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松木TOMOFUMI、

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)23時36分47秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

私は子供のころ、「こうじ」と名づけられました。

で、コーチャンと呼ばれ関西のお笑い芸人の「大村混」に疑されてコンチャンと呼ばれてました。

長じて私は「コンチャン」というニックネームが嫌いになり、
「朋文」と変えまして、年賀状でもこれを使用しています。

これは大聖人の御書に「朋どち」という一節があり、大聖人は文書(御書)
を大事にされたことをもっと〝文〟を加え、

「朋文(ともふみ)」と称しています。


で?、このどこに問題がありますか?、



「返答無用」、


・と、いうことで。


(^^/~~・・・バイバイ


 

しまさんへ、(笑)、

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)23時26分2秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69210[元記事へ]

副管理人・しまさんへのお返事です。

> 北の被告松木@もりつね550、さんへのお返事です。

> タイトルにはお気をつけください。

「TOMOFUMIing」でしょうか?。

これの何処に問題があるのでしょうか?、

私の実名は、「松木朋文(ともふみ)」であり、

日蓮大聖人が質疑応答のかたちをとって

選時抄や、観心本尊抄を述作された方式をまねています。

これに問題がありますか?、

返答は無用です。

これは、れっきとした「証拠」としてアップします。


敬具。


 

(無題)

 投稿者:副管理人・しまメール  投稿日:2012年 7月11日(水)23時18分57秒 EM117-55-68-154.emobile.ad.jp
返信・引用
  > No.69206[元記事へ]

北の被告松木@もりつね550、さんへのお返事です。

> ・
>
> 御本尊七箇之相承に対する疑難があった。以下
> ----------------------------------------------------------------
> ----------------------------------------------------------------
> はじめまして。法華講員のともさんと申します。ご本尊七箇相承について下記の邪難を学会員が述べていますが、どうなのでしょうか?→大石寺にあるという御本尊七箇相承と、日亨上人が保田妙本寺から写してきたものの内容は、一緒ですか?違いますか?一緒であるならば、なぜ大石寺のものを使わないのですか?違う場合は、内容のどこが同じで、どこが違うのですか? 上記の質問に、明確に答えられなければ、唯授一人の文証にはできません。真偽不明としか言いようがありません。
> ----------------------------------------------------------------
>
>
> これについては、これから証明をしたい。
>
> よろしく。
>
> (笑)、

タイトルにはお気をつけください。

http://toyoda.tv/i/

 

Re: 「富士日興上人詳伝」 ②

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)23時08分25秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69204[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> 掲示板が閉鎖になるというのに、誰の惜しむ声も無いというのも哀れというか、端から見ててなんだか情を誘いますね。

※情を誘うではなく、〝憐憫の情〟を誘うであろうが。(苦笑)、

> 猫太郎さんの来し方とか、なんだか、本当にこれからいろいろとどうされるのでしょう。

※世話じゃ。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、

> 私もこんな所まで来て文章を見せようというのだから、自分のお人好しぶりに辟易してしまいます。


※お人好しというより、〝お悪人〟というべきでは?、(爆笑)、

> ところで何を言っても話をそらしてしまうのに、勝手にレスをつけてあ議論が成り立ってるかのように言われるのは迷惑です。

※では、書くなよ。(笑)、ネットの掲示板というのは、書けば閲覧者の所感が書き込まれるのは常識であろうが。(苦笑)、


> 貴兄はそういう虚偽に満ちた反応しかできないのでしょうか。


※欺瞞とはなんぞや。(苦笑)、

> > おい。仲良くしようナ。
> 本当だったら嬉しい限りですね。

※ほんとうダ!!、(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、

> 私には数日後には、貴兄が「おまえなんかと仲良くやれるか、アホ!」と言っている姿しか思い浮かびません、やっぱり。

※それを〝猜疑心〟というのだよ。(笑)、

また、明日ナ。(笑)、


m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、m(_ _)ノ彡☆バンバン、


・・・・・・・・・・・・ハッキリ云うが、・・・オレは病人ダ!。(爆笑)、


 

富茂文くんへの返事、(笑)、

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)22時41分59秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

御本尊七箇之相承に対する疑難があった。以下
----------------------------------------------------------------
----------------------------------------------------------------
はじめまして。法華講員のともさんと申します。ご本尊七箇相承について下記の邪難を学会員が述べていますが、どうなのでしょうか?→大石寺にあるという御本尊七箇相承と、日亨上人が保田妙本寺から写してきたものの内容は、一緒ですか?違いますか?一緒であるならば、なぜ大石寺のものを使わないのですか?違う場合は、内容のどこが同じで、どこが違うのですか? 上記の質問に、明確に答えられなければ、唯授一人の文証にはできません。真偽不明としか言いようがありません。
----------------------------------------------------------------


これについては、これから証明をしたい。

よろしく。

(笑)、
 

バカかこいつは、(笑)、

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)22時20分13秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

日興上人が流罪となった大聖人を追いかけて伊豆まで行ったというのは、単なる富士門流の創作に過ぎない。もっとも、日蓮宗でもこの説を支持しているが、五老門徒の伝説にケチをつけてくれるなという取引にすぎまい。(笑)、


史料によって得られる事実は、大聖人の佐渡流罪に従ったという史料による事実が大聖人と日興上人の接点の当初である。

これは、日興上人の転写された立正安国論の裏に大聖人が「夢想御書」という佐渡期における御書が残されているからである。

日興上人が伊豆流罪の大聖人に師事したことは単なる伝説(創作)に過ぎないのである。(苦笑)、



 

「富士日興上人詳伝」 ②

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月11日(水)21時35分14秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  掲示板が閉鎖になるというのに、誰の惜しむ声も無いというのも哀れというか、端から見ててなんだか情を誘いますね。
猫太郎さんの来し方とか、なんだか、本当にこれからいろいろとどうされるのでしょう。

私もこんな所まで来て文章を見せようというのだから、自分のお人好しぶりに辟易してしまいます。
ところで何を言っても話をそらしてしまうのに、勝手にレスをつけてあ議論が成り立ってるかのように言われるのは迷惑です。
貴兄はそういう虚偽に満ちた反応しかできないのでしょうか。

> おい。仲良くしようナ。

本当だったら嬉しい限りですね。
私には数日後には、貴兄が「おまえなんかと仲良くやれるか、アホ!」と言っている姿しか思い浮かびません、やっぱり。

では本題に移ります。


本文

=========================


『伊豆の巻(註:伊豆に流罪された時代)は三年にまたがるが、直接の史料はない。』(上巻p37)


『鎌倉の巻(註:その後の文永七年までの)七か年の間、幾年を相模に、幾年を駿河にすごされしや明確に知るよしもない』(上巻p39)


『この間の御事跡を伝説を主として作った文献によって眺めてみようが、一として熱心にすべての古文書、古記録、古建造物等の信憑すべきものを基盤としての著書はない。』(上巻p42)

=========================



意外かもしれないが、日興上人は大聖人に師事した直後、どのように過ごされたのかはわかっていない。
ただ、日興上人の、本尊、安国論の写本などから、大聖人の近くに少なからず在られたことがわかるだけである。

そう、ここでも歴史的文献は無いことを重ねて述べられている。

p.s.

次が長いので今日はここまで。
ところで・・・国家試験を受けたいですと?何を受けるのよ?わかってて言ってるのか。
国家試験というのはフォークリフトの運転とか、レジの打ちかた1級とかじゃないんだよ。
分野が重なってれば教授してあげてもよいぞよ。私はわかりやすいので定評があるのだ。
 

山荘がなだれで倒壊してしまい、しばらくこちらに退避させていただきます、(^^;、

 投稿者:北の被告松木@もりつね550、  投稿日:2012年 7月11日(水)20時39分20秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 
というわけで、しばらく暫定的措置として、

http://www.c-player.com/ad89243/message

という待避所にビバークすることにしました。

今後ともよろしくお願いします。

また、教義論争については、ひきつづき樋田さんの板をお借りしたい。

なにせ、この板は日蓮正宗の宗務院がチェックしている板なので、

正真正銘の日蓮正宗法華講を代表する板なので、

相手にとって不足はない、・・・・ってか・・・・(^^;

まづは挨拶まで。(笑)、


 

Re: 「富士日興上人詳伝」①では、もう少しやるか、(苦笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月10日(火)22時32分27秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69201[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

(ー中略ー)

> 本文(上巻p27)

※おお、創賊文庫だのう。(爆笑)、

> 『御弟子たる大石寺日道上人が興師御存命中の草案で、その正本が現に大石寺に
> 存在する唯一の確実な史料であるが、その表面だけにて判明せぬところがあるから、
> つぎつぎに引用する参考史料、または側面の通史をもって解釈すべきである。』る。


> (心の声:「あれ?いろいろとあるんじゃあ?大御本尊についてとか・・・・。」)


※①では、「富士日興上人詳伝」に本門戒壇の項について、日亨上人が戒壇の大御本尊について疑義を
のべた部分があれば述べよ。(苦笑)


> しかし心配はいらない。伝わっていないことについて日精上人がいろいろと見てきたように言ってくれるので。

※②では、日精上人が創作した部分について述べよ。(爆笑)、


※ひっかかりおって。バカが。オレが簡単に引っ込むように思っているのか。?、

オレのことを知らないようだの。(苦笑)、


※反論は。?、


おい。仲良くしようナ。


(^^/

 

「富士日興上人詳伝」①

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月10日(火)22時14分1秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  猫太郎さんは知らないと言っていましのたで。
限りなくそんなことはないと思うのですが、まあやっぱり知らないと言われたのでアップしておきます。

本書は、戸田先生の時代、学会の月刊誌「大百蓮華」に堀日亨上人が連載で寄稿されたもので、文庫本にもなっています。
つまり猫太郎さんがいた頃なら、学会では誰でもが知ってるようなメジャーな位置にある本でしたね。
相当な不勉強だったのでしょうかね。

==========================

本文(上巻p27)

『御弟子たる大石寺日道上人が興師御存命中の草案で、その正本が現に大石寺に
存在する唯一の確実な史料であるが、その表面だけにて判明せぬところがあるから、
つぎつぎに引用する参考史料、または側面の通史をもって解釈すべきである。』


日亨上人は、日道がまとめた御伝土代を底本にされたが、草案であるから、整足されていない部分もある。
そしてこれが、日興上人に関して『大石寺に存在する唯一の確実な史料である』と述べられている。
その他には日興上人の直筆によるような確実な史料は、全く大石寺には伝わっていないことがわかる。
(心の声:「あれ?いろいろとあるんじゃあ?大御本尊についてとか・・・・。」)

しかし心配はいらない。伝わっていないことについて日精上人がいろいろと見てきたように言ってくれるので。
 

降魔の剣の副管理人殿へ、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月10日(火)20時36分20秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

今回の一連の造仏論義の最後に、今まで折々に考えていたことがらを

まとめました。

これにて私はしばらく退去いたします。(^^;

今後の関連投稿には興味は無いのです。

来月、仕事関連の国家試験が控えており、これに専心いたす所存です。

では、

ロムオ、他のみなさん、ありがとう。


またナ。(^^/~~・・・バイバイ


 

随宜論再考、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月10日(火)20時25分47秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

随宜論(ずいぎろん)は、原題はなく後世に付された題名である。

内容は、

(一)精師の表記は〝曲乗り〟が多く、〝安置〟と〝造立〟が同意義として使用され、迂遠に本心を隠されているので注意が必要であり、先ず御所論の当初から「聖人の在世に仏像を安置せ不るが故なり」とあり、原文では「聖人在世不安置故」であるが、この一段が日精上人の御本心の顕れであり迂遠に造仏を否定されている。

なお、この類文は随宜論の中盤にも再掲載されており、日精上人が如何に大聖人が身延山に随身仏を安置されていなかったと主張している意義に強い主張をしているかが理解できる。


(二)次には造立の勧奨であり、両尊四菩薩どころか大六天の魔王も修羅も鬼子母神でも造立はかまわない、造立は資本によるべきであり、造立者の嗜好にまかせるべきであると、大石寺門流であれば怒り心頭の造仏勧奨がのべられ「意楽に随うべし」と「造立したいものは心にまかせて(意楽)造立せい」と、歴代からの除歴覚悟ともおもえる「反大石寺ふう」の造立論が述べられる。

(三)本門戒壇の相貌を述べられ、戒壇堂には仏像が安置される旨が述べられている。ただし、大曼陀羅示中の仏菩薩を曼陀羅から勧請するかたちでと論じられている。

戒壇の相貌を示されたのは、歴代の中ではこの一節のみである。かの重須の大学匠である三位日順師でさえ戒壇建立は未来のことであり「寸尺高下注記するをあたわず」とされ、未来広布の相貌は未来に託されている。この段はいまだ研究がなされておらず今後有能な竜象によって徹底的に解明されるべきではないか。

(四)随宜論の結論として、広布以前の造立は一箇の相違であり、広布以前の本門寺呼称(西山)も一箇の相違であり、願わくばともに「謗法」を停止して自(大石寺)他(西山本門寺)ともに成仏の修行に邁進すべきであると、広布以前の造仏は〝謗法〟と断じられている。これが精師の本意だったのである。

(五)付録として、精師の造立による寺院をいくつか挙げられて造仏の責任者は日精上人であると自ら造立の責任の所在を述べられている。が、敬台院大姉の法詔寺以外の常泉寺も含めすべて〝帰伏〟の寺であることが示されている。

つまり、法詔寺以外の造仏寺院は常泉寺の所伝に従いこれを抜くが、これらはことごとく要法寺系でありもともと仏像は存在していたのである。常泉寺の所伝ではもとは天台系の日顕師が常泉寺を建立したこととなっているが、日顕師は西山系でありその弟子が後に大石寺に登り日宥上人となっている。おそらく常泉寺日顕師は西山本門寺であったのだろう。


以上、この中で第一の不思議が(一)における、「大聖人は身延に仏像を安置していなかった」という史実無視の所論である。身延山久遠寺には大曼陀羅に随うかたちで伊東の海中出現の仏像が安置されていたことは日蓮宗(正宗を含む)の常識であり、文証も多くなによりも日興上人が認められ、三位日順師も認められているのだ。

では、日精上人は何故?このような有名なる史実に反する反することを述べたのであろうか。これには参ってしまい、かって十数年前に、過去帳を日精上人の五日に固定したままお題目をあげつづけたことがある。

ある日、ふと、日精上人は〝安置〟と〝造立〟を同意義語として扱ったのではあるまいかと観じたのである。安置するには造立という原則があり、造立したいじょうは〝安置〟することは当然であるが、大聖人は安置はしたが造立はしていない。つまり日精上人にとって身延山久遠寺の仏像は〝安置〟とはならないのである。

つまり、伊東の海中出現の仏像は大聖人が生涯随身仏としたが、これは信徒から寄進されたものであり発迹顕本以前における「継子一旦の寵愛」という暫定的な立ち位置の仏像だったのである。

これを、大聖人から見れば久遠仏と見えるからだというのは深読みではあるまいか。大聖人はすでに御自身の本地を大曼陀羅であると覚知されており、大聖人は叡山の修学時代の師である俊範法印に開示したところ「善哉々々・釈迦古僧に値ひ奉つて塔中に直授せるなり貴し貴しと讃め被れたり(御本尊七箇之相承)」と称賛され允可をうけている。

造仏を謗法の一義とするならば、大聖人の謗法は他にもあり当宗では禁止されている〝色衣〟を受けられている。つまり大聖人には御自身の仏法に違背する謗法がふたつあったこととなる。

ところが、この二義に共通しているのが「信徒からの供養として寄進された」という共通項があるのだ。つまり両方とも大聖人が望まれたものではない、ということである。しかし信徒の真心からの供養として受けられた。

有師化儀鈔に於ても謗法の者の散供を制すべからずすでに順縁のすがたであるが故に(趣意)という御指南がある。大聖人は厳格な不受不施ではない、化法の上からは不受不施であるが化義じょうでは〝受布施〟である。

日有上人のご指南にかかわらず、現在に於ても謗法が正宗寺院に供養することは許されている。がその時は半紙一枚でもよいから返せ、とされていてこれを〝応供〟といって、謗法者が交じっていてもよいように大規模な法要のさいはすべての参詣者に御供養と引き替えに〝施物〟が返されている。

これでおわかりであろう。日精上人が「大聖人は身延山久遠寺に仏像は安置されなかった」という随宜論における再度のご所論が。つまり、身延山における仏像の安置は大曼陀羅の荘厳ではなく、たんなる須弥壇の装飾品としてのパーツにすぎないと仰せになられていたのである。

お題目を朗々とあげつづけて一ヶ月めに不思議な感覚が涌きおこり、このとき日精上人が微笑まれたと観じた。もちろん私の心象風景である。日精上人は随宜論の表徴に見られる造仏者ではなく、徹底した曼陀羅熾盛主義者であり、廃仏論者であったのだ。

再度云う、日精上人は西山系から激しく糾弾された養母の敬台院大姉を疑難から守り、西山をも制して諍論に終止符を打ったのである。これが随宜論が著された本質である。

以下、随宜論の全文を参考までにあげておく。すべての法華講員はゆめゆめ読み違いを起こさないことを祈念するものである。



随宜論(ずいぎろん)

当家に於て古来従り造仏読誦を制止すること年久し。爰に信心の檀越有りて
来って愚に問て曰く、諸の門徒皆仏像を造立し一部を読誦す、富山の一家は
何の意趣有て此の義を許さざる矣。願くば其の意を示せ。

愚之に語りて曰く、聖人出世の本懐は三箇の秘法の弘通と存する也。造仏は
即ち一箇の本尊也、誰か作らずと云う。然るに今に至りて造立を夲と為すは
聖人の在世に仏像を安置せ不るが故なり。

読誦は一段摂折時異るなり。是の故に誦経広略殊なると雖も共に以て読誦す。
此の問に因りて管見に任せ諸文を勘へ宗意を得て他の侮りを禦がんと欲して
文を睹るに心盲く、義を聴くに性聾にして其の器に非らずと雖も、要用の文
を集めて愚が廃忘を助くるのみ。

此の義を明かさんと欲すに二あり、初には造仏、次には読誦なり。初に造仏
を云はば亦三あり、道理と文証と外難なり。

初に道理を云はば、権教の意に約せば、造仏は悪趣に堕さざるの因、天上に
生ずの縁なり。権経猶此の如し。況んや実大乗の法華経は小善悉く成仏す。
造像の大善は言論すべからず。所有の業障皆除滅を得、衆の苦悩百六箇抄の
益を得。

具さには異相・珠林・心宝等諸経を引きて之を明かすが如し。繁き故に之を
略す。


二に証を引かば、観心本尊抄に云く「其の本尊の為体、本時の娑婆の上に宝
塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士に
は上行等の四菩薩なり。

文殊・弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し、迹化他方の大小の諸菩薩は
万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く、十方の諸仏は大地の上に処し給
う。迹仏迹土を表する故なり。是の如き本尊は在世五十余年に之れ無し。

八年の間にも但だ八品に限る。正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を
脇士と為し、権大乗並に涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊・普賢等を以て
脇士と為す。

此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず。末法に来入して始め
て此の仏像出現せしむ可き歟」文。

報恩抄下云く「一には日本乃至一閻浮提一同に本門の教主釈尊を本尊とすべ
し。所謂宝塔の中に釈迦多宝外の諸仏は並に上行等の四菩薩の脇士となるべ
し。二には本門の戒壇。三には日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無
智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱ふべし」文。

唱法華題目抄に云く「問云、法華経を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行
何にて候べき。答へて云、第一に本尊は法華経八巻・一巻一品・或は題目を
書いて本尊と定む可しと法師品神力品に見へたり。又堪たらん人は釈迦如来
・多宝仏を書いても造つても法華経の左右に之を立て奉るべし。又たへたら
んは十方の諸仏・普賢菩薩等をも造り書き奉る可し」文。

問ふ、此文十方の諸仏なるが故に阿弥陀仏を造立すべきや。答て曰く、一切
経並に天台・日蓮の御義、十方諸仏其の名定まれるや。十方の諸仏を云うに
阿弥陀の名之れ無し。普賢観経に東方善徳仏・南方栴檀徳仏の二仏を挙げ、
余の八方仏の御名を略す。観仏三昧経と天台の法華三昧儀と祖師の御書とに
は、具さに十方仏の名を挙ぐ。千日尼御前御書に云く「十方の仏と申すは東
方善徳仏、東南方無憂徳仏、南方栴檀徳仏、西南方宝施仏、西方無量明仏、
西北方華徳仏、北方相徳仏、東北方三乗行仏、上方廣衆仏、下方明徳仏也」
文。

此の十方仏中阿弥陀の名を載せず。十方仏の大将を挙げ、則ち阿弥陀を納む
可きや。又聖人御自筆本尊に云く「南無釈迦牟尼仏、南無多宝如来、南無東
方善徳仏、南無十方分身の諸仏、南無上行菩薩」等文。

此の如き本尊数多有り、若し乍らば御書曼荼羅の如く作る可き也。

問て云く、第六天の魔王・提婆達多等を造立す可きか如何。

答て云く、力有らば魔王・提婆を作るべし。但し心に随ふ可しと判ぜる故に、
意楽に随ふ可きなり。又大聖人御在世を案ずるに御開眼度々なり。所謂真間
釈迦仏供養抄、四條金吾釈迦仏供養抄、木絵二像開眼等なり。是れ皆一体仏
を造立するなり。宗祖所弘の三箇の秘法の本尊に非ずと雖も各々開眼を為す
なり。繁文を恐れ之を出ださず。往見すべきなり。

第三に外難を遮せば、問て云く、富山一家造仏を許すとなすや否や。若し之
を許さば何んが意造立せざらんや、若亦許さずんば上の諸文如何会用せんや。

答え云く、古来従り多義有りと雖も愚意に任せば造仏を許すべき歟。

問う、若し造仏を許さば不審繁多なり。案ずるに聖人御在世は仏像造立され
ず。深く所以有る故なり。若し造立して苦しからずんば釈迦を立像して四菩
薩を加へられざるや。其の上御遷化記録に云く「仏は釈迦立像墓所の傍に立
て置くべし」云云文。是れ不造像の現証なり是一。

又本因妙抄に云く「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」文。熟脱の仏と
は未だ惑を断ぜず、我等が機には不相応故造る可からざるなり。是の故に日
有師化儀抄に云く「当宗の本尊の事日蓮聖人に限り奉る可し」文。

一百六箇血脈抄に云く「下種感応日月本迹下種仏天月、脱仏池月」文。是れ
則ち下種の法主は日蓮天月、脱仏釈迦は水月の証文なり。

之に就いて弥々深意あり。古徳の云く、久遠元初自受用報身とは本因名字即
日蓮の事なり、故に日蓮を下種仏と名づくる也是二。

又本尊七箇決に云く「明星直見本尊の事如何。師の曰く、虚空蔵に末代の嬰
児の凡夫の為何物を以て本尊とす可き耶と御祈請ありし時、古僧の示して云
く、汝等が身を以て本尊となす可し。明星が池を見玉へとの玉ふ。即ち彼の
池を見るに不思議なり。日蓮が影今の大漫荼羅なり云云」文。

三箇の秘法の本尊全く日蓮が形像なり。此の故に日蓮の御影を以て本尊と為
す。色相荘厳の仏を造立すべからざるなり是三。

又五人所破抄に云く「諸仏の荘厳は同じと雖も印契に依つて異を弁ず、如来
の本迹は測り難きも眷属を以て之を知る。所以に小乗の三蔵の教主は迦葉・
阿難を脇士と為し、伽耶始成の迹仏は普賢・文殊左右に在り、此の外の一体
の形像豈頭陀の応身に非ずや。凡そ円頓の学者は広く大綱を存して網目を事
とせず。

倩々聖人出世の本懐を尋ぬれば、源権実已過の化導を改め上行所伝の乗戒を
弘めんがためなり。図する所の本尊は亦正像二千(年)の間一閻浮提の内未
曾有の大漫荼羅なり。

今時に当りては迹化の教主既に益無し、況んやダダ婆和の拙仏を哉。次に随
身所持の俗難は只だ是れ継子一旦の寵愛、月を待つ片時の蛍光か。強いて執
する者尚帰依を致さんと欲さば須らく四菩薩を加ふべし。敢て一仏を用ふる
ことなかれ」文。

此の文の如くんば、今時に当って爾前迹門の仏は悉く無益と嫌い、聖人所持
の立像一旦の義なり。明かに知んぬ不造仏なるを是四。

有りて云く、当家の本尊は法宝勝る故法華経を以て本尊と為るなり。本尊問
答抄の如し。又云く、板本尊は富士山本門寺本堂の本尊なり。御端書亦其の
所以なり。

此等の義を以ての故に造仏すべからず如何が会用せんや。


答え云く、聖人御在世に仏像を安置せざることは未だ居処定まらざる故なり
如何。鎌倉比企谷は転法輪の地、名越松葉が谷は安国論の作窟なり。共に以
て国主の為に破却せらる。或は伊豆・佐渡の遠島適は帰ると雖も、旧里亦法
敵隙をふ故に未だ片時も安堵せず、国主帰依なき故一歩地も領無く何処に居
せん。亦身延山蟄居は且らく居処を定むるに似ると雖も勅裁無き故本尊造立
も及ばず。

次に立像釈迦に四菩薩を加えられざること。是又宗祖の本意に非らず。故に
若し遺告無くんば誤りて立像の釈迦を以て末代の本尊と為し聖人出世の本懐
三箇の秘法の本尊を棄て置く可し。故に預て「墓所の傍に立て置くべし」と
示す云云。

御遺言の上、猶以て執する者は立像釈迦を以て本尊と為すべし。是れ則ち五
人所破抄に制禁する所なり。此の義を以て不造仏の現証と為すは会するに足
らざる者歟。

次に本因妙抄の事。凡そ熟脱の教主は第二番成道已来今日の釈迦応身は尽未
来際の応身仏を指し熟脱仏と為すなり。宗祖勧請の釈迦は敢て脱仏に非ざる
なり。

如何が寿量品の時、近成の門を開いて今日の釈迦応身仏を見ずして直ちに久
遠実成の自受用報身如来を拝見す。是の故に天台大師の如来寿量品を釈する
時「若し別意に従へば正しく報身に在り」と云は亦此の意なり。

此の自受用報身如来、上行等を召し出し別付属なり。是れ神力品の形なり。
此の時の体を今本尊に顕わす故に脱仏を存す可からず。一体仏と雖も四大
菩薩を脇士と為すは自受用報身如来なり。

是れ五人所破抄の指南興師の御義なり。又一体仏たりと雖も日蓮聖人の御
本尊の前に造立する釈迦は、久遠実成の釈迦如来報身如来なり。若し亦久
成の報身と雖も三十二相八十種好ならば脱仏なりと云はば、一百六箇に云
く「下種の法華経の教主の本迹自受用身は本、上行日蓮は迹なり」文。

是れ即ち相好を具す而も下種仏なり。是の故に本尊に勧請の釈迦牟尼仏は
脱仏なる可からずと得意するなり。

次に日有上人化儀抄の事、未だ明拠を見ざる故慥かならず信用し難し。但だ
歌道は人丸を以て本尊と為し、医師は薬師を以て本尊と為す等、此等を以て
爾ならば、先ず一重三箇の秘法本尊を定め畢んぬ。

次に末法の導師故祖師堂の本尊を定むる事、百六箇其外諸門徒通同の義なり。
若爾らずんば三箇の秘法の内、一箇の本尊は徒然なる歟。



次に感応日月本迹の事、是れ亦釈迦と日蓮との相対に非ず。唯仏与仏の相対
なり。下種仏とは挙ぐる所の自受用報身、脱仏とは二番已下今日の応身仏な
り。是れ即ち本果の釈迦は本なり天月なり。二番已下の脱仏は迹なり池月な
り判文なり。

爾らば釈迦と日蓮の相対の釈と見るは僻見なり。

次に久遠元初自受用身は即日蓮の事なりとは、此一段甚だ以て不審なり。
如何となれば、百六箇に云く今日蓮が修行は久遠名字の振舞に芥爾計りも違
わざるなり文。

又云く三世常住の日蓮は名字の利生なり文。御書に云く『日蓮は名字凡夫な
り』文。又云く『理即には秀でて名字には及び及ばず』文。諸文悉く日蓮は
名字即と判じて、未だ凡人に仏名を付くること見ず。但し日蓮の本地は上行、
上行の本地は仏なり。今難ずる所は此くの如き義に非ず。

天台・妙楽・伝教・蓮祖の義に非らずんば会用し難し。若亦若遇余仏の文を
引て云く、天台大師此の文を釈して云く四依也云云。是れ即ち名字即の日蓮
を仏と称する明文なりと云はば亦本文に違す。天台・章安・妙楽の四依を釈
する時、或は十信初依、或は初住初依、或は六根五品初依不同ありと雖も名
字即初依の未だ明文を見ず。若し爾らば本拠本説の如く得心して後、義を取
るは常途と法式なり。

若し爾らば頗りて阿黨を捨て本文の如く之を論ずる時、文四に云く『便ち界
外有余の国に生じ餘仏に値遇し、此の経を得聞す。○餘仏とは四依なり』文。
記の四末に云く『初文は有餘土の仏を以て名づけて餘仏と為す。○須く四依
に遇うと云うべきのみ』文。

玄六に云く「初依は餘仏に名づく、無明を未だ破らず、之を名づけて餘と為
す。能く如来秘密の蔵を知り深く円理を覚る、之を名づけて仏と為す』文。
籤六に云く『通じて五品及び六根浄を取る故○内外の凡の位を名づけて凡師
と為ることを証す』文。玄五に云く『五品六根を初依と為す』文。

この文実に五品に居す六根の人の衆生の依止と為す所を釈するなり。記の八、
補註六等之を略す。此の本拠本説の如く心得畢んぬ。

扨て義を取る時、元祖日蓮聖人は上行菩薩の後身なり。此の故に内證を論ぜ
ば自受用報身如来なり。又本門四依の内初依の導師なる故、又餘仏なり。又
下種の仏とも云ふ可き歟。


次に明星直見の本尊の事、是れ亦御影を以て本尊と為すこと支証に備へ難き
歟。

凡そ体用の法門は体を取って用を捨つるは常途の義なり。今此の文の如きは
例同し難し。如何が蓮祖本尊を虚空蔵に祈るに以て蓮祖の影を示現す。影全
く神力別付属の形相なり。宗祖大悟亦符合す。是れ即ち三箇の秘法の本尊故
示現に任せ影を以て本尊と為す可し、体と取る莫れ。若し強ちに体と取らば
三箇の秘法は徒設なるべき歟。

次に五人所破抄の事、是れ亦一体仏を制止するの文にして、而も未だ久遠実
成の釈迦仏を制止するの文を見ず。其の故は初に爾前迹門の仏の相を挙げ畢
て、次ぎ下に宗家の本尊を示して相待して爾前迹門の仏は今末法に迎へて益
無しと嫌ふ。明らかに知んぬ久遠の釈迦を制せざる事を。随身仏も一体仏の
故に小権迹本の不同明らめ難し。若し帰敬致さんと欲せば四菩薩を加えて久
遠実成の自受用報身如来と成り奉つて帰敬すべし。

若し爾らずんば小権迹本混乱して弁へ難し。故に一仏をば用ゆべからざるな
り。是れ即ち還って久遠の釈迦造立の明文にして敢て不造の証文には非ざる
なり。


次ぎには法宝最勝の事、誰か此の事を論ぜんや。是れ即ち宗家の本尊なり。
弥御書の如く仰いで信ずべきのみ。


次に板本尊の事、是れ即ち戒壇堂の本尊なり。之を以て不造の証と為すこと
謂ふに足らざるのみ。然りと雖も次を以て之を謂はん。聖意測り難しと雖も
愚推を以て之を謂はば、本門心底抄に云く「本門の戒壇其れ豈立たざらんや、
仏像を安置すること本尊の図の如し」文。

此の文を以て推するに戒壇成就の日は仏像を造立すること分明なり。之に就
て叡山迹門戒壇を案ずるに、根本中堂には薬師像を安置す。寿量品の如来の
名を秘して薬師と称す云云。伝教大師の御作なり。祖師堂には伝教大師の御
影之れあり。毘沙門堂には多聞天の像を安置す。之を号して三堂と名づく。

此の外戒壇あり。是れ即ち円頓の大戒なり。又金剛宝戒と名づけ大白牛車戒
とも名づく。其の為体多宝塔を建立して中に本迹二経の秘法を蔵む。以て戒
壇を築く。宝塔は大慈悲室なり。解脱憧相の袈裟を繋くるは柔和忍辱衣なり。
尼師壇を敷くは諸法空を座と為すなり。法華経の所在は即ち常寂光土なり。
此の妙土に於て性戒を伝授す。受法のみ有つて捨法無き故に虚空不動戒と名
づく。委しく之を論ずること今の所用に非らず。

若し此の義に准ぜば、本堂には本尊の如く仏像を安置すべし。祖師堂は日蓮
聖人御影、垂迹堂には天照・八幡の尊像之れ有るべし。其の上に戒壇堂を建
立して中に法華経一部を納め戒壇を築き、板本尊を安置し奉らんこと是れ即
ち法華本門の大戒なる可き歟。

是の故に元祖大士は板本尊を図して以て後代に送り、日興上人は棟札を書き
て以て滅後に伝ふ。伝教大師は迹門の三譬を表して三堂を叡山に建立し、興
師は本門の三譬を表して三堂を富山に建立することを願す。御棟札良に故有
る哉。委しくは別紙に在り。此に尽くす可きに非らず。若し此の義に准ぜば
板本尊を以て不造仏の現証と為るは甚だ非なり。

又興師御筆に云く「弁の阿闍梨の弟子少輔房日高去ぬる嘉元年中以来日興の
義を盗み取って下総の国に於て盛んに引通す。伊予阿闍梨下総の国真間堂の
一体仏なり。而るを年月を経て日興の義を盗み取りて四脇士を造り副ゆ。彼
の菩薩の像は宝冠形なり」文。

是れ亦五人所破抄の文に符合す。又波木井・原殿に給ふ御返事に云く「第二
の久遠実成の木像最前に破れ候」文。是れ即ち興師正義の破壊を悲歎し玉ふ
文なり。寂日房日華の状等繁き故に之を略す。此等の文は造仏を許す明文に
非らずや。

問ふ、若し爾らば古来従り仏像を造立せざるは誤りと謂ふ可き歟如何。

答て云く、古へより今に至るまで造仏は堕獄の因と称するは誤りの甚だしき
なり。造立せざることは由緒有るべきなり。其の故は日尊実録日大記之に
云く「第三に云く、一、久成の釈迦造立有無の事、日興上人仰に云く、末法
は濁乱なり、三類の強敵之れ有り、爾らば木像等の色相荘厳の仏は崇敬する
に憚り有り。香花灯明の供養も叶ふべからず。広宣流布の時分まで大漫荼羅
を安置し奉る可し」云云。

尊の仰に云く「大聖人御代二ケ所之を造立し給へり。一ケ処は下総国市河真
間富木五郎入道常忍、三ソ木を以て造立す。一ケ所は越後の国内善浄妙比丘
尼造立して之れ有り云云。(中略)総じて三ケ処之れ有り。此等は略本尊な
り。
但し本門寺の本尊造立の記文・相伝別に之れ有り云云。予が門弟相構へて上
行等の四菩薩を相副へ給へる久成の釈迦・略本尊、資縁の出来、檀越の堪
否に随つて之を造立し奉り、広宣流布の裁断を相待ち奉る可きなり」文。

日代上人の御書に云く、仏像造立の事は本門寺建立の時なり。未だ勅載無し。
国主御帰依の時三ケの大事一度に成就せしめ給ふ可きの由御本意なり。御本
尊の図は其の為なり文。

此の文、実録の内に興師の御義に符合す。然らば富山の立義は造らずして戒
壇の勅許を待ちて、而して後に三ケの大事一度に成就為す可きなり。若し此
の義に依らば、日尊の本門寺建立の時に先きんじて仏像を造立して給ふは、
一箇の相違なり。罪過に属す可しと云はば、未だ本門寺建立の時到らず本門
寺と号するは又一箇の相違なり、罪過に属す可きや。

此の如きの段今の所論に非らず。願くは後来の学者二義を和会せば造不造は
違する所無くして永く謗法を停止して自他共に成仏を期すのみ。




右の一巻は予法詔寺建立の翌年仏像を造立す。茲に因つて門徒の真俗疑難に
致る故、朦霧を散ぜんが為、廃忘を助けんが為に筆を染むる者なり。

 寛永十戍年霜月吉旦                  日 精 在判

第一浅草鏡台山法詔寺、第二牛島常泉寺是は帰伏の寺なり、第三藤原青柳寺、

四半野油野妙経本成寺、五赤坂久成寺、浅草安立寺、六豆州久成寺本源寺是
は帰伏の寺なり。



※上記、現在は常泉寺と妙経寺のみ。


※尊師實録(日蓮宗宗学全書・二巻四二○頁)

尊仰云、大聖人ノ御代二ヶ處ニ造[2]立シ之ヲ[1]給へり、一ヶ所ハ下總國市河眞
間富貴五郎入道常忍、ミソ木ヲ給テ造立ス、一ヶ所ハ越後國内善ノ淨妙比丘
尼ノ造立有[レ]之云云、御在世ニヶ處也、又身延澤ノ沸像等、聖人滅後様様異義有[レ]之、
記文相傳別紙ニ有[レ]之云云、
總ジテ三ヶ所有[レ]之、此等ハ畧本尊也、但シ本門寺ノ本尊造立記文相傳別ニ有リ[レ]之、
予カ門弟相構テ上行等ノ四菩薩相副ヒ給ヘル、久成ノ釋迦畧本尊、随テ[2]資縁ノ出來、檀越ノ
堪否[1]奉[レ]造[2]立シ之ヲ[1]曠宣流布ノ裁斷ヲ可[レ]奉ル[2]相待[1]也、


 

Re: 総別の二義その③、身延派日蓮宗の文証、(笑)、

 投稿者:学習  投稿日:2012年 7月10日(火)16時58分51秒 180-147-46-6f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.69183[元記事へ]

借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、さんへのお返事です。

> ・
>
>
> 身延日向、大聖人の法華経講義を録して伝う、
>
>
> 【御講聞書・新編一八五四頁⑮】[日蓮己証の事]
> 仰せに云はく、寿量品の南無妙法蓮華経是なり。地涌千界の出現、末法当今
> の別付嘱の妙法蓮華経の五字を、一閻浮堤の一切衆生に取り次ぎ給ふべき仏
> の勅使上行菩薩なり云云、取り次ぎとは、取るとは釈尊より上行菩薩の手へ
> 取り玉ふ。さて上行菩薩又末法当今の衆生に取り次ぎ給へり。是を取り次ぐ
> とは云ふなり。広くは末法万年の取り次ぎ取り次ぎなり。是を無令断絶とは
> 説かれたり。又結要の五字とも申すなり。云云。上行菩薩取り次ぎの秘法は
> 所謂南無妙法蓮華経是なり。
>
>
> ※以上。
>
> 総別の二義について論じたければ、だれでも、いつでも云ってこい。
>
> ナンボでも相手になってやるゾ。
>
>
> (苦笑)、
>
> ・

上行菩薩に別付属された秘法は南無妙法蓮華経なんですね。了解しました。
 

以前からこの文を読むと不思議に思うのだが

 投稿者:憚りながら波木井坊竜尊@日蓮宗葵講  投稿日:2012年 7月10日(火)12時15分40秒 p170.net219124147.tokai.or.jp
返信・引用
  ----------------------------------------------------------------
[]文証・有師化儀鈔注解・要集一巻一一二頁]

曼陀羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在りて、敢えて沙弥輩の呶々する事を許さんや、故に今唯文に付いて愚註を加ふ、元意の重は更に予の窺ひ知る所にあらざるなり。

曼陀羅書写本尊授与の事は、宗門第一の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも、当流にては対境の本尊を授与せられ示中の人とならざれば、信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、

故に当宗は濫りに曼陀羅を授与し給はず、開山は曼陀羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ、尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼陀羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼陀羅を書き散して、僭越の逆罪とも思はざるのみならず、雑乱滅裂全き形式をだに得たるものなし、無法無慙の甚だしきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり、慎まざるべけんや、

然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼陀羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼陀羅あり、仮に之を安ず、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く。
----------------------------------------------------------------


当宗=法華宗(広義の日蓮宗)
当流にては=富士門流
開山または本山=大石寺

と読めないだろうかwwW
というのは当時、今のような別宗教法人ではないのだから。
 

南条抄に云く、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)23時11分18秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。是にて待ち入って候べし


(南条抄・御書一五六九頁)

だったわい。(笑)、


 

再度いう、(苦笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)23時07分40秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69193[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> ああ、最後のは余計だったかな(反省)


※何度でも云う。

「これにいて待ちいり候」


(苦笑)、


 

いたちの最後っ屁?、(爆笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時59分50秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

バカが負け惜しみで云く、
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こちらの勝手な都合ながら、御対応ありがとうございました。
その点は恐縮いたしております。

とはいえです、こんな感じなんでしょうね、真摯に答えることは貴兄はしない。
そこからは一歩も出てこない。
僭越ながら、それでは教学をやっても面白くないでしょう?

それではまた。


--------------------------------------------------------------------------------


※私の引用した文証に対する反論は、ただのひとつもなかった。

これは、過去ログの証明しているところである。

バカは、論点のスリカエに終始するのみで、自己の論旨にでさえ
まともな証明を放棄した。(苦笑)、

これが、今回の一連の最後を飾る無知蒙昧の邪宗の結論であろう。


・・・さて、終わったようだナ。


まだ、来るか?、


(笑)、


 

許されよ

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時57分46秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  ああ、最後のは余計だったかな(反省)  

ありがとうございました

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時55分55秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  こちらの勝手な都合ながら、御対応ありがとうございました。
その点は恐縮いたしております。

とはいえです、こんな感じなんでしょうね、真摯に答えることは貴兄はしない。
そこからは一歩も出てこない。
僭越ながら、それでは教学をやっても面白くないでしょう?

それではまた。
 

Re: THANKS!

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時45分19秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69190[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> いろいろありすぎて・・・。

※少な目の脳味噌では無理だったか。・・・もう少し頑張って創賊の無智を広げたかったわい。(笑)、

> もういいそうです。日を改めてまた来させていただくかもしれません。
> 猫さんは私の質問には何一つ向き合いませんでしたね。

※例えば?

> そう言えば下のほうでは、日精上人も話題になっていましたが、堀日亨上人によると、あのお方は妄想癖のある単なる○○だったのに、それは日亨上人の勘違いということに変えましたよね。

※日亨上人の勘違いは、日蓮正宗の公式見解である。(苦笑)、


> 都合が悪かったんでしょうけど、まともな理由がないですよね。

※まともな理由は公刊されておるわい。(苦笑)、


> 御本人があれだけ、けっちょん、けちょんに言っているというのに。
> 日精上人は「無智で無精で単に自己の経験世界に準じて書きなぐっておるように見ゆる」(富士日興上人詳伝)だそうですよ。

※知らんのう。(爆笑)、

> 当時は普通に言われていたことですよね。

※いや。(笑)、

> でも別にどうとも思わなかった。法主信仰じゃないですからね。

※日蓮正宗に法主信仰など存在しておらん。少なくとも強姦魔の池田信仰のようにはナ。(苦笑)、

> 勝手ながら本当にありがとうございました。
> 悪気はなかったのですよ、ごめんね。

※いやいや、オマエの愚論は悪意の固まりでしかも論理の破綻であった。(笑)、

> あと、最後に何か言っておくことはありますか?


※いつでも来い。「これに居て待ちいり候なり」

・・・である。(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、


 

THANKS!

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時38分52秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  いろいろありすぎて・・・。
もういいそうです。日を改めてまた来させていただくかもしれません。
猫さんは私の質問には何一つ向き合いませんでしたね。

そう言えば下のほうでは、日精上人も話題になっていましたが、堀日亨上人によると、あのお方は妄想癖のある単なる○○だったのに、それは日亨上人の勘違いということに変えましたよね。
都合が悪かったんでしょうけど、まともな理由がないですよね。
御本人があれだけ、けっちょん、けちょんに言っているというのに。
日精上人は「無智で無精で単に自己の経験世界に準じて書きなぐっておるように見ゆる」(富士日興上人詳伝)だそうですよ。
当時は普通に言われていたことですよね。
でも別にどうとも思わなかった。法主信仰じゃないですからね。

勝手ながら本当にありがとうございました。
悪気はなかったのですよ、ごめんね。
あと、最後に何か言っておくことはありますか?
 

バカよ、総別の二義は反論不能か?、(苦笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時34分42秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

標題どおりである。

(苦笑)、


 

バカよ、その前に私の回答に応えよ、(苦笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時32分36秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69187[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> 正本堂の意義についても平成3年になってすぐの御説法で一方的に変えましたよね。
> それまではそんなこと言ってなかったのに。
> 日達上人の御説法、「本門寺の戒壇たるべき」は、まだ未定にするんだって。
> 正本堂が建って、何十年経ってから言ってるんだか。
> それが正義なのでしょうか。
>
> どうして変えたのか答えられますか?



新義だとぅ!(爆)、どこぞのバカへ、(苦笑)、

とあるバカが無智をさらけだして云く、

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学会の日寛上人の御本尊が一機一縁の御本尊だとする、
つまり歴代法主の書写の御本尊も一機一縁の御本尊とするという
平成5年出発の新教義についてです。
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※どうも、ネットというのは、いつも経過を知らない〝新参者〟が無智・無能のモノ知らずを
さらけだして狂論を貼り付けるのが常套のようである。(苦)、

この問題は日亨上人の御指南が適切であり、版権を持っている創賊が発刊した「富士宗学要集」という教義研究書に明確に結論づけられておるのは、WIN95時代からの定石である。(苦笑)、以下、


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[文証・有師化儀鈔注解・要集一巻一一二頁]

曼陀羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在りて、敢えて沙弥輩の呶々する事を許さんや、故に今唯文に付いて愚註を加ふ、元意の重は更に予の窺ひ知る所にあらざるなり。

曼陀羅書写本尊授与の事は、宗門第一の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも、当流にては対境の本尊を授与せられ示中の人とならざれば、信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、

故に当宗は濫りに曼陀羅を授与し給はず、開山は曼陀羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ、尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼陀羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼陀羅を書き散して、僭越の逆罪とも思はざるのみならず、雑乱滅裂全き形式をだに得たるものなし、無法無慙の甚だしきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり、慎まざるべけんや、

然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼陀羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼陀羅あり、仮に之を安ず、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く。
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※上記

「曼陀羅書写本尊授与の事は、宗門第一の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも、当流にては対境の本尊を授与せられ示中の人とならざれば、信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり」

とは、弟子檀那の各位に於ける個々に対する信仰の決定を証明して下附されるのがいわゆる「常住御本尊」であり、日證授与の本尊は、日證師の信仰を認められた〝日證に限定〟された曼陀羅であり、他人が関与出来ない師弟不二の証明である。

この常住御本尊を当人の滅後に相承するには「感得願(あらためて下附されること)」を出して紹継するのが石山門流の化義であり、通常は下附された当人が死亡したら、所属の道場に返還するのが化義である。

なお、「感得願」のもといは、日興上人が日蓮大聖人が授与した弟子檀那の御本尊に、みずからその伝承の経緯を脇書されたことに発するのである。

であるから、御形木御本尊とは〝仮本尊〟であり、常住御本尊が個人的に付与されて初めて即身成仏の修行が認められるのである。他人がかってに他人に付与された無上の真如を、かすめとっているのが創賊の御形木御本尊である。

如何。


 

お付き合いありがとうございます

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時31分1秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  正本堂の意義についても平成3年になってすぐの御説法で一方的に変えましたよね。
それまではそんなこと言ってなかったのに。
日達上人の御説法、「本門寺の戒壇たるべき」は、まだ未定にするんだって。
正本堂が建って、何十年経ってから言ってるんだか。
それが正義なのでしょうか。

どうして変えたのか答えられますか?
 

創賊の破戒本尊について、再掲載、(苦笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時30分4秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

新義だとぅ!(爆)、どこぞのバカへ、(苦笑)、

とあるバカが無智をさらけだして云く、

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学会の日寛上人の御本尊が一機一縁の御本尊だとする、
つまり歴代法主の書写の御本尊も一機一縁の御本尊とするという
平成5年出発の新教義についてです。
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※どうも、ネットというのは、いつも経過を知らない〝新参者〟が無智・無能のモノ知らずを
さらけだして狂論を貼り付けるのが常套のようである。(苦)、

この問題は日亨上人の御指南が適切であり、版権を持っている創賊が発刊した「富士宗学要集」という教義研究書に明確に結論づけられておるのは、WIN95時代からの定石である。(苦笑)、以下、


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[文証・有師化儀鈔注解・要集一巻一一二頁]

曼陀羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在りて、敢えて沙弥輩の呶々する事を許さんや、故に今唯文に付いて愚註を加ふ、元意の重は更に予の窺ひ知る所にあらざるなり。

曼陀羅書写本尊授与の事は、宗門第一の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも、当流にては対境の本尊を授与せられ示中の人とならざれば、信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、

故に当宗は濫りに曼陀羅を授与し給はず、開山は曼陀羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ、尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼陀羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の儘猥りに曼陀羅を書き散して、僭越の逆罪とも思はざるのみならず、雑乱滅裂全き形式をだに得たるものなし、無法無慙の甚だしきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり、慎まざるべけんや、

然るに本尊の事は斯の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼陀羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼陀羅あり、仮に之を安ず、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く。
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※上記

「曼陀羅書写本尊授与の事は、宗門第一の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも、当流にては対境の本尊を授与せられ示中の人とならざれば、信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり」

とは、弟子檀那の各位に於ける個々に対する信仰の決定を証明して下附されるのがいわゆる「常住御本尊」であり、日證授与の本尊は、日證師の信仰を認められた〝日證に限定〟された曼陀羅であり、他人が関与出来ない師弟不二の証明である。

この常住御本尊を当人の滅後に相承するには「感得願(あらためて下附されること)」を出して紹継するのが石山門流の化義であり、通常は下附された当人が死亡したら、所属の道場に返還するのが化義である。

なお、「感得願」のもといは、日興上人が日蓮大聖人が授与した弟子檀那の御本尊に、みずからその伝承の経緯を脇書されたことに発するのである。

であるから、御形木御本尊とは〝仮本尊〟であり、常住御本尊が個人的に付与されて初めて即身成仏の修行が認められるのである。他人がかってに他人に付与された無上の真如を、かすめとっているのが創賊の御形木御本尊である。

如何。

ふっ

 

反論不能のバカへ、(笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時18分55秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69179[元記事へ]

借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、さんへのお返事です。

> メモリさんへのお返事です。
>
> > >猫太郎さんへお返事です。
> >
> > えっ、自分の作文を難解だと思われているんですか。
>
> ※①いや、オマエの遁辞だ。(笑)、
>
> > そういえばお話の結論的には仏像を作るっていってましたよね。
>
> ※②日精上人がナ。(笑)、
>
>
> > 広宣流布の流溢の時を目標にすることは重要ですよ。
> > しかしそんな状態が永遠に持続するみたいな発想なんでしょうか。
>
> ※③ほう、末法広宣流布の後は別な気根に変わるのが仏典の教えなのか?
> 大集経には正、像、末の三時しか説かれておらんがのう。(苦笑)、
>
>
> たとえば、三時弘教次第のようにナ。(苦笑)、
>
>
> > それでは低級宗教が復活の日や人類の滅亡を説いているのと変わらないようだね。
>
> ※④その仏典の文証は?
>
> > 仏像を立てた後、また他宗が盛り返したら、その時はどうするんですか?
> > ホイホイと、作った仏像を引っ込めたり、出したりするんですか。
> > 面白いですね。
>
> ※確かにオモロイわな。(爆笑)もm(_ _)ノ彡☆バンバンも、
>
> > まじめに考えてない証拠ですね。
>
> ※オマエがナ。(苦笑)、
>
> > 広宣流布をそのように単純に捉えておられるとはね。
>
> ※⑤ほほう、では広宣流布の相貌とは?
> >
> > それで「一機一縁の御本尊」については解答は無しということですか。
> > いきなりの誤魔化しでの御対応、ありがとうございます。
>
> ※とっくに応えたわい。オマエの脳味噌では理解出来ないようだがのう。(苦笑)、
>
> > もう一つの質問にも答えていただけないようです。
>
>
> ※⑥もうひとつの質問とは?、(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、
>
> > 猫太郎さんは、わざと無視したいのか、その理由はお聞きしません。
> > それはそれで結構ですから。無理な期待はしていません。
> > やっぱり、このような解答になるんでしょうね。
>
> ※⑦では、その回答とは?(爆笑)、m(_ _)ノ彡☆バンバン、
>
>
> ・
 

バカよ、(笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時18分20秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.69182[元記事へ]

メモリさんへのお返事です。

> まあ、教義がよく変わるんですよ。
> それで素知らぬ顔で主張するのはよくないと思いますね。

※どこが?


> そういえば、よく言われる三宝の意義についても変更しましたよね。
> 歴代法主も僧宝にすることにしたんですよね。猫太郎さんも知らないことはないでしょう。
> そうやって変えてみた教義で、人様を批判するというのはどうことなんでしょね。


※創賊の三宝とはなにか?応えよ、反論不能のバカよ。(苦笑)、

> それで、なぜ変えたのかについてはご解答をいただけない。
> ああ、私の文章ってやっぱり、わかりやすいらしいです。


※反論不能のバカよ。オレの質問に回答せよ。


※それとも、逃げ回るか?、大勢の閲覧者が見ているゾ。

(苦笑)、

 

総別の二義その③、身延派日蓮宗の文証、(笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時15分47秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 


身延日向、大聖人の法華経講義を録して伝う、


【御講聞書・新編一八五四頁⑮】[日蓮己証の事]
仰せに云はく、寿量品の南無妙法蓮華経是なり。地涌千界の出現、末法当今
の別付嘱の妙法蓮華経の五字を、一閻浮堤の一切衆生に取り次ぎ給ふべき仏
の勅使上行菩薩なり云云、取り次ぎとは、取るとは釈尊より上行菩薩の手へ
取り玉ふ。さて上行菩薩又末法当今の衆生に取り次ぎ給へり。是を取り次ぐ
とは云ふなり。広くは末法万年の取り次ぎ取り次ぎなり。是を無令断絶とは
説かれたり。又結要の五字とも申すなり。云云。上行菩薩取り次ぎの秘法は
所謂南無妙法蓮華経是なり。


※以上。

総別の二義について論じたければ、だれでも、いつでも云ってこい。

ナンボでも相手になってやるゾ。


(苦笑)、

 

どうして変えたのか。そこが問題。

 投稿者:メモリ  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時15分30秒 z139021.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp
返信・引用
  まあ、教義がよく変わるんですよ。
それで素知らぬ顔で主張するのはよくないと思いますね。

そういえば、よく言われる三宝の意義についても変更しましたよね。
歴代法主も僧宝にすることにしたんですよね。猫太郎さんも知らないことはないでしょう。
そうやって変えてみた教義で、人様を批判するというのはどうことなんでしょね。

それで、なぜ変えたのかについてはご解答をいただけない。
ああ、私の文章ってやっぱり、わかりやすいらしいです。
 

総別の二義、その②、(笑)、

 投稿者:借りてきた猫太郎@引退ときどき評論家、  投稿日:2012年 7月 9日(月)22時10分25秒 KD125052130201.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
 

宗祖云く、

【御義口伝・新編一七九五頁⑮】
さて二仏並座し、分身の諸仏集まって是好良薬の妙法蓮華経を説き顕はし、
釈尊十種の神力を現じて四句に結し、上行菩薩に付嘱し玉ふ時、其の付嘱と
は妙法の首題なり。総別の付嘱、塔中塔外之を思ふべし。之に依って涌出・
寿量に事顕はれ、神力・嘱累に事竟はるなり。此の妙法等の五字を末法白法
穏没の時、上行菩薩御出世有って五種の修行の中には四種を略して但受持の
一行にして成仏すべしと経文に親マノアタり在り。


※相承における化義に総別が存することは大聖人の御指南である。

塔外・塔内の相承は法華経における相承の基本である。

いわゆる塔中相伝である。

これについて異論があれば、なんでも云ってこい。

(苦笑)、

 

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