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7月6日.今日は,規制が先週より全然厳しい.
国会議事堂側の歩道はおろか,国会議事堂前駅の出口は何と1か所に規制.地下鉄駅構内は人の渦だ.みんな黙々と並んで待っている.欧米のメディアが奇異の目で見る「日本人」の姿がそこにあった.
フランスやスペインにおいて,デモや大規模行動の現場でこんなことをやったら,瞬時にして,警察官の半殺し体が数体は転がっていただろう.ニッポン国警察官諸君,君たちはニッポン国に生まれたことを,せいぜい感謝したまえ(笑).
実際に,20時の抗議終了直前まで地下鉄駅から出られなかった(出られなくなりそうな)隊列もあったらしく,一部では強行突破もあったときく(未確認情報).
地上に出ても,先週のような車線開放はされず,隊列が延びるばかり.屈強な警察官が強硬に阻止線を張る.
人が多く危険な状態なのに,歩道に留まれという警官と実行委(スタッフ).限界に達していたのは明らかだった.雨もひどく子供もいてさらに危険になってきたので,「現場判断で部分的にでも車線(スペース)を開けろ」と年長の指揮官のところに交渉しようかと歩み出した.
その時だ.一瞬の警官の空きをついて,すっと何人かが隊列をはみだした.すると,まさに自然発生的に何十人,いや数百から千人近い人々が歓喜の声をあげ車線の外側に大幅にはみだしていった.
全く「ごくごくフツー」の人々だ.絵に描いたような勤め帰りのサラリーマン,OL,学生風の男女の若者,子供を抱いた女性,年寄り夫婦,大飯の現場にいたような「アース系」の人もいたが少数だった.彼らが誰言うとなくあまりに自然に,「再稼働反対!」と大声で叫びながら車線を開放したのだ.みんな笑いあっていた.開放感に包まれていたのだ.フツーの人々が権力の横暴に腹の底から怒っていて,それを突破した喜びと開放感を味わった瞬間なのだった.
後で聴くと,警備判断上,部分開放を実施する直前だったらしいが,部分的とはいえ,一般大衆が自らの意志で,権力の隙を突いて車線を突破したのは紛れもない事実だった.
最後にあった,一部報道やツイッター(おそらく警備との本格的な攻防など見たこともない人たちなのだろう)で,相当大げさに書かれている最前線での警察との「もみ合い」も大人しいものだ.全労協系労組や某党派が最後まで粘っていたが,可愛いものだ.あれくらいのもみ合いでは,多くのネットメディアに曝される中で逮捕など絶対にできないだろう.
実行委が警察と絡んでいるとか,民族派を許容しているとか.当面,そんなことはもはや脇に置いていい.なんら「政治的なトレーニング」もされていないただのフツーの参加者が,全く誰に命令されたわけでもなく,自らの意志で,権力も「運動側幹部」も全てを乗り越えた瞬間を目の当たりにしたのだから.
今までさんざんデモや現地行動に参加してきたが,こんな光景ははじめてのことだった.
しかもこれは,「再稼働強行後」直後の行動である.今までの日本大衆運動は,官邸前の「前の舞台」60年安保は言うに及ばず.「天王山」で負けた後,潮が引くように人々は去っていくのが通例だった.今日は,雨の中の平日,これだけの警備の中で,再稼働直前の闘いを上回る多くの人々が結集したのだ.その中でこの光景が展開されたのだ.
もしかするとこれは,大げさでなく,歴史に残る,いや歴史が動いた瞬間だったのかもしれない.
ひょっとすると,この闘いは勝利できるかもしれない.焦点となる実力闘争で,とか選挙でとかではなく,人々の心の中に杭を打つ経験となったからだ.今住んでいるニッポンという地は,まだ変われる素地が残っているのかもしれない.雨の中で,人知れず涙を流した.
全身ズブ濡れながら,珍しく,妙に楽観的な自分が,そこにはいたのだった.
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/220706035.html
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