パリへひとり旅立った詩文は、どんな体験をしてきたのか…?
「パリのノエルと赤い薔薇」へつながるミニ・エピソード。

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時刻は、すでに夜の8時を、まわっている。

「卒業生を送る会」のコンサートを無事に終えた常盤音高在校生一同は、打ち上げ会場だったカラオケボックスをあとにして、ぞろぞろと駅へむかって歩いていた。

常盤音高は全校生徒の9割を、女子がしめる学校である。 きらびやかな照明にてらされた駅前商店街のなかには、女の子のおしゃべりの声が、にぎにぎしく反射している。

やがて、集団は駅にいきついた。

先頭を歩いていた夏海が、うしろにふりかえり、大声でいった。

「よーし! じゃあ、ここで解散にするぞ! 家が遠いやつは、これから帰るって、自分ちへ一報入れとけよ! 女子はとくに、親が心配するからな!」

集団のあちこちから、素直な返事や、別れの挨拶がかえってくる。 音大付属高校の生徒は、経済的に裕福な家庭の子女が多いので、こんなときに、すれた態度をとる生徒は、あまりいないのだ。

そんな音楽仲間たちと夏海のやり取りを見ながら、夏海の悪友である二年生の男子生徒たちは、憮然としていた。

「卒業生を送る会」の運営を主導したのは、生徒会役員と、オーケストラの指揮者である夏海と、コンサートマスターの詩文、そして、悪たれ三人組の異名をもつ、ヒデ、リード、タケヤンである。 自分たちだって、けっこう頑張ったと思うのに、女子生徒の尊敬のまなざしは、いつも夏海にだけ注がれていた。

そりゃあ確かに、夏海は集団を統率するリーダーではあるのだが。

悪たれ三人組は、額をよせあって密談だ。

「なんか、不愉快じゃねー?」
「おー、不愉快、不愉快」
「この不愉快さって、このままにしていいの?」
「よくない」
「今夜の寝つきを、さわやかなものにするために、男だけで二次会ってのはどうよ?」
「いいな。 ついでに、夏海のことも、からかってやる」
「いこう、いこう」

うなずきあった三人は、改札の前で女子生徒たちを見送っている夏海にむかっていった。

「よー、夏海。 新入生歓迎演奏会の打ち合わせもかねて、これから男だけで、もう少し、しゃべらねー?」

夏海は悪友たちに、すまなそうな顔を見せた。

「わるい。 俺は佳織を送っていきたいから、二次会はパスだ」

夏海のとなりにいた佳織が、あわてて手をふる。

「いいわよ、夏海くん。 男同士の話もあるでしょ。 まだそんなに、遅い時間じゃないし」

「なにいってんだ。 8時をすぎたら、電車にだって、酔っ払いとか乗ってるだろ。 ああそうって、俺がここで、おまえを見送れるかよ」

そういうと夏海は、「でも」と、まだなにかいいたそうにしている佳織の背中を、ぐいっと改札の方向へおした。

「わるいな、みんな。 じゃあ、また明日な!」

そのひとことを残して、二人は駅舎の奥へ入っていってしまう。

悪友三人組は、あっけにとられて、その後姿を見送った。

「なんだ、なんだ」
「あいつら、いつのまに、進展したんだ?」
「夏海が、男らしく見えたぞ」
「そんな、馬鹿な!」

なぜだか、とても悔しい、三人組なのである。

少し離れた場所で下級生の女子に囲まれていた詩文が、やっと彼女たちを改札のほうへ送り出して、彼らのところへやってきた。

「めでたいねえ。 夏海にも、男と女の心の機微が、ようやくわかるようになったのか」

「心の機微って……」

ヒデが三人を代表して、つぶやいた。

最近、詩文の日本語の語彙は、急激に豊かになってきている。

ついこのあいだまで漢字が読めなくて苦労していた詩文に、恋愛について達者な日本語で語られてしまっては、日本男児、立つ瀬がないってものである。

しかしだ。

彼女なしの寂しい立場は、詩文だって俺たちと同じはずだと、ヒデは思った。

彼らは、知っている。

いつも女子生徒に囲まれているけれど、詩文は常盤音高の女子を、恋愛の対象としては見ていない。 やたらと女の子にもてすぎても、彼女というものは、できにくいのだ。

リードが、夜空を見あげていった。

「しゃーねーなー。 寂しい、ひとり者同士で、これから慰めあおうぜ」

夜は、深まりゆく。

さっきまで空を明るく照らしていた月は、雲の中にかくれつつあった。

男同士の語らいのときも、そう長くは、つづかないだろう。

いまだ高校生の自分たちには、まだ夜を徹して仲間と語り合うようなことはできない。

はやく親から、行動の自由を認めてもらえる年齢になりたいものだと、じれったく思ってしまう。

そんな、彼らの無言の共感は、ふいに破られた。

詩文が、にやりと笑いながら、いったのだ。

「どうして、みんなは、ぼくのことを寂しいひとり者だって、決めつけるんだ?」
 

「ええええええええ ―――――― っ!!!」
 

悪友三人組は、そろって大声をあげた。

駅前ロータリーに大勢いる他人様たちが、彼らに注目してしまうほど、大きな声だった。

爆弾発言をした詩文本人は、涼しい顔で、さらにつづける。

「寂しいときに女性に慰めてもらうのって、いいよね」

そして、さっさと、歩きだす。

「いつものマックで、夜食する? それとも、ファミレスで、もっとしっかり食べる?」と、いいながら。

悪友三人組は、あわてて詩文のあとを追った。

「まてっ、詩文!」
「いまの、意味シンな発言はなんだ!」
「こら、まてったら!」

男子高校生たちの弾む大声は、夜の街に響きわたった。

悪友たちにつかまった詩文が、楽しそうな笑い声をたてる。

そんな彼らを、雲間の月は、ただそっと照らすのだった。

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