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おおまかにみて、これまで人類は万物を奪い合ってきました。
おおまかにみて、これまで人類は万物を奪い合ってきました。
そのため、戦争が繰り返されてきました。奪い合う世界です。
奪う愛、闇側の愛です。
これからは、アセンションを通過して、自分が得たものを
神様(神様は万物でもあるのです)や周りの人に与え合う世界に
なります。与える愛、光側の愛です。
つまり、アセンションを通過するためには、
奪う愛から与える愛に心情を転換しなければなりません。
あなたは、奪う愛から与える愛に心情を転換することができますか?
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- 質問日時:
- 2012/7/9 07:19:06
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回答
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悪人も善人も、人類すべての人に、神性仏性が宿っています。だからアセンションで人類全員が救われます。宇宙は、悪人を先に変えます、助けます。悪人が重症だからです。これが、慈悲です。2012年のアセンションで、悪の原因である自我が、人の心から強制的に抜き取られます。だから人類すべてが善人になります。2012年の、アセンションとは、人が夢から覚めて、本当の調和の世界を、神の世界を見る事です。そして人は、調和の世界、神の世界にいる事を実感するでしょう。この世界は、仮の世界、つかぬまの夢の世界です。脳の自我の霧に包まれて、真実が見えません、しかしアセンションで、脳が自我が人の心から分離して、消滅するので、この世から災難が消滅して、人は神の子である事を知るでしょう。捕捉します。心が、脳の自我の事なら、無い方が良いです。仏教では、自我が人の苦しみの原因だと教えます。そして、動物や赤ちゃんのように、無我になるために座禅、瞑想をします。だから脳が未発達で、無我である、赤ちゃんや動物は幸せです。しかしい
よいよ、脳が発達した自我がある大人も、幸せになる時がきました。マヤ暦では、2012年に人の心から、脳が自我が分離、消滅、します。そして人の心は、無我になり、幸せ時代が到来します。時間が、速くなっていると感じる人が、多くなってます。止まる前触れだと言われています。時間が止まり、この仮の世界が終わるのが、アセンションです。この世界は、仮の世界なので、シュミレーションです。この世界の外に本当の世界が、あります。この世界は仮の世界です。だから始めと終わりがあります。始めから終わりまでが時間です。本当の世界は永遠なので時間はありません。これはアインシュタインの相対性理論や仏教哲学で証明されています。マヤ暦では2012年だと言われています。宇宙の太極は、完全調和の世界です。調和の世界が、成長拡大するためには、まわりの周辺部の、不完全、不調和を、調和に変換する必要があります。そこで変換する場所として、仮の世界の地球が創られました。ここで不調和世界の脳と、調和世界の自然の心である神が、出会う事にな
りました。そこへ調和の世界から、宗教で言う神の子の無我が来て、不調和世界の脳の自我と、合体して、人が誕生しました。だから人の心は、自我と無我が合体して出来ています。最初の頃は、無我が強く自我が小さいので、神の超能力がありました。だから神と人の合いの子である、神人と呼ばれていました。アトランチス古代文明頃までいました。神人がピラミッドを創りました。現代は、人は、自我が強く無我が小さいので、神の超能力はありません。そして人は、脳が自我が自分だと勘違いをしています。人は本当は、無我の神の子です。しかしいよいよ仮の世界が、終わる時が来ました。終わると、仕切り直しになるので、人の心は、脳の自我と、神の無我が、解体されて、それぞれ元の世界へ帰ります。脳の自我は、不調和世界の脳の世界へ、神の無我は、完全調和世界の神の世界へ帰ります。人は、神の子だから神の世界へ帰ります。
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- ケータイからの投稿
- 回答日時:2012/7/10 18:00:51
できると思います。 できるか、できないかはその人次第だと思います。
欲という個の概念により、奪い合い、繰り返してきて、人間として当たり前の行為だと正当化し続けていて、
今にいたっているのだと思います。 客観的にみると、闇の考え方、意識だと思います。
闇と光は一つ存在、誰もが持っているものだと思います。
闇を排除するのではなく、闇を経験し、自らの闇の意識をみとめ、苦しみを受け入れることで、光=気づきを得ることできるのだと思います。 優しさ、思いやり、を心で感じ、感謝の気持ちを持つことで、真の愛をしることができ、潜在意識が覚醒し、真の愛をすることでき、たくさんの人と意識のつながりをとおして、分かち合えるのだと思います。
愛についていうと
奪う愛、取り合う愛、欲する愛でなく、
大切なのは、与えあう愛だとおもいます。
恋愛を感情を転生の間、抱いたことがなくて、 人を好きになるというものがどういうものなのかわからず生きてきました。
結婚して、子供を産んでみて、愛を欲することより、愛することの大切さを知ることが出来ました。
愛を奪い合う女性たちを遠目で見てきたけど、欲という概念強く、闇の意識しか感じたことがないです。
今回、潜在意識のつながりのある人が3年前から自分のことを想い続けていて、愛してくれていたことを知りました。
恋愛から逃げていて、自分は愛していて、愛おしいと思っています。 自分から要求することは苦手で、愛をしてくれるように
同じくらい彼のことを愛しています。純粋なこころで、愛し合うこと、自分を愛してくれた人たち愛のお返しをする。光の意識だと思っています。
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- 編集日時:2012/7/10 09:54:33
- 回答日時:2012/7/10 07:07:21
愛の宣伝的行為を決して、
無益だとわたしは思いませんし、
むしろ、気休めでも必要な行為だとは思いますが、
人間に与えられた愛は、
脆弱・希薄・刹那的側面を持ちますが、
愛に昨日も明日もないのですから、
それそのままで何故いけないと思われますか?
すでに、比率は整っている今。
人はやらなくて良いこと行い、
行わなくてはならないことをやらず
変える必要のないものを変えようとし
起きなくて良い問題が起き、
傷付かなくて済んだはずの人たちが傷付き、
しかし、責任は他者や外という状態です。
闇は闇のままで、そのまま導くことです。
それぞれを自由にそのまま導くということ。
「調和する」という意識は同時に
自分で自らのなかに不調和を作り出してしまっているからこそ
生まれる意識の場合もあります。
実際、ありのまま導くという調和が、関与となってしまっている現状です。
なぜなら、つねにすべては本当は調和されているからです。
そのままの配置に、
ある意味何もせず、放っておくことがベストなものに手出しせず、
光は光のまま。闇は闇のまま。
変わり行く者たちは自らの意志で自由に変えて行きます。
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- ケータイからの投稿
- 回答日時:2012/7/10 02:26:16
mi4n4nさん
与える愛?・・・逆に聞きたいんですけど?
愛が何か説明出来ますか?
私は以前から、天が与えた人という
人格・人間性の愚かな意識体と、
その性質に付いて何度となく伺って来たのですが、
そして注意が必要で難しい、継続と改善の方法を
少しは理解し始めたつもりですけど、
経験から、他人に対してもそれが可能ではあっても
手出しするな、と止められます
止められる理由はなんだと思います?
巷に溢れている、ぼやけていて曖昧な
具体的な理解と認識を欠いた、楽観的?な
希望のような物で、何が変わるんでしょう?
焼け石に水ではあっても、遅々として進まない
改善は起こるといえば起こるのでしょうけど?
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- 回答日時:2012/7/10 01:13:56
宗教が、「与えなさい」と教えているにもかかわらず、その宗教同士が争ってきました。
無欲の域に達したものが本当の愛を知り、与えつづけることが出来ると思います。
生きている限り、人は他の生命をいただいて生きています。
生きるという事自体が、他の生命を奪っている行為となってしまうので、食事でいただいた命を感謝してその生命を背負って、より全体の為にどのくらいのお役にたてるかだと思います。
蝋燭のともし火は与えることにより減ることはなく増えていきます。
より、全体の為に貢献することは自分の為に命をささげてくれたものたちへの報いになると思います。
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- 回答日時:2012/7/9 13:02:32
中国では
そのために馬鹿息子が増えているようです。
何でも与えてしまったのが原因だと言うことです。
また今までの戦いで奪う目的の戦いは少ないと思います。
表面上は守ることを大義名分にしております。
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- 回答日時:2012/7/9 11:42:43