匿名ブログの在り方・考/統一柏教会長松橋正巳を糾弾す!
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一筆一論(14)
リンクが外される
ブログを開設してから、早いもので3年と半年が経つ。
最初の頃のアクセス件数は1日に30件。小生のブログをリンクしてくれるサイトはほとんどなかった。
そのうちにリンクを貼ってくれるサイトが次第に増え、件数も急上昇。今年の初めには100万件を突破した。
ところが、最近、リンクから外すサイトが出始めた。統一教会の各教会ホームページのリンク集からである。
火の粉ブログの影響力が高まれば高まるほど、拉致監禁が減少するという一念で(不遜かも)、鶴の機織りではないが、せっせとブログを更新してきた。それだけにきわめて残念なことである。
どうして、リンクから外すのか。統一本部の公式サイトを読んで、納得した。
教会職員が私的に開設したブログ上で度を過ごした表現の書き込みを繰り返しており、またなりすまし行為を行うなど、服務上の問題に加えネットのマナーを逸脱して他者に不快感を与えるという問題行動を起こしていました。加えて、当法人の見解ではない思想を公認教会が支持しているかのような誤解を与えていました。
私的に作成されたブログとは言え、当法人の職員が不適切かつ不謹慎な行為を行い、不快な思いをされた方々に対しまして深くお詫び申し上げます。
当法人と致しましては、本件関係者に対して厳正な処分を行うとともに、職員に対する指導が足りなかったことを反省し、今後、職員に対するソーシャルメディア規定を定め、リテラシー向上を徹底し、このような問題が再発しないよう努めてまいります。
世界基督教統一神霊協会(注)
「リンク」を開いたら、お詫び記事と連動した案内が追記されていた。
※これまで教会員の方の個人サイトやブログを紹介してまいりましたが、
「法人として個人の方のサイトやブログに干渉したりコメントする立場にない」との方針のもと、
掲載をとりやめることといたしました。
関係者の皆様にはご理解のほどよろしくお願いいたします。
何があったのか!?
いったい何があったのか調べてみた。事実経過は以下の通りである。
まず、事実経過の背景を説明しておく。
周知の通り、文鮮明氏の3男・顕進氏グループ(以下、文3派)と、日本統一教会の最高責任者である4男・国進氏ならびに世界会長の7男・亨進氏(以下、現体制派)の対立は、多数の裁判で争うまでに深刻化している。
対立の激化とともに、インターネット上で文3派の個人ブログが増え、必然的に、彼らに対抗する教会員のブログも多くなっていった。
ちなみに、私の個人メールにも、それぞれのブログ記事が送られてくる。真偽のほどがよくわからないので、ややうんざりだが。
それはともかく、今年の2月、統一教会柏教会公式ホームページ上で、けっこう信者数多き柏教会のトップである松橋正巳氏が「あっぱれ! UCブロガー」というコーナーを設け、統一教会員・個人ブログの紹介を始めた。当然、主に文3派の批判を目的としたものも含まれていた。
それはどうでもいいのだが、文3派を苛烈に批判すると同時に天皇を改宗せよというハンドルネーム「くろだかんご」氏のブログ「民族のルーツを探す旅」や「統一教会の真実」のブログ、さらには「くろだかんご」氏の主張に共鳴する教会員のブログまで紹介するようになっていった。
事態をさらに複雑にしたのは、松橋氏が文3派憎しの激情に駆られたのか、匿名・個人ブログ「M&mのブログ」を開設し、「くろだかんご」氏の記事を紹介しながら、匿名者 として文3派糾弾の記事を書くようになったことだ。
「天皇を洗脳せよ!」とは?
文3派と現体制派がネット上で、激しくやり合う。そのことに私が口を挟む余地はないし、目も眩むような膨大な献金をめぐって、献金した貧困食口を無視して、バトルを繰り広げるのは滑稽きわまりないものの、それも自由だろう。
だが、「くろだかんご」氏のこんな主張も肯定的に紹介されるようになっていったことには、門外漢としても首を傾げざるを得ない。
「もし天皇が改宗するなら歴史は続くだろう。しかし改宗しないなら、日本民族の歴史はそこで終る。この民族は今滅びの際に立っている」。http://kurodakango.web.fc2.com/03.html
ヒェ〜ヒェ〜ヒェ〜
天皇を神道から改宗しない限り、日本は滅びるというのだ。思わず、顕正会のキャッチを思い出してしまった。「日蓮聖人に帰依しなければ、日本は滅ぶ」
それにしても、天皇家と神道を切り離せば、新嘗祭(にいなめさい)をはじめとする宮中の行事はどうなるんじゃいと、ツッコミを入れたくなるが、「くろだかんご」氏がどんな主張をしようがこれまた自由である。
統一教会員のリテラシー
そうであっても、いかがなものかと思わざるを得ないのは、松橋氏をはじめとするリテラシー能力の高い(?)はずの教会員が「くろだかんご」氏を「仲間」だと思っていることだ。
私はそんなはずはなかろうと、「くろだかんご」氏のことを少しばかり、調べさせてもらった。
彼は広島県三原市出身の本名「石原」という50歳代の男性だった。下の名前はわからない。むろん教会員ではない。
松橋氏は、彼が教会員でないことを承知で同調しているようだから、二重の驚きである。
そもそも、統一教会には石原氏が主張する「天皇を改宗する」というような教義はない。教義の根幹は祝福結婚式。私には理解も納得も不能だが、祝福結婚式に参加すれば救われるという教え(血統転換)である。
実は、この祝福結婚式には、統一教会員にならなくても参加できる。 実際、最近では、キリスト教牧師をはじめとする他宗教の指導者も参加していると聞く。
統一教会の教義からすれば、天皇を神道から改宗しなくても、祝福結婚式に参加させれば良いという結論が導き出される。
(教義に疎いゆえ、間違っていたら、ご指摘を)
事実、神道から祝福結婚式に参加している神主もいる。
( もっとも、天皇に既成祝福を受けさせようとするようなことがあったら、あるいは石原氏が天皇を改宗するような動きがあったら、松濤本部の建物、石原氏の邸宅は、右翼によって炎上させられるだろうが)
教団本部としては「天皇を改宗する」と主張する石原氏や、彼に同調する教会員の存在は好ましくないはずだ。ましてや、地方教会とはいえ規模の大きい柏教会のトップが、天皇改宗論者の石原氏と歩調を合わせていては、教団本部も黙ってはいられなかったのだろう。
教会員のリテラシー能力の高さと教義会得の深さに、目がウルウルしてしまう。
話が脱線した。
ともかく、柏教会の松橋氏が個人ブログ「M&mのブログ」で好き放題に書きまくるようになり、コメント欄でも「なりすまし」が登場するなど、まあヒッチャカメッチャカ。 文3派や現体制派とも無関係な、ともかく両者の対立を激化させ、統一教会そのものをつぶしたいと思ってるような鳶(とんび)派(野田と小沢の対立を煽り、民主党そのものを弱体化させようとしている自民党諸君みたいな人たち)まで登場して、もうメチャクチャ。
当然、「M&mのブログ」の管理人は誰か?−がネット上で話題となり、柏教会の松橋正巳教会長ではないかという指摘がなされるようになった。そこで、教団本部が調査に乗り出すことになった。
その結果が冒頭のお詫び文である。そして、個人ブログがリンクからすべて外され、各教会のサイトで紹介されていた火の粉ブログも受難に遭いつつあるという次第なのである。
(これから外そうかと考えているサイト担当者は冷静にお願いいたします)
客観的に言えば、松橋氏は結果的に拉致監禁をなくすことを妨害したのである。
教団本部は、松橋氏が柏教会のサイトで、おざなりな謝罪(天皇の改宗に言及していない!)をしたことをもって良しとしたようだが、根源的な総括をしないまま無罪放免とするのはいかがかと思う。が、将来に禍根を残そうが、それは人様の組織のこと。私がとやかく言うことではない。
ただ、火の粉をせっせと紡ぎ、この世から拉致監禁をなくそうとしてきた私にとっては、おざなりな謝罪だけでは済まされない。苦々しい気分が残ったまま。だから、「松橋を糾弾す!」なのだ。
匿名ブロガーに求められる規範
タイトルの「匿名ブログ考」についても書いておく。
松橋氏は、謝罪文で次のように釈明している。
あくまで匿名のM&mという立場で、一教会員の立場で真の父母様と統一教会を擁護し続けたつもりでしたが、
献金でメシを食べさせてもらっている教会長が、公務から離れたところで、匿名個人ブログを書くのは自由である。
今日は家族とレクリエーションをした。今日は神の導きがあった。宝くじが外れて残念だった。
こんな個人的な内容なら、匿名であれ実名であれ、自由に日記を綴ってもらってけっこうだ。営々と続けてくれ。
しかしながら、匿名(偽名)ブログで他者(文3派を含む)の実名をあげて攻撃したり批判したりするのは、社会規範からの逸脱である。
ブログで実名者を批判するのであれば、自分も実名でやるべきである。
このことに松橋氏は無自覚、鈍感である。
「あくまで匿名のM&mという立場」と「一教会員の立場」を並列に捉えていることがその証左だ。
匿名で実名者を批判するのは、それは闇討ちであり、井戸端会議で陰口を叩いているのと何ら変わりがない。いじめっこの思考・行動様式にほかならない。いい大人なんだから、少しは「恥」というものを知ってもらいたい。
松橋氏が文3派を批判したいのなら、一教会員の立場で、たとえば「松橋正巳の個人日記」といったタイトルで、実名を明かして堂々とやるべきである。そして批判するなら、相手の主張の典拠(URL)を明記した上でやるべきだ。
こうしたことは、文3派の人たちにも言えることだ。
実名でやってもらえば、良からぬ連中が炙り出される。
鶏とドブネズミの激闘
余談になるが、初めて上京したとき、独立系の映画を新宿で観た。タイトルは「地の群れ」。原作は井上光晴の『地の群れ』。
今でも、映画の冒頭のシーンが忘れられない。
鶏舎の中で、侵入したドブネズミと鶏が激闘を繰り返している。しばらくすると、横から火の手があがり、やがて鶏舎がめらめらと燃えはじめる。鶏とネズミは炎が近づいているのにもかかわらず、我を忘れて争っている。
と、記憶しているのだが、鶏とドブネズミと火は、原子爆弾を浴びた被差別原爆村と被差別朝鮮部落と権力者をシンボライズしたもの。
文3派と現体制派の争いは、統一教会をつぶしたい人たちによって利用され、より煽られているのだが、そのことに気がついているのだとしても、もうどうにも止まらないのだろう。古いが山本リンダの世界である。
ご愁傷さまとしか言いようがないのだが、少なくとも実名でやりとりすれば、「炎」の正体だけは炙り出される。
あ〜あ、つまらない幼稚なことを書き、時間を浪費してしまった。まるでルサンチマン。やや自己嫌悪だ。
(注)内容はともあれ、冒頭のお詫びは注目されてよい。
なぜなら、これまで統一教会員が不祥事を起こした場合、報道機関からの問い合わせに、「一部の教会員が勝手にやったことであり、当法人とは関係ない」という立場に終始していたからである。
今回の出来事は、社会的に指弾されるような内容ではない。教会組織内の問題であり、なおかつ「一部の職員が組織とは関係なく、勝手にやったことである」。これまでの秘密的体質からすれば、密かに、松橋氏を糾問し、そして公式サイトから個人ブログのリンクを外すことも可能だったはず。
しかし、日本中の人が閲覧できるネット上で、潔い響きがするお詫び文を載せた。
当法人の職員が不適切かつ不謹慎な行為を行い、不快な思いをされた方々に対しまして深くお詫び申し上げます。
これを掲載したからには、今後、一部の教会員が社会的な不祥事を起こした場合も、同じような詫び文をさらに大書きで、載せなければならない。そうでないと、マスメディアを含め、国民は納得しないだろう。私も徹底的に追及する。
そうした先のことまで覚悟した上で、お詫び文を載せたのだとすれば、評価に値するだろう。
次回から再び、「カルト化する大学業界の人びと」を再開いたします。
- [2012/07/11 19:25]
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天皇改宗論者に引っかかる教会員
石原氏に同調している教会員の1人に、ハンドルネーム「ひとすじに行く」氏がいます。下記がブログ。
「天皇改宗について」
http://ameblo.jp/hitosujiniiku/entry-11256881153.html
>私は天皇改宗が目標にならないことのほうが問題だと思います。
この「ひとすじに行く」氏は、拉致監禁被害者で有名な「鳥海豊」氏だというのが、本部界隈では周知の事実であるようです。拉致監禁問題が変な方向に誘導されないか心配です。
ずっこけ 統一教会
したが、「法人として個人の方のサイトやブログに干渉したり
コメントする立場にない」との方針のもと、掲載をとりやめる
ことといたしました。
関係者の皆様にはご理解のほどよろしくお願いいたします。
思いっきりずっこけました。
これは、ネット上における、個人の問題行為に対する統一教会の「放置」宣言でしょう。
私は、逆なんじゃないかと思うのですが?
この方針では、教会員がネット上で問題行為を起こしたとしても、今後は、それは個人のやっていることであり、「教会は関知せず」となり、
従って、この方針の宣言は、今までの現実の問題行為に対して出していた馬鹿の一つ覚えのコメント、「個人が勝手にやったことであり、当法人は関知していません。」というコメントを、ネット上の問題でも出すためのものとしか受け取れないのですが。
それに、ブログ本文から読み取れる状況は、逆にフットワークを軽くして、積極的に介入、消火に努めていれば防げた騒動のように見えるのですが。統一教会は、全く逆の教訓を得ているとしか思えないですね。
大体、この2〜3年、統一教会員の方達のブログは雨後の竹の子のごとく立ち上げられて、様々な問題が発生すること、原則論だけでは対処できないこと、呼びかけても全部が全部従うわけがないことをは、予想されたはずですが、
何をどういう風に対処するのか、抜本的方針さえなく、行き当たりばったり、責任が降りかかったから、急いで甲羅に頭を引っ込めようとしているように見えますね。
その挙げ句に、自分たちの仲間に対する犯罪行為を無くす為の運動の大きな柱になるブログのリンクを外す。
開いた口がふさがりません。
ずっこけ、統一教会、そんなにずっこけて、一体全体、目標にたどり着けるのでしょうか?
(追記)
このコメントの趣旨から外れますので追記で。
祝福結婚式に参加すれば救われるという教え(血統転換)である。
半分正解で、半分間違いです。
これは例えで話すと判りやすいのですが、救いを「天国」という場所にたどり着くことと考えると判りやすいかと思います。
天国に辿り着くためには、そこに通じる道を走りきらなければならないのですが、
道はあるのですが、そこに回避不可能の障壁があると考えてください。
従って、天国に行くためにはその障壁をなくさなければ辿り着くことができません。
その障壁が原罪です。
祝福結婚式とは、その障壁を排除する式であるというのが統一教会の教義だと理解しています。
従って、障壁だけ無くなっても、車が道を走らなければ、天国に辿り着けませんので、救いには至らないわけです。
但し、道は何本あっても良いというわけで、教義的には、統一教会員にならなくてもOk、キリスト教でも、イスラム教でも、仏教でも、何だって良い、天国に行ったら、みんな兄弟になって、宗教なんか無くなるから、という考えですね。
他の宗教からは考えられない、かなり特異な宗教思想です。
参考になりました。
私自身も反省しないといけないかもしれません。
M&m氏の問題は内部から見れば氷山の1角と感じます。つまり、全国の幹部は彼と同じような間違った意識を持っている、と感じます。
結果、拉致監禁以上に内部で言論弾圧、信教、信心の自由が抑圧されています。
今後もご活躍を期待しています。
ありがとうございました。
(私のブログでも米本様のブログを紹介させていただきました。)
火の粉ブログ読者として
火の粉ブログ読者として、統一教会内のごたごたに、米本さんと火の粉ブログを巻き込まないようにして頂きたく願います。
統一教会内で、言論の抑圧があるとしても、それは人権侵害ではないのですから。
強制的に統一教会を辞めることを禁止されてますか?
拉致監禁は、人の意志を無視して物理的に拘束し、罵声浴びせかけ、強制的に脱会させようとしているから、人権侵害なのです。
統一教会内のごたごたが、拉致監禁よりも酷い「言論弾圧、信教、信心の自由が抑圧」なんてあり得ないことです。まったく比較になりません。
統一教会内での立場がどうであれ、この拉致監禁の問題を真剣に考えられるならば、統一教会内の争いなど、コップの中の嵐、どうでもよいと、立場を棚上げする、となるのが本当だと思いますが、
自分たちの勢力争いに血眼になり、米本さんや火の粉ブログを利用されようとするなど、言語道断です。
もう一度、言います。
火の粉ブログ読者として、統一教会内のごたごたに、米本さんと火の粉ブログに巻き込まないようにして頂きたく願います。
統一教会の絶対性
教義について論争をする場ではありませんし米本さんにまた注意されてしまうかもしれませんが、重要な点が抜けているように思うので一点だけ書きます。
文鮮明が言っているのは、既成宗教はいずれも障壁の除去として不完全であり、人類史上初めて誕生した完全な救い主である自分(文鮮明)の祝福を受けて血統転換をしなければ天国へは辿り付けない、という事です(と理解しています)。
途中までの道は何本あっても構わないが、他宗教でも完全に障壁が除去できる、天国への道があると言ってしまえば、おそらく文鮮明は困るでしょう。それではその他宗教と何ら変りません。
文鮮明なくして天国は有り得ない、自らと教団が信じるその唯一絶対性を盾に、昔は霊感商法、それが難しくなると信者に絶対服従を誓わせ多額の献金要請をし続けているのが、文鮮明であり統一教会です。
天国ではみな兄弟というのは一見美談ですが、あくまでも上記のような文鮮明の元での兄弟だという事を忘れてしまうと、統一教会への道になりかねません。
※完全に記事の趣旨から外れていますので、できれば流して頂けると助かります
本部が良いと言えばリンクを張り、ダメと言えば全部ダメ!!
教会にとっても有益なリンクかどうかも判断でき無くなっています。
「拉致監禁」という問題に取り組んで下さっているリンクまで外す・・何考えているのやら。
本部はもう一度よく考えて優良リンクは貼り付けるべきだと提案します。
一点だけ
他宗教者の祝福結婚式参加の受け入れ、つまり、クリスチャンやイスラム教などのまま受け、そのまま統一教会に所属することなく、その後もそのままクリスチャンやイスラム教徒のままでいることを受容する、ということは
障壁除去前まではいくらでも道があっても良いが、その後は一本道であるということを意味していません。
天国に至る道は、障壁の除去前でも、後でも、複数であってもかまわないと考えであることを意味しています。
おそらくですが、統一教会に反対し、文師に反対する立場であっても、
例えば、拉致監禁牧師でも、祝福結婚式参加の条件を満たし、正規の手続き、祝福式結婚式に付随する他の儀式の参加を確約すれば、問題なしとして参加できると思いますよ。
他の形で
誠に残念です。
もっともっと火の粉ブログが世間に、世界に広まることを祈ります。
義人一人さんが「教会にとっても有益なリンクかどうかも判断でき無くなっています」とコメントされていますが、拉致監禁問題は統一教会の問題というより、日本の問題、宗教界全体の問題だと思います。
統一教会にとって有益か無益かではなく、恐るべき人権蹂躙問題である「拉致監禁」問題を解決するために、何をするかが問われていると思います。
地方の教会ホームページにリンクが有ると無いとでどれだけ影響力が違ってくるのか、よく分かりませんが、私は、リンクを外した分、違う形で拉致監禁問題のために行動するなら、それはそれで良しとすべきではないかと思います。
統一教会内部のゴタゴタなどはある意味、どうでもいいことで、とにかく、一日でも早く拉致監禁問題を解決(拉致監禁グループを断罪)すべく、行動しましょう。ぶっちゃけ、もう一歩のところまで来ていると思いますので。
リンクをしないならしない分、この「火の粉ブログ」を口コミで宣伝しましょう。
松橋正巳氏は、単に私のブログ記事の中の「郭グループ」に対する批判記事に共鳴したのであって、確かに『統一教会の真実』ブログは、推奨してくれましたが、ホームページ『民族のルーツを探す旅』を宣伝したりはしておりません。
また、おそらくは読んでもいないでしょう。
ゆえに
>「民族のルーツを探す旅」や「統一教会の真実」のブログ、さらには「くろだかんご」氏の主張に共鳴する教会員のブログまで紹介するようになっていった。 <
は間違いです。
現在もそうですが、郭グループに対抗する記事を書くのは、私や私の影響を受けている人以外には、いないから、彼は、そのブログを紹介したに過ぎない。
これは、彼の名誉と教会内での将来のために申しているのです。
あのような、正しい心を持った人材が、埋もれてしまうのは、良くない事ですから・・・。
ゆえに
>私にとっては、おざなりな謝罪だけでは済まされない。苦々しい気分が残ったまま。だから、「松橋を糾弾す!」なのだ<
は、かなり見当違いですので、訂正される事を望みます。
彼は「郭グループの撲滅」を望んだ。
それは、文鮮明師がそれを望んでおられたからです。
私もそれを望んでいたので、共鳴したのでした。
さらにいくつかの疑問と問題点について提示しておきましょう。
まず、『天皇家の新嘗祭(にいなめさい)』
ですが、これは現天皇の即位の際の神道儀式に100億円が使われたように、あきらかに「政教分離」を制定している憲法に違反しています。キリスト教界では弓削達氏などが、指摘しており、その論説は正しい。彼はおかげで、右翼に自宅に銃弾を打ち込まれました。
もちろん、私も400年続いた(らしい)キリスト教徒の子孫です。我が先祖は、いつ発覚するかという恐怖の中でも、信仰を立てましたし、その頑固なDNAは、私の腹の中に息づいている。
その私の個人情報ですが、私がかどこにも書いていないのに、さらされたという事は、どういう事なのでしょう?
どのような手段で入手されたのか?
おおよその見当はついていますが・・・ぜひ、公開していただきたいものです。
それには、小林社長はからんでいるのですか?
まだ、弁護士には相談しておりませんが、これは明らかに刑事訴訟が成り立つのではないでしょうか?
スパイウエアなどを使って、個人情報を奪取するのは、問題あるやり方です。さらに別のやり方でも問題あるはずです。
さて、その情報をあなたに与えた人物には心当たりがありますが、彼が理解できないのは、私ー黒田かんごが、とっくに生命など失う覚悟をしているという事です。
ゆえに「闇の勢力」だろうが何であろうが、恐れてはおりません。だが心が騒ぐ。
「死」はいずれ近いうちに訪れるでしょう。だが、それが何だというのか?
私の愛するイエス様は、弟子にさえ裏切られ、孤独に死なれました。また私が兄と慕う日蓮は、あれほどの苦難に耐えながら、死ぬときにその弟子は1000人に満たなかった。
今さら私が彼らを裏切れようか?
信仰を持たないあなたにこのような事を述べるのは、無意味なのかもしれませんが・・・
それから、あなたが毎日のように、私のブログを覗きに来ておられたのは、知っていましたが、こうした記事になってしまうのは残念です。
そして、持論の「匿名批判、批判」ですが、それは「ひろなおのグローブ」のように、個人攻撃だけを目的としたブログに対して、まず言うべきではないのですか?又、なぜ、あなたのブログでは「実名以外のコメントはお断り」としないのですか?
そうして、始めて、その主張も少しは意味あるものとなるでしょう。
自分で管理できるブログのコメント欄では、匿名批判は溢れているのに、他人に対して「実名批判しろ」などと言うのは、明らかに矛盾しているのではないでしょうか?
まず、自分のブログで、「批判は実名コメント以外は受付ません」と宣言すべきでしょう。そうすれば、誰一人、コメントしなくなるでしょう。当たり前です。
それで、結局はあなたもそれは、できないのです。
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