大津絵に再挑戦
多くの人々との巡り合いの機会をいただき、どの人とも”一期一会”の気持ちで接しているが、その中に名前の語尾に翁の称号が最適なご老人がおられる。
過日、お目にかかって実年齢をお聞きしたら、米寿(88歳)と応えられたが、いまだに車を運転され精力的に動いておられるから素晴らしい。
長年、地域において奉仕活動にあたられ、特に、交通安全について大変な功績を残され、また、地元の伝統ある瓢箪生産組合の役員等もされていた。
こうしたことから、瓢箪が縁で知り合い早10余年になるが、最近は疎遠がちで、恐縮している。
自宅を訪れたところ、かの有名は”さかなくん”が、翁宅を訪れたときのお話や写真を拝見した。
”さかなくん”は、瓢箪の取材でスタッフ多数を伴って訪れてきたようであるが、私の要件は瓢箪に大津絵を描いてほしいとの依頼であった。
大きな瓢箪が5個ほど準備されていて、その中で最も形が綺麗で大きい瓢箪を預かることになった。
翁が、平素、通院しているお医者さんにプレゼントする瓢箪に大津絵を描いてほしいとのこと。
長年、絵筆を持っていないし、在職中とはことなり、いつでも大津絵を描くことができるといった甘えから、要望に応え得る絵が描けるかどうか躊躇したが、翁からの依頼であり、断ることもできないから了承して瓢箪を預かることにした。
瓢箪は、高さが50センチくらい、胴回りも50センチくらいの、形のきれいな大瓢箪である。
その後、久しぶりに絵筆をもって、この瓢箪に大津絵を描いているところである。
しかしながら、なかなか筆が進まないのが実態である。
昭和という時代を代表する陽明学者、思想家であられた安岡正篤先生の著書に「一日一言」がある。
安岡先生は、昭和最大の黒幕とも評され、政界、財界、皇室までから頼りにされた学者で、終戦時の「玉音放送」、つまり昭和天皇の終戦とする旨の詔書の原稿に加筆して完成させ、平成の元号発案者と言われている。
帝王学を説き、時の政権に就く政治家や、三菱、住友、近鉄、東京電力などの財界の幹部を指南し、権力を持たない反面、権力者に対して絶大なる発言力を持っていた人物である。
今、政権の座にある大臣の皆さんは、直接、安岡先生の指南を受けていないのなら、少しは、先生の著書を勉強されては如何かと推奨したい。
この先生の著書の中に、「一日一言」があり、その中に、「某中閑あり、苦中楽あり」という言葉があり、自らの人生の座右の銘としてきた。
在職中は、仕事にあけくれ、団塊の時代の申し子のように「暇」なんて体験していないように思う。
しかし、そうした忙しい中にあって、勉強したり、絵を描いたりすると、何故か充実した内容の良い結果が得られたように思う。
つまり、忙中につかんだものこそ本物の閑であり、苦しい中で掴んだ楽こそ本当の楽であるということであって安岡イズムは後世にまで生き続けてほしいと願う。
さて、瓢箪であるが、完成時にカメラで撮影して映像を披露しようかどうか迷っている。
絵が完成すると、翁の手元で、美しいふさがかけられ、座布団を敷いて全てが完成し、そしてお医者さんのもとに届けられるのである。