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次は二週間後になるかも。
13 邂逅―再演

時刻は昼の十二時
……セイバーがいつものように感動している。
箸が動く。掴む。また掴む。またまた掴む。
しかし――――

「ふむ……ふむ、ふむふむ」

気づいていないのだろうか。
どことなく(たこ)を連想させるような昼食。
いや、違う。意図して(たこ)を模してあるソレをセイバーは食べている事に。

「シロウ……これはいったい?」

今、彼女の視線の先にあるのはそれ以外とは違う正真正銘のタコだ。
形は少し原型を残してある程度でしかない。
セイバーが既に食べた中には同じようなのもあったがそれらは蛸が入っていなかった。
普通なら違いに気づいたりはしない。おそらくはセイバーの直感Aによるものか。
 
いや、こんなことまで直感が働くのは正直どうだろう?

「ああ、それは蛸だ」

「は? いまなんと言ったのでしょうかシロウ?」

「だからそれはセイバーの苦手な蛸」

ピシリと石像よろしく固まるセイバー。
愕然として、しおれるくせ毛とそれに連動するかのように下がる箸。
すなわちタコはとっても怖い。
衛宮家の食と(の)平和はキャスターの海魔の作ったトラウマのせいで陥れられていた。
 
しかし、それを看過できるほど衛宮士郎は伊達に長く正義の味方を目指してなどいない。
マウント商店街の魚屋で蛸から後ずさりしたセイバー。
その時、覚悟が決まった。
聖杯戦争中なので護衛に付くセイバーの目を潜り抜けて蛸を買った努力。

俺は何がしたくて、何の為にそんな危険を冒したのか。
うん、……やっぱり好き嫌いはあんまりよくないと思う。
一度だけ瞼を閉じて、そしてセイバーを見据える。
ゴクリと唾を飲み干して、蛸を掴み、口に入れる。しっかりと味わう。

「俺だって正直、食べるのはおろか調理するのだってキツかった」
 
どうしても用水路の事を思い出してしまうからだ。
忘れようとは思わないが、何度も子供達の姿がフラッシュバックした時には困った。
でもそれは悼む心だ。ならば、食べないというのはそれを遠ざけてしまう事ではないのか。

「だからセイバー……おまえも……」
 
だからこそ、その時セイバーの目に光が灯る。
最後に俺の頬を伝う嫌な汗を見て、

「―――そうか。私が愚かだった」

くせ毛が励起する。光りが集う。それは具現化された鎧。
今のセイバーに滾る気合は戦闘時のモノ。
それから箸が握りにくいと戦装束を解く彼女はきっと冷静なはずだ。

「シロウは食べていた。
 それはきっと、間違いではないと――――」

止まっていた箸は動き出し、ついに掴むところまでいく。
ぷるぷると小刻みに手を震わせながら、セイバーは口に入れ―――こくこくと頷いた。
……数分も経たずセイバーは食べきる。
その顔はまさに至福と言わんばかり。
これで俺も何の憂いもないな。よし、それでは。

「セイバー、デザート作ってあるんだけど食べるか?」
「ぜひ。お願いします、シロウ」
「期待してるとこ悪いけど江戸前屋のどら焼きほどおいしくないぞ? こういうのはあんまりすることはないんだから」

デザートは好評で終わる。
それからまた少し時間が経ち、町に出る。
しかし本当はそんな事は必要ない。
 
人をやたらと殺すキャスターを倒したのだからしばらくサーヴァントを探す必要はない。
魔術は秘匿するもの。
したがって他の参加者は敵以外を殺傷することは、ほぼない。
戦いの犠牲者を出したくない俺たちの残りの仕事は聖杯を破壊する事だけといっても差し支えない。

そして第四次聖杯戦争のイレギュラーである俺たちは戦う回数が少なければ少ないほど有利。
有利というと語弊があるが、つまり正体がばれる危険性が減るということ。
実体がつかめないものほど怖いものはない。
 
だが殺傷の可能性が完全にゼロでない以上、早急に聖杯戦争は終わらせるのが衛宮士郎とセイバーのベスト。見過ごせるほど自分の理想は優しくない。

そして今日は明確な方針を持って行動していた。

衛宮邸とは反対方向。間桐の洋館より100メートル。
俺とセイバーは―――有り体にいえば見張っていた。
使い魔を使えないのだから肉眼しかその方法はない。
黒尽くめにしてスナイパーよろしくスコープを覗きこんでやれたらなー……っと思考がそれた。
まあ、それも仕方がない事ではある。かれこれ三時間以上は突っ立ったままだ。

セイバーは微動だにしない。
この程度では疲労にもならないんだろう。
なら俺だって、と意地を張りつつまた間桐家の玄関を睨む。

……たしか他に出入り口はなかった筈だ。
慎二に家に誘われ時の記憶どうりならそのはず。
いや魔術師の家だとは知らなかった頃だから見落としていた可能性もあるが。

そうして人が通りかかった。
ただの一般人だろう。だが慌てる。
なぜなら、ご近所の方から見れば俺達は間桐家を睨み続ける不審者なわけで。

「あ、その、セイバー?」

「え、ええ。分かっています」

手を差し出すセイバー。そして俺は握る。
このように人とすれ違う時は手をつなぐ。
問題はない。これで不審者には見えないだろう。
ほらデートのように見え……やっぱり問題がある。
ああ、そんな生暖かい目で見ないでほしい。

…………。
顔から火が出そうだ。
………………………………………行ったか。
これでもかというくらい恥ずかしい。
しかし間桐の家を、正確には出入りする人間がいないか監視しなければいけない。
その理由、この行動の発端は庭に残された何の変哲もない、ただの紙に書かれた文章にあった。

『――間桐の家に行け。そこにはバーサーカーのマスターと間桐桜がいる――』

その文面はなにか嫌なものを感じさせた。
当然、罠だと疑った。
アーチャー、もしくはアサシン。そのどちらかがなにかを狙っているのではないかと。

しかし嫌な予感というのはそれではない。
間桐桜、一年後輩で慎二の妹。元いた世界で家族のようだった少女。
十年前では知りようもない衛宮士郎と関係のある人間を何故知っているのか?

バーサーカーのマスターが何者かは知らない。
そいつが桜になにかをしているとも紙には書かれていない。
間桐の家を確証もない理由で襲って返り討ちにあうのは避けたいから今は様子を見ている。
 
だが。もしかしたら、得体のしれない何かを恐れているのか、俺は。 
そして唐突に思考の渦に沈んでいた意識が現実に立ち返る。
腕をセイバーが引いていた。

「シロウ、ランサーが誘いを掛けています」






夜の帳が落ちた港近くの倉庫街。
僅かに灯りが照らすプレハブ倉庫同士の間の道路。
そこに聖杯を巡る闘争の参加者がいた。

「――――――」

会話もなく佇む一組の男女。
見目麗しい男は背に宝石のような女性を庇うように立っている。
その様は理想的な騎士と貴婦人。
誉れ高いはずのそれが、どうしてか損なわれていた。

「……ライダーか」

近づく気配に男は当たりをつけ、雷鳴を轟かせる神牛に牽かれた戦車が降り立つ。
それは此処に誘いだされた英霊とマスター。
聖杯戦争の開戦より三日。それを飾った出演者の内、二人が邂逅した。

「おい……そのシけた面、いったいどうしたのだ、ランサー?」
 
彼らは競争者。しかしそんな事は構わないとばかりのライダー。
気配を振りまき、挑発をかけた男――つまりランサーに気安く話しかける。
だがランサーは応えない。既に両手に具現化させていた二つの槍を構える。
それを見て取った征服王は。

「よせよせ。余は貴様とは戦わん」
「……ライダー。ならばまた性懲りもなく戯言を垂らしに来ただけ、とでも言うつもりか?」
「いや、もうその気は失せた」



「まったく。どうしてこうも運に恵まれんのだろうな、坊主?」
「意味が分からん。っていうか、サーヴァントの自覚なしも程々にしとけよライダー?」

繰り返すが聖杯戦争が始まって三日。
そしてこの征服王イスカンダルが召喚されて八日間が経つ。
その上でいまだ自分のマスターの意思を反映せず、勝手気ままをし続けるこの男にこの際、令呪の使用を真剣に検討し始めるウェイバー。
 
それを冷静な判断を欠いていると誰が言えるだろうか?

「だいたい、これまでだってロクに戦ってもいないし。……はあ、一体どうするんだよ? もしかしてこのままランサーを無視して帰るのか?」

ぼやきに近い響きを自分の口が放っていることに、もはや何の感慨も抱かないウェイバー。
槍兵の存在さえ半ば無視しているのは器が大きくなったからなのか。
それともライダーの『神威の車輪ゴルディアス・ホイール』の速度を信用しているからなのか。
ウェイバー自身でさえ測りかねていた……。

「しかし遅いのぉ。こうなったら―――」

ライダーは空気を軽く吸う。
ウェイバーは経験則からとっさに耳を塞ぐ。間に合った瞬間、

「世に認めれられし誉れ高き英雄豪傑共よ! 我が蹂躙と征服を()ね付ける気概を持つならば余と戦え! 
 余はたとえ打ち負かそうとも辱めはせん。だがそれでも尚、顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」

大自然の発露たる雷と比して劣らぬ声量が放たれる。
それはランサーに招かれた英霊が自分ただ一人ではないと確信しているため。
その目的とは―――。

「よう。もう少し早く来てもよかったのではないか?」

「たわけ。王たるこの(オレ)がそこいらの雑種の走狗となった英霊の挑発などに乗るものか」

ギルガメッシュはランサーを挟んで反対側の街灯の上に現れた。
しかしランサーにただの一度も視線を移すことはなく、そうしてライダーの言葉に応えた。
だがなぜか、その顔は不快に歪んでいる。

「ライダー、貴様仮にも王を自称するならば、そう易々と自分から戦を仕掛けるでない」

「そりゃどうして? ―――勘違いしとるようだから言っとくがな。我が王道は夢を魅せ、導く事によって紡ぐのだ。ならば余が戦うのは道理。とりわけ、今にも誰かに倒されそうな輩がいるとあってはな。
 貴様の王道を聞いてみたくはあるが、……まあ我慢しとくか」

「ふん……そうか、征服王よ。だが貴様がこの場で戦おうとするならば(オレ)は止めるぞ」

「なに? それは余の力を侮ってか?」

「いいや、それは違う。戦う時に力が明かされる方がより面白いからだ。
 ―――それにしても、ライダー。其処な主も守れん愚昧など放っておけ。一片の価値もないぞ?」

「っ……………」
 
ぎり、と歯が鳴らされる。
それはランサーのもの。その心中は深く、静かな能面のような表情からは察しきれない。
されどその表層は紛れもなく憤怒。
しかし昏迷を始めた戦場でランサーの本能に刷り込まれた戦術眼が迂闊に戦端を切らせはしない。
 
「……まあ言っても聞くまいか。ああ――ならば丁度いい英霊に一人、心当たりがある。
 そら、そろそろ我慢の限界であろう? セイバー(’’’’)







ランサーの気配を追い、セイバー達は倉庫街にライダーよりも先に来ていた。
過去の経験から、また英霊がほぼ全て集うことになるだろうとは、簡単に思いついた。
思うところが無くもないのだが、倉庫の影に隠れて様子を見ていた。
そして、槍兵の背に佇む銀の髪の貴婦人。
その姿を見た時、セイバーは驚愕と共にアイリスフィールと呼ぶ口を自制する。
 
だから、彼女らしくもなかった。
搦め手があろうと恐れず進み、凌駕するのが彼女の常道だ。
なのに今回はそうではない。

今のセイバーはまさしく剣だ。
様々な枷を彼女に抱えている。だが、それを踏み越える行動指針を持っている。
たとえ騎士の行いに反しようと主の剣としての役割を果たす事こそが唯一にして絶対の責務。
故にたとえディルムッドと戦おうともセイバーは過去のように左手を封じはしまい。
慙愧が剣を鈍らせるなど有り得ない。
衛宮士郎のサーヴァントであり、能力値がかつてより劣るセイバーは全力を尽くすだろう。


―――イスカンダルとギルガメッシュの間に位置するランサーより四間離れて立つ。

「セイバーだと……?」
 
ランサーだけが疑問の声を出した。
英雄王と征服王、ウェイバーとは顔を合わせたことがあるのだから当然だが、アイリスフィールも既に知っていたようだ。
……これはよりいっそう切嗣の暗殺を警戒しなければいけない。

「ふむん――――よければ余が貴様の主を守らんでもないぞ?」
「なに―――?」

「だからな、セイバー。そこのランサーにお主の剣戟を見舞って目を覚まさすのなら全身全霊を傾けられるほうが良いに決まっとるじゃろ?」

「……なるほど。さてはランサーを自分の傘下として相応しくするつもりだな、征服王よ?」

問いに不敵に笑みをライダーは口元に浮かべて応じた。
それを見た後、セイバーは主に伺いを立てる。

「ああ、ライダーの提案に乗ろう。―――絶対に勝ってこい、セイバー」

「はい、必ずや」

士郎はライダーの傍らに歩み寄る。
それが何の滞りなく済まされるとセイバーは安堵の息を漏らした。

(かたじけな)い、ライダー」
 
僅かセイバーはライダーに(こうべ)を下げてランサーに向き直る。
その清澄な闘気を受け、槍兵は己が得物を握る手に力が篭もった。



「―――――いざ」
 
別にギルの呼び名は金ぴかでも構わんのだろう?


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