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2012年7月8日
長すぎて「退屈」−米大統領選挙

 長すぎて退屈。アメリカ調査会社ピュー・リサーチ・センターが6月初旬に行った世論調査によれば、56%の国民が大統領選挙レースを「長すぎて退屈」と考えている。逆に「長くはないしおもしろい」と考えているのは34%にとどまっている。2008年の大統領選挙では65%が長いと感じていたものの、59%が「おもしろい」と興味をもっていたこととは大きく異なる。4年前は共和党も民主党も本戦前からサプライズが多くて人々は熱狂していた。今回はどうやらオバマ・ブームも冷めて選挙は盛り上がりに欠ける展開となっている。
  共和党支持者たちは、今年3月の時点では52%がおもしろいと関心を持っていたが6月には33%へと激減、共和党候補がロムニー氏に絞られてくるにつれて関心を失っている。一方民主党は4年前のクリントンとオバマの候補争いにみられたような抜きつ抜かれつの死闘がなく、支持者は時が経つにつれて関心を失っている。要するにどちらもハラハラドキドキがない、失言もない地味で堅実すぎる候補同時の論戦になっているので退屈なのであろう。
 共和党副大統領候補で話題が盛り上がるかといえば、そうでもない。最近候補に名の上がった元国務長官のコンドリーザ・ライスは「あり得ない」と一蹴し、今のところ有力なのはマリオ・ルビーノと言われている。彼の起用はヒスパニック系の票の取り込みに一役買うと期待されているようだが、ヒスパニック系のオバマ支持は案外堅く揺るぎそうにもない。ギャラップ社の今春の世論調査によれば、ヒスパニック系有権者の66%がオバマを支持している。
 ヒスパニック系はオバマのどの点を支持しているのか。ヒスパニック系有権者の関心が最も高い政策は医療保険制度で21%、続いて失業問題(19%)、そして経済格差問題(17%)となっている。移民が多いヒスパニック系にとっては医療問題が目前の切実な問題なのであり、医療保険制度の改革を推し進めたオバマ大統領はそれだけで支持すべき存在なのであろう。最高裁で医療保険制度の合憲性を保障されたこともさらに支持を固める要因になるに違いない。
 さらには「経済格差」問題でもオバマ大統領はヒスパニック系の支持を集めている。「ウオール街を占拠せよ」という運動では若者たちは「経済格差」を訴えた。オバマ大統領はすかさず彼らに同調し富裕層に属すると見られているロムニーをこの点で攻撃したが、そのかいあってか、「経済格差」という論点では86%のヒスパニック系がオバマを支持している。ロムニー支持はわずかに11%にとどまっている。
  人口の上でますます比重が重くなるヒスパニック系の票をどこまでとりこめるかは前回の大統領選挙でも勝敗を左右するほど重要なテーマだったが、今回でもそれは変わらない。 富裕層に属すると言われるロムニーがどこまで移民の現実をくみ取れるか、そしてそれを政治で解決できる道を提示できるか。政治家としての器が問われている。



2012年7月5日
節約のためなら・・・切羽つまったアメリカの低姿勢

 7月4日、パキスタンはアフガニスタンとの国境を再開し、アフガニスタンに駐留するNATO軍への補給ルートは昨年11月末のパキスタン軍への誤射以来ようやく復活した。代替ルートである中央アジア経由の北部ルートはすでに3倍を超えるコスト増しとなっており、月1億ドルという膨大な上積みされるコストの財源の確保にパネッタ国防長官は奔走の日々だった。6月30日には議会に対して予算の組み替えを要請し、7億7200万ドルがこの北部ルートの嵩んだコストとして計上されている。
 パキスタンは、アメリカからの正式な謝罪と空爆の停止を求めていた。さらには通行税としてトラックあたりの単価の増額も求めていた。これに対してオバマ政権は拒否の姿勢を貫いていたため手詰まりの状態が続いていた。
 だがアメリカはそのコスト高にとうとう音をあげたのか、3日クリントン国務長官がパキスタンのカー外相に電話で謝罪を伝えた。この謝罪をカー外相は受け入れ、通行税は据え置きで補給ルートを再開した。ちなみにパネッタ国防長官は2行の簡潔なコメントを出したにとどまっている。
 謝罪をしたのが大統領でも国防長官でもなくクリントン国務長官だったという点にアメリカ側の最大限の譲歩が感じ取れるが、誰が謝罪したにせよ共和党からは「弱腰」ともいわれかねない。大統領選挙を控えてオバマ陣営としては共和党陣営には攻撃材料を提供したくないだろうが、「コスト負担」という背に腹は替えられない状況があったに違いない。
 もちろんパキスタン側も怒りが収まったわけではない。パキスタン議会の中では、空爆の停止が約束されていないことを挙げてザルダリ政権を追求すると主張する政党もある。さらにタリバンは待ってましたとばかりにNATOの補給部隊を攻撃すると宣言している。 それでも、パキスタンとアメリカとの最悪ともいわれる最近の関係からすれば大きな前進といえる。クリントン国務長官の果たした役割は決して小さくない。



2012年6月25日
CIAの対テロ作戦−力と智のバランス−

 パキスタンとアメリカの関係はますます悪化している。NATOの補給ルートの再開もいまだ実現せず、アメリカは無人爆撃による空爆を続けている。この空爆がパキスタンとの関係を悪化させている一因になっていることは間違いない。とりわけ国民の間に反米感情が高まっていることは、国務省にとっては懸案事項であろう。駐パキスタンのキャメロン・マンタ−大使は、しばしばこの無人爆撃機をめぐってCIAと衝突してきた。空爆がパキスタンとの関係を損なっており、大使には作戦に関して拒否権があると主張しているのである。意外なことに空爆がパキスタンとの関係を悪化させるという点ではCIAのペトレイアス長官も同調している。だが、CIAの対テロセンター長が無人爆撃を推進しているので回数が増加こそすれ減ることはないだろう。
 対テロセンター長は謎に包まれている。後に旧ブラックウオーター社へ転身したコーファー・ブラックなど先任者はその正体を隠さなかった。今センター長を勤めている人物は「ロジャー」という名前しかわかっていない。6年前から現職につき、昨年のオサマ・ビン・ラデイン殺害作戦にも深く関わっている。ワシントンポスト誌電子版によればCIAのロジャーの周辺から漏れ聞くことからロジャーを推測すると、きわめて無愛想で一匹オオカミだが上司や部下からの信頼は厚い、アルカイダに対しては容赦なく非情な人物となる。また彼自身はかつてイスラム教徒に改宗したといわれている。ブッシュ政権時代にはエジプトやイラクで任務につき、当時のペトレイアス・イラク司令官と激しく衝突したいきさつもある。
 執拗にアルカイダを追う彼の方針がオバマ大統領の意にかなったのか、オバマは大統領就任直後からアルカイダの殲滅に力を入れ当時のパネッタCIA長官にも殲滅を強く命じたという。以来、最高司令官の支持をとりつけたロジャーは無人爆撃機による対テロ対策を展開し、パキスタンやアフガニスタンだけでなくイエメンへと作戦領域を拡大しつつある。
 大統領が最高司令官であることはよく知られているが、外交での最高責任者でもあることも忘れてはならない。力と智のバランスをとることが大統領に課せられた任務といえるのではないだろうか。



2012年6月22日
オスプレイの「生息環境」

 生息環境が限定されるオスプレイは、大きすぎて行き場がない。
 6月13日、フロリダの空軍基地でオスプレイが墜落した。折しも沖縄への配備が取りざたされている時だけに、この墜落は不吉な未来を暗示してますます配備反対の機運が盛り上がるに違いない。アメリカ政府はオスプレイの安全性を強調して火消しに必死である。
 オスプレイは開発段階から墜落事故が多く、多数の海兵隊の犠牲者を出してきたため「空飛ぶ恥さらし(flying shame)」などと不名誉な呼び方をされてきた。2007年にはイラクへ配備され続いてアフガニスタンにも配備されたが、2010年にアフガニスタンで墜落している。オスプレイの事故は注目を集めるためますます印象が悪くなっているのは否めない。
 オスプレイはヘリコプターのように離着陸が可能でかつ飛行は固定翼のように速い。両者のメリットを併せ持つこの飛行機は、2機の重量級エンジンと巨大なプロペラを持ち重くて大きい。そのため格納にも整備にも場所をとるため空間に限りのある船上には向かないとの指摘がなされている。また、左右の重いエンジンのため船が揺れるとシーソーのようにオスプレイが揺れるが、その振動は当然ながらエンジンにダメージを与えてしまう。オスプレイは船上での常駐は厳しいかもしれない。
 では陸上ではどうだろうか。オスプレイの離発着の際には、そのパワフルなエンジンや回転翼によって場所によっては砂埃が嵐のように舞い上がる。この砂がエンジンやブレードを痛めてしまうという指摘もなされている。つまり、オスプレイはイラクやアフガニスタンのように砂が舞い上がるような土地ではなく、きちんとアスファルトで整備された陸上の滑走路でないと穏やかな離発着ができないということだ。
 しかもオスプレイは低温環境では油圧系統に不具合が生じることが多いらしく、そうであれば温暖な気候が望ましい。そしてメンテナンスには膨大な部品と整備員が必要なため、膨大な部品を格納できるスペースが必要となる。
 つまりオスプレイはその生息環境がきわめて限られており、適正な環境で正しく運行される限りは安全性が高いのだが、これらの前提がひとつでも欠けると墜落する可能性が否定できなくなるといえる。配備先に沖縄が選ばれたのはもしかしたら「戦略的」な観点よりは「生息環境」という観点かもしれない。
 オスプレイは開発コストがかかりすぎるため、かつてチェイニー国防長官は開発プログラムを中止にしたが、海兵隊の猛烈なロビー活動で復活したといういきさつがある。昨今の厳しい予算削減の中でオスプレイをもはや調達すべきでないという声が強まっている。だが問題はコストではない。誰が安全を保障しようとも、事故が起こってからでは手遅れなのである。なぜ日本に配備するのか、その根拠を徹底的に追求するべきであろう。



2012年6月14日
パウエル元国務長官の訓戒−歴史から学べ−

 コリン・パウエル元国務長官が6月13日のCBSテレビ番組に出演し「アメリカはシリアに軍事介入すべきではない」と断言した。湾岸戦争を勝ち抜いた将軍の言葉は経験に基づくものだけにずっしりと重い。
 いまだシリアでは流血の惨事が続いており、アサド政権と反政府勢力の武力衝突は激しく一般市民の犠牲も急増している。それは「アラブの春」というよりはもはや「内戦」に近い状態に陥っていると言っても過言ではない。「だからといって武力で片方を追い出すという戦略はまったく無意味で効果がない」とパウエルは警告する。
 仮にシリアの現政権を追い出した後はどうするのか。アメリカが軍事介入をして政権を追い出した後はイラクやアフガニスタンのように国家創造(Nation Building)をし、シリアの国の責任を背負わなくてはならなくなる。しかしイラクやアフガニスタンの戦争が物語っているように、それは成功しないし不可能である。「アメリカは国家創造の責任を負いきれない。だから介入すべきでない」「むしろ国際社会が経済的政治的外交的な圧力をアサド政権に加えて解決するべきなのだ」とパウエルは言う。
 イラク開戦に向けて突っ走ったかつての国務長官のこの言葉が、10年前に語られていたらアメリカはイラクへ侵攻しなかったかもしれない。そしてイラクという国家が破壊されずにすんだかもしれないことであり、あるいはもっと別の形で改革され多くの血が流れた宗派闘争も経験せずにすんだかもしれない。アメリカだけでなく国際社会もまたイラクやアフガニスタン戦争から学ぶことは多いはずである。



2012年6月13日
米大統領選挙−共和党副大統領候補の本命、ジェブ・ブッシュの登場!?−

 2012年11月の大統領選挙まであと5か月となった。共和党の候補はすでに予想通りのミット・ロムニーにほぼ決まったが、どちらかといえば地味な候補のためかいまひとつ大統領選挙は盛り上がらない。だが、民主党のオバマ大統領とロムニー候補は支持率がほぼ拮抗しているため、オバマ大統領は苦しい戦いを覚悟しなければならない。アメリカの政治サイトRCPによれば、現在の支持率はオバマが45,9%、ロムニーが44.6%といつ逆転してもおかしくない状況なのである。
 鍵を握るのは副大統領候補ともいえる。2008年大統領選挙では、共和党候補のジョン・マケインは副大統領候補にサラ・ペイリンを選んで共和党内からも批判を受け、大きく支持を下げた苦い経験がある。副大統領候補選びには慎重になると思われる。
 副大統領候補として名前が挙がっているのは、オハイオ州上院議員のロブ・ポートマンである。だが、国民のほとんどはポートマンを知らないし、ワシントンポストの世論調査によれば共和党員ですら60%は彼のことを知らない。知名度ゼロであることは支持を得るには厳しいスタートラインだろう。
 もう一人候補として名前が上がっているのはフロリダ州知事マルコ・ルビオである。ルビオはポートマンよりはましだが、それでも国民の39%はルビオを知らないという(同世論調査)。彼はキューバ出身の移民で、まさにアメリカンドリームの体現者である。増加しつつあるヒスパニック系の票を獲得するにはまさにうってつけの人物だが、それでも知名度という点では決め手に欠ける。
 皮肉なことに最も知名度が高く副大統領候補として期待されているにもかかわらず本人はまったく出馬する気がないのが、元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュである。彼は第41代ブッシュ大統領の息子にして第43代ブッシュ大統領の弟である。大統領候補としてもその名前はよく浮上するが、ジェブ・ブッシュ自身はそのたびに出馬を否定してきた。
 副大統領としてもっともふさわしいし、「勝てる候補」として共和党からも期待がかかるジェブ・ブッシュだが、本人はテレビのインタビューでも「出馬の依頼もありえないし、依頼が来たとしても受けることはない」と断言している。にもかかわらず彼の周囲では期待が盛り上がっている。
 確かに知名度と家系は申し分がない。もしジェブ・ブッシュが副大統領候補となったら、オバマにとってはますます厳しいレースとなる。唯一オバマが期待するとしたら、兄の大統領時代の不人気さで、「もうブッシュ家はこりごり」と考える国民が多いかもしれないということだろう。共和党の副大統領候補に注目したい。



2012年6月8日
NATO主導のアフガニスタン・ゲーム!?−パワー・ゲームから協調ゲームへ−

 NATOによるシカゴ会議では、アフガニスタンの2014年以後が話し合われた。アメリカは撤退後10年の地域協定を結んで関与を続ける合意を会議に先立ち成立させた。それとは別個にNATOとして撤退後も警察や軍の養成に引き続き協力することや民間部門での支援など年間40億ドルの支援を決定した。出席したカルザイ大統領は満足だっただろう。
 一方で6日に北京で開催された上海機構の会議にカルザイ大統領はオブザーバーとして出席した。そして文字通り地域の枠組みの中で2014年以後の治安の安定と経済の立て直しへの支援を取り付けたのである。上海機構は、中国、ロシア、中央アジア4カ国から構成される機構で、麻薬問題から軍事演習まで幅広く活動している。イラン、インド、モンゴルがオブザーバーとして名を連ねる。
 カルザイ大統領がアジア地域での支援をとりつけた意義は大きいが、それをだまって見ているアメリカではない。アメリカはアジアに軸足を移すと戦略を転換させたばかりである。アフガニスタンから撤退すれば、重要な同盟国であったパキスタンとは関係が悪化しているためこのままでは南アジアから閉め出されてしまいかねない。
 アメリカは、中国とロシアのアフガニスタン支援を牽制するかのようにインドに対してアフガニスタンの支援に積極的に関与をしてほしいと主張を始めた。アメリカに言われるまでもなくインドはアフガニスタンでは長年支援を続けている。しかも目立たないように気を遣っているのであるから、支援を高めることにはインドには慎重である。
 インドがアフガニスタンに関与を強めたらどうなるであろうか。おそらくインドの関与はパキスタンを刺激して印パ関係が不穏なものになりかねない。それはこの地域全体を不安定にもしかねない力をもっているのである。また、インドの存在感がアフガニスタンで高まれば、同じく支援をしている中国とのつばぜり合いがアフガニスタンで起こる可能性もある。
 アメリカはNATOだけでアフガニスタンの支援を抱えるのではなく、上海機構の支援の動きを歓迎し相互に協力しあっていくべきであろう。地域の支援なくしてアフガニスタンの再建はできないことはこの10年が証明しているのである。



2012年6月1日
秘密殺害リスト−アフガニスタン戦争は終わるが、新たな戦争が始まる−

 NATOのシカゴ会議ではアフガニスタン問題が真剣に議論され、2014年までに撤退というスケジュールが改めて確認された。いよいよ10年をこえる戦争が終わるのである。戦争を終わらせたオバマ大統領は、アメリカにとってそれだけでヒーローだろう。
 だが、一方で新たな戦争がじわじわと広がりつつある。それはアルカイダに標的を絞ったテロリストのグローバルな追求である。その手段としてアフガニスタンで頻繁に行われている拘束作戦と、イエメンからパキスタンに至る地域で増大する無人爆撃機による空爆が使われその空爆域の拡大と回数の増大とともにもはや戦争行為ではないかとの反発も広がっている。拘束作戦については以前にもとりあげたので言うまでもないが、オバマ大統領が推進する空爆もまた新たな波紋を呼んでいる。
 オバマ大統領が就任以来、アルカイダとの戦いにおける空爆をどう推進してきたのかについてはニュー-ヨークタイムズ電子版5月29日付の記事(Secret ‘Kill List’ Proves a Test of Obama’s Principles and Will) に詳しい。ここでいう「殺人リスト」というのは、文字通り空爆で殺害するべきテロリストのリストのことである。オバマ大統領はこのリストを審査して、実施の許可を出す。要は一国の指導者がある人物の生死を決めるのである。その根拠はひとえに「情報」である。そしてその情報に基づいてアメリカにとって脅威かどうかを判断する。ではその情報が間違っていたらどうなるのか。それも想定内として殺害許可を出すというのである。
 オバマ大統領が空爆に熱心なのは、空爆が低コストでありアメリカ兵の犠牲がなく国民へのアピール度が抜群に良いという理由が大きい。そして確かにアルカイダ幹部を殺害するなど効果も上げている。またオバマ大統領が対テロ対策で頼りにしている対テロ対策担当補佐官のジョン・ブレナンは25年もCIAに勤めたベテランである。パキスタンの空爆を仕切るCIAの活動が活発になるのも不思議ではない。
 だが、まきぞえを食った一般市民の遺族の怒りははるかにオバマ大統領の想像を超えているのだろう。空爆が続くイエメンでは多くの市民が「アルカイダが正しい」と考えるようになってアルカイダ支持が強まっている。パキスタンでもCIAの空爆が熾烈さを増すにつれ、アルカイダのリクルートは順調になるという。
 アメリカの空爆はいまではアメリカの力の行使の象徴となり、統治権の侵害と市民の虐殺の代名詞となりつつあるという。かつてアメリカは、イラク戦争での捕虜虐待が明るみにでて世界の信用を失い威信を失墜させた。その威信が戻らないうちに空爆を続ければさらに国を汚すことにもなりかねない。それはノーベル平和賞という高貴なものまで汚すことにもなりかねない危険な道なのである。アメリカこそがならず者国家という烙印を世界から押されかねねないことをオバマ大統領は認識すべきであろう。



2012年5月20日
タフ・ネゴーシエータ

 G8サミットが開催されギリシャ危機が話題になっていたが、その話題もまだ決着がついていないなか続いてシカゴではアフガニスタンに関するNATO会議が開催される。アフガニスタン戦争は2014年には撤退するという予定が定まっており、撤退後のアフガニスタンをどう支援していくかに焦点が移っている。そんな中で注目を集めているのが、アフガンーパキスタン国境封鎖の解除問題である。昨年11月にNATOが誤爆によりパキスタン軍兵士に犠牲者を出したことに怒ったパキスタンは、唯一の国境ルートを封鎖しNATOの補給線を遮断している。NATOは中央アジア経由の補給ルートを代替しているが、パキスタンのルートは距離が短く利便性が高い。
 封鎖から6か月経ってパキスタン側も国境の再開にようやく前向きになりNATO会議のザルダリ大統領への招待にも応じて今回はザルダリ大統領が出席している。そのため国境再開は近いと期待が高まっているのだが、肝心のオバマ大統領はザルダリ大統領との二者会談に応じていない。
 オバマ大統領が会談に応じないのはおそらく再開の条件に納得していないからである。パキスタン側はこれまで国境の通過に際しトラック1台につき250ドルを課してきたが、再開の条件として5000ドルに課金の引き揚げを要求している。さらには道路の修復代としての補償金をも要求しているのである。厳しい経費削減に直面しているオバマ大統領としては法外な値上げに応じるわけにはいかないのであろう。
 逆に、これまではぎくしゃくしていたカルザイ大統領との関係は一転して良好になっている。アフガニスタンへの空爆や夜間襲撃作戦をめぐっては停止しいてほしいカルザイ大統領と続行するオバマ大統領との対立が先鋭化していた。ところがシカゴ会議では撤退後も40億ドルをアフガン軍の養成に拠出するオバマ大統領の提案が支持され、サルコジ前大統領が早期撤退を主張していたが、フランスも2014年以後も軍の養成に関与すると積極的である。
 アメリカの両国に対する対応の違いが鮮明になったが、ここからわかることはこれまでの関係やつきあいに関係なく、アメリカの国益を第1に優先して交渉するオバマ大統領は冷徹なタフ・ネゴーシエーター(手強い交渉相手)である。生半可な姿勢では太刀打ちできないのである。



2012年5月10日
ネオコンの復活−ブッシュの「悪夢」が再び復活するのか

 共和党の大統領候補はミット・ロムニー氏にほぼ決定したとみていい。予想通りの展開でいまひとつ盛り上がりに欠けた候補選びだった。オバマ大統領とロムニーでは支持率が拮抗しているので本戦になれば抜きつ抜かれつの混戦が予想され、盛り上がることを期待したい。
 あまりにも注目を浴びなかった共和党の候補選びレースだったためほとんど物議を醸し出すこともなく静かにだが着実に広がっている現象がある。ネオコンの復活である。かつてブッシュ政権ではネオコンが強い影響力を持ち、アメリカをイラク戦争へと走らせた。またイラン攻撃の危機が高まったのもネオコンがそれを望んでいたからである。やがてネオコンは政権から駆逐され、しかも民主党政権になって影響力は弱まったかのようだった。
 しかし、ロムニーの外交アドバイザーを見てみるとネオコンの復活を宣言せずにはいられない。ブッシュ元大統領は外交政策に経験がなくそのためネオコンにつけいる隙を与えてしまったが、ロムニーも外交政策に経験がないのでネオコンが忍び込む可能性は高い。
 たとえば、ジョン・ボルトン、エリオット・コーヘン、ロバート・ケーガン、エリック・エーデルマン、さらには対テロ対策アドバイザーとしてコーファー・ブラックといったかつてのネオコンたちがロムニーの周辺にいるのである。彼らはアメリカの絶対的パワーを信奉し、単独主義、軍事介入主義を採る。つまりアメリカは世界秩序を作り上げ君臨する存在でなければならないのであると考えている。ロムニーが大統領に当選するとアメリカは再びあの時代へと戻り、イラン、シリアなど次々と軍事介入をするのであろうか。
 だが、国民は10年におよぶイラクやアフガニスタン戦争に嫌気がさしておりいくら威勢のいいことをネオコンが力説しても見向きもしない。共和党支持者ですら71%が天文学的な戦費を気にしており、52%がアフガニスタン戦争は無駄だと考えている。共和党の中でもロムニーやネオコンの好戦的な主張は「困る」と危惧する意見も強い。まだアフガニスタン戦争が終わっていないのに「戦争」を唱えれば逆にオバマ大統領に票が流れるのでは、と共和党は心配している。2006年の中間選挙でも2008年の大統領選挙でも共和党が大敗したのはひとえに国民が戦争にうんざりしていたからだった。民意を読み違えると失脚するのは民主主義の基本であろう。



2012年5月9日
民主主義のお手本となるか−混迷するギリシャ政治

 5月6日ギリシャでは総選挙が行われ、伝統的な2大政党が国民から厳しい「ノー」をつきつけられてその権威を失墜した。この2大政党は国家の再建のためにギリシャにとって厳しいしい緊縮財政を掲げていた。出来る限り支出を切り詰めて破綻寸前のギリシャを立て直そうというのである。
 昨年11月にギリシャ危機が世界を不安に陥れた時、当時のパパレンドゥ首相は、緊縮財政の是非を国民に問うと発言して世界を慌てさせ結局国民投票は見送られパパレンドゥ首相は辞任した。だが今回の選挙ではまさに緊縮財政に関して民意を問う形となり、ギリシャ国民はきっぱりと「ノー」と言ったのである。国を救済することが必要なのはわかっている。だが緊縮というやり方では嫌だ。しかも厳粛すぎるドイツ的なやり方は受け入れられない。われわれにはわれわれのやり方がある。そうギリシャ国民は主張しているのである。この選挙の結果ギリシャでは緊縮財政の実施が困難になり厳しい規律によって財政を健全化させるというドイツの思惑は頓挫する可能性がある。そうなればドイツのユーロ圏での指導力にも影響がでるかもしれない。
 時を同じくしてフランスでも大統領選挙があり、緊縮財政を掲げた現職のサルコジ氏がオランド候補に敗北した。オランド候補は緊縮よりも雇用の促進など経済成長によって財政の立て直しを図ることを掲げている。フランス国民もまたドイツ的な緊縮財政に「ノー」をつきつけてドイツの主導権に待ったをかけた。フランスはフランスであってドイツでないということだろう。ユーロにまつわる財政問題、経済問題にはギリシャ、フランス、スペイン、イタリアなどの南欧諸国とドイツに代表される北部の諸国の対立という根深い構造が横たわっていることが一層鮮明になり、問われているのは「民主主義」のあり方なのである。



2012年5月8日
理想よりも現実−無念の米外交官ホルブリックの遺言も消えて

 2009年、当時のアメリカのアフガニスタン特使であったリチャード・ホルブリックは、アフガニスタン北部の都市マザリシャリフに領事館を開設しようと必死だった。2か月で開設にこぎつけようと、国務省の領事館建設の安全基準をも無視してとにかく星条旗をこの地に立てて、アメリカの意志、つまりアフガニスタンを見捨てないという強い意志をアフガニスタン国民に示そうとしたのだった。
 北部のマザリシャリフはアフガニスタンの中でも比較的平穏でタジク人やウズベク人も居住しており、アメリカにとっては安心感があった。当時領事館は全土で4箇所ありそのうちの1つだったが、ワシントンポスト電子版によるとここの領事館は地元のホテル内に開設されたが周囲を高いビルに囲まれヘリポートもなく緊急事態が起こっても救援部隊がかけつけるのに2時間もかかる。特に自爆テロや自動車爆弾対策が皆無でまさに丸腰だった。それでもホルブリックは領事館にこだわった。
 しかしホルブリック特使は2010年に無念の急死、北部のマザリシャリフも治安が加速度的に悪化して、いまでは危険地帯となっている。特に2011年には領事館の近隣にあるブルーモスクで自爆テロが起こり差し迫った脅威に対してついに領事館の見直しが行われた。それでも故ホルブリックの遺志を継ごうとアメリカは代替施設を探しまわり、マザリジャリフに駐留するドイツやスウェーデンに施設を貸して欲しいと懇願して一蹴された。
 結局アメリカはマザリシャリフの領事館を閉鎖することを決定し、8000万ドルものコストは霧散したのである。それと同時にあれほどアフガニスタンの再建に力を入れていたホルブリックの理想も厳しい現実の前に潰えたのである。
 折しも国内ではアメリカ大統領選挙レースが始まろうとしている。大統領候補は理想を語るのかそれとも現実を国民につきつけるのか。注目したい。



2012年5月2日
大統領選挙期間中のオバマのアフガニン電撃訪問−真の狙いは?−

 オバマ大統領は5月1日にアフガニスタンを電撃訪問した。バグラムの基地を訪れたオバマ大統領は、兵士の前での演説でオサマ・ビン・ラディンを殺害したことを強調し、アフガニスタンでの戦争を予定通り終結させて戦闘部隊を帰還させることを改めて確認した。その一方でテロリストがいまだに脅威でありアメリカは今後もテロリストの追及に力を入れることを述べ、最高司令官としての資質を備えていることをアピールした。
 オサマ・ビン・ラディン殺害の1周年にあわせての基地訪問や演説はまさに大統領選挙向けのパフォーマンスに違いないが、その影で実は重要な政治的なプロセスが進んでいる。
 オバマ大統領がアフガニスタンを訪れたのは、むしろカルザイ大統領とのある「協定」の締結に目的があったようである。2024年までアメリカが非戦闘部隊を駐留させることを認める協定で、任務は主にアフガン軍の指導などであるようだが、アメリがこれによってアフガニスタンという西にイラン、北に中央アジア諸国とロシア、東にパキスタンや中国と接する要衝を影響力の下に置くことが可能となることは明らかである。まさに南西アジアに楔を打ち込む重要な「協定」であろう。
 2001年10月にアフガニスタンを攻撃して以来、最大時には10万人を越える部隊を駐留させ1800人を越える戦死者、15000人を越える負傷者を出し、4430億ドルのコストをかけさらに今後10年にわたって関与し続けるのであるならば、オバマ大統領は誰もが納得する大儀を示す必要があるだろう。



2012年4月17日
アフガン撤退の先にあるものは−アメリカ民主主義?!−

 4月16日、アフガニスタンでは首都カブールと周辺地域ナンガハル、パクティア、ロガール県の3箇所の都市で同時多発テロが起こった。現地時間の午後1時45分頃これら4箇所の都市で自爆テロ攻撃とそれに続く銃撃戦が展開され18時間後にようやく沈静化した。
 アフガニスタンでは冬の厳寒期はタリバンもあまり活動しない。雪が溶け始める春になると毎年闘争シーズンの幕開けとなり、アメリカでは「春の攻勢」と呼ばれて恒例化している。今回の同時テロは大規模で大胆で入念に練られた攻勢で、タリバン側は闘争シーズンの幕開けの「あいさつ」だと宣言した。
 特にカブールは大都市で人口も密集しておりさらに今は建設バブルで建設中の建物が多い。今回ではカブール市内だけで3箇所で自爆テロが発生し、建設中の建物も狙われた。3箇所のうちのひとつはアフガン国会、もうひとつは大使館が集まる地域だった。特に狙われたのはドイツとイギリスの大使館、NATOの司令部だった。大使館ともなれば周辺の警備は厳重であるはずだが、そのような地域でもタリバンはいとも簡単にテロを起こすことができるという事実を突きつけた今回のテロだった。
 これは2014年の撤退を控えて不気味なメッセージともなっている。第1に米軍やNATO軍が撤退する予定日まで待てない、一日でも早く撤退させるために徹底して闘うとの彼らの意志表示である。第2には、国会を狙ったということはとりもなおさず現在のアフガンの政治体制を認めないということである。つまりアメリカやNATOが撤退した後には熾烈な権力闘争と内戦が待ち受けているということである。
  内戦が待ち受けているとわかっていてもオバマ政権はアフガニスタンから軍を撤退させるだろう。アメリカには戦争を継続させるだけの余力がないことが大きな理由だが、オバマ大統領は、たとえ内戦になったとしてもその国の将来はその国の国民が決めることだという信念を持っている。これこそがアメリカを建国した民主主義なのである。オバマ大統領はそう信じているに違いない。



 
2012年4月9日
一筋縄ではいかないアフガニスタン「合意」−進展したのか後退したのか

 米国とアフガニスタンは、米軍が行ってきた「夜間襲撃(あるいは拘束作戦)」について合意に達した。かねてから夜間に民家を襲撃して家人を拘束する特殊部隊による「夜間襲撃」作戦は、アフガン人の怒りと反米感情を高めてきた。それでも米国はこの夜間襲撃作戦を対タリバン作戦として有効なツールとみなしてその回数を増やしつつあった。そこへ米兵が基地の近くの民家を襲撃して17人もの民間人を殺害する乱射事件が起こった。アフガン人の怒りは頂点に達しもはや反米感情を無視することはできなくなり、2014年の撤退スケジュールすら危機にさらされるような状況になった。
 そこでようやく米側も歩み寄り、夜間襲撃の権限をアフガン軍に委譲することで合意した。詳細は明らかにされていないが、大筋では夜間襲撃はアフガン軍が主として行い米軍はあくまでその支援にとどまるというのである。また襲撃作戦の合法性には疑問が投げかけられていたが、アフガン司法当局の令状を得るという方法で違法性をクリアしようとしている。この合意にパネッタ国防長官はじめ米側は満足で、アフガン人によるアフガンの治安維持というそもそもの目標に大きく近づいた、そう米側は評価している。
 つまり、あくまで「夜間襲撃」作戦は続けるという米側の意志は変わらないのである。それはピンポイントでテロリストを狙い撃ちするというオバマ政権の対テロ政策は確固たるものだということの表れである。だが夜間襲撃でアフガン人が怒っているのは作戦の違法性に対してではない。外国軍であれ自国の軍であれそもそも襲撃自体がプライパシーの侵害であり、人権無視で理不尽なのである。さらにこの「合意」は大きな危険をはらんでいる。
 夜間襲撃の対象はおもにパシュトゥ人である。アフガン軍を構成するのはウズベク人やハザレ人などかつて北部同盟を構成していた民族や部族も多い。異なる宗派も混在する。襲撃の目的が民族間や宗派対立に根ざす可能性は依然としてあり、アフガン軍による夜間襲撃が米国の意図する方向とは違った方向へ向いていく危険性はかなり高い。それに対するパシュトゥ人の怒りが膨らんでいけば、もはや米国のコントロールは効かず熾烈な内戦へと突き進んでいくことになる。手放しでは喜べない合意なのである。
 潜在的に対立するグループの一方だけに軍事支援をするとどうなるか。米国は、イラクやリビアでの教訓を是非活かしてほしい。



 
2012年3月29日
小国アゼルバイジャンが注目を浴びる理由

 イスラエルはイランの核開発を止めるべく各関連施設への攻撃をあきらめたことは一度もない。目的達成のためなら手段を厭わない、どんな手を使うかわからない。そんな危機感がイラン攻撃を防ぎたいアメリカにはあるようだ。最近特にアメリカの軍や情報筋が懸念しているのが、イスラエルとアゼルバイジャンとの戦略的に緊密な関係である。
 アゼルバイジャンは戦略上、カスピ海と黒海に挟まれ、北にロシアとグルジア、西はトルコ、そして南はイランと国境を接する要所に位置する。そのため、イラン攻撃を画策するイスラエルにとっては、まさに理想的な位置にある。その視点から見ると本当の危機はホルムズ海峡ではなくこのコーカサス地域にあるともいえる。アゼルバイジャンの首都バクーはカスピ海油田の積み出し港であり、そのパイプラインはアゼルバイジャンを横切っている。
 今年2月にはイスラエルは16億ドルの無人爆撃機やミサイル防衛システムの軍事支援をアゼルバイジャンと締結した。無人爆撃機の軍事支援は実はトルコと締結していたのだが、トルコとの関係悪化のためイスラエルはトルコとの軍事支援を破棄してアゼルバイジャンと結んだ。このことはトルコのエルドガン首相を激怒させ、イランの神経を逆なでしている。
  イスラエルとアゼルバイジャンは経済的にも緊密になりつつある。イスラエルはアゼルバイジャンから石油を輸入している一方、アゼルバイジャンにはイスラエル製の携帯電話からアイスクリームまで溢れかえっている。最近ではイスラエルは中東で数少ない盟友だったエジプトとトルコを失ったため、イスラム国であるアゼルバイジャンの重要度ががぜん増したのである。
 アゼルバイジャンにはソ連時代に建設されて現在は使われていない飛行場が4つほどあり、空軍基地も4箇所あるという。米軍の情報筋は、イスラエルがそれらを使うというのは「あり得ない話」と前提しつつもイラン攻撃に執着するイスラエルが使わないという確証もないので、神経をピリピリさせて注目している。アゼルバイジャンを巻き込んだイランとイスラエルの紛争が勃発すれば、中東だけでなくカスピ海も巻き込まれることになりますます世界の石油事情は危機にさらされることになるのである。



 
2012年3月17日
サプライズが多すぎる世銀総裁候補

  今年6月に退任するロバート・ゼーリック世界銀行総裁の後任をめぐってオバマ政権周辺では憶測が飛び交っていた。有力候補と言われていたクリントン国務長官は総裁就任の要請を頑なに断り、スーザン・ライス国連大使も固辞していた。一方で世銀総裁の座を狙っているローレンス・サマーズは名前ばかりが先行して一体誰が擁立されるのか注目されていた。
 伝統的に世銀総裁はアメリカから、IMF(国際通貨基金)専務理事はヨーロッパから出して世界でのアメリカとヨーロッパの影響力は維持されてきた。しかし世界は大きく変化しアメリカは普通の国になりヨーロッパはユーロ危機でいつ経済がクラッシュするか綱渡りを続けている。中国やブラジルなどは新興勢力として世界経済のみならず政治的にも影響力を強めつつあり、アメリカが独占してきた世銀総裁の地位について他の国からも総裁を出すべきだと主張している。アメリカは引き続き自国から出すと主張して譲らないが、新興勢力の声を無視するにはあまりにも彼らの影響力が強まりアメリカのパワーは低下している。
 その声を受けてかバランス感覚に長けたオバマ大統領が世銀総裁として選んだのは韓国系(アジア系というべきであろう)アメリカ人で、ダートマス大学学長のジム・ヨン・キム氏である。学問分野の出身でしかもアジア系という異例の選出で新興国の批判を和らげようという狙いはもちろんあるが、あえてアジア系を選んだという点にアジアを意識したオバマ政権の方向性がここにも表れている。
 キム氏は韓国で生まれ5歳でアメリカアイオワ州に移住、父親は歯科医学の教授、母親は哲学の博士号を持つ学者一家で育った。英語、韓国語、スペイン語を話すことができ、バスケットボールが得意のアスリートでもある(オバマ大統領もバスケットボールを趣味にしている)。彼は行動派の公衆衛生学の医者でWHOの活動ではエイズ撲滅や多耐性結核菌の撲滅のために発展途上国を奔走したこともある。2009年にダートマス大学の学長に就任したときは、アイビー・リーグでは初のアジア系学長となった。ちなみに妻は小児科医でアフリカのこどもたちの健康救済プログラムに関与したこともある。
 キム氏は世銀総裁としておそらくアジア諸国からは歓迎されるであろうしもちろんヨーロッパ諸国も支持するだろう。だが、批判がおさまったわけではない。南アフリカなど新興国は候補者を擁立しているが、結果がどうであれ無条件にアメリカ人が就任するよりは複数の候補の中から選出というプロセスを経るほうが多くの国が納得するだろう。選出の過程がより透明性をもつことでここにも民主化革命が及んだと見れば大いに歓迎すべきことだ。



 
2012年3月24日
保守派も「アフガン早期撤退」を叫ぶ米国情勢

  3月11日に起こった米兵によるアフガン市民虐殺は、オバマ政権を揺さぶっている。政権内では撤退スケジュールを前倒しすべきであるという意見と、現状維持という意見で対立が生まれているのである。
 現在のプランでは、今年9月までに2,2000人を帰国させるものの残りの6,8000人についてはいまだ未定である。国家安全保障担当補佐官のトム・ドニロンは、今年12月までにさらに1万人を撤退させ、2013年6月までには1万から2万人を撤退させるべきだとの「撤退前倒し」論を主張している。
 それに対してバイデン副大統領は、もっと大規模に兵士を撤退させて特殊部隊によるピンポイント攻撃を多用していくべきだとの「早期撤退」論を主張している。だがパネッタ国防長官をはじめとする軍側は早急な撤退はかえって危険であるしコストがかさむとして従来路線の踏襲を主張している。NATOの任務の終了は2014年末となっているので米軍だけがさっさと撤退することはできず、オバマ大統領は内外のバランスをとらなければならない。
 肝心の世論は早期撤退を支持している。3月7日から11日にかけて行われたピュー・リサーチ・センターの世論調査によれば、57%が早期撤退を支持している。しかも共和党で大統領指名を争っている保守派のニュート・ギングリッチ候補やリック・サントラム候補ですら、「われわれ米軍はアフガニスタンでは異邦人である」「早期に撤退すべきであろう」と撤退論を主張する。
 現地では米軍の撤退後のアフガニスタンを見越して脱出するアフガニスタン人がパスポートの取得に殺到している上、資産が国外へ流出し始めている。もはや誰もがこの国が国として機能しないと認識しているのである。それでも脱出できる人は一握りの幸運な人々であり、ほとんどのアフガン国民はとどまって生きていかなければならない。
 民族対立や宗派対立を抱えたアフガニスタンの将来はこの国の過去を見ても穏やかでないことは確かであり、5月にシカゴで開かれるNATOの会合でどのような話し合いがなされるのか注目が集まる。アメリカではこれから大統領選挙運動が本格化していくが、アフガニスタンの「撤退政策」が大きな争点になりそうである。



2012年3月13日
崩壊寸前の米国のアフガニスタン政策

 3月11日にアフガニスタンのカンダハル地方のある村で、米兵が地元住民の民家を午前3時頃襲撃し、16人を殺害する事件が起こった。この事件では2歳の幼児を含むこども9人と女性3人(うち2人は妊婦)が含まれており、殺害後遺体を焼却したことからアフガニスタン市民の反感は沸騰している。もともと夜間襲撃作戦や空爆で市民のアメリカへの不満と怒りは煮えたぎっていた。そこへ米軍がコーランを焼いたことが市民の怒りに拍車をかけ米軍を狙った襲撃が連続して起こっていた。そのように相互不信と憎悪が高まっていた状況の中で起こった今回の事件によって、もはや米軍とアフガニスタン人との間の信頼関係は修復不能な段階に達してしまった。
 それだけではない。この犠牲になった一家は、米軍基地の近くなら安全だろうとあえて基地の近くに住んでいた。その信頼を裏切られた反動で、遺族や村民らが反米親タリバンに傾く可能性は高い。それは2014年の撤退にも影響を与えかねないし、撤退までの期間がより危険になることをも意味する。1人の市民を殺害すると10人の敵を作ると言われているが、それに従えば160人の敵すなわちタリバンを増やしたことになる。
 オバマ大統領は「この米兵の行為はアメリカの姿勢とは無関係」であり「厳正な調査を約束する」と、異例の速さでコメントを出したことからも今回の事件の衝撃の大きさがわかる。今回の事件はオバマ大統領が推進する少数精鋭部隊による「夜間襲撃作戦」と類似しているが、それが偶然の一致なのか、容疑者による模倣なのかは真相が究明されねばわからない。模倣であるとするならば、米軍にとってはきわめて深刻な問題を提示している。しかも米側は容疑者は一人としているが、市民の目撃証言では複数の米兵がいたという。複数による犯行ならばより深刻である。
 さらにアメリカにとって悪いことに、アフガニスタンに影響力を持つパキスタンとの関係も最悪であり、今ではパキスタンに仲裁役を期待することもできない。タリバンはすでに報復を宣言した。つきつめていけば、昨年のオサマ・ビン・ラディン襲撃以降、パキスタンとの関係が悪化し夜間襲撃作戦の多用によるアフガニスタンとの関係も悪化、反米感情が高まるなどアフガニスタン政策は悪い方向へと向かっているように見える。この事件をどう収拾するのか。大統領選挙を控えてオバマ大統領の外交力が問われる。



2012年2月19日
戦争が出来なくなったアメリカ−イラン攻撃はあるのか?−

 イランのアハマドネジャド大統領、アフガニスタンのカルザイ大統領、パキスタンのザルダリ大統領がイスラマバードで三頭会談を行った。これは画期的なことである。なにしろイランとパキスタンはシーア派とスンニ派という宗派の違いと国境沿いのバロシェスタン地方をめぐる問題で険悪だった。アフガニスタンは、パキスタンがタリバンを支援してアフガニスタンの政情を混乱させていると非難していて不信感が強い。イランは、アフガニスタンのシーア派を政府が弾圧していると非難してきた。まるで3すくみ状態でお互いに不信感を募らせていたのだが、これら3国の首脳が集まって平和的な会談をしたことはこの地域の情勢が大きく変わる可能性を示唆している。
 会談では、今後の政治、経済、国防から学問に至る包括的な交流と関係の構築に合意した。鉄道や道路も国境をまたいで整備する計画だが、中国からパキスタンに通じるカラコルムハイウエィが西方のイランまで繋がるとしたらユーラシアを走る壮大な道路網ができあがることになる。
 最も特筆すべきは「イランがイスラエルから攻撃を受けたらパキスタンもアフガニスタンもイランの味方をする」という合意だろう。これではアフガニスタンの米軍は人質同然であるだけでなく、そもそも同盟国であるパキスタンを敵にまわすことはアフガニスタンでの戦争はもとより撤退時にも大きな問題となる。そうならないためにはアメリカ政府は全力でイスラエルのイラン攻撃を阻止しなければならない。
 アフガニスタンから米軍が撤退すれば空白が生じる。しかもアメリカは今後はアジア太平洋地域へピボットを移すと宣言しているから中東に戻ってくる可能性は低い。そのアメリカの引き波に乗ってイランはその存在感を東へと拡大しようとしているかのようである。折しも同盟国であるシリアが政情不安であり、シリアの現政権が転覆すればイランの孤立は必至である。だが東にパキスタンとアフガニスタンという同盟国を作れば孤立どころか強い影響力を持つことが可能となる。イランのこの巻き返しは見事としかいいようがない。
 この三頭会談でパキスタンはイランからの天然ガスの安定供給の約束をとりつけた。またカルザイ大統領はイランとパキスタンのバックアップをとりつけて、国内での政治力を取り戻しアメリカなき後のアフガニスタンを安定させたいとの思惑がある。
 世界各地はアメリカ抜きでご当地はご当地で平和を目指す。このような三頭会談が実現すること自体にアメリカの存在感の低下がはっきりと表れており、今後のトレンドは「ご当地主義」(アメリカ抜きで当事国間で枠組みを作る)と表現できる。そしてアメリカもアジア太平洋の当事国としてご当地主義を目指すのである。



2012年2月3日
削減できない国防費−パネッタ国防長官の苦悩

 パネッタ国防長官は今後5年間で2590億ドルの国防費の削減を発表し、陸軍や海兵隊の兵員規模を縮小して、「小規模だが能力は高く小回りの利く米軍」を目指すことを示した。2001年にラムズフェルド国防長官が目指したのが「ハイテク・機敏な米軍」だったことを思い起こせば、10年経っても実現できないほどの困難な目標なのだろう。
 机上の理想はともかく、現場では想定外のコストがかかることがある。ここに来て予想外に米軍やNATOを苦しめているのが輸送コストである。昨年11月にNATO軍のヘリコプターが誤ってパキスタン軍基地を攻撃して多数の犠牲者を出した。この事件に怒り心頭に達したパキスタン軍は、カラチからカブールへの輸送道路を閉鎖して今に至っている。NATO軍は代替ルートとして、ロシア−カザフスタン、ウズベクスタン、タジキスタンを経由する道路や鉄道を使って物資の55%を輸送している。だが、距離にして1000マイル(およそ1600キロ)、従来のカラチルートの5倍の距離を、火器類はもちろん水からガソリンまで運ばねばならず時間もコストも膨大である。
 もうひとつはキルギスタンの空軍基地からの空輸ルートが利用されている。しかし空輸では輸送できる重量に限界があり、こちらもコストが高く、カラチルートだと1ポンド(約453グラム)30セントが空輸では3ドルに跳ね上がる。いずれの場合も輸送できる積み荷は致死性の高い兵器は許されていない。中央アジア諸国としてはパキスタンには遠慮があり、またそのような重火器を輸送すれば自国内で輸送部隊を狙ったテロが起こる可能性が高くアフガニスタン戦争に巻き込まれてしまうと同時に国内でイスラム過激派が台頭してくるのではという懸念があるからだ。
 このように制限が多くコスト高の1600キロを運ぶ大がかりな兵站であれば、部隊は小回りが利いても結局はコスト削減にはならないのではないだろうかという疑問すら沸いてくる。やはりコスト削減の最も近い道は撤退という結論に行き着き、サルコジ大統領が早期撤退を主張し始めたのもこの輸送コスト高が背景にあるのかもしれない。国防費のコスト削減の道のりは遠すぎるようである。



2012年1月28日
選挙演説を彷彿させるオバマ大統領の一般教書演説

 1月24日オバマ大統領の一般教書演説が行われた。そのほとんどが経済問題に割かれ、アメリカ経済の立て直しが述べられている。経済問題に絞った内容はまるで大統領選挙説であり、対立候補をロムニーに想定してみると非常にわかりやすい。得意の外交問題にはほとんど触れずひたすら「アメリカの経済再建」を強調するところにアメリカが内向きになっていて経済のためなら手段を選ばないとする不気味な意気込みを感じる。アメリカが「世界のお手本となる」という理想を捨ててなりふり構わず自国の利益をオール・アメリカで追求するという宣言ともいえるような演説である。
 演説ではまず雇用状況の改善を強調して功績をしっかりアピール、さらなる雇用の促進とイノベーションのために製造業のアメリカ回帰を呼びかけている。アメリカに戻ってくる企業には減税という特典もちらつかせて、今後期待できる市場としてパナマやコロンビア、韓国があるとアピール。要は市場もあるし特典もあるから工場をアメリカに戻してほしいと熱烈な秋波を企業に送っている。
 功績と今後の政策を展開できるのは現職の強みだがさらに相手を攻撃することも忘れていない。共和党候補がロムニーであろうという予測の元に、経済問題で強いと言われるロムニーに先手で打撃を加えた。オバマ大統領は富裕層への増税を一貫して主張しているが、議会の共和党の反発にあってなかなか実現しない。一般教書では高額所得者の代表たるロムニーを念頭においたかのように富裕層への税が軽いことを「不公平だ」と訴えた。昨年末に起こった「ウオールストリートを占拠せよ」運動での「1%の富裕層と99%の貧乏人」のスローガンに象徴されるように、アメリカ社会では経済格差や不公平感が蔓延していて不満が高まっている。経済問題は失業問題から、「経済格差」是正に国民の関心が移っているのである。オバマは経済問題を「失業対策」から「格差是正」へとシフトさせ有利に選挙を展開しようとしている。
 ロムニーは最近自分の所得への課税は15%だとしぶしぶ公表したが、これはアメリカの給与所得にかかる税率よりはるかに低く、同じ共和党候補からも猛烈な批判を浴びている。昨年の彼の講演料による収入はおよそ37万ドルであった。これだけでも99%に含まれないことは明確だが、彼は遊説中に労働者たちに向かって「私も失業中だ」と言ってひんしゅくを買ってしまった。なにしろファミリーの収入は960万ドル(2010年1月〜2011年9月)はくだらないと言われている。資産に至っては1億9000万ドルから2億5000万ドルの間であろうと推測されており間違いなく「1%の富裕層」に含まれる。おそらくアメリカ一裕福な失業者と言えるだろう。ロムニーは実業家としての経歴をアピールすればするほど「金持ちの嫌み」と反発を買うというジレンマに陥っている。
 一般教書演説では、1%の富裕層(ロムニーを想定しているようだ)が一般庶民より税金を優遇されている。この不公平を是正しなければならないとオバマは強調してロムニーに見事な打撃を与えた。共和党候補選びが混戦すればするほどオバマ有利に進む可能性が高いだけに、この一撃は効果的である。



2012年1月23日
電脳龍vs.電脳鷲の戦い−サイバー・フリーダムを求めて−

 「もはやこれなくしては何もできない」ほどに世界的に浸透しているオンライン百科事典のウイキペディアは今月18日から24時間自らサイトを閉鎖し抗議の意志を表明した。同じくオンラインメディアのひとつであるワイアード誌(Wired com)もサイトを閉鎖して徹底抗議の意志を表明した。彼らの抗議の矛先は、アメリカ議会で審議されていた「オンライン海賊版防止法(Stop Online Piracy Act:SOPA)」と「知的財産保護法(Protect Intellectual Property Act:PIPA)」という2つの法案に向けられている。これらは音楽や映像などの違法コピーを防止するために規制をかけるという法案なのだが、これらの法案はネット上の「自由を侵害するおそれがある」としてネット大手が猛烈に反発し、「中国の“鉄壁の検閲(Great Firewall)”と同類で、いずれ際限のない検閲を許す法律だ」と厳しく批判している。これらの思わぬ猛反発を受けて2つの法案は採決が延期され、ネット上の自由は保障さることとなった。
 ネット上のサイバー空間は国家や権力による規制や検閲を嫌うが、皮肉なことにネットをコントロールすることの重要性に国家は気がつき始めている。去年の「アラブの春」の運動の最中では、為政者が真っ先に考えたのはネットの遮断だった。サイバー空間は国益にも直結するほど重要になりつつあり、アメリカはサイバー空間での攻防に力を入れ始めている。以前からサイバー空間で暗躍している中国との覇権争いが今後は熾烈になるであろう。中国をサイバードラゴン「電脳龍」と呼ぶならば、アメリカはサイバーイーグル「電脳鷲」と呼ぶことができる。まさに龍と鷲の熾烈なバトルがこれからのサイバー空間では繰り広げられるであろう。だが、敵は国家とは限らない。干渉を嫌い自由を信奉するネットメディアやネットユーザーも敵になり得ることは、今回の2つの法案を巡るネット上の抗議行動ではっきりとした。
 サイバードラゴンとサイバーイーグルに加えて新手の第3勢力も交錯するサイバー空間はまさに炎上中の戦場といえる。



 
2012年1月22日
憎悪の行き先−アフガニスタンは「今」−

 1月20日、フランスのサルコジ大統領は、アフガニスタンでの「アフガン軍の養成」の任務を中断すると発表し、さらには「ただちに撤退することもあり得る」とコメントした。ISAFの中では比較的アフガニスでの任務に積極的だったが、昨年12月29日に起こった4名のフランス兵がアフガン軍兵士に射殺された事件を受けてアフガニスタンでの任務に疑問が生じたようである。
 もっともヨーロッパは昨年のギリシャ危機以来アフガニスタンどころではなく、大統領選挙での再選もおぼつかなくなっているサルコジ大統領のポイント稼ぎともいえなくもないが、実はこのアフガン兵によるISAF兵士への乱射事件はもっと根深い問題に根ざしているのでやっかいである。2007年以来じわじわと増えており、2009年には1件だけだった乱射事件は、2010年には2件になり、2011年には4件起こっている。
 アフガニスタンの治安回復にはアフガン軍の養成が不可欠でありアフガン軍に治安維持権限を委譲してISAFや米軍は撤退するというシナリオ実現のために、米軍もフランスも兵士の育成に力を入れてきた。そのいわば教え子に射殺されるということは、育成がまったく機能していないということでありこの数年の努力は文字通り無駄ということになる。
 だが、それはジェフリー・ボーデン教授の調査報告によるとアメリカ兵とアフガン兵は相互不信に陥っておりその関係は「憎悪」の境界線上にあるとボーデン教授は警告している。アフガン兵がアメリカ兵を憎悪する理由はその「傲慢さ」だという。米兵は夜間襲撃によってアフガニスタンの家庭に踏み込み特に女性のプライパシーを侵害することが多く、そこに最も不満が高い。また、米軍の輸送トラックが一般車両の通行を阻害するだけでなくこどもたちを巻き添えにしていることにも不満が強い。アメリカ兵と一緒にいる時間が長いからこそアフガン兵士はその傲慢さを目の当たりにし不満が募る。その不満にタリバンがつけ込むのは容易である。
 また、米兵側にも不満がある。態度が不真面目、信用できない、麻薬を使うなど不信感といらだちは沸点までそれほど長くはない。そこにいつ乱射されるかわからないという恐怖が加われば憎悪は高まる一方であろう。
 ボーデン教授はアフガニスタンでの状況は「良くない」のであり、さまざまな問題は実はアメリカが自ら作り出していると厳しい。要するに自業自得なのだが、相手に過大な犠牲を強いている以上、問題解決を急がなければならない。教授はまずは夜間襲撃をやめることだという。オバマ政権がこれからの米軍のあり方としてオサマ・ビン・ラディン襲撃のように少数精鋭のピンポイント攻撃は、効率がよく一般市民の巻き添えが少ないと推進しているが、市民の憎悪を買うという副作用が大きすぎるということ、憎悪は結局アメリカに跳ね返ってくるということも認識する必要があるだろう。



2012年1月14日
イラン制裁の舞台裏

 アメリカは各国に対してイランからの原油の輸入停止を求めている。イラン経済を支えているのは原油の輸出であるから、原油の輸出が止まればイラン経済への打撃はかなり大きなものとなるはずである。経済が困窮すれば国民の怒りが政府に向かいやがて反政府運動が盛り上がり政権が転覆するかもしれない。そんなに単純にものごとは運ばないであろうしオバマ大統領がそれを期待しているとは思えないが、このイランへの制裁はそれぞれの思惑が絡んでいて興味深い。
 アメリカ側の事情からみれば、このイラン強硬姿勢は明らかに大統領選挙向けである。共和党の大統領候補は予想通りおそらくミット・ロムニーである。ロムニーが対抗馬の場合、オバマ大統領は苦戦を強いられる。特に焦点の経済問題では、実業家としての経験を売りにしているロムニーに負ける可能性もある。そこで評価の高い外交政策で「イランの核開発を止めた」としてポイントを稼ごうという目論みがある。また、イラン攻撃を本気で考えているイスラエルをなだめるためにもアメリカは強硬姿勢を見せて暴走を食い止めなくてはならない。
 イランの側から見れば、イラン制裁に対抗するアハマデネジャド大統領の強硬な発言は、イラン国民向けのパフォーマンスと自身の生き残りのためとも解釈できる。ペルシャ帝国以来歴史あるイランの国民にとってアメリカの脅しに屈することは決して許容できるものではない。アハマドネジャド大統領がアメリカに妥協しようものなら国民は反米で団結して過激な行動に出るかもしれない。また最高指導者であるハメネイ師に、かねてから犬猿の仲であるアハマドネジャド大統領を攻撃する格好の口実を与えることとなりアハマドネジャド大統領にとっては政治生命の危機となる。
 イランもアメリカもお互いに苦しい国内事情を抱えていて強硬姿勢を見せてはいるが、要はどこで妥協するかである。結局は双方の顔が立つ妥協点に落ち着くのであろうが、最初から結論ありきの外交ゲームに振り回される側はたまらない。
 中国とロシアはそもそも制裁には反対している。ロイターによればEUは制裁を決定しているが、ギリシャ、イタリア、スペインはイランからの原油の輸入は当面継続するとし制裁発動の猶予期間を要求している。ユーロ危機の最中にあるこれら3国は、イランからの輸入をやめたらますます危機が深まりユーロ崩壊を招きかねないと暗にプレッシャーをかけているのである。自ら招いた経済危機を逆手にとって自国の利益を追求するその外交姿勢はさすがにしたたかで見事である。
 日本の安住財相はアメリカの経済制裁にあっさりと同調姿勢を表明した。しかし、アメリカもイランも自国の都合で行動しているのであり日本は振り回されてツケだけが残るという可能性もある。情勢を見極めて冷静に判断すべきであろう。



2012年1月13日
危機が続く国、さらに危機が高まる国―2012年の予測―

 2012年の元旦は世界を見回してみても比較的穏やかだった。しかしだからといってこの1年が穏やかとは限らない。危機的状況にある国や地域は相変わらず危機にあるか、さらに悪化している。
 その中でも最も危機的状況に陥っているのがパキスタンであろう。昨年以来米パ関係は最悪になっただけでなく、国内政治でも最悪だった状況がさらに悪化しているようである。11日にはパキスタンのジラニ首相は軍出身のナイード・ハリド国防相を更迭した。昨年の「メモ疑惑」―駐米パキスタン大使が、マイケル・ムラン統合参謀本部議長(当時)に「軍のクーデターが起こった時は介入してほしい」と支援を求めるメモを送った事件で軍と政権との関係が悪化して危機的状況に陥った。このときザルダリ大統領は一時ドゥバイに滞在しクーデターの噂が流れた−以来政権と軍の関係は険悪になっているところへ、さらに関係を悪化させる事態となった。軍はこの更迭には怒っており、またもやクーデターの噂が流れている。ザルダリ大統領がすかさず「個人的用事」でドゥバイを訪れたことも「亡命では」との憶測を呼んだ。
 もっとも、カヤニ参謀長はクーデターには乗り気でない。パシュトゥ人の部族地帯での任務に忙しいというのがその理由だが、その地域にしてもアメリカの無人爆撃機による空爆は続いており国民のアメリカへの反感は増大している。親米政権といわれるザルダリ大統領がもはや国民の支持を失っていることは周知の事実であり、クーデターをしても成功率100%であるなら時期にはこだわらないというカヤニ参謀長の余裕さえ感じられる。折しも前大統領のムシャラフが帰国の意志を表明しており、いまだに軍と密接につながっているムシャラフの帰国時期が鍵となるだろう。
 パキスタンとの関係はアフガニスタンの情勢を大きく左右するので、2014年の撤退開始を予定しているアメリカにとってもパキスタンの国内政治には無関心ではいられない。外交政策では失点が少なく高い評価を受けているだけに、大統領選挙を目前にしてオバマ大統領の心配は強まるばかりだろう。



2011年12月10日
パキスタンの反欧米感情のヒートアップ

 11月26日土曜日、まだ夜が明けやらぬ静寂な時を破り上空のヘリコプターが猛烈な砲火を地上に浴びせた。標的はパキスタンとアフガニスタン国境近くのムハマンド部族地帯にある、パキスタン軍の詰所だった。ヘリコプターはNATO軍の軍事作戦で出撃したものでこの攻撃によって25人という多数のパキスタン兵士が死亡、パキスタンは国を挙げて激怒し反米感情がさらに高まっている。
 NATOは誤爆であると認めたがパキスタン軍のキヤニ参謀長は許し難い行為だとし、「次は黙って見ていない。やるべきことをやる」と軍事的な迎撃をほのめかしている。パキスタンでは軍部の力が強いだけに、軍を怒らせたら大変危険である。そもそも5月のオサマ・ビン・ラデインの襲撃以来アメリカとパキスタン軍との関係は最悪となっており、今回の誤爆はその険悪な関係をさらに悪化させただけの「追い打ち」となってしまったのである。
 パキスタンはアフガニスタンへのパキスタン経由の補給ルートを閉鎖し、バロシェスタンにある米軍所有の無人爆撃機のための基地から米軍を撤退させた。そしてボンで開かれたアフガニスタン会議にもパキスタンは欠席して抗議の意志を表明した。だがそれだけではない。パキスタンは防空システムをアフガニスタンとの国境に配備して越境してくる航空機を追跡・迎撃する体制を整えた。これは明らかにアフガニスタンから越境してくる米軍の爆撃機を想定している。パキスタンは本気である。
 これまでにもパキスタン兵士がアメリカの空爆に巻き込まれて犠牲になったことはあった。そのときやはり補給ルートを閉鎖してパキスタン軍は報復したが、それでも今回ほど深刻な外交問題には発展しなかった。2014年にアメリカはアフガニスタンから撤退する予定であるし、アフガニスタンの行く末を左右するのはパキスタンである。パキスタンとの関係悪化はアフガニスタンの政情を大きく揺さぶり、アフガン撤退のシナリオにも大きく影響する。他国の領土での傍若無人な振る舞いのツケは大きいのである。



2011年11月13日
アメリカ、理想との決別

 オバマ大統領は今後アメリカはアジア太平洋に重点を置くと宣言した。その方針にしたがって中国の軍事的脅威に対抗する一方、TPPやAPECでは積極的に経済外交を展開する。軍事的にそして経済的に中国を封じ込めるような政策である。ポイントは中国を脅威とみなすかどうかである。その点、CBSニュースが実施した世論調査(11月6日〜11日)はアメリカ国民は実は中国を脅威とは思っていないとの結果を出した。
 中国をどう思うかという質問に対して、同盟国と答えたのは11%、友好国だが同盟国ではない48%、非友好国20%、敵12%という調査結果が出た。さらに中国に軍事的脅威をとても感じていると答えたのは25%、少し感じると答えたのは42%、脅威でないと答えたのが26%となっており、国民はもはや中国を大敵とは見ていないようである。
 この数値は衝撃的である。なにしろ、2001年以来テロとの戦争で政府が同盟国として位置づけてきたパキスタンに対しては、非友好国と答えた国民は39%、敵と答えた国民は24%に上っている。かろうじて友好国だが同盟国でないと答えた国民は21%、同盟国と認めたのはわずか2%にすぎない。米中はもはや敵味方と単純に割り切れない関係に突入しており、本音と建前を使い分けつつお互いが実利を得るようにしたたかに外交していくのだろう。そこにはアメリカがこれまで持っていた理想は微塵もない。
 アメリカには「世界のお手本になる」という理想があり、アメリカの民主主義を広めるというのがアメリカの戦略文化だった。だが今その文化は根底から揺らいでいる。独裁国家の民主化に対してアメリカは軍事介入すべきか、という問いに対しては反対する国民が70%を占め、国民が外国への派兵には否定的になっている。イラク戦争は無駄な戦争だったと67%の国民が考えており、前政権が謳った「イラクの民主化のための戦争」は、8年かけてその無意味さを証明したことになる。もはやアメリカはお手本になることを捨て、内にこもりつつある。
 オバマ大統領は外交政策においてはおおむね国民の支持を得ている。45%が外交政策を支持しており、対テロ政策に関しては63%という高い支持を集めている。一方で経済政策に関しては60%が不支持である。再選の最大の難題は相変わらず経済問題、しかも財政赤字問題であろう。ねじれ国会の中で有効な政策を打ち出せず、再選に向けての足かせとなっている。だが経済問題への対処が有効でないのは大統領のせいだけではない。なにしろ現議会への支持率はわずか9%で、83%の国民が議会はやるべきことをやっていないと、「議会不信」に陥っているのである。経済の安定にはまず政治の安定、かつて発展途上国に対して言われたことが、今のアメリカにもあてはまるのは、皮肉なめぐりあわせであろう。



2011年11月14日
イタリアの春。。。

 イタリアのベルルスコーニ首相が、17年間の統治の後ようやく辞任した。どんなにスキャンダルまみれでも決して辞任をせず権力の座にしがみついていたベルルスコーニ首相だったが、ギリシャ危機に連なるイタリア国債暴落によってユーロのみならず世界的な経済危機を招きかねない状況に対応できず、ドイツ、フランスの首脳らの圧力もあってとうとう舞台から去った。本人は無念であっただろうが世界は当面の危機が回避されたと歓迎しており、イタリア国民だけでなく世界が彼の辞任を喜んだという事実は重い。
 だが喜んでばかりもいられない。イタリアの危機はユーロの危機でありユーロの危機は世界の危機である。イタリアに世界の命運がかかっていると言っても過言ではない今のこの厳しい状況を乗り切るには、次期首相は相応の逸材で同時に責任に耐えうるだけのタフさが必要であろう。次期首相として指名されたのは元欧州委員で経済学者のマリオ・モンティ氏。リベラルで豪腕であるとの評価が高いモンティ氏は組閣と国内の財政改革という難題に取り組まねばならない。11月14日付ブルームバーク誌電子版によれば、鍵を握る財相にはやはり経済学の教授が任命されるようである。モンティ氏はテクノクラートを中心とする「知的集団」政権を打ち立てて挑むのではないかと見られている。
 ECB銀行総裁のマリオ・ドラギ氏もイタリア出身のシビアなエコノミストであり、イタリアの待った無しの財政改革こそがユーロの存亡を左右するとあって2人のマリオに期待がかかっている。
 この欧州のジェットコースターから降りようとしているかのように、アメリカはハワイでAPECの会議を主催しており、アジアの成長を取り込んで自国の経済を浮上させる、そんな思惑が読み取れる。国内経済がなかなか上向かないことを苦慮するオバマ大統領としては、再選への鍵となる経済問題で成果をあげるべく強権経済外交を展開するかもしれない。なにしろ彼はシビアな現実主義者なのである。絵に描いた餅は要らないのだ。



2011年11月8日
仁義なき米軍の予算削減−必要に迫られたトランスフォーメーション

 世界を震撼させたギリシャの国民投票が見送られ世界が一息ついた。しかしそれももつかの間、次なる危機であるイタリアが崖っぷちに近づきつつあり、世界は再び緊張に包まれている。この危機の最中、G20は中国の支援額表明に注目したが、誰もアメリカに支援を求めなかった。それもそのはず、アメリカ国内は火の車でとても他人を助けられる状態ではない。聖域なき歳出削減に政権は必死になっているのである。
 アメリカは、最もカネを食っているが聖域とされてきた国防費で削減しなければならない。もし議会が設定した期日の11月23日までに超党派委員会で削減計画が策定できなければ、今後5,000億ドル〜6,000億ドルの厳しい削減が強制的に始まる。そのためパネッタ国防長官は躍起になってムダを絞り出しているのだが、防衛能力を維持しつつ国防費の削減をするという難題にさしもの国防長官も頭を悩ましているようである。11月6日付ニューヨークタイムズ電子版によると、イラク、アフガニスタンからの撤退はもちろんのこと、兵力の削減、基地の閉鎖、兵器などありとあらゆる分野での削減の可能性があるという。パネッタ国防長官は、陸軍で50,000人、海兵隊で16,000人の削減を打ち出している。特にヨーロッパの兵力を削減し、イラク、アフガニスタンから撤退してアジア太平洋地域へと重心を移すという。
 これらの地道な努力によって今年は7,000億ドルに達する国防費が、2017年までには5,225億ドルへと減少すると見込まれている。それでも2,000億ドル程度の削減にすぎず、5,000億ドルという目標にはほど遠い。ある国防総省高官によれば、5,000億ドルという額は、「大きな兵器開発プロジェクトをひとつ中止した程度ではとても追いつかない」ほど巨額なのである。
 もはやイラクやアフガニスタンで行ったような大規模な戦争は今のアメリカには不可能である。特殊作戦部隊の司令官マックラビン提督は9月に下院で、特殊作戦部隊は「対投資効果がもっとも高い」と胸を張った。パネッタ国防長官は「より小規模で軽量で機敏でハイテク」な特殊作戦部隊を目指すと語る。必要は改革の母、21世紀型の米軍へとトランスフォーメーションがようやく進みつつある。



  
2011年11月4日
ゴーイング・マイ・ウエイ−イスラエルのイラン攻撃計画

 ギリシャ危機がいっそう混迷を深め、フランスのカンヌで開かれるG20でもおそらくはギリシャ危機問題一色となる可能性が高い。世界が経済問題で沸いている中、経済危機を横目に黙々と自国の外交を展開して我が道を行くのはイスラエルである。
 イスラエルはこのところイランへの攻撃を画策しており、ギリシャ危機に隠れてしまっているがこの地域での緊張は非常に高まっている。ネタニヤフ首相とバラク国防相はイラン攻撃に反対しているリーバマン外相の説得に成功し、イラン攻撃の支持を取り付けた。慎重派のヤーロン副首相は鋭くバラク国防相と対立していまだに反対の姿勢を崩していないが、そんなことにひるむネタニヤフ首相ではない。ハーレツ誌の世論調査でもイラン攻撃を支持する国民は41%、ネタニヤフ首相を信用する国民は52%と世論が味方している。ネタニヤフ首相にしてみれば、まさに「機は熟した」のである。
 イギリスはすでに軍事攻撃のプランの策定に着手し始めた。イギリスの予測ではアメリカはおそらくまずミサイル攻撃で施設を叩くであろうから、その作戦に対応する海軍の展開を最適化するプランを練っているところだとガーディアン紙は伝えている。
 オバマ大統領としては、内外の経済問題が深刻でいまだイラクやアフガニスタンからの米軍撤退が完了していない現状でのさらなる紛争はなんとしても避けたいはずである。第1に国防費の削減に必死な時にさらにカネを食う戦争はとてもできない。第2にイランが戦場になれば石油価格の高騰は免れ得ず、崖っぷちのギリシャ危機や国内経済の不況を直撃することは間違いない。まさに瀕死の経済にとどめの一撃となる。第3にイランは「イスラエルから攻撃を受ければアメリカへ報復する」と宣言しており、イラク、アフガニスタンの米軍が報復のターゲットとなる可能性が高い。つまりイラン攻撃は今のアメリカにとってメリットは少ない。なによりも自身の大統領選挙にとってもマイナスにしかならない。
 国内のタカ派はイラン攻撃をまくしたてておりそのプレッシャーにオバマ大統領はどこまで耐えられるだろうか。また、イスラエルが攻撃を始めてしまったらアメリカも参戦せざるを得ないので、イスラエルの先走りを防ぐためにあらゆる外交手段を使い軍事行動を回避しなければならない。オバマ大統領にとってまたひとつ頭痛の種が増えたといえよう。



 
2011年11月2日
ギリシャのNO!−古代ギリシャは未だに世界の中心!?

 この2日間で2つの「NO!」が叫ばれた。前回では世界の中心からはずれたアメリカの「NO!」を取り上げた。いま一つはギリシャという古代帝国が叫んだ「NO!」でこちらは世界を動揺させ揺さぶった。これこそ「世界の中心でNO!と叫ぶ」そのものである。
 「“今そこにある危機”の原因たるギリシャをいかに救うか」という点で犬猿の仲の仏独は妥協し救済プランをまとめ北京へ助けを請うた。救済プランは銀行にギリシャの借金の半分をチャラ(白紙)にしてもらい1,780億ドルの支援を行うというもの。このプランでギリシャの破綻は当面先送りされ、次なる危機であるイタリアをどうするかにメルケル首相とサルコジ大統領の関心は移っていた。
 世界が安堵したのもつかの間、ギリシャのパパンドレウ首相はこの救済プランの受け入れを国民投票にかけると発表し救済に待ったをかけた。この救済プランはギリシャの緊縮財政を求めるものであるため60%の国民が反対している。したがって国民投票にかければ救済プランが「NO!」と拒否される可能性が高い。拒否されればヨーロッパは破綻へとまっしぐらである。その不安からヨーロッパ、ニューヨーク、東京の株式市場は軒並み下落し、世界同時株安の悪夢が再び蘇って世界が震撼した。
 メルケル首相とサルコジ大統領の怒りは察して余りある。厳しい交渉を延々と重ねたにもかかわらず直近に迫ったG20でギリシャ救済プランを報告できず、中国への支援も宙に浮いた。スエーデン政府は「ギリシャの国民投票は理解に苦しむ」と苦言を呈し、フィンランド政府は「ユーロに残るか離脱するかを決めるべき」と突き放している。ドイツでは国民や議会はそもそもギリシャ救済には反対であるため、国民投票で救済プランが拒否されれば支援を止められると歓迎している(救済に必死なのはメルケル首相だけである)。
 ギリシャは2008年のGDP規模が約35兆円(世界第26位)で、GDP38兆円の大阪府よりも小国、ドイツのGDPのほぼ10分の1でしかない。世界はギリシャというジェットコースターに乗っていて、そして当分降りることができない。古代帝国はいまだに世界の中心なのである。



2011年11月1日
アメリカのNO!−小さくなったアメリカ帝国!?

 10月31日、パレスチナ当局がユネスコへの加盟を認められた。107カ国がパレスチナの加盟に賛成し、反対したのはわずか14カ国、棄権が52カ国と圧倒的な投票結果だった。アメリカはもちろん反対にまわったが賛成多数の結果がでると「ユネスコへの拠出金を凍結する」と強気のコメントを出した。まるで世界の中心で「NO!」と叫び、その影響力を誇示したかのようである。
  確かにアメリカが拠出する6000万ドルは最大だが、実はアメリカは1980年代から2003年までユネスコには出資してこなかった。それでもユネスコは存続し活動を継続してきた実績がありアメリカの「NO!」にはそれほどのサプライズはない。しかも翌日にはギリシャに話題をさらわれ、アメリカの「NO!」の存在感は薄まってしまった。存在感の薄さは反対投票数の少なさにも表れている。アメリカはもはや世界の中心に君臨していないのである。アメリカは、ゲイツ前国防長官の遺した言葉通り「身の丈にあった」外交を目指して行く必要がある。でなければ世界から孤立してしまうかもしれない。まずは自身の意識改革から始めるべきだろう。
 ちなみに、今回のユネスコ加盟の投票での主要国の動向は世相を表していて興味深い。中国やロシアは賛成派、日本はアメリカに遠慮してか棄権した。ヨーロッパ主要国はユーロ危機で顕わになった力関係が反映されていておもしろい。フランスは賛成派、ドイツは反対派、イギリスは棄権した。



2011年10月26日
米国の「貧困ライン」の増大−大統領選挙の争点に−

  フロリダの討論会以来、ハーマン・ケインの勢いが止まらない。アメリカの政治情報サイトRCPによれば、最新支持率はいまではケインが25.9%とトップを走る。ケインを追うのがロムニーで24.9%と続き、今やペリーは11.6%と大きく離されている。
 ケインはその勢いに乗じたのか、ニューハンプシャーでの討論会でトリプルナイン案(9−9−9plan)をぶち上げた。個人所得税を9%、法人税を9%、消費税を9%にする課税案である。現在の課税システムでは、379,150ドル以上の所得には35%の税金が課せられているので、これが9%になれば富裕層にとっては大きな減税となる。その一方で中間層、貧困層にとっては厳しいプランとなることは目に見えて明らかであろう。富める者はさらに富み、貧困層はさらに貧困にというスパイラルに陥る可能性は高い。
 折しも全米では経済格差に不満を持つ国民がデモを行っている。彼らの主張する「99%の貧困者と1%の富裕層」に共感する人々が多いのは、きちんとした根拠があるのだ。アメリカの非営利団体CBPPが今年9月に発表した「アメリカの貧困について」のレポートによれば、2010年にはアメリカの貧困ライン(4人家族世帯で22,350ドルの年収)以下で生活する人口は15,1%にのぼり、462万人に達したという。これは過去13年間で最高レベルである。さらに超貧困ライン(貧困ラインの収入の半分以下の収入)以下の人口は205万人と推測される。しかもこの貧困率はじわじわと上昇しており、今後も上昇傾向は続くと見込まれるという。現状では雇用の改善が見込まれるあてもなくこのまま失業状態が続けば、さらに320万人が貧困ラインの下に落ちていくと予測されている。
 オバマ大統領は「気持ちはわかる」とデモに参加する若者に共感している場合ではないのである。一方で共和党候補も「富裕層の減税」を謳っている場合ではなさそうである。増税か減税か、来年の大統領選挙の大きな争点となりつつある。



2011年10月16日
驕る者久しからず〜過去に苦しむブッシュ元大統領

 人権団体であるアムネスティ・インターナショナルは、カナダ当局に対してアメリカ前大統領のジョージ・ブッシュ氏を逮捕するように要請している。ブッシュ氏は10月20日にカナダのブリテッシュコロンビアで開かれる経済サミットに出席する予定であり、アムネスティ・インターナショナルは彼が入国したら逮捕すべしと、プレッシャーをかけているのである。
コモンドリームス電子版によれば、ブッシュの容疑は「人権の侵害」だという。テロとの戦争において、拷問を指示し捕虜に対して残虐な取り扱いをしたことは国際法上裁かれるべきものであり、同団体によれば「超大国の大統領であろうと法の下にある。法的責任は免れ得ない」し、もしカナダ政府がブッシュを逮捕しないのならカナダ政府もまた国連の定めた「拷問等の禁止」違反だと見なす、とその本気度は高い。
これに対してカナダの入国管理局局長は、アムネスティの主張は「ブッシュ氏を狙い撃ちしていて恣意的」だと批判しつつも、判断は税関の現場にまかせるとすでに腰が引けている。実は、今年の2月にもブッシュは同じ問題に直面してスイスへの入国を断念している。となれば、カナダでも入国を断念する可能性は低くない。
アムネスティ・インターナショナルは今後もブッシュが訪問しようとする国に対して同じように逮捕の要請をするつもりだと、どこまでも執拗に拷問の罪を問い続ける意志を表明している。なにしろ彼らはブッシュ氏の拷問容疑に関して1000ペ-ジに及ぶ調査報告書を作成して司法によって裁く日を待ち構えているのである。
驕る者久しからず−。かつてのアメリカならば、アメリカ大統領を人道に対する罪で追いかけ回すなどということはあり得なかった。ブッシュ大統領が2003年イラクに対して予防防衛ともいえる先制攻撃を実施したときも、国際法違反であるという批判の声は上がったがそれで罪に問われることはなかった。当時アメリカに正面きって反論する国はごくわずかだった。
アメリカは本当に「普通の国」になったのだ、とその劇的な変化には感慨深いものがある。



2011年10月8日
インドの存在感

 9月20日、アフガニスタン平和協議会委員長のラバニ・元アフガン大統領が暗殺された。アフガニスタン政府は実行犯はパキスタン人であるとパキスタンを非難している。アフガニスタンへ干渉するパキスタンへの不満は政府レベルにとどまらず今や国民の間でも不穏なほど高まっている。このアフガン平和協議会はタリバンとの和平交渉のために2010年10月に設立されたもので、ラバニ委員長暗殺によってタリバンとの和平は事実上凍結状態となり、パキスタンとアフガニスタンの関係も緊張が高まっている。
その緊張を一層高めたのが、インドとの協定だろう。この協定は、インド側がアフガニスタンの治安部隊の養成に協力するという内容である。ダムを建設するなどここ数年インドは民生分野での支援には力を入れてきた。今回はさらに踏み込んで軍への支援をするという協定である。これはインドの宿敵パキスタンを限りなく刺激し不安にさせる。カルザイ大統領は「パキスタンは双子の兄弟、インドは親友」とパキスタンに配慮を見せているが、その程度でパキスタンの不安が払拭するはずはない。
インドは内戦時代は北部同盟を密かに支援していたため北部系民族とのつながりがある。アジア・タイムズによるとアフガン軍の中核をなすのは北部系のタジク人であることがインドにとっては支援しやすい要因となっている。さらにカルザイ大統領は若いときにアフガンを追われてインドに亡命していたこともあり、インドとの関係はそもそも深い。パキスタンに対抗する手段としてインドを選んだとしても不思議ではない。
もちろんインドにも思惑がある。インドはアフガニスタンの豊富な天然資源が欲しい。ここ最近では中国がアフガンの資源に巨額な投資をして資源を根こそぎ確保しようとしていることも、インドを動かす原動力となっている。
インドの野望は資源の確保だけにとどまらない。インドはパキスタンを迂回してイランを通る安定した交易ルート「イラン版シルクロード」を開きたいのである。地政学上から言ってアフガニスタンとの間には敵対するパキスタンが障壁となっている。その迂回ルートとしてイランに注目、イランとの戦略的協力体制の確立に向けて動き始めている。このインドの動きはアメリカにとっては気になるところであり、イスラエルにとっても無視できない動きである。
インドが中央アジアや南アジアで活発に動けば、中国も黙ってはいないだろう。イランやアフガニスタンで資源を巡って衝突する可能性もある。それはただでさえ不安定なパキスタンやアフガニスタンや中央アジア諸国を巻き込み、イランを巻き込むゆえにアメリカやイスラエルも関与する一大地殻変動をこの地に引き起こす可能性がある。大国インドの存在感は、十分すぎるほど高い。



2011年10月7日
さよならアップル〜スティーブ・ジョブの死は米国の凋落か〜

 エジプトの民主化革命はフェイスブック革命ともいわれ、ITツールが若者の活動を支えた。今アメリカで起こっている「ウォールストリートを占拠せよ」運動もまた、ハッカー集団の「Anonymous」が支援し、デモに参加する若者の手にはiPhoneがあり、アップルのパソコンがある。これらのITツールがなかったら、エジプトの運動もアメリカのデモもその結果はおそらくかなり違ったものになったに違いない。
5日、これまで世界のイノベーションをひっぱてきたアップル社のCEO、スティーブ・ジョブズ氏が死去した。ご家族の方にはおくやみ申し上げるとともに、ジョブズ氏の功績を心から賞賛したい。彼の生み出したITツールが世界を大きく変えてきたことは間違いないのである。彼の早すぎる死は、超大国として世界に君臨してきたアメリカの凋落を決定的にしたという意味でも大きすぎる衝撃をもたらしている。
ソ連が崩壊した後、アメリカは軍事的にも経済的にもそしてイノベーションの分野でも常に世界のトップに立ち、世界を牽引してきた。ジョブズ氏の創造性によってコンピュータは身近なものになりインターネットの普及とあいまって世界は瞬く間にグローバル化した。その一方でアメリカはアフガニスタンとイラクとの2つの戦争によって疲弊し、リーマン・ショックによって経済が悪化し、中国やインドなどの新興国の台頭に押されるようにトップの座を降りた。それでもイノベーションは相変わらずアメリカの独走だった。 iPhone, iPadと次々と世界を騒がす新製品がアメリカから生まれた。これらのITツールが冒頭でも述べたように、人々の生活や文化、政治までも大きく変えたのはいうまでもない。
 だが、そのアメリカの独走を支えたジョブズ氏が退場し、これからのイノベーションを担う人物の登場はいつになるのだろうか。ジョブズ氏の退場はアメリカがイノベーションの分野でも大国から凋落し「普通の国」になりつつあることを決定づけたのである。
ジョブズ氏亡き後のこれからの世界がどうなるのか、我々は冷戦の終焉の時と同じような一抹の不安を感じているのは、あながち大げさな表現ではないだろう。



2011年10月4日
ついにNYに到来したアラブの春

 チュニジアから始まった民主化運動は、シリアで政府の強力な弾圧にも負けずに続いている。イエメンでも自由を求める市民の声は強く強権に屈しない。街中の通りでデモをし当局と闘う彼らの姿はすで見慣れたものとなったが、その波はとうとう民主主義の総本山であるアメリカに押し寄せた。しかも、世界の金融の中心とも言えるニューヨークのウォール・ストリートに上陸したのである。
9月17日に始まった、ウォール・ストリート占拠(Occupy Wall Street)運動は、警察の取り締まりにもかかわらず、いまではロサンゼルスにも広がりその勢いは衰えるどころか燃え上がっている。なにしろ、労働組合、映画監督のマイケル・ムーアや女優のスーザン・サランドンなどのセレブから学者、教師などが次々と支持を表明している。しかもこの動きには世界のハッカー集団「Anonymous」も協力しているというから、全米に広がるのは時間の問題だろう。
彼らの不満の矛先は一言でいえば「経済格差」。アメリカの1%の富裕層は国の1/3の富を独占しリッチな暮らしをしているのに、99%は家や仕事を失い生活に苦しんでいる。このような状況を作り出しアメリカ経済を破壊したのはウォール・ストリートの連中である、だから彼らは法律の裁きを受けなければならないというもの。求めるものは、雇用、課税の平等など今のアメリカが直面する経済問題そのものである。
10月2日のニューヨークのデモでは700人以上の逮捕者を出したが、全くひるむことなくウォール・ストリートの占拠は続く。来年の大統領選挙のテーマは「経済問題」。しかも富裕層への増税の是非をめぐっては、増税反対の共和党と賛成の民主党が妥協の余地なく対立している。このウォール・ストリートのデモは、エジプトやチュニジア同様に時の政権を揺さぶるほどの力を持つかもしれない。ワシントンDCは10月6日、シカゴで10月4日、ホノルルでも11月5日にデモが予定されている。そのほかにもデンバーなど主要都市でのデモが予定されている。もはや対岸の火事ではすまされない。



2011年10月1日
アメリカの「自由」の危機

 イエメンに潜んでいたアルカイダとつながりがあるとされていた精神的指導者のアンワル・アル・アウラキ(Anwar al-Awlaki)がアメリカの空爆によって殺害されたと、イエメン国防省が発表した。同時に、アルカイダのウエブ・マガジン「インスパイア」の編集者であるサリム・カーンも死亡したと報じられた。
前回でも述べたが、オバマ政権はいつでもどこでもアルカイダ関連のテロリストを暗殺できると考えており、今回の空爆もその方針に沿ったものだろう。だが、今回の殺害は全く別の意味を持つ作戦だった。なぜならば、殺害された2人はアメリカ国籍を持つのである。つまり、彼らは殺害される前に法的手続きが必要だった。それは憲法に保障されている権利である。アウラキはテロの首謀者なのか否か、容疑を捜査し裁判を経なければたとえテロリスト容疑であろうと国民に対して国家はどんな刑罰を下すこともできないはずである。
ニューヨーク・タイムズ9月30日付電子版によれば、政府高官はアウラキの殺害根拠に、「彼に洗脳されてテロリストが増える可能性が高い」ことを挙げた。だからアウラキに対する法的手続きをオバマ大統領は無視し、しかも外国で殺害した。つまり、アメリカ大統領が不都合と認めたら国民をいつでもどこでも殺害できるということに他ならない。これは思想や信条、宗教の自由を踏みにじり、法治国家の根本を揺るがすだけでなく大統領が国民の生命を左右できるというとてつもない権限拡大に通じる。テロとの戦争でアメリカ大統領の権限はどこまで拡大していくのだろうか。



2011年9月29日
蜜月の中パ関係−カラコルムより高く

 パキスタンとアメリカの関係はいまや最悪を通り越して危険水域に入っている。アフガニスタンとの国境付近に潜む各部族に対してハッカニ・グループとつながりのあるメンバーが「アメリカとの聖戦」を呼びかけていると、カラチのDAWNCOM誌電子版伝えている。アメリカが、ハッカニ・グループに対して地上部隊を送ってきたら、「パキスタンをあげて闘おう」と本気である。そもそもハッカニは、ソ連とアフガニスタンが闘っていた時にはCIAのために活動していたのだが、その後アルカイダ側に転換していまでは反米の象徴のようになっている。
アメリカはアフガニスタンとの国境地帯には空爆や夜間襲撃などで一般市民を巻き添えにしてきているので、この地域にはその不満が強い。しかもこの地域はもともとがパキスタンの中央政府の支配も嫌い、パキスタン軍の攻撃にもしばしばさらされており根強い反政府意識が浸透している。
しかし今回は政府レベルでもアメリカへの警告がなされている。パキスタンがまるでテロ組織を支援しているかのような言い分は両国の信頼関係を傷つけるだけでなく、パキスタン国民が反米抗争を盛り上げたとしても政府はそれを止められない、とジラニ首相は同誌に語った。まるで反米抗争を容認するかのような口調である。
翻って中国との関係は「長年の友」であり、その信頼関係は「山よりも高く海よりも深く、鋼鉄よりも堅くはちみつより甘い」のであり、中国の敵は我々の敵であるとジラニ首相は言い切る。まさに熱愛関係なのである。
DAWN 誌によれば、クリントン長官は国連総会の折、中国外相に「パキスタンのことで話し合いたい」と申し入れ、米パ問題で協力を仰いだ。国務省の高官は「中パ関係を考えれば、中国との話し合いは緊急課題だ」と述べている。経済だけでなく、国際関係の分野でも中国は存在感が大きくなりつつある。



2011年9月28日
オバマの戦争A

 オバマ政権になってからアフガニスタンでは夜間襲撃が増え、パキスタンとの国境地帯ではアルカイダを狙った無人爆撃機による空爆が激増している。さらに最近では反政府運動が続くイエメンの南部にアルカイダの拠点があるとの理由でイエメンへの空爆が急激に増えている。どうやら、少数精鋭とハイテクによるピンポイント攻撃で低コストかつ少ない労力で効率よく敵をたたくというのがオバマ大統領の戦争スタイルのようである。そして軍の特殊部隊とCIAとのコラボレーションはますます深化し、その境目はあいまいになりつつある。
イエメンではオバマ大統領は軍による有人爆撃を行い、今年5月には統合特殊作戦司令部(JSOC)による空爆でアルカイダの幹部を殺害している。さらにCIAはイエメンでの空爆のために自前の基地をこの地域に建設中で、今後イエメンに限らずこの地域での特殊な作戦が拡大する可能性を示唆している。
だが、問題はアルカイダ幹部の殺害のための外国への空爆や夜間襲撃が果たして合法なのかという大きな問題に行き当たる。前回述べたアフガニスタンでの夜間襲撃に対してカルザイ大統領は「主権の侵害」と抗議している。だが夜間襲撃は止まず不満を募らせたアフガン市民の不満の矛先はカルザイ大統領へと向かって、ますます政情不安に拍車がかかっている。パキスタンでも空爆は「主権の侵害」であると中止するようアメリカに申し入れたが聞き入れられず、国民の不満はやはりパキスタン政府に向かっている。
 9月17日付ワシントン・ポスト電子版によれば、オバマ政権の対テロ対策補佐官のジョン・ブレナンは「アルカイダはアメリカにとって脅威であり、彼らを攻撃する権限は2001年の議会決議にある」とその根拠を挙げる。この権限はアフガニスタンのような場所に限定されることなく、アルカイダが存在するどこにでも攻撃することができる権限である、それはアメリカの「自衛」行為だとブレナンは言い切る。
アメリカが、必要と判断したらいつでもどこでも空爆や夜間襲撃を単独で行うことができる。それは、「最小限のコストで最大限の効果」を実現する戦争スタイルである。ブッシュ政権時代のラムズフェルド国防長官が目指した21世紀の米軍のあるべき姿に近づいているとしたら、皮肉なめぐりあわせであろう。



2011年9月27日
「混戦模様」のアメリカ大統領選挙

 フロリダでは共和党候補によるテレビ討論会が開かれ、9月24日には模擬投票が行われた。8月からテキサス州知事リック・ペリーが飛ぶ鳥を落とす勢いで共和党の指名争いレースのトップをダントツで走っていたが、フロリダの模擬投票では思わぬ苦杯をなめた。
この地を制したのはほとんど注目されていなかったハーマン・ケインだった。大手ピザ・チェーン店の最高経営責任者で黒人の彼は、全米規模の支持率で見てもニート・ギングリッチと5番手を争う程度だった。だが、フロリダ模擬投票では37.1%と単独トップをとり、2位のリック・ペリーの15.4%を大きく引き離した。
この投票の動向で気になるのは、ペリーの支持者が討論会を見てペリーに失望してケインに投票したということである。ケインの人気が上がったというよりはペリーの支持者離れが起こったということであり、このことはペリーの今後の指名レースに負の影響を与える可能性もある。
続いて行われたミシガン州の模擬投票でもペリーは得票率17%の2番手に甘んじた。もっともミシガンはミット・ロムニーの故郷であり父親は州知事を務めていたから、ロムニーが51%という圧倒的な支持を得るのは当然であろう。ただしここでもケインは9%得票して3位につけているので決して侮れない。ケインの人気上昇で共和党の指名争いはますます混戦模様となってきている。



2011年9月25日
パキスタンとは決別するアメリカ−米パ関係は悪化、中パ関係はさらに親密に

  9月23日マイケル・ムラン統合参謀本部議長は米議会の公聴会で、「ハッカニ・グループはパキスタン情報部(ISI)とつながっている」と発言し、同席していたパネッタ国防長官もそれを認めた。ハッカニ・グループはアフガニスタンの過激派勢力のひとつで、9月14日にカブールのアメリカ大使館を襲撃したといわれている。以前からISIとアフガニスタンのタリバンや武装グループとのつながりは噂されていたが、今回は軍のトップが議会での証言で公にそのつながりを明言したため波紋を呼んでいる。
この発言を受けてパキスタン側は「その発言の証拠を提示してもらいたい。でなければアメリカは同盟国を失う危機にある」と激しく反発し、さらに「ハッカニ・グループをたたくためのアメリカの地上部隊にはパキスタンの地を踏ませない」と宣言してパキスタンとの関係は険悪の一途を辿っている。
パキスタンは2001年の9.11テロ以来アメリカの対テロ戦争の最前線で協力してきた同盟国である。アフガニスタンでの戦争では、物資の補給はパキスタン経由の陸路で行われている。パキスタン軍はアメリカに抗議するときはしばしばこの補給線を止めてアフガン駐留軍を危機に陥れてきた。タリバンもこの補給線を狙った攻撃を繰り返してきた。それでもこの補給線を使わざるを得ないためアメリカはパキスタンに気を遣ってきた。また、タリバンやアルカイダの拠点がパキスタンとアフガンの国境地帯にあるため、情報面でも軍事面でもパキスタンの力を借りないとたたくことができなかった。
 だがビン・ラディン殺害後、アメリカはパキスタンに対して手のひらを返したように厳しく冷淡になっている。アルカイダを狙った空爆は徐徐にイエメンへと重点が移動している。補給ルートにしてもロシアや中央アジア経由のいわゆる北回り線が確立されれば、もはやパキスタンは今のアメリカにとってほとんどメリットがないことになる。唯一の懸念は核ミサイルが過激派の手に渡ることだが、それを考慮しても両国はこれまでの甘い関係にはもう戻ることがなさそうである。



2011年9月24日
オバマの戦争@

 オバマ大統領が最高司令官に就任して以来、アフガニスタンでは特殊部隊による「夜間襲撃」、パキスタンではCIAの無人爆撃機drone による空爆が行われている。そして最近ではイエメンへの空爆が加速している。オバマ大統領のテロとの戦争は、少数精鋭によるピンポイントの秘密作戦が主流となりつつある。これは、国防費の削減と歩調をあわせるかのようにその回数が増えつつある。ピンポイントな襲撃なら自国兵の犠牲もなく、また一般市民のまきぞえを回避できるので効果的であるというのが政権側の言い分である。
確かにアルカイダという、これまでの戦闘方法では対処できないボーダーレスで前線のない敵との戦いでは新しい戦略が必要なのであろう。しかし、オバマ政権が手放しで賞賛するように「夜間襲撃」や「無人爆撃機」は効果的なのだろうか。また国際法上の問題もはらんでいることは確かだがその点については次回のブログで述べてみたい。
米軍のヘリコプターが墜落しSEAL隊員22人を含む38人が死亡するという最悪の事故が起こったが、彼らは「夜間襲撃」に向かう途上だった。この事実によってアフガニスタンでは「夜間襲撃」がひんぱんにおこなわれているという実態が暴露されたのである。その実態は9月19日にNGOの「オープン・ソサイアティ財団」が発表した「The Cost of Kill/Capture:Impact of the Night Raid Surge on Afghan Civilians」が詳しくレポートしている。
 レポートによるとISAFおよび米軍の夜間襲撃(Night Raid)は2009年2月から2010年12月の間で5倍になった。特に2010年12月から2011年2月のわずか3ヶ月の間には1700回の「夜間襲撃」が実施された。つまり平均すればアフガニスタン各地で一晩に19回の「夜間襲撃」が行われていることになる。人口わずか3000万人に対して一晩で19回の襲撃というのは明らかに普通ではない。夜間襲撃とは、たとえばタリバンに食事を提供した家庭を、ISAFの少数部隊が深夜に襲撃して戦闘適齢期の少年や成人男性を全員拘束して連行する。タリバン戦闘員を拘束するというよりは情報収集が目的なので全員を連れ去って尋問(時には拷問)をし、4,5日で釈放というのが一般的なやり方であるという。たまに襲撃に驚いて家人が抵抗したり家から出ようとして射殺される場合もある。
 ISAF側は一般的な昼間の戦闘に比べて「市民の死傷者が少ないので効果的な戦略だ」と「夜間襲撃」には積極的で、カルザイ大統領が止めるように要求しても、怒りが頂点に達したアフガン市民の反欧米デモが起こっても止める気配はない。
 拘束されても釈放されるので確かに市民の死傷者は少ない。だがアフガン市民の生活や地域社会に与える影響は甚大である。たとえばカンダハルはタリバンの支配下にあり、住民の95%はタリバンに協力する。拒めばそこには住めないほどの危険が生じるからである。そこにISAFの夜間襲撃が行われて情報提供を求められるため、結局は一般市民が両者の板挟みになって追い詰められているのである。



2011年9月14日
中国詣での始まり−経済救済国「中国」−

 9月1日にパリでリビア復興に関する国際会議が開催された。ヨーロッパ諸国はもちろん、空爆に反対していたロシア、中国、ブラジルなどの新興国も招待された。つまり、リビアの復興はもはやヨーロッパだけではできないので、新興国、特に中国の経済力が必要だということである。
 8月はじめにアメリカの国債が格下げされ世界同時株価下落がおこり円高が進んだが、すかさずバイデン副大統領は中国を訪問した。いまや中国は世界最大のアメリカ国債保有国である。中国が国債を手放したり、購入を控えたりしたらアメリカ経済にとっては大きな痛手である。一方中国も大量に保有する国債の価値が下がればたいへんなダメージを受ける。お互いに依存しすぎて手を切れない「経済的MAD(相互確証破壊)」関係に陥っているが、お互いにダメージを避けるためには信頼関係が必要である。バイデン副大統領の訪中の意図はまさにそこにある。
さて、フランスのサルコジ大統領は8月25日に密かに訪中した。そこでは、ヨーロッパの経済危機を支援してもらう見返りにリビア復興ビジネスへの中国の参入を認めたと言われている。中国はカダフィ時代にはリビアで住宅建設、鉄道建設、通信インフラなどインフラ整備を請け負ってきた。復興で最も必要とされるのは社会インフラの整備であり、中国がそのままインフラ整備のビジネスを続けることができれば中国にとっては悪い話ではない。ヨーロッパにとっても石油産出国リビアの社会を一刻も早く復興させ火の車のヨーロッパ経済を立て直すには中国の力が必要なのである。
世界の大国が詣でて経済支援を中国にお願いする。そういう時代がとうとう到来したのである。それはかつて超大国であったアメリカの役割だった。時代は変わりつつある。



2011年9月9日
トルコもアメリカも堪忍袋の緒が切れて

 昨年5月、トルコのガザ支援船がイスラエル海軍の襲撃を受けてから1年経つ。国連は調査委員会を設けて事実の検証を進めてきたが、9月初旬にその報告書がニューヨークタイムスにリークされ、報告書の内容にトルコは怒り心頭に発している。エルドガン首相はイスラエル大使を国外追放し、軍事的、国防産業の協力関係、経済協力などあらゆる貿易関係をシャットダウンしてしまった。
この報告書では、イスラエル海軍の襲撃は「やりすぎであり妥当性を欠く」としイスラエルはトルコに謝罪するべきであるとしつつも、イスラエルによる海上封鎖は「国防上合法である」と結論づけた。だが、いまだイスラエルはトルコへの謝罪を拒否しさらには「東地中海でわがもの顔されては我慢できない」とエルドガン首相はイスラエルとの関係を絶ち切ってしまった。エルドガン首相はイスラエルを「この地域の鬼っ子」と非難して怒りはエスカレートする一方である。そんなイスラエルとトルコの外交を本来ならアメリカがすかさず修復しようとするのであろうが、アメリカもイスラエルには不満を持っているようである。
ゲイツ元国防長官はイスラエルを「恩知らず」と言い切って、アメリカとイスラエルの冷え冷えとした関係を隠そうともしない。ゲイツ氏は国家安全保障閣僚委員会で、アメリカは長年軍事的にもイスラエルに協力し助けてきたがイスラエルからは全く見返りがない、ネタニヤフ首相の外交政策はイスラエルをグローバル社会で孤立させている、と厳しく評し長年のイスラエルへの不満を披露した。さらにゲイツ氏だけでなくオバマ政権もまた不満を増幅させているようである。
 ネタニヤフ首相は「国防は国益であり国民の要求である」と反論しているが、イスラエルでは先日「100万人デモ」が起こり、イスラエルの政治が外交や国防に偏っていて経済問題が停滞していることへの不満が爆発した。経済改革を求めてイスラエルでも人々は声を上げ、政権を揺さぶっているのが現実である。アラブで民主化運動が起こりもはや自国の国防だけを追求しテイクばかりでは困難な時代になりつつある。ギブもあってこそグローバルであり、良くも悪くもすべての面で依存しあっている時代の動きを読み切れないともはや生き残れないのかもしれない。



2011年8月24日
歴史は繰り返す

 リビアではようやく反政府闘争が最終局面を迎えた。NATOによる空爆の援護があったにもかかわらず反政府勢力は素人集団だったため訓練されたカダフィ軍に打ち勝つことができず、6ヶ月近くも戦闘が長引いた。ここにきて首都トリポリの攻略は見事だった。東西南の都市部を制圧して包囲網を形成、トリポリへの補給線や石油パイプラインを遮断、沖合にはNATOの艦隊が海上封鎖をして兵糧攻めにした。そうして首都へ突入し制圧した。しかしカダフィ自身は所在がつかめず彼は「最後の血の1滴まで闘う」と宣言しているため、このまま終わりそうにない。
リビアの民主化はエジプトやチュニジアとは異なる展開を見せた。他のアラブ諸国では国民の力だけで運動を盛り上げたが、リビアは早々にフランスやイギリスなど外国が軍事的に支援をした。この違いはその国が産油国かどうかに起因する。カダフィ時代からリビアの石油に依存していたイタリアはもちろん、利権を狙うフランスやイギリスは最初から軍事支援に乗り気だった。そして反政府勢力の勝利が見えてくると、軍事支援に反対していたロシアや中国を新政権以後のリビアから排除する動きをさっそく見せている。
この動きは8年前を彷彿させるものがある。アメリカが2003年にイラクに侵攻することに反対したフランスやドイツは戦後のイラクの復興事業から閉め出され、アメリカの企業が復興ビジネスを独占し、まさに「金脈」だったイラク復興で潤ったのはハリバートンなどアメリカの大手コントラクターだった。
さらに、大量破壊兵器についてもイラクの思い出がよみがえる。当時ブッシュ政権はフセインが大量破壊兵器を所有していると言い張った。今イギリスが最も心配しているのは、化学兵器をいまだカダフィが所有しているのはないかということである。国防総省の高官は、化学兵器は「安全に管理されている」ため危険はないとコメントしたが、それはカダフィが化学兵器を隠し持っているということを前提としている。これもあくまで現時点では推測でしかない。
今回アメリカはリビア問題から距離を置き冷静に状況を見極めつつ行動しているようで、当時のヨーロッパ諸国の取った立場に近い。逆に熱くなっているのはフランスやイタリアなどで8年前のアメリカそのものである。まさに「歴史は繰り返す」の見本であろう。



2011年8月10日
米大統領候補リック・ペリー登場−米大統領選挙のダークホース−

 オバマ大統領が苦戦を強いられている。アメリカ債務上限引き上げを巡るドタバタ劇とそれに続く国債格下げによってオバマ大統領の経済政策への国民の不信は募る一方である。5月1日のオサマ・ビン・ラディン暗殺によって上昇した支持率も、この3ヶ月に7ポイントも急落し、今や支持率44%、不支持率49%と逆転している。
 債務上限引き上げを巡っては増税反対で妥協しない共和党にも責任の一端があり、さすがに共和党も支持率を若干下げたもののオバマ大統領よりはましと見られている。ちなみに最も責任があると見なされている議会への支持率は18.5%、不支持率は75.5%とかなり国民の目は厳しい。
 共和党の内部でも立候補者への支持が揺れている。トップを走るのはミット・ロムニーと変わらないが、アメリカの財政赤字が取りざたされるにつれて支持率を徐々に下げ、経済の専門家というキャッチフレーズは全く役に立っていない。そして飛ぶ鳥を落とす勢いだったティー・パーティのミッチェル・バックマンも経済問題が深刻になるにつれ支持を失っている。逆に一人支持を伸ばしているのが、テキサス州知事のリック・ペリーである。登場した当初は数パーセントの支持しかなかったのが、7月に入ってからいきなり支持を伸ばし、今やロムニーを追う2番手につけている。ロムニーの支持率が約19%なのに対してペリーは14%まで追い上げている。
  ペリーは筋金入りの保守派で、福音派の祈りの集会にまめに参加して福音派の支持をとりつけるのに成功している。このあたりはやはりテキサス州知事から大統領になったブッシュと似たような路線である。さらに彼は前ブッシュ政権時代の主要人物であったダグラス・フェイスやウイリアム・ルティと会い、当時の国防長官であったドナルド・ラムズフェルドとも交流していて、まさにブッシュの再来かとも思わせる。しかも、メキシコへの米軍の介入を主張してみたり、アメリカは変動する世界情勢、バランス・オブ・パワーに対処していかなくてはならないと主張したりと外交政策に一貫性はない。
 だが、アメリカの威信が政治のみならず経済的にも失墜し普通の国になりつつある今、国民がますます保守化し福音派への傾倒がますます強まっていく可能性をペリーの台頭が暗示している。移民が増え白人がマイノリティに近づきつつあり、黒人大統領が2期目を狙い経済的にも政治的にも下降気味のアメリカは、どこに自信を見いだしたらいいのか。そんな不安のうねりが社会を被っているのかもしれない。



2011年8月8日
アフガン報復の連鎖―因果は巡る

 8月6日、アフガニスタン東部の山岳地帯で、米軍のヘリが墜落しアフガン兵士7名を含む38名が死亡したと伝えられた。このヘリはアフガニスタンのパキスタンの国境山岳地帯への夜間襲撃に向かう途上でタリバンのロケット弾を被弾し、撃墜された。
このヘリコプターの乗員のうち22名が米海軍特殊部隊SEALSのメンバーだった。しかも「チーム6」という、海軍特殊戦闘開発グループ(Naval Special Warfare Development Group)のエリートの中のえり抜きのエリート部隊のメンバーが含まれていた。この撃墜は米軍にとっては大きな衝撃だった。
5月1日、パキスタンの首都イスラマバードの北部に位置するアボタバードの静かな街で、アルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディンが自宅で襲撃され暗殺されたことは記憶に新しい。襲撃した部隊は米海軍SEALSの23名と軍用犬1匹だった。彼らは2機のブラックホークに分乗しアフガニスタン東部のジャララバードにある空軍基地からパキスタン領空に入り目的地へと向かった。この時のSEALSの23名は先に述べた「チーム6」に属するエリート中のエリートだった。アフガニスタンはもちろんイエメンやソマリア、イラクで数々の特殊任務や人質の救助もこなしてきたベテラン揃いの屈強な面々だった。彼らの襲撃はあざやかで、ムダな犠牲を払うことなく任務が成功したことは彼らの持つ能力からみれば当然だったのである。その任務に参加したメンバーは今回のヘリには搭乗していなかったが、同じ部隊の別の隊員が今回の任務で戦死するとは誰が予言できたであろうか。結果だけをみれば、タリバンはビン・ラディン暗殺の報復に成功したことになる。まさに報復の連鎖である。
イラクやアフガニスタンではCIAと「チーム6」のような軍の特殊部隊の中のさらなる精鋭部隊が協力しあい密に作戦を実施するようになってきており、その境界や責任の所在もあいまいになりつつある。今回に限らず特殊部隊による襲撃チームは、タリバンの支配地域である東部山岳地帯に毎晩出撃しタリバンやアルカイダの幹部の暗殺を行っている。ここでは地上の米軍基地はもはや放棄されていて、まさに特殊部隊の暗躍の場となっている現実がある。今後もこのような情報部門と特殊部隊によるコラボ作戦は行われるであろう。特にCIA長官だったパネッタが国防長官に就任しアフガニスタン司令官だったペトレイアス将軍がCIA長官に就任という「たすき掛け」人事は、ますます両者が接近する可能性を示唆している。それはまた、「少人数で効率よく敵をたたく」というオバマ政権の目指す米軍路線とも一致している。
だが、少数精鋭であろうと報復の連鎖からは逃れられないことを今回の撃墜は証明した。単独の事故の犠牲者としてはアフガン戦争開始以来最大の規模となってしまった今回の撃墜は、アフガニスタン戦争にまたひとつ暗い影を落とした。それと同時に、アフガニスタン戦争の特殊作戦の闇をも照らし出してしまったのである。



2011年7月27日
アメリカン・ドリームからジャパニーズ・ナイトメア(日本型悪夢)へ転落か!?

  ノルゥエーで同時多発テロが起こって60人を越える犠牲者を出した事件が世界を震撼させたがその余波の圏外にいる国がある。日本はいうまでもないがアメリカも今、国内事情が逼迫していてかつてのように「テロとの闘い」を叫ぶ余裕すらない。8月2日に迫った国債の返済期限までに債務の上限を引き揚げないとディフォルト(債務不履行)が起こる。そうなればアメリカ国債の格下げが起こり、内外の経済に与える影響は計り知れない。
 議会と大統領は債務上限の引き上げをめぐって議論を重ねているが、双方に歩み寄りの気配がなく、債務不履行回避への解決は見えてこない。問題は、議会の共和党と大統領の財政赤字をめぐる意見の対立にある。大統領は歳出を削減し増税によって赤字を解消したい。一方共和党は国防費の削減には応じるものの増税には反対で、医療保険制度などの社会保障予算を削減して増税を回避するべきだと主張している。オバマ政権にとって医療保険制度は悲願ゆえに削減はもってのほか、とても受け入れられる意見ではない。両者は真っ向から対立し今のところお互いに妥協する気配ななく崖っぷちでの攻防を続けている。このチキン・ゲームに周囲は一体どうなるかハラハラしているが、その衝突も2012年の大統領選挙を視野に入れた両党のパフォーマンスとしか国民には映らない。結局は膨大な財政赤字の責任を双方が押しつけあう非難合戦に終始している。7月26日のフォーリン・ポリシー誌は、“アメリカン・ドリーム”から「何の希望ももてずただ漂うだけ」の“ジャパニーズ・ナイトメア(Japanese nightmare)”を米国も見るかもしれないと悲観論を吐露している。「誰も決めない、指導者不在、戦略がない、責任をとらない政府」(日本型悪夢)へとアメリカも転落しつつあるかのようである。



2011年7月20日
“オバマの戦争(Obama’s War)”と言われて−さよならペトレイアス

 18日、アフガニスタン現地司令官にジョン・アレン海兵隊将軍が着任した。彼はオバマ政権になって以来4人目の司令官である。わずか2年半の間に3人の司令官が交替したことになるが、その任期の短さはすなわちアフガニスタン戦争の厳しさを表している。
1人目は陸軍のデビッド・マッカーナン将軍だった。悪化するアフガン情勢に増派をオバマ大統領に要求していたが、オバマ政権のアフガン戦略の刷新に伴い解任された。その後を継いだスタンリー・マックリスタル将軍は陸軍特殊部隊の出身で、ストイックで規律に厳しくCOINを推進しアフガン市民の保護を最重要任務とした。しかし、メディアの取材の中でバイデン副大統領を批判した記事がリークされて辞任に追い込まれた。
その次に司令官となったのはデビッド・ペトレイアス将軍だった。彼はブッシュ政権時代にはイラクで現地総司令官を務めた。イラクでは運良く情勢が改善したためイラクでの任務を手柄として中央軍司令官に就任して出世コースに乗り、ブッシュ大統領にも気に入られて末は統合参謀本部議長か共和党の大統領候補になるのではとささやかれていた。だが、マックリスタルの辞任に伴いアフガニスタン現地司令官に就任して現場へ逆戻りする道を選択して周囲を驚かせた。
 ペトレイアスは「対反乱作戦(COIN)の教祖」と陸軍の中では言われており、またイラクでの成功から期待は大きかった。しかしアフガニスタン情勢は一向に改善せず厳しい状況が続いた。すでに小規模ながら撤退が始まり、カナダやイギリスといったISAFの軍も撤退モードとなっている。それにあわせるかのように、カルザイ大統領の弟が護衛に暗殺され続いてカルザイ大統領の側近が暗殺されるなど、カルザイ大統領の近辺は不穏な空気が濃くなりつつある。
 オバマ大統領とゲーツ元国防長官がこれまで聖域であった軍事費削減を決定したこともあり、今後米軍は大規模な軍隊を展開しコストもかかるCOIN戦略をあらため、プレディター等の無人機や特殊部隊によるテロリスト殺害をと中心とするCT(カウンター・テロリズム)戦略へと転換するようだ。CTだと米兵の犠牲は極めて少なくCostもかからない。すなわち、ペトロイアスは自らの信念であったCOIN戦略を諦めCIAでCTを担当することになる。
ペトレイアスは過去の2人に照らしてみると円満退任である。今後はCIA長官に就任し、政権の中枢に参戦していく。そして彼の後任に就いたアレン海兵隊将軍はいわば撤退のための将軍ともいえるが、よもや短期間で辞任という事態にはならないでほしい。オバマ大統領の撤退プランの通りに撤退任務をまっとうしてほしいものである。



2011年7月9日
“How to be a cheap Hawk?”−安上がりの“鷹”にどうなるか?

 4000億ドルをおよそ10年間で削減することを至上命題とする新パネッタ国防長官は、予算削減の凄腕と言われ、国防費削減の期待がかかっている。国防費削減は新しいようで実は古い積年の課題でもある。歴代国防長官を振り返ってみると、超合理的思考によって大胆な国防費削減を行った傑出した人物が2人いる。ベトナム戦争で膨大な国防費を国に負担させたロバート・マクナマラ長官はマイナスイメージがあるが、実は「切り裂きジャック」と恐れられたほどの大胆な国防費削減に挑んだ合理主義者だった。そしてそのマクナマラ長官と並び称されるほどの超合理主義で国防総省のムダなコストの削減と官僚主義に挑んだのがドナルド・ラムズフェルド長官である。彼はイラク戦争とアフガン戦争にアメリカを引きずり込んだという負のイメージが強いが、当初は国防費の削減に力を注ぎコストの面から米軍の方向性を定めた。その方向性は、今オバマ政権が目指している国防の方向性と同じというのは興味深い。
 冷酷といえるほどの合理主義で実業家として成功を収めたラムズフェルド長官はなによりもムダが嫌いであり、最短距離を最速で走るような人物である。21世紀の米軍は最小の人員が最速で世界中どこにでも遠征し短時間で任務を終え帰還するというハイテク・軽量型を目指すべきだと考えた。特殊部隊のような小回りのきく部隊による作戦であればコストを抑えることができムダがないというのが彼の合理主義だった。
その観点から、イラク戦争では90日の遠征と期間限定していた。最小限の人員でイラク軍をたたき(人員規模をめぐってシンセキ陸軍参謀長と衝突したのは有名な話である)、90日で撤収(期間については戦後のイラク復興プランを任されたガーナ−と衝突した)というのが本来の彼のプランだった。長期の駐留は彼にとってはムダなコストでしかなかったのである。一方で現場を軽視した合理主義は軍部との軋轢を生み、逆らう者には懲罰人事を行ったため軍部との信頼関係は決裂し最終的には政権を去った。
 オバマ政権になって、アフガニスタンではCOIN(対反乱作戦)を採用したため人員も資金もつぎ込むことになり戦費は膨大になり、とうとう耐えきれなくなって政策の転換せざるを得なくなった。コストを抑えるために転換した方向は期せずしてムダを排して米軍を変えようとしたラムズフェルド長官の方向と同じとなった。地上部隊ではなく無人爆撃による過激派の追撃、オサマ・ビン・ラデイン襲撃に見られるように小規模な特殊部隊によるピンポイント攻撃は、まさにラムズフェルド長官が目指したハイテク・軽量・低コストの米軍に他ならないのであり、歴史の皮肉としかいいようがない。



2011年7月7日
アメリカ大統領選挙−リアリストからタカ派まで−

 アメリカ大統領選挙から目が離せない1年が再びやってきた。2012年の大統領選挙では、財政赤字と雇用問題が大きな争点になることは間違いない。オバマ大統領は大幅な国防費削減を掲げて人事にも着手してその姿勢は明確である。だが、むやみな国防費の削減は国防力の低下にもつながりかねない。また、アメリカが普通の大国になるのか、超大国としての地位に有り続けるかも含めて外交政策はやはり大きなテーマである。
保守派共和党の中でも候補者によってはその外交政策の方向性が大きく異なっている。支持率でも資金調達額でもトップを走るミット・ロムニーの政策は、保守と現実とのバランスを取ろうとしている。国防費の削減は論外だがむやみな軍事行動は止めてアフガニスタンからも早く撤退するべきだという。さすがにベテランだけあっって落ち着いた路線は安心感がある。そのロムニーを追い上げているのがきら星のごとく現れたティー・パーティ派のミッチェル・バックマン。最近ではペイリンを抜く勢いで支持を集めているが、バックマンの政策はまさに保守タカ派で、アメリカは軍事介入するべきでありテロとの闘いを継続するべきというもの。バックマンはカリスマ性があり勢いを作るのがうまい候補ではあるが、建国の父たちと奴隷制度に関する致命的な勘違いを認めない頑固さにエリート層は眉をひそめている。
ミネソタ州知事のティム・パウレンティは、「自分はネオコンではない」と言いつつも、その外交アドバイザーにはネオコンを就任させている。ジョン・ボルトンやハリルザドはブッシュ政権時代に名を馳せたネオコンだが彼らの外交アドバイザーだった人物を自らの側近に起用し、アメリカの超大国としての地位を維持するべきだとの考えを持つ。ただ、アフガニスタンからの撤退はすべきであるとの考えを持っている点が従来のネオコンとは異なる。
 共和党候補の中で唯一外交の専門家ということを売りにしているのが、元中国大使のジョン・ハンツマン。彼は現実主義者を自負しているが確かに外交アドバイザーとして、ブレント・スコウクロフトやリチャード・アーミテージ、リチャード・ハスという歴戦の現実主義者を起用して周囲を固めている。だがその現実主義が共和党の中で受け入れられるかどうかは疑問であり、いまだ支持が低迷しているのもそのあたりに要因があるのかもしれない。
 アメリカの大統領に誰が就任するかで世界は大きく影響を受ける。日本にとっては総理が誰になるかよりも重要な人事かもしれない。



2011年7月1日
ゲイツ退任―大国アメリカ、最後の戦士が去った・・・

 6月30日をもってロバート・ゲイツ国防長官が退任した。共和党で前ブッシュ大統領時代にラムズフェルド長官から引き継いだゲイツは、オバマ大統領の強い希望を受けて続投した。まさに超党派を身をもって体現した人物である。
ゲイツ長官がどのような評価をされるかは、歴史にまかせるとしても歴代国防長官の中でも傑出していたことは確かである。2006年、別の意味で歴代でもアクの強いラムズフェルド国防長官から国防総省を引き継いだ。当時の国防総省は軍部と民部の信頼関係が決定的に壊れ、さらにチェイニー副大統領をはじめとするネオコンがイラン攻撃へとアメリカを駆り立てていた。
ゲイツ長官の最も大きな功績は、軍部と民部の信頼関係の回復とともに政権のイラン攻撃を抑えたことである。イラン攻撃に反対していたマイケル・ムラン提督を統合参謀本部議長に据え、同じくイラン攻撃に反対していたウイリアム・ファロン提督を中央軍司令部司令官に任命、さらに知古のマイク・マッコネル提督が情報長官に就いていたためイランの脅威はないというNational Intelligence Estimate(NIE)を2007年に発表して、イラン攻撃の抑止に成功した。
 さらにゲイツ長官はアメリカの外交政策を軌道修正した。政権からネオコンを駆逐し、国務省との信頼関係も構築した。当時のライス長官とは親しくし、現在のクリントン長官とも政権スタート以来どんなに忙しくても週に1度は会合を持ち続けてきた。そして現実の世界と向き合い、もはやアメリカは世界で唯一の大国ではないし世界の警察官であり続けることはできないとより現実的な外交政策へとアメリカを導いた。
 もっともゲイツ長官自身は、「自分の人生のほとんどの間はずっとアメリカは大国だった」のであり大国であり続けて欲しいと願っているという。だが、「これ以上世界に軍を展開することが今のアメリカの身の丈にあっているかというと・・・たぶん違う」。現実主義者は現実を曲げられない、だからこそ普通の国になったアメリカには耐えられない自分が引退するしかないのだと本音を語る。ゲイツは「大国アメリカ」の最後の生き残り戦士だった。強者が去り大国の時代が終わりを告げたといえよう。



2011年6月16日
パネッタ次期米国防長官−国防費“仕分け人”の凄腕

 ゲイツ国防長官が6月30日をもって退任する。ラムズフェルド国防長官の下で傷ついた政軍関係修復の任を帯びたゲイツ長官は任務4年半を見事に務めあげた。次の国防長官の至上命令は国防費の大幅削減である。オバマ大統領は2023年までに4000億ドルの国防予算の削減を命じた。その大役を担うべく指名されたのが現CIA長官のレオン・パネッタである。
パネッタはクリントン大統領時代にホワイトハウスの予算局長を務めた予算のプロである。オバマ大統領からCIA長官に任命されたときは専門違いだと批判を浴びるほど情報部門とは関連のない人物だった。国防分野にもそれほど精通しているわけでもなくブッシュ政権時代に超党派のイラク研究グループに属したことがある程度だ。その意味ではパネッタ起用の意図ははっきりしているといえよう。
予算削減のためなら手段を選ばないシビアな“仕分け人”であるパネッタは、同時にオサマ・ビン・ラデン殺害を強硬した中心人物である。ビン・ラデンを殺害することでアフガニスタン戦争に区切りをつけ撤退の道筋をつける。もはや支えきれないほどのコストとなっている戦費の削減のためにはこの作戦はパネッタにとって避けては通れなかったのかもしれない。
 当初オバマ大統領はビン・ラデン襲撃作戦を却下したという。ブログ「ホワイトハウス・インサイダー」など複数の情報によれば、大統領とバレリー・ジャレット大統領上級顧問はこの作戦に反対していた。だがパネッタCIA長官は却下されても密かに作戦を詰め、それをクリントン国務長官が強く後押しをして、ゲイツ国防長官やペトレイアス司令官の全面的支持をとりつけた。バイデン副大統領もオバマ大統領より先に作戦の詳細を知っていて、支持派はかなり強硬な説得をしたようである。情報筋によれば最終的に大統領が作戦計画の実施を知ったのは海軍特殊部隊突入の直前であったという。
 最高司令官である大統領の知らないところで作戦が練られ、外堀を埋められた大統領が作戦継続を認めざるを得ない状況であり、それを推し進めたのがパネッタ次期国防長官であったとしたら今後の米軍のオペレーションは全く異なるものとなろう。グローバルホークのような無人偵察機が音もなく現れて、突然“標的”を攻撃する頻度が増すのであろうか。73才の老練な政治家をどうコントロールするのか。ホワイトハウスの権力闘争から目が離せない。



2011年6月10日
アフガニスタン撤退−White Houseで大論争

アフガニスタンからの撤退開始時期が来月に迫り、アメリカでは撤退議論が盛り上がっている。誰もが撤退することには異論がない。問題はその規模である。バイデン副大統領は撤退の旗を振る最右翼であり、一方ゲイツ長官や軍部は急激な撤退はかえって危険であると見ており穏やかな撤退を考えているふしがある。このようにオバマ大統領の政権内でも意見が分かれていて、大統領自身はいまだ撤退規模についての言及はない。大統領はゲイツ長官の進言を待っており、ゲイツ長官はペトレイアス司令官の提案を待っている。
上院外交委員会のケリー委員長は相当な規模での撤退を求めている。オサマ・ビン・ラデンの死亡によってアフガニスタンに駐留する意義がなくなり、加えて重くのしかかる戦費削減のためにはさっさと撤退すべきだとの意見を表明している。一方共和党のタカ派のジョン・マケイン議員は撤退規模は小さく抑えるべきで3000人程度の撤退でよいとコメントしている。
では当の国民はどうであろうか。ピュー・リサーチ・センターの世論調査によれば、戦費が財政を著しく悪化させていると考えている国民は60%にのぼり、やや悪化させていると答えた26%をあわせると86%の国民は戦費が財政に重くのしかかっていると考えていることになる。さらに、財政赤字の削減のためには戦費の削減が必要だと考えている国民は65%にのぼる。外国への援助を削減するべきだという意見が72%に達していることとあわせると、国民の意識は明らかにアフガニスタンへの軍事的民事的関与には後ろ向きになりつつある。
国民の関心は「雇用」が第1であることは変わりないが、「財政赤字」への関心は昨年12月の時点では19%だったが今年5月には24%に高まっている。次の大統領選挙では経済問題の中でも財政赤字の削減が大きな論点になりそうである。



2011年6月3日
今、日本に問われる民主主義−正当性(Justice)はどこに?

 過去2日間にわたる日本の政権をめぐる顛末は、チュニジアから始まってリビアやシリアに至る中東民主化運動と重なる部分が少なくない。不信任決議案をつきつけられた菅首相は退陣をほのめかしたものの一転、しばらくは政権をとり続けると表明し政権維持への執着を見せつけた。
これは、エジプトで民主化運動が盛り上がっていた頃、当時のムバラク大統領が辞任するというニュースが流れたものの後に本人が辞任を否定し9月の選挙までは辞任しないと権力への執着を見せつけた事態に極めて類似している。しかしこのとき辞任をしないムバラク大統領に対するエジプト国民の怒りがかえって高まり、軍も国民の側についたため国民の支持を失った大統領は結局は大統領の椅子を追われた。
イエメンでは大統領はまったく辞任の意志を持っておらず、民主化運動を強硬に弾圧して市民の犠牲者を増やしている。シリアやバーレーンでも大統領や国王は辞職の陰すらなく、やはり武力で市民の運動を弾圧している。それでも市民の民主化を求める力は消えることがなく衝突を続けている。これらの国の政権はすでに国民の支持を大きく失っているということであり、すなわち政府としての正当性(Justice)を失っていると言える。かつてアメリカは独立宣言で市民には不当な政治を行う政府に対して革命する「権利」(革命権)があると主張した。
では、今の日本はどうであろうか。未曾有宇の震災に見舞われた被災地への対応のまずさ、フクシマ原子力発電所事故への初動対応のまずさから多くの国民を前代未聞の危機にさらしているにもかかわらず、政権争いに終始している現政権に対する国民の視線は冷たい。もはや多くの国民が菅政権を支持していないのであるならば、菅政権は正当性(Justice)を失っていると言え、そうなればわれわれ国民の問題となる。今まさに国民の意思が問われているのである。「アラブの春」と同様、「日本の春」はくるのであろうか?



2011年6月2日
なんのために負担するのか−米軍事予算削減へ傾注する国内−

 オサマ・ビン・ラデン殺害後のホワイトハウスや議会では、アフガニスタン撤退に向けての圧力が強まりつつある。それは主に戦略的な視点ではなく、天文学的予算の観点からさすがのアメリカも音をあげているというのが現実のようである。
今年度のアフガン戦費はすでに1070億ドル(8兆6,670億円)に達する。このコストは重すぎて背負いきれない。特にバイデン副大統領はビン・ラデンの死亡によりアフガンに駐留する意義はないしコストもかかりすぎるので撤退するべきとの撤退強硬論を展開している。一方で急激な撤退は残った兵士を危険にさらすとの慎重論もある。
軍の高官の中には、駐留軍の縮小がただちにコスト減につながることはないという現実的な意見も出ている。兵士が1日駐留する経費は2740ドル(22万円)である。年間で換算すれば100万ドルが一人の兵士の駐留コストとなる。だがそれ以上にマネーが別の分野で使われている現実がある。アフガニスタンにある米軍基地の施設の充実や拡大が進んでおり、大型輸送機のための第2滑走路の建設や、グリーンあふれる散歩道などの快適性の追求が日々行われている。そこにつぎ込まれるマネーがとまらない限りコスト削減にはほど遠いというのである。撤退する予定にもかかわらず基地の拡大が止まらないため、「本当に撤退するのか」という疑問が沸くのも当然であろう。
この戦費を負担しているのは国民である。国民の関心は膨大な財政赤字にあり、オバマ大統領も財政赤字の解消の努力が問われはじめている。財政赤字解消の努力や政策が大統領選挙に向けての大きな論点になることは間違いないであろう。「なぜアフガニスタンの再建のコストをわれわれが負担しなければならないのか」という根拠が消えた今、なにをもって国民を納得させるのであろうか。オバマの内政手腕が問われる時期になったようである。



2011年5月10日
オサマ・ビン・ラディンの殉教―イスラム諸国への影響―

 今回のビン・ラディンの死は他のイスラム諸国にとってはどんな意味があるだろうか。殺害という劇的な死で、ビン・ラディンは「殉教者」として祭り上げられないのか−。
直接影響を受けるのはパキスタンだろう。パキスタン軍が今回の襲撃を知っていたか否かは不明であるが、軍の目の前での襲撃だったため米軍に協力したと疑われても仕方がなく、軍がイスラム過激派から標的とされていっそう自爆テロが増える可能性はある。
そもそもビン・ラディン(アルカイダ)への報復でアフガニスタンでの戦争は始まった。それが今回のビン・ラディン殺害で米国はアフガニスタンからのISAFや米軍撤退が可能となった。その格好の機会を米国は得たのだが、アルカイダとつながりのあるタリバンによる反米抗争が激化する恐れもある。イラクではすでにアルカイダによる報復テロが始まっている。
一方、ビン・ラディンの死に関係なくシリアでは民主化運動が続き、政府の武力弾圧に抵抗している。バーレーンやイエメンでも民主化運動は続いている。リビアではカダフィ軍と反政府勢力が膠着状態に陥っている。そして、分裂の危機にあったハマスとファタハが民主化運動の流れを受けて統一政府の樹立に向かって手を取り合い、パレスチナは大きく変わろうとしている。この民主化の流れにイスラム過激派の陰はいまのところない。しかし、民主化が思うように進まず社会が不安定になればイスラム過激派の入り込む隙間が出てくる可能性はある。すでにエジプトではキリスト教徒とイスラム教徒が衝突し始め、民主化運動が新たな展開を見せ始めている。再びイスラム過激派が勢いを取り戻すそのきっかけにビン・ラディンの「殉教」がならないことを祈るばかりである。



2011年5月9日
オバマの真意―ビン・ラディン殺害―

 5月1日、オサマ・ビン・ラディンが米海軍特殊部隊SEALSによって襲撃され、殺害された。何故、“今”ビン・ラディン殺害なのか−。ビン・ラディンが隠れていたのは、2001年9.11テロの報復として攻撃し戦争を遂行中のアフガニスタンではなく、テロとの戦争でアメリカの最大の協力国であるパキスタン内だった。しかも、今回の襲撃作戦は、目標の家屋にビン・ラディン本人がいる確率が五分五分だった(パネッタCIA長官)。なぜ今、そのような危険な賭にオバマ大統領は打って出たのだろうか。この辺りに今回の謎を解く鍵が潜んでいるのかもしれない。
パキスタンとアメリカの関係は複雑である。アメリカにとってパキスタンは2001年9.11テロ以来のテロとの戦争における最大の協力者でありながら、その敵であるアルカイダやタリバンを陰で支援してきた国である。アメリカにとってアフガニスタンでの戦争やアルカイダを叩くためにパキスタンの協力は不可欠である。したがってパキスタンの二面性はわかっていても巨額の軍事支援をしてきた。アメリカに軍事支援を求めるパキスタンにとっては、すべてはインドと軍事的に拮抗するためであり、まさにパキスタン軍部にとってオサマ・ビン・ラディンはアメリカからカネを引き出す“金の卵”であった。
パキスタンの国内事情も二面性を持つ。文民のザルダリ大統領は親米だが脆弱で、強大なパキスタン軍部を統制する力がない。軍部はイスラム原理主義の思想が強く過激派とのつながりがあるとも言われていて反米思想も根強い。この軍民の思惑の違いがそのまま二面性を表しているのである。
 だが今回の襲撃でオバマ大統領は“9.11テロ”に決着をつけた。もはやパキスタン軍部に最大限の配慮をする必要はアメリカにはなくなった。軍事支援の是非も今後は議論の余地がでてきて、削減の方向に向かうかもしれない。2010年の対パキスタン軍事支援額は45億ドルだった。
だが、パキスタンはイスラム過激派が根を張っている核保有国家であり孤立させることは危険である。この脆弱な“文民政権”にてこ入れをして軍部への統制力を持たせてイスラム過激派を押さえ込み、安定した民主国家を目指す方向に導く。オバマ大統領の真意はここにあると見るのは穿ちすぎだろうか。



2011年4月25日
オバマを悩ませる国−シリアの民主化運動−

 エジプトやチュニジアで民主化運動が盛り上がっていた頃シリアは静かだった。政府の監視が厳しく政治活動が制限されていたためだが、その静かなシリアでも最近は民主化運動が盛り上がり、政府側の鎮圧も厳しくなって死傷者が増えつつある。
アメリカは様子見を決め込んでいるのか、打つ手を考えあぐねているのか沈黙している。シリアの政情不安はシリアだけの問題に収まらず、イスラエルやレバノンを巻き込んだ中東全体を揺るがす問題となるのでアメリカも慎重にならざるを得ないのである。
シリアのアサド大統領はスンニ派が74%を占める同国において少数派のシーア派のアラウィト派に属する。そのため同じシーア派のイランとは中東で唯一の同盟国である。さらにシリアはレバノンのシーア派過激派組織ヒズボラを支援しているとも言われている。つまり現シーア派政権の崩壊はイランやヒズボラにとっては死活問題となるのでイランやヒズボラもシリアの動向には注目しているはずである。ヒズボラの動きに変化があればイスラエルが不安を持ち、イランの動きにはサウジアラビアが神経をとがらす。また、シリアに居住するクルド人が政情不安の流れに乗って独立を目指すとなるとその動きはトルコのクルド人にも波及し、クルド人の独立問題に長年頭を悩ましてきたトルコにとっては他人ごとではなくなる。
 宗教問題もある。アサド大統領は少数派であるシリアのキリスト教徒を保護してきた。現政権が倒れてイスラム色の強い政権となることはキリスト教徒にとって最も避けたいことであり、隣国レバノンのキリスト教徒にも影響を与えかねない。
外交問題では、イスラエルとはゴラン高原をめぐって長年対立してきた。イギリスで医学の教育を受けたことのあるアサド大統領はイスラエルとの対話にも前向きな姿勢を見せ、問題解決へ向けて期待がかかっている。そのアサド大統領が失脚すれば和平問題は遠のく可能性が高い。
シリアとアメリカは昨年になって2005年以来冷え込んでいた外交が復活し、アメリカにとっては中東問題解決の糸口を掴んだところであった。何よりもアサド大統領は46歳と若く、オバマ大統領とも年齢が近く同世代とも言える。この近さは重要である。オバマ大統領としてはむやみに反政府勢力を支援できないし、ましてリビアのような軍事介入は避けなければならない。だが民主化の流れを止めることもできない。オバマ大統領にとってシリアの民主化は悩ましい問題であろう。



2011年4月21日
「人道的支援」の意味するところ−リビア泥沼化への一歩−

 リビアではアフリカ連盟(AU)による停戦の調停が失敗し、相変わらず反政府勢力とカダフィ軍の戦闘が続いている。反政府勢力は装備も乏しく素人集団なので屈強なカダフィ軍に対抗できず、膠着状態に陥っている。そのため一般市民の巻き添えも増えて手詰まり状態である。EUはこの状態に対処するために、地上部隊およそ1,000人を派兵する用意があると表明した。それとは別個に各国が軍事的支援に動き出している。
NATOの空爆が効果を上げていないのは、アメリカが消極的であることが大きく影響している。コソボでもイラクでも主にアメリカが主導して軍事行動を引っ張り、それに各国がついていくという構図だった。今回、アメリカは控えめでむしろフランスやイギリスが牽引役となっているが、決め手に欠ける。そのイギリスは「軍事顧問団」を派遣すると表明した。フランスは反政府勢力との連絡将校を数名送る。イタリアも10人程度の将校を派兵すると表明しているが、少数とはいえ派兵するということは泥沼の地上戦への扉を開きつつあるということは歴史が語っている。NATO各国はアフガニスタンでの任務を抱えて手一杯の状態で果たして2つの戦闘に対処できるのであろうか。
アメリカは地上部隊の派遣には否定的である。イラクとアフガニスタンでの状況がいまだに解決しないことに加えて、日本での震災支援として「トモダチ作戦」「ソウルトレイン作戦」などかつてないほどの規模での支援を行っており、米軍はもはやリビア問題に人手を割く余地はない。オバマ大統領はヒトを出すかわりにカネとモノは出すつもりなのか、リビアの反政府勢力に対して2,500万ドルの戦闘服など非戦闘部門への軍事支援と武装した無人航空機の提供を表明した。無人偵察機とはいえいつでも空爆できる。アフガニスタンやパキスタンでの無人爆撃機の活躍を見れば民間人の死傷者の増加と反米感情の増加とカダフィ側の巻き返しの激化の可能性はないとはいえない。
 アメリカもヨーロッパ諸国もすでに「はじめの一歩」は踏み出しており、軍事顧問団であれ軍事支援であれ「次の一歩」を踏み出したことには間違いない。だが、「人道的支援」と銘打った以上は簡単には引き下がれない。どんなに深みが待っていようとさらに「次の一歩」を踏み出していくしかないのである。



2011年4月14日
アフリカ連合(AU)の心配−リビア調停の行方−

 南アフリカ共和国のズマ大統領を筆頭にアフリカ連合がリビアの紛争の調停に乗り出した。カダフィは素直にアフリカ連合の停戦を受け入れたので停戦の期待が高まったが、反政府側がこれを拒否したため和平は望むべくもなくなった。この動きとは別に独自でトルコが調停に奔走しているが、反政府側は条件として「カダフィの退陣」を掲げて妥協の余地はなく道のりは険しい。
アフリカ連合が調停に乗り出した根底にはアフリカ諸国の「心配」がある。アフリカ諸国にとって、英仏主導のリビアへのNATOの介入は「歴史の繰り返し」になるのではという不安が拭いきれない。かつてアフリカは英仏を中心とした帝国主義の植民地として辛酸をなめた。その歴史から立ち直る途上でいまだ紛争や貧困に苦しんでいる諸国が多い。NATOが介入しリビアで親欧政権が樹立することはまさに新たなる植民地化の始まりになるのでは、とアフリカ諸国は心配でならない。
国連のリビア介入への決議の投票前、BRICKSと南アフリカ共和国とドイツは密かに会合した。その内容は「リビアへの英仏の介入は序の口である。いずれアフリカのここかしこに親英仏政権を立てるに違いない」と英仏の「野望」を確認しあったという。これらの国は決議では棄権している。
 意外なことにカダフィはアフリカ諸国の指導者の中ではさほど嫌われていない。そもそもカダフィを極悪非道の独裁者と評しているのはおもに欧米諸国である。アフリカ諸国にとってカダフィは欧米のいいなりにならない、アフリカの独立を守る「愛国心」あふれる指導者なのである。しかも石油産出国として潤沢な資金を持ち、アフリカ連合への重要な資金出資国でもある。仮に英仏主導の反政府勢力が政権を執ったとしたら、同額の出資の保障はどこにもない。
 アフリカ連合が英仏の介入を避けるべく早期解決を急いだのもうなずけるが、NATOの支援を受けた反政府勢力は強気であるため、収束の道筋は見えないまま。内戦の片方への肩入れは悲劇を長引かせるというのは、過去の経験が雄弁に物語る。「人道支援」という錦の御旗はあまりにも美しく曖昧で危険である。もっと時間をかけるべきであろう。



2011年4月3日
灯台下暗し−オバマの憂鬱−

 オバマ大統領はアフガニスタンからの部隊撤退を目指している。治安維持の任務をアフガン軍や治安部隊に委譲して行く予定だが、その予定が脅かされている。その原因を作ったのはアメリカのフロリダ州にある教会に属するテリー・ジョーンズ牧師である。ジョーンズ牧師は3月20日、50名ほどの信者の前でコーランを焼いたがその行動にアフガニスタンでは抗議行動が勃発し、北部のマザリジャリフで国連事務所が襲われて犠牲者を出した。
比較的安全で治安がいいとされているマザリシャリフでの国連を狙ったテロはオバマ政権にとって大きな衝撃となった。マザリシャリフは最初の撤退地区に予定されている。その地区でのテはアフガン治安部隊が一向にテロの取り締まりができないことを明らかにしただけでなく、アフガニスタンの治安がいまだ脆弱であることを証明した。これでは米軍の撤退は「時期尚早」と見られかねない。
しかも抗議行動は拡大の一途をたどりカンダハルやカブールでは自爆テロが続いている。アフガニスタン政府やパキスタン政府はジョーンズ牧師の逮捕をオバマ政権に求めているが、ジョーンズ牧師自身は「言論の自由」を盾にいっこうに悪びれる様子がなくますますイスラム教徒の怒りに油を注いでいて、その怒りが他のイスラム諸国にも波及しかねない。ジョーンズ牧師は昨年の9月11日に9.11テロ追悼としてコーランを燃やすと予告して物議を醸し出した人物であり今後もコーランを燃やすと宣言している。イスラム過激派を脅威だとみなすオバマ政権にとって真の脅威は足元にある。



2011年4月1日
ネオコン再び

 リビアへの空爆が始まって中東情勢は大きく変化しつつある。それは単なる民主化運動ではなく、国際社会を巻き込んだ紛争へと変貌しつつある。そしてかつてアメリカをイラク戦争へと引きずり込んだネオコンが再び勢いを取り戻しつつある。
チュニジアに始まった中東民主化の風はシリアではなかなか吹かなかった。しかしリビア情勢が長引くに伴いシリアでも民主化デモが頻発し、政権を脅かすまでになっている。そこに、今こそシリアの反体制派を支援し現政権を打倒するべきであるという強硬論が浮上し、勢いを増している。その論壇を張っているのがエリオット・エイブラムスを筆頭とするネオコンたちだ。彼らがブッシュ政権時代にイラク戦争を主張しアメリカの外交政策を戦争へと引っ張ったことは記憶に新しい。
彼らにとってシリア攻撃はまさに願ってもないことだ。シリアはイランとのつながりが強いとされ、シーア派過激派組織ヒズボラやハマスを支援していると言われている。ヒズボラやハマスはイスラエルにとってはまさに敵であるから、その支援者であるシリアをたたくことは敵の力をそぐことになる。以前、イスラエルはシリア国内の核関連施設と疑われる施設を空爆したこともある。今回の反政府勢力への支援はシリアをたたく格好の機会なのだ。シリアをたたけばその支援国であるイランのこの地域での影響力が弱まるというイスラエルにとっての国益も達成できる。イスラエルを支持するネオコンが勢いを持つのも当然なのである。
 ネオコンたちの影響力がどれほどオバマ政権に通じるかは未知数であるが、彼らの強硬論におされて前政権と同じ道を辿る可能性はゼロではない。リビアでは反政府勢力を支援するのになぜシリアでは見捨てるのか。この点をかわすことは難しい。一方で現場の事情は厳しい。軍はイラクとアフガニスタンの戦争で手一杯で、リビア攻撃にも乗り気でないという。ゲイツ長官は大胆な予算カットをしたばかりで、予算上も新たな戦争は厳しい状況にある。さらには大統領選挙を来年に控えて世論の動向も気になり始める。
 民主化と戦争、それは理想と現実でもある。このバランスをどうとるのか、オバマ大統領の真価が問われている。



2011年3月31日
前者の轍を踏む−アメリカのリビア空爆−

 リビア空爆はフランスやアメリカなど数カ国で始まったが今では全権はNATOに移り、NATO軍の作戦となっている。これに対してカダフィ大佐は一向にひるむ様子もなく、反政府軍と熾烈な闘争を繰り広げている。
 ゲイツ長官も認めたとおり、リビア空爆はすぐには収束しそうにない。このまま足を泥沼にとられる可能性もでてきた。だが、この展開はかつて世界が見てきたし今後の展開も予測が可能だろう。2003年アメリカは武力によってイラクのフセインを打倒しようと試みた。その根拠は国際法学者からも違法と指摘されたほどあいまいなものであったが強行した。政権は打倒できたがその後のイラクは悲惨だった。アメリカには国家再建のビジョンもなく、イラクでは長年の宗派対立のうっぷんが吹き出して社会はずたずたになり、宗派が異なるというだけで多くの命が失われた。
 いまリビアでも、同じ道を辿りつつある。人道的介入というあいまいな根拠で武力による政権打倒を欧米諸国は試みている。反政府勢力は武器の支援を受けて政府勢力と熾烈な闘争に突入した。そこには長年の部族対立に起因する確執が横たわる。カダフィ大佐を打倒した後のリビアをどうするのか、誰もそのビジョンを語らない、あるいはビジョンがない。となれば部族間抗争が始まり多く命が失われることになる。
 かつての国家安全保障担当補佐官でイラク攻撃にも反対したブレント・スコウクロフトはアメリカのリビア空爆の決定が「性急すぎる」と警鐘をならしている。「人道的支援のための空爆」を熟考すべきであると彼は求める。ルワンダではあれだけの虐殺が行われたのに空爆しなかったのはなぜか。ユーゴスラビアではどうだったか。空爆の基準が場当たり的では混乱を招くだけである。リビアへの空爆を見たバーレーンやシリアの反政府勢力が「空爆で支援して欲しい」と要請してきたら、アメリカやNATOは拒否するのだろうか。拒否するとしたらその根拠は彼らの納得のいくものでなければならない。
 アメリカは極力リビア空爆への関与を最小限にとどめようとしているが、アメリカが関与しているという事実は重い。まさに前者の轍を踏んでいるのである。



2011年3月20日
最初の一歩は小さめ―リビア空爆―

 3月11日に起こった東北関東大震災でお亡くなりになった方々にお悔やみ申し上げるとともに被災された方々にお見舞い申し上げます。また、被災地で救援活動中の皆様方、福島第1原子力発電所で懸命に作業に当たっておられる多くの方々には感謝と祈りを捧げます。
 世界中が今回の災害に関心を寄せ日本の原発事故に注目している一方で、アメリカをはじめとする5カ国によるリビア空爆が行われた。これはカダフィ大佐が行っている反政府勢力への攻撃を止める目的で実施されたのだが、果たしてこれでリビアの情勢が改善するかは未知数である。アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、カナダによる空爆はトリポリ周辺の軍事施設に限定されて行われたが、もしカダフィが空爆に屈せず徹底抗戦となったら泥沼に陥る可能性もある。
 そもそもリビア空爆はオバマ政権の女性陣が強硬に主張した。国務長官のヒラリー・クリントンにNSCのサマンサ・パワーが加わりさらに国連大使のスーザン・ライスが同調して強烈なプレッシャーをオバマ大統領にかけた。空爆に反対していたのはゲイツ国防長官、ドニロン国家安全保障担当補佐官とジョン・ブレナン対テロ対策担当チーフだったが、女性陣に対してはあまりにも弱かった。
 だがリビアはあくまで長年の部族間の確執が吹き出た抗争をしているのであり、内戦である。他国が空爆する法的根拠がどこまで正当化されるのか疑問である。それは「大量破壊兵器を持っている」と主張してイラクを先制攻撃したブッシュ政権と同じ道を辿っているように思える。オバマ大統領は「限定的な軍事行動」と主張しているが、いつでも最初の一歩は小さかったことを忘れてはならない。



 
2011年2月28日
避難民の「危機管理」―リビアからの外国人脱出劇―

 リビアの反政府デモと政権の衝突が激化するにつれて、リビアに在留する外国人の国外脱出が続いている。各国政府もチャーター便で海路や空路を確保しようと躍起になっている。イギリスは軍用機や特殊部隊を投入して砂漠の油田に取り残されたイギリス人を救出するという大がかりな救出作戦を展開した。アメリカはフェリーをチャーターして大使館関係者などを無事出国させて胸をなでおろした。
 カナダ政府はいち早くチャーター便をトリポリ空港に送って対応の早さを見せたが、空港が人でごった返して混乱していたためカナダ国民を見つけることができず、チャーター便は誰一人乗せることなく帰路につくという失敗をした。結局カナダ国民は他の国のチャーター便に便乗して脱出したが、カナダ政府は国民の批判にさらされている。
 中国はギリシャのフェリーをチャーターしてすでに16000人を脱出させたが、その際には海軍を地中海に派遣して護衛させるほどの力のいれようだった。トルコも地の利を生かしてフェリーを往復させて自国民を救出した。チェニジアやエジプトからの出稼ぎ労働者は陸路で国境を越えるためにそれぞれの国境に殺到している。
今回の騒乱中のリビアからの脱出劇で、リビアには世界中から労働者が集まっていたという意外な事実が明らかになった。先進国からはもちろん、インドやパキスタン、バングラデシュ、フィリピンやインドネシアと東アジアからの出稼ぎ労働者も多い。まさにリビアは世界地図さながらのグローバルな労働市場だったのだ。だが、母国の国力が緊急事態には明暗を分ける線となった。リビアからの脱出はもはや個人の力では対処できず企業や国が取り組まなければならない段階だが、バングラデシュなどの発展途上国は資金がなくてチャーター便の手配ができない。取り残された労働者は個人でなんとかするか、国際社会の援助を待つしかない厳しい状況にある。
いまこそ「国際社会」の出番ではないだろうか。労働市場がグローバル化している時代には今回のようにグローバルな「避難民」とうい事態は十分想定される。世界のグローバル化は深化する一方である以上、グローバル避難民が発生することも想定内のことになりつつある。国際社会は新たな危機管理に対応していかなければならない。



 
2011年2月26日
「Face Book革命」に困惑するアルカイダ

 チュニジアから始まった反政府デモはドミノ倒しのように北アフリカや中東を席捲した。そのパワーの源は、FacebookやTwitterを活用する若者や女性であった。倒された独裁政権に共通するのはイスラム過激派を排除しアメリカ寄りであったことだ。その政権を倒したのであれば、当然アルカイダにとっては大変ありがたいことのはず。アメリカやヨーロッパ諸国の西洋世界を敵とみなし、世俗的なイスラムを嫌い、イスラム原理主義を広めたいアルカイダ。アルカイダは諸手をあげて反政府デモを歓迎しているかと思えば、意外にも逆に「困惑している」。世俗的政権が倒れたことは歓迎するが、反政府デモのやり方や方向性が「我々が想定しているものと違う」というのだ。アルカイダはデモが盛り上がっていく過程でプロパガンダを試みたが「誰も聞いていない」状態で、イスラム原理主義は出る幕がなかった。
 若者がネットを駆使し女性も一緒になってデモに参加するというのはアルカイダにとっては最も「好ましくない」やり方で、それはまさに敵とみなす西洋世界のやり方だからだ。アルカイダのNO.2のエジプト人ザワヒリ司令官は母国エジプトの状況について、「デモは歓迎するが彼らは俗っぽすぎるし民主的だからこの点は変えなくてはならない」とコメントしているが、まさにアルカイダの立場を表している。
 だが、混乱が長引き流血が続けばそこに過激派の入り込む余地もでてくる。北アフリカのアルカイダ組織であるAl-Qaida in the Islamic Maghreb(AQIM)はリビアのカダフィを「神の敵」とみなし、したがって反政府デモは「ジハード」だと言いだしてプロパガンダに乗り出した。世界が急速に変化する中でジハードの目指すところも影響を受けざるを得ず、次なるジハードは「自由」を求めることになるかもしれない。



 
2011年2月22日
リビア−内戦か民主化か−

 反政府デモに揺れるリビアのカダフィ大佐は、2月22日国営テレビに姿を見せ「私はリビアにいる。ベネズエラに亡命していない」と権力の座にとどまることを宣言し、辞任のそぶりも見せなかった。カダフィはリビアで40年以上も独裁君主に就いていたが「大統領」と呼ばれることを嫌って肩書きはない。肩書きがなくても彼自身が「体制」なのであり、まさに絶対的権力者なのである。
 チュニジアやエジプトの民主化に触発されたリビアでの反政府デモは、他国と異なり治安部隊はデモ隊に武力行使を躊躇しないため、死傷者が日ましに増加している。現場からは「大量虐殺だ」との悲鳴も届いている。カダフィの次期後継者と見られている次男はテレビで「反政府デモとは徹底的に戦う。たとえ最後の一人となっても戦う」と異例の徹底抗戦を宣言した。これはまさに反政府デモへの宣戦布告であり、もはや反政府デモの鎮圧というよりは部族間の抗争である。リビアでは50ほどの部族が全土に散在し部族の長の影響力が強い。いわばモザイクのような遊牧民の部族国家で、部族どうしの権力闘争はいつでも起こりうる状態なのだ。リビアのデモが他の独裁国家の民主化と異なる点は、まさにこの「部族抗争」に尽きるだろう。アメリカやヨーロッパの「非暴力で」という説得はリビア政府には馬耳東風。宣戦布告は「部族抗争」に口を出すなといわんばかりである。
 すでに東部の部族は政府に反旗を翻し、最大部族のリーダーは「もはやカダフィは同胞ではない」とイスラムとしては決定的な「決裂」をつきつけている。外国にいる大使は辞任し、空軍パイロットは亡命するなどがたがたで、カダフィ政権が追い詰められている。しかし問題なのは政権崩壊後のリビアがどうなるのか−。このまま暴力的な内戦に突入するかもしれない。部族ごとにまとまって国家がばらばらになる可能性もある。
民主化とは異なる道を歩みつつあるリビアは大手の石油産出国であり、特に輸入国のヨーロッパにとっては経済に直結する死活問題でもある。すでに石油価格は世界的に高騰し、100ドルを突破という2年ぶりの高値をつけた。リビアでの反政府デモは、石油産出国での民主化がいかに世界に影響を与えるかを諮らずも示した。今後サウジアラビアやクエートなどの石油産出国でも反政府デモが起これば石油価格はさらに上昇し、食糧価格の上昇とあいまってグローバルに経済がダメージを受けることは容易に想像がつく。デモが長期化すれば資源確保の競争も熾烈になっていくだろう。経済の落ち込みで国内情勢が不安定になる国がでることも避けられない。それでも民主化の波は止められない流れであり、グローバル時代では民主主義国家の誕生する「生みの苦しみ」をも地球社会で共有していかなければならないのであろう。



 
2011年2月20日
米軍第5艦隊のジレンマ

 独裁政権に対する反政府デモの嵐はもはや誰にも止められない。それはネットの力もさることながら、オバマ大統領の「市民の権利を尊重する」という姿勢に後押しされているからであろう。それは、かつて東欧諸国が「ソ連はもう戦車を送ってこない」と安心して民主化に突き進んだ経緯とよく似ている。
 そしてとうとうアラビア半島の反対側のバーレーンにも嵐は到達した。バーレーンの人口はおよそ120万人だがバーレーン国民は46%程度で残りの54%は外国人労働者である。領土といっても30ほどの島が集まった小さな国である。だがイランの対岸にありペルシャ湾の要衝にあって戦略的には重要なポイントで、アメリカ海軍第5艦隊の基地がある。そのためオバマ大統領も手放しでは反政府デモを喜べない。海軍出身のムラン統合参謀本部議長がエジプトデモ以来、中東諸国を走り回っている所以である。
 バーレーンは国民の70%がシーア派で30%がスンニ派であり、支配層のハリファ国王家はスンニ派であるため何かとシーア派は冷遇されてきたため貧困層を形成している。 バーレーンのデモは最初は貧困にあえぐシーア派が待遇改善を求めて立ち上がった、いわば条件闘争だった。政府は各世帯に2660ドルを支給し食糧配給を増やしてシーア派の懐柔を試みたがデモは収まらなかった。そのため政府はデモに対して武力で鎮圧しようとした。
その鎮圧で死傷者がでたためデモ隊がいっそう燃え上がりただの条件闘争が反政府デモになってしまった。政府はさらに厳しい鎮圧行動にでたため死傷者が増え、ついにオバマ大統領はバーレーン政府に対して武力行使を控えるように諭した。それが功を奏して政府は治安部隊をパール広場から撤退させデモ隊が再び広場を占拠した。パール広場はバーレーンの首都にある真珠をモチーフにした塔で、第2のタハリール広場と市民は呼んでいる。
 確かにデモ隊はシーア派が多い。反政府デモが成功してシーア派が政権をとればイランの影響が強まると恐れるサウジアラビアは露骨に介入の姿勢を見せているし、アメリカにとっても第5艦隊が追い出される可能性があり無関心ではいられない。だが、シーア派のバーレーンがイランに追従するかというとそれほど単純でもない。イランはペルシャであり、バーレーンはアラブである。宗派の前には民族の違い、歴史が横たわる。中東は一筋縄ではいかない。ここバーレーンはアラブ系スンニ派「サウジアラビア」とペルシャ系シーア派「イラン」が角を突き合わせている最前線といえよう。



 
2011年2月15日
オバマは世界を変える

 エジプトの反政府デモはムバラク大統領を辞任に追いやり、まさに「市民革命」となった。これほど劇的で非暴力的な革命を目の当たりにする機会は滅多にない。
 今回のエジプト革命の成功は「Facebook」、「Twitter」、や中東テレビ局「 アルジャジーラ」なくしてはあり得なかった。確かにネットの果たした役割は大きかった。だがそれだけではない。エジプト革命の陰の立て役者は実はオバマ大統領自身だったと言えないだろうか。エジプトも含めて中東諸国で起こっているデモの多くが独裁政権国家での出来事であるという事実がそれを物語っている。
 今回、オバマ大統領はおそらくイスラエルやサウジアラビアからのプレッシャーが強かったであろうにもかかわらず静観し続けただけでなく、最初から反政府デモを支援するような姿勢すら見せた。前ブッシュ大統領だったら「アメリカ国民の生命を守る」「テロとの戦争」を掲げて介入しムバラク政権を支えた可能性は否定できない。そうなれば民主化デモは違った結果になっただろう。だがオバマ大統領は「自由への市民革命」を尊重した。これはアメリカの外交政策においては画期的な転換点に違いない。
なぜか−。オバマが大統領である前に建国の父たちの遺志を受け継ぐ「Statesman」(志を持ちその行動も国民から尊敬される政治家)であるからである。アメリカは独立の際に、横暴な政府に対しては市民は「革命する権利」があると高らかに謳った。まさにエジプトの反政府デモはムバラク政権に対しての「革命権」の行使であると合衆国憲法学者でもあるオバマ大統領の目には映ったのであろう。だから彼はタハテール広場の市民を支持したのである。
 そのオバマ大統領の姿勢を見た中東諸国の人々が、「アメリカはもはや独裁政治を支援しない」と見て勇気づけられ行動を開始したのだとしたら、オバマ大統領がアメリカの変化だけでなく中東世界の変化を後押ししたと言える。オバマは静かにそして確実に世界を変えつつある。



   
2011年2月12日
歴史が始まる日−ムバラク大統領のつぶやき−

 「アメリカの望んだ通りの民主主義国家をめざしたのに・・・」辞任の前日、ムラバク大統領はイスラエルの友人に電話で愚痴をこぼした。ムバラクは30年間、イスラム過激派を排除してエジプトに安定をもたらしアメリカやヨーロッパの盟友として中東の平和に寄与してきたと自負していた。しかし最後は欧米諸国から見捨てられ、反政府運動に追われるように辞任した。人生をエジプトに捧げた82歳の独裁者の最後の願いは「エジプトに骨をうずめたい」ことだという。
 市民による無血革命は世界中に感銘を与えた。欧米諸国はこぞって「民主主義の勝利」と賞賛した。かつてリンカーンは民主主義を 「by the people, of the people, for the people」と表した。今では民主主義の定義になっているが、エジプトをはじめ中東諸国の民主主義は「by the American , of the American , for the American」という親米独裁政権だった。チュニジアから始まった政変は、その親米独裁政権に不満を爆発させた国民が自由と独立を求めた結果であろう。
 だが、エジプトにとっては今からが歴史の始まりである。親米でありながらイスラム過激派ともつながりを保ち自国の利益を蓄積しているパキスタンはエジプトのお手本になるかもしれない。あるいは徹底した反米路線をとりしたたかに振る舞うイランと同調するかもしれない。あるいは、イスラムと民主主義のバランスを上手にとりつつ東西の架け橋となっているトルコもいいお手本となるだろう。あるいは混乱したまま破綻国家となるかもしれない。いずれの路線を採るにしても、大事なことは採るべき道は「国民が決めること」である。そしてアメリカはその国民の決めた道に対して「for the American….」を押しつけない「大国らしい振る舞い」が求められる。
2006年、ガザではアメリカの民主化のプレッシャーを受けて選挙を実施した。その結果勝利を収め第1党となったのはハマスだった。だがアメリカは選挙結果を認めずハマスが政権を取ることを阻止した。その身勝手な振る舞いにハマスのみならずガザの住民は激怒し反米感情が高まり未だにハマスへの支持は高い。その同じ轍を踏まないことをオバマ政権に期待したいが、ますます複雑怪奇となる中東情勢にどう舵取りをするか。オバマの頭痛の種は増える。



 
2011年2月10日
長期化する反政府運動

 エジプトでは労働者たちが全土でストライキを決行して反政府デモに参加したことと、政府側に拘束されていたグーグル社のエジプト現地責任者が解放されたことがあいまって反政府運動は再び勢いを取り戻し収束のめどはますます遠のいてしまった。アメリカがムバラク大統領の早期退陣の主張を翻して「9月まではとどまるべき」と表明したにもかかわらず、市民の反発は収まらなかった。
 アメリカはすでにムバラク大統領を見限っており副大統領のスレイマン氏を後任にして改革したいと考えているが、そのアメリカ的「改革」に対してエジプト国民は「NO」をつきつけたのである。スレイマン氏はムバラク大統領の下でエジプト情報部の長官を務めていたいわば陰の人だった。CIAの親友とも言われるほどの親米派で、当然イスラエルの情報機関ともつながりがあると見られている。ブッシュ大統領の「テロとの戦争」の時代には、アフガニスタンで拘束したイスラム教徒はエジプトに密かに搬送されて拷問を受けていた。その拷問を指示したのが当時は情報部長官だったスレイマン氏で、いまでは「拷問長官」というありがたくない職名をメデイアからつけられている。
そのスレイマン氏が大統領になることはアメリカやイスラエルにとってはまことに好都合だが、エジプト国民にとってはムバラク以上に「受け入れられない」事態なのだ。だが、民主化運動の方も強力なリーダーが不在でデモの収束の方向性が見えていない。イスラム友愛グループは民主化のリーダーとはなりえず、エルバラダイ氏も長らく国外にいたために一般市民からの支持が思いの外弱い。
もともとエジプトでは人口のおよそ半分に近い4000万人ほどが一日に2ドル以下で生活しているといわれている。そこに追い打ちをかけているのが食糧価格の記録的な高騰である。加えて今回のデモで最大の収入源である観光業が壊滅的ダメージを受け、金融市場でも投機マネーは逃げていく一方。労働者がストライキを決行して国内経済は機能停止に陥る。経済が破綻へと近づけばますます人々が貧困になっていく。デモが長引けは結局はすべてが国民に跳ね返る悪循環が始まり破綻国家の仲間入りをしかねない。それでもムバラク体制とその継承は「NO」ということなのだろう。そこにあるのは明日の生活のためではなく、エジプトの若者や子どもたちの未来のためという希望だろう。エジプトにとって今はまさに正念場である。



 
2011年2月2日
イスラエルの不安とガザの希望

 エジプトの民主化運動に対してイランは支持を表明し、トルコのエルドラン首相も歓迎するコメントを発表した。トルコはイスラム諸国の中では民主化の進んだ国家としての地位を保ってきたが、これまではでは様子見なのか沈黙していた。今回エジプトで100万人デモが実施されたことを受けて歴史的な革命が確実と踏んだのか、民主主義の先輩国家としてエジプトの民主化運動を讃えて存在感をアピールしている。
 オバマ大統領も平和的な政権の委譲を求め、ヨルダンではいち早く内閣が総辞職して民主化の要求に対応してムラバク大統領との違いを強調した。世界主要国が一致してムラバク大統領に辞任の圧力をかけている状況がエジプト民主化運動に油を注ぐ結果となりムバラク大統領は次期大統領選挙には出馬しないと引退を発表するに至った。だが、大統領を辞職することはかたくなに拒んでいるので、国民の怒りはまだまだ収まらないだろう。
だが、そんな世界を巻き込んだ民主化運動に戦々恐々としている国がある。おそらく最も影響を受けるであろうイスラエルである。イスラエルは、アメリカなどに「ムバラクに圧力をかけないでくれ」とお願いするほどムバラク政権の維持に必死である。非武装地帯として協定を結んでいるシナイ半島に、デモ鎮圧のためエジプト軍の進駐を認めたのだからその必死度が伺える。エジプトが反米、反イスラエルに転じたら、イスラエルは周囲を適性国家に囲まれることになる。とりわけガザ地区の封鎖によるハマスの封じ込めも意味がなくなり、エジプト経由で過激派や武器がガザに流れ込むことが予想される。そんな事態は絶対に避けたい。だからムバラク政権の延命に必死なのだが、そんなイスラエルの切望を上回るほどエジプト国民の怒りと自由への渇望を止めることは誰にもできないだろう。そして誰よりもエジプトの革命に自由への希望を抱いているのはガザの住民たちだろう。
すでにアメリカ側はエルバラダイ氏と接触をはじめ、民主化革命後のソフトランデングのシナリオを構築しつつある。エジプトの民主化運動は中東和平や国際情勢を大きく変える歴史を作る可能性が高い。



 
2011年1月29日
エジプトの本気

 チュニジアから始まった独裁政治への反政府行動はエジプトで最高潮に達した。ムバラク大統領は30年に及ぶ政治の中で、常に親米で「イスラム友愛(Muslim Brotherhood)」という反政府勢力を非合法化しイスラム過激派を押さえつけ、イスラエルがガザを封鎖したのに同調してガザとの国境を封鎖した。しかし物価の高騰と高い失業率、抑圧された生活に対する鬱積した不満にネット経由でチュニジアの反政府運動に触発されて火がつき、若者世代があっという間に反政府運動に走った。そこへ、元IAEA事務局長にしてノーベル平和賞受賞者のエルバラダイ氏が急遽ウイーンから帰国して反政府運動の前線に参戦したことで、改革へのうねりはもはや引き返すことはできない段階に入りつつある。
 オバマ政権もエジプトの騒乱に対してムバラク大統領に改革を求めるような異例のコメントを発表したためムバラク政権の崩壊は決定的となり、大統領の家族はすでに亡命し本人の所在も不明となっている。
 混乱の後を引き受けるのはおそらくエルバラダイ氏であろうが、イスラム色の強い国家になるのか世俗的な国家になるのかいずれにしても中東のパワーバランスを大きく揺るがすことは間違いない。中東では数少ないイスラエルの友人であり親米国家でしかもスエズ運河を抱え、中東石油資源の安定やアメリカの中東政策はムバラク大統領のエジプトあってのことだった。しかもエジプトの民主化は近隣のチュニジアやアルジェリアをいっそう刺激しサウジアラビアやシリア、レバノンなどの周辺国家へも影響を与えるだろう。南には南北が独立する先行き不透明なスーダンが位置する。アメリカの中東政策が大きく影響を受けることは間違いない。もちろんイギリスも静観できないだろう。
これら北アフリカの一連の民主化の嵐はインターネットが大きく作用していることは間違いないが、見逃してならないのは食料価格の高騰がイスラムの若年層を直撃してそれが起爆剤となっている点である。そして価格高騰が続く限り反政府運動は今後は世界のどこででも起こりうるということである。食料危機に対してグローバルに取り組む必要があるだろう。



 
2011年1月28日
フードセキュリティ「元年」

 昨年末からアルジェリアでは食品の値上がりから国内暴動が頻発して治安が悪化している。インドとパキスタンでは「玉葱」紛争が起こった。パキスタンがインドへの玉葱を輸出禁止にしたためインド国内での玉葱が高騰した。インドは報復としてトマトなどのパキスタン向けの野菜の輸出を停止、今度はパキスタン国内で野菜が高騰した。今や世界の食料はグローバル化と食糧危機によって外交の「手段」や国家崩壊や紛争の「火種」となりつつある。
 世界的に食料は危機的状況になりつつある。その要因は様々であるが、今までと異なるのは食料危機の原因が需要と供給の双方にある点であろう。需要から見れば、最大の要因は人口増加と新興国の台頭である。世界人口は2009年には68億人を超えた。2050年には91億人を超えると予測されている。91億人の飲み水や食料はいったいどれくらい必要なのか想像もつかない。さらにライフスタイルの変化も大きい。中国は生活水準の向上に伴って食料消費量が増加し世界の食糧を飲み込んでいる。たとえば豚肉の中国の年間消費量は世界の44%を占め、野菜類は47%を超える。今後は中国だけでなくインドやブラジルなどの新興国で同じような状況になっていくと考えられる。
 別の分野での需要が意外にも世界の食料危機を増長させている。アメリカはオバマ政権になって環境問題対策と石油依存からの脱出策としてエタノールの開発に力を注いできた。その結果アメリカではかなりの量の穀物がエタノール製造へと転用され自動車の燃料となっている。貴重な食料を自動車と人間が取り合う構図は滑稽を通り越してもの悲しい。
供給側の問題もある。紛争や内戦などの人為的な原因は当然供給量を減少させる。古来から天候不順は危機の大きな原因だが、昨今は災害も経済もグローバル化しているのでダメージも大きい。昨年の猛暑でロシアでは森林火災が起こり穀倉地帯を直撃、パキスタンでは100年に一度の大洪水が穀倉地帯を襲った。中国では黄砂による被害が年年深刻となっている。地球温暖化で海面が上昇すれば、バングラデシュやベトナムなどの低地にある穀倉地帯が失われる。世界的な水不足が深刻なダメージを農業に与えていることも事実である。工業の発達と人口の増加、生活レベルの向上によってより多くの水が都市部で使われるようになると水は農作物にまで供給されない。
だが、希望もある。品種改良や淡水化などのハイテクを駆使することによって農作物の生産性を高めることがきる。これは日本の得意分野である。世界は今から食料危機に直面するであろうが、日本の技術を生かすチャンスでもある。逆にいえば食料自給率がきわめて低い日本は、食料が「外交手段」と化す時代においてはフードセキュリティ戦略を立てないとひとたまりもないのである。



 
2011年1月27日
ネットが引き起こす民主化の嵐−焼身自殺のドミノ倒し−

 チュニジアの政変はまだ予断を許さないが、専制政治への不満と経済的な不満が相まって民主化を求める声はとどまることを知らない。始まりは失業中の青年(26歳)の抗議の焼身自殺だった。彼の行動は今回のチュニジアの革命の引き金になっただけでなく、北アフリカを超えて湾岸諸国にまで“同調の波”が押し寄せている。チュニジア青年の焼身自殺に触発されて隣のアルジェリアでも4人が抗議の焼身自殺しエジプトでは5人が焼身自殺を図った。いずれも失業し貧困に苦しむ人々だった。そしてついにはサウジアラビアでも焼身自殺が起こった。
 今回の焼身自殺連鎖は、いずれの国でも失業と貧困による生活苦と長年の専制政治による抑圧への不満がベースとなっている。それに拍車をかけたのがリアルタイムで状況が伝わるツイッターやフェイスブックなどインターネットだ。
 エジプトではとうとう大規模なデモに発展し死傷者を出しムバラク大統領の所在が不明となって混乱に陥っている。イエメンでもデモが起こって連鎖は今のところ収まる気配がない。ネットが起こした民主化の嵐が中東に吹き荒れている。



 
2011年1月20日
民主化もフェイスブック(Facebook)で

 昨年末から政情不安に陥っていたチュニジアで、とうとう現職のベン・アリ大統領が亡命し政権が崩壊した。1987年、当時の政権とイスラム反政府勢力との抗争の最中に現職大統領にとってかわって政権を掌握し抗争の混乱を収束させたのがベン・アリだった。その後1989年の選挙で正式に大統領となったが、以後20年以上にわたって大統領の座に座った。当時のベン・アリは抗争の混乱の中でチュニジアの救世主と国民から慕われ、民主化を進めた最も進んだ民主主義者だった。しかし、あまりにも長く大統領の座に座り続けたためかやがて市民を弾圧し独裁するようになっていった。
 反乱の始まりは小さな町だった。26歳の大卒で失業中の青年が屋台商売を当局に阻止されたため、抗議の感電自殺を図った。この事態に怒った市民が抗議行動を開始、瞬く間に首都に拡大した。チュニジアは経済が低迷していたところへ世界金融危機の影響でさらに経済が悪化、特に大卒の失業率が高くなって不満がたまっていた。国民への抑圧政治も我慢の限界に達していたため反政府勢力はネットを通じて反政府活動を呼びかけた。その際に活動拠点となったのはFacebook だったが、ここには政府の弾圧が及んでいなかった。さらにはウイキリークスの外交文書の暴露も拍車をかけた。この暴露によってベン・アリ大統領とその一族の腐敗ぶりが明らかとなり、いっそう反政府活動は刺激されついに独裁政権を倒した。
 ベルリンの壁が崩壊し冷戦が終焉したとき、その動きに多大な影響を与えたのが当時最先端技術だった衛星放送だった。東側の市民は国境を越えて流れ込む衛星放送を見て世界を知り民主化へと動いた。最近ではイランでツイッターが民主化の動きを刺激した。チュニジアではFacebookが民主化の活動拠点となった。アメリカは民主主義の伝搬をその使命とし軍事力をもって敢行してきた。今では民主主義が広がるのに軍事力は不要である。



 
2011年1月11日
もうひとつのアメリカ−サラ・ペイリンのGun Site Targetsの波紋−

 8日、アメリカのアリゾナ州では下院議員のガブリエル・ギフォード女史が22歳の男性に狙撃されたもののかろうじて1命をとりとめたが、9歳の少女を含む6人が巻き添えで犠牲になり、13人が負傷するという大惨事が起こった。
ギフォード議員は、オバマ大統領の医療制度を支持して賛成票を投じた民主党議員。さらには胚性幹細胞の研究を支持し中絶の権利も支持していた。昨年の中間選挙ではティー・パーティの立候補者と激しく争って議席を獲得した、いわばアメリカ保守派にとっては「目の敵」ともいえる。元アラスカ州知事でティー・パーティの顔ともいえるサラ・ペイリンは自ら「gun site targets」という標的地図を作成し、20人の民主党下院議員の氏名を挙げ「20議席を取り返そう」とまるで彼らを標的とするかのようにネットで呼びかけていた。そのリストの中にギフォード議員も含まれている。22歳の青年がこの呼びかけに触発されたかどうかはわからないが、わざわざギフォード議員に近づき頭を撃ったというから暗殺の意図ははっきりしている。
FBIは政治的な背景があるのではと捜査を開始しアメリカ議会は開会を延期するなど、今回の襲撃事件がアメリカ社会に与えた衝撃は大きい。ペイリン側はギフォード襲撃事件と自分の作成した標的サイトとは「関係ない」と突っぱねているが、ペイリンの政治生命が致命的なダメージを受けたことは間違いない。アメリカ保守派の代表は「共和党も民主党も保守もリベラルもない。我々は皆アメリカ人だ。社会を分裂させようとするこのような暴力が起こった時こそ一層団結しなければならない」と呼びかけていま一度、「unite」を強調している。
今回の襲撃事件は、オバマ大統領就任後のアメリカ社会の政治的、社会的分裂の深さを如実に示した。かつてオバマは「ひとつのアメリカ」を呼びかけて大統領に就任したが、皮肉なことにかえって社会の分裂が進んだ。それからわずか2年、今は真の「ひとつのアメリカ」が問われている。



 
2011年1月4日
新春ブログ−悲しい紛争予測

 「1年の計は元旦にあり」の通りになると、世界の今年1年は悲しいものとなるだろう。
元旦にエジプトではキリスト教徒を狙った爆弾テロが起こり、オーストラリアでは未曾有の大洪水に見舞われている。新年早々パキスタンでは政権が崩壊寸前となっている上に、パンジャブ州知事が首都イスラマバードの真ん中で暗殺され事態は予断を許さない。イラクでも相変わらずテロが起こり、アフガニスタンは去年よりも状況は悪くなる可能性のほうが良くなる可能性より遙かに高い。年末から政治情勢が不穏になっているコート・ジボワールは年があらたまったからといって安定するわけでもない。スーダンは南北に分裂の危機を迎えているが資源を巡る争いだけに容易に決着がつきそうにもない。カシミール問題ではこれまでは静観していた中国がインドとの国境線で不満を言い出している。カシミールは核保有三国が角突き合わせている微妙な地域でこの火種はかなり危険といえる。
紛争の火種はあちらこちらにあり消える気配はなさそうである。経済危機でアメリカをはじめとする西欧諸国のパワーが弱まったために、地下にたまっていたひずみが吹き出しているとしたら、この世界情勢の流れは今年のうちには変わらないだろう。
アジアはどうなるだろうか。今年は、経済で力をつけてきたインドが政治の舞台でも影響力を強めそうである。中国がカシミール領土問題でインドに不満を言えばインドは「カシミール問題でインドに文句を言うならチベットや台湾問題で中国の敵にまわる」と切り返して、結局「領土問題はお互い不問にしましょう」と合意して黙らせた。インドと中国という2大国のバランスの上にアジアは乗っている状態だから、周辺諸国にとっては死活問題である。両者に地域の大国としての振る舞いを期待したい。



 
2010年12月25日
空爆のもたらすもの−バイデン副大統領とドロニン補佐官の巻き返し?−

 12月16日にオバマ政権は「アフガニスタン・パキスタンに関する年次報告」を発表した。この報告書によればアフガニスタン・パキスタン政策は上手く行っており、パキスタン内のアルカイダも弱体化していると自画自賛している。
同じ日にCIAはパキスタンのカイバー地域に対して無人爆撃機による空爆を実施し、それまでの空爆域を一気に拡大する道筋をつけた。次はタリバン最高指導者オマル師が潜伏中と言われている南部のクエッタ市への空爆ではないかとの憶測も流れている。
すでに今年は113回の空爆を実施しており去年の53回に比べると倍増している。とくに9月以降の空爆が増え、9月~12月だけで58回に上っている。ちなみにブッシュ政権時代の2004年から2008年にかけては43回の空爆実績がある。これらの数字を見ればオバマ政権の空爆偏重の異常さが伺える。
CIAによる空爆は対テロ対策の一環だからパキスタンへの軍事攻撃ではないとの認識が政権にはある。しかし、地上に暮らす者にとって空爆は軍事攻撃以外のなにものでもない。その副産物はとてつもなく大きい。空爆は反米感情を育て、反米や反パキスタン政府のテロ組織の無尽蔵の供給源となり結局はアメリカへ跳ね返る。空爆を受けた地域では60%が米軍への自爆テロ攻撃は正当だと考え、75%は空爆に反対している。
 空爆は結局何の解決ももたらさないどころか逆に、パキスタンを崩壊させテロ支援国家へと導くだけである。それでも空爆を強化するのはなぜか。パキスタンへの空爆を当初から強く主張していたのはバイデン副大統領だった。辞任したジョーンズ大統領補佐官の後任はドロニン補佐官で、彼はバイデン副大統領と親しい間柄にある。現在の国家安全保障会議が偏重しつつあるのだとしたら、それはアメリカ自身にとって危険極まりない事態であろう。



 
2010年12月14日
ホルブリック大使の遺言

 リチャード・ホルブリック氏はオバマ政権発足以来、パキスタン・アフガニスタン特使として政権のアフガニスタン政策を担ってきた。今月にはアフガニスタンの状況報告が出され、それに基づいて政策の再検討がなされるはずだった。その報告書を目前にホルブリック氏はクリントン長官との会談の途中で大動脈破裂にみまわれ、20時間にもおよぶ緊急手術の末一時は持ち直したが14日亡くなった。あまりにも突然だったため、オバマ政権も呆然自失の状態で彼の死を悼むのが精一杯なのだろう。
 ホルブリック氏は40年以上もアメリカの外交政策の最前線に立ってきた。ベトナム戦争ではパリ講和会議にも参加し、かの「ペンタゴン・ペーパ−」にも関わった。ユーゴ紛争では紛争を終わらせて講和させた。紛争を終わらせ講和を実現することを目指した厳しい現実主義者で、講和のためなら腕力や脅しも厭わず時には「傲慢」とも批判されるほどのタフな外交官だった。
 アフガニスタン問題では、パキスタンの難民キャンプを歩きまわり難民らの話に耳を傾け苦しい生活を見つめ続けアフガニスタンでのアメリカの民生支援の拡充に努めた。彼の最後の言葉は「アフガニスタン戦争を終わらせなければならない」だったという。まさに「平和」を願う戦士だった。



 
2010年12月10日
戦場はネット

 現実の世界ではウイキリークスの暴露とそれに続くウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジ(39)の逮捕という劇的な展開を見せているが、それと同時進行するかのように、インターネット上はまさに情報戦争が展開中である。
 ウイキリークスのウエブ閉鎖に対しては、「ウイキリークス・ミラ−」と呼ばれるコピーサイトが日々増殖し、もはやアメリカ政府の統制は不可能となっている。他にもサイバー攻撃が頻発している。スイスの郵便公社銀行がアサンジ氏の口座を凍結すると同社のサイトはサイバー攻撃を受けて停止状態に陥った。マスターカード社がウイキリークスの取引停止をすると同社のサイトはやはりサイバー攻撃を受けて停止し、スウェーデン当局がアサンジ氏の逮捕状を出すと同国検察のサイトはダウンした。
これらのサイバー攻撃には「無名の人々」というハッカー集団が関与しているらしい。彼らは同じ目的を持ったゆるやかなつながりのハッカーの集まりで多くが10代の若者で、なによりもネットへの権力の介入を嫌い徹底抗戦の構えを見せている。彼らにとってウイキリークスの暴露の内容が問題なのではなく、同サイトへの権力による押さえ込みが許せないのである。もはや主戦場は外交の場ではなくネット上に移り、おそらくアメリカ政府にとっても予期しない展開となっているのであろう。さらにはインターネット上の自由を求める「エレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション」の創設者のジョン・ペリー・バロウは「戦端の緒は切って落とされた。主戦場はウイキリークスだ。諸君、立ち上がれ」と情報戦を宣戦布告している。まさにネット炎上中である。



 
2010年12月09日
「真実を知る権利」と「国家機密」の狭間で−ペンタゴン・ペーパーズ再び−

 ベトナム戦争の最中にアメリカでダニエル・エルスバーグ議員がペンタゴンの機密文書を暴露してベトナム戦争の実態を暴いたのはもはや伝説となっている。当時は紙上での暴露だったが、時代を経て電子上での暴露となってもその本質は変わらない。つまり「真実を知る権利」だ。
 その伝説の人エルスバーグ氏が8日、「ウイキリークスやアサンジ氏への攻撃はペンタゴン・ペーパーズや私に対する攻撃と見なす」と宣言し、気を吐いている。そしてこのエルスバーグ氏の宣言への支持を表明している7人も蒼々たる人々である。元CIA情報アナリスト、元FBI、元デンマーク情報部員、元イギリス政府情報職員、元駐ウズベキスタン英大使、元コリン・パウエル主席補佐官のラリー・ウイルカーソンなどである。彼らの中には自国のイラク関連の機密を暴露して収監された者もいる。いずれも情報畑のプロフェッショナルであったという点に共通点があり、「真実を知る権利」と機密との狭間で苦悩した日々が忍ばれる。
 オバマ政権は、今回の対応でアメリカの良心とも尊敬されるエルスバーグ氏までもを敵にまわしてしまった。個人の自由か国家安全保障か。いつの時代でも答えのでないこの問いにどんな回答を出すのであろうか。



 
2010年12月6日
地球はひとつ−イスラエルの謝辞−

 イスラエル北部では大規模な森林火災に見舞われ、人的被害も甚大となったがすでに火災の規模がイスラエル政府の手に負えるものではなくなっていた。そんな状況にいち早く対応し、消防ヘリなどの救援を行ったのはトルコだった。ガザへのトルコの支援船襲撃などでイスラエルとトルコの関係は冷え切っていたが、それを乗り越えての今回の救援はイスラエル政府の心にいたく響いたようである。そのほかにもフランスやロシア、ギリシャ、キプロスなどが救援飛行機を送り、イタリアやブルガリア、アゼルバイジャンなどは消防士を派遣した。
 これらの心温まる支援に対し、イスラエルの副外務大臣は12月4日付のエルサレム・ポスト誌電子版上で「感謝の意」を表し、「イスラエルがこの世界の家族の一員として受け入れられていることを教えていただいた」と述べた。
この謝辞の中ではとりわけトルコへの感謝が表されているが、「すぐ隣の人々」が支援してくれたことへの感謝もさりげなく書かれていた点は見逃せない。具体的に誰なのかの明記はないが、もしパレスチナのことをさしているのであれば双方にとって大きな一歩になるに違いない。最近の自然災害は国境を越えるが、人々の心の垣根も越えるのだろう。



 
2010年12月3日
国際関係のレアなお宝−ウイキリークス−

 ウイキリークスの米外交文書の暴露はとるに足らないゴシップが多いが、中には外交の裏舞台を明らかにするものも含まれている。国際関係学の分野ではまさに「宝の山。生きた外交が勉強できる」と諸手を挙げて歓迎している。
 なにしろ現在進行形の外交の裏側を知ることができるという滅多にない機会である。たとえば、中国と北朝鮮の関係についてもリアルな報告がなされている。暴露された文書によると、中国は北朝鮮にはイライラが沸点近くまで募っており韓国が朝鮮半島統一をすることを望んでいる、金正日が死亡したら北朝鮮は崩壊し30万人の難民が中国国境へ押し寄せるだろうから中国は難民を追い返すつもりであるなどといった報告がワシントンへ送られている。中国は長年北朝鮮を支えてきた最大の支援国家である。その中国が見限ったとなれば北朝鮮の未来は大変暗い。
 中東情勢も複雑である。イスラム国家と敵対しているはずのイスラエルが実は裏舞台ではアラブ諸国と緊密な関係を構築していることが発覚した。2009年当時のイスラエルのリブニ外相は、アラブ首長国連邦のザヤド外相との間に親密な関係を築いていた。表舞台では両国は国交断絶中である点に注目したい。イスラエル情報部のモサド長官はサウジアラビアと関係を持っていた。さらにはカタールとイスラエルも交流があったことが暴露された。これらのイスラエルと湾岸諸国との関係を見てみると、サウジアラビアがイラン攻撃を主張していたというのもあながち突飛ではなさそうである。イランのアファマデネジャド大統領が今回の暴露を「イランとアラブ諸国との関係を破壊しようとする心理作戦だ」と非難するのもあながち妄想でもない。
 今回のリークはグローバルな反応を引き出した。イタリアのベルルコスーニ首相は「軽薄でお祭り好き」とけなされたことを笑い飛ばした。同じイタリアの外相は激怒して「深刻な事態を招く」とおかんむりである。ドイツ政府も、イラク戦争に反対したという経緯からかいまひとつ同盟国として信頼されていないことがわかり「影響は深刻」と受け止めている。ロシアはメディアが暴露を無視、ロシア政府は「コメントする前に内容を精査する」と不気味である。中国も今のところ静観の構えを崩していない。
 政治レベルではなんであれ、外交の裏側を実況中継のように楽しむことができるのは、まさにグローバル社会、ネット社会ならでは。世界がそれほどに狭くなった証左でもあろう。



 
2010年12月2日
21世紀の米軍が目指すもの

 米海兵隊はアフガニスタンのカンダハルに戦車を投入すると決定した。意外なことだがアフガニスタンに戦車が投入されたのは初めてである。アフガニスタンではハンビーなどの比較的軽量級の車両が使われてきた。ただしこれは地雷やIED(簡易路肩爆弾)には弱く、IEDによる米兵の犠牲者は一向に減少しない。そのため米軍は米兵の生命を守ることを優先して最近ではハンビーなどの軽車両の使用を禁止し、MRAP(対地雷対待ち伏せ攻撃に対抗できる重量防護車両)の使用に切り替えつつある。これはIEDなどの攻撃に強く、イラクでの使用を前提に開発された車両だ。重さは20トン、高さにいたってはアンテナを含めると3メートルにもなる大型重量車両である。これは確かにイラクでは効果的だった。都市部が発達していて道路も立派だったイラクは走る回ることができた。
 しかし、アフガニスタンは山岳地帯が多く村は谷間にある。MRAPは山道を走るようには設計されていないので、起伏もあり道なき道を走るのに重すぎて大きすぎる。アフガニスタン東部山岳地帯のある基地ではMRAPに乗ってパトロールできる地域は限られ遠出は不可能となった。基地から離れた地域は「兵士が歩いて行く」か、「タリバンの支配にまかせる」しかない。だがMRAPに乗らなければ基地を離れてはいけないことになっている。結局米軍は基地に籠もって基地周辺を固めるだけという硬直した戦いを強いられ、COINどころではなくなった。現地司令官は「ハンビーが使えたら。せめてどの車両を使うかの権限さえあれば」と嘆く。
かつてラムズフェルド国防長官はハイテク・軽量で機動性に富んだ21世紀の米軍を目指した。それを21世紀初頭にアフガニスタン攻撃で実証してみせた。だれもが21世紀の米軍の姿を想像できた鮮やかな戦闘だった。10年近く経って米軍は同じ場所でハイテク・重量・硬直型の戦争をしている。21世紀の米軍はどこへむかってトランスフォームしているのだろうか。



 
2010年12月01日
アメリカ外交の危機

アメリカの外交がグローバルな危機に直面している。アフガニスタンやイラク戦争の実態を暴露したウイキリークスが、25万点に及ぶ在外大使館からの外電を先週末、暴露したのである。これらは今年の2月ころからのもので、そのほとんどは機密でもなんでもなく、ゴシップの類で情報としてはとるにたらないものが多い。たとえば、プーチン首相を「アルファドッグ」、カルザイ大統領を「偏執狂」、ドイツのメルケル首相を「弱腰でマンネリ」と評したものや、プーチン首相とベルルコスーニ・イタリア首相とは「異常なほど」仲がいいといったような内容である。
しかし、国連幹部へのスパイを指示する外電も暴露され物議を醸し出している。さらには、世界情勢上深刻な情報も含まれていてアメリカの外交政策の信頼が揺らぐ事態にも発展しかねない。たとえば、サウジアラビアがイランへの攻撃をアメリカにしつこく要請しているという情報がワシントンへ送られている。またある外電によって、イエメン政府が同国内のアルカイダへ空爆を実施したとされているが実はアメリカの無人爆撃機が実施したのでありペトレイアス司令官も了承済みだということが判明している。
これらの暴露情報は信頼性が高いことは、ホワイトハウスや国務省の反応からも伺える。ホワイトハウスは「このような暴露は我が国の外交を危機にさらす」と強く非難し、クリントン長官はドイツやサウジアラビアやアフガニスタンの指導者に連絡をとって損害を最小限に食い止めようと必死になった。さる国務省職員に至っては「外交官はスパイとは違う。この程度のことは昔からどこの国の外交官もやっている」と半ば正当化する発言も飛び出している。
前回のアフガニスタンやイラク戦争の暴露は拷問などについても「やはりそうだったか」という受け止められ方をし、外交政策上にそれほどの影響が出たとは断定しにくかった。しかし今回の暴露は「信頼関係」というもっとも重要な部分を揺さぶっている。ブッシュ大統領時代に傷ついた信頼関係をオバマ大統領が修復しつつある中で大きな試練の波に見舞われている。



 
2010年11月30日
アメリカの対中戦略転換とオマバ訪日

△オバマ政権の対中強硬路線への転換(A“hedge”strategy toward China): 今回のオバマ大統領とクリントン国務長官のアジア歴訪はどのような意味を持っていたのか−。ワシントンでは「最近の目に余る強引な中国(Newly emerging "assertive" China)」にどう対処すべきかとの論議が盛んなのに、日本では中国への対処策を論ずるのでは菅政権がいかに中国に対して弱腰であるかという「国内の内輪喧嘩」にあけくれている(Sheila Smith)、という日本論議が行われている。そもそも今回のクリントン国務長官とオバマ大統領のアジア歴訪を戦略的観点から見れば、クリントンがハワイ、グアム、ベトナム、海南島、カンボジア、豪州、サモア(10/27〜30)と周り、その直後にオバマ大統領がインド、インドネシア、韓国、日本(11/6〜13)と中国包囲網を形成するかのように歴訪した。オバマはクリントンと共に中国包囲網形成のためにアジア歴訪を行ったと言えよう。
 オバマ政権は前期の対中協調路線をあらため、対中強硬路線(Hedge戦略)へと大きく舵をきった。米中関係はオバマ政権発足当時「G2体制」(Fred Bergsten)と言われるほど接近し、それをより確かなものにするためスタインバーグ国務長官が「アジアでの中国台頭を認めるが、代わりに米国覇権を保証せよ」という戦略的再保証(Strategic reassurance)を中国に提示した(2009年9月)。しかしながら、中国は「南シナ海は中国の核心的利益」とするという“NO”の解答を示した(2010年3月)。同時に、南シナ海のみならず東シナ海での中国海軍の活動を活発化させた。これに対してゲーツ国防長官とクリントン国務長官は米国は「航行の自由(freedom of navigation)」を断固守ると宣言をし、軍事的にも南シナ海と東シナ海で関係諸国と演習を行った。こうして米国の対中戦略転換が始まった。
△Air Sea Battle戦略: 米国は「宣言主義」国家である。行動前にそれを正当化する宣言を出す。独立戦争の前には独立宣言を、イラク攻撃の前にはNSS2001(先制攻撃論)をだした。今回もオバマ政権が対中宥和政策から対中強硬政策へと転換するにあたりQDR(4年毎の国防戦略の見直し)でそれを宣言した。米国の安全保障戦略は通常ホワイトハウスからNSS(国家安全保障戦略)が指針として示され、それに基づいてDODからQDR等が出される。今回はその順序がひっくり返った。恐らくNSC内で対中戦略がなかなか定まらなかったものと考えられる。NSSでは米本土の「安全保障」を第一の優先順位とし自国の「価値」を規準とした「国際秩序」を維持し、米国の「繁栄」を達成すると述べる。つまり、アメリカの国際秩序(覇権)にチャレンジする中国の台頭を阻止してこと自国の繁栄は維持されることになる。その中国をQDRでは潜在敵国としてみている。
 「中国の軍事力」(8月)では、中国軍が第一列島線(東シナ海〜台湾〜南シナ海)と第二列島線(伊豆諸島〜グアム〜パパアニューギニア)まで展開可能な軍事力構築を目論むとした。QDRでは、中国が第一列島線の内側(内海)への接近を拒否し(Anti-Access)、第一列島線と第二列島線の間の領域に入ることを拒否(Anti-Denial)するA2AD(接近拒否・領域拒否)能力向上に最大の懸念を払う。米艦艇が台湾や日本有事に西太平洋地域に接近/域内に入ることを拒否する能力である。
 これに対して米国はAir Sea Battle戦略で対処するとQDRは述べる。西太平洋地域に出現しつつある中国の軍事力のアンバランスを分析し、空軍と海軍の持つ5つの領域(陸・海・空・宇宙・サイバー)での全能力を活用するものである。特に、中国は大陸からエア・シー・バトルは、米軍の持つ陸海空・宇宙・サイバー領域の全能力を活用し中国海軍を第一島嶼線の内に封じ込めることを目論む。 中国のA2AD戦略は大陸から約1,500kmまでの間を聖域として米軍のアクセスと遠ざける
△急務の陸自の「南西前方防衛戦略」の確立: もし、中国がA2AD能力を確保した場合、米軍の前方展開基地である嘉手納、岩国、三沢、佐世保は先制攻撃範囲内となり脆弱となる。しかも、普天間基地移転は暗礁に乗り上げていることから、在日米軍態勢の見直しの可能性は否定できまい。こうした米中のパワーゲームが火花を散らし始めた最中に尖閣諸島沖での衝突事件は起こった(9/8)。事件の起こる前後に米政府は「日米安保は日本の施設下にある領域に適用される」とreassure(再保証)している。日本は地理的に中国に隣接し、中国の軍事的脅威をHedgeすることが死活的である。しかしながら、日本独自では中国の強大な軍事力には対抗できない。従って、沖縄には嘉手納(米空軍)と普天間(海兵隊)を中心とする米軍の重要基地を置き、中国に対する抑止力を確保している。米国がAir Sea Battle戦略を取り入れ、対中シフトをしている今は絶好のタイミングとなっている。日本は冷戦崩壊時に北方前方防衛戦略で米国と共にソ連艦隊をオホ−ツク海に封じ込めてきた。それと同じように、中国艦隊を東シナ海の第一列島線内に米軍と共に封じ込める、「南西前方防衛戦略」の確立が今後急がれることとなろう。



 
2010年10月27日
尖閣列島をめぐる日米の対中戦略

尖閣列島事案をめぐる日本の対処はどのようなものであったか、また、その際の日米の対中戦略はいかがでなものであったのか−。
先ず、経緯であるが、今回の尖閣諸島付近の中国漁船衝突事件は、二つの時期に分けられる。第一期は、9月8日に海上保安庁が公務執行妨害容疑で中国船長を逮捕してから、24日に釈放するまでの期間である。この時のポイントは、当該事件は過去にも起きており強制送還をする慣習があった。すなわち、日中間には、1970年以降尖閣諸島領有対立が顕在化していたが、両国とも1978年の「日中平和友好条約」締結時のケ小平の「尖閣論争の棚上げ」方針に従い決定的対立を回避してきた。2004年の中国人活動家「上陸」へ入管難民法違反容疑現行犯で沖縄県警が逮捕。即「国外」退去(強制送還)にした。小泉首相は、「国内法」よりも「ケ小平との約束」を優先する判断を下した。しかしながら、今回は「領土問題は存在せず」とする前原国土交通相の意見もあり公務執行妨害で逮捕した。事件発生前から米国は朝鮮半島情勢もあり第七艦隊を東シナ海に展開していた。また、海保が中国人船長を逮捕前から、尖閣諸島には日米安保条約が適用されるとreassureし、さらには、逮捕後翌日には、米海軍太平洋艦隊司令官は「要請があれば対応する」と述べ、日本政府上層部には日米同盟が機能するとの確信があった。そのような事情もあり前原氏が逮捕を強く要請する後ろ盾となったと考えられる。
その後、日本側は、国内法で粛々と対処するはずだったのにもかかわらず、拘留期限5日を残し、24日に那覇地方検察庁は「日本国民への影響や今後の日米関係を考慮し」処分保留で釈放した。折しも菅総理と前原外相が訪米中であり仙石官房長官が決定したとされるが、その理由は、中国のフジタ職員4人の拘束(23日)を始めとする中国からの様々な圧力、さらには米国からの日中間の早期解決要望といった理由が推測された。仙石官房長官は指揮権行使した事実はないとしたが、中国側に譲歩したとの印象はぬぐいきれず。後に、仙石氏は判断ミスを認めた。
しかしながら、中国は謝罪と賠償を要求し一向に対日圧力は絶えず、日本国内では反中世論が高揚した。同じ民主党の内部からも長島・吉良議員等からの首相への「建白書」、松原議員の「尖閣に自衛隊常駐を」との声が届けられた。そうして9月30日の国慶節直前になりフジタ日本人職員3人を開放し、10月4日には日中首脳会談が開催され収束の方向に向かいはじめた。
第二期は、10月16日から19日まで大学生が中心となる反日デモが発生後の時期である。第二期は、地方で発生した学生デモは、中国共産党の第17期中央委員会第5回全体会議(5中全会)の最中に起きた。5中全会では、習近平国家副主席が軍の最高指導機関、中央軍事委員会副首席に選出され、胡錦濤国家主席の後継者となることが内定した。したがって、中国の国内的要因の可能性が強い。一方、このデモは10月16日の東京での「田母神デモ」と沖縄での「平沼デモ」に呼応したものであるとも報道されているが前者の要因が強いと考えられる。
では、日米の対中戦略はどうであろうか−。米国は中国の(接近拒否・領域拒否)戦略に対しで、それを無効化する戦略を展開する。日本政府は、それに対して新安防懇でも述べられたように自衛隊の南西シフトを戦略上目指す。米国は現在、中国のA2AD(接近拒否・領域拒否)戦略に対して、米国の東シナ海へのアクセスを確保するためにAir Sea BattleのConcept(QDR2010)を取りいれはじめ、同時に、アジアに米軍のアセットのグレビティ(重心)をシフトさせようとしている。日本でも目に見えて台頭する中国の脅威が問題視され始めており、新安防懇の報告書でも自衛隊の南西シフトが謳われ、次期防衛大綱もそれに寄ると考えられる。その際に最も重視されるのが沖縄の戦略的価値であり、在日米軍および自衛隊の抑止力である。今回の事件は、沖縄でも中国の脅威が改めて認識され、自衛隊の南西シフトの土壌が育成されたと考えられる。さらには、戦後最悪といわれるまで悪化した日米関係を今回の事件は「対中脅威」という日米の脅威認識を新たにし修復するきっかけとなったといえよう。中国で反中デモが繰り返されればされるほど、また、日中間に緊張が高まれば高まるほど、日本の世論の対中脅威論は高まり日本にとり防衛力を増加する絶好の機会となるのである。また、米国にとっても鳩山政権で中国寄りになった日本の政権を再び親米にさせ、日米同盟強化の路線に戻せる。このことは米国の新たな新アジア戦略とも方向性が一致する。今回の尖閣列島をめぐる紛議は日米にとっては絶好の好機となっている。



 
2010年9月10日
中国の東シナ海進出と急がれる日本の対応

中国の活発な南シナ海での覇権獲得の動きに対して、米国のオバマ政権は明確にそれを許さないことを言動で示し始めた。
先ず、ゲーツ国防長官が6月にアジア安全保障会議で、「米国は航海の自由を脅かす行為に断固として反対する」と中国の南シナ海での覇権活動に警鐘を鳴らした。 さらに、クリントン国務長官も7月のASEAN地域フォーラム(ARF)で「航海の自由は米国の国益である」と述べ、中国の南シナ海における覇権を真っ向から否定した。
追撃の手はなおも緩めない。8月には空母ジョージ・ワシントンを母港横須賀から派遣してベトナムとの協同演習を南シナ海で行ない、強いメッセージを中国に送っている。
このアメリカの対中宥和政策から対中強硬路線への転換は、2月に「4年毎の国防戦略(QDR)」で明確にされた。8月には「中国の軍事力」を発表し、国防総省は中国が近い将来空母を保有し南シナ海での覇権確立を目指していることに多大な懸念を示すとした。
この米中の覇権ゲームは東シナ海でも展開されている。中国艦隊は東シナ海で4月に大規模な演習を行ない、監視をしていた日本の海上自衛艦に対し威嚇を行った。これに対して、米国は北朝鮮による韓国海軍哨戒艦撃沈事件への対処という理由で、空母ジョージ・ワシントンを再度派遣して日本海で韓国と合同演習を行った。そして、さらに黄海でも演習を行う予定である。
QDRでは、中国は東シナ海から台湾、沖縄を経て南シナ海にかかる「第1島嶼(しょ)線」を超え、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至る「第2島嶼線」までの展開を可能にする軍事力、すなわちA2AD(接近拒否・領域拒否)能力を持とうとしているとして警鐘を鳴らした。
この中国のA2ADに対して米軍は「エア・シー・バトル戦略(ASB)で対処する」(QDR)と宣言している。エア・シー・バトルは、米軍の持つ陸海空・宇宙・サイバー領域の全能力を活用し中国海軍を第一島嶼線の内に封じ込めることを目論む。 A2AD戦略では中国は大陸から約1,500?までの間を「聖域」として、米軍のアクセスを遠ざける戦略的防衛態勢を確立しようとする。もし、中国がA2AD能力を確保した場合、米軍の前方展開基地である嘉手納、岩国、三沢、佐世保は先制攻撃範囲内となり脆弱となる。 しかも、普天間基地移転は暗礁に乗り上げていることから、在日米軍態勢の見直しの可能性は否定できまい。
日本は地理的に中国に隣接し、中国の軍事的脅威をヘッジ(抑止)することが必要である。しかしながら、日本独自では中国の強大な軍事力には対抗できない。従って、沖縄には嘉手納(米空軍)と普天間(海兵隊)を中心とする米軍の重要基地を置き、中国に対する抑止力を確保している。 しかし、いまここで実際に駐留米軍態勢の見直しが行われた場合、日本はいかにして抑止力を確保できるのか―。その場合、自衛隊の増強は死活的となる。
米国がエア・シー・バトルのコンセプトを取り入れた場合、それに呼応して日本は防衛力を南西にシフトさせた南西前方防衛戦略を展開する必要がある。 日本は冷戦崩壊時に、北方前方防衛戦略で米国と共にソ連艦隊をオホ−ツク海に封じ込めてきた。それと同じように、中国艦隊を東シナ海の第一列島線内に米軍と共に封じ込める、「南西前方防衛戦略」の確立が今後急がれることとなろう。



 
2010年8月11日
政治を動かす「自然災害」−新たなグローバル・イシューの登場−

世界中の異常気候とそれによって発生する自然災害が、政治に影響を与える新たな要因として浮上してきている。
パキスタン政府は3万人以上の軍を投入して救助に当たるが全く追いついていない。スワット地区はパシュトゥ人の地元でタリバンの支配地域であったが、過去に大規模な軍を投入してタリバンを追い出したばかり。しかし、多数の橋が流され道路は崩落と土砂崩れで寸断されており、軍は被災地に陸路で入ることすらできない。すでに救助の遅れに対して住民の政府への不満は高まっている。
一方でパキスタンタリバン系の過激波組織が避難キャンプを随所に建て、人々に温かい食事や水、衣料品などを提供している。タリバンはこの災害をスワット地区を取り返す絶好の機会とらえ活発に活動している。このままいけばこの地区の人々の支持を得てタリバンの復権はそう遠い将来ではない。スワット地区でタリバンが復権すれば間違いなくアフガニスタン戦争に影響する。さらにパキスタンはアフガニスタンへの主要な補給ルートとなっているが、今回の洪水でそのルートが使えなくなり駐留軍への補給はストップしたまま。パキスタンの洪水はアメリカやヨーロッパにとって他人事ではない。
中国とパキスタンを結ぶ経済の大動脈であるカラコルムハイウエイ(KKH)も寸断されて復旧の見通しは立っていない。北西部に始まった洪水はインダス川に沿って600キロを下って流域に被害をもたらし、さらに300キロの下流のシンディ地域に到達するのも時間の問題となっている。国内で3番目に大きいダムもすでに危険水位を超えて決壊の危機にありさらなる災害の恐れが生じている。
この緊急事態にパキスタンのザルダリ大統領はロンドンに外遊し、国内では批判の嵐が吹き荒れている。大統領への批判が高まっていけば政治的不安定をひきおこしかねない。パキスタンの政治情勢が先行き不透明となればそれはつまりアフガニスタン情勢に影響を与え、オバマ大統領のアフガニスタン・パキスタン政策にも影響がでる。世界がフラット化した現在、地球の裏側の自然災害は、即、自国の問題へとつながる可能性の高い新たなグローバル・イシューの登場である。



 
2010年7月28日
「アフガニスタン戦争日記」の衝撃−21世紀のペンタゴン・ペーパーズ

WikiLeaks(ネット)が 7月25日に2004年以来のアフガニスタン戦争に関する機密文書「アフガニスタン戦争日記(Afghan War Diary, 2004-2010)」と題して9万2千点ものすさまじい数の暴露話を掲載した。しかも、その発表にあわせNew York Times(米)、Guardian(英)、Spiegel(独)各電子版も解説記事を掲載したために、メガトン級の衝撃をホワイトハウスに与えている。
New York Times誌では、パキスタンがアメリカからの支援を受ける一方でアフガンタリバンを支援してISAFへの攻撃をバックアップしていることを取り上げアメリカ政府のアフガン政策に疑問を投げかけた。The Guardian誌やSpiegel誌は、タスクフォース373というアフガンにおける暗殺部隊(暗殺対象はタリバンやアルカイダのメンバー)の活動をとりあげその非合法性や非人道性に着目、またこれまで隠されてきた市民の犠牲に焦点を当ててこの戦争の惨状を浮き彫りにした。
ホワイトハウスは、これらの機密文書は「過去のもの」で現在とは状況が異なると否定に必死。だが、「アフガニスタン戦争日記」から浮き上がってくるのは巨額の資金と人員と9年の年月をかけてもなおアフガニスタンが復興できない現実とその理由を米政府が正しく把握しているという事実が逆に浮き彫りにされた。ケリー・上院外交委員会委員長が「非合法的なリークではあるが我が国のアフガン・パキスタン政策に一石を投じた」と述べたように、泥沼化するアフガン戦争への国民の支持が一層離れていけば、政府の関与のあり方が大きく問われ、オバマ政権の外交政策への影響は重大となろう。
ベトナム戦争の最中、ダニエル・エルスバーグ議員は、戦争に関するペンタゴンの機密文書を暴露して戦争の実態が政府の公表と大きく異なることを明らかにし、アメリカがベトナムで勝利できない現実を突きつけた。この暴露がきっかけで反戦運動が高まり、アメリカのベトナム政策の転換の契機を作ったともされている。この暴露は当時「ペンタゴン・ペーパーズ」と呼ばれ、アメリカの歴史の中で語り継がれてきた。その21世紀版とも言われているのが、今回のWikiLeaksの「アフガニスタン戦争日記」である。このサイトはアメリカ政府に都合の悪い事実を以前から掲載し話題となっていたが、今回の暴露(Leaks)は衝撃的であった。以前の「ペンタゴン・ペーパーズ」はあくまでアメリカ国内の問題だった。しかし、今回の「アフガニスタン戦争日記」での暴露はアメリカだけの問題ではなくグローバルな問題となった。これからのオバマ大統領の舵取りに世界は注目している。



 
2010年7月25日
不況なのに肥大化する産業

「9.11テロ」以降、アメリカはテロ組織やテロ行為の情報収集を秘密裏に行ってきた。そのため予算規模や関係者に関する全貌はベールに包まれていた。
それをWashington Post誌記者のダナ・プリエストと軍事専門家のウイリアム・アーキンが2年の歳月をかけて実態調査した「Top Secret America」レポート(同紙電子版)がアメリカの情報活動産業の実態を3部に分けてすっぱ抜いてその実体を明らかにした。それによると、情報活動産業は9.11テロ以降日々増長しつつあるがもはや制御不能状態で誰にも査察されず、その情報活動のおかげでアメリカが前より安全になったかどうかを判断することも難しいと記されている。
その巨大産業の実態を簡単に言うと以下のようになる。
政府の組織は1271にのぼり、その請負企業も1931になる。その組織や企業が対テロ情報活動や国土安全保障活動に関わり、米国内の拠点は1万カ所に上る。関わっている人員は85万4000人ほどで、毎年5万点の情報活動に関する報告書が作成される(ただしほとんどはゴミとなっている)。これだけの関係部門が活動しているがその仕事内容はほとんど同じで、ただの浪費と無駄の山である。たとえばテロ組織の資金の追跡は51の連邦組織や軍組織が行っているという具合だ。
さらには情報活動のために2001年以降新しい組織が次々と生まれている。2002年には37の組織が生まれ2003年には36の組織が誕生し、2009年までに総計263の新たな組織が生まれた。組織が生まれれば人員が配置され予算がつき請負契約が生まれる。つまりコントラクターが繁栄する。そしていったん誕生すると組織は消えることなくさらに増殖する。まるで「ゾンビのようだ」と記者は評する。情報関連予算はいまや750億ドルにも増大している。
そして不況の中、共存繁栄しているのが情報関連の請負企業、コントラクターだ。いまや国家の情報活動の30%近くはコントラクターが担っている。ジェネラル・ダイナミクスのような大手から中小のソフトウエア会社までもはやコントラクターなしにはCIAですら成り立たない状態なのである。安全保障の中枢である情報活動を民間に依存する危険性に目をつぶり無駄を積み上げる政府の政策には「仕分け」が必要なのかもしれない。
レポートの詳細は以下を参照。
http://projects.washingtonpost.com/top-secret-america/



 
2010年7月10日
時は流れて振り出しに戻る

マックリスタル将軍がアフガニスタン駐留米軍司令官を辞任し、後任に米中央軍(CENTCOM)司令官のデビッド・ペトレイアスが着任した。その後のCENTCOM司令官には、米統合軍司令部司令官のジェイムス・マティス海兵隊将軍が抜擢された。マティス司令官は2001年アフガン戦争、2003年イラク侵攻作戦の時に前線に立ち、10年近い月日を経てアフガンに戻ってきた。
特に2003年のバグダッド侵攻作戦では、一番のりを狙って第1海兵隊師団を率いていた。そのマティスの上官でイラク侵攻作戦の海兵隊の総司令官をつとめていたいのは、コンウェイ統合参謀本部海兵隊大将である。当時の侵攻作戦の総司令官は前々回更迭されたマッカーナン司令官だった。その配下にいたのが101空挺部隊を率いていたペトレイアス。イラク戦争スタート時と同じメンバーが退役予定を返上して再びアフガニスタンの現場に司令官として戻ってくる実態に、アメリカの戦争の長さと米軍の限界を感じざるを得ない。
さてマティスは海兵隊の輝かしい偉業となるべく、そして第1海兵隊師団の栄えある歴史を作るために2003年、バグダッド一番のりを目指した。そのために入念な作戦を練るべく6000個のレゴを購入しシミュレーションを重ねたという。作成されたレゴはキャンプ・ペンドルトンの駐車場に置かれていた。なかなかユニークな思索派かつ慎重派といえる。
それが真実ならば、アフガニスタンの国家再建とはなにを目指していたのか。イラクの民主化はなにを目指していたのか。国を作り替えることが容易でないことは明らかであり、それはテロリストの殲滅やアルカイダの追跡とは無関係の次元の問題であろう。オバマ大統領がどれほど戦費をつぎ込み人員をつぎ込み犠牲者に心を痛めても、破綻国家は再建できないのである。
一方で数年前の失言が非難を浴びている。彼はある公の席で「あのような連中を撃つのも一興」と発言した。「あのような連中」とは、マティスによると、「アフガニスタンにはベールをかぶっていないというだけで女性に暴力を振るう幼稚な輩がいる」という。タリバンが超保守的で女性にさまざまな因習を強要しているのは周知の事実であるが、マティスの発言はタリバンつまり敵を想定してたのだろうが、「人を撃つのが楽しい」というのは問題発言である。
その後マティスはかなり発言に慎重になり、ゲイツ長官から「経験から学ぶことのできる人物」とお墨付きをもらっている。さらに長官はマティスを「型破りな思考の持ち主」と期待をかけているが、イラクとアフガニスタンの戦争からどう這い上がるか、その采配ぶりに注目したい。



 
2010年6月28日
破綻国家ランキング

米フォーリン・ポリシー誌は2010年の世界破綻国家ランキングを発表した。同時に世界最悪独裁者ランキングも発表した。独裁者ランキングの一位は北朝鮮のキム・ジョンイルであるが、破綻国家としての北朝鮮は19位に踏みとどまっている。
では、破綻国家ランキングはどのように決定されるのか。フォーリン・ポリシー誌によれば、人口構成、経済状況、人権抑圧、派閥、不満、内部抗争、難民、治安、外国の介入などの12項目をそれぞれ10点満点で評価し、総合得点でランキングを決める。120点が満点で得点が高いほど破綻していると評価する。堂々の首位は114.3点を獲得したソマリアである。以下、チャド、スーダン、ジンバブエ、コンゴ共和国、アフガニスタン、イラク、中央アフリカ共和国、ギアナ、パキスタン(102.5点)と続く。わずか12点の間に10の国家がせめぎ合っているというのは、上位10カ国はそれほど破綻度に差がないということであろう。しかもこの上位10カ国は2007年以来順位が入れ替わる程度でなじみの顔ぶれである。つまり破綻国家は破綻したままであるということだ。
地域でみればアフリカとアジアばかりであり、文化面から見ればイスラム国家が多い。そして歴史的にみれば植民地であったか、外国の介入を受けた過去がある国家ばかりである。外国の介入が高い国ほど破綻ランキングが高い(ちなみに外国介入度で10点はアフガニスタンだけ)ことがそれを裏付けている。このランキングから伺えることは、国家を破綻させることは簡単だが国家の再建は世紀を超えてもなお成し得ないということであろう。
それが真実ならば、アフガニスタンの国家再建とはなにを目指していたのか。イラクの民主化はなにを目指していたのか。国を作り替えることが容易でないことは明らかであり、それはテロリストの殲滅やアルカイダの追跡とは無関係の次元の問題であろう。オバマ大統領がどれほど戦費をつぎ込み人員をつぎ込み犠牲者に心を痛めても、破綻国家は再建できないのである。
ちなみにもっとも破綻していない国家、つまりランキング最下位に位置するのはノルウエー(177位)である。フィンランド、スエーデンと北欧3カ国は抜群の安定国家と評価されている。日本は164位である。ひとつの惑星にこれほどの地域格差があるのが現実である。



 
2010年6月24日
アフガニスタン司令官の交代再び

アフガニスタン司令官のスタンレー・マックリスタル将軍が辞任した。アメリカの『ローリング・ストーン誌』に掲載予定のマックリスタルの密着取材記事がホワイトハウスの逆鱗に触れたからである。この取材記事でマックリスタルはオバマ大統領をはじめ、バイデン副大統領、アイケンベリー大使、ホルブリック特使らをこき下ろし批判した。司令官の立場にある軍人が行政府を批判することはシビリアンコントロールを貫くアメリカにとっては見逃せない事態でありオバマ大統領のとった行動は素早かった。
この騒動はトルーマン大統領が「中国の核攻撃」を要請して解任されたマッカーサー司令官を彷彿させるものがある。また、最近でも同じパターンが数年前に起こっている。ブッシュ政権末期、ウイリアム・ファロン提督が中央軍司令官に就任した。ファロンはブッシュ政権がイラン攻撃に積極的だったことに公然と反対して政権と対立していた。しかし雑誌に載ったインタビュー記事で大統領を批判したとして1年もたたないうちに辞任に追い込まれた(後任はペトレイアス現司令官)。
今回も司令官は雑誌記事でつまずいた。マックリスタル司令官はアフガニスタン戦争で増派を要請し、戦争の拡大を嫌うオバマ政権と最初から衝突していた。それでも結局はマックリスタルの要請に応えてオバマ大統領は増派を決定した。しかし現在ではアフガニスタンにいくら増派をしてもうまくいかない。アフガン戦争での戦死者は1000人を超え、しかも開戦以来もっとも犠牲者の多かった昨年の半数を上回る犠牲者が出ている。戦争を闘っている期間もベトナム戦争を抜いてアメリカ史上「最長」となった。戦争経費も「兆単位の戦争」と言われるようになった。それでもアメリカがアフガニスタンの泥沼から這い出る希望は遠い。
マックリスタル司令官は陸軍が新たに作成したCOIN(対内乱対策)の信奉者である。COINでは一般市民が優先されるため、タリバンと市民の区別がつきにくい。したがって、アフガニスタンの前線にいる兵士への負担が増えて軍内部に不満がたまっている。つまりあらゆる面からマックリスタル司令官の戦略は手詰まりとなっていた。舞台から降りるべくして降りた司令官ともいえる。
後任にはペトレイアス中央軍司令官が兼任することになり、戦略の方向性がただちに大きく変わることはないだろう。オバマ大統領は2011年7月撤退開始のスケジュールは一歩も譲らない構えである。その一方で、もはやそのスケジュールは実現不可能との厳しい意見もある。アメリカ「史上最長の戦争」を終わらせるのは容易ではない。



 
2010年5月24日
麻薬戦争

ロシアはアフガニスタンの麻薬トレーダーにとっては最大の顧客。今やアフガニスタンの麻薬は世界の90%以上を供給しており、主にロシアを経てヨーロッパへと運ばれる。当然ながら麻薬がロシアに蔓延することになり、様々な社会問題を引き起こしメドヴェージェフ大統領にとっても頭痛の種である。毎年3万人のロシア人が麻薬で命を落とし8万人の麻薬中毒者が生まれているという。6月にはモスクワで麻薬取締の国際会議を開くことになっており、ロシアは真剣である。
そのロシアの麻薬取締局の長官がアメリカの麻薬政策局長に、アフガニスタンや中央アジアを拠点とする大物麻薬トレーダー9人のリストを提供し、麻薬取り締まりを要請した。過去にも麻薬関係者や製造ラボの資料などを提供して米軍やNATOの麻薬対策の強化を要請してきた。しかし米軍やNATOはアフガニスタンでの麻薬取り締まりには消極的なため、ロシアが不満を募らせていて両者の意識のギャップが深まれば新たな火だねになりかねない。
そもそもアフガニスタンの麻薬はアメリカにはほとんど上陸せずアメリカに関係がない。その上貧困にあえぐアフガニスタン農民にとってケシは唯一の収入源となっており、その収入源をたたいたらいっそう恨みを買うだけである。麻薬はタリバンの収入源ではあるが撲滅はほどほどにというのが本音であろう。NATOもロシアの懇願を一蹴し、それよりもタリバンとの戦いに協力することが先決だととりつく島もない。ロシアは本気で麻薬を撲滅するつもりならお願いするだけでなく自らも犠牲を払わなければ国際社会は納得しないだろう。ともに汗水流す。この基本原理こそがグローバル社会においてこそ重要となりつつある。


 
2010年5月16日
似たものどうし

鳩山首相は、普天間基地を最低でも県外に移転しさらに問題を5月末までに決着させると約束したが、政権の政策は迷走し5月末までの解決は到底不可能となった。さらには、中国海軍の海上自衛隊護衛艦への異常接近や、日中中間線の日本側での海上保安庁の調査船に対する中国調査船の妨害でも後手が目立つ。日米同盟の希薄化を狙った中国側の見事とでも言える絶妙な駆け引きに鳩山政権は手も足もでない。それに拍車をかけるように、韓国哨戒艦沈没で朝鮮半島の緊張は高まり、クリントン国務長官が訪日するが、それが「愚直な首相」への不信感を助長させる結果とならなければよいが。
一方、太平洋の向こうのオバマ大統領も同じような状況に追い詰められつつある。オバマ大統領は、大統領選挙の公約として「イラクから2010年夏までに撤退」を掲げ当選した。しかしあと3ヶ月と迫った現在、「8月31日までにイラクから撤退というシナリオはすでに厳しいとの見方が政権内部でも強まりつつある」と英ガーディアン紙が報道した。イラクでは今年3月に選挙が行われたが、選挙をめぐってシーア派やスンニ派の宗派対立や政治対立が激化し、アルカイダの活動も活発化して最近では自爆テロが増加、治安は悪くなりつつある。このような状況での米軍の撤退はイラクを混乱させるだけとなる。さらにはイラク周辺のイランやシリアなどの諸国の動向も無視できず、撤退スケジュールは公約通りにはいきそうもない。
その影響は計り知れない。イラクから撤退しアフガニスタン戦争に集中し、12月にはマックリスタル司令官が報告書をまとめあげ2011年アフガニスタンからの撤退の筋道をつけるというシナリオが予定されているが、最初のイラクからの撤退でつまずけばその後のスケジュールをも狂う可能性が高い。アフガニスタンでの戦費はすでにイラクを上回った。今年2月のアフガニスタンの1ヶ月の戦費は67億ドルとなり、55億ドルのイラクを軽く抜き去った。イラクとアフガニスタンで戦い続けることは軍だけでなくアメリカ経済への負担も大きい。撤退が遅れることになれば国民の反発は必至で11月の中間選挙、次の大統領選挙は厳しいものとなる。
これらの日米の首脳が追い詰められた同じ状況が、日米「危機への序章」とならないことを祈るばかりである。


 
2010年5月14日
海兵隊の抑止力とは何か

「普天間基地を最低でも県外へ移転する」と沖縄に約束していた鳩山総理が、沖縄でその発言を撤回した。ここで鳩山総理は「県外移設が無理だ」とした理由に、米海兵隊の「抑止力」をあげた。ここでは「抑止力」を具体的に解明したい。
「抑止力」とは、攻撃を拒否し報復する能力と意思を相手に認識させることによって、攻撃を思いとどませることである。海兵隊は海軍省に属し、陸・海・空の能力を兼ね備えた独立戦闘集団であり、その順応性、適応能力は高く、戦場においては最先鋒を務める。海兵隊の「役割」には、地域紛争および地域の不測事態の抑止・対処、シーレーンの安全確保、大規模災害救済および人道支援、地域安全保障に対する米国のコミットメントの確証、米国と同盟国にとり優位なパワー・バランスの維持などがある。日本にとっては、本土への脅威に対する米海兵隊の抑止が最も重要である。日本は北朝鮮からはたびたび「火の海にする」と脅されてきた。また、朝鮮半島有事の際には北朝鮮からのWMD(核・化学・生物)兵器搭載のミサイル攻撃や特殊部隊の上陸などが想定される。さらに、中国海軍の日本近海での活動は度重なるようになり、台湾海峡有事の際には中国の領海侵犯もしくは尖閣列島をはじめとする先島諸島への領土侵犯などが想定される。もし、尖閣列島を占有された場合、自衛隊独力での奪回は困難であるため海兵隊との共同作戦は不可欠である。しかし、日米に能力と意志がある限り中国はそういった行動にはでないであろう。
また、米海兵隊の抑止機能を考慮した場合、一番重要なのは地政学的観点である。沖縄をベースとする海兵隊実戦部隊の移転先がグアムになった場合、朝鮮半島有事の際に海兵隊の支援が間に合わず、韓国の安全保障に深刻な影響が出る。それと同様、台湾海峡有事の場合もしかりである。海兵隊は沖縄からは台湾、朝鮮半島、尖閣列島へは1日で展開可能である。しかし、例えば、富士へ移設された場合には朝鮮半島へは2日、台湾へは3日かかる。その1〜2日の遅れが致命傷となるために沖縄県内に駐留せねばならない。以上の海兵隊の抑止力を鳩山総理は学び、沖縄県内への移転を表明したのであろう。今後の普天間基地移設のシナリオは、3つ考えられる。
先ず、普天間基地移設問題の本年5月末までの決着である。これは、現在の辺野古修正案(杭打ち桟橋方式)では地元の反対が激しく実行はきわめて厳しい。次は、7月の参議院選挙後に民主党が新体制でスタートして、11月のオバマ大統領訪日までに解決するシナリオである。この場合、米側の戦略ニーズ、地元の合意、政権内の合意という3次元連立方程式を早急に解かねばならない。その時、総理の強い政治的手腕が必要となる。是非実現させて欲しいシナリオである。最後は、11月のオバマ大統領訪日までに普天間移設問題を解決できないシナリオである。この場合、日米同盟は限りなく希薄化する懸念が生じるであろう。


 
2010年04月19日
責任不在の政策

イラク戦争以来民間警備会社は急成長している。とりわけイラクでは政権と結びついてブラックウオーター(現在はXeと改名)社が名を馳せた。民間警備会社は、アメリカの戦争を変え、今や戦争の趨勢すら左右する。
もちろんアフガニスタンでも例外ではない。不足する兵士を補うために様々なところで民間警備会社は活躍している。オバマ政権の新アフガン政策の要であるアフガン国軍とアフガン警察の養成でも、アメリカの会社はその訓練を請け負ってきた。しかし数年かけて60億ドルのアメリカ国民の税金をつぎ込んでも一向に成果が上がらない。治安部隊と警察を養成し、治安維持を移譲して米軍は撤退というそのシナリオを進める前提条件になっているにも関わらず、成果は惨めなほど低いことが判明した。アメリカ・マックラッチー誌電子版によれば、今年に入って警察官訓練生の所持するAK-47やM-16の照準がまったく合っていないことが判明した。誰も彼らに照準について教えていなかったのである。
もともと警察の養成には難問が山積みだった。ほとんどの市民は文字が読めない、教官と訓練生とで言葉が通じない、文化の壁、貧困、任務の危険性から後を絶たない脱走など枚挙に暇がない。
しかも請負契約にも不透明性が強い。先月にはGAO(会計監査院)は陸軍からXe社への10億ドルの訓練請負契約に待ったをかけた。ライバルのダインコープ社が不当に入札から排除された、と訴えたからである。そのダインコープ社は国務省から12億ドルの訓練請負契約をすでに取っている。
軍は請負会社に丸投げで、監督責任はどこにあるのかも不明である。アメリカは責任者なき高額な政策と知りつつも放棄できない泥沼に陥っているように見える。


 
2009年12月22日
戦争請負人は今・・・

ブッシュ政権時代にイラク戦争で一世を風靡したブラックウオーター社は、社員がイラク民間人の殺害をしたことで非難を浴びた。その後の顛末は、Xe(XENONの略)と名を変え場所をアフガニスタンへと移してメディアからの注目を浴びないように密かに活躍していた。
しかし、最近にわかに脚光と批判を浴び始めている。創始者のエリック・プリンスがCIAの協力者であり不透明な任務を遂行していたこと、ブラックウオーターが、アフガニスタンやパキスタンに極秘の拠点を持ち、CIAの無人爆撃機による空爆、アルカイダやタリバンの主要人物の暗殺に深く関与していることが明るみにでたからである。もちろんCIAは否定しているが、関係者の証言が相継ぎプリンス自身が語ったため(詳細はヴァニティ・フェア電子版「Tycoon, Contractor, soldier , spy」を参照)、CIAにも批判が集中している。要するに一介の民間会社の業務を遙かに超えるその仕事ぶりにアメリカの良識は憤慨しているのだ。 プリンスは元々CIAの協力者ではなかった。SEALを辞めた後ちょっとした訓練施設を作っただけだった。周囲も(おそらく本人も)金持ちの道楽と軽く考えていた。それがイラク戦争で政権と結びついて大当たりをして戦争請負人の異名をとった。
ところが2004年に転機が訪れる。CIAに勧誘され協力することになった。彼は資金も輸送手段も武器も人材もすべて自前で調達できCIAが入り込めない地域でもすんなりと入りこむことができた。要するに決して表舞台にはでない任務、アルカイダのメンバーの拘束を含む高度に極秘の任務に関与していた。もっともCIA活動では一銭たりとも報酬を受け取っておらずすべて自腹で活動したというから、太っ腹である。
そんな彼もスパイ稼業から足を洗い、高校で教鞭を取る予定だという。裕福で元SEAL、保守派でエバンジェリカン、自称自由主義者でローマ・カトリックに従う傲慢だが孤独を愛する。プリンは歴史と経済学を教えるらしいが、どんな歴史を教えるのだろうか?


 
2009年10月31日
深い溝

USAIDの支援を受けてアジア財団がアフガニスタンの国民意識調査を実施、その報告書が発表された。この報告書を読むと報道では見えないアフガンの人々のナマの声が見えてきて興味深い。折しもアメリカではアフガニスタン政策の見直しが話題になっている。日本でもアフガニスタンの支援で何ができるかが改めて問われている時期である。国際社会の一員としてアフガニスタンに対して何をすべきか、参考にしたい。
アフガニスタンは地域によって生活環境がかなり異なる。全国を一律に判断することはできないが、それでも全国共通の一番の問題は、失業(35%)、経済の低迷(20%)と経済問題が半数を占めておりしかも調査の始まった2006年以来、その比率が上昇している。さらに貧困(11%)も含めると生活の苦しさが一番の関心事なのである。治安を問題視するのは危険な南部でも28%程度で他の地域では10%未満でしかない。南部では治安が悪いと考えている市民は半数を超えるが問題意識としては低く、少々治安が悪くても気にしない、それより仕事が欲しいというのが切実な現実なのだろう。だからカネ払いの良いタリバンに参加して家族を養うことになる。
政府に対してはかなりシビアである。汚職のせいで国政がうまく行かないと考えているのは76%にのぼり国民は政府をほとんど信頼していない。彼らが信頼するのはアフガン国軍(91%)やアフガン警察(84%)だが、装備が乏しく未熟で自立できていないとかなり正確に現実を把握している。
そんなアフガンの人々にとって国際社会の支援は重要。居住する地域でどの国が最も貢献していると考えるかという問いには次の結果がでている。アメリカが41%とダントツなのは当然であろう。次いでドイツ(8%)だが、ドイツは復興だけに心血を注いできたのでその地道さが評価されたのだろう。3位が日本(7%)、4位がインド(5%)、そしフランス(3%)と続く。インドは唐突のようだが最近は多大な投資をアフガニスタンに実施しているようだ。フランスはPRTの復興支援事業は行っていないが評価が高いのが意外といえる。ただアフガン復興の要であるPRTは3%と評価が低いのは残念である。中国やロシアやイラン、サウジアラビアなどISAFに参加していない国も支援国として認知されている地域もある。
これだけの人員とカネと時間を費やしてもなお一向に復興しないのはなぜだろうか。国民はテロを全く問題にしておらずただ仕事を必要としている。彼らは失業がテロやタリバンを増殖する栄養になっていると考えている。対テロ政策かCOINかで悩むアメリカ政府とのこの意識のギャップはかなり深く大問題であろう。


 
2009年10月18日
分裂するパキスタン

ラワルピンディにあるパキスタン陸軍の本部がタリバンによって襲撃され、日本時間で10月11日にテロリストが42人の人質をとって司令部に立てこもった。救出作戦の結果39人の人質が救出され、軍も14人の犠牲者を出して事件は終結した。しかし、12日にはタリバンは犯行声明を出し、この襲撃はタリバンの大物司令官バイテュラー・メスード殺害に対する報復であると語った。これは「パキスタン政府とアメリカ政府に対するささやかな贈り物」で、今後タリバンはパキスタン全土でこのような襲撃を随時行う予定だという。今回の本部襲撃は「序の口」ということらしい(パキスタンのデイリー・タイムス)。
10月13日には今度はスワット地区で自爆テロが起こった。今春パキスタン政府はスワット地区で大規模な軍事行動を行いタリバン支配の強いこの地域を制圧した。その政府の支配下にあるスワットでのテロである。これからパキスタンでテロが急増する可能性は決して低くない。
メスード司令官はタリバンにとっては大きな存在で、その殺害はタリバンを弱体化させるだろうとアメリカ政府は期待していた。パキスタン軍の軍事行動も熾烈で概ね優勢のようであった。しかし事態は真逆の最悪の方向に向かいつつある。パキスタン政府が一層タリバンへの圧力と攻勢を強めれば強めるほど反発も激しくなり、内戦という事態も十分あり得る。一方パキスタンにとっては東の国境も気がかりである。インドと係争中のカシミール問題に決着がついていない以上、東の国境を手薄にはできず西の国境に十分兵力を割けないという事情がある。そこへアメリカ政府がパキスタン政府へ肩入れすれば、もう戦争である。パキスタンを追われたタリバンはアフガニスタンへ流れ、アフガニスタンは一層混乱しISAFとの戦闘も激化することは十分予測できる。
西にとらわれている間に東が不穏になれば、やがて印パ紛争が再燃する恐れもある。核ミサイルを保有する両国の紛争は危険極まりない。もはやパキスタンはこのままいけば内戦と印パ紛争で行き詰まって崩壊しかねない。ムシャラフと異なり現職のザルダリ大統領は親米でありそのためアメリカの介入を許し、パキスタンは一気に不安定国家となってしまった。ムシャラフは「アメリカ政府はパキスタンのやることにこまごまと口出しすべきでない。我々はタリバンとの戦い方をきっちり心得ているし、カネもヒトも自前でまかなえる」と語る。


 
2009年06月17日
デニス・ロスのNSCへの抜擢

オバマ大統領は、国家安全保障担当補佐官に元海兵隊将軍のジェイムズ・ジョーンズを据えた。NATO任務が長くフランス語が堪能なジョーンズはNSCを仕切る調整役としてぴったりという評判だった。しかしすでに不協和音が響き始めているようだ。彼はものごとの決定過程をシステム化するのが得意で、いつ、だれが、どこで、どうやって、何をどうするのかという過程を素早く構築できる能力に秀でている。
一方で、いざものごとを決めようという段階になるとジョーンズはカメになってしまう。のんびりと構えていて刻一刻と変わる情勢についていけず、彼の下にいるトム・ドニロン副補佐官が実質的にはNSCをフル回転させているとの批判も囁かれている。
ジョーンズ外しの動きがうごめいていることは確からしい。特に中東政策をめぐってジョーンのやり方が気に入らないオバマ政権内のネオコン寄りやリクード派の勢力がジョーンズ下ろしの謀略をめぐらす可能性もある。
NSCが穏やかでない中、国務省の中東専門家デニス・ロスがNSC入りする(6月16日に報道)。ロスは大統領選挙キャンペーン期間中にオバマの特別アドバイザー(アラブ・イスラエル政策)であった。これは、オバマ政権がイランの選挙で情勢不安になったイランにより積極的に対処するために、オバマは懐刀のロスをNSCへ抜擢しようというのだろう。それと同時にNSCに活を入れるという一石二鳥の働きもある。また、ロスは国務省ではヒラリー国務長官とそりが合わなかったうえ、湾岸・南アジア担当特別顧問であったがミッチェル(中東特使)、ホルブリック(アフガンとイラク特別代表)という大物大使に挟まれ身動きがとれなかった。ロスのNSCへの抜擢はオバマ政権がイラン情勢の立て直しを図る動きだと読めよう。ロスの抜擢はこれまでの強硬路線一本槍ではなく慎重に対応していこうという姿勢の表れでもあるかもしれない。ロスはイラン政策に関しては専門家であり、その著書で「イランとは非公式に直接対話すべきである」と主張している。
オバマがカイロ演説で述べたようにどんな国も他国の選挙に文句をつける筋合いはない。かつて2006年にガザで選挙が行われハマスが大勝利を収めた際、アメリカはその選挙を無効と決めつけてやり直しを求めガザの人々の怒りを買い、アメリカの支援を受けていたアッバス率いるファタハは人々の支持を失った。そのような失敗を繰り返さないで欲しいものである。


 
2009年06月13日
希望の星

6月4日、オバマ大統領はカイロでイスラム諸国へ向けた演説を行った。演説にはイスラムの歴史や文化、宗教への深い敬愛が込められており、イスラムの人々へ対話を呼びかける重要なスピーチとなった。それ以外にこの歴史的な演説の中でアメリカの外交政策について、重要なことをオバマ大統領は述べている。オバマ大統領は「ある国の政治システムを他国へ押しつけてはならない」と述べ、それまでの「アメリカの民主主義を世界に普及するのがアメリカの使命」というアメリカの戦略文化を根底からひっくり返してしまった。このコペルニクス的転換でアメリカの外交政策は大きく変わる可能性が大きい。その4日、エジプトとガザとの国境にはガザ地区に住む子ども達が大勢詰めかけた。子ども達はオバマ大統領に直訴するために集まった。彼らはイスラエルによる封鎖を終わらせ普通のこどものように安心して暮らせるようにしてほしいと訴えた。ガザ地区ではいまだにイスラエルによる封鎖が続いており電気や水といったライフラインは途絶え、医療品や食料も枯渇している。世界からの関心も低く援助も先細りで困窮の極みにある。もちろんガザの子どもたちの直訴はすぐ実現はしないが、子ども達がオバマ大統領に託している希望は決して軽くない。彼らの希望と期待に応えることができたら、オバマ大統領のカイロ演説も「口先だけ」ではなくなるのだろう。


 
2009年06月02日
なんのための6年間だったのか

最近、チェイニー元副大統領が、「9.11テロとサダム・フセインを結びつける証拠はまったくなかった」と発言し、あっさりイラク戦争を否定してしまった。チェイニーはブッシュ政権でイラク戦争を推進した張本人である。かつては、「9.11テロを引き起こしたアルカイダとフセインは関係がある」と強硬に主張しその証拠をCIAに強要した人物だ。チェイニーは頻繁にラングレーを訪れてはICA職員に圧力をかけてなんとか両者の関係を裏付ける情報を提出させようとした。そのためICAでは嫌気がさして辞職する情報部員が続出した。
しかしどれほど圧力をかけてもそんな情報は出てくるはずがなかった。フセインは大のアルカイダ嫌いでイラクから遠ざけていた。それでもチェイニーはイラク攻撃を推進した。6年経って「実はそんなものはなかった」と言われたら「ではイラク戦争は何だったんだ?」「アメリカをテロリストから守るための戦争ではなかったのか?」「何のために米兵は死なねばならなかったのだ!」ということになる。さらに、現在では、イラク攻撃のもうひとつの根拠となった「フセインが大量破壊兵器を所有していた」というブッシュ政権の主張もすでに嘘だったことが判明している。
米軍の犠牲者はとうに9.11テロの犠牲者数を上回り、イラク国民の犠牲は計り知れない。ひとつの独立国家の主権が侵されそこでの統治者は死刑となった。国を破壊しても誰も謝罪しない、誰も責任をとらず償いもない。イラク攻撃をしたその他の説明責任が問われることになる。これでは、靴を投げただけではとうていおさまらない。


 
2009年05月27日
ブッシュ親子の根深い確執

ブッシュ前大統領が、信心深く自らを「神に選ばれた大統領」と宗教的使命感に燃えていたのは有名な話だろう。宗教心が親子の確執と絡み合ったら世界が不幸になるというのは歴史の教訓として後世に書き残して欲しい。
時は2003年に戻るが、折しもイラク戦争へと突っ走るブッシュは、戦友を求めていた。あるときブッシュはフランスのシラク大統領(当時)に、自らの使命とイラク戦争の意義を語った。旧約聖書に出てくるゴグとマゴクを引き合いに出し、「中東では我々の敵であるゴグとマゴグが暴れ回っているからそれらを新世紀が訪れる前に滅ぼさねばならない、それは神の意志であり、今こそその時だ」とブッシュはシラク大統領に熱く語ったという。ゴグとマゴグは旧約聖書によればイスラエルを滅ぼすと預言されている。シラク大統領はその狂信的な信仰心にとまどい、イラク戦争を宗教で正当化するブッシュについていけないものを感じたようである。
しかしブッシュはシラクだけでなくパレスチナの外相に対しても、「イラクとアフガニスタンへの侵攻は神からの命令であり自分はその命令に従っているのだ」と語ったという。ブッシュはイラク戦争をイスラム諸国への「十字軍」ととらえていると報じられたこともあったが、ホワイトハウスはそれを否定していた。だが、ブッシュは本気でそう考えていたということである。
ところが、それは宗教心だけではなくもっと深い確執が絡み合っていた。ブッシュ前大統領はエール大学卒である。父ブッシュもエール大学卒。どちらも同大学の会員制秘密クラブ「頭蓋骨と骨」のメンバーだった。このクラブは入会が極めて制限されており、メンバーになることはとても名誉なことである。晴れて入会すると入会者はそれぞれニックネームがつけられる。父ブッシュのニックネームは「マゴグ」だった。
父親コンプレックスに悩んでいただブッシュ前大統領がマゴグの抹殺に躍起になったのもうなずける。


 
2009年05月23日
敵の敵は友。友の友の敵は?

 スリランカでタミール・イーラムが反政府闘争を熾烈化させた。タミール・イーラムは多くの市民を「人間の盾」とする一方、政府は人間の盾をものともせずに攻撃を加える。この非情な政府の攻撃にさすがの過激派も根をあげて降参したようだ。一般市民はタミール・イーラムにも腹を立てているが政府の冷酷な仕打ちにも打ちのめされている。
長年スリランカではタミール・イーラムの闘争が続いているが、その闘争はインドも巻きこんできた複雑な内戦だった。パキスタンとインドは長年犬猿の仲。パキスタンがインド政府を揺さぶるタミール・イーラムを支援していても不思議ではない。
 一方で、パキスタン内部の反政府組織を支援しているのがインド。元々はパキスタンが作ったタリバンだが、今では統制が聞かない状態で逆にパキスタン政府に脅威となっている。となればインドにとってタリバンはお友達。宗教の違いを超えて利害が一致して、インドはタリバンをせっせと支援する。また南部に巣くうバルチスタン自由党というバルシュ人の独立を目指す反政府組織への支援も抜かりなく、パキスタンの政情不安を煽る。
 では大国の視点から見てみよう。中国にとってインドは宿敵。しかしインドにはパキスタンという核ミサイルでも競争するような強敵がいる。敵の敵だから中国にとってパキスタンは盟友となり、手厚い軍事、経済支援をつぎ込む。
北のロシアも高みの見物をしているわけではない。ロシアもパキスタンのバルチスタン反政府組織をこっそり支援して、ここのパイプラインの敷設を阻む。トルクメスタンはロシアを通るパイプラインの他にアメリカ支援のバルチスタン地方へのパイプラインで天然ガスを輸出したい。しかしそれはロシアにとってはおもしろくない。なんとしてもバルチスタンへのパイプラインは阻止せねばならない。それにはなによりも政情不安が一番である。だからちゃっかり反政府活動をバックアップする。
 しかし、敵の敵は友というかつての仁義ももはや風前の灯火となっている。中国がスリランカ政府を支援すると決めたのである。スリランカ政府は盟友パキスタンの友タミール・イーラムの敵だから、友の友の敵は友ということになる。
 今やアメリカにとっては主戦場となったアフガニスタンーパキスタンだが、敵の敵と盟友関係を結ぶ複雑さに加えてグローバルな麻薬組織も参入し、歴史も積み重なった多層関係に積み上がった今回の戦争はもはやアメリカには解決できない。時間と地域にすべてを委ねて高みの見物こそアメリカの役割だろう。


 
2009年05月20日
米軍の苦悩

 アフガニスタンやパキスタンのFATA地帯では熾烈な空爆が続いている。空爆は米軍の犠牲者は少なくてすむが民間人の犠牲は増える一方である。5月にはいってアフガニスタンではこどもを中心とした犠牲者が増え続け、人道的な批判が高まりつつある。この民間人の犠牲に関して米軍トップの統合参謀本部議長のムラン提督が異例の発言をした。いわく「アフガニスタン民間人を殺戮していたのでは戦争に勝てるはずがない」とはじまり「こんなこと(民間人の殺戮)を続けていいわけがないし、続けていたら戦略も無意味になる」とかなり率直に非を認めている。しかし、「だからといって何もしないわけにもいかない」と苦悩の胸の内を明かした。軍のトップとしてはかなりストレートなものいいであろう。
 空爆はタリバンやアルカイダに関しては効率がいい戦闘方法ではなさそうだ。空爆で組織の幹部らが犠牲になることは少ない。よしんば一人殺害に成功してもその数十倍の敵を生む。空爆でせっせと敵を生産しているようなものだろう。
 一方パキスタン内でも何十万という国内難民が発生して混乱している。パキスタン軍がFATAに対して攻勢を強めているようであるが、これに関してはかつての軍トップのムシャラフは「逆効果」とバッサリ切り捨てた。パキスタン軍にプレッシャーをかけて攻勢を強めさせればさせるほど、逆にパキスタン軍は戦闘意欲を失うというのだ。確かに軍の3分の1はパシュトゥ人で同胞への攻撃を強要するのはマイナス効果しかない。ムシャラフはパキスタンは「軍政が一番いい統治方法」と語る。パキスタンは6ヶ月以内に崩壊するとの見方もあり、崩壊の混乱に乗じてクーデターで返り咲くつもりかもしれない。しかしそれはパキスタンにとっては最善の道かもしれない。民主的軍国主義、民主的帝国主義もあれば軍事的民主主義もある。国家形態は多様なのだ。その多様性を許容することがアメリカにとって一番必要なことであろう。


 
2009年05月19日
正しい戦争

 CEOと呼ぶべきなのか、総督と呼ぶべきなのか。元アフガン大使であり元国連大使であったハリルザド氏がアフガニスタン政府の中の大統領に並ぶ高位ポストに就く構想が持ち上がった。このポストは選挙によって選ばれるのではなく、ハリルザド氏が就任することが前提で彼のアメリカ国籍はそのまま、カルザイ大統領と匹敵する権力を有する新設の地位。これはブラウン・英首相の発案らしいが、さすがは植民地経営の歴史が深い国の首相だけのことはある。アフガニスタンを名実ともにアメリカの植民地にしてしまおうというのだ。アメリカも乗り気らしい。
 次のアフガニスタン大統領選挙でハリルザド氏が立候補できなかったので考え出されたプランのようだが、他国籍の人物が選挙によらないで支配者になるというのはもはや独裁を通り越して単なる植民地政策でしかない。どんなに選挙で選ばれた大統領が並び立とうが、民主主義にもとることは明白。それでアフガニスタン国民をだませると思っていたらとても傲慢な発想だ。オバマ大統領が敬愛するリンカーンの嗚咽が聞こえる。
 しかし、このような手段でアメリカがアフガニスタンを植民地とするならばタリバンの対アメリカ闘争は独立を目指す闘争となり、アフガニスタン戦争は独立戦争となってタリバンにとって世界にとって正しい戦争ということになる。かつてアフガニスタン戦争を「正戦」と称した大統領がいたが、彼の言葉は正しかったのだ。


 
2009年05月17日
今時のシルクロード

 パキスタンといえば北西部が今や世界の注目の的。このパシュトゥ人居住地帯はアメリカにおける長い戦争(ブッシュ政権時代はテロとの戦争と呼んでいた)の主戦場となっている。その影に隠れて密かに重要度が上がっているのがバルチスタン地域。パキスタン南部に広がる、バルシュ人が居住する一帯である。バルシュ人はイラン南部にもまたがっており、パキスタンのモザイク民族構成の一角を占めている。なぜ重要度が高まっているのか。それはグワダールという港湾を抱えているから。グワダールは、中央アジアの天然ガスや中東石油の拠点港湾としてその戦略的価値が近年高まっている。
 グワダールは2007年に開港したばかりだが、ここを作ったのは中国。資本も技術も中国が投入、今では海軍港としての機能も拡張しつつある。港湾の運営をまかされているのはシンガポール。当時のムシャラフ大統領は対テロ戦争の最前線としてアメリカから軍事援助を受ける一方で、中国から戦略的な港湾を武器に経済支援を引き出していたのである。
 地図を見れば、グワダールの重要性は一目瞭然。ホルムズ海峡の出入り口に近く、ダイレクトにアラビア海へ出ることができてアクセスは抜群。中国にとってはインドを迂回できしかもここからならイランや中東、アフリカにも最短距離。中央アジアの天然ガス資源の拠点ともなる可能性も秘めていて、高額な投資をしてもおつりが来るようなポイントなのだ。さらには、グワダールを経てカラチへと延びるマクラン海岸道路は700キロにおよびいずれ西のイランとの国境付近まで拡張される。この高速道路を使えばカラチからグワダールまではわずか7時間。すでに中国からはカラコルム峠を経てカラコルム高速道路がカラチへと続いている。グワダールから北へ向かう道路はアフガンとの国境近くのクエッタ、チャマンへと伸びる。グワダール近郊には国際空港もある。
 中近東やアフリカ、イランとパキスタン、アフガニスタンを経て中国をつなぐ道は2000年前のいにしえの時代から戦略上重要なルートだった。幾多の戦禍と国境に阻まれながらもこのシルクロードは生きながらえ、絹を運んだキャラバン隊の道はいまでは石油資源から武器まであらゆるモノを運ぶ高速道路と進化した。シルクロードによって西の文化はあまねく日本に伝わったが、今の高速道路は何も日本へは伝えない。。


         
2009年05月14日
アフガン司令官の交代の意味するところは・・・

 アフガニスタン、パキスタン情勢が思わしくない。米軍の空爆で両国の国境地帯でこどもや女性を中心とした市民の犠牲が増加し、親米のカルザイ大統領ですらオバマ大統領に空爆をやめてほしいと要請するほど。白リン弾の使用疑惑(法的には問題ないが人道上は問題となる)も浮上して、国際的人権問題にも発展しかねないほど米軍の空爆は熾烈を極める。アメリカはタリバンが市民を人間の盾にしているからだと反論し、空爆をやめるつもりはないとジョーンズ補佐官は決意を表明した。
 一見強気だが、実は一向に上向かない戦局への苛立ちがアメリカを支配している。それはアフガン司令官の交代ではっきりした。わずか1年にも満たない任期で更迭されたのは、デイビッド・マッカーナン将軍。代わって登場したのは、スタンリー・マッククリスタル将軍である。この2人どこが違うかというとバックグラウンドが全然違う。マッカーナンは、ボスニア任務など治安維持の経験が豊富。マッククリスタルは対テロ専門の特殊部隊の出身で、治安維持というよりはターゲットの抹殺が専門。平たく言えば暗殺のプロで、ブッシュ時代には随分と裏舞台で活躍していた。つまりオバマ大統領は復興をめざすアフガニスタン政策を転換し、早期に徹底的なテロ組織の撲滅を目指しそのためには熾烈な軍事作戦も暗殺も辞さないという強硬な姿勢を示したのだ。しかしこれはまったく逆効果。強硬な姿勢は蟻地獄への入り口となる。
 パキスタン北西部のFATA地帯はパシュトゥ人が居住する地帯で、パキスタン政府の支配の外にある。パシュトゥ人はこことアフガニスタン側に広がって長年住んでいる。もともとはひとつの地帯だったがロシアとイギリスによってアフガニスタンとパキスタンに分断された。民族意識がかなり強くその上外部からの干渉を嫌う傾向にあるから、米軍やNATOを侵略者とみなして逆に民族としての結束が強まり、アメリカが強硬になればなるほど反外国勢力の機運が高まってしまっている。普通のパシュトゥ人は戦争は嫌だしタリバンだって別に支持していなかった。でも、民族を分断した西側の外国軍隊がやってきて村を荒らし空爆で家族が犠牲になればタリバン支持に走る。タリバンのイスラム原理主義とパシュトゥ人の民族主義が統合されたら、これほど手強い敵はいないだろう。
 アフガン司令官の交代は、敵には強烈なメッセージとなったに違いない。宗教心に裏打ちされた民族の誇りをかけて彼らはとことん闘うだろう。アメリカは民族の誇りと闘って勝ったことがあっただろうか。最善の策は、いますぐアフガニスタン、パキスタンから撤退することしかない。


 
12月10日
ドイツの気配り

 ドイツはNATOの一員としてアフガニスタンに派兵、アフガン警察の訓練・養成に力を注ぐ。ドイツのハンス・クリストフ・アモン将軍はその成果を「救いようがないほどの失敗」と評した。ドイツ政府はこの任務に1200万ユーロを費やした。これだけの額があればドイツ兵のために170万パイント(約80万リットル)分のビールが購入できると嘆く。戦費をビール代で表現するのはさすがにビール大国の面目躍如である。ともあれ将軍はこの調子ではアフガン警察が独り立ちするまでにあと「82年はかかる」という。つまり飲みきれないほどのビールがアフガンの大地に消えることになる。これにはドイツ人も黙っていない。
 ドイツの世論はアフガン派兵には反対論が強い。撤退機運も高まっている。政府は公式の場では「戦争」という用語を禁止し、「戦死者」とはいわずに「お亡くなりになった兵士」と言い換えて世論を刺激しないように気を遣う。しかも増派だ、装備の増強だとなれば、本国の近隣諸国が黙っていない。ドイツの強大化は今でも脅威をまきちらす。内外に気を遣っての派兵は政府としても疲れる。そこまで気を遣うくらいならいっそ撤退したほうが楽、という流れにならないとも限らない。しかし撤退すれば隣国あたりから「一人だけ働いていない」と非難される。まさにアフガニスタンで立ち往生しているのが今のドイツ。
 しかし帰りたいのに帰れないのはドイツだけではない。イギリスの将軍はアフガニスタンでのISAFの戦闘を「我々は勝てない」とこぼしてヨーロッパに衝撃を与えた。軍のトップが敗北宣言をしてしまったのだが、それにもかかわらず撤退もできない。イギリスはアメリカに追従してここまで来てしまったために、帰り道を見失ってしまったのだ。
 12月7日にはタリバンはNATOのパキスタン国内の補給集積所を襲撃し、トラック100台以上を破壊し集積所を産廃のゴミ捨て場のようにしてしまった。タリバンのオマール指導者は、この襲撃を警告だと発表した。つまり、これでアフガニスタンから出て行かないなら次は多くの兵士が死ぬことになる。この襲撃はISAFに対して撤退の格好の口実を与えてやったのだ、これを機に出て行けというのである。
 これに対してアメリカはこの襲撃の影響は「微々たるもの」と強気の姿勢を見せているが、タリバンはかなり本気だし、ISAFの危険度が相当高まっていることは間違いない。タリバンはISAFの補給ルートを集中的に襲って兵糧攻めにする作戦をとりつつあり、この作戦は今のところうまくいっているようである。
 現在ISAFの補給物資は、パキスタンのカラチの港から陸揚げし陸路を北上してペシャワールに集積される。そこからカイバル峠を越えてアフガニスタンへと運ばれる。このルートで物資の70%は運ばれるが、タリバンがこの補給部隊を黙って通すはずがない。補給部隊にしてみれば道路が少ないので迂回などできない。待ち伏せされているとわかっていてもその道路を通るしかないのである。特にカイバル峠はマスード指導者が待ち構えて襲撃に成功している。
 今回の襲撃はペシャワールの集積所を襲われたのだが、200人以上のタリバン兵が午前3時に集積所を包囲し13人のガードマンはわずか30分で降伏したという。しかしガードマンの犠牲者は1名のみという点が、タリバン側の余裕を感じさせて不気味である。要するにタリバンはアフガニスタンであろうとパキスタンであろうと変幻自在に動き回れるし何でもできるということである。
 目下のところNATOは補給の代替ルートを模索中である。イラン経由のルートは魅力的だが政治的にイランの協力は仰げない。また、ロシアと中央アジア経由のルートも考えられるが、こちらもロシアとの政治的な不和から協力は望むべくもない。結局襲撃されても今のパキスタン・ルートに頼るしかないのだが、普段から友達作りをしていればいざというとき助けてもらえたのだろう。補給が絶たれてしまってはやはり「勝てない」のである。


12月9日
シンセキ大将復活の日

 2003年2月、アメリカはイラク戦争へと突っ走っていた。開戦は時間の問題だった。しかし国防総省では、軍と民が対立していた。正確にいえば、ラムズフェルド国防長官とエリック・シンセキ陸軍参謀長がイラクへの派兵数をめぐって対立していた。ラムズフェルド国防長官は最小限の人員で最大限の効果という効率主義を貫いて、少ない人員での戦闘を求めていた。これにたいして現場を知っているシンセキ大将は、ボスニアやコソボでの経験から大規模な派兵を主張していた。シンセキは2月、議会での公聴会で議員からイラクで必要な兵力数を聞かれて「数十万人は必要」と証言したため、ウルフォウイッツ副長官やラムズフェルド国防長官の逆鱗に触れて更迭されてしまった悲劇の将軍である。当時シンセキの親友でもあったホワイト陸軍長官もシンセキをかばったために更迭された。ちなみにこのときの副参謀長がジャック・キーンで、後にブッシュ大統領に最も近い軍人となる。2007年のイラクへの増派を進言しイラク総司令官にぺトレイアスを推挙したのもキーンである。
 その後、シンセキは公の場には一切姿を見せなかった。メディア等からコメントを求められても一切応じず、ラムズフェルド長官のやり方に憤慨して退役したり更迭された退役軍人らが長官や政権を非難したり反戦運動を展開するなか、一人沈黙を守り通した。だから、イラク戦争やブッシュ政権にまつわる暴露本にはシンセキはほとんど登場しない。その潔さは「武士道」とまで讃えられた。彼はアメリカ軍において陸軍参謀長という最高峰まで出世した初のアジア系(日系3世)として出身地ハワイでは賞賛されている(記念館もある)。
 そのシンセキ大将を、同じハワイ出身のオバマは退役軍人省長官に抜擢した。今退役軍人といえばイラクかアフガニスタンの経験者が主である。シンセキはイラク開戦にも関わり軍人の間でも尊敬と信頼の厚い人物であり、この登用は喝采をもって受け止められている。それは、オバマがいかに兵士を大切に考えているかを示すことに成功したということである。
 シンセキはコソボ、ボスニアでNATOとして米軍の平和維持軍を指揮した。そのときのまじめで誠実な勤務ぶりに影響を受け彼を尊敬する軍人は少なくない。たとえばその一人がISAFのマッカーナン司令官である。彼はボスニアでシンセキの下で任務につき、大きく影響を受けたのである。
 しかも、オバマは「ひとつの合衆国」を掲げて大統領選挙に勝利した。彼の閣僚人事をみてみれば、白人はもちろんアフリカ系、ヒスパニック系、女性も参加している。唯一アジア系がいなかったのだが、シンセキの登用でバランスがとれまさに「白人も、ヒスパニックもアジア系もない」という言葉とおりの政権になる。
 軍の支持を集めなおかつ人種のバランスもとる。次期大統領はなかなか心憎い采配を振るう大統領である。


12月8日
「テロとの戦争」に翻弄されるパキスタン

 11月28日に起こったムンバイ同時テロによってインドとパキスタンの関係が一気に悪化した。イギリスからインドが独立した際にイスラム国家として分離独立して以来、カシミールの領有をめぐって両国の関係は緊張状態が続いている。ここ数年はそれでもバスの運行が一部開始されるなど雪解けムードが高まっていたが、今回のテロで氷河期へ逆戻りした感がある。それは、今回のムンバイ・テロの背後にパキスタン、正確にいえばパキスタン情報部(ISI)が関与しているとインド側が考えているからである。テロ実行犯の唯一の生き残りがパキスタンを拠点とするカシミールで活動するテログループ、LETのメンバーと判明している。LETはISIの支援を長年受けており、今回のテロの計画そのものはISIが立てたものである。インドの主張はこの部分では正しい。
 パキスタンの関心はその建国以来インドに向けられてきた。インドに飲み込まれるかもしれないという恐怖が常にあり、いかにインドと対等になるかというのがパキスタンの内外政治のすべてといっても過言ではない。インドを弱めるためなら何でもするのである。ISIはインドの周辺国のネパールやバングラデシュの民兵を使って国境周辺に揺さぶりをかけたり、カシミール分離過激派を支援してテロを起こさせたりしてきた。それが9.11テロを境に変化したのである。アメリカの圧力に負けてアフガニスタンでの戦争への協力を余儀なくされ、また政府の和平路線もあってISIはカシミールなど東への関与が低下していった。
 その真空状態に入り込んだのがアルカイダであった。つまり手塩にかけて育てたLETのコントロールをISIは失い、LETはアルカイダの指揮系統におさまってしまったのである。
 もともとの計画では、LETはパキスタンでテロの訓練を受け、アラビア海からインドのグジャラート地方へ上陸し陸路でカシミールへ入りテロを起こすことになっていた。しかし、アフガン国境での紛争への対応のためこの計画をISIは棚上げにした。しかしLETはアルカイダの指揮系統にしたがってカシミールからムンバイへ場所を変更してテロ計画を実施した。したがって、テロ実行に関与していないというISIの主張も正しいことになる。
 インドは激怒し、パキスタンはFATAの10万の兵力を東のインド国境へ移動させる。これによってアルカイダが聖域としているFATAは手薄になり、追及の手も緩むであろう。ムンバイ・テロの真の目的はここにある。つまり、FATAから兵力をひきはがすことに尽きる。その意味ではアルカイダの戦略は見事に的を射ている。


11月24日
能力重視のオバマ新政権

 次期政権の閣僚人事が注目を集めている。正式の発表は「感謝祭」開けに出されるとのことだがここにきて主要人事は見えてきた。
 特に財務長官人事は、世界的金融危機に直面している現在では世界中の関心の的である。その財務長官にティモシー・ガイスナーNY連銀総裁が就任するらしい。弱冠47歳で7000億ドルの緊急融資の権限を持ち史上最高の財政赤字に取り組むことになる。今やその絶大な権限を持つゆえに「ヘンリー王」とも呼ばれているポールソン財務長官の後を引き継ぐガイスナーは果たして何と呼ばれるようになるのか。ガイスナーの名が報道されるとNY市場は急騰、金融界が希望を持って受け入れたことを示した。一時有力視されていたローレンス・サマーズ元財務長官(53歳)は過去の女性蔑視発言があったものの経済担当大統領補佐官に就任し後にFRB議長に就任することになるらしい。サマーズはガイスナーの元上司であったためオバマ次期大統領がどう二人を使うかが注目される。
 ガイスナーはジョン・ホプキンス大学で日本と中国を学び国際経済学で文学修士号を取得、キッシンジャー・アソシエイツ、財務省、国際金融基金を歴任して現職に至る現実主義者である。1997年のアジア通貨危機ではサマーズ財務長官の下で事態の収拾にあたるなどアジア通でもある。この人事を見ると金融危機はもちろんのこと、バラク・オバマ次期大統領(47歳)がいかに中国を経済問題では重視しているかが理解できる。
 国務長官には何とヒラリー・クリントン(61歳)が就任すると言う。そうなれば上院外交委員長を務めたバイデン副大統領(66歳)との間に外交問題をめぐり主導権争いが生じかねない。そこで注目されているのが、大統領に最も近くかつ閣僚の調整役のポストでもある国家安全保障担当補佐官。ブッシュ第1期ではコンドリーザ゙・ライス氏が務めた大統領の懐刀ともいうべきポストである。ここにきてジェイムズ・ジョーンズ元海兵隊大将が有力となってきた。ジョーンズ大将はNTATO司令官を務めたいわばNTATO通。海兵隊で初めて統合参謀本部議長を務めたピーター・ペイス大将と同期の海兵隊エリート。昨年夏にはイラク軍の訓練状況をまとめあげた「ジョーンズ・レポート」を作成した。ゲイツ長官とも親しい。
 ジョーンズが国家安全保障担当補佐官というのは一見意外な印象を受ける。しかしオバマはアフガニスタンでの戦争を重視している。アフガニスタンではNATOとの緊密な協力が欠かせない。ISAFの司令官はデイビッド・マッカーナン将軍で、彼も欧州軍が長い。コソボ紛争ではNATO軍と協力して任務に当たるなど現場のNATO通ともいえ、ジョーンズ大将とは相通じるところがあるに違いない。そんなジョーンズ大将を揃える人事を見るとオバマがいかに現実主義者であるかがわかる。ブッシュ政権は能力よりも「忠誠心」を重視したが、オバマ政権では徹底した能力重視、しかも即戦力重視という厳しさがある。机上の空論とは無縁な、ある意味では相手国にとっては厳しい政権となる可能性大である。
 この人事を見ても日本は蚊帳の外である。オバマ政権になってどう日本は生き残りを探るのかが問われる。


11月23日
2025年の世界は…

 アメリカ国家情報委員会(National Intelligence Council)が最近2025年の世界情勢を分析したレポートを発表した。そのレポートによると2025年の世界のシステムは多極化し、国家と、非国家(たとえば経済や民族、犯罪組織などのまとまり)が同時に存在して相互作用を及ぼす傾向が強まると分析している。つまり国家を超えたグローバルな動きが加速されるというのである。たとえば地球温暖化、食料問題、水問題、高齢化社会など人類が初めて直面する問題は一国だけでは対応できない。国境を越えた枠組みが必要になると警告を発している。
 同じようにリチャード・ハース米外交問題評議会(CFR)会長は、現在の社会は「無極化」(Nonpolarity)の時代に突入したと論じる。ハースはブッシュ政権下の国務省で政策企画局長を務め、コリン・パウエル国務長官の主席顧問という懐刀的存在であった。その後2003年からCFRの会長に抜擢された。国務省の政策企画局長というポストはX論文をCFRの『フォーリンアフェアーズ』誌に執筆して冷戦の到来を予告したジョージ・ケナンと同じである。その流れを組むハースが迫り来る世界秩序を「無極化」の時代の到来と予測したことは非常に興味深い。
 今日の世界の特徴は、アメリカ、EU、日本などの旧来の先進国の相対的パワーが低下する一方、ロシア、中国、インドなどの新興国が台頭してきていることにある。その結果、21世紀前半における国際秩序の特色は「無極化」し、多数のパワー・センターが群雄割拠することになる。この新たな世界秩序はパワーの集中ではなく分散にその特徴がある。
 「無極化」の時代において、現時点だけを見れば唯一アメリカがそのパワーを「卓越」させているが、サブ・プライムローンに始まるリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した株式大暴落によりいつまでその地位を維持できるか先行き不透明である。世界大恐慌の発端に匹敵するというアナリストもいる。アメリカの相対的パワーが失速する中、ロシアと中国のパワーの興隆が一層世界システムを混沌とさせている。
 この体制のもとでは「大国間の協調」(Concert of Power)の現象が生まれ、協調してゲームのルール(行動規範)が設定され、その秩序を乱す国への懲罰措置も導入される。「無極化」とは数十のアクターが様々なパワーを持ち、それを行使することで規定される秩序である。この状況下では、各パワー・センターは経済的繁栄と政治的安定をめぐり国際システムに多くを依存しているため、大国間の紛争は起こりにくい。
 そうなると気になるのは日本の将来である。国家情報委員会のレポートでは、欧州と共に高齢化社会が進んで中国とインドの影に隠れて日本は埋没する可能性が大きいと予測している。


11月17日
オバマ政権人事予測
 オバマは選挙後すぐに閣僚人事を発表すると見られていた。しかしあまりにも世界の期待度が高く、もはやオバマ政権であるかのようなムードが生まれてしまった。これに警戒したオバマ氏は閣僚人事の発表を見送り、慎重な姿勢を見せた。
 しかし、それでも巷では誰がどこへ??と関心が高い。要は財務長官と国防長官だろう。財務長官はローレンス・サマーズが有力視されていたが、ここにきて女性団体からの反発が強まってきた。ハーバード学長時代、科学や数学の分野で女性が少ないのは女性は男性より理系に向かないからという旨の発言をし物議を醸し出した。この差別発言でサマーズはハーバード大を追われている。大統領予備選で女性票を取り込むのに苦労したオバマ陣営としては、女性からの反発は避けたい。サマーズ財務長官の可能性は低下中である。
 かわって注目を浴びているのがティモシー・ガイトナーNY連邦準備銀行総裁である。とりあえずポール・ボルカー長官、ガイトナー副長官でスタートしてのちにガイトナー財務長官、というプランが有力視されている。
 国防長官のポストは、ゲイツ長官の留任が期待を込めて語られている。ラムズフェルド国防長官の下、ペンタゴンは民軍関係が最悪になりよくクーデターが起こらないものだと感心していた。ゲイツ長官になり事態は一変、見事にペンタゴンは立ち直りつつある。民軍関係も回復しつつある。しかし課題は多い。2つの戦争で疲弊し志気の下がっている軍の立て直しには時間がかかる。また外交・安全保障問題でも国防長官の存在は大きい。オバマ陣営はゲイツに留任を強く求めているようだがゲイツ自身は引退の気持ちが強いようである。現にゲイツは国防総省内にダンジェルを中心とする政権移行チームを発足させた。
 次期国防長官がチャック・ヘーゲルであれば穏健で誠実な彼に後を任せても大丈夫だろう。ジョン・ハムレは現在国防政策委員会の委員長としてゲイツとともに活動している。その意味ではハムレが後任となったとしてもゲイツの敷いた路線から逸脱する可能性は低い。もっともそれを見越してハムレを委員長に引き入れたという見方もできる。また、元海軍長官のリチャード・ダンジグは切れ者との誉れ高く、ペンタゴン入りは確実ともささやかれ、ゲイツが数ヶ月国防長官に残り、後にダンジグに引き継ぐとも言われているし、 ヘーゲル国防長官、ダンジグ副長官というシナリオも十分考えられる。

10月31日
ノーベル平和賞は誰だ
  グリーンスパンが「100年に一度のツナミ」と言うほどの金融危機。ヨーロッパでは英仏独伊らが集まっても金融危機対策の知恵がでない。ベルギーの最大手銀行はどうにもならなくなって、ルクセンブルクなど周辺3カ国から融資してもらってなんとか凌いだ。なんと麗しい隣人愛ではないか。最初日本は「あまり影響ないですね」と高見の見物を決め込んでいたが、東京市場が8000円台まで落ちこんで解散選挙どころではなくなってしまっている。
  ロシアは悲惨で戦争どころではない。株式の取引停止に続いて原油の暴落で浮上できない。中国は大国の余裕を見せているが損害の実態を公表しない秘密主義なのでわからない。ただ、上海の株式の暴落率は世界トップである。時間が経つにつれてイスラムマネーにも危機が波及し原油の暴落で産油国は頭を抱えている。アイスランドでは銀行を国有化してロシアからの融資でなんとか生き延びている状態である。もはや世界はどれほど深刻な状況に陥っているのかは誰にもわからない。
  アメリカのリーマン・ブラザーズの経営破綻に始まった金融危機は「世界中の関心事」と気持ちを一つにまとめた。みな戦争どころではないしケンカしている場合じゃない。お互いに支え合わないとドミノ倒しで国家経済が破綻する。自国も苦しいが隣人の苦境を放置したら自国も破綻する。だからどこかで止めないと。まさにドミノ理論そのもので、これを予測したジョージ・ケナンはやはり凄い(随分時期がずれたが)。
 アメリカの外交政策は見事だ。経済という平和的手段によって世界から紛争を駆逐し世界をまとめた。イランは「核開発は止めてもいい」と言い出すし、アハマデネジャロ大統領は「イスラエルが存在してもいいかも」と強硬な姿勢を一転。「イスラエルなんて地図から抹殺してやる」と問題発言をしたのはまだ記憶に新しいのに。
  そうなのだ。この金融危機が証明したように、経済がアメリカ外交手段のトップに立ったのだ。宗教も文化も超えた、軍事力もどこかに吹き飛んでしまうような平和的な素晴らしい外交政策である。
  このような事態を招いたポールソン財務長官とバーナキン議長は、ノーベル平和賞とノーベル経済学賞をダブル受賞するべきだ。「税金はビタ一文使わない」という歴史に残る名文句は、彼の墓碑銘となるだろう。
  もっとも、リーマン・ショックの大きさを予測できず、破綻させてからあまりの犠牲の大きさに青くなって政策を転換しただけのようにも見えるが。

10月25日
グルジアとイラクを繋ぐ男:ランディ・シュヌマン
 イラク戦争へとアメリカを導いたブッシュ政権の手法が次々と明らかになっているつれ、「何のための戦争なのか」、「どうして大統領はいとも簡単に戦争へと傾いていったのか」という大きな疑問がアメリカ国民の間で大きくなっている。その疑問を解く鍵は、大統領の取り巻き、ブローカーやロビイストと呼ばれるいわゆる人々にある。彼らはパワー・ブローカーと呼ばれ、表舞台に出ることはめったにない。しかしあらゆる手を使って己の利害のために大統領の政策決定に大きな影響を与えようとする。その際たる舞台がイラク戦争だった。2001年ブッシュが大統領となると雪崩を打ったようにネオ・コンが政権に入り込んだ。そしてブローカーやロビイストらが大統領を取り巻いてイラク戦争へと走り始めたのである。その取り巻きの一人が、ランディ・シュヌマンである。今、彼は共和党大統領候補ジョン・マケイン氏の外交・国家安全保障問題の上級アドバイザーを務めている。
 シュヌマンはネオ・コンである。フセインを打倒することとロシアの封じ込めによってアメリカ超大国による世界覇権を目指す。彼はPNACに所属していた。ロバート・ケーガンやビル・クリストルらの有名なネオ・コンとも交流がある。2001年政権発足当時はラムズフェルド国防長官のアドバイザーも務めていた。
 イラクとの関係からひもといてみよう。1998年、クリントン大統領のイラク政策に不満を持つネオ・コンらが親書をクリントン大統領に送り、これを受けてクリントン大統領はイラク自由化法を成立させ9800万ドルの予算をつけた。このイラク自由化法を立案したのがシュヌマンであった。この9800万ドルはイラク亡命人のアハマド・チャラビのイラク国民会議へと渡った。
 2002年になるとイラク自由化委員会が設立された。委員会の目的はこの地域の平和と政治的自由と国際関係の安定化を図るためにフセイン政権を打倒し、民主的政治を促進することにあった。それは表向きで実際にはイラクへの先制攻撃に関してヨーロッパ諸国の支持を取り付け、またチャラビ率いるイラク国民会議を支援する目的でシュヌマンが設立したものであった。委員長はブルース・ジャクソン、代表がシュヌマンであった。秘書官はグレイ・シュミット(後のブラックウオーター社長)である。副委員長にジョン・マケインとジョー・リーバマン、他にはエリオット・コーヘン、ニート・ギングリッチ、ロバート・ケーガン、ジーン・カークパトリック、ビル・クリストル、バーナード・ルイス、ジョシュア・ムラビッチク、リチャード・パール、ジェイムス・ウーズリーなどである。まるでネオ・コン見本市の様相を呈しているところが恐ろしい。
 この委員会は国家安全保障担当補佐官であったコンドリーザ・ライスと会談するなど政権に積極的に働きかけ、2003年イラク侵攻後には目的を達成したとして解散した。イラク自由化委員会の最大の功績は、イラク侵攻に際して、旧東ヨーロッパ諸国の同意をとりまとめたことであろう。「Vilnius10」と呼ばれる同盟にはスロベニア、スロバキア、ルーマニア、ブルガリア、リトアニア、ラトビア、エストニア、アルバニア、クロアチア、マケドニアが名を連ねる。当時ロシアはイラク侵攻に反対しており、ロシア封じ込めも含めてシュヌマンが暗躍したのである。
 同盟のご褒美として、ラトビアをイラクの復興事業に参加させた。また、グルシアもイラク侵攻に賛成しその見返りはNATO加盟が提示された。ちなみに、2003年にサーカシビリはグルジアで「バラ革命」を起こして政権を奪取、大統領として今に至るが、この革命はアメリカのバックアップがあったと噂されている。
 シュヌマンは2008年5月までサーカシビリ大統領のロビー活動をしていた。イラク戦争に賛成しイラクに兵を送っていたグルジアがロシアと紛争を起こしたのは果たして偶然だろうか。イラクとグルジアは実はシュヌマンという怪しい糸で繋がっているのである。

10月6日
アメリカのファンダメンタルは強いか
 10月2日、副大統領候補の討論会が開かれた。多くの有権者は期待に胸が踊ったに違いない。今度はペイリンがどんな「とんちんかんな」発言をするか。つとに有名なのが以前のブログで紹介したケイテイ・クーリックとのインタビュー。プーチン侵攻作戦(アラスカに攻めてくる)、医療保険と金融危機の混同など選挙ウオッチャーを楽しませてくれた。CNNのコメンテーターは、討論会開始前に「ペイリンはワンセンテンスの英語で答えられない(用語を並べた意味不明のことを蕩々と話す)」とのコメントを出し、別のコメンテーターは「この期に及んで、副大統領が務まるか否かが問題になるなんて(やってられない)」とため息をついていた。
 これだけの期待を背負って、ペイリンは登場した。バイデンについて下馬評をする人はほとんどおらず、良くも悪くもペイリンは人々の注目を浴びるオーラを持っているらしい。
 壇上に2人が立った途端、誰もが思った。「格が違う」。違いすぎる。バイデンが黙っていても圧倒してしまう。討論でペイリンをやりこめたらそれはもはや「いじめ」となる。しかもミスコン2位の女性である。いじめたら、女性を敵に回してしまう可能性もある。
 さすがにベテランのバイデンは心得ていて「いじめ」にならないように気を配っていた。そのおかげでペイリンは随分助かったはずである。決定的に違ったのは、副大統領としての心得であろう。バイデンはあくまで大統領はオバマであり、万一自分が大統領に昇格したとしても自分はオバマの政策を継承すると返答した。
 一方ペイリンは自分とマケインは「一匹オオカミのチーム」であるといい、つまり大統領と副大統領は対等な仲間だと認識しているようである。ペイリンはチェイニー副大統領を模範的なモデルだと言い、副大統領の権限はもっと拡大してもいいと述べた。しかしこれはとんでもない、憲法論議を巻き起こす重大な発言である。
 さすがにバイデンは「チェイニーは史上最も危険な副大統領だ」といつになく厳しい口調でやり返した。ニューヨーク・タイムスは「大統領にとって副大統領は信頼でき正しいアドバイスをしてくれる存在である。そして国民は副大統領がバランス・オブ・パワーを理解し敬意を払うべきであり、副大統領の権限が制限されているべきだと考えている。これこそがアメリカ民主主義のファンダメンタルである」と警鐘を鳴らしている。
 今こそアメリカ民主主義のファンダメンタルの強さが問われている。

10月5日
歴史から学ばない人々
 アメリカ人は、亡命が好きである。自身もイギリスから逃げてきた人々で作った国家であるからら、亡命者には滅法弱い。イラクで政権を取ったのはすべてフセイン時代の亡命政治家。地元で本当にがんばった反フセインのサドル師は嫌い。アフガニスタンのカルザイ政権もしかり。亡命者を本国へ帰して親米政権を建てるのが基本的な政策であることは見え見え。親米政権はたいてい国民の反発を買って打倒されるか、政治が不安定になって米軍の派遣という憂き目を見るかどちらにしても哀れな末路を辿る。つまり、失敗するのである。亡命政権を建てて成功した例は中南米諸国をみてもない。
 イラクでも失敗しつつある。アフガニスタンでもうまくいっていない。となると当然パキスタンでも失敗することは自明の理。アメリカは現地でがんばったムシャラフをけ落として亡命政治家で親米路線のザルダイを据えた。これに反発してパキスタンではアメリカ資本のマリオットホテルが爆弾テロに見舞われ、チェコ大使が死亡するなど大惨事が起こっている。パキスタン軍が米軍ヘリに発砲したとの噂も流れており、パキスタンは反米武装闘争国家になりつつある。
 歴史から何も学んでいない人々が世界に君臨することの悲劇をパキスタンに見るような気がする。

10月4日
I am back
 折しも原油高、意表をつく穀物高、失業高などでアメリカの家庭は逼迫している。ベビーブーマーの大量退職・年金というヤマも目の前に迫っている。この経済問題を乗り切るには実体経済に精通している人物が必要。今回の大統領選挙ではミット・ロムニー氏にその期待が寄せられていた。大統領がだめなら副大統領でもいい。ともかく経済をなんとかしてほしい。
 しかしマケイン氏が副大統領に選んだのはアラスカ州知事サラ・ペイリン氏。ムース(ヘラジカ)を狩猟して食べているペイリン氏はウオール街とは対極の経済圏に生きている人。この金融危機にまるで役に立たないことは、マケイン氏がロムニー氏をはじめとする投資家らを集めてアドバイスを拝聴していることからも明らか。ロムニー氏はきっと呟いているに違いない。「すぐ戻ってきたぞ」

10月3日
世界一周の旅「・・・は不滅」
 昨年以来サブプライムローン問題が世界を賑やかにしている。アメリカで発生したサブプライムローン焦げ付きがドイツ、イギリスの銀行を破綻させ、世界市場を混乱させて世界一周の後アメリカに帰還し、その勢いでリーマンブラザーズを破綻させた。かつては世界中どこにでもあるものといえば米軍とマクドナルドと揶揄されていた。次は米軍とスタバとなった。そして今は米軍とサブプライムローン不良債権だろう。時代は変わっても「米軍は不滅です」。というのが悲しい。

10月2日
ペイリンの外交経験
 アメリカが金融危機に陥り、マケインやオバマやバイデンが7000億ドルの公的資金の導入について議会でケンケンガクガクともめている、この国家的金融危機、いや世界的金融危機にひとり超然としている当事者がいる。その名はサラ・ペイリン。72歳の大統領候補とコンビを組む副大統領候補である。マケインが「国家的危機に対処するために討論会を延期したい」と申し入れるほどの混乱期に、ペイリンはのどかに「外交デビュー」を果たし、各種メディアでのインタビューをこなしていた。金融危機があまりにも大きすぎて幸い注目もされなかったのだが、インタビューを見た人々の一部はペイリンが副大統領候補であることは「新たな国家的危機」と断じた。あるいはペイリンを当初支持していた保守派の中には、インタビューを聞くに堪えなくて音量を「サイレント」モードにしたという人もいた。
 副大統領が大統領の辞任や死によって昇格した例がアメリカにはいくつもあるだけに、マケインの年齢を考えるとペイリン大統領の可能性は十分すぎるほどある。さすがに最近では保守派からも「ちょっとこれは・・」と危惧する声が高まってきた。その元となったインタビューをちょっと拾ってみよう。
 CBSニュース、ケイテイ・コーリックのインタビューで、外交経験についてペイリンはこう話した。
「アラスカとロシアは海峡をはさんで対峙しているのよ。国境を接しているの。陸地ではカナダがお隣さんだけどね。アラスカは外国と接しているから私には外交経験があるのよ。それもロシアと。交易もあるし。プーチンがアメリカの空域に進入してくるとしたらどこからだと思う?アラスカよ。だって隣だし。だからアラスカからロシアを見張るのよ」
 この意見は斬新すぎてついていけない。ペイリンは毎日空を眺めて見張るのだろうか。
 ロシアではリーマン・ショックの波に襲われて公的資金の導入を早々に決め、混乱の収拾に必死である。その間にもアメリカの金融機関の再編は過激なほど進み、7000億ドルの法案は否決されてNYや東京株価は急落。まさに乱高下で人々はへとへと。
 マケインや共和党には7000億ドルの法案の可決よりも副大統領候補の指名やり直しに尽力してほしい、という声も聞こえてくる。
 しかし、逆説的な意見もある。この8年、あまりにも副大統領が有能すぎて権力が増大しすぎた。ペイリンなら副大統領の立場も以前の状態に戻る(もともと副大統領は存在感がないほど薄い立場だった)だろうからまさにぴったり、と。

10月1日
7000億ドルの使い途

 アメリカ下院議会では、7000億ドルのポールソン法案が否決された。これは公的資金、つまり税金による不良債権の買い取り等を盛り込んだ法案。共和党は政府の権限が強大になるとして反発、133人が反対して、228対205で否決された。
 7000億ドル、日本円でおよそ75兆円もの予算がどこから湧いてくるのかはわからない。すでにイラク・アフガン戦争で700億ドルもの予算が使われている。無尽蔵な財源はうらやましい限りである。
 さて、米誌ヴァニティ・フェアでは、「7000億ドルの有効な使い途」を提案している。7000億ドルはさすがに使い甲斐がある。すこし紹介してみたい。
7000億ドルでできることは・・・有意義な使い途として国際的視点に立てば、
・国際的人道支援を10年間実施する
・一日1ドル以下で暮らす数十億人の給料を3倍にする
まさに人権外交の鏡であろう。
あるいは国内に目をむければ
・日本に借金の返済をして、残りでルクセンブルクとロシアへ支払う
・2億の質流れを防ぐ
国家財政を正常にすることは基本。
身近なところでは
・すべてのアメリカ人に1年間、隔週でセラピーを受けさせる
少しは犯罪が減少するかもしれないので是非実施してほしい。
社会福祉でもやりがいはある。
・40年間社会保障を支払う
・すべてのアメリカ人に医療保険を提供する
国民にとってはありがたい話であろう。
せっかくだからビッグな夢もかなえたいなら
・ローリング・ストーン出演のラスベガス風お誕生会を10万回
・「ダークナイト」を3800回リメイク
というのも楽しい。
国を買うのも手。
・イラク、アフガニスタンを買って残りでスエーデンを購入
すれば、合法的な領土拡張になる。戦争で取るよりは平和的手段といえる。
一方で無駄使いもしてみたいというなら
・すべてのアメリカ人にひとりあたりi-Phoneを10台
・あと5年イラクとアフガニスタンで戦争する
というのもお奨め。優しい気持ちを表したいなら
・地球上全人口にひとりあたり5本のバラを贈る
反社会活動をしたいなら
・こどもも含めてすべてのアメリカ人に一人あたり2丁のカラシニコフを支給
というのはリアルな提案。
科学技術で社会に貢献するなら
・素粒子加速器を100基

 今回の金融危機はサブプライム・ローン問題の根の深さと広がりを見せつけた。経済がこれほどまでに相互依存し、グローバル化していることも思い知らされた。グルジア・ロシア紛争に関して「冷戦再び」とも言われた。しかしプーチン首相の一言がそうではないことを物語っている。いわく「ロシアもヨーロッパに(天然ガスの消費を)依存しているのだ」
 世界は、冷戦時代のような単純な構図ではなくなっているということだろう。