「やられたら倍返し」を信条とする型破りな銀行員の活躍を描く池井戸潤の『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)が刊行された。『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』に続く人気シリーズの第3弾で、痛快なサラリーマン活劇の味わいを保ったまま、働くことの意味を問いかけている。
「オレバブ」では支店の融資課長として暴れ回った半沢が、今回の作品では出向先の系列証券会社の部長となった。部下にはバブル崩壊後に社会人になり、厳しい就職氷河期を経験したロスジェネ世代もいて、規範を示す立場になった半沢の行動が見られているという構造が物語に複眼の視点を与えている。
池井戸は「ロスジェネ世代にとってのバブル世代は、バブル世代であるぼくらが団塊世代に抱く気持ちと似ています。社会人として仕事に自信がついてくると、一つ上、二つ上の世代が煙たくて、嫌になってくる。それは会社員の宿命のようなものです」と話す。
軋轢をおそれず銀行内で筋を通そうとしてきた半沢もまたロスジェネ世代の部下には「既得権益世代」と思われていた。
「今思うとぼくらバブル世代は上の世代が作りあげた仕組みに取り込まれる形で社会に出たのだと思います。ロスジェネ世代は社会に対する疑問や反感から生まれた根強い問題意識があり、この世代には社会を変えていく資質があると思っています」
世代間の闘争は、半沢と部下の間だけでなく、小説で扱われる新旧IT企業の経営者の間でも描かれる。成功体験に安住しようとする経営者は、新たな視点と行動力をもった経営者に駆逐される。
「思えば3作とも世代間の戦いを描いてきました。『既得権益者』と挑戦者の戦いが、会社やビジネスの新陳代謝を生む原動力ではないでしょうか」
4年に1冊ペースで刊行されてきた作品は、横紙破りの半沢の成長、昇進とともに、「活劇」にとどまらない深みを獲得してきた。
池井戸は「作家としての作風の変化と3冊の執筆のタイミングが合った」と振り返る。
「『オレバブ』(04年刊)のころは、銀行員が主人公の小説と言えば、経済状況を分かりやすく説明した情報小説か、汚れた銀行業界のなかで正義のために戦うというものばかりだったので、銀行を舞台に痛快なエンタメが書けないかということだけを考えていました。2作目の『花バブ』(08年刊)の前に『シャイロックの子供たち』や『空飛ぶタイヤ』を仕上げたことで作風が変化し、登場人物の内面描写に軸足を置くようになったのです。痛快なサラリーマン活劇というトーンは維持しても、登場人物の声に耳をすませて、内面に入り込むようになった」
藤沢周平が架空の小藩・海坂藩を舞台に豊かな物語世界を生んだように、池井戸も架空の都市銀行を舞台に陰翳のある人間ドラマを描き出し、物語を広げ続けている。
「銀行はお金の流れを握っているので、世の中の嫌なところも見えてきてしまうし、社会の縮図となる組織です。今回の作品では、企業の買収合戦という大きな仕掛けを使っても、ゲーム的な話ではなく、働いている個人のプライドなど個人の心情の深いところまで縦軸が入った物語にしようと心がけていました。半沢を通して、どうして世の中の常識と組織の常識がかけ離れ、腐敗していくのかが見えてくれば成功です」
IT企業の買収劇を題材にした物語には、ライブドア事件を想起させる部分もある。
「法的な部分などで参考にしたところもありますが、ライブドア事件を書きたかったわけではありません。ほとんどアドリブで書いているのですが、設定が大きく間違っていない限り、小説の結末を導く解決策は必ず見つかります。久しぶりに半沢や懐かしい面々に出会えて、楽しい執筆でした」
アウトロー的な半沢には、著者である池井戸のイメージを重ねる読者も多い。「いや、オレはもっと品行方正だったから。ホントに。もし、銀行員時代の経験が生きているとすれば、1作目で描いた大阪のコークス畑の描写ぐらいかな。むしろ自分の行員体験から離れて書けるようになって、自在に物語をふくらませられるようになった」
◇
池井戸潤さんのサイン入り色紙を3名の方にプレゼントします。『ロスジェネの逆襲』の主人公・半沢直樹には「やられたら倍返し」をはじめ、さまざまな名セリフがあります。そんな名セリフ、名文句を、池井戸さんがあて名入りで色紙に書いてくれます。お気に入りの名セリフとともにご応募ください。8月10日締め切りです。応募はこちら