なんとか、書けた。
―――体はホットドッグで出来ている。
血潮はレタスで、心はケチャップ。
なんて戯言いえるくらい、伏線とかにつかれた。
02 はじまる戦い
……抱きしめてからどれほど時間が経っただろうか。
強すぎず、弱すぎず。
俺は空を見上げながら金紗のような髪を梳いている。
セイバーの震えていた肩も、小さく聞こえていた嗚咽も止まっている。
……そして胸に当てられた手にわずかに力が入り、
「―――ありがとう、シロウ」
そんな満足できるような、穏やかな顔と言葉に頭が沸騰しそうになる。
嬉しかったのだが衝動も確かにある。
だから、そんな物に敗けないように、目を逸らしながら、ああ、と返事をする。
逸らした視線の先にバッグ。
更にその先には――――
「セイバー、柳洞寺の山……消し飛んだよな」
「ええ……確かに。まるで――――」
聖杯によって無かったコトにされたようだ、という言葉を飲み込んだ。
「シロウ、とりあえず調べてみなければ何も分かりません」
シークタイムゼロ。腕は解かれて調査に乗り出す。
俺は先ほど見つけたバッグの中身を。
「中には……十年前の新聞紙と服―――?」
他には、セイバー、それに俺の住居証やら。
うわっ何でこんな大金が……!?
……イイ加減、目を逸らすな。符号がここまで揃っているんだ分かれ。
「セイバー。もしかして十年前に来ちまったのかな」
「まさか、そんなことは……。
それに十年前の日付が書いてあるんですね、シロウ?」
――― 気を失う前は朝焼けが近かった ―――
――― 柳洞寺が元に戻った ―――
――― セイバーが受肉した ―――
――― 十年前のあまりにも新しい新聞がある ―――
「本当に聖杯が願いを叶えたのなら周りは火の海になってもおかしくないはずです。
……それに、シロウも私もそんな事は望まないでしょう」
だけど、その望みが無いワケじゃない。
あの十年前の大火事が無かったとしたら。
だから衛宮士郎はきっと――
「やり直しが叶えられたのなら、シロウはここにいないはず―――っ! シロウどこか体に異常は!」
「そんなに慌てて、どうしたんだ、セイバー。別になんとも無いぞ」
「いいえ、なにかあるはずです! ここが並行世界ならもうひとりシロウがいるんですから!」
首をかしげ、もう一度己の内面を視る。
魔術師とは自分の死さえ容認する生き物。従って体を道具のように扱えるようになる。
ソレが出来ない者は魔術師失格であり、未熟者とはいえ解析の魔術には自信がある。
だから本当に何も無いと断言できるのだが。
「並行世界? ―――そっか、確かに聖杯がどんな物か知ってるから俺とセイバーは止めるな」
「とにかく世界が修正をかけてくるはずです。修正力がどの程度のものか知りませんが抑止力として英霊が召喚されてもおかしくありません」
「えっと、なんとかならないかな?」
そうか、だからセイバーは鎧を着たのかって、違う! ランサーやライダーみたいなのが召喚される!?
「心配要りません。シロウは私が身を挺しても守ります」
一つ言いたいことがあるが、これも彼女との日常風景みたいなものなので今は諦める。
「―――セイバー、周りに気配を感じるか」
「いいえ。ですが、ここは戦闘には不適切です。
この柳洞寺は正門以外に結界が張ってありますが、逃走には不利でしょう」
周囲を最大限に警戒しながら、山から駆け下りる。
月は明るく地上を照らしていた。かわりに作り出す陰影も深すぎずといった具合。
風も緩やかで、冬の凍えそうな空気を吹き付けられるきらいもない。
見渡す限り、夜の闇に紛れるモノはない。
奇襲を仕掛けるのには、あまりにも適さない。
「――――――――」
……俺達は衛宮の家に戻る。
セイバーは鎧を解いてもドレスなので人目を引いてしまうから無関係な人間を巻き込みかねない。それなら着替えるしかないわけで、そんな場所は十年前で一つしか知らない。
周辺の家を戦いに巻き込むわけにもいかないので、着替えを済ませたらそのすぐ後に衛宮邸を出て、住宅街から離れる方針だ。
今日一日、何もなかったとしても今度は第4次聖杯戦争に首を突っ込むだろう。その時の拠点に衛宮邸を使う予定でいる。
英霊が召喚されるのは最悪の場合の話だとセイバーは走りながら言った。
だから「早く言って欲しかった」なんて言う俺に、「それでもシロウを世界から排斥しようとするのが目的なのはかわりないのですよ」の旨を獅子の如き威圧を放ちながら説教をまたも走りながら始められた。
悪いのは俺で、セイバーは誠意でしてくれている。
それで少しだけ気が緩んでいたからだろう。辿り着く前に、ちゃんと覚悟はしていたつもりだったのに実際にソレを見た時、愕然として足が止まってしまった。
―――荒れ果てた無人の武家屋敷。
俺はどうやら、甘く見ていたようだ。
今は衛宮邸ではないこの建物に踏み込む。そして全てを見回る。
住み慣れた部屋だけでなく、空き部屋にしていた場所でさえも、差異を見出せた。
……そうしてセイバーに少し一人になると告げて、屋根に上った。
黎明の光を浴びつつ、ぐるりと首を回す。見れば見るほど、少しでも違う街並みに足が震える。
「――そっか。あいつを守れるのは伽藍だけなのか」
此処でセイバーを守れる人間は衛宮士郎だけ。
分かりきっていることなのに、こんなにも不安になる。
もし自分になにかあった時、この時代に一人取り残される。
―――ソレを理解しているのに止まれない。
俺だけでなく、セイバーも。
なら、死なないように頑張るだけだ―――
「……弱気はここで打ち止めだ。どうせ、衛宮士郎に出来るのは体を張ることだけなんだから」
屋根から足に魔力を集めた状態で飛び降りる。
……よし。魔術回路も問題ない。
「もういいようですねシロウ。
それでこれから、どうするつもりですか?」
「ああ。―――そうだ、電気とガス」
「もう私が確認しておきました。――まったく、これでは先が思いやられます」
と言いつつも、まったく困った様子ではないセイバー。
そうだった。半分無意識でセイバーに確認を頼んだんだった。
「とりあえず、軽く腹ごしらえかな」
軽くと言いながら大判焼きくらいしか食べられないのだ。明日は三食きちんと作る。そうでなければ体が持たないし、えらく長い間セイバーの食べる姿をみていない気がする。これも何かの縁と拝借したバッグの中身の大金があればしばらくは不自由はしない。それでもいつかは働く必要があるし、そもそも食器とか調理器具なんかも無いから、明日買わなくてはいけないだろう。ああ、それと掃除もしないといけない。さすがに今の衛宮邸(仮)の中では騎士として野営生活をしていたことのあるセイバーでもキツイだろう。
ここまで、僅か0.7秒。いつもどおりの頭の調子。
まさに完全無欠の主夫――――
interlude in
――――傘のような雲。
時間は深夜を過ぎ、空を覗かせる時間はあまりにも少なかった。
高く、眩く、輝ける……美しい満月はこの久遠の雪の地を照らせずにいる。
極寒の森が生存を許すのは一握り。その共通する事柄は同属で集まり、熱を共有する手段を持っているかどうか。
此処は人の手の営みの有無を言えば、ある。しかし少なすぎた。ならば熱は狂気という煉獄を帯びていなければならない。
そう。
だから―――彼らは裏の人間だ。
倫理の外、魔導を研鑽し、過去に向かって進むモノ、魔術師。
白い城が、純白の森に生えている。そういった錯覚を覚える古い建造物。事実、これは十世紀前も前に建てられた物だ。
だとすれば……こんな常冬に好きこのんで居座る人間はとうに壊れている。
―――古城の一室。
広大な敷地の中にある礼拝堂で。夜のしじまを切り裂く、いや切り拓く断固たる言葉が簡易な魔方陣の前で発せられる。
懸けられていくのは誓い。覚悟は遠い昔に備え付けられていた。
「我は常世総ての善と成る者、――――我は常世総ての悪を敷く者」
煤けたロングコートに身を守らせ、衛宮切嗣は謳う。
これから始まるのは人類最後の争いだと、これが最後の流血となると。
その後方に銀の髪の女がいた。
切嗣の妻。彼を愛し、彼に人生を与えられた者。
名はアイリスフィール。
ルビーのような赤く、煌びやかな双眸は宝石の如く。整った容貌は雪の美しさであり、さりとて儚げな印象は感じさせない不思議な女性だった。
あまりにも人間味がありすぎたのだ。
行われている儀式のせいで緊張を顔に浮かべているというのもあるが、このアインツベルンの色の中にあって、不釣合いなほど人を感動させる華があった。
逆にその輝きを与えた夫の方が、この城の色に協調している、すなわち千年の妄執に埋もれているようですらあったというのは―――この男の精神の磨耗を知っていれば不思議ではない。
衛宮切嗣は恒久的な世界平和を望んでいる。
それは伊達や酔狂ではない。闘争の根絶を本気で望んでいる男が、死を見過ごせはしない。
そして、本当に多くの人間の命を救ったこの男が正義の味方でない筈が無い。
だが人を救い出すというのはテレビの特撮番組の様に綺麗な解決法など、そうそう有る筈がなく。多くを救おうと足掻いた彼の心は擦り切れていったのだ。
だから―――聖杯という奇跡に縋る。
生存競争という血塗られた舞台に。また多くを救う為に少数の犠牲を容認してでも、切嗣は人の世界に救済を求める。
「――――汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」
魔法陣に渦巻くエーテルがしだいに形を帯びていく。
既に集中しだしていたマナが最後の呪文の詠唱と共に噴流の勢いを増し、爆発するかのような白光をもたらして、切嗣とアイリスフィールの視界を束の間だけ奪い去る。
やがて魔力の嵐は収束する。残されたのは――――
「―――問おう。汝が我がマスターか」
現れたのは、長身に赤い外套を纏い、色素の抜けたような白髪の男。
内包する魔力は人間の枠を優に超えている。
聖杯によってでしか為しえない『座』より英霊を招きよせるという行為の出鱈目さは、魔術師である切嗣とアイリスフィールには簡単に認識できた。
だからこそ、その脅威を感じ取れた英雄でも戦士でもない二人は時間を止めざるを得なかった。―――それとも自分から止めたというのが正しいか。
驚嘆から先に脱した切嗣は自身の召喚した英霊に一歩進み出る。
「ああ、僕がおまえのマスターだ。
……ところで真名を教えてくれないか?」
同じく驚嘆から脱したはずのアイリスフィールはまたも驚いた。
……当然だ。切嗣の質問には確信と”確認”が込められていたのだから。
「真名と呼べる物はない。私は未来の英霊。
サーヴァント・アーチャー以外の名はない、衛宮切嗣」
「「……なっ……!?」」
それは納得できない言葉。
召喚しようとしたのは―――彼の騎士王であったのだから。
未来にもし縁のできる触媒を持っていようとそれが物である以上、時間と共に壊れたり、形を変える。 無限の可能性がある以上、あくまで”英雄と縁ができるかもしれない物”であり、よほどつながりが深いものでなければ在り得ないのだ。
用意したのは持ち主に不死をもたらすとされる聖剣の鞘。
その所有者であったアーサー王と、偶然持ち合わせた触媒と縁ができるかもしれない英霊。
召喚される確率はどちらが高いかなど明白だ。
そうでなければアーサー王か円卓の騎士、または王と縁の深い魔術師や魔女が召喚されなければおかしい。
アーチャーは確かに過去の英霊では知る由もない衛宮切嗣の名を言ったが、魔術で出来ない事ではない。またこの短時間で頭の中を読み取ったのならば、キャスターの資質があり油断はできない。
切嗣とアイリスフィールはそう考えた。だが、同時に抱いた感情――恐怖――は紛れもなく――
「なら、世界は、おまえの世界はどうなっていた」
「マスターの祈りは届かなかった。世界はこの時代とほとんど変わらない」
切嗣の理想叶わず、英雄が必要とされるコトを意味していたのだから。
「――――、――」
アーチャーは今、確かに衛宮切嗣の願いに触れた。
本当に名前だけでなく、思想さえも頭から抜き取れるのだとしたら大したものだろう。
だが、その考えはとうにない。
「アーチャー、一つ訊いていいかしら?」
「この身はサーヴァント。等価交換は不要だと考えてくれていい」
少しだけアーチャーに怯み後退する。
しかし、すぐに気を取り直してアイリスフィールは質問する。
「……そう。じゃあ、聞かせて。……貴方は切嗣と私に縁のある人間?」
強力な縁が必要というのならば自分達が触媒となった可能性だってあった。
だから……これは未来に縋っているのではない。
「――魔術師殺しの事は人づてで聞いた。
おそらくは君と同じ系譜のホムンクスと面識がある」
「……ごめんなさい、もう一つ聞かせて。貴方の望みは何?」
あらかじめ用意でもしてあったのだろうか。
アーチャーはすぐに返答する。
「私に望みはない。望みはないが―――」
そこでアイリスフィールは身構えた。
ここまで最も悪い意味で予想を裏切ってきた彼が言葉を意味ありげに区切ったのだ。至極当然といえる行為である。
そして、
「私の願いは唯一つ、世界の恒久的平和だよ」
「――――やはり、お前は僕の同類という事か」
いままで黙ってアーチャーの返答を聞いていた切嗣が口を開いた。
ここに至って、ようやくアイリスフィールは理解した。切嗣が黙っていたのは未来の情報にショックを受けたからではない。
それは理解していた。
理解していなかったのは切嗣の目に以前よりいっそう黒く冷たい炎が宿った事。そして目の前の英霊が召喚されたその時から、―――初めからその炎が宿していた事だった。
「なら、おまえを僕の理想のための消耗品として扱おう。
……別に気にしないだろう?」
人の身で英霊に接する態度というにはあまりにも不遜に切嗣は問うた。
「ああ――――この身は既に剣。いまさらそんな事に興味はない」
赤い男はそれでも構わないという。
自分自身を剣と称した言葉に「ああ」と得心を切嗣とアイリスフィールは抱く。刃物のように鋭い彼に、一度として恐怖を拭い去れなかったのだ。
でも切嗣は構わなかった。
それがどんな未来を暗示しているかなど、到底知るよしもなかった。
―――ここに彼らの戦いが始まる。
interlude out
次の話、あまりにも進展が無さ過ぎてつらい。
だけど今の衛宮士郎はアイリさんにもやられそうだし、仕方ない。
でも、やっぱり戦闘まで後二話ほどいるって言うのはつらいです。
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