Side イッセー
「アーシア、俺が友達になってやる。いや、俺たち、もう友達だ」
アーシアから自身の過去を聞き終え、嗚咽する姿を見て俺は心からそう言った。
「悪魔だけど大丈夫!アーシアの命なんてとらない、代価なんていらない!気軽に遊びたい時に俺を呼べばいい!あー、ケータイの番号を教えてやるからさ」
俺はポケットに手を入れてケータイを取り出す。
「・・・・・・どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもあるもんか!今日一日俺とアーシアは遊んだだろう?話しただろう?笑いあっただろう?なら、俺とアーシアは友達だ!悪魔だとか人間だとか神様だとかそんなの関係ない!俺とアーシアは友達だ!」
「・・・・・それは悪魔の契約としてですか?」
「違うさ!俺とアーシアは本当の友達になるんだ!わけのわからないことは抜き!そういうのはなしだ!話したい時に話して、遊びたい時に遊んで、そうだ、買い物も付き合うよ!本だろうが花だろうが何度でも買いに行こう!な?」
我ながら下手な会話だと思う。雰囲気も何もあったもんじゃない。ゼロ兄や木場なら洒落たことが言えるんだろうな。
けれど、アーシアは口元を手で押さえながら、再び涙を流した。
でも、その涙はさっきみたいな悲しそうなものではない。
「イッセーさん。私、世間知らずです」
「これから俺と一緒に町に繰り出せばいい!いろんなものを見て回れば、んなもん問題ないさ」
「日本語もしゃべれません。文化もわかりませんよ?」
「俺が教えてやるよ!ことわざまで話せるようにしてやらぁ!俺に任せろ!何なら日本の文化遺産でも見て回ろうぜ!」
「友達と何をしゃべっていいのかもわかりません」
「今日一日、普通に話せたじゃないか。それでいいんだよ。俺たちはもう友達として話していたんだ」
「私と、友達になってくれるんですか?」
「ああ、これからもよろしくな、アーシア」
俺の言葉に、アーシアは泣きながらも笑って頷いてくれた。
なんて臭い場面なんだろう。どこの少年漫画だっての。恥ずかしくてのた打ち回りたいくらいだ。
でも、アーシアが笑ってくれるんなら、それでいい。
俺がアーシアを守る!そう心に誓った時。
「無理よ」
俺の心中を否定するかのように、二度と聞きたくないと思っていた声が耳朶を打った。
声がしたほうに顔を向けると、予想通りの存在がそこにいて俺は絶句した。
「ゆ、夕麻ちゃん・・・・・・」
「・・・・・レイナーレ様」
俺の驚いた声に彼女はクスクスと笑っている。
「へぇ。生きていたの。しかも悪魔?嘘、最悪じゃないの」
その声はあの時聞いた可愛らしい声とは程遠い大人らしい妖艶な声音だ。
レイナーレ、それがあの堕天使の本当の名前。
「堕天使さんが。何の用かい?」
俺はアーシアを背中に庇いながら睨みつける。
「汚らしい下級悪魔が気軽に話しかけないでちょうだいな」
堕天使は心底汚らしいものを見るかのような侮蔑的な目で俺を見ている。
「その子、アーシアは私たちの所有物なの。返してもらえるかしら?アーシア、逃げても無駄なのよ?」
逃げる?どういうことだ?
「嫌です。私、あの教会へは戻りたくありません。人を殺すところへ戻りたくありません。それにあなたたちは私を・・・・・・」
はっきりと嫌悪の言葉を返すアーシア。
教会で何かあったのか?
「そんなこと言わないでちょうだい、アーシア。あなたの神器は私たちの計画に必要なの。ね、私と一緒に帰りましょう?これでもかなり捜したのよ?あまり迷惑をかけないでちょうだい」
近付いてくるレイナーレ。
俺の後ろに隠れているアーシアは恐怖に身体を震わせている。
「待てよ。嫌がっているだろう?ゆう、いや、レイナーレさんよ、あんた、この子を連れて帰ってどうするつもりだ?」
「下級悪魔、私の名前を呼ぶな、私の名が穢れる。あなたに私たちの間のことは関係ない。さっさと主のもとに帰らないと、死ぬわよ?」
レイナーレが手に光を集めだす。
槍か?
「セ、セイクリッド・ギア!」
俺は声を荒げて神器を呼び出す。
よし、成功だ。
練習したかいあってすぐに出せるようになったぜ。
「上のかたがたにあなたの神器が危険だからと以前に命を受けたけれど、どうやら、上の方々の見当違いだったようね!」
心底おかしそうに堕天使が嘲笑う。
なんだ?何がおかしいんだ?
「あなたの神器はありふれたものの一つなのよ。『龍の手』と呼ばれるもの。所有者の力を一定時間、倍にする力を持っているけれど、あなたの力が倍になったところで全く怖くないわ。本当、下級悪魔にお似合いのシロモノね」
所有者の力を倍にする能力?ありふれたもの?
そう言えばゼロ兄が「お前の神器は非常に強力なものだ。いまはまだ目覚めておらず、ありふれたものに擬態しているようだがな」って言ってたな。
となると、俺がレイナーレに勝つには神器を目覚めさせればいいのか。
まずはレイナーレを何とかして、アーシアを連れてどこかに逃げる!
どこに逃げればいい?学校?
いや、それだとゼロ兄や部長たちに迷惑が掛かる。
俺の家?家族にどう説明する。大体、そこじゃ安心できない。
「神器!動きやがれ!」
『Boost!!』
俺の言葉に反応したのか、手の甲の部分の宝玉が光、機会音声が発せられた。瞬間、俺の身体に力が流れ込んでくる。
ズンッ。
鈍い音がする。俺の腹部に突き刺さるものがあった。光の槍だ。
「力が倍になっても、こんなに弱めて撃った槍すら撥ね返せない。一の力が倍の二になったところで、私との差は埋められないわ。よくわかったかしら?下級悪魔くん」
倒れこむ俺。
ヤバイ。光は毒。悪魔にとって毒なんだ。しかも腹部、これは―――。
激痛と死を覚悟した俺だが、身体に痛みが走ることはなかった。俺の身体を緑色の光が包み込んでいる。
見れば、アーシアが俺の身体を治療してくれている。
「アーシア。その悪魔を殺されたくなかったら、私と共に戻りなさい。あなたの神器は我々の計画に必要なのよ。その力、『聖母の微笑』はそこの下級悪魔くんの神器と違って希少な神器なの。応じないのなら、その悪魔を殺すしかないわ」
レイナーレが冷酷に提示してくる。
俺が人質かよ。
「う、うるせぇ!お、お前なんか―――」
「わかりました」
俺の言葉を遮って、アーシアは堕天使の提示を受け入れる。
「アーシア!」
「イッセーさん。今日一日ありがとうございました。本当に楽しかったです」
彼女が浮かべる満面の笑み。俺の腹部の傷は完全にふさがっている。
それを確認すると、アーシアはレイナーレのほうに進みだす。
「いい子ね、アーシア。それでいいのよ。問題ないわ。今日の儀式であなたの苦悩は消え去るのだから」
レイナーレはいやらしい笑みを浮かべている。
「アーシア!待てよ!俺たち友達だろう!」
「はい。こんな私と友達になってくれて本当にありがとうございます」
俺はアーシアを守ると誓ったんだ。
「お、俺がアーシアを!」
振り返った彼女の表情は満面の笑みに包まれている。
その笑顔に、俺は一瞬見入ってしまった。
「さようなら」
それが彼女の別れの言葉だった。
「下級悪魔、この子のおかげで命拾いしたわね。次に邪魔したら、そのときは本当に殺すわ。じゃあね、イッセーくん」
嘲笑う堕天使は、アーシアを抱いて空高く飛び上がる。
そして空のかなたへ消え去ってしまった。
後に残されたのは、黒い羽と俺、そしてラッチューくんの人形が路面に落ちていた。
―――何も出来なかった。
何が「アーシアを守る」だよ。
俺は地面に膝をつき、アスファルトに拳を打ちつけた。
「チクショウッッ!!」
激しく歯噛みし、悔しくて涙が流れてくる。
「無様ね」
後ろから声を掛けられる。
振り向くとお色気たっぷりな和服の美女が立っていた。
普段なら興奮してるんだろうが、いまの俺にそんなものは一切ない。
「無様ね」
「そんなことは自分が一番わかっていますッッ!!」
なんでかわからないけれど、この人は昔から知っている人のような気がしてならない。知らない人のはずなのに。
「じゃあ、無様なままでいいのかしら?」
いいわけがない。俺は生まれて初めて自分の非力さを呪った。
「なら強くならなきゃいけないにゃ」
そうだ。強くなければ守れない。力がなければ守れないんだ。
「強い感情が、思いが神器の性能を高める時もあるにゃ。強くなりたいという思いが強ければ強いほど、守りたいという思いが大きければ大きいほど」
思いが・・・・・・強ければ。
「発破はかけたにゃ。あとは君しだいだにゃ」
「発破か・・・・・・ありがとうございます。ってかにゃって?」
顔を上げて彼女の頭を見ると、黒い猫耳が付いていた。
「猫又?」
俺がそう言うと、彼女はクスクスと笑い出した。
「グレモリー眷属のみんなに伝言をお願いするにゃ。近々妹の顔を見に行くと」
「は、はい?」
妹?なんで?
「それじゃあまたこの姿で会おうにゃ♪」
そう言ってね小耳の美女は高くジャンプし、屋根から屋根に飛び移っていった。
パン!
部室に乾いた音がこだました。音の発生源は俺の頬だ。
叩かれた。部長に平手打ちされた。部長の顔は険しい。
「何度言ったらわかるの?ダメなものはダメよ。あのシスターの救出は認められないわ」
俺はあの後、一度学校に赴き、ことの詳細を部長へ報告した。
報告した上で俺は、教会にアーシアを助けに行きたいと言った。
しかし、部長はこの件に一切関わらないといってきた。
「なら、俺一人で行きます。やっぱり、儀式ってのが気になります。堕天使が裏で何かするに決まっています。アーシアのみに危険が及ばない保障なんてどこにもありませんから」
「あなたは本当にバカなの?行けば確実に殺されるわ。もう生き返ることなんて出来ないのよ?それがわかっているの?」
部長は冷静さを振舞いながら、諭すように俺へ言ってくる。
「あなたの行動が私や他の部員、ゼロにも多大な影響を及ぼすのよ?あなたはグレモリー眷属の悪魔なの!それを自覚しなさい!」
「では、俺を眷属から外してください。俺個人であの教会へ乗り込みます」
「そんなことができるはずないでしょう!そんなことをすれば私がゼロに顔向けできないわ」
初めて部長が激昂する姿を見る。
部長の言葉からわかるかもしれないけど、今この場にゼロ兄はいない。どこかに出かけているどうだ。
「俺はアーシア・アルジェントと友達になりました。アーシアは大事な友達です。俺は友達を見捨てられません!それに、俺に発破をかけてくれた人がいます。アーシアを助けられなかったらその人に顔を向けできません」
「それはご立派ね。そういうことを面といえるのはすごいことだと思うわ。それでもこれとそれは別よ。あなたが考えている以上に悪魔と堕天使の関係は簡単じゃないの。何百年、何千年と睨み合ってきたのよ。隙を見せれば殺されるわ。彼らは敵なのだから」
「敵を消し飛ばすのがグレモリー眷属じゃなかったんですか?」
「・・・・・・」
俺と部長は無言で睨み合う。
視線はずらさない。じっと正面から見詰める。別に俺は部長が折れるのを待っているわけじゃない。
「あの子は元々神側の者。私たちとは根底から相容れない存在なの。いくら堕天使のもとに下ったとしても私たち悪魔と敵同士であることは変わらないわ」
「アーシアは敵じゃないです!」
俺は強く否定する。
「だとしても私たちにとっては関係ない存在だわ。イッセー、彼女のことは忘れなさい」
んなこと言われて忘れられるはずがないじゃないですか!
その時、朱乃さんのケータイにメールが来た。そしてそのメールを部長へと見せた。
朱乃さんの表情も険しい。何かあったのか?
「大事な用事が出来たわ。私と朱乃はこれから少し外へ出るわね」
「―――ッ!部長、まだ話は終わって―――」
言葉を遮るように、部長が人差し指を俺の口元へ。
「イッセー、あなたにいくつか話しておくことがあるわ。まず、一つ。あなた『兵士』を弱い駒だと思っているわね?どうなの?」
「いえ、ゼロ兄にレーティングゲームについて教わっていたんで特殊能力があることは知っています」
「そう。なら『プロモーション』はわかるわね?」
「はい」
プロモーション、『兵士』が相手陣地の最深部に赴いた時、『王』以外の駒に変化することが出来る。
「あなたは悪魔になって日が浅いから最強の駒である『女王』へのプロモーションは負担がかかって、現時点では無理でしょう。けれど、それ以外の駒になら変化できる。心の中で強く『プロモーション』を願えば、あなたに変化が訪れるわ」
これをわざわざ説明したって言うことは、部長が、敵地だと認めた・・・・・・?
それを言って部長たちは魔方陣でどこかに行った。
「兵藤くん。行くのかい?」
「ああ、行く。行かないといけない。アーシアは友達だからな。俺が助けなくちゃならないんだ。それに、俺に発破をかけてくれた人はまた会おうと言っていた、なら笑って顔向けしたい」
「・・・・・・殺されるよ?いくら神器を持っていても、プロモーションを使っても、エクソシストの集団と堕天使を一人で相手には出来ない」
正論だ。そんなことはわかっている、重々承知だ。
「それでも行く。たとえ死んででもアーシアだけは逃がす」
「いい覚悟、と言いたいところだけど、やっぱり無謀だ」
「じゃあどうすればいい!!」
俺は木場に向かって怒鳴る。
「僕も行く」
「なっ・・・・・・」
俺は予想外の木場の言葉に目を見開き、言葉を失う。
「僕もアーシアさんをよく知らないけれど、君は僕の仲間だ。部長はああおっしゃったけど、僕は君の意思を尊重したいと思う部分もある。それに個人的に堕天使や神父は好きじゃないんだ。憎いほどにね」
『憎いほどに』か、こいつはこいつで何か過去があるんだろうな。
「部長もおっしゃっていただろう?『私が敵の陣t―――」
「気付いている」
「そうか」
木場は苦笑しながらそう言った。
「私も行きます」
「小猫ちゃん?」
「二人だけでは不安ですし、ゼロ先輩が何かあったらイッセーを助けてやってくれと言っていましたから」
小猫ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!いつも無表情でゼロ兄に引っ付いてばっかりでなに考えてるかわからなかったけど、その内に秘めた優しさにふれられた気がしたよ!
「感動した!俺は猛烈に感動しているよ、小猫ちゃん!」
「あ、あれ?ぼ、僕も一緒に行くんだけど・・・・・・?」
放置された木場はなんとも寂しげな笑みを引きつらせている。
わかってる、わかってるよ木場。感謝してるよ。
困ったイケメンって、なんか、ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「それじゃあ、三人でいっちょ救出作戦と行きますか!待ってろ、アーシア!」
俺たちは教会に向かう。
「今回は俺の出番はなしか・・・・・・」
『そうみたいだぜ?』
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