第二話 リバース・オール
紅い世界でブラックアウトした視界が開けた時、シンジは自分が第三新東京市のリニアレールの駅前に立っている事に気がついた。
辺りに非常事態宣言のブザーが鳴り響き、戦略自衛隊の戦闘機らしきものが空を飛び交っているが使徒の姿は見えない。
自分の肩から提げてあるカバンを開けると、中には「来い」とだけ書かれた父からの手紙、そして自分用のネルフのIDカードとミサトの写真が入っていた。
「使徒はまだ来て居ないようだし、あの時より早く来れたのかな」
しばらく待っても、使徒もミサトも来る気配が無い。
辺りは誰の気配もせず、第三新東京市はゴーストタウンと化していた。
「でも、ミサトさんの車が僕の前に到着する頃には使徒が街の中までやって来ていたんだよな」
あの使徒が来ても、力を得て逆行したレイならば大丈夫だろう。
しかしレイだけに任せるのも心苦しい気がしたシンジは、自分からネルフへと向かう事にした。
「僕を迎えに来てくれるミサトさんには悪いけどね」
シンジはそうつぶやいて初めてレイから受け取った力を使って走ってみた。
すると自動車よりも速い速度で走れる事に気が付き、嬉しそうな声を上げる。
「この力があれば、使徒を倒すなんて簡単に出来る気がするよ!」
ネルフに近づくにつれ、シンジは戦略自衛隊の兵士や戦車などが増えて来ていると感じた。
きっと使徒の侵攻に備えてシェルターに市民達を避難させているのだと考えたシンジは、レイからもらった力を使って、気配を消す。
見つかってシェルターに連れ込まれたら面倒だと考えたからだった。
「うん、みんな僕に気が付いていない。レーダーにも反応しないみたいだ」
シンジは取り囲む戦略自衛隊の合い間を縫ってネルフへと入ろうとしたが、様子がおかしい事に気が付いた。
戦略自衛隊は第三新東京市の外側では無く、ネルフの建物に向かって攻撃準備をしていたのだ。
「まさか!」
シンジは戦略自衛隊がネルフへ侵攻した時の血の惨劇を思い出し、真っ青な顔になった。
これでは逆行して来た意味が無くなるばかりか、以前よりひどい状況になってしまう。
しかしここで戦略自衛隊の部隊を殲滅する事はシンジにはできない。
「どうすればいいんだ……」
悩むシンジの前で、大きな異変が起きた。
ネルフの建物全体が光輝く障壁に包まれたのだ。
「これは……ATフィールド!?」
シンジでさえとても驚いたのだから、戦略自衛隊の隊員達はパニックに陥っていた。
得体の知れないものを見た不気味さからか、戦略自衛隊の戦車や航空機は砲弾やミサイルによる攻撃を始めた。
凄まじい爆発音が辺りに鳴り響き、爆風でATフィールドが見えなくなるほどの攻撃が続いた。
そして爆風が収まっても、爛々と輝き続けるATフィールドを見て、シンジは笑顔になる。
「きっとこれ、綾波が考えた作戦何だね。凄いや、ネルフ全体をATフィールドに包むなんて、僕には思い付かなかったよ」
こうなれば戦略自衛隊はネルフに手出しが出来ない。
一安心したシンジはこれからどうしようかと考えた。
いきなりネルフに行っても混乱を招いてしまうかもしれない。
そこでシェルターに避難した振りをして、後でミサトに迎えに来てもらうのが自然だろうとシンジは判断した。
もちろん、ネルフが危険にさらされた時はいつでも駆け付けるつもりだった。
手頃なシェルターを見つけて中に入ったシンジは、避難している第壱中学校の生徒達の姿を見つけ、その中にトウジ達が居る事に軽い感動を覚える。
「トウジ、今度こそ君を助けて見せるからね」
シンジは遠くからトウジにそう呼び掛けるのだった。
突然ネルフを包み込むように出現したATフィールドに驚いたのはネルフの職員達も同じだった。
ネルフは15年前に南極でセカンドインパクトを引き起こしたとされる使徒に対抗するために立ちあげられた組織だ。
しかし使徒の存在は外部には秘密にされていたので、ネルフの存在に不信を抱く人間も多かった。
そして政府の首脳部も使徒の再来はあり得ないと主張して、エヴァンゲリオンの建造中止を再三に渡って要請し始めた。
その勧告を拒否してエヴァンゲリオンの建造を進めるネルフに対して、もしや破壊兵器を造るのが目的だったのではと猜疑心に捕らわれ、戦略自衛隊に侵攻を命じたのだ。
日本のネルフ本部が襲われると、各国の政府も足並みをそろえる様にネルフ支部へと侵攻を開始した。
エヴァンゲリオンを引き渡せねば攻撃を開始すると戦略自衛隊から最後通牒が送られた時、ネルフの非戦闘職員のほとんどはシェルターに退避させた。
そして初号機が完成すると、戦略自衛隊はネルフを完全包囲したのだ。
零号機に綾波レイを乗せ、初号機に碇シンジを乗せる計画をしていたゲンドウは、戦略自衛隊の士官、葛城ミサトを協力者としてシンジをネルフに連れて来させようとしていたのだった。
「信じられません、戦略自衛隊の攻撃を全て無効化しています!」
発令所でオペレータを務める伊吹マヤがそう報告をした。
「これだけの質量のATフィールドを発生させるなんて……まさかレイにそんな力が眠っていたと言うの?」
赤木リツコ博士はそうつぶやいて零号機に乗っているレイが映っているモニターに視線を送るが、レイは顔色を変えず平然とエントリープラグに座っていた。
レイのシンクロ率は昨夜の起動実験と同様に起動指数ギリギリをさまよっており、データ的な裏付けは全く無い。
しかしリツコの勘がレイに何かあると告げていた。
「サードチルドレンを迎えに出た葛城君とは連絡はとれたのかね?」
「いいえ、しかしこの状況ではネルフへ入るのは不可能ではないかと……」
副司令の冬月に、マヤが言葉を濁しながらそう答えた。
半日に及ぶ攻撃の末、戦略自衛隊の攻撃が止まった。
「戦略自衛隊本部より入電です!」
「やつらめ、白旗をあげおったな」
マヤの報告を聞いた冬月はそうつぶやいた。
戦略自衛隊の総司令は、日本国政府の命令で仕方無くネルフ本部へ攻撃してしまったと謝り、日本の南の海上に使徒と判断できる巨大生物が出現したと話した。
「もちろん使徒を倒すためのネルフです」
ゲンドウが自信たっぷりに宣言した直後、ネルフを包囲していた戦略自衛隊の部隊は蜘蛛の子を散らすように撤退した。
「日本政府は今回のネルフへの侵攻の責任をとって、豊臣総理が辞任するそうです」
「ふん、一部の人間に罪を押しつけてそれで解決か。情けない風潮だな」
「誰がトップになろうが、我々にとっては問題無い」
使徒が出現したと国連が各国に通達した事で、政府軍によるネルフ支部への侵攻は中止された。
ドイツ支部は同様にATフィールドのバリアーが張られ、被害は無かった。
しかしアメリカを含む諸外国の支部は施設が破壊され、再起は難しいと判断された。
完成目前だったアメリカ支部のエヴァ四号機は損傷が少なく、日本へと運ばれて建造が続けられる事となった。
「支部の受けた被害は甚大だな」
「エヴァが残って居れば量産機計画に支障は無い」
冬月の言葉にゲンドウはそう答えた。
「中国支部の参号機は?」
ネルフ中国支部はアメリカ支部より先んじてエヴァの建造を開始、完成させたと発表していたのだ。
リツコがマヤに尋ねると、マヤは困った表情で報告する。
「それが……原形を止めないくらい破壊されてしまったと……」
「エヴァは12000枚の特殊装甲で守られているはずだが?」
「実際の強度は目標数値の100分の1にも満たなかったようです」
冬月の質問にリツコがそう答え、装甲拘束具の中には竹やりで凹んでしまったブリキの部分もあった事が語られると冬月は大きなため息をついた。
「何ともあきれた手抜きだな」
「外見だけ完成したように見せかけたハリボテのように思われます」
中国支部が選出したチルドレンも、マルドゥック機関に認められないため、ナンバーを与えられていない有様だった。
そしてしばらくして、シンジはミサトの運転する車でネルフへと到着した。
第三新東京市に非常事態宣言が出され、シェルターに避難して待っていたと言うシンジの話をミサトは何の疑いも無く信じたのだ。
車内でミサトがネルフについての説明を話しても、動揺しないシンジを見て、ミサトはシンジは肝の据わった子なんだと思い込んだ。
そしてシンジの方も疑われないようにゲンドウとの再会やエヴァンゲリオンを目撃した時に驚くなど、疑われないように演技をした。
だがそんなシンジの様子にリツコとゲンドウは違和感の様なものを感じていた。
「直ちにサードチルドレンの起動実験を開始しろ」
「はい、了解しました」
「待って下さい、シンジ君はネルフへやって来たばかりなんですよ!?」
ゲンドウとリツコのやり取りに驚いたミサトが慌てて止めに入った。
それが当然の反応だと思ったシンジは同調する。
「僕もいきなりこんなのに乗れと言われても困るよ!」
「別に乗らなくても構わないわ」
「そうだな、帰れ!」
「ええっ!?」
意外にあっさりとしたリツコとゲンドウの反応に、シンジは驚いてしまった。
「ちょっと待って、僕が乗らなかったら同じ年齢の子が乗るんじゃないの?」
「そうよ」
「じゃあ、その子がかわいそうだから僕が乗るよ!」
「あら、どうして他のエヴァパイロットが女の子って解ったのかしら?」
「それはただ、何となくそう思っただけで……」
リツコが指摘すると、シンジは返答に詰まってしまった。
「乗るなら早くしろ、使徒は出現したのだからな」
「もしシンクロ率が起動指数を下回ったら、残念だけどエヴァのパイロットに登録するわけにはいかないわ」
「分かりました」
リツコの言葉にシンジはそううなずいた。
戦々恐々としていたシンジはリツコの策略に乗せられている事に気が付かず、起動指数スレスレのシンクロ率を維持した。
「このシンクロ率では、レイを出撃させるしかありませんね」
「そうだな」
リツコと冬月のやり取りを聞いたシンジは、すぐにシンクロ率を上昇させた。
「まだ低いな」
「ああ」
するとシンジはさらにシンクロ率を変化させる。
これにはミサトも不思議な感じがした。
そしてサードチルドレンとして登録されたシンジは安心した表情になった。
チルドレンにならなければ何のための逆行であるか意味が分からなくなる。
「シンジ君、そんなにエヴァに乗りたかったの?」
「あ、いえ、別にそんなつもりじゃないんですけど」
ミサトに尋ねられたシンジはそう言ってごまかした。
シンクロテストを終えたシンジは、これからの住居の事についての話があるとミサトに呼び出された。
シンジが独り暮らしを希望すると、予想通りミサトは父親と暮らさないのかと尋ねて来る。
それでもシンジは独りの方が気楽で良いと答えた。
「まあシンジ君はしっかりしているみたいだし、心配無いわね」
そう言ってミサトが納得してしまうと、シンジは慌てた。
葛城家での同居が無くなると、アスカとの一緒に作戦を立てるのに困ってしまう。
「でもやっぱり保護者の人が居てくれた方が安心するので、ミサトさんがなって頂けませんか?」
「あ、あたし?」
突然言われたミサトは自分の顔を指差して驚きの声をあげた。
「父さんと暮らしたら窮屈な思いをするかもしれませんけど、明るいお姉さんみたいなミサトさんと居られたら、僕も明るくなれるかなと思って」
「シンジ君は十分明るいと思うけど? こうしてあたしをナンパするぐらいだし」
「な、ナンパですか?」
「良いわ、上の許可を取って来る」
ミサトはそう言って、部屋を出て行った。
以前はミサトに引っ張られる形だったが、今度は自分の方から誘うなんて思っても見なかった。
でもどうしてミサトが同居を言い出さなかったのかシンジは疑問に思った。
シンジ自身は前よりも自分がしっかりとした意志を持った性格になっていると気が付いていなかったのであった。
しかしシンジを同居人として迎えるに当たって、ミサトは個人的な問題を抱えている事に気が付いた。
独り暮らしをしていたミサトは、家を散らかしっぱなしだったのだ。
「あ、家に来るのは何日か待ってくれる?」
「いいですよ、僕も一緒に片付けますから」
コンフォート17に戻って汚れた葛城家のリビングを見てもシンジは普通に掃除を始めた。
それがミサトは不思議でならなかった。
「おかしいわね、あんなに落ち着いているなんて。それともシンジ君は相当鈍感なのかしら」
ミサトの脱ぎ散らかした服や下着を見ても、シンジは全く動じなかったのだ。
そしてシンジの作る夕食はミサトの口に合うものばかりだった。
「シンジ君、掃除も料理も上手いのね」
「それほどでもないですよ」
怪しまれたのかと、シンジはごまかし笑いを浮かべてそうミサトに返事をした。
ミサトが怪しんだのはシンジがこの部屋で自然にくつろいでいる点だった。
まるで何ヵ月も前からこの部屋に慣れ親しんでいるように見えたのだ。
夕食の後、ミサトは明日ネルフで零号機のパイロットと顔合わせをして南太平洋上に現れた使徒の殲滅に向かうと話した。
「初陣で会ったばかりの子と連携を組むと言うのは大変だろうけど、頼むわね」
「はい」
シンジはミサトの言葉にしっかりとうなずいた。
初めて使徒と戦った時、シンジはほとんど何もできないうちにパニックになって意識を失ってしまった。
「だけど今度はきっと大丈夫、トウジの妹が怪我をする事も無いよね」
使徒を第三新東京市の市街地に接近する前に倒してやると、シンジは気合を入れて眠りについた。
そして翌日、ネルフでレイとお互い初対面の振りの演技をしたシンジは、作戦説明中にディスプレイに映し出された使徒の姿を見て驚いた。
ゆっくりと二足歩行で接近して来たサキエルでは無く、空中に浮遊するアルミサエルだったからだ。
「ねえ綾波、前とは様子が違っているけど、一体どうなっているの?」
パイロットの待機室で自分達だけになった時、シンジはレイにそう尋ねた。
「ごめんなさい、私のせい」
レイはシンジに謝った後、自分の力の発現が不完全になってしまったと説明した。
話によると、時間の逆行によって因果律が乱れ、使徒の出現する順番にも影響を与えてしまったらしい。
「で、でもどうせ使徒は全部殲滅させなくちゃいけないんだし、綾波が悪いわけじゃないよ」
「ありがとう」
少しはにかんだような笑顔でレイは言った後、アルミサエルを倒す作戦について話す。
それは前回と同じく零号機に使徒を取り込み自爆攻撃で殲滅させると言ったものだった。
「だめだよ綾波、それじゃこの世界の時間を巻き戻した意味が無いよ」
「だけど、これしかあの使徒を倒す方法は存在しないわ」
「じゃあ自爆する前に綾波がこっそり脱出するとかできないの?」
「使徒を零号機に閉じ込めるには私がエヴァに残って引き付けないといけないの」
「そんな……そんな事は絶対にさせない」
「碇君……」
シンジがレイの手を握ってそう訴えると、レイは困った表情になった。
「きっと、きっと何かあるはずだよ、自爆以外にあの使徒を倒せる方法が。一緒に考えよう、綾波」
「ええ……」
「アスカも居てくれれば、良い作戦が思い付くかもしれないんだけどね」
「碇君は、やっぱり彼女が居た方が良いのね」
そうつぶやいたレイは、自分の胸がチクリと痛むのを感じた。
「3人寄れば文殊の知恵って言うしね」
レイの微妙な表情の変化に気が付かなかったシンジはそう言って笑った。
アスカの事を思い浮かべたシンジは名案を閃き、嬉しそうに告げる。
「そうだ、僕と綾波が2人でエヴァに乗ればいいんだよ!」
シンジの案はパイロットの片方が使徒を引きつけ、もう片方は自爆の衝撃からエントリープラグを守ると言ったものだった。
「私と碇君が一緒に……」
レイはそうつぶやいて、顔を赤く染めた。
「でも零号機と碇君はシンクロできるかしら?」
「あっ……」
以前に互換シンクロテストをした時、シンジは零号機とのシンクロに失敗しているのだ。
しかし自分がサポートしてシンクロを成功させようと決意したレイが話そうとした時、2人のいるパイロット待機室に侵入者が現れた。
「じゃあ、僕が零号機に乗ろうか?」
「カヲル君!?」
第壱中学校の男子制服を着て現れたカヲルを見て、シンジは驚きの声を上げた。
「そう、僕さ、碇シンジ君。……おや、君はどうして怒っているのかな?」
「……知らないわ」
カヲルが尋ねると、レイはそっぽを向いてそう答えるのだった。
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