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「命の選別」批判も…全染色体診断
すべての染色体を調べる新型着床前診断による妊娠・出産が明らかになった。生殖医療を巡る新たな議論が求められそうだ。
不妊症には「福音」
着床前診断は、日本産科婦人科学会が、重い遺伝病や、染色体の一部が別の場所に入れ替わるなどの染色体の構造異常を除き、認めていない。ダウン症などの染色体の数の異常が原因の障害を排除し、「命の選別」につながるのではないかと懸念されるのが理由だ。
特に新型の着床前診断は、すべての染色体を高い精度で調べることができる。新型が「選別」目的に使われれば、より重大な問題が生じる恐れがある。
着床前診断はまた、最初の赤ちゃんが生まれたのが1990年と、歴史が浅い。安全性が十分に確認されているわけではない。
実施にあたっては、診断のもつ意味についての十分な説明と同意が求められる。カウンセリング体制の充実も欠かせない。必ずしも妊娠、出産できるわけではないとの、限界も知る必要がある。
一方、新型着床前診断は、特に異常がないのに流産を繰り返して不妊症に悩む女性、卵子の老化で不妊治療がなかなか成功しない女性にとっては、妊娠の確率を高める、福音となる技術だ。
女性は高齢になると妊娠が難しくなる。卵子の老化で、染色体の数の異常が現れる確率が高まるためだ。
重い遺伝病や染色体の構造的な異常とは違い、こうした染色体の数の異常は、誰にでも起こりうる。頻度も高い。
妊娠率上昇へ 米英などで実施
米国や英国では、高齢の不妊女性などの妊娠率を上げようと、新型の着床前診断で染色体の数の異常を調べている。このほか、タイやベルギーなどでも行われている。
日本では着床前診断は厳しく制限されている一方、妊娠中に胎児の染色体異常の有無を調べる「出生前診断」は広く行われている。
出生前診断で異常が見つかると、人工妊娠中絶が行われる場合も少なくない。2009年までの10年間、胎児の異常を診断された後、中絶したと推定されるケースは約1万1700件で、前の10年に比べ倍増したことが、日本産婦人科医会の調査で明らかになっている。
出生前診断のひとつの羊水検査は、流産のリスクが0・5%ある。また、母体血清マーカーは、結果が確率で示されるため、とまどう女性が少なくない。
不妊に悩む人は多く、日本では年間21万件の体外受精、人工授精が行われている。子どもを持ちたくてもなかなか持てない人のために、医療技術を活用することは重要だ。技術の精度や安全性など医学的な問題だけでなく、倫理面など幅広い議論が求められる。(医療情報部 加納昭彦)
ルールに基づいて
石井美智子・明治大法学部教授の話「学会の会員として指針を尊重すべきで、指針に問題があるなら、変更するよう努力するのが筋だ。着床前診断を安易に行うのは問題だが、医療的に必要ならば、認める範囲を明確にして、ルールに基づいて行うべきだ。法の規制がない中、専門家集団の取り決めは重要な役割を持っており、きちんと機能するようにする必要がある。患者にも、技術がどういう意味を持っているのか十分に説明しなければいけない」
「生命」に当たらず
児玉正幸・鹿屋体育大教授(哲学)の話「今回実施されたことが明らかになったケースは、染色体の数の異常が原因と考えられる流産を防ぐためのもの。受精卵を救うための行為で、先天的な疾患の回避を目的に命に差異をつける選別行為ではない。受精卵は法で保護される『生命』に当たらず、生命の選別とは言えない。日本は今後、世界の実施状況を調べ、どのような場合に実施しているのか、その倫理的な問題も含めて早急な調査をすべきだ」
(2012年7月11日 読売新聞)
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