ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
作者はpcの扱いが上手くない上に、緊張で馬鹿するでしょう。
うわっなんだこれ、とか思ってもいい人以外は安易に見ないようにするのが吉かと。
01 捩じれ始める
 
 ……山が生きている。

 体温や脈動、閉塞感――――今の円蔵山に踏み入った者は生物の体内に飲み込まれたという感想を持つ事だろう。
 山頂に近づけばより理解しやすい。柳洞寺の奥、竜が住むという池の付近から流れる不穏な風が、月明かりに照らされて蒼を帯びる筈の風景を極彩色に染めている。
 黎明を迎える為に静謐な夜という正常が廻わっていた。
 夜は新たなる風によって優しく抱き上げるように拭い去られていた。だが、その筈の平穏な日常は――――此処にはない。
 
 黒々と、延々と、渦を巻く、……この世の終焉の象徴が空に穿たれていた。

 ―――黒い太陽。

 奇跡をもたらす筈だった願望機。
 それを満たすのは在り得ざる破滅の呪詛に染められた魔力。それが泥という形で『孔』から吐き出されようとしている。
 既にその生贄(ざいりょう)たるサーヴァントは定員を満たし、溢れる寸前といったところである。
 ―――しかし、その絶望の『孔』を前に立つのは世界の終わりを望む者ではなかった。

 



 ……魔力が足りなくなったからか。
 目も醒める蒼のドレスだけで、淡く光を照り返す銀の甲冑を再び編みこむ事をせず、セイバーがこちらにやって来た。
 その手にもつ風の鞘の封印が解かれた剣は、その尊い本質を雄弁に物語る黄金の輝きを発していなかった。 
 
 俺の横を通り過ぎ黒い太陽に向かう。
 約束された勝利の剣(エクスカリバー)の間合いにセイバーは踏み込んで、

「マスター、命令を。貴方の命がなければ、アレは破壊できない」

 静かな声で彼女は言った。
 ここからでは見えないけれど、彼女の力強く美しい聖緑の瞳は―――凛然と果たすべき使命を見据えているだろう。
 彼女は絶対に聖杯を破壊する。不足分の魔力は令呪を使って補えば、絶対にセイバーは『孔』を消滅出来る。

「――――シロウ。貴方の声で聞かせてほしい」

 その代わりに一緒にいてくれと願えば/それが俺に出来る最後の

「――――――――」 
 でも目の前には剣を構えるセイバーがいる。
 ……なら。
 好きな女の子に、俺は意地でも負けるわけにいかないだろう。

 ぎり、と奥歯を鳴らす。
 心を抑え付けて、鮮明に左手の刻印を思い浮かべる。

「――――セイバー。その責務を果たしてくれ」

 ……彼女の助けとなると誓った。
 短い言葉だったが、背中を押してやるには充分だったと信じる。

 そして、振りかざされた。

 人々の”こうであってほしい”という想いの光。
 空に放たれ、輝きが星となる。
 最強の聖剣によって、泥を吐き出し続ける『孔』は両断された。

 ―――ああ、これで俺はセイバーを好きなんだと胸を張れる。

 これで長かった戦いは終わり、俺は共に戦った少女との別離を選択した。

 目の前に広がる荒野と金髪の少女。
 遠くに見える地平線。
 一秒が恐ろしいほど速く、風のような夜明けが近づいてきていた。
 ……ただ、ひたすら眩しい。 

「――――――――」

 月に照らされ、穏やかな青空の下で、夕日の中で。
 美しいその姿に心奪われた。
 
 ……黄金を浴びるセイバーを見つめる。
 この体の芯に溶け込んでしまった姿を、せめていつまでも忘れないように。

「――――っ」
 手の甲にある最後の令呪が消える。
 その痛みで再認識した。
 守りたいと、幸せになってほしいと思ったセイバーとの別れは、もう変えられないと。 




   『―――セイバーを愛するから。
        この選択が、どうか報われますように―――』



 ……風が吹き抜ける。
 そしてセイバーは、こちらに背を向けたまま。

「これで、終わったのですね」

「……ああ。これで終わりだ。もう、何も残ってない」

 ぶちぶちと音を立てるようにセイバーとの間に通うラインがちぎれていく。
 終わる時になって、初めてその存在を認識する。
 それでも、これでいいと胸を張る。

「そうですか。では私たちの契約もここまでですね。貴方の剣となり、敵を討ち、御身を守った。
 ……この約束を果たせてよかった」

 明確な”さよなら”も、”ありがとう”も言えない。
 本当に、どうしようもないほどに、口に出す言葉がなくなった。



 ―――――そう思った瞬間。



 視界が急に暗くなった。いや、体が内側から闇に呑み込まれたのか。
 体が溶けていく。
 存在そのものが磨耗し、縮んでいくような錯覚。
 大半の感覚はとっくに消えた。
 ”この世すべての悪”と言峰が呼んだ泥に呑み込まれた時と似ている。
 違いは意識が残っていること。存在を否定し続ける声と、人間の汚い部分を
見せられることが無いことか。

 彼女の”鞘”を投影したから、あの泥から脱出できた。
 それが今はほとんど魔力が尽きている。不可能だ。
 だが。
 
「…………っ! あきらめ、られ、る、か」

 ちゃんとセイバーと別れたい。アイツの姿を最後まで目に――――――
 
「っ――――!?」

 セイバーとまだつながっている。それどころか近くに気配を感じる。
 ……まさか一緒に呑まれたのか。アイツは俺以上に魔力が無いというのに。

「   、    」  
 セイバーを助けたい。
 自分の身さえ手に余るのだから、それが無茶だと理解している。
 でも自分なんかより、ずっと助かってほしい。
 なのに何も出来ない自分に腹が立つ。
 近くにいるんだから、せめて手を掴もう。だっていうのに、もう感覚さえ――――…


「せっかく、剣と鞘がそろったというのに勿体無い。用意した身にもなってほしいものだ。
 ――――このままでは僕としてはあまりにも味気なさ過ぎる」






「づッ~~~」
 落ちた? いったいどうして?
 

 空は暗い。
 頭を振って思考をクリアにする。
 ちらりと視界の端に映ったのは。

「セイバー!!!」

 どうやら気を失っているだけのようで、安心した。
 あんな場所にいたのに、普通に声が出た。
 
? あんな場所?

 そうだ。体が無くなって。
 それなのに今は、戦いの前とまったく変わらない。
 変わらないといえば、此処は記憶にある聖杯戦争の前の柳洞寺そのもの……

「ううぅ……」
「大丈夫か、セイバー」
「―――シロウ? 
 ……ええ。それよりシロウこそ、」

 どうかしたんだろうか。
 急に自分の手を見つめて……


 そして顔を頷かせたまま。


「どうやら、……受肉しているようです」

 耳を疑うよりもまず、泣きそうなセイバーの表情に気をとられた。


 受肉とは言葉の通り肉体を得るということだ。
 サーヴァントは現在(いま)に召喚された過去に存在した英雄の霊がエーテルで構成された仮初めの肉体を得て使役される使い魔であり、アーサー王である彼女はセイバーの容器(クラス)を得て俺と共に戦った。
 
 ここで重要なのは”過去に存在した”という部分。
本来、現在に存在しない筈の彼らが存在するというのは明らかに矛盾する事なので存在し続けるには大量の魔力と依り代であるマスターが必要だ。
 
 問題となるのは、大量の魔力のほうだ。

 聖杯からのバックアップがあって、はじめて足り得る量。俺の魔力ではまったく足りない。だが本当の肉体を得ればそれは必要ない。
 望めば、自分の時代に戻らずこのまま現在に留まり続けることが可能だ。今のセイバーにはそれが出来る。
 
 ―――そう、望むのなら。

「――――――――」
 
 アーサー王であるセイバーは、滅んだ国を救うために聖杯を望んだ。それ故に厳密にはまだ死んでいないのだから英霊ではない。
 完全に滅んだ国を救うというコトは、すなわち滅んだという事実を無かったコトにするということ。
 
 間違っていると知りながらも聖杯戦争に臨んだ。その果てが死後も戦い続けることになったとしても構わずに契約を結んだ。


 王になる前のひとりの少女だったアルトリアは、ただ皆を守りたかった。
 異民族の侵略により、存亡の危機にあった国を守るには、剣を執り、王となるしかなかった。
 だけどそれだけでは足りない。
 人間ヒトの心をもっていては、人は守れない。多くの民を見殺すことになろうとも、軍備を整え敵を討つ。離れられ、憎まれ、裏切られようと最善を尽くす。


 その為には守りたいという心を捨てなければいけなかった。
 ―――そんなことを分かりきって、尚、剣を執ることを選んだ。

 
 そして伝説の通り、自分の姉の策謀によって国は内側から滅んだ。
 誰よりも純粋に人の幸福を願っていたのに。
 だからこそ、アルトリアは認めることが出来なかった。

 残った物は王としての道を貫き通したという誇りだけ。
 でも、気づいた。
 無かったコトにするということは、その中にあった笑顔さえ無くすという事を。
 
 だから聖杯を諦める。
 王として責務を果たす。最期まで自分の為の幸福を求めず孤独な王のまま死ぬ。
 
 それを俺とセイバーは受け入れて聖杯を破壊した。そしてセイバーは俺の前から消える。いや、駆け抜けていく筈だった。
 たとえ、現界し続ける方法があったとしても責務を果たさず、幸せに浸り続けることは、彼女自身が許さない。

「シロウ、私は、」
 
 不意に胸が抉られた。
 生命(いのち)を得た今のセイバーが、自分で自分の命を捨てて還る光景を想像すると、ワラえる程、血の気が下りて、呼吸がしづらくなった。




 
 出なかった。

「シロウ、私は、」
 
 後に続けるべき言葉が出ない。
 今更、死を恐れるつもりは無い。だというのに、このまま彼の前から消えるのが怖い。
 なんて女々しい。
 本当は消える事が死ならば充分に恐れている。生命を捨てることがどのような事か、分かっていながら。
 
 それでも。
 
 果たすべき責任がある。その重さを知っている。
 だから気持ちだけを此処に残して、あのカムランの丘に戻る。

 最後の戦いの前。
 長い参道で自分を抑えて、前へと進んだ愚直な背中。
 それを見た瞬間から――――迷いなんて懐ける筈もなかった。
 
 ……だというのに。




 ……泣きそうな顔をしながらも貫き通そうとする姿を見たくなくて。だから包むように抱きしめた。慰める為ではない。
 ただ、セイバーが自分の心に整理をつける時まで。その時まで、彼女が自分の心を出し惜しむことが無いように。


「セイバー。俺はそんな顔をしながら責任を果たすのは違うと思う。
 ……いままで、どんな無理をしたってそんな顔しなかっただろ? セイバーには俺が惚れた事を誇れるのが当たり前くらいに鮮やかに駆け抜けてほしいんだ。今のセイバーはぜんぜん、そんな風じゃない」


 今の堰を切ってしまった感情は、橋の上で喧嘩して”シロウなら解ってくれると思っていた”と言われた時に近い。
 それどころかあの時よりもっと酷い。

「……初めて会った時、すごく綺麗だと思ったんだ、セイバー。
 それでこっちも助けになるって。何も知らなかったし、分からなかったけど勝手に誓った。
 だから、おまえに傷ついてほしくなかった」

「――――シロウ」

 偽りの混じらない本音を囁く。
 喉が引き絞られているようで上手く言えない。 

「セイバーは信じる理想を誇ったままでいてほしい。だから止めたくてもセイバーの理想を守るためになるって言うんなら……なんだって我慢出来る。
 でも頑張ったおまえが――――今度こそ幸せになる時間くらいあっていいと、思う」

 こんな言葉はただの言い訳に過ぎないだろう。
 だが、それでも。
 ―――止める事はどうしても出来そうもなかった。 

 言葉の中にセイバーの身を案じる物だけでなく、我侭が混じっていた。
 でも本当に仕方がない事だった。
 
 本当にこんなにつらそうなセイバーは初めてだ。
 だから、きっと残っちまう。
 声も仕草も思い出も。いつか掠れていって、しまいには何一つ残らないくせに。自分以外の誰かの為だとしても、こんなに泣きそうになったのだというコトが。


「……セイバーが、ただ楽しくて、嬉しくて。
 『自分』の為に心の底から笑った姿が見たいんだ――――」


 そんな彼女を見たかったという未練で進めなくなることは目に見えていたから。

 
最初と次の話でなんでいちゃいちゃさせないけねーのかというなやみはすでにふりきってるぜ!

……途中から、漢字が無いのは次話を間違って消してしまったからです。ああ、それと助けて色々何とかしたのはいたずら好きの老人です。魔力がたくさん、鞘の事知ってたので出来ました。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。