。
セイバーの魔力を常に流し込んで維持された”それ”は静止された物ではない。
エーテルによって構成された体ではある。が風の渦によってかき回され、壊死しているだろう。
可能性としては限りなくランサーの命は摘み取られていた方が高いのだから、運が良かったと形容するに余りあるのだが。
「感謝する……アイリスフィール……」
大気のマナが大きく動いた。
俺の魔力感知は下手というよりも、むしろ出来ないに近い。
それがこの時は出来た。
十五メートルの隔たりに居るアイリスフィールさんが強力な治療魔術を使ったのだ。
しかし、それでもこの戦いでの完治は不可能。
続く戦闘はキツいものだろう。
いくら双槍の使い手だろうと、片手で揮う槍にいかほどの力を発揮できるか。
そも、その手にはもはや一本しか握られていない。
赤の長槍は腕を盾にするため咄嗟に放し、今はセイバーの足元に落ちていた。
汗を流し、荒い呼気を吐きながらランサーはそれを見ると。
「ああ。お前の言うとおりだ、セイバー。
―――俺は間違えていた。この身は誓いを立てていたというのに」
覇気が、その身を包んだ。
それは獰猛な獣でありながら、無機物。
離れた位置であるにもかかわらず、喉元に刃物を突き付けられている錯覚を覚える。
それはもはや刃物という表現では生温い。名剣、名槍というのが妥当だろう。
だが、それでもセイバーにはかなうまい。
これでようやく同じ土俵に立っただけ。
精神面で対等ならば、それ以外―――肉体と技術がモノをいう。
「大きな貸しを作った。だが、生憎と返せるものはない。いずれ返す時は倍以上でさせてもらうつもりだが、問おう。―――なぜ俺の槍を防げた?」
「そんな機会があるとは到底思えないな、ランサー。此処で貴様が斃されるとは思わないのか?」
腹の探りあいは必要ない。
ランサーには必要でも、セイバーには必要ない。
一方的に相手のコトを知っているという反則がこちらにはある。
「む~~。しまった、これはマズイ。勝負が決しそうだ。
しかもランサーに退く気が、まったくないとはなぁ……」
近くでライダーの胴間声が発せられた。
ライダーは他の参加者―――サーヴァントを部下にしたいと思っている。
だがそれは、”出来れば”という注釈が入るだろう。
それにきっと、自分が発破をかけたようなもんだから、この戦いを止める事はない……ハズ。
「―――で、結局、オマエの作戦はご破算となるわけだ。
いいか、絶対に邪魔するなよ?」
でも一応ウェイバーは釘を刺した。
そして、うむ……と殊勝顔で返答を返すライダー。
……これで俺も本当に安心だ。
なんだかんだと無茶をする征服王の行動は俺には、どうあっても推し量り切れない。
あー、でも、もしかしたら遠坂なら出来るのではあるまいか。
なんていうか遠坂には赤い色が似合うから。実現したとして―――業腹だが、やっぱりアーチャーの方が良いな、うん。
二人が揃うと絶対にヤバイ。
誰も勝てないし、そんなのに勝てるのなんて藤ねえくらいしかいないし。
いや虎は勝てもしないし、負けもしないんだったか……。
正義の味方には悪なんてなくても、困る人がいるなら存在しなくてはいけない。
でも勝てなければ助けてあげる事も出来ないんだから――――
―――そして。セイバーが静かに腰を落とした。直後、
「――――!」
出でる魔力の極限噴射。
限界以上を引き摺り出し、なお疾く。ランサーの俊足に追随する……!
対して、ランサーは猛禽の笑みを浮かべ、傷を感じないかのように軽快に三歩後退し―――
「おおおォォォオオ!!!」
そこは戦いの跡が激しいアスファルト。
片手とは思えない力で亀裂の入った地面を槍で抉る。
「――――っ!」
セイバーは必殺の軌道を逸れる。その、すぐ横を掠める物体。
槍を持っていない方の手で突き飛ばした岩塊がサーヴァントの椀力で飛んだ。
僅か一瞬。そして彼女の視界からランサーの姿が消えた。
奔る稲妻のような刺突。
あらゆる物を穿つであろう英雄の一刺しがセイバーの急所めがけ繰り出される。
セイバーは迎撃し、刹那の間だけ足が止まった。
「させるか……!」
―――その、全てが時間稼ぎ。
黄槍を突き出した姿勢のままランサーはすぐさま赤槍を拾いに行く。
「な、に!」
しかしこの時、運がランサーに味方した。
いやそれも計算の内に入っていたのか。
先程の岩塊の破片のばら撒かれたそこは、マトモな足場ではない。
敵しか見ていなかったセイバーの体勢を崩し、振るった剣はランサーに弾かれる威力。
捌き、加速の踏み込みを相手より迅く。
疾駆するランサーはついに”破魔の赤薔薇”を取り戻す。
「く―――――!」
「つぁあああ――――!」
ランサーを中心として粉塵が巻き上がる。
リーチの差を最大限に活かし、セイバーは踏み込みを回転薙ぎで払われた。
ひねる躰と、振るわれた槍は、もはや神速の域に達していた。
腕に傷を負っていようが、それをものともせず、かつ彼の脚は健在であったが故に堅牢な盾となし、セイバーの剣を防いだ。
だが決して、次へ繋がる攻撃ではない。
―――しかし死力を尽くした、生存へと走る、けれど決して無様ではない槍撃だった。
……またぞろ足を取られるわけにはいかない。
比較的、裂傷の少ない路面へとセイバーは身を移す。そして間合いは六メートルに離れた。
セイバーに焦りは皆無……
対するランサーは微笑を浮かべ……
高まる気迫は空気を水圧同然に固め、呼吸さえ困難に陥れる。
一秒を極限まで引き延ばし、果ては時間さえ止めかねない濃密な殺意。
「……チ。ここまでのようだセイバー。次があるならその首は”真の主”の前で討ち取ってみせる。
そのときまで負けるなよ―――」
顔を唐突にしかめたランサーはそう言って後退をする。
そう言われたところで、馬鹿正直に見逃すセイバーなどいない。
体を前傾姿勢に倒し、不可視の剣を後ろに向け、風による加速によって斬り伏せる―――!
……しかし逃げるのかと思われたランサーは足を止めたまま。
その姿を見て、セイバーは躊躇う。それは真名をここで晒してよいのか、という事。
風の加速の一瞬はあまりにも有名すぎる宝剣を晒す事になる。
しかし、だからといってそれ以外の方策はない。逃げに完全にまわったランサーのサーヴァント中随一の足を捉えるのは至難である。
”だがアーサーの名が知られるのは拙い。鞘の存在を勘付く者がいれば対策を立てられてしまうのではないか――――”
経験した二度の聖杯戦争においてもその存在をついぞ敵に悟られる事はなかった。
なかったが、もし仮に――――
士郎を守りきれるかという迷い。
切嗣の手法を僅かながら知っているが故の不安。
僅かな思考だった。しかしその隙はランサーの逃走の隙となった。
「無作法で済まないが……アイリスフィール、失礼する」
ジリジリと後退したランサー。
そして、アイリスフィールさんの小さな悲鳴ごと脇に抱え上げた。
これではセイバーは剣を振るえない。どうやっても一緒に両断する羽目になる。
「すまんな、アイリスフィール、セイバー。
貴婦人を盾にする自分に虫酸が走るがこの体を止められる理由を見つけられんのだ」
その貌は言葉の通り、いやそれ以上に苦渋に歪んでいる。
しかし、一切の隙を見出せないのか、セイバーは足を止めたままだった。
「ッ……待て、ランサー――――!」
……そうして。
ランサーは一度も背中を見せることなく離脱した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「っ……間桐雁夜め――――…」
時臣が体現せんとする遠坂の家訓、常に優雅たれもこの時ばかりはその悪態を止めるには至らなかった。
だが別に直接の原因が雁夜にあるわけではない。
原因の一端であるかどうかは定かではないが、時臣は関わっていると考え、たまたま槍玉に挙げられたのが現在、彼のサーヴァントであるギルガメッシュと交戦している敵であっただけ。
時臣がプライドを自分で貶めようとも悪態を口にしたのは――――
『ギルガメッシュはトドメを刺そうとはしていません。
それどころか――――』
「いや、いい。それ以上は察しが付く。
それよりも、セイバーの真名が看破されたというのは本当か、綺礼?」
苛立ちの原因は聖杯戦争に必勝の策をもって望んだと自負する時臣の切り札である英雄王の真名が看破されたからだ。
更に加えて、それがバーサーカーとの戦いを長引かせてしまった事も原因の一端であると考えるから。
三日前の戦いでは令呪を消費してバーサーカーとの戦いを収めた。その時は『王の財宝』の真価の漏えいを防ぐ為であったのだが、いたく英雄王は機嫌を悪くした。―――おそらく、また同じように令呪を使用してはギルガメッシュとの関係は破綻する。
仮にもう一度おなじ事があった場合にもまた令呪を消費するなどとは考えたくもない。……残り二画なのだ。
『はい、アサシンの聴覚を信じるのであれば。八番目の――シロウ――というマスターの推測には穴が多数見受けられましたがその中には”乖離剣”の事も入っていました」
――――乖離剣。ランクEXという測定不能の数値を持つ英雄王の至宝、まさしく最強宝具。
それに打ち勝てるような宝具を時臣は想像出来なかったが隠しておきたかった。
最強は最強のままで維持しておくのがベストである。
自分のサーヴァントが負けるわけがないという確信はある。が、過信し続けるほど時臣は馬鹿ではなかった。
情報がまだ一人の胸の内にあるのならいい。だがそれは八番目のマスターと共にいた征服王の耳に入った。それはもはや、拙いなどの次元ではないのかもしれない。
彼は―――とにかく声が大きい。王とは影響力の強い生き物だ。
数日前のアーチャーとランサーの戦闘に割りこんで自分の傘下になれだのと言った時に心の底からソレを理解した。
そのイスカンダルが手下に引き込む為に有益な情報を、つまりギルガメッシュの情報を売り払う可能性は大いにあると時臣は考えている。
”アサシンを全て動員してでも、その能力を引き出し、セイバーの脅威に対する注意を希釈するべきか。
早急に事を謀るべきだろう……だがしかし、八番目の情報が少ないのがネックか”
ライダーたる彼は知名度も、功績も破格だ。その真の実力はあの神牛に牽かれた戦車だけに留まるわけではないと睨んでいる。
……それさえ明らかに出来れば、という理性。
……始まりの御三家の技術の漏えいの真実をあばきたい、という焦燥。
遠坂時臣はその狭間で葛藤していた。
だが――――その時だった。
『が―――グ、ぅ!?』
「っ、いったいどうした、綺礼!」
教会にいるはずの綺礼が苦悶を上げる。おそらくはラインからのフィードバックによるもの。感覚共有をしていたアサシンに何かがあった。
鍛えられた肉体でその痛みを封殺した綺礼が口を開く。
『それが、衛宮切嗣に張り付けていたアサシン十体すべてが消滅しました』
「……そうか」
今、この報告によって判断は決した。
これまでの聖杯戦争の運気を慮れば、もはや熟考する時間さえ残されていない。
「仕掛けてみるしかあるまいか――――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
宝具の群の後光を、魔光と変える邪笑を浮かべながら英雄王は高みより見下ろしていた。
その背後で全てバーサーカーを射殺さんと刃を向けていた宝具の内の一つが反転し柄を前にする。
「――――そら。これすらも防いでみせるか、狗」
その短剣を抜き、振りぬいた。
空間ごと氷結される大気。野太い、冗談のような氷柱が剣筋に沿って奔り行く。
だが狂戦士は怯む本能さえ忘れていた。
迫る巌の如き氷塊に、自らの魔力で染め上げた剣を叩きつける――――!
「■■■■■■ッ!!!」
英雄王は手加減をしている。
バーサーカーが傷も負わず防げる”財宝”の数は十挺余り。
その気になればギルガメッシュは倍の数を放てるだろう。
だが、それをしない。血色の双眸に殺意はない。愉悦もない。
つまりギルガメッシュにとってはこの戦いも遊びでさえ、茶番でさえない。
生かそうとしているのだ。
バーサーカーの、正確にはそのマスターの足掻きを嘲笑っている。
”せめて、その散り様で我を興じさせてみよ”と。
―――――ガギィン
簒奪した剣と氷の交差。結果はバーサーカーの手に持つ武器の喪失だった。
力を発揮した王の財宝と真名解放もままならぬ狂戦士。勝敗など、とっくに付いていた
いくら敵の武器を略奪しようと敵わない。もはや武器さえ、バーサーカーのその手にはない。
「ほう。次はそれを武器とするか、雑種」
――――触れた武器全てを。
武器としての概念が及ぶ万物を支配し、それらに宝具としての属性を追加する能力。
宝具の原典と相殺され、生み出された一際でかい氷の破片。
バーサーカーはそれを手に、またも虚空より打ち出された魔弾の一撃を防ぐ。
しかし一騎当千の宝具の投擲は狂戦士を弾き飛ばす。
”令呪をもって命ずる――――黄金のサーヴァントを殺せ”
マスターからの絶対遵守の戒め。
総身を莫大なる魔力が覆い、黒騎士を強化する奇跡が起こる。
着地をろくにとりもせず、跳ね飛ばされた勢いのまま道路を転がる。
重心の移動で即座に立ち上がると、更に風を巻く速度で瞬く間に十メートルを移動する。
それだけに留まらない。
漆黒の霞が晴れ、黒の全身鎧の細部、隠されていた姿が顕わになる。
ソレを見た誰かは、こう言ったかもしれない。
――――彼こそが、理想の騎士、その人だと。
五の戦斧、八の魔槍、六の聖剣。
だが同時にギルガメッシュが右手を振るっていた。
最低でもBランク以上の宝具の矢がバーサーカーに雪崩れ込む……!
鞘込めのまま携えられていた”彼の”剣。バーサーカーには、それだけしか向かい打てる物はなく。
「■■■――■■■■■……!!!!」
そして抜刀された瞬間、――――金属が衝突し、甲高い音が鳴り響く。
轟音と閃光は砕かれた武器の放つ怨嗟か。
真正面からの迎撃。しかし、バーサーカーの魔剣だけは健在。
先の威力が嘘のようにバーサーカーは踏みとどまっていた。
その手にあるのは星に鍛えられし剣。魔性を顕現させながら、なおかつての聖剣は衰えず。
円卓最強の騎士だけが持つことを許された、その姿までもが曝された。
声にならぬ、絶叫。しかし、今度は金属でなく、空間そのものから。
バーサーカーが地を蹴り疾走する。
それだけで、アスファルトは蜘蛛の巣状の罅を作り出す。
それだけで、周りの空気は軋みを上げる。
今の彼は、まさしく白兵戦最強の名を冠するに相応しい。
「逆徒の騎士……か。なるほど、まったくもって愚かしいな雑種。
獣に堕ち、己が罪を忘れようなどと――――ハ、失笑ものにも程があるぞ。道化が!」
……だが最古の英雄王は揺るがない。
微塵も動じず、その口元が喜悦に染まっている。
あるいは、やっとこの時、彼を認めたのかもしれなかった。
そして空間が黄金色で歪む。王の財宝の展開。
切っ先だけで四十通りの畏怖と絶望を撒き散らすソレらが、凶器の束が、たった一人に向けられ、
「彼を倒します。貴方をみすみす倒させるわけにはいかない」
放たれた鋼の群はバーサーカーへ一直線に殺到する。
バーサーカーが闇色の剣を振るう。剣風が奔る。
打ち落とし、斬り伏せ、打ち壊し、だが健闘むなしく残る十の刃が黒の甲冑を貫く。
―――――その時だった。
「……共に戦わせてほしい、友よ……」
ギルガメッシュの攻撃が暴風なら、その銀の風は何だというのだろうか。
衝突が喧しく鳴る。財宝が役目を果たすことなく墜落する。
されど。無骨な戦場の響きは、華美な音へと変わる。
二つの剣が並ぶ。――――故に立つのは一人ではない。
蒼で彩られたドレスと、その身を覆う白銀の甲冑。
数多の武勲を物語る無数の疵が刻み込まれた、その全身を覆う漆黒の鎧。
麗しき容姿。戦場に立つ勇姿。遍く騎士の誉れ。
何処までも穏やかな聖緑の瞳は、今も変わらずに信ずる道を見続けているのか。
多くの乙女を虜にした端然たる美貌。だが男の眼は、今は爛々と鬼火を燃やしている。
理想を掴もうとした者と理想を体現した者。
――――遠い輝きが、此処に蘇った。
エミヤの腕付き士郎がオルタと単身で戦えたのって、たぶんカリバーンか、エクスカリバーの経験でセイバーの剣をよく知ってたからだと思う。
だって、そうでなかったらチートすぎるし、ホロウの橋の所でもソレっぽい事、言ってたし。
……ということで英霊エミヤの生前にはクーフーリンはいなかったという新説をここに唱えたい! ―――言っておきますけど、冗談ですよ?
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