学園祭
常磐音楽大学付属高等学校は、一学年の定員が50人の小規模校だ。
学校の校舎も、音大の敷地のなかに、間借りしたみたいな場所にある。
だから11月上旬におこなわれる文化祭も、音大の学園祭と、だきあわせなんだ。
自分たちの学校だけでやっても、しらけたムードがただよっちゃうし、音楽堂や体育館の舞台の準備なんかも、大変だからな。
大学のお兄さんやお姉さんに手伝ってもらって、なんとかやってるって感じだ。
先輩たちに聞いたところによると、文化祭のときの高等部の校舎は、毎年、いたって静かなもんなんだそうだ。
いちおう、中庭の芝生のうえで茶道部が
常磐音大の学園祭そのものは金曜日の夜からはじまるんだけれど、付属高校は土曜日の午後に音楽堂でコンサートをするから、校舎を一般に開放するのは、日曜日だけだしな。
その日曜日当日、俺は各学年で何かひとつ出し物をやらなくちゃならないっていうんで、音楽喫茶のウエイターをやっていた。
つーか、やらされていた。
クラスの女どもは、みんな元気でさ。
どうせやるなら、男子にタキシードを着せようなんていいだして、数じゃとても勝てない俺たちを、無理やり正装させやがった。
なんか、変だぞ!
音楽喫茶の会場は第二音楽室で、売ってる飲み物は、ジュース各種に、ウーロン茶に、インスタントコーヒー。
最初は ドーナツくらいだそうって話だったけれど、衛生面がどうのこうのと学校側から許可がでなくて、おだしできるお菓子は、小袋入りのポテトチップスかビスケットという、おそまつさだぜ。
それでなんで、ウエイターが、第一級礼装なんだよ!
客はほとんど、常磐音高の生徒と父兄だしさあ。
あと、受験の下見にくる中学生とかな。
俺は、
「あの、先輩。 ぼくは来年の常磐音高受験をめざしているんですけれど、女子が多い学校って、どうでしょうか」
なんて、きかれてさ。
思わず、彼が友達といっしょに座っていたテーブルに両手をついて、深刻な表情で答えてしまった。
「きみ、女っつーのはな、集団になると、そりゃーもう、恐ろしいもんだぜ」と。
「ど……、どんなふうにでしょうか」
「いまの俺をみりゃあ、わかんだろ?
着たくもないタキシードを着せられて、いいように、こき使われてさあ。
うちの学校の女子は、みんな、いっけんお嬢様風だけどな。 じつは――」
「じつは、なに!?」
かん高い女の声といっしょに、ぼよんと、俺の頭のうえに、盆が落ちてきた。
「痛い〜〜〜〜っ!」
頭をおさえてのたうつ俺は、しかられる。
「渡辺くん! 後輩になるかもしれない子に、てきとうな
はー、元気な女どものトップが、こいつなんだよなー。
ひとつ山をのりこえた吉澤は、なんつーか、なんでもなせばなるみたいな、クソ
いぜんにまして、パワフルなんだ。
なにしろ、吉澤は、クラス委員だからな。
俺たち男子を正装させる音楽喫茶を文化祭で開く準備でも、そっせんして動きまわっていたぜ。
このタキシードも、どこから調達してきたのやら。
吉澤は、優しく中学生に話しかけた。
「だいじょうぶよ。 なんでも、なれるものだわよ。 その証拠に、この人なんて、のほほんとしてるでしょ?」
「俺は、のほほんとなんか、してないぞ!」
「してるわよ」
「ねーっ!」
ねーっ、は、やたらとでかい声だった。
カウンターのなかで飲み物や食べ物の準備を担当していた女子が、いっせいに声をそろえて、吉澤に同意したからだ。
後輩よ、この俺の姿をみて、学んでいくんだ。
こういう
「そろそろ、つぎのショータイムだわ」
吉澤は俺を無視して、とっととピアノのほうへ走っていった。
CDラジカセにつないだマイクをにぎり、お客さんへ、ごあいさつをする。
「ようこそ、常磐音楽大学付属高等学校の文化祭へ。
一年生のクラスがお贈りするのは、ささやかな音楽とすごすティータイムです。
つぎの演奏は、ピアノとチェロのアンサンブルです。
担当は千葉紘乃、中村真央。
曲は、サン・サーンスの『白鳥』です」
派手な拍手でピアノのまえに出演者を呼びこんだ吉澤は、
やつは茶道部の野点と、かけもちだからな。
いそがしいんだろうに、嫌な顔ひとつしないでクラスの雑用を引き受けるんだから、吉澤もかなりの、世話焼き体質なのかもしれない。
話し合いのとき、一年生は文化祭のコンサートに選抜された生徒しかでられないから、なにか全員が演奏できるような出し物をやりたいねっていいだしたのも、吉澤だったしな。
ま、仮装めいたかっこうをさせられたのは不満だけれど、音楽喫茶というアイデアそのものは、悪くないと思う。
みんな、楽しそうだし。
それぞれ好き勝手にペアやグループをつくって、演奏する曲目も、せっそうがなくて、お祭りらしいしな。
優雅なサン・サーンスの演奏がおわったら、「よっしゃー! つぎは俺たちだ!」と、大喜びのヒデとリードが、ピアノのまえに飛び出していった。
「やっほー!」
と、パーカッション専攻の星野ちはると、コントラバス専攻の武藤真奈美と、サックス専攻の会田美咲も。
はじまったのは、派手なスイングジャズ。
リーダーのヒデが作曲専攻で、即興がやたらめったらうまいから、音楽が、弾む弾む!
それに、星野だよ。
達人なのは、マリンバだけじゃなかったのか。
ドラムもメチャウマだぜ。
アニメオタクの会田だって、ノリノリだし。
うお、お客さんが曲にあわせて、拍手しはじめた。
こういうのが、音楽やってる、
会場の気持ちが、プレイヤーの音楽と、ひとつになってさ。
いいぞ、ヒデ、リード、星野に、武藤に、会田!
ブラボー!
華やかでノリのいい音楽は、人を集める。
高等部の校舎の3階で、ひっそりとやっていた音楽喫茶が、急に混みはじめた。
それまでは、わりとのんびりしたペースで、お客さんをさばいていたのにさ。
「すみませーん。 こっち、まだですかー」なんて、またせた客に、呼ばれちまうし。
銀の盆を
すっかりウエイター姿も、板についちゃってさ。
女どもは、黒服のウエイターにもたせる盆は銀色でなくちゃいけないなんていって、小道具まで完璧に、準備しやがったんだぜ。
ごていねいに、嫌がる俺の髪を、整髪料でおったてたりするしよー。
やっと、吉澤にジャニタレの
いやだ、いやだ。
逆毛なんか たてられたら、大嫌いなドラマのサントラ盤宣伝用ポスターの写真のことを、思いだしちまうよ。
あれの撮影の時も、スタイリストやメイクアーティストに、いいようにいじりまわされたんだ。
そんなことを考えながら、「いらっしゃいませ」と、お客さんにいったら、いきなり携帯のカメラで写真を撮られた!
いきなりだぜ、いきなり!
俺は、みせもんじゃねー!
ひとこと、ことわれ、馬鹿野郎!
そのテーブルにすわっていたのは、派手な化粧の姉ちゃんたちだった。
ムッとした俺は、ぶすくれた顔をしており、その顔をみた姉ちゃんたちは、ますます喜んだ。
「きゃー、渡辺夏海って、ホントに、うちの付属の子だったんだー」
「ポスターの写真と同じ顔!」
「夏海くーん。 買ったよ、きみのCD。 サインしてくれない?」
CDのプラスチックケースをさしだされた俺は硬直した。
だって、そこには、たったいま、大嫌いだと思った俺と詩文の写真が!
「夏海、いそがしいのに、ぼーっと、つったってるなよ!」
背後から、詩文のやつに声をかけられた。
姉ちゃんたちは、きゃーっと声をあげて、大喜びした。
「詩文くんだ〜〜〜〜!」
「本物、かわいい〜〜〜〜!」
詩文は、ものおじしないやつだ。
たちどまって、姉ちゃんたちに、「こんにちはー」なんて、あいさつしやがるし。
「お姉さんたち、かわいいっていうのは、やめてほしいなあ。
日本の女の人って、すぐにかわいいって、いうよね。
フランス育ちのボクには、それって、とってもイヤなんだけどな。
男として、認めてもらってないみたいで」
「いやーん、ごめんねぇ」
「いいなおすよー。 かっこいい、詩文くん」
「メルスィー」
な〜んて、もりあがるし!
「夏海、どうしたんだよ?」
詩文は俺の背中を、どんと、たたいた。
「なに固まってんのさ?」
俺は、うろたえていた。
「だ、だ、だって!」
「なに?」
「おまえ、気にならないのか? この状況が?」
「この状況?」
詩文は、あたりをみまわした。
「うーん、そうだねえ」
そうだねえって、おまえはいったい、どういう神経をしてるんだよ!
ヒデがひきいるジャズバンドは、絶好調。
調子づいたリードが、ひっくり返りそうなくらいのけぞって、即興のソロクラリネットを吹き鳴らしている。
後打ちのリズムで、手拍子が
そりゃいいんだ。
みんな、楽しんでくれてるんだから。
だけど、いつのまに……、いつのまに……、お客が全員、女に、なったんだろう?
それもなんか、若い女の人ばっかり。
たぶん、女子大生。
常磐音大の、お姉さんたちか?
いや、それだけじゃない。
大学部の学園祭にきたお客さんが、高等部へ流れてきてるんだ――!
椅子がたりなくて、壁ぎわにずらりと、紙コップを手にしたお姉さんたちが、たってるし!
みんなが、ちらりちらりと、俺と詩文のほうをみてるし、指さしてるし、笑ってるし!
なんで?
なんでって……!
俺の頭のなかに、関東テレビのプロデューサー、横井さんの声がこだました。
――クリスマスまでには、このドラマ、一大ムーブメントにしてみせるからな。
メディアの力は、まだまだ健在だ。
メディアの力は、まだまだ……、
メディアの力は……
メディアの力は……
メディアの……
(以下、エンドレス)
これが、メディアの力かよ?
まだ俺と詩文の映像って、ほんの数回、電波に乗っただけなのに。
俺が、だらだらたれる冷汗で
「詩文くーん! 夏海くーん!」
「は〜い」
詩文は手をふって、声が聞こえたほうへ、にっこり笑い返しやがった。
そしたら、そこらじゅうで、「きゃーっ!」って、悲鳴と笑い声が、ほとばしった。
その声を合図に、俺の足の硬直が解けた。
俺は、
「ちょおっとぉ! 渡辺くん、なにやってるのよ!」
声楽専攻の堀江智香が、かんだかい声で俺をたしなめる。
だけどさ。
俺には耐えられん!
若いお姉さんたちの
カウンターのかげにかがんで、俺はわめいた。
「たのむ! かんべんしてくれ!」
「だめだよお! お客さんは、渡辺くんに会いたくて、きてくれたんでしょ!」
「もうイヤだあ!」
「だめだったら、だめ! そこらじゅうにはってあるポスターに、『正装した美男子ぞろいの一年生男子が、みなさまをご接待いたします』って、書いちゃったんだから!
それに、これだけのお客さん、どうやってさばくのよ! ちゃんと、責任とって!」
「俺に、どういう責任が、あるっていうんだあ〜〜〜〜っ!」
タキシードの上着をぬいで、その場から逃げようとした俺は、堀江と、となりにいた坂本千秋に、二人がかりで
「佳織〜〜〜〜っ! 渡辺くんが逃げる!」
「うぎゃああっ! 吉澤を呼ぶなああああっ!」
堀江と坂本に
「堀江さん、チーちゃん、渡辺くんを逃がさないでっ!
飲み物の販売システムは、たったいまから変更よっ!
入り口でお金とって、20分間フリードリンクの入れ替え制にしましょ!
そうしないと、いつまでたっても、入場待ちの行列が短くならないわ!
瑞穂と沼ちゃんは、コンビニへ走って!
なんでもいいから、ジュースと、お茶と、紙コップ、買ってきて!」
「オッケイ!」
「いくよ、沼ちゃん!」
千代田瑞穂と沼田啓子が、第二音楽室からかけだしていった。
カウンターのなかに飛びこんできた吉澤は、奥に集めてあった荷物から、教室の飾りつけに使った残りの、色画用紙の束をひっつかむ。
「まりりん、ゆかり! これで、整理券つくって!
11時と、13時と、15時。それぞれ50枚!
2名のみ有効って、書いてね!」
「うん」
「なにに使うの?」
おほほほほっ、と高笑いした吉澤は、おもむろに紙袋から、筒状に巻いたポスターをとりだした。
「わーっ! それはっ!」
俺は坂本の腕のなかで暴れた。
ひろげられたポスターは、ドラマ『こころ、はるかに…』のサントラ盤宣伝用の、俺と詩文が写った、特大ポスターだった。
吉澤は大手音楽ソフト販売会社ヨシザワ・ミュージックの役員令嬢だから、こういうものを、かんたんに、手に入れられるんだ。
吉澤が浮かべたほほ笑みは、悪魔のほほ笑みだった。
「音楽喫茶にお客さんがはいらなくて、
こんなふうに役にたつとは、思わなかったわ!」
ポスターの下に、白い紙がはりつけられた。
そこにマジックで黒々と書きこまれたのは、『渡辺詩文&夏海の演奏は、11時、13時、15時の予定です。 ただいま抽選にて、整理券発行中!』という、立派な案内文だ。
「俺と詩文の担当は、13時だけだったのに……」
そうつぶやいたら、吉澤に、ぴしゃりといわれた。
「もんく、いわないの!」
書きあげたポスターを高々とかかげて、吉澤は宣言した。
「さあ、みんな! はりきっていきましょ! われらが音楽喫茶、売って、売って、売りまくるわよ!」
女どもが「きゃーっ!」と、全員で反応した。
そりゃもう、大喜びで。
ポスターを第二音楽室の入り口にはりだすべく、セロテープをにぎりしめながら、吉澤は俺につめよった。
「渡辺くん。 逃げようとしたって、むだですからね」
思わず、ごっくんと、
つか、逃げられるかよ!
俺を羽交いじめにしている『チーちゃん』こと坂本千秋は、オペラ歌手になるべくして生まれてきたような、横幅広めのお嬢さんなんだ!
それも、ハンパじゃなく、とっても、とっても広めっ!
俺の体力じゃ、坂本をふりきって逃げるなんて、ぜったいに無理だよっ!
それなのに、吉澤ときたら、気迫のこもった顔を俺に近づけてきて。
「これだけ人を集めちゃったのは、詩文くんと、あなたなんですからね。
最後まで、きっちり、つきあってもらうわよ。
わかってるでしょうけれど、文化祭の売り上げ金は、アフリカや中東の飢えている子供たちのところへ行くのよ」
そう、常磐音高の文化祭の売上金は、毎年ユニセフに寄付される……。
清く、正しく、美しく。
涙がでるくらい、すばらしいことだ。
はりきっている女どもに、
吉澤は、真剣にいう。
「だから、がんばって、飲み物をいっぱい売りましょうね!
もし、もう一度、逃げようとしたら」
「逃げようとしたら……?」
また吉澤の口もとに、悪魔のほほ笑みが浮かんだ。
「お客さんは、詩文くんとあなたに会いたくて、ここへきてくれたんじゃない。
あなたがいなかったら、失礼ってもんだわ」
「そっ、そうか……、な?」
「そうよ。 だから」
「だから?」
「また逃げようとしたら、ピアノの足に後ろ手でしばりつけて、さらしものにしてやるから!」
「ちくしょおおおおおっ!」
絶叫した俺を完全に無視して、吉澤は第二音楽室の入り口にできた、長い行列を整理する作業へもどってしまった。
やっと坂本の羽交いじめから、解放してもらう。
カウンターにもたれて、一連のやりとりをみていた詩文が、俺のことを鼻で笑った。
「馬鹿だなあ。 佳織に逆らおうとするから、こういう目にあうんだ。
佳織みたいな女の子のこと、日本では、なんていうんだっけ? 女王様?」
「詩文……、おまえ」
「ぼくは、女の子なら、だれでもオッケイなほうだけどさ。
佳織だけは、夏海にゆずるよ。
末永く仲良くできるように、かげながら応援するから」
「コノヤロ〜〜〜〜ッ!」
カウンターを飛び越えて笑いながら逃げる詩文を追いかけたら、吉澤に怒られた。
「渡辺くんっ!
怒った吉澤なら、本当に俺を、ピアノの足にしばりかねない。
きっと喜んだ女どもが、全員で手伝うだろうし。
すごすごとカウンターにもどった俺は、タキシードの上着を、もう一度着て、銀の盆をもちましたとも。
もった盆のうえに、堀江と坂本が、ジュースの紙コップをどかどかならべた。
ため息をつきながら、うしろをふりかえったら、詩文のやつは嬉しそうにお客さんと話していて、その周辺は、おおいに盛りあがっていた。
あのお
俺は本当に、泣きたい気分だった。