投資家にとって商品は、金のような身近な投資対象となるだけではない。商品市場にはさまざまな投資の判断に重要な内外の景気や、企業収益の変化を読むための情報があふれている。商品市場は「宝の山」だ。
中前国際経済研究所の中前忠代表は証券会社の調査部時代から50年間、国内景気の指標として鉄スクラップ相場を重視している。「鉄スクラップとゴルフ会員権の2つの相場を見ていれば国内景気は分かる」
商品相場の動きと景気の浮き沈みにはもともと密接な関係がある。
経済活動が盛んになれば原燃料の消費は増え、相場は上がりやすい。景気が冷え込めば需要は細り、相場には下落圧力が強まる。さらに相場高騰が消費や企業収益を圧迫したり、商品の供給を増やしたりする市場原理の働きもからむ。
■有効指標の4条件
それでも、なぜ廃自動車や建築廃材などから出る鉄スクラップの相場に注目するのか。中前代表は「優れた景気指標の条件」を満たすからだという。
【条件(1)=データが入手しやすい】 鉄スクラップを主原料とする電炉鉄鋼メーカーの最大手、東京製鉄は購入価格をホームページで公表。日本経済新聞は毎週木曜の朝刊商品面に電炉買値(指標品種のH2)を「鉄スクラップ相場」として掲載する。市場取引が活発なため、相場水準も明確で分かりやすい。
【条件(2)=景気の動きと時間差がない】 鉱工業生産指数のような統計は公表まで時間がかかる。商品相場はリアルタイムで景気の変化を示す。
【条件(3)=ウソがない】 相場維持策のような余分な力が働かず、景気を素直に映す。欧米の先物商品でないため、ヘッジファンドなど大規模な投資マネーの影響は限られる。
【条件(4)=景気の変化に対し変動幅が大きく、反応も早い】 大規模な設備で鉄鉱石から鉄鋼を造る高炉に比べ、中小企業の多い電炉の方が景気の影響を受けやすい。需給の調整弁に使われやすい業界、商品ほど景気の変化に敏感に反応するわけだ。
■指数で世界つかむ
JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストも日銀調査部時代からの商品相場ウオッチャーだ。菅野氏の場合は、商品指数から世界経済の動向を探る。
「複数の商品を組み合わせた指数は(穀物の干ばつなど)商品ごとに異なる供給要因の影響が緩和される。一方、商品の需要に国境はないから世界の動きがつかめる」
商品の需要は今世紀に入り、中国の存在感が高まった。鋼材や非鉄金属、穀物類では世界消費量の3~5割を中国が占める。
菅野氏は景気指標として注目度の高い中国の製造業購買担当者景気指数(PMI)と、商品指数のロイター・ジェフリーズCRB指数の変動はほぼ合致するという(グラフA)。
商品指数の変化を追えば、中国景気の方向感もおおよそ分かることになる。またPMIなどの景気指標より商品指数が高くなっている場合は、投資マネーの流入で商品相場が景気の実態以上に上がった「過熱状態」ともいえる(グラフの斜線部分)。
■企業収益に直結
商品相場が示す内外の景気やインフレ動向が株式や債券、外為相場に影響するのはもちろんだが、鉄鋼、紙、非鉄金属、セメント、石油、石油化学など製品が商品市場で取引されている企業には相場の変動が収益に直結する。
たとえば、日経商品面に昨年載った「建設用鋼材 半年ぶり下落」(5月26日)や「合成樹脂の下落続く」(6月23日)などの記事は今3月期の鉄鋼、石化各社の収益悪化を示唆した。市場で鉄鋼原料の鉄鉱石や石化原料のナフサ(粗製ガソリン)価格が高止まりしていれば収益の環境は一段と厳しくなる。
商船三井など海運大手の株価はバルチック海運指数(BDI)の動きと相関性が強い(グラフB)。
BDIは鉄鉱石や石炭、穀物を運ぶばら積み貨物船を貸し借りする時の相場(用船料)をもとに、英国の海運取引所が算出する。輸送需要と船の需給バランスで変動が大きいため、中前代表の挙げる条件(4)にも当てはまる。
商品市場には意外な情報も隠れている。1月21日の日経商品面の記事「天然エビが最高値に」が一例だ。
エビの話か、と素通りしたらそれで終わり。だが、記事を読み進めば「主要産地のインドで外国の自動車メーカーが現地生産を増やして人材を奪い、エビの殻をむく労働者の賃金が上昇した」とある。エビ高騰の裏に、新興国の賃金上昇が食品価格に波及し始めた構図が見える。
マーケット・ストラテジィ・インスティチュートの亀井幸一郎代表は「投資には経済知識を広げる効用がある」と話す。その情報網に商品市場を取り込めば、投資家のアンテナは南米やアフリカの主要産地の動きもとらえる。
(編集委員 志田富雄)
[日本経済新聞朝刊2012年3月21日付]
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