ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二章 冒険者のアルビオン
第二十五話 暴露(ねたばらし)
 一段毎にしなる古ぼけた階段、申し訳程度の手すりは長年の風雨に晒されてどうにも心許ない。その先にはラ・ロシェールの街を照らす灯りが小さく揺らめいている。
 ルイズ達が『桟橋』を昇り始めて暫く経つ。勢いに任せて一気に駆け抜けたお陰で相当距離は稼げた。にも拘らず一行の中心たる主従は警戒を解こうとしない。

(あいつらの目的が私達への妨害なら、階段に罠の一つや二つは仕掛けている筈。今のところは大丈夫みたいだけれど、この先何があるか判らないもの。警戒は必要ね)

 主従のうち、主たるルイズが怖れているのは罠や待ち伏せであった。彼女はフーケ一行の目的が『出航妨害』であると見抜いたが故に警戒している。
 しかし従者たるトモの懸念は違うところにあった。

(確か『原作』ではこの先の踊り場で襲撃された筈、けれど『原作』とは違ってこちらにはシエスタさんが居ます。既にご主人も『冒険者』に覚醒している以上、『原作』通りに事が進むとは思えません。こちらに有利に働いてくれれば良いんですが……)

 『原作』を元に立てた対策、先日までなら確かに通じた筈のそれは、しかしフーケの襲撃と言う『史実』が再現されたことで意味を失った。
 もしも今後、何をしても原作通りに進むのであれば彼の優位は一気に瓦解する。何しろ彼の策略は『絶対に当たる予言』、『究極のカンニング』の恩恵なのだから。

 その聡明さから前を向くルイズと、心に抱えた不安から後ろ向きになりつつあるトモ。
 何の皮肉か、彼らの背後から響く足音に気付いたのはトモの方が先だった。

「っ!、敵襲!」

 叫ぶや否や、トモはデルフリンガーを抜き払いつつ振り向き様に一閃させた。幽かな街灯りを反射して銀光を纏った一撃は、しかし追いすがる人影を捉えるには至らない。

「きゃあ!」
「しまった、ルイズ!」

 迫り来る白刃を飛び越えた黒い影はすれ違いざまにルイズを攫う。それを見たワルドが杖を引き抜こうとするのと、シエスタが突撃を敢行したのはほぼ同時であった。

「おおおおっ!!」
「くっ! 邪魔だ、退いてくれ!」

 モップを構えて人影に突っ込むシエスタ、一方のワルドは魔法を放とうとするも彼女に射線を塞がれている事に気付き、杖を振るう手を止めた。
 そしてシエスタのモップが届くと思われたその時、不意に人影が振り向いて何かを突き出す。そこにいたのは───

「なっ!? こ、この卑怯者が!」
「くうっ!? ごめんなさい、シエスタ!」

 襟首を掴まれてもがくルイズの姿に、シエスタは慌ててモップを引く。急制動を掛けて止まった彼女に向かって振るわれた杖は、突然出現した鉄扇に阻まれる。もがく振りをしつつ懐から鉄扇を引き抜いたルイズが、怪人の腕を強かに打ち付けたのだ。

「〜〜っ! この、痛がる位しなさい!」

 しかし怪人は微塵も躊躇わずに逆に彼女の腕を取って捻り上げる。痛みに鉄扇を取り落とすも、ルイズは悲鳴の代わりに悪態を吐いて抵抗の意を示す。もっとも怪人の方は意に介さず、捻り上げる手に力を込めて返答に代えた。

「〜〜〜〜っ!?」

 更なる激痛がルイズを襲う。苦悶の表情を浮かべながらもなお、彼女は悲鳴を押し殺して己を痛めつける怨敵を睨み付ける。その時、初めて彼女は相手が仮面を付けている事に気付いた。

「ご主人、ご無事で!?」
「すいませんルイズ様!」
「大丈夫かい、ルイズ!」

 三者三様の、それでも異口同音にルイズを労る言葉が響く。大剣に杖にモップとバラバラな獲物を取り、それぞれが得意とする構えで仮面の怪人と対峙する。
 すなわちワルドは杖剣を突き出し半身を引き、シエスタはモップを下段に構えていつでも飛び出せるように、そしてトモは左の腰だめに剣を引き絞る独特の構えを取り、怪人を囲むように半円状になって踊り場に追い詰めた。
 一見するとこちらが有利に見えるが、三人ともそうは思っていない。むしろ追い詰められたのはトモ達の方であろう。
 ゆっくりと、痛みに悶えるルイズを見せつけながら杖を構える怪人。そしてその杖は三人の側でなく、あろう事か彼女に向かって突付けられる。
 それは『それ以上近付けばルイズを殺す』と言う、実に単純明快な意思表示。それを示されたトモ達はそれ以上動くことを止めて怪人を睨み付けることしか出来なかった。

「しまったな、ルイズが……」

 顔を顰めるワルド。

「ど、どうしましょう?」

 初めての状況に狼狽えるシエスタ。

「……追手がつくのは想定内でしたが、こんな人とは思いませんでしたよ」

 そしてトモが悪態を吐く。それは白仮面にではなく、ワルドに対してだった。

(『原作』の描写ではまだご主人を気に掛けてるようにも見えましたが……、今はっきりと判りました。この人はご主人を『道具』としてしか見ていません!)

 『原作』ではまだ躊躇いもあったように思う。しかし今、容赦なくルイズを苦しめる様からは最早ルイズへの愛情など全く感じられなかった。

(コレもイレギュラーでしょうか? あるいは元々『原作』でもこうだったとか?)

 彼の『原作知識』も細かいところは曖昧だ。ワルドの裏切りも、大筋は知っていても細かい場面までは流石に覚えていない。ただでさえ揺らぎ始めた彼の優位に、焦る気持ちが疑心暗鬼を生む。いっそ一思いにワルドを……、とトモの思考が暴走を始めたその時、彼は目を見開いた。

「……放せ、放しなさいよ!」

 なんとルイズが拘束を解こうと再び暴れ出したのだ。
 如何に『冒険者』と言えど彼女の体力は人並みでしかない。一見しただけでも鍛え上げていると判る白仮面を振り解くには力が足りないのは判っている筈だ。
 捻り上げられた腕は今も痛みを訴えているのだろう、滝のような脂汗がその証拠。にも拘らず、彼女は無駄な抵抗を止めない。

(無駄……? あの(・・)ご主人が無駄・・な抵抗を?)

 不意に浮かぶ疑念、それは瞬く間に確信へ変わってトモを突き動かす。

「っいえぇえぇぇぇええぇいっ!!」

 引き絞られた体勢から放たれる白刃。必殺の『居合い斬り』は、抵抗するルイズにを取られた(・・・・)白仮面に迫る。
 ルイズを避けて振るわれた切っ先は怪人の顔を翳め、素顔を隠す仮面を弾こうとする。慌てて仮面を押さえる怪人の拘束が緩んだその隙を逃さず、ルイズは杖を抜いてルーンを紡いだ。

「『ロック』っ!」
「ぐおっ!?」

 唱えたルーンとは裏腹に、立派な攻撃魔法と化したそれは杖を握る怪人の手首から先を粉々に吹き飛ばした。激痛に思わずルイズを取り落とした怪人の喉仏に、勝機と見て飛び出したシエスタのモップが突き刺さる。

「ごばっ!?!?」

 仮面の下で吐いたのだろうか、鮮血を滴らせながらよろめく怪人に風の塊が叩き付けられた。ワルドの放った『エア・ハンマー』が怪人を突き飛ばし、踊り場から空中に放り投げる。咄嗟に杖を振るう怪人、だがそこには手首から先を失った腕しか残っていない。
 
「………!」

 空を掴むようにもがきながら墜ちて行く白仮面。その姿が見えなくなったことを確認した一行はようやく安堵の溜め息を吐いた。

「……他にも追手が居るかも知れないわ。みんな急ぎましょう」

 しかしホッとしたのも束の間、更なる追撃を懸念したルイズが皆を促す。取り落とした鉄扇を拾い上げると、一瞬だけ飛び散った血と肉片に汚れた踊り場に目を向けてから率先して走り出した。ワルド達はその後を慌てて追いかける。
 そのまま出航予定の桟橋まで、全員無言のまま走り続けたのだった。



***



 『桟橋』の枝先から吊り下げられた『船』は、帆船に羽が生えたような形状をしていた。タラップを渡って甲板に降り立った一行を初老の男が出迎える。大仰な帽子から察するに、この男が船長らしい。

「船長、準備は?」
「依頼通り準備万端。契約通り積荷の硫黄と同額をお支払いいただきますよ」
「構わん。今から行けるか?」

 鷹揚に頷くワルドに小狡そうな笑みを返し、船長は配下の船員達に「出航だ!」と号令をかける。舫いが解かれた船は一瞬だけ落下し、すぐ反発するように宙に浮かぶ。マストに広がる帆が風を受けて張り詰め、船は動き出した。

「アルビオンにはいつ着く?」
「明日の昼過ぎにはスカボローの港に到着しまさあ」
「そう、じゃあ今のうちに休みましょう」

 ワルドと船長の会話を耳にしたルイズが休憩を提案する。疲れ果てた一行に異論は無い。
 貨物船故に客室などと言う上等なものは存在せず、甲板で寝ると言うトモと風石の代わりを務めるワルドと別れたルイズ達が案内されたのは船倉であった。
 案内役の船員が扉の向こうに消え、その気配が遠のく。それが完全に消え去るのを確認すると、ルイズは深い溜め息を吐いた。

「ふぅ……」
「?、どうなさいましたルイズ様?」

 ルイズの行動に疑問を持つシエスタ。そんな彼女にルイズは若干青ざめた顔を向ける。

「……私、初めてだったの。人を、傷付けたのって」
「!」

 ルイズの告白にシエスタは息を呑む。

「フーケの時は大丈夫だったの。相手はゴーレムだったし、結局誰も死ななかったから。
 ……けれどあの白仮面に捕まって、このままじゃみんな殺されるって思って。
 無我夢中であいつの気を逸らして、トモの攻撃であいつが怯んで、咄嗟にあいつの手を吹き飛ばして、あいつが階段から落ちて、血塗れになった階段を見て……」

 あの時ルイズは『如何にしてあの白仮面を下すか』、ただそれだけしか頭に無かった。
 援護を期待しての行動だったとは言え、一歩間違えば殺されてもおかしくない無茶な『芝居』に挑み、頭に血が上っていたとは言え『失敗魔法』を躊躇無く叩き付けた。
 それを思い返す度に背筋が凍える。けれど、それは血染めの踊り場に対してではなく、もっと深刻な、彼女自身が気に留めてさえ居なかった、とある『事実』に対して、だった。

「攻撃魔法じゃないから、失敗魔法だからって甘く見ていたの。
 でも、あいつが堕ちて行って初めて気が付いたの。
 ……私の魔法が人を傷付けたんだ、私は人を殺せるんだ、って」

 今日まで振るって来たものが貴族のみに許された『奇跡』などでは無く、人を殺し得る『暴力』であったこと。そんな危険物を余りにも気軽に振り回していたこと。
 そしてそんな『魔法ぼうりょく』を振るってルイズは今日、初めて人を殺したのだ。そんな覚悟も自覚も無いままに、ただ『出来るから』、それだけの理由で。

「馬鹿みたいな話よね。実際に殺し合うまで判んなかったなんて、偉そうに姫様にご高説垂れ流しておいて、自分が一番理解出来ていなかったなんて」

 震える唇を青ざめさせながら吐き出されたルイズの告白。
 その姿はとても弱々しく、いつもの自信に満ちた彼女とは掛け離れていた。

 けれど、それも仕方が無い。
 異端に足を踏み入れたとは言えど、貴族たる彼女にとって暴力は遠い世界の出来事。
 ヴァリエール領は父の治世の元で平和に治められていたし、厳しかった姉や母の特訓も命まで奪うようなものではなかった。
 無論命を奪い合うような泥臭い真似などした事も無いし、先だってのフーケ討伐も丸く治めたので実戦とは言い難い。
 冒険者としても貴族としても、この遠征がルイズの『初陣』になるのだ。重圧に潰されないだけでも流石と言えよう。

 ついでに言えばルイズが『冒険者』であることも弱気の原因であった。
 彼女の知力は9、既に人間の限界を超えている。
 しかしルイズは冒険者になってから未だ日が浅い。そのため彼女は経験を伴わない知識が肥大した理論先行型の典型、所謂『頭でっかち』になりつつあったのだ。
 彼女にとって不幸なのはそれを自覚出来る程度には聡明であったことと、己の無知を恥と受け取る貴族の誇りが身に染み着いていたことの二つ。
 今のルイズは初陣故の緊張、初めて振るった暴力と殺人の衝撃、そして無自覚の罪に対する羞恥が混ざり合い、混乱の極みにある。彼女は確実に追い詰められつつあった。



 小刻みに震えるルイズを、不意にシエスタがその豊かな胸元に引き寄せる。
 そして突然のことに目を白黒させるルイズに向かい、幼い子供に言い聞かせるように優しく語り始めた。

「……私が冒険者になったのは、戦うための力を求めたからでした」

 そう言われて思い出すのはあの中庭での決闘。平民でありながらメイジに挑んだが故に欲した異端の力と、それを得るための誓いの言葉。

「平民って言うのは貴族様よりもずっと『死』に近いんです。けれど、平民の殆どはそれを受け入れているんです。
 逆らっても無駄だから、逆らうだけ無駄だから。そんな言い訳で自分を無理矢理納得させて、逆境に抗えない自分の無力から目を逸らして。そうやって生きているんです」

 例えば、医者に謝礼金が払えず放置された重病人。
 例えば、戦争で男手を取られ、働き手を失って餓える女子供や老人。
 例えば、領主が動かなかったばかりに魔物や盗賊に蹂躙された村。
 例えば、直接貴族の手に掛かって殺される平民。

 気まぐれに襲い掛かる災厄に、力無き弱者はただ伏して許しを請うしか出来ない。
 故に力無き平民はこう考えるのだ。

 仕方が無い、と。

「弱いことは悪い事じゃありません。でも、それを理由にただ『助けてもらう』のを期待して自分から『動こうとしない』のは、きっと良い事じゃないんです」

 シエスタもまたそう信じていた平民の一人、けれど彼女は力を得た。
 そして力を持つが故に気付いたのだ、力を持つものの懊悩を。

「『冒険者』になって、ミスタ・グラモンやフーケさんと戦って、ルイズ様やトモさんと一緒に戦って、ここまで来てようやく貴族様の気持ちが少しだけ判りました。
 ……力を持つ事がどんなに怖いことなのか、責任を持つ事がどれほど辛いことなのか。
 そして、自分で選ぶって言う事がこれほど疲れることだったなんて、ただ救いを待つだけだったあの頃には思いもしなかった……!!」

 絞り出すようなシエスタの言葉。彼女の柔らかい胸に包まれながら、頭上から降り注ぐそれをルイズは黙って聴いている。
 思えば生まれた時から貴族としての在り方を叩き込まれたルイズ達と違い、彼女は突然貴族に匹敵する力を入手しただけの弱者なのだ。貴族の覚悟なんて、それこそ遠い世界のお伽話でしかない。ルイズの告悔なぞ、ただの愚痴にしか過ぎないのだろう。
 ルイズはそう考え、自身の浅はかさを呪う。そして再び自責のスパイラルに落ち込みかけた彼女に、シエスタは思いもよらない言葉を投げ掛けた。

「それでも、私は自分の選択を間違っているとは思いません。
 これまでもそうですし、これからもきっと変わらないでしょう。
 ……だって、『自分の人生は自分の取り分』なんですから、これを元手に賭けた結果が『今の自分』ならば、それが『勝ち』なのか『負け』なのかを決めるのはきっと、『これからの自分』なんですよ。
 だからルイズ様、『過去の自分』がやらかした失敗は『未来の自分』の成功で帳消しにしましょう。そして『もっと未来の自分』がそれ以上に成功すれば、帳消しした分を引いてもおつりが来ますよ。ほら、丸儲けじゃないですか!」
「……ぷっ」

 シエスタの物言いに思わず吹き出すルイズ。
 前半は何か名言みたいだったのに、後半で台無しだ。丸儲けは無いだろう丸儲けは。
 しかし言いたい事はよく解った。だからルイズは彼女の胸から顔を上げ、毒気の抜けた笑顔を浮かべてシエスタに向き合う。

「そうね、きっとそうだわ。『今の私』がやらかしたツケは、『今からの私』で払うしか無いんでしょうね。……だったら、こんな処で足踏みしてる場合じゃない。泣き言なんて言ってる暇があったら、どうやって任務を終わらせるかを考える方が建設的よ。
 ……ありがとうシエスタ。なんだか胸の辺りが軽くなったわ」

 先刻まで抱いていた自責の念も、暴力への懸念も、シエスタの『丸儲け』発言で殆ど吹っ飛んでしまったらしい。とは言え完全に消え去った訳ではなく、それらはルイズの中で未だ燻り続けている。だが彼女はそれらを一旦棚上げする事に決めた。

(悩むのも苦しむのも後回しよ。とりあえず今は任務の事に全力を注ぎましょう)

 気持ちを切り替え、ルイズは自分達を取り巻く状況を分析してみる。

「……元々置いて行くつもりだったキュルケ達はともかく、私達の手札からギーシュが抜けたのは痛いわね。土メイジが居るのと居ないのでは戦略の幅が全然違うもの」
「子爵様も個人戦闘ならお強いとは思いますが、私やトモさんとの連携は難しいですね」

 以外にも、ルイズ達はギーシュに低くない戦略的価値を見出していた。
 以前トモがギトーに語ったように、『土』の本領は城壁や塹壕などの陣地製作や敵拠点の破壊工作など、言わば『戦場を創り出す』部分に尽きる。
 ましてこれから向かうのは敵陣ど真ん中、『土』メイジの存在は作戦の成功率に重大な影響を及ぼす。実のところ、ギーシュの脱落はかなりの痛手であった。

 ワルドについては先程の戦闘が全てを語っていた。トモにせよシエスタにせよ、前衛戦士系の二人に取って後衛のバックアップは死活問題だ。しかしワルドは中間から前衛をカバーする遊撃系であり、しかも自ら陣頭に立ちたがっている。
 実際、先刻の戦闘ではシエスタの突撃に合わせ切れずに魔法を中断する有様。奇しくもワルド本人が語ったように、今の編成では彼単独で戦わせた方が効率的であろう。

「私達が弱いと言うより、相性が悪いのね。『エア・ハンマー』にせよ『エア・カッター』にせよ、ワルド様の魔法ではトモ達が巻き添えを喰らうわ」
「後衛に徹してもらうのは……」
「魔法衛士隊の隊長に引っ込んでろって言える?」
「……ルイズ様のお願いならどうでしょう? 婚約者なら話を聞いてくださるのでは?」
「無理ね。ワルド様の体面に関わるし、逆に私に良い所見せようとして無茶しそう」

 考えれば考えるほどに、ワルドの存在がルイズ達の戦略の足を引っ張っている。

「……何か、子爵様の存在意義って……」
「……言わないで。姫様も護衛として命じられたのでしょうし、一緒に肩を並べて戦うまでは想定していなかったんでしょうね」

 だが切り捨てるには『風』のスクウェアと言う極上の戦力は余りにも勿体無い。
 ワルドの処遇を決めあぐねるルイズ。シエスタも何とかフォローを試みるが、そもそもワルドの人となりを知らないのであまり効果はない。
 暫く顔を突き合わせてうんうん唸り、どうにかワルド単体とルイズ達で別々に動く二正面作戦を思い付いた頃には既に夜が明けていた。

「……結局、休めなかったわね……」
「ま、まあ何とかなりますよ! ほら子爵様も船を動かすのでお疲れでしょうし、アルビオンに着いたらすぐお宿を……」

 目の下に薄ら隈を浮かべたルイズの言葉に、すっかり苦労人ポジションが板につき始めたシエスタが慰めの言葉を返そうとする。

「空賊だ! 空賊が出たぞぉ!!」
「裏帆を打てぇ! 停戦だぁ!!」

 しかしその台詞は船員達の悲鳴のような伝言に掻き消された。その内容にルイズ達は思わず顔を見合わせる。

「空賊ですって? このご時勢に!?」
「よりによって今ですか!? 子爵だって回復してないのに!?」

 状況は最悪の方向へ転がり落ちようとしている。詳しい状況を知るために、ルイズ達はまず甲板に向かって走り出した。



***



「アルビオンが見えたぞー!!」
「……これはこれは。これが『白の国』アルビオンですか……」

 鐘楼の上に立つ船員の大声を聞き流しながら、トモは目の前に広がった幻想的な光景に心奪われていた。
 真っ白い雲間から覗く黒々とした陸地。見渡す限りに広がる大陸には山がそびえ、川が流れている。大河は大陸の端に流れ着くと大きな大きな滝となり、空に流れ落ちて行く。
 滝壺の存在しない滝の水は真っ白な霧となって大陸を覆い、この浮遊大陸が紛れも無く『白の国』である事を全力で主張していた。

「いやいや、実にファンタジーな光景ですね。これが見れただけでも僥倖ですか」
「浮遊大陸アルビオン。あの霧は雲になってハルケギニアに恵みの雨を齎すんだが、今はハルケギニアに大乱を齎す厄介な存在だよ」

 背後から掛けられた台詞に振り返ると、そこには先程まで操船していたワルドが居た。

「おや、魔法はよろしいので?」
「ああ、精神力が尽きたんでね。後は船長達に任せて来たよ」

 そう言うと彼はトモに並び立ち、アルビオンを眺めやる。雲間に浮かぶ大陸を眩しそうに見詰めながら、ワルドは再び語り始めた。

「……始祖ブリミルから王権を与えられし『古き王家』も、それを支える貴族が居なければ脆いものさ。貴族が一斉に蜂起したお陰で、王党派は碌な抵抗も出来ずに追い詰められて風前の灯。トリステインを第二のアルビオンにする訳にはいかない……」
「その貴族も平民が居なければ権勢を保てません。結局、支配者に取って最後にものを言うのは誇りや血筋よりも『良い君主であること』でしょうね」

 ワルドの独白に応えるトモ。その内容に目を見張り、ワルドは言葉を重ねた。

「なあ、君はどんな王が良い君主だと思うかね?」
「色々ありますが、やはり被支配層に不満を持たせない事に尽きると思いますよ」
「……ふむ、不満か……」

 トモの答えに思い至る事があるのだろう、何やら思案顔になるワルド。しばしの間を空け、彼は再びトモに問い掛ける。

「君は直接姫様にお会いしたのだろう?
 君の目から見て、今のトリステインはどう映った?」

 その問い掛けにトモは「私はこちらの政情に疎いので」と前置きして私見を述べる。

「まず貴族の皆様が最悪ですね。たまたま学院に集まった方々がそう言う人達だったのかも知れませんが、貴族の責務も知らないのに権利だけはしっかり得ようとする。ご主人がそう言う方じゃなかったのは幸運でした」
「成程、流石は僕の婚約者だ! しかし最悪とまで言うかね、聞いていたのが僕じゃなければただでは済まないだろうに」
「見た所、子爵も同じ様に考えているものとお見受けしましたので。でなければこのような物言いはしませんよ」

 肩を竦めて戯けるトモに、ワルドは「違いない」と返して不敵に笑う。

「殿下は……、まあご主人の箴言を受け入れた事は評価しますよ。ご主人曰く自分の立場を知らなかっただけらしいので、今後に期待と言ったところでしょうか」
「知らなかった、と言うか。意外に僕の婚約者は辛辣だな」
「結婚しても夫婦喧嘩だけは控えた方が良さそうですね」
「ふふっ、違いない!」

 やや砕けた雰囲気が二人の間に流れる。しかし次の瞬間、それはピンと張り詰めた空気に切り替わった。

「右舷上方の雲中より、船が接近して来ます!」

 鐘楼の見張り員が上げた大声に、トモとワルドは言われた方に目を向けた。
 『マリー・ガラント号』より一回り大きな船が接近している。黒いタールで塗装された船体に、舷側に突き出た二十門以上の砲口が商船などではなく、戦船である事を周囲に知らしめていた。

「……一つお聞きしますが、こんな早朝から大砲を見せびらかしつつ近付いて来る船の目的って何だと思います?」
「貴族派の臨検ならこちらからの信号に応えるだろうが、さてはて……」

 見張り員が手旗を降る。しかし船はそれに応えず、ますます接近して来るだけだ。

「ふむ、旗を掲げていないな。となると、空賊の類いか」

 ワルドの推測を裏付けるように、既に並走状態になっていた船が発砲する。放たれた砲弾は雲の彼方へ消え去ったが、誰の目にもそれが脅しである事は明らかだった。
 青ざめた船長が駆け寄って来る。だが青い顔の船長にワルドは首を横に振った。

「魔法はすでに打ち止めだ。あの船に従うしかあるまい」

 船長の目が絶望に染まった。



***



 ルイズ達が甲板に辿り着いた時には、既に空賊が乗り込んでいた直後であった。
 全甲板に繋がれていたグリフォンが暴れるが、青白い雲がその頭を包み込むや否や、甲板に倒れて寝息を立て始める。

「『スリープ・クラウド』? メイジが居るの!?」

 見れば乗り込んできた空賊の数は十数人に及んでいる。その上、向こうの船の舷側には弓やフリントロック銃を構えた空賊が並び、ピタリとこちらに狙いを定めていた。

「多勢に無勢にも程があるわね。ねぇシエスタ、何人討ち取れるかしら?」
「不意を突けば結構いけると思いますよ、確実に反撃を喰らうでしょうけれど」

 乱戦になれば確実に船員が巻き添えを食う。ここは空の上、船を操る船員が居なければ遥か地上へ真っ逆さまだ。

「打つ手無し、ね。……本当に、裏目裏目で嫌になるわ」

 嘆息し、頭を振るルイズに気付いたのだろう。一際派手な格好をした男が大股で歩み寄って来た。ボサボサの黒い長髪を赤いスカーフで纏め、無精髭を生やした男。ご丁寧にも左目に眼帯まで巻いてあった。

「あらやだ、絵に描いたみたいな空賊ね。本当に居たんだわ、あんなの」
「……ルイズ様、後ろへ。一撃くらいなら止められます」

 どこかのんびりした感想を述べるルイズを庇い、モップを構えたシエスタが一歩前に出る。……いや、一歩前に出ようとして脳内に響く言葉に止められた。

『ご主人、シエスタさん。抵抗はしないで下さい。下手に騒がれると拙いです』
『それはそうだけど、流石に無抵抗って言うのは……』
『いえ、この空賊達なんですが……』

 声に出さずに交わされる『耳打ち』の内容に驚愕する二人。しかし目前に立った空賊の男は、それを自分への恐れと受け取ったらしい。

「おう、こいつは別嬪だ! お前、俺の船で皿洗いをやらねえか? ちょうど良くメイド付きだしな!」
「悪いけど、私にお皿を洗わせたら貴方の船からお皿が消えるわよ。それにシエスタはこう見えて力持ちだから、下手な事したら骨の一本二本は砕けるわ。こう、グシャっと」

 顎に掛けられた手を振り払いもせず、軽い口調でルイズは空賊に言い返す。シエスタも持っていたモップを鋭く払い、周囲を取り巻く空賊達を牽制する。

「おおう、威勢のいい娘っ子だな! おい手前ら、コイツらも運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」
「一等船室とは言わないけれど、まともな所をお願いするわ。無論、私の連れも一緒に」

 下卑た笑いを浮かべる空賊に軽口を叩くルイズ。果たして空賊戦に連れ込まれたルイズ達が押し篭められたのは、またしても船倉であった。
 ルイズとワルドは杖を、トモはデルフリンガーを、シエスタはモップを取り上げられ、酒樽やら穀物やら火薬樽やら砲弾やらが乱雑に積み上げられた黴臭い一室に監禁された。
 そんな積み荷を興味深そうに見て回るワルドを横目に、ルイズ達は『耳打ち』で内緒話に興じる。内容は先程の『耳打ち』について。

『貴方の言いたい事は判ったけれど……、ちょっと信じ難いわね。まあ『こんな所』に放り込むくらいだから間違い無さそうだけれど』
『私だって確実だとは思ってませんよ。ですが本当にそうならば一石二鳥、いやこの場合は鴨が葱を背負って来たと言うべきですかね』

 若干弱気な台詞とは裏腹に、トモの口調は確信に満ちたものだった。ルイズもまた状況から判断して間違い無さそうだと判断している。唯一シエスタだけが着いて行けてない。

『まあ、本当にそうなら何らかの接触はあると思いますよ。ちょっと失礼』

 トモはそう結論付けて『耳打ち』を切る。そして船倉の向こうにいるであろう見張り役に向かい、大声で語り掛け始めた。

「さて、私達は朝ご飯もまだなんですが、いつ戴けるのでしょう?」
「……随分態度のでかい人質だなオイ。空賊に飯を要求する人質なんで初めて見たぜ」
「ご飯を食べなければ死んでしまうのは貴族空賊平民みな同じですよ。で、どうなんです? 正直昨日の夜から何も食べてないのでそろそろ背中とお腹が引っ付きそうなんですが」
「ちょっと待ってろ。今なにか持って来てやる」

 鍵のかかった扉越しの交渉を成立させたトモに、ワルドが目を丸くさせ、シエスタはご飯の当てが出来た事を喜ぶ。そしてルイズは彼の行動に呆れ半分、怖れ半分であった。

(今は大丈夫みたいだけれど……)

 『女神の杵』亭での襲撃や、『桟橋』での白仮面との戦闘を振り返れば、トモの行動がどこかおかしい事に気付く。
 襲い掛かる傭兵達は皆峰打ちで仕留められており、一人も殺していない。踊り場での戦いでは必殺の『居合い斬り』を放ったにも拘らず、怪人の仮面を弾くに留まっていた。
 いや、そもそも彼は誰かを殺そうとした事はあっただろうか?
 ド・ロレーヌとの決闘では容赦なくその手を砕いたとは言うものの、見方を変えればそれだけの技量を持ちながら殺さずに済ませたとも言える。
 フーケの一件ではそもそも生身の人間と戦っていない。
 谷間の襲撃では防戦一方だった。
 ワルドとの模擬戦はあくまで試合であって、『死合い』ではない。

 それらを総合し、そこに以前彼から聞き及んだ『駆け出しの冒険者』と言う言葉を加味すると、ある推測が成り立つのだ。

(彼は、トモは─────多分、人を殺した事が無い)

 それは『マリー・ガラント号』の船倉でルイズ自身が語った弱音。
 初めて自覚した『魔法』と言う『暴力』に怯えた自分と同じように、彼は『冒険者の剣技』と言う『暴力』に押し潰されつつあるのではないか、彼女はそう考えたのだ。
 いや、そう考えた方が自然だろう。谷間での襲撃で、傭兵達を尋問したワルドの行動に驚いていたのがその証拠だ。

(空賊達の事だって、そう。船の上なんて狭い所で乱戦になれば、殺さずに仕留めるのは難しくなるもの。それを避ける為だったと思えば、彼の言動はおかしくない)

 でも─────、とルイズは思う。
 ここから先はそう言う甘い考えの通らない戦地、一瞬の躊躇が生死を分けるのだ。
 彼の実力は相当なもの、だから敵も容赦なく襲い掛かって来るだろう。そんな中で躊躇うのは正に自殺行為でしかない。

 それはデルフリンガーが覚えた焦燥と同じだった。
 けれどルイズはそれを正そうとは思えない。否、その資格が無いのだ。

(私だって、シエスタに愚痴って慰めてもらわなければ立ち直れなかった。そんな私が、どの面下げてトモを諭すって言うの?)

 再びルイズの中に黒い澱みが湧き出し始めた。彼女の限界を超えた知力と貴族としての誇りと恥が、頑強な鎖となって彼女の心を縛り付ける。
 こうなると賢者の知性も逆に働き、ルイズの脳裏には悪い結末ばかりが浮かぶ。思考の袋小路に陥りかけた彼女を再起動させたのは、皮肉にも敵である筈の空賊であった。

「ほら、ご希望の飯だ。まったく、図々しい奴らだぜ」
「おやおや、お手数をおかけしました」

 白々しく空賊からスープの入った皿を受け取ろうとするトモ。しかし空賊の男はそれを押し止め、ルイズ達に向かって問う。

「待て待て、こっちの質問に答えてからだ。……お前ら、アルビオンに何の用だ?」
「旅行よ」

 堂々と言い切るルイズに一瞬絶句する男。気を取り直し、更に質問を重ねる。

「トリステイン貴族が、今時のアルビオンに旅行? 一体何を見物するつもりだ?」
「物見遊山じゃないわ。アルビオン出身の友人が里帰りして以来、行方知れずになったから探しに来たのよ」
「そいつは殊勝な事だ。だが無謀だったな」
「余計なお世話よ。まだ聞きたい事があるの? だったら先に食事をさせなさい。どうせ逃げられないんだから、ゆっくりさせて貰うわよ」

 太々しいルイズの態度に空賊は苦笑いを浮かべる。スープの入った皿をトモに寄越すとそそくさと退室した。

「……案外いい人かもしれませんね。付け込む隙も多くなるんで大歓迎ですが」
「悪魔の発想ね、それ。……とりあえず戴きましょう? 腹が減っては戦が出来ぬ、よ」

 そう言って一つの皿からスープを啜るルイズ達。一行がスープを飲み尽くした頃、先程とは違う男が船倉に顔を出した。

「お前ら、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
「違うわ」

 またしても一刀両断。
 男は目を白黒させた後、にやりと下卑た笑顔を作って楽しそうに言う。

「そうかそうか、でももし貴族派だったら俺達もこんな真似しなかったのにな。
 俺達ゃ、貴族派から王党派に味方する奴らを捕まえろって密命を貰ってるのさ」
「ああ、私掠船なのね。道理で堂々と空賊してるって思ったわ」
「……口の悪い娘っ子だな。で、どうなんだ?
 もし貴族派だったらきちんと港まで送ってやるよ」

 その言葉に今度はルイズの方がにやりと笑う。
 そして薄い胸を反らし、堂々と言い切った。

「誰が薄汚い反乱軍なものですか。私達は王党派への使いよ。トリステイン貴族を代表する大使としての扱いを求めるわ」

 突然の告白にギョッとするワルド。シエスタも驚きに目を見張っている。
 だがトモとルイズだけは顔色を変えず、堂々とした態度を崩さない。
 空賊も呆気にとられていたが、すぐに持ち直して噛み付く。

「正直は美徳だが、お前らただじゃ済まないぞ?」
「あら、天下のアルビオン貴族派ともあろうものが、他国の大使を蔑ろにするの?
 私達への扱いがそのまま体面を傷付けるって事ぐらい、空賊の頭でも判るわよね?」
「……チッ、お頭に報告して来る。その間にゆっくり考えるんだな!」

 不敵に笑うルイズにそう言い捨てて踵を返す空賊。
 その気配が消えるや否や、今度はワルドが噛み付いた。

「ルイズ、君は何を考えているんだ? 僕達の目的をばらすなんて、恐怖でどうにかなってしまったのかい!?」
「大丈夫、私は正常まともよ。……さて、これでいいのかしら?」
「上出来ですよ。これで向こうにも接触する理由が出来ました。後はお任せください」

 そんなワルドをあしらいながら、ルイズはトモへ水を向ける。問われたトモも頷きつつ自信満々に返した。
 そんな二人の様子を見て、ワルドもまた冷静になって行く。

「……成程、先刻のは向こうから接触させる為の挑発だった、って訳か」
「申し訳ありません子爵。何しろ『敵を騙すにはまず味方から』とも言いますし、下手に気付かれると余計に話が拗れますので」
「いや、良いよ。しかし『敵を騙すにはまず味方』とはね。君の国の戦略かい?」
「ええ、古くから伝わる兵法の定石ですよ。……おや、釣れましたね」

 そう言ってトモは視線を扉に移す。
 釣られて皆が注目する先で扉が開き、先程の空賊が現れる。

「頭がお呼びだ」



***



 狭く、細長い通路の先にあった船長室は意外に立派な造りであった。
 豪華な長卓の上座に陣取っているのはあの派手な格好の空賊。驚いた事に大きな水晶のついた杖を弄っている。どうやらこんな形でもメイジらしい。
 それを取り巻くのはニヤニヤ笑いを貼付けた柄の悪い男達。しかしその姿を見たルイズは自分達の読みが当たった事を確信した。

「おい、頭に挨拶しろ」

 ルイズ達を案内して来た空賊がそう言ってルイズを突く。
 しかしルイズは何も言わず、逆に楽しそうな笑顔を浮かべた。

「……気の強い女は好きだぜ、それが例え子供でもな。とは言っても限度があるぞ」
「あら、気の短い人ね。まあ貴族派なんかに与している空賊風情じゃ、そんなものでしょうけれど」
「ハン、相変わらず口の減らねえガキだな。……最後通告だ。お前ら、貴族派に付く気はねえか? あいつらはメイジを欲しがってる。礼金だってたんまり貰えるだろうよ」

 そう言って凄む頭目。睨み付けられたルイズはぷるぷると震え出し─────

「ぷっ、くくく……駄目、もう限界! あははははっ!!!」

 ─────堰を切ったように笑い出した。

「お、おい!?」
「ルイズ、どうした!? 何があったんだ!?」
「ルイズ様!?」

「……全く。もう少し堪えて欲しかったですよ」

 唐突に笑い出したルイズに敵味方関係無く驚愕する中、ただ一人冷静だったトモが呆れたように零す。どうにか笑いの発作を押さえ、涙目になったルイズがそれに反論した。

「だって、この人達がもう、こう、何て言うか、その……ぷくくっ」
「はいはい、じゃあ後は私が引継ぎます。とりあえず深呼吸でもして落ち着いて下さい」

 いや、反論しようとして発作をぶり返すルイズを宥めつつ、トモは空賊達に向き直る。
 そして彼は頭目が、否、その場に居合わせた人々が思いもしなかった爆弾を投入れた。

「とりあえず始めまして、アルビオン王立空軍の皆様。我々はトリステイン王国王女、アンリエッタ様の使いの者です。アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー様にお目通りを願います」
『んなっ!?』

 それは頭目のみならず、回りを取り囲む男達にも、そればかりかルイズの傍に控えるワルドやシエスタにも凄まじい衝撃を与えた。
 狼狽える頭目の姿に「してやったり!」と言わんばかりの笑みを浮かべるトモとルイズの二人。そんな余裕たっぷりの二人に、こちらは余裕を失ったワルドが迫る。

「ちょっと待ってくれ、いくら何でも唐突に過ぎるぞ!
 どうして彼らが王党派だと思ったんだ!?」

 その当然すぎる疑問に、ようやく笑いの虫を押し込めたルイズが応える。

「最初にね、貴方達を見たトモが違和感を感じたのが切っ掛けだったの」
「貴方がたは空賊らしさを追求するあまり、空賊として不自然な事をしたんですよ」

「く、空賊として不自然な事?」

 ルイズとトモが語る彼らの失敗、頭目には思い至る部分は無い。
 しかしトモが指摘したのは、彼らの想像の斜め上であった。

「貴方がたは一人も殺さなかった。本物だったら、最初に船員の一人二人は殺すなり傷付けるなりして抵抗しようとする気を挫くでしょう」
「あと、監禁場所に船倉を選んだのも失敗だったわ。本物なら火薬や砲弾みたいな危険物のある所に人質を置こうとはしませんわ」

「馬鹿な、たった……たったそれだけで!?」

 頭目が驚くのも無理は無い。殺さなかった、火薬と同じ部屋に閉じ込めた、たったそれだけで彼らの正体を見抜くなぞ、有り得ない事なのだから。

「空賊に限りませんがそういった賊と言う人々は基本、臆病なんですよ。だから反抗の目になりそうなものは予め取り上げて置くんです」
「それにこの船、軍船でしょう? 狭い通路は乗り込まれた時のためのものですし、そもそも二十門以上の大砲を搭載するような船、空賊が持つには余りにも贅沢過ぎますわ」

 彼らが上げた『不自然な部分』を聞き、騒然となる一同。そんな細かい所から見抜かれたと言うのなら、頭目を始めとする空賊達が対面するこの状況なぞ、秘密を駄々漏らしにするようなものだと気が付いたのだ。
 ……残念ながら、既に遅かったのだが。

「何より、今の話で動揺された事が何にも優る証拠でしょう? 本物の空賊なら、動揺などしないで笑い飛ばして終わり、ですから」
「……は、ははっ! そうか、私達の何よりの失敗は君達を招き入れた事だった訳か!」

 頭目は苦笑しながら鬘を脱ぎ、付け髭を毟り、眼帯を取る。
 出て来たのは凛々しくも気品に溢れた金髪の若者の姿。周りを取り巻く空賊達もびしっと直立し、統率の取れた軍人の姿を取り戻す。

「私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。
 アルビオン王国へようこそ! さて、御用の向きを窺おうか、大使殿」

 そう言う若者の顔には、初めて苦笑以外の笑みが浮かんでいた。






※ヤナギダ・トモ(柳田 智) 種属/ヒューマン:6

HP:14/14  MP:4/11 SP:10/10 ※数値は現在値/最大値

EXP:22 所持金:5エキュー

進行中クエスト ・ルイズを守る(期限:ルイズの卒業まで)・手紙の奪還(期限:アンリエッタの婚姻まで)



※ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 種属/ヒューマン:4

HP:10/10 MP:7/14 SP:10/10 ※数値は現在値/最大値

進行中クエスト ・手紙の奪還(期限:アンリエッタの婚姻まで)



※シエスタ 種属/ヒューマン:5

HP:13/13 MP:7/10 SP:10/10 ※数値は現在値/最大値

進行中クエスト ・手紙の奪還(期限:アンリエッタの婚姻まで)


 作者のまほうつかいです。
 大変お待たせいたしました。最新話をお届けいたします。
 そして同時に、これがにじファン様での最後の投稿となります。
 一時は本作品の打ち切りも考えましたが、ここで完結させずに打ち切るのは拙作を楽しみにしてくださる方々に申し訳ないとの思いもあり、投稿先を移転して続ける事にいたしました。
 ですが、今回の閉鎖を受けてあちこちの二次小説投稿サイト様が混乱されていらっしゃるため、書きためを兼ねて暫く様子を見る事にします。
 ですが折角戴いたアイデアの数々を放置するのは勿体無いので、舞台をオリジナルに変えて小説家になろう様に投稿を続行しようと思っております。
 いずれにせよ、活動報告の方でご連絡させていただきますので、今暫く作者にお付き合いいただけますと嬉しいです。
 それでは今後ともよろしくお願いいたします。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
名前:
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。