頑固親爺の徒然手記(難問解決への道標)

現役を引退した頑固親爺が、法治国家において法で解決できない問題が山積している現代社会に本音で迫り、問題解決策を模索していくブログ。難問を抱え込まないで相談にも応じます。

ブログの解析結果

 昨日は、自ら決めたルールを破ってしまった。
 数多く寄せられたコメントの解析に時間を要したからである。
 コメント管理画面を開くと、寄せられたコメントの一覧が表示される。
 一覧画面で、寄せられたコメントの内容が概ね判断できる。
 また、ホスト欄をクリックすると、コメントの送信者の個人を識別できるデーターが表示され、その送信元がパソコン、携帯電話、スマートフォンのいずれかが判別できる。
 当然、ホスト個人データは、記号英数で表されて一般人が見てもわからないように個人情報は保護されているが、コメントの内容が、侮辱、名誉棄損、強要、脅迫罪などの犯罪に該当すれば、私自身に捜査する権限がないものの、然るべき権限を有する警察や検察は、その個人を特定、言い換えれば、その者の住所や氏名等をすべて捜査出来ることになる。
 ホスト欄の記号英数は、個人に付与された背番号であることには間違いない。疑うなら確認すればよいことである。
 違法なことをしないで、ブログの趣旨にそって有効な活用をする限り、個人を調べる必要はないが・・・・
 また、ブログにつては、サービス機能として、アクセス解析機能がある。
 コメントが送られてきた日、時間、曜日など分析できるようになっている。
 このような機能は、私には必要ないが、今回だけは、コメントを分析し、犯罪となるコメント内容とホスト名を証拠として捜査機関に提出し、捜査に協力するために、大いに活用した。
 ルール破りは、コメント管理画面から、犯罪と認められるコメントを選別しなければならないことから、パソコンに向かう時間が多くなったということである。そこで、久しぶりに夜更かしたというのが結論である。
 そして、今日、大津警察署に行ってきた。そして、捜査幹部にあってきた。
 その内容は、省略するが、難問解決のために有言実行である。
 また、コメントを分析する中で、新しいことを知ることができた。
 その一つは、一度でいいからブログへのアクセスランキング第一位にならないかと密かに願っていたが、どうしても一位になることができない。
 10位代でもすごいのである。
 何故かというと、上位10位までのアクセスランキングを見ると、アニメや漫画動画などのブログと例の「2チャンネル」関連のブログが上位を独占している。
 という事は、ブログ利用者の多くは若者層で、自身のような老齢層のブロガーへのブログにアクセスする者は少ないということである。
 インターネットは最近に普及したもので、ましてやブログは歴史が浅い。年老いた者には、そのスピードに追い付かない。
 しかし、年老いても、自ら勉強し、新しいブログの世界を楽しんでおられる人も多くおられる。
 こうしたことから、「ブログおたく」は、陰湿でひきこもり的な、位部屋に閉じこもり、直接会って話せえる友達が少ないような者と決めつけていたが、これは誤りと気づいた。
 駅や道、電車内等いたるところで、多くの若者が携帯電話やスマートフォンに夢中になっている。
 歩きながら、他の通行人の迷惑も考えず、操作をしながら歩いている。(怪我をしなければよいが)
 コメントの分析結果で、携帯電話やスマートフォンからのコメントが多いから、多くは若者層のコメントと考えられる。
 分析結果から判明した次のポイントは、コメントの内容が稚拙(読めない人には送り仮名をつけることにしよう=チセツ)で、はっきり言って、小学校の低学年程度の文章作成能力しかないコメントが多いことからも、体型は一人前の大人でも、考え方や能力が十分に成熟(この文字も読めない人のために送り仮名をつけることにしよう=セイジュク)していない者、それでいて、常に新しいスマートフォンなどの最新機器を買い求める者の姿が脳裏に映ってきた。
 いずれにせよ、難問解決への行動を起こした次第である。
 そして、昨日から、寄せられたコメントは、相変わらず低俗、低能、無知、感情的なものがあるが、特定の個人名を名指して、殺人者呼ばわりする犯罪コメントが少なくなった。
 難問解決の立場から喜ばしいことであるが、やはり逮捕されるのが怖いのだろう。(失笑) このページのトップへ
擁護しないし批判もしない・・・しかし捜査に協力する

  昨日は、「閑中忙あり」で一日、東奔西走していて、インタネットを見るいとまがなかった。
 通常、暇な時は、概ね一時間程度をインターネット利用時間と決めて、この間にブログを作成している。
 長くインタネットのディスプレイを見ていると、目に悪影響を及ぼすからである。
 今日は、”注目すべきブログ”の中に、明らかに犯罪行為と判断されるブログがあることにまたもや驚愕した。
 よって、”難問解決”を豪語?して開設した当ブログの名に恥じないようにするため、良識あるブロガーの一人として捜査に協力することにした。
 大津市の中学校のいじめ問題で、大津市教育委員会や大津署を非難したマスコミ報道に対し、「擁護もしないし批判もしない・・・」のタイトルでブログしたところ、大きな反響があった。
 その後も、コメントの数こそ減少したが、刑法に規定する侮辱、名誉棄損、脅迫、強要と認められるコメントがあることから、ブログの目的や社会人としての常識あるブログ運営を望む立場で意見をさせて頂いた。
 そして、私自身を批判し、罵倒し、侮辱し、殺人者呼ばわりするコメントは、私が耐えれば許せるとしても、事実関係を知らないで、特定の人間を名指しして殺人者と決めつけた内容のコメントは、明らかに犯罪行為であるから、こうしたコメントは辞めて欲しとお願いした。
 にも関わらず、今、話題となっているブログを見たが、あまりにもひどい内容である。
 少年や親と思しき人の顔写真を掲載して、殺人者等と決めつけているが、このプログを書いた人物は正気かと疑いたくなる。
 こうしたブログが、新たな被害者を生み、犯罪として処断されることに気づいていないのか。
 大津署は、昨日、大津市の中学校のいじめ問題に関して、手紙かはがきかは知らないが、「殺したてやる」と脅迫した男を逮捕したようである。
 あくまで私見であるが、今後、更に逮捕者は増えるだろうと考える。
 そこで、ブログを悪用して違法行為をしている犯罪者を一掃することは、私の理念とする「問題可決」と一致することから、擁護もしないし批判もしないという信念に加えて、捜査に協力し、いじめと全く関係ない新たな犯罪の被害者を救うことにした。
 よって、今日は時間があるから、寄せられたコメントを精査し、犯罪行為とみられるコメントは、証拠として捜査機関に提出することにしようと考えている。
 捜査権限がないから捜査はできないが、個人として調査することはできるし、捜索などの捜査機関が行う強制捜査に、いろいろな形で協力することは出来るからである。
 コメントの送信者がバレナイと思っているなら大きな間違いである。
 今回の件で、勧められてブログを始めたが、俗に言う「ブログおたく」と呼ぶ人種が存在し、さしたる能力もないのに、他人のブログに、「あほ」、「バカ」、「死ね」、「殺人者」等のコメントだけで、理論的に文書を作成できない無能力者がいることに気付いた。
 また、丁寧な文章もってコメントをされる方も多くいるが、命の重たさを説き、大阪・大津市長が流した涙を盲信して批判めいたコメントを送ってくる者もいが、その内容から、いい子ぶる、猫かぶり、偽善者であると思われる部分が見とれる。
 「ねこかぶり」、「偽善者」であるといわれたくなければ、自身のブログを通じて、に他人を批判することなく堂々と主義や考えを記載すればよいのである。
 または、私と意見を交わすなど議論したければ、氏や素性、正確な連絡方法を明らかにすればよい。
 批判者に限って、そんな勇気はなく小心者なのだ。 
 尽きるところ、社会から見放され、世間から相手にされない弱者が、自宅か借家の一室に閉じこもり、インターネットの世界で、他人を批判することのみに生き甲斐を覚えて、違法、迷惑な行為を繰り返していることに気付いた。
 悲しい限りであり、こうした一部の「悪おたく」が生活保護費等を騙取しているのでないかと思う。 このページのトップへ
心ある大人は少年心理を正しく理解しよう!

 仕事の関係でメールを確認したところ、ブログに対するコメントが数多く寄せられているのに気づき、ついでにアクセスランキングを調べたら第11位となっていることに更に驚愕している。
 いじめ問題についての日記が大きな反響を与えているようであるが、これは、あくまで私見を綴っただけの事で、今、話題となっている大津市の中学校、その保護者、学生、また教職員とは全くの無関係の立場であることを申し添えておこう。
 昨日、期せずして、東京地方裁判所で、いじめに関する公判が開かれ、埼玉県の中学生であった少年の自殺に関して、両親の訴えが認められず敗訴となったようである。
 この件に関しても、全く何の関わりもない立場であるが、マスコミ報道によると、裁判官は少年の自殺といじめの因果関係を認めず、かつ学校関係者の責任も否定し、両親の敗訴となったようである。
 このように言うのは、自身が法廷で審理や判決を傍聴していないから、マスコミ報道を信じたうえでのことである。
 自身が、マスコミ嫌いであることは、このブログを始めた時から、再三明らかにしている。
 マスコミの体質をよく知っているからで、虚偽の内容を報道することはないと信じたいが、特ダネ争いなどマスコミ体質をつぶさにみてきた立場から、よほどのことがない限り、報道のすべては信用しないのである。
 しかし、優秀な記者は数多くいることは事実である。(余談)
 ところで、寄せられたコメントで、感心しない内容のものが散見される。
 前回にもブログに綴ったが、侮辱、脅迫、名誉棄損の内容は、犯罪行為になるという忠告をしたが、列記すると次のような断片的なコメントがある。
 「ばか」、「死ね」、「表を安心して歩けないぞ」、「仕事を辞めろ」、「恥や」、「殺人者を育てた糞爺」、敢えて隣国の名称は避けるが、「△◇へ還れ」などである。
 誰が殺人者なのかよくわからないし、自身は純粋の日本人であるから、こうした隣国をも巻き込むような内容のコメントは、ブログの精神からして好ましくないと思うが、どうだろうか?
 自身が、大津のいじめ問題に全く関係ない人間であるから、誤解も甚だしいし。
 コメントの内容には、義務なきこと(謝れとか辞めろ等)を強要うるものもあるが、場合によっては強要罪にも該当するから、コメントされる方はその内容を十分吟味しないといけない。
 こうした内容は、まだ許せるとしても、特定の個人の名前(おそらく中学校の生徒やその家族と思われる名前を堂々と掲載し、殺人者呼ばわりしたコメントがあるが、こうした行為は辞めるべきである。
 その一方で、共感するとか、楽しく読んでいるとか言った励ましのコメントも頂戴している。
 ブログには、それなりの常識的なルールがあってしかるべきで、個人の私見に反対なら、また立腹するなら、それなりの理路整然とした反論を文章でコメントするのが常識でなかろうか。
 文章でないコメントと言えない稚拙で下品なコメントは辞めてほしい。
 ところで、今回のタイトルは、少年心理についてである。
 子供は、基本的には単純である。未熟であるがゆえに簡単に落ち込み、ちょっとしたことに「切れる」ことがある。
 法律上も、14歳未満の少年が犯罪行為をした場合、犯罪行為と位置付ないで触法行為として、こうした少年を触法少年と呼んでいる。
 何故かというと、今記載したように、未熟であり、大人と比較して善悪の分別能力に劣るとともに、将来の我が国を背負う青少年を健全に育成しようとする目的で制定された少年法等で、刑罰を課さないようになっている。
 さて、去る8日の日曜日、仕事の関係でJRのローカル線の列車に乗車した。
 梅雨の合間をぬって久しぶりの好天で、多くの中学性がスポーツ大会か練習試合かに参加するため列車に乗り合わせた。
 始発駅を出たころは、乗客も多く少年たちはおとなしくしていたが、次第に目的地に近づくと、乗客も少なくなり、少年たちは乗車していることに飽きてきた。
 乗客が減ったことを幸いに、10名程度の中学生が、自由気ままな行動にでた。
 列車のつり革を体操の器具のようにしてぶら下がり遊ぶ者、座席が空いているのに床に伏し、寝転ぶ者、ボクシングを真似て1名の少年に集中的に暴力をふるう者、大声で奇声を発する者等、列車内が彼らの世界である。
 これを注意する大人は一人として居ない状況(自身も注意することを躊躇)で、しばらく少年らの動向を観察した。
 ここで注目したことは、特定の1人の少年が、他の多くの少年から乱暴(ボクシングを真似た拳骨を用いて顔面こそ殴らないが腕や背中に暴力を加える。)するものの、その被害を受けている少年は、さほど苦痛な表情をするでなく、むしろ、自身の主観かもしれないが、ライオンの子供がじゃれあって、他のライオンを噛むような光景であって、仲間意識を満たしたような喜びにも似た表情であった。
 しかし、これを外形的に見ると、集団暴行(いじめ)そのものである。
 少年らは、列車の乗車マナーを知らないし、長い乗車時間をじゃれあって遊んですごしているのである。
 ただし、この内容は、大津市の中学校の問題とは、全く関係ないことで、少年の特性の一環を観たまま掲載したにすぎない。
 こうした中学生に接する機会はほとんどないが、少年は、単純であり、善悪を教えるだけでなく、何故してはいけないかの理由を理解させて、初めて教育、指導をしたといえるのではないだろうか。
 マスコミの報道を鵜呑みにすることなく、いじめの本質を考え、そして事実を正確に把握してからでないと、かえって問題を歪曲してしまう結果になるのでは・・・・・・・ このページのトップへ
大津絵に再挑戦
 
 多くの人々との巡り合いの機会をいただき、どの人とも”一期一会”の気持ちで接しているが、その中に名前の語尾に翁の称号が最適なご老人がおられる。
 過日、お目にかかって実年齢をお聞きしたら、米寿(88歳)と応えられたが、いまだに車を運転され精力的に動いておられるから素晴らしい。
 長年、地域において奉仕活動にあたられ、特に、交通安全について大変な功績を残され、また、地元の伝統ある瓢箪生産組合の役員等もされていた。
 こうしたことから、瓢箪が縁で知り合い早10余年になるが、最近は疎遠がちで、恐縮している。
 自宅を訪れたところ、かの有名は”さかなくん”が、翁宅を訪れたときのお話や写真を拝見した。
 ”さかなくん”は、瓢箪の取材でスタッフ多数を伴って訪れてきたようであるが、私の要件は瓢箪に大津絵を描いてほしいとの依頼であった。
 大きな瓢箪が5個ほど準備されていて、その中で最も形が綺麗で大きい瓢箪を預かることになった。
 翁が、平素、通院しているお医者さんにプレゼントする瓢箪に大津絵を描いてほしいとのこと。
 長年、絵筆を持っていないし、在職中とはことなり、いつでも大津絵を描くことができるといった甘えから、要望に応え得る絵が描けるかどうか躊躇したが、翁からの依頼であり、断ることもできないから了承して瓢箪を預かることにした。
 瓢箪は、高さが50センチくらい、胴回りも50センチくらいの、形のきれいな大瓢箪である。
 その後、久しぶりに絵筆をもって、この瓢箪に大津絵を描いているところである。
 しかしながら、なかなか筆が進まないのが実態である。
 昭和という時代を代表する陽明学者、思想家であられた安岡正篤先生の著書に「一日一言」がある。
 安岡先生は、昭和最大の黒幕とも評され、政界、財界、皇室までから頼りにされた学者で、終戦時の「玉音放送」、つまり昭和天皇の終戦とする旨の詔書の原稿に加筆して完成させ、平成の元号発案者と言われている。
 帝王学を説き、時の政権に就く政治家や、三菱、住友、近鉄、東京電力などの財界の幹部を指南し、権力を持たない反面、権力者に対して絶大なる発言力を持っていた人物である。
 今、政権の座にある大臣の皆さんは、直接、安岡先生の指南を受けていないのなら、少しは、先生の著書を勉強されては如何かと推奨したい。
 この先生の著書の中に、「一日一言」があり、その中に、「某中閑あり、苦中楽あり」という言葉があり、自らの人生の座右の銘としてきた。
 在職中は、仕事にあけくれ、団塊の時代の申し子のように「暇」なんて体験していないように思う。
 しかし、そうした忙しい中にあって、勉強したり、絵を描いたりすると、何故か充実した内容の良い結果が得られたように思う。
 つまり、忙中につかんだものこそ本物の閑であり、苦しい中で掴んだ楽こそ本当の楽であるということであって安岡イズムは後世にまで生き続けてほしいと願う。
 さて、瓢箪であるが、完成時にカメラで撮影して映像を披露しようかどうか迷っている。
 絵が完成すると、翁の手元で、美しいふさがかけられ、座布団を敷いて全てが完成し、そしてお医者さんのもとに届けられるのである。

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 ブログへの反応に驚愕

 滋賀県大津市の中学生が、昨年10月、自殺した件で警察の被害届出不受理という批判記事として大きく取り上げられて話題となっていることに関してブログしたところ、読者?から多くのコメントやトラックバッグによる批判を頂戴した。
 ブログを初めてまだ間がないが、これだけの反応があることに驚いている。
 あくまで、日記コミュニティーとして心に思うことを素直に、自然のまま文章にしたが、多くの読者から批判が寄せられたのである。
 この話題となっている中学生の自殺問題で、滋賀県知事が、「知事は説明すべき」との批判のメール100通以上があったこと等を踏まえて、滋賀県会内に緊急対策チームを設置すると発表したが、ブログに寄せられた批判数はこれを凌ぐ。
 ただ、残念なのは、あくまで個人の考え方を日記として綴り、これをインタネット上に公開したものであるのに、その批判の内容(すべては読んでいないし読む価値もない。)は、関係のない個人名を掲載し、侮辱、名誉棄損、脅迫まがいの内容が多いことである。
 ブログを始める段階から、批判を受けることは覚悟していたが、その内容があまりにも犯罪まがいであることを残念におもうのである。
 インターネットの普及により、インターネット犯罪と呼ぶ犯罪領域が生まれ、多くの被害者がうまれているが、ブログやフェイスブック、ツイッターが、犯罪行為とならないように願っている。
 最近、不正アクセス禁止法の改正等、取り締まりが厳しくなってきたが、捜査する側が、これまでは不慣れ、知識不足であったところ、捜査技術や有能な捜査員の育成により、次第に機能してきたことは喜ばしい。
 多くのブログファンはご承知だろうが、インターネットはアクセスすることにより、相手方に情報を提供することになり、偽名を使ってもすぐに判ること、そしてメールやブログへのコメントは記録として残るから、犯罪行為とみなされたときは、証拠となることを自覚する必要がある。
 さて、あくまで「自殺問題」としてとらえ、「いじめによる・・」と形容詞をつけないのは、いじめが原因なのかどうか不明であるから、このように頑固に筋を通している。
 いじめが原因と断定できる者はだれ一人いないのであって、マスコミ記事がそうしているだけのこと。
自殺した両親は、いじめが原因として訴訟を起こし裁判所の判断がくだされていない段階でのマスコミフィーバーである。
 何故、昨年10月発生した自殺事故が10ケ月も経過した今の時期に、マスコミが取り上げ、関係者が慌てふためくのかという素直な疑問を持ち続けている。
 「大阪の橋下市長が涙を流したのに、頑固親爺でなく”糞親爺はアホか」といった内容のコメントまで寄せられたし、「加害少年の祖父だろう」と決めつけられたりしているが、芸人でないし、自殺した少年のとのかかわりは一切ない、ごく平凡な老人である。
 よくあるケースとして、民事裁判を有利にするために敢えて警察等に被害届出をすることがある。
 民事裁判は、訴訟を提起した原告側に証明責任があるが、刑事事件の場合は警察や検察が事実を解明してくれるのである。
 また、学校のいじめ問題は、今に始まったことではない。程度の差こそあれ、自身が若かりし頃にもいじめは行われていた。
 いじめの加害者にも被害者にもなった経験はないが、昔と今との違いは判らない。
 そして、最近では、こうしたマスコミ扇動により社会問題化すると、対策の必要性が叫ばれ、教育関係者、機関は、対策を講じるが、この対策が功を奏していじめがなくなったことはない。
 対策が功を奏さないから、時代が変わろうといじめ問題が続くのである。
 パフォーマンスのすきな知事やそれを真似た大津市長が、全国に先駆けた、これまで誰もが成し遂げなかったいじめ撲滅対策をとってくれることに大いに期待したい。
 批判する人は、対策に関して有為な提言をしてほしい。
 そして、そてが実現したときに、批判を素直に受け入れることにしたい。  このページのトップへ
マークⅡの素晴らしさに感動

 梅雨の豪雨の中、温泉旅行に出かけた。
 行く先は、岡山県の湯原温泉郷で愛車のマークⅡを駆り立ててのドライブ旅行である。
 無料で入浴できる「砂湯」があり、しかも混浴であることから楽しみは増す一方。
 滋賀を立つときは豪雨であったが、大阪あたりまで走ると雨は止み、昼頃の岡山後楽園に到着した時は、すっかり雨があがり、雨露に濡れた公園の松、芝など見事に緑色が映えていた。
 後楽園は、何回見ても名園、名庭園であるし、岡山城を背景にしたロケーションは最高であった。
 旅行誌で知ったグルメ店で昼食をとったが、これまた内容も価格も最高
 その後は、岡山を縦断する高速道路で一路、湯原温泉に到着
 普段の行いが品行方正であることから、全く雨の気配がなく、宿の温泉もさることながら、満を持して夜間の8時過ぎ、砂湯へ到着して入浴
 入浴客が少なく、女性客は見学者のみであったが、長寿、子宝などの3つの湯につかり温泉を満喫した。
 翌日も天候に恵まれ、真庭市勝山、蒜山高原、鳥取県倉吉市を訪ね回って旅の終わりとなったが、この間、可能な限り、高速道路を利用して快適なドライブをした。
 我が愛車は、登録して12年目を迎えるトヨタのマークⅡであるが、この車は、乗るたびに名車であることを痛感する。
 形式は古いが、速度安定性、居住性、燃費性、スタイル何をとっても、世界の名車といえる。
 すでに、この名車は生産が停止され、今はマークXとなっているが、マークXには何の魅力も感じない。
 マークⅡは乗る度に、そして年月が経過していく度に、そのすべての素晴らしさが体感できる車である。
 現に、いまだにマークⅡを良く見かけるが、マークXに代わって10年前後が経過することから、いずれのマークⅡとも古い車である。
 この車を大切に乗り続けている「マークⅡファン」が多いのも、やはり名車である証拠なのである。
 車のセールスマンは、新車の購入を勧めるが、マークⅡの下取価格は0円である。
 形式は古いが、何の故障もなく、また事故もなく乗り続けてきた名車は、北海道、沖縄、そいて東北地方を除く日本のいたるところを駆け巡ってきたが、更に10年間は乗り続けたいと願っている。
 世界の名車マークⅡに心から感謝して・・・・・・・
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擁護しないし批判もしない・・・・・

 大津署がマスコミの砲撃を受けているが、この問題の本質は、学校における「いじめ」である。
 いじめを把握できなかった学校の責任、被害届出を受理しなかった警察の責任を取り上げる以前に、少年の父母は、自分の子供の日常生活の状況や心の悩みに対して平素から真剣に対応したかが問題である。
 責任転嫁は子供の生命を守る親のあるべき姿でないだろう。
 明石花火大会の雑踏事故は、当時の警察副署長が刑事被告人として公判が開かれているが、事故で子供を亡くした親は、英雄気取りでマスコミの取材に応じて、責任転嫁に終始している。
 亡くなったお子さんは、そんな親の行動を期待しているのだろうかと思う。
 花火見物の際、危険だから歩道橋を利用しないように親から一言注意してほしかったのではないだろうか。
 また混雑する雑踏の中で、手をは離さないで、しっかりと握っていて欲しかったと思うのである。
 若かりし頃、仕事優先の日々に明け暮れ、子供を放任してきたが、たまの休みに家族と連れだって遊びに行った際は、我が子を危険なところに行かせないように常に注意していた。
 それが親として当然のことであると思うが、最近の親は、自分の責任を他に転嫁して、しかも英雄気取りの常識のない行動をとる。
 思春期にあける子供教育は、マスコミは学校の責任であるという論調であるが、親の責任である。
 家庭における教育や躾が、子供が健全に生育するためには極めて大きい影響力を持っている。
 そのすべてを学校関係者に責任転嫁されては、教職員はたまらない。
 さて、いじめが原因?かどうかは、死者に口がないから真実はわからないが、将来ある少年が、自ら命を絶ったことは間違いがない。
 この少年が生前中に同級生等から暴行を受けていたという断片情報をもとに、父親が被害届出をしたい旨申し入れてきたのに対し、警察は事実関係が不明であるから受理を拒否したというのがマスコミ報道である。
 被害届については、法律(刑事訴訟法)上、明確な規定はないが、告訴や告発は規定がある。
 警察の対応を批判する気は毛頭ないが、もう少し親切心をもって対応していれば、こうしたマスコミへのタレこみにはならなかったであろう。
 事実関係が判らないのに、ある人に刑事処分等をうけさせる目的で虚偽の申告をすれば、刑法172条の虚偽告訴罪に該当し、3か月以上10年以下の懲役、また、人に刑事処分をうけさせる目的がない場合の虚偽申告は、軽犯罪法違反となる。
 父親には、事実関係が明らかでないの、虚偽の内容で人を刑事処分に処する意図がある場合は、こうした法違反になることを明確に伝える必要がある。
 被害届出は、捜査の端緒であって、被害届出を受理しないことと捜査をしないことは別の問題であるから、一切のコメントをしないといった対応でなく、被害者?(自殺した少年?)並びに遺族感情を考慮して、事実解明のための必要な捜査は尽くす旨、回答すれば済むことである。
 トップの判断による、「ノーコメント」かもしれないが、トップが判断や方針を誤らないようにサポートする幹部も必要でないかと感じる。
 トップを”裸の王様”にしないことであり、イエスマンは要らない。  このページのトップへ
停電時における交差点の安全対策

 大飯原発の再稼働問題に絡んで、「滋賀県も地元」と主張して国に安全対策を提言するパフォーマンスをした知事が、今度は、6月末の関西広域連合の会議で、またもやパフォーマンス(節電計画10%堅持すると言いだし)し、挙句の果ては、停電により交差点に設置された信号機が機能しなくなった場合は、県職員を交差点に配置するとまで言い出した。
 これまで、交差点角には、交通安全日などを中心に、民間のボランティア、地域の交通安全協会の役員さん、通学児童をもつ父兄の皆さんが立って、通行人の安全確保とドライバーへの啓発をしていてくれる姿は見かけるが、県職員がこうした活動に参加したことは聞いたことがないし、見たこともない。
 特に、県民総ぐるみによる交通事故防止を訴える交通政策担当者ですら、机の前でパソコンのキーボードを叩いているだけで、汗を流そうとしない。
 こんな県職員を信号機が停電で機能しなくなった、道路交通法でいう「交通整理の行われていない交差点」に配置して、何をする気でいるのか?
 これも知事のパフォーマンスでしかない。だれかが、助言?扇動?しているのだろう。
 はっきり言って、何の経験や意欲?、そして法律上、全く権限のない県職員が交差点に立ったら、通行車や通行人が困惑して迷惑であるばかりか、馴れないことで県職員が怪我をする心配さえある。
 最近、全国の警察が、急きょ、信号機が停電により消えた場合の交差点の安全対策を図るため、主要な交差点(交通量が多くて事故の発生が予想される交差点)に警察官を立たせて、警察官や交通巡視員による手信号で交通整理をしようと計画し、警察官の手信号操作方法を教養し訓練している。
 この現場に遭遇したことがあるが、手信号は全く幼稚であって、その技能は低く、手信号による交通整理をしないほうが、交通の安全と円滑が保たれるように感じた。
 現在ほど交通信号機が設置されないで、交通量がすくない時代には、その時代としては交通量の多い交差点の中央に位置して、警察官が手信号による交通整理をした。
 白色の制帽覆い、足元は白脚絆、真っ白な手袋、制服も今と違ってスマートで白色の帯革、警笛紐も白色、その姿は交通警察官の憧れで、女性にも大いにモテたものである。
 手信号による交通整理が出来て、一人前の交通警察官と認められた時代であった。
 当時は、警察官の技量もさることながら、通行人や自動車運転手も警察官の手信号に馴れていた。
 しかし、今は当時と違うことを認識すべきであろう。
 警察官の服装、技量もさることながら、自動車運転手が警察官の手信号による交通整理に不慣れである。
 運転者が警察官の手信号の意味を理解しないと、とんでもない交通事故を招く結果となる。
 警察官ですらこんな状態であるのに、県職員は何をするつもりなのか?
 はっきり言っておこう。停電して信号が表示しない場合は、成り行きにまかせることである。
 すべての信号交差点に交通整理の警察官を配置しようとすると、今の警察官の定員の100倍でも不足するだろう。
 多くの運転手は、危険を認識すれば、自ら安全行動にでるものである。
 交差点通行上のトラブルはあるだろうが、交差点における優先順位や通行方法を再勉強する機会でもある。
 知事さん!パフォーマンスは辞めなさいと、以前にも忠告したはずですよ・・・・・ このページのトップへ
 通行中に橋が壊れたら大惨事になりますね

 滋賀県は古来から、交通の要衝と言われている。
江戸時代の5街道のうち、東海道と中山道が東西、南北に滋賀県内を通じている。
東海道53次の宿場町のうち、土山宿から大津宿までの5つの宿場町、中山道にあっては柏原宿から大津宿までの10の宿場町がある。
 江戸の日本橋から京の都・三条大橋までの宿場町のうち、合計15もの宿場町を有するのは滋賀県だけだと思う。
 中山道は、別名「木曽路」と呼ばれ、木曽路が有名で滋賀県の宿場町を知らない人が多くいる。
 宿場町の話はここまでで、要は、東西を結ぶ交通の要衝であることには変わりなく、名神高速道路、新名神高速道路、JR琵琶湖線(旧名:東海道本線)、東海道新幹線等、我が国の大動脈流の中心におかれている。
 震災などの自然災害や大事故、あってはならないがテロ行為などによって交通網が遮断されると、我が国に計り知れない大きな被害を生じることになる。
 この道路や鉄道のポイントが橋梁であると考えている。
 この「橋」に関する注目すべき記事が掲載されていた。
 いまや、大飯原発再稼働問題、夏場の計画停電、そして民主党の一部議員による造反劇のニュースが大半を占める紙面にこの記事を発見した。
 国土交通省が発表したもので、全国にある道路にかかる橋の補修率が、僅か11%という見出しである。
 記事の詳細は、都道府県や市町村が管理する道路にかかる橋で老朽化などにより早急な補修が必要となった6万704ヶ所のうち、補修中または補修済みなのは10.7%の6,476カ所にとどまるとされている。
 そこで滋賀県はどうかというと、早急な補修が必要とされる橋が215カ所、しかし1カ所として補修がされていないのである。
 日本全国47都道府県で、ゼロ(補修を全く行っていない。)は滋賀県だけである。
 交通の要衝にあたる滋賀県の道路にかかる橋が数多く早急な補修が必要とされていながら、一カ所として補修をしていないのだから驚きである。
 ケニア人のマンガリ・マータイ博士は、環境分野で世界初のノーベル平和賞受賞者であるが、同女史は、日本の「もったいない」と言う言葉に魅せられて、これを世界共通語として広げようと提唱した人物である。
 つまり、女史の思いは、この日本語のもつ意味を正しく理解したのかどうかは知らないが、要は地球規模の環境保護は開発行為でなく、より自然な形で保護することが必要と訴えたのである。
 滋賀県の琵琶湖研究所にいた某女は、知事選挙に立候補して、大半の予想を覆して当選し、このマンガリ・マータイ女史の提唱する「もったいない」を行政の柱にするような方針を打ち出した。
 このことは周知の事実であるが、他人の提唱したことを模倣したことまでは知らないと思う。
 この時点から、自分なりのオリジナリティーとは皆無で、しかもパフォーマンス好きであった。
 滋賀県のマータイ女史は、この言葉がもつ、「妥当でない」、「不届き」が転じて、「ありがたい」、「粗末に扱われては惜しい」の意味を、無駄なことに税金を費消しないと言いたかったのだろうが、県民の安全を確保するための最低限の事業には、「もったいない」と言わないで有効に予算を使ってほしいものである。 このページのトップへ

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甲賀の"ういたかひょうたん狸"
  • Author: 甲賀の"ういたかひょうたん狸"
  • 1948年1月生れ
    長年、公務員として奉職し定年退職
    コンサルタント会社オフィース”K”代表
    地方公共団体、道路管理、警備業等の顧問、セキュリティーアドバイザー、相談役経験
    社員教育、公判対策、各種問題解決、対外交渉、リスク管理、コンプライアンス等幅広く担当
    「生涯現役」が信条
    法的な解決だけでなく、日常生じる「難問」を抱える企業等の要望に対応、奮闘中

     

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プロフィール

Author:甲賀の"ういたかひょうたん狸"
1948年1月生れ
長年、公務員として奉職し定年退職
コンサルタント会社オフィース”K”代表
地方公共団体、道路管理、警備業等の顧問、セキュリティーアドバイザー、相談役経験
社員教育、公判対策、各種問題解決、対外交渉、リスク管理、コンプライアンス等幅広く担当
「生涯現役」が信条
法的な解決だけでなく、日常生じる「難問」を抱える企業等の要望に対応、奮闘中

 

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