|
|
> No.69216[元記事へ]
メモリさんへのお返事です。
> ところでこれは何ですか?はあ。。。
> > ・・・・・・・・・ハッキリ云うが、・・・オレは病人ダ!。(爆笑)、
> こんなことで逃げてはいけないはず。何が良く何が悪いか、知ってるはず。安きに流されるな!
> 恥じない生き方をしたいものだと思ってほしい。捨て台詞で茶化してすむと思ってるならまだ子供だ。 馬鹿にされるな!
※(大爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、
ありがとう、きみ。だが、オレは本当に病人なのだ。(笑)、して〝気違ひ〟なのだよ、だが、私は自分の病気に対して〝恥じ〟とは思っていない。(笑)、
こんなこと、誰でも持っているものではないか。〝男〟と限定はしないが、誰でも心の中には〝流れ弾〟の一発や二発を抱えているはずだ。
違うか?、(笑)、
> 以下、本題。
> 一方、日興上人が伊豆の大聖人のもとに行かれたとする記述は、百六箇抄の末文にある。
> 百六箇抄というのは、日蓮正宗の奥義である相伝書である。
> この百六箇抄の末文(宗学要集では数頁にわたる長い部分)が全て後加であることについて。
>
> 本文
> ==============================
>
> 『百六箇抄の末文である。これまで、この相伝書を富士門ではぜんぶ蓮祖の御書としてたが、他門では記事が史実に合致せぬ辺からも偽書であると主張して、たがいに争論の的らしきなっていたが、愚僧は疾くに本註混合して、悪しき註のために本相伝書が汚されていると信じ、これを発表もしておいた。すなわちそれは、富士宗学要集(第一巻相伝部二二ページ)の諸文であるが、ぜんぶ後註である。』(上巻p41)
>==============================
> つまり、それまでの日蓮正宗の歴史では百六箇抄などに偽造され付け加えられてあるのを、
> 大聖人の相伝であると、ずっとそう思って伝えて来たんだと日亨上人は言われている。
※違うよ、百六箇抄は偽造ではなく、偽造の混じった指南書であるが故に、後加分を抽出されたのだよ、いわゆる一線部と二線部である。これは、わかるよナ。(苦笑)、
> それが誤りであり、それを偽加であり、“悪しき註”であり、“本相伝書が汚されている”として
> 日亨上人がおそらく初めて、その相伝書の訂正を発表された。
※まあ、それで良い。(笑)、
> 今までは間違った相伝を伝えてたんだと厳しくも明言されているのである。
> 本当に酷い話ではあるが、相伝書に落書きできるのはどのような人なのか。それはもちろん保持者に他ならない。
※相伝書、というのは、護持者が私見を書き込むことはある。創賊や正信会や日蓮宗の学徒が、御書に赤線を引いたり、自分の知っている文献を併せてみたりすることはあるのだよ。
日亨上人は、後加分を研究されて、相伝書の本文の〝原型〟を抽出されたのであろう。(苦笑)、
> 法主が個人的に書き加えたものを、日亨上人は「汚されている」と軽蔑していることを普通の信徒に示されたのだ。
※ではなく、途中経過の保持者の書き込みを、法主に伝えようとしたのが日亨上人のご研鑽である。(苦笑)、
> これが戸田先生の当時の学会の姿であり、また日蓮正宗の御隠尊の法主の御指南だったのだ。
※富士宗学要集は大正時代に作成されたもので、創価教育学会には無関係である。日亨上人は富士宗学要集の解説をを講学しておられるが、そこに創価教育学会は無関係である。(笑)、
如何。
・
|
|