10 邂逅―序
赤い外套を纏うソイツは――――どうしてか自嘲気味に嗤っていた。
……強い風が吹く。
アーチャーの赤い外套がはためいた。
月を隠すものは何もなく、蒼光が照らし出す姿は明瞭に過ぎる。
「っ――――」
何故か感情がささくれ立つ。
遠坂のサーヴァントだった時のあいつには感じなかった不快感。
まるで別人と相対しているような気分だ。
塀から飛び降り全力で走る。
一キロ程度なら矢が飛んでこようと魔力の流れる足なら五分もかからず到着できる。
だから、
アーチャーは明らかに誘っている。
それがたまらなく癪に障る。
「投影―――」
シャッ――
「っ――!?」
足元に矢が刺さる。
おもわずつんのめって呼吸が乱れた。
三連の矢が放たれる。
……死ぬ。
……このままでは死ぬ。
ヤツの放った矢が俺の頭蓋骨を砕く。
アーチャーは全力で俺を殺そうとはしていないが俺を試している。
「はっ――――!」
弧を描く銀の風が俺を救った。
「まったく。どうしてシロウは一人で出歩こうとするのか」
青い衣に銀の鎧を纏ったセイバーがため息を吐いた。
再度アーチャーの矢が飛んでくる。
それを軽くセイバーは弾き飛ばし、いや真っ二つにする。
それ以降、なかなか次はこない。
余裕ぶっているアイツの顔が脳裏に浮かんだ。
「―――体は、剣で、出来ている」
ガチンと俺の魔術回路のスイッチのイメージ、撃鉄がおちる。
このスペルは使う気はなかったのだが血が上っている頭を冷ますにはちょうどいい。
そして逆に増量された魔力が体全体を熱くする。
「すまない、冷静さを失ってた。それよりも、アーチャーがどこにいるかわかるか?」
「……ええ。……しかし、リンのサーヴァントだった彼がなぜ此処にいるのか」
遠坂のサーヴァント。
セイバーの過去に経験した第四次聖杯戦争には存在しなかった英霊。
明らかな異物だ。
そいつが俺、いや、おそらくは俺達を狙っている。
視線を一緒にアーチャーに向けた。
それを待っていたのか。
疾く風を切る音。
速度が倍以上になった矢が飛んできた。
セイバーに腕ごと引っ張られてかわす。
そしてあくまで俺だけを狙ってくる八条の閃光――――!
「―――はあ!」
神速で剣が振るわれる。
アーチャーの矢は死を運ぶ旋風。
だが、それでもセイバーはそれを容易く凌駕していく。
それはただの一薙ぎによってだ。
魔力放出が伴うセイバーの剣戟は悉くを叩き落としていく。
カラン、と形を残したまま、一本が地面に落ちた。
「矢が消えた?」
まるで泡沫のように切られた端から消滅していく。
直視できない。
吐き気がする。
前を向いて、それを誤魔化す。
「アーサー王のかわりに彼が召喚された。……どうして衛宮の家を狙えたのか」
「………………」
直線距離を進む。右へ、左へと回避しない。
最短距離で踏み越えていく。
アーチャーの矢ではセイバーの足を止める事は出来ない。
―――ただ前へ、愚直なまでに。
あと―――三百メートル。
情けないがセイバーに抱えられてアーチャーに近づいていた。
「な、に!?」
近づくごとに少しずつ増える矢。
すでに魔弾の域に達しているソレが唐突に剣となった。
風の抵抗を受けているくせに狙いは正確だ。
だがこの程度、動揺を誘えたとしても振るわれる剣に一切の曇りは浮かばない。
先の矢と同様、続けざまに放たれる。恐ろしいほどまでに常に正確。
これが弓術である事は理解している、殺す弓だ。
自分の精神を一点に集中させる事を目的とする弓道ではない。
だが―――この弓は初めから、その境地に達している。
俺と―――同じように……。
遠くにいるアーチャーが姿を消す。
そしてすぐさま別のところから現れさらに黒塗りの弓から剣を放つ。
「くそっ。あいつ周りへの被害は考えないのか!」
怒りの正体の一つが見つかった。
ここはまだ住宅街。
聖杯戦争は一般人に目撃された場合、記憶を弄るか、そいつを消す事になっている。
幸いにも民家の光はどれも消えている。
魔術師でなくとも夜の町には妖気が漂っている事に無意識の内に気づいているのだろう。
遠坂のサーヴァントだったアーチャーは嫌味なヤツだったけど俺に妙に的確なアドバイスをして、遠坂にはサーヴァントとしての責任を果たしていった。
バカな目的を持つようなヤツじゃなかったし、そのために関係のない人間を巻き込むような事はしないと思っていた。
知らず、爪が手に食い込むほどこぶしを握り締めていた。
「フッ――――――」
悠然とヤツは高台に立った。
彼我の距離は二十メートルほど。
ここは屋根の抜けた工場。これでそうそう人目につかないだろう。
「………干将と、莫耶……?」
アーチャーの手には棟から鎬にかけてささくれ立った長剣が握られていた。
夢で見た、バーサーカーの前で見た短剣とは違う形。
だが創造理念がまったく同じ。
ただ、作りたいから作った。
もっとも美しい、存在そのものが尊いエクスカリバーを一点だけ上回る剣。
そこに不純物が混じっている。
”あの”干将と莫耶は明らかに格を落としている。
そのかわりに凶器として、ヒトを傷つける物として先鋭化されている。
―――投擲。
左右より白と黒の凶器が二つの弧を描き、迫る。
セイバーはそれを弾こうとして、
「ッつつ…………!」
覆いかぶさる形で爆発から俺を守った。
三半規管が至近距離からの衝撃と大音量でいかれる。
だがそんな事より……
「セイバー!!!」
とっさに風王結界で風圧の壁を作ったのだろう。
甲冑にひびが入っているがそれだけだ。
―――瞬間。
「I am the bone of my sword.(我が骨子は捩れ狂う)」
時間が凍りつき、止まる。
アーチャーは螺旋状に捩れた剣を番えた。
――戦慄が走る。
――背筋が凍る。
――あれは――中る。
今まで放たれてきたモノと比べ物にならない神秘。
それを内包する魔剣。
しかしそれよりもその異質さが――――
吐き気がする。
それを振り払い、
それを振り払う為に、がむしゃらに左手を前に突き出す。
―――精神は極限まで引き絞られる。
創造理念
基本骨子
構成材質
製造技術
憑依経験
蓄積年月
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに――幻想を――結び―――
精神集中および八節全てを省略、いや必要としない。
間に合わないからではない。
組み立つ速さは音速を超え、光速さえ凌駕しかねない。
これより行使するのは―――
―――投影ではなく、■の■■■を■■■する魔術なのだから。
「――――偽・螺旋剣」
「投影」
「AAAALaLaLaLaLaie!!」
思考は円環を成し、普段では理解できない事柄を把握する。
放たれた矢は確実に鞘で防げた。
だから恐怖はない。
幻想の矢は、閃光そのものとなり、存在を破壊に費やすだろう。
しかし、それの相手は新たに現れた者に向けて。
アーチャーは俺でも、セイバーにでもなく、空に向けて剣を放ったのだ。
空を白い雷光が迸る。
それがどれだけの神秘を持つのか。
この工場を灰燼に帰して余りある、筈なのに。
”矢”はそれを大気ごと捩じ切った。
「――――」
なにごとかアーチャーは呟く。
ほぼ同時に雷鳴さえ掻き消す爆発音が響き渡る――――
「くっ、待――――」
アーチャーが去る。それを追おうとして――冷静に立ち返った。
形になりかけた鞘の設計図を破棄し、見上げる。
「……ライダー――……」
二頭の神牛が牽く戦車が空から降りてきた。
「こいつらがキャスターのサーヴァントを討ったのか……」
言峰綺礼はパスを通じたアサシンとの視覚共有でアーチャーと謎のサーヴァントの戦いを盗み見ていた。
「アーチャーと交戦している者はサーヴァントのようです。
マスターのような者も連れています」
『―――なに? それは本当か?』
謎のサーヴァントのステータスが視える。
クラスは武器の扱い方からしてセイバー。
能力値は最優のサーヴァントでありながらそう大したものでないが、対魔力は相当なものだ。
おそらくは宝具であろう物が不可視であり近接戦闘で大きなアドバンテージを持つ。
『よもや本当に八番目のサーヴァントだとは……』
時臣の声は重い。
聖杯になにか異常が起きたのでないかと考えても、システム本体に干渉が出来ない。
今現在、干渉しようとすれば他のマスターに背中を見せることになるからだ。
『模造品……なのかもしれないな』
「では御三家の技術が他所に流れた、と?」
『アインツベルンは外来の魔術師を雇い入れ、マキリは一人、きな臭い者がいるからな』
二百年前、聖杯戦争をつくった三つの魔術師の家系。
アインツベルン、マキリ、遠坂。
現在、マキリは間桐と名を変えている。
外の地より来て根付いたのだが冬木の土地にあわず、魔術回路が衰退しだした。
ついには生まれた子供に発現しなかった為、遠坂より養子を受け入れた。
しかしその前の世代には確かに存在した。
間桐鶴野とその弟、間桐雁夜。
弟は兄よりも魔術回路が優れ、しかし家を捨てた。
きな臭いと称されたのはバーサーカーのマスターでもある間桐雁夜のことである。
そしてアサシンによって集められた情報の中には技術を流したなんてものはない。
アインツベルンの雇った魔術師、衛宮切嗣は――いまだアサシンは捕捉できないでいた。
それはケイネス・エルメロイ・アーチボルトとの戦いの後さえも継続していた。
戦いの最中でさえ見失った。衛宮切嗣の使う魔術を知れはしたが結局、撒かれてしまった。
いかに暗殺者のサーヴァントであろうとも追う側には向いていなかったというのもあるが……本当に人間であるのかでさえ怪しい。
少女騎士は確かに妙なサーヴァントであるがアーチャーも妙だった。
マスターであろう衛宮切嗣とおなじくアサシンを振り切って矢を放つ。
反省をいかし、十体のアサシンで探知をしていたのだが見失った。
主従ともども異常である。
戦いは進んでいた。
唐突に起きた爆発から赤毛の少年を少女騎士が庇った。
……それは隙に他ならない。
打突に特化した形状をした剣がアーチャーの手に現れる。
弓に番えられ、真名が唱えられた。
「カラドボルグ?」
『どうした綺礼? 謎のサーヴァントの宝具が解ったのか?』
「いえ、そうではなく、アーチャーの宝具です。
しかし、剣を矢として放ちました」
カラドボルグはアイルランドの英雄、クー・フーリンの親友、フェルグスの宝具。またはアーサー王の剣そのものだという説まである。
だがその持ち主はアーチャーのクラスに該当する英雄ではない。
まして剣を矢として放つなど奇怪極まりない。
『……それで八番目のサーヴァントは倒されたのか?』
「いえ、ライダーが介入して戦闘は終わったようです」
『―――ふ。どうやらライダーのマスターにはサーヴァントを御しきれてないようだな』
「ちぃ、アーチャーめ、またも逃げおって……」
御者台からライダーが悪態を吐いた。
セイバーの記憶を見たから分かる。おそらくは手下にしようと思ったのだろう。
そして勧誘しようとしたのはこれが初めではない。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
世界に両手を広げ宣言するライダー。
その声は雷鳴の如く。
「ところでのう、っておい坊主!」
ライダーのマスターが見えないことに気づいた。
あれだけの矢を向けられ、なおかつ間近で衝突を見たのだ。気絶してもおかしくはない。
『ぅ……ん? おわっ!?』
やはり起きたときにに目の前に巨漢の顔があったときの反応は万国共通なのだろう。
外国人なので言葉はわからないが驚いたのはわかる。
すこし二人が揉めはじめた。
その隙にセイバーと話す。
「大丈夫か、セイバー」
「ええ。シロウこそ」
「大丈夫に決まってる。俺はセイバーが庇ったんじゃないか」
既に魔力で編まれたセイバーの鎧は直っている。
傷も自然治癒があるから大丈夫だと言っているのだ。
「アーチャー……彼の力を見くびっていたわけではありませんが、あの剣、あれを放つタイミング、彼の戦場を操る力量はけっして侮れません。そして宝具を放たれたのにもかかわらず真名を看破できなかった。
シロウはなにか気づいた事はありませんでしたか?」
「なにも判らなかった。ただ……」
「ただ?」
言い淀んだ自分に軽く驚く。いったいなんで?
頭を軽く振る。
「アイツの最後に使った剣、偽・螺旋剣は今の俺じゃあ、半分くらいしか投影しようとしても再現できない」
「それは、それだけ神秘が秘められていると?」
「違う、そうじゃなくて、アイツのは……なんていうか幻想に幻想を重ねたみたいで気持ち悪いんだ。
投影しようとすれば自分まで変わらなきゃいけない気がする」
「はあ……よくは判りませんが、やはりアーチャーの正体が見えてきませんね」
それと、と付けたしセイバーはさらに真剣な目で俺を見る。
「……シロウ、もし、またアーチャーが挑発してきたらまず、私を頼ってください。
くれぐれももう、単独行動はしないように」
「ごめん。勝手に飛び出したせいで、またセイバーまで危なくなった。絶対に繰り返さないって誓う」
ガリガリと刻み込むかんじで、俺自身に言い聞かせた。
それで納得、いや安心してくれたのかセイバーはまなじりを下げた。
聞かなくてはいけない事がある。
騎士としてのセイバーは名乗りを挙げられて、名乗りたくても我慢しているのかというコトを。
「……セイバー、いいのか?」
問いのニュアンスを変えて尋ねる。
その意味を彼女は正確に読み取った。
「この身は貴方の剣です。名乗りを挙げられようとも私は真名を名乗らない。シロウを危険に晒すのであれば避けるべきだし、避けたい。
騎士道を信じるのはそれが人を救うからこそ。
重ねて言いますがこの身は一振りの剣なのです。御身の敵を討つ事が至上の責務です」
迷いのない言葉。
セイバーの誇り。
真っ直ぐな瞳で答えた。
「悪い。いつのまにかセイバーを侮辱しちまった」
「いえ。シロウが理解してくれたのならそれで。
それよりもライダーとはどのように?」
「それなんだが――――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、坊主も起きたことだし。改めて余は、」
言い切る前に待ったをかける。
そう、ここは――――。
「征服王。貴様もこの時代に召喚されたのならもう少し声を抑えるべきだ。
そうでなければ騒ぎを聞きつけた無関係な人間を巻き込みかねない」
「ぬう。確かにそれもそうだ。
では場所を変えようではないか。異存はないな?」
「近くに公園がある。そこで話そう」
――――深夜の公園。
防音結界によって静謐な空間と化している。
もちろんそんな事は俺には出来ない。ライダーのマスターによるものだ。
『…………なっ!?』
突然ライダーのマスターが驚愕した。まるで在り得ないものを見たかのように。
その理由は俺でも充分にわかっている。
『お、おい。ライダー、いったいどういうことだよ。
なんで―――なんで、サーヴァントがいるんだよッ!?』
『む? するとやはり、あの娘はサーヴァントなのか?』
『やっぱりって、おい! サーヴァントの気配は一つだけだってオマエ言ってたじゃないか!』
「ふむ。おぉい、そこの娘。いろいろと聞きたい事があるんだがまず初めに……おぬし、セイバーか?」
「……………!」
「――――――」
サーヴァントかと問うのではなく、キャスターかと言うのでもなく、セイバーか、と聞いたライダーに驚いた。
「その前にこちらこそ聞きたい。この聖杯戦争のセイバーはどのような者だった?」
セイバーはあえて質問で返した。
こっちの目的を不鮮明にして主導権を握らせるのを防ぐためだ。
「ありゃ一言でいえば”金ピカ”だな。それに王であるとか言っておったのう」
「そうか。ならばこちらも応えねばなるまい。如何にも。私はセイバーだ」
クラスを偽ってもこのライダーにはおそらく無駄だろう。正直にセイバーは答えた。
ギルガメッシュ……あいつがセイバーなのか。
だったら切嗣がアイツを? いったいどうして?
「やはりそうか。貴様からは剣に生きた者の気配がひしひしと伝わってくるからな。
然るに――――」
言葉をきる。
そんなサーヴァントになにかを言おうとし、そして諦めたライダーのマスターにおもわず憐憫のまなざしを送りそうになるのをこらえる。
「余と共に世界に覇を唱えんか? 世に英雄として名を馳せた兵の力、存分に発揮出来ようぞ」
「我が主に立てた誓いはけっして破りはしない。
そして貴様のような暴君の野望こそ私の信念の対極にある。
間違っても征服王、お前の剣になど成りはしない」
「待遇は応相談だが?」
「くどい。―――ならば他のサーヴァントにも同じ事を言ってみろ。主に聖杯を、祈りを捧げる真の英霊ならばいくら言葉を重ねようとも無駄と知れ」
セイバーは腰に手をあて、呆れたとばかりに―――挑発する。
「そもそも己が主の懐を知りもせずに付いていく騎士が何処にいる。それともまさか、口だけなのか?」
「ハハ、然り! しからば余は腹を割って話したいのだが?」
セイバーの挑発は分かり易いほどだ。
だが王を名乗るならばそれに乗るしかなかった。
「では私から場所を指定してよろしいか?」
「ああ、いいとも。もっとも英雄の格を語るのだ。相応でたのむぞ?」
「――――アインツベルンの森、其処でどうだろうか」
「重ねて言いますがこの身は一振りの剣なのです。御身の敵を討つ事が至上の責務です」
迷いのない言葉。
セイバーの誇り。
真っ直ぐな瞳で答えた。
「悪い。いつのまにかセイバーを侮辱しちまった」
「それでは明日の朝食を洋食に」
……違和感あるかな?
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